ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー 作:ミハイル・シュパーギン
翌日。放課後。
かくてメンバー募集と資金集めを兼ねた体験乗車は国崎生徒会長の承認の下、戦車道チーム割り当ての敷地で行われたのだった。
因みに許可申請書類は後日提出で良いとの事らしい。
帯のように列をなす生徒や一般住民の前で、最後の方向転換をしたカヴェナンターが、不器用にガクンとつんのめってから停止した。
砲塔からはインストラクターの安藤と、体験乗車の生徒と大人が1人ずつ出て来たが、操縦席から顔を出していた眼鏡の生徒が脱出に手こずったので、安藤がフロントに飛び下りて手を貸してやった。
安藤含め、4人とも少し額や頬が汗ばんでいたが、びしょ濡れという程では無く、蒸し風呂状態になる前にフィールド内の決められたコースを一周してきたようだ。
途中で一度だけ体験砲撃があり、一発勝負とだけあって砲手役は極めて慎重に狙いを付けて的を狙うのだった。
安藤は操縦していた眼鏡の1年生に、
「お疲れさん。ご感想は?」
眼鏡の1年生は捻じるようにして両腕の筋肉を解しながら、
「なかなか楽しかったです!でもちょっと暑かったかなあ」
「明日は筋肉痛かもしれませんな」
慣れない動きをしたせいで両腕の違和感が抜けないらしい眼鏡の1年生に苦笑しながら、安藤は彼女の背中をポンと軽くたたいた。
他の2人は待ち切れないと言うように、さっさとカヴェナンターを下車して桑田の屋台に走っている。恐らく、ドリンクかアイスクリームが目当てだろう。
「どうだい、チームに入ってみるかい?例えば・・・試しに1日とかね?」
褒められた眼鏡の生徒は喜んで少しはにかみつつ、
「ああ。勿論嬉しいんですけど、その・・・他にやってる事あるので・・・」
安藤もそれ以上は引き留めず、ただ1度頷いた。
実際お世辞ではなく、本当に見込みがあると思って声をかけたのだが、だからと言って現実はそう甘くない。
やはり仮承認が足かせになっているのだろうか?
「気が変わったら、いつでも歓迎しますぜ」
「有難うございます・・・では」
眼鏡の生徒は申し訳なさそうにペコペコ頭を小さく下げてからカヴェナンターを降りた。
簡単でない事は承知の上だが、それでもちょっぴり落胆した安藤は小さく溜息を吐いてから、次の3人を手招きした。
「そんじゃ、次!」
カヴェナンターが再び発進した頃、塚野は桑田が新商品として売り出したブリトーを頬張っていた。
一見すると何の変哲もない、レタスやハムを小麦粉のトルティーヤで巻いたブリトーなのだが・・・
一口で口内が着火した。
「ぐふ、くぁっら!」
咳き込みながら胸を叩く塚野を横目に、佐伯が同じブリトーにかぶりつく。
もぐもぐ口を動かしながら、塚野を不思議そうな表情で見つめる。
「・・・何してるの?」
「辛いんだってばぁ!」
烈火の口内に新鮮な空気をハヒハヒ吸い込んで冷却を試みながら、ふと屋台の端に置いてあるドリンク・アイスクリーム売り場が目に入って思わずそちらに足を向けかけると、左からスッと500ミリリットルの水入りペットボトルが目の前に差し出された。
小戸だった。
水を塚野に渡しつつ、顔は桑田の屋台に向けられている。
「・・・奴の思う壺ですよ」
「あ、サンキュー」
塚野は顔中に冷や汗を流しながら未開封のペットボトルの蓋をねじり開くと、一気に半分を流し込んだ。
おかげでかなり鎮火されたが、まだ舌の中心と胃袋で苦みが燻っている。
小戸は塚野に水入りペットボトルをもう1本渡してから、
「ところで副会長が辛党だったとは知りませんでした」
「四川料理だろうがタイ料理だろうがドンと来いよ」
涼しい顔でそう宣言する佐伯に、塚野が感心したように
「おぉ、さすがは副会長」
「それは関係無いから」
「じゃあさ、これあげる」
食べかけの激辛ブリトーを鼻先に突き出されて、佐伯はギョッとしたように目を剥いた。
「ちょ、それ食べかけじゃない!」
と言いながらも、ひったくるようにして塚野の激辛ブリトーを取る。「でもいらないなら貰うわ」
「あー、周りもかなり苦しんでますね」
小戸が周りを見回しながら言った。
激辛ブリトーを買ったらしい大勢の生徒や大人が、ドリンク・アイスクリーム売り場に殺到している。
誰もが口元を赤くして涙目だ。
「・・・これであいつも商売繁盛ね」
「ご命令とあらば、屋台を引っ繰り返してきますが」
佐伯は付属のペーパーナプキンで唇を拭った。
白の生地に激辛の赤いソースが薄くへばりついているが、全く辛みや痛みが気にならないようだ。
「ちゃんとインフェルノブリトーって書いてあるし、まあいいんじゃないかしら?」
「うーん。キャッチコピーも、『涙が出るほど激辛』となってますね」
「でもこれ反則の辛さじゃね?」
塚野の両手には空っぽのペットボトルが2本。
「明日は辛さを抑えているでしょうね。『初日より少なくしました』、という文言でね」
結局その日は志願者が現れなかったが、
「で、今のとこ1人と」
塚野は1人と言ったが、それは元放送部長の羽佐間で、体験乗車で興味を持った生徒では無い。
放送部と報道部が統合される際、どちらがどちらの軍門に下るか雌雄を決する為、戦車道の人気が出るか否かを報道部長の福地と賭けをした結果、否定派の羽佐間が負けた為、報道部に吸収されるのみならず戦車道チームに参加する事となったのである。
ただ、羽佐間はまんざらでもなさそうだが。
「いやあ、逆張り失敗ってわけね」
「あれ本音じゃなかったの?」
羽佐間はわざとらしく唇をへの字に曲げながら、左手で顎をさすった。
「ふーむ。違うと言えば嘘になるかなあ・・・だってここ数年のフ学(フロンティア学園)ってあんまりうだつが上がらない感じだったしねえ」
「羽佐間さんには、LVTに乗って貰うわね。人手不足だから」
羽佐間の肩になれなれしく左腕を回しながら福地が言った。「それでいいわよね、隊長?」
と、一応塚野に筋を通すが、
「ま、いいんじゃない?ダメならカヴェナンターしかないし」
「あんな走るオーブンは御免だなあ」
「それじゃ決まりね。これからは仲良くやりましょう?」
「それじゃあ早速リクエストなのだけど、友好の証にこの腕をどけて貰えないかな?」
野島が塚野に近寄ってそっと囁く。
「・・・大丈夫か?試合そっちのけで喧嘩しそうだぜ」
ちょっとつっけんどんな羽佐間に対し、それに気付いていないかのようにフランクに接する福地。西中と井坂は巻き込まれたくないらしく、止めるどころか知らんぷりで背中を向けて萩原と何やら打ち合わせを始めている。
「喧嘩するほど仲がいいって言うじゃん?」
「おめえいつから自分の頭でガーデニングを始めた?」
その翌日。
今や日課の放課後の訓練直前にトラブルが発生した。
「エンジントラブルでさあ」
エンジンを覗き込んでいた安藤が顔を上げた。「今日は動かせませんぜ」
この件に関して、塚野は勿論素人なので自分が色々指図出来る知識も経験も無い。
だが、週末の第三試合が迫っている中でこのトラブルはさすがに焦りが募ってくる。
あくまで平静に努めながら、
「・・・いつ直んの?」
安藤と田張は困ったように顔を見合わせてから、田張が
「今日中は無理かもしれません。う~ん、パパに手伝って貰おうかな・・・」
田張エミは父親の職場の田張整備工場で幾らか戦車の整備や修理等の手伝ってきたし、その中にはドイツ戦車の経験もあるが、それでもこのレオパルトとやらは厄介らしい。
「試合には間に合いますがねえ」
「まあ、それじゃ練習出来ないしね。これは暫くつきっきりになりそうだわ」
「んじゃ大変だと思っけど、なるはやでよろ」
「へい隊長」
「分かりました」
安藤と田張は再び作業に入り、塚野は車庫を後にした。
外では今日もカヴェナンターによる体験乗車が行われており、やはり盛況のようだ。
そこへ別の車庫から出て来たSU-100が、塚野の左横で停車した。
「おい、どうしたよ」
と、開け放ったハッチから顔を出した野島が尋ねる。
「ちょっちい、エンジントラブル」
「それは弱ったな。どんくらいかかんだ?」
「さあ。今日中は無理だって」
「マジか。で、どうすんだ?」
「別の戦車に乗せてもらおっかなぁ・・・」
「ならLVTか」
「だねぇ」
塚野はもう一度修理作業中のレオパルトを見やり、小さく溜息を吐いた。
そして災難は続くものである。
その夜、携帯電話で報せをもたらしたのは野島で、授業前の朝一で生徒会を訪ねると、佐伯が応対した。
「ああ。船長は副隊長のお爺さんだったわね」
「ブリッジに夜食を差し入れに行ったらよ、急にその話でよ」
改めて説明すると、野島カエデの祖父の野島信也はフロンティア学園の学園艦船長で、その前職は海上保安官だ。
そして父親は現役の海上自衛官で、職業柄、家を留守にする期間が多く、普段は信也がカエデの父親代わりとなっている。
そういうわけで、カエデが祖父の職場であるブリッジ(艦橋)に出向いて母親手作りの料理を届ける事がしばしばあり、カエデ自身も桑田が売っている特製焼きそばパンを買って持って行く事もあるようだ。
それはそうと、
「会長はその件で話をしに行っているけど、試合開催地に到着するのは何時間以内だったっけ?」
「えーと、確か72時間以内」
「試合開催地が決定したのは・・・」
「2日前だな」
佐伯がメモを確認するより早く、野島が回答した。
「1日しかないじゃん!」
「どーすんだよこれ・・・」
基本的に戦車道は、試合の開催地が決定してから72時間以内に開催地へ寄港して登録申請をしなければならない事になっている。
が、どうやらその72時間以内に学園艦が間に合わない事が判明したのだ。
2日連続の強行軍となった第一・第二試合では、さすがにチームの移動だけで良しとする特別措置が取られたが、今回は第三試合まで1週間の余裕があったので言い訳は通用しない。
100年もの歴史を持つ旧型艦なだけに、性能にガタが来ている事自体は特に不思議では無いが、72時間以内に試合開催地へ間に合わないというのはさすがに塚野達も狼狽した。
もちろん船長も航海士も、旧式化による速度低下を織り込んだ上で航行計画を立てていたのだが、なんでも急に機関部の不調が一層目立つようになってきたようで、当初の想定が狂ってしまったらしい。
「そのさ・・・」
「何?」
「寄港地すっ飛ばせないの?」
「それは無理」
佐伯は即答した。「そもそもそこだって半日遅れになってるわけだし、更にそんな事したら、この学園の信用が無くなるわよ」
そう、フロンティア学園は試合開催地へ寄港する前に、別の場所へ寄港する事になっていた。
そこで様々な作業を行うのだが、その内容は細々としており、いわゆるドタキャンは出来ない状態だ。
当初の計画ではこの寄港地で作業を終えてから、一路試合開催地へ向かう事になっており、ちゃんと通達から72時間以内に到着する見込みだった。
それが半日遅れでの到着になったので、当然この寄港地からの出港も遅れる。
そうなればそのまま、72時間以内の試合開催地到着はままならず、ルール違反となってしまう。
塚野達は、戦う前から敗北するリスクに直面していたのである。
ルール違反でアウトになれば、第三試合相手のエクセルシオール大学附属学院の不戦勝に繋がるのだ。
「じゃあさ」
と、塚野が混乱しそうになる頭を必死に統制しながら口を開いた。「その寄港地からさ、うちらだけ移動って出来ないわけ?」
「問題は、連盟がそれを認めるかどうかよ。今、会長を通じて相談してるところだけど。それに、運送屋さんのスケジュールにも空きがあるかどうか・・・戦車を運ぶ余裕が無ければ、かなり厳しいわ」
「よしんば取れたとしてだ」
と、野島。「運賃どうすんだよ。今もチームの予算、アップアップだぜ」
「そこは会長に考えがあるみたい」
すると塚野が決然として、
「もしダメってんなら、直接走らしてやっから」
「・・・それも考えないといけないわね」
あまりそういう事は考えたくないと言う様子で、佐伯は言った。
続く