ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー 作:ミハイル・シュパーギン
そして時刻は23時に飛ぶ。
「あー、マジどうすっかなぁ」
あれから塚野は、明日の午前8時40分までに生徒会に提示する『回答』が思い浮かばず、学生向けアパートの一室で一人悶々としていた。
白のシーツが敷かれたベッドの上でゴロゴロしながら、彼女なりに一生懸命考えてみたのだが、どうしても空を手で掴むような感覚ばかりなのである。
「…やっぱ無理かな…?」
そう呟いてみたが、自分の言葉に納得していないもう1人の自分がいるので、なんの慰めにもならないどころか、もやもやが風船のように膨らむばかりだ。
そうこうしているうちにも、時計の針は無情にも淡々と歩みを進め続ける。
「はぁ…」
もう何度目かの溜息を吐くと、ベッドから起き上がり、気怠い体を引きずって目の前の勉強机まで持って行った
勉強机の上には、無線LANでインターネットと繋がっているノートパソコンが置いてあり、よくこれでネットサーフィンをしているが、今も電源をつけっぱなしにしてある。
半ばやけくそな気持ちで椅子に座ると、無線マウスに右手を置いてインターネットエクスプローラーを開き、お気に入りメニューの中からフリー動画投稿サイトを選んでページを開いた。
いつも適当に動画を漁って視聴しているのだが、この時もいつもの習慣の動きで開いたに過ぎず、そこに何かあるかもしれないという意図で開いたわけでは決して無かった。
しかしこれが、塚野にとって新たな一歩になろうとは思ってもみなかった。
いわば、全くの偶然の産物だった。
「…ん?」
塚野が画面をスクロールしていてふと目に留まったのが、『おすすめ動画』の一覧の中の1つの動画だった。
その動画のタイトルは『名勝負!Ⅳ号vsティーガーⅠ』と表記されていた。
「…アイブイ号vsティーガーアイ…?何じゃそりゃ?」
サムネイルには2台の戦車が向き合っている画像が映っていた。
何だかよく分からないが、おすすめ動画は時々、思ってもみない動画をラインナップしてくる事がある。
「ふぅん」
一端スルーしてまた画面を下にスクロールした塚野だったが、何故か脳裏からさっきの動画の事が離れなかった。
それでまた上にスクロールし直して、さっきの動画を見つけると、何気無く右クリックした。
どうせすぐにブラウザバックするつもりだったが、塚野は動画の中身に釘付けとなった。
『石柱を挟んで睨み合うⅣ号とティーガーⅠ。大洗女子学園の残る戦車は、このフラッグ車のⅣ号のみ…!』
男性実況者の言葉通り、元々ブロンズ像か何かを上に立てられていたであろう、背が低くて白く四角い石柱を挟んでアイブイ号(Ⅳ号戦車)とティーガーアイ(ティーガーⅠ)が砲身を向け合って対峙している。
そこには緊迫感が張りつめており、それが塚野の目を釘付けにして、ブラウザバックボタンを押す事を躊躇わせた。
男性実況者の実況は続く。
『いよいよ黒森峰の後続が押し入って来た!時間が無いぞ大洗!さあどうする…!』
と、男性実況者の声が合図だったかのように、Ⅳ号戦車が動き出した。
左から円を描くようにティーガーⅠに接近していくが、ティーガーⅠも車体を回転させて対応している。
そして…
『Ⅳ号発砲!しかし跳弾!ティーガーⅠも反撃したが外れ…おっとここでⅣ号が加速…おおっと、なんと横滑り!ドリフト走行で一気に後ろに回るつもりだ…!』
Ⅳ号の加速に比例して実況も加速し、塚野の目も釘付けになる。
いかにも重そうなティーガーⅠが急いで車体を回すが、Ⅳ号のドリフト走行に虚を突かれて反応が一瞬遅れた事が仇となり、僅差で間に合っていない事は明白だった。
『Ⅳ号が来た!Ⅳ号が来た!後ろに回った!両者発砲!』
男性実況者の声は、興奮の最高潮に達していた。
「…すげえ…なにこれ…」
塚野はすっかりこの迫力ある戦いに見入ってしまっていた。
尚も映像は続く。
男性実況者の声は落ち着きを取り戻していた。
『さあ…煙でよく見えませんが、果たして結果や如何に。Ⅳ号が白旗なら黒森峰の優勝、ティーガーⅠが白旗なら大洗の優勝。はたしてどちらが勝利したのか…あ、煙が晴れて来ました。結果を見てみましょう』
映像では、砲塔から不安そうに顔だけ覗かせているⅣ号の少女に対し、ティーガーⅠの少女は暫し佇んだ後、何かを悟ったように体から力を抜いた。
その時、判定担当らしい女性の声が響いた。
『黒森峰フラッグ車、走行不能…よって…大洗女子学園の勝利!!』
画面に、『大洗女子学園の勝利』というテロップが表示され、男性実況者の声が続く。
『信じられない快挙!初出場にして初優勝!圧倒的戦力差にも関わらずもぎ取った勝利!そして黒森峰女学園は、残念ながら去年の雪辱を果たせず、今年も準優勝となりました!しかし物凄い迫力!熱い試合、感動のフィナーレでした!死力を尽くして戦った両者に、惜しみ無い拍手を送りましょう!』
そこで映像は終わったが、塚野は暫し呆然としていた。
試合の一部を切り取ったほんの数分間の映像なのに、頭の中では、2台の戦車の熱い激闘の様子が延々とループし続けていたのである。
塚野はカーソルを動かして、画面の左下にある輪を描く矢印ボタン、即ちループ再生を押した。
さっきと同じ映像がもう1度再生されたが、またしても見入ってしまった。
それを何回繰り返しただろうか、時刻が既に日付を越えていた。
その時ふと、塚野は閃いた。
「…これだ…!」
そして翌朝。
「戦車道?」
午前8時30分の生徒会長室で、佐伯の裏返った声が響いた。
それに対して国崎は、戦車道について少しばかり知っているようだった。
「茶道や華道と並ぶ、伝統的な武芸ですね。戦車同士が戦うスポーツみたいです」
「…いや会長、どうして詳しいんですか?」
「何とも奇遇ですが、昨日のネットニュースでちらと見ました。高校生のチームが、大学生のチームを破ったという試合の記事でした」
そう説明すると、国崎は塚野に顔を戻した。「我が校は100年以上の歴史がありますが、戦車道をやっていたという話は聞いた事無いですし、記録も見た事ありません。恐らく、あなたが初めてです。我が校で戦車道をやりたいと言い出したのは」
「はあ…」
塚野からすると、フロンティア学園が100年以上の歴史を持っていようがいまいがど関心の外だったが、少なくともこれで、戦車道を選んで良かったという確信は得られた。
つまり、自分がここで戦車道をやる最初の人間になるいう事であり、成績評価点も、その分多くなる筈だ。
「それじゃあ早速部活に組み入れて貰っていいですか?」
すると国崎は、意外そうな表情を見せた。
「塚野さん。戦車道は教科であって、部活では無いですよ」
言っている事が分からず、塚野は首を傾げた。
「…はい?」
「戦車道がある高校では、選択制必須科目の中に設定されているみたいです。例えば弓道や書道の中に戦車道もあって、その中から1つを選ぶ感じです」
「え、いや…てっきり部活とばっかり…」
先入観と言われればそれまでだが、塚野にとってはどう見ても『教科』と言うよりは部活動の1つにしか見えなかった。
まあ、世の中不思議な事が多々あるものだ。
しかしまず大事なのは、退学を免れた事だ…当分の間は。
国崎が居住まいを正した。
「それで、何が言いたいのかと言いますと…今回の場合、我が校に新たな科目が設定されるかもしれない、という事です」
塚野は文法の1つに引っ掛かりを感じたが、聞き間違いの可能性もあったので、一応聞き返してみた。
「え…『かも』、ですか?」
「はい。仮承認という形になり、正式承認されるかどうかはその後の頑張り次第です。予算も仮予算となり、通常予算と比べると少ないです」
「戦車って高そうですよね」
佐伯が言った。「通常予算でも難しいのでは?」
「それは私にも分かりませんが…」
そこまで言い掛けたが、塚野の言葉で中断した。
「まぁ、何とか頑張ります」
佐伯が興味深げに片眉を上げた。
どう見ても塚野の企てがうまくいくとは思っていない様子だ。
「ふふ、お手並み拝見ね」
「まだなんもしてねぇのに分かんねぇでしょうが…!」
塚野はついムキになったが、国崎がサインを求めた。
「はいそこまでにして…こことここにサインして下さい」
「え…あ、はい」
国崎から黒のボールペンを借りて、指定箇所に自分の名前を書き込んだ。
続く
●本家タイムライン考証
黒森峰戦は8月11日か8月12日と推定。
本家第10話において、試合前日に武部沙織が発表したアマチュア無線2級合格で提示した免許証に8月10日と記載有り。
免許証発行その日かその翌日に発表したかは不明だが、彼女の性格から判断すると発行日に発表したと思われるものの、確かな根拠は無い。
もし8月10日に発表したというのであれば試合日は8月11日となる。
劇場版における大学選抜との試合を8月31日にした理由は、入浴シーンにおける秋山の「あと1週間で新学期」発言からの推定。
その後の展開では授業の描写は無く、比較的自由な行動が出来ているところから夏休み中に行われた試合と考え、試合準備期間等の余裕を見て8月31日とした。
また、角谷会長のセリフから、大洗女子学園は8月31日付で廃校が決定していた事を鑑みて、9月以降の試合とは考えられないと判断した。