ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー 作:ミハイル・シュパーギン
そして午前の授業が終わり、昼休みの食堂。
「しっかしまた妙な事やるんだな…」
野島の目の前に土橋のラップトップコンピューターが置かれており、塚野が見つけた例の戦車道の試合動画が開かれていた。
「けどやる事多くてマジだりぃ、人もいねえしさぁ」
「初っ端からダメダメだなおい」
頬杖突きながら天井を眺めている塚野に呆れた口調の野島。
と、そこへ後ろから声が掛かった。
「何を見てるんですか?」
振り返ると、黒の一眼レフカメラをストラップで首から提げている生徒が立っていた。
左腕には『報道部』と書かれた腕章を巻いており、見た目から判断すると1年生だろうか。
「えっと…誰?」
と、見知らぬ顔に塚野が首を傾げると、カメラ少女は慌てて胸ポケットから名刺入れを取り出した。
「申し遅れました。1年生で報道部の萩原ミツキと申します!」
塚野、野島、土橋の順で自分の名刺を渡す萩原。「皆さんのお名前は?」
「塚野スズネ。よろっす」
「野島カエデだ」
「土橋アンナよ」
自己紹介が終わると、塚野が右手の人差し指と中指の間に挟んだ名刺の裏表を何度も引っ繰り返しながら尋ねた。
「…新聞書いてんの?」
萩原は楽しそうに頷いた。
「はい!大変ですが、すっごく楽しいですよ!」
「読売?毎日?ニューヨークタイムズ?」
「あ、いえ、あくまで校内新聞です…」
苦笑交じりにそう答えた後、ラップトップコンピューターの画面に目を転じる。「ああ、戦車道ですか!」
動画は既に再生が終わっていたが、タイトルで気付いたようだ。
「知ってんの?」
「はい。なんでも政府が2年後にこれのプロリーグを開くので力を入れているらしいんです…でもどうしてこの動画を見ているんですか?」
「こいつが戦車道やるんだってさ」
野島が右手の突き出した親指を塚野に振った。
「ああ、なるほど。ちょっと珍しいなと思ったもので、それでちょっと声を掛けてみたんですが…」
そう言ってから、萩原は唐突にこう切り出してきた。「そうだ。取材させて貰えませんか?」
「...What?」
なぜか英語で聞き返す塚野。
萩原は報道部員としての血が騒ぐのか、活き活きとして説明する。
「いやあ、この学園艦で戦車道って、確か初めてだって思いまして、取材すれば良いネタになるんじゃないかなあって」
「すっげえ唐突だな」
と、野島がぼそりと言った。「でも全然何も決まってねえぞ」
「いえいえ、寧ろ大歓迎です!フロンティア学園の戦車道の歴史を1から取材出来るなんて、こんな嬉しい事はありませんよ!」
「…まだ何も始まってないと思うんだけど…」
萩原のペースに困惑した土橋が言った。「あと私とカエデちゃんはメンバーじゃないよ」
「塚野さん…でしたっけ、だけですか?」
「これから増やすとこ」
と、だるそうに机に突っ伏しながらボソボソ答える塚野。「まあ当ては無いけど」
「じゃあ、こっちで宣伝を手伝います!記事にしたら注目が集まると思いますよ!」
秒でがばと身を起こす塚野。
「え、まじ?」
「はい!お任せ下さい!」
「おっしゃ商談成立!」
まだ仮承認の段階だが、人が集まらないと何も始まらないし、良い宣伝になるのであれば、ここは取材を受けた方が何かと都合が良さそうだと考えたのだ。
すると野島が、右手の人差し指を塚野にピンと突き付けた。
「でもオリエンテーションやるのはおめえだぞ」
「分かってるってもう」
「じゃあどうするつもりだよ」
「んー、まあ、戦車走らせときゃなんとかなるっしょ」
「戦車ねえじゃねえかよ」
「買えばいいっしょ」
「どこで買うんだよ」
「あぁもう、だからノイジーなんだよ」
わざとらしく頭を抱える塚野。
「あ、あの、すみません」
萩原の遠慮がちな声掛けに、2人の口喧嘩が止まる。「今日の放課後に何か活動予定ありますか?」
「…とりま戦車探しと場所探しやろっかなぁって」
「どこで待ち合わせます?」
「1年6組で」
「え、1年6組…?」
どうやら萩原は同じ1年のエリアにいながら塚野の存在に全く気付いていなかったようだ。
困惑して聞き返した萩原だが、野島の説明であっさり納得した。
「こいつ、留年中」
「ああ、なるほど」
意外と萩原は人の経歴をあれこれ詮索してこなかった。
報道部員なのでその気になれば幾らでも掘り返す調査を行えるだろうが、差し当たり戦車道とは無関係なので質問しない事にしたようだ。
「では、放課後にまた」
「うぃっす」
そして放課後。
塚野、野島、土橋、萩原の4人はコンピューター室にいた。
出入り口に近い席のデスクトップを操作する塚野が開いたサイトは、日本戦車道連盟の公式ホームページだった。
「『日本戦車道連盟公認競技用戦車』…うぅ、噛みそう…」
そうぼやきながら、サイト内の文章をカーソルでなぞっていく。
「あー、どんな戦車でもダメなんだ」
土橋の感想に、萩原が自分の記憶を思い出しながら解説する。
「確か、第二次世界大戦の終わり?までに使われていた戦車だけって聞いた事が」
「へぇ…えーっと。ああ、あった。『参加可能な車両…1945年8月15日までに設計が完了して試作されていた車輌と、それらに搭載される予定だった部材を使用した車輌のみで、左記の条件を満たしていれば、実在しない部材同士の組み合わせは認められる。設計段階の車輌に関しては、部材が調達できず再現が困難な場合は連盟と個別協議を行い、許可された範囲内での改造が認められている。』…えぇと、イミフ」
「まあともかく、ミツキちゃんの言う通りって事なのかな。厳密には違う感じだけど」
と、土橋が分析した。
「すっげぇ、選り取り見取り」
塚野が競技用戦車のラインナップを下へゆっくりスクロールしていくが、予想以上に戦車の種類は豊富だった。
サイズは大小様々で、それぞれのデザインも個性派揃いだ。
「ぶっちゃけそんなに種類無いかと思ってたわ」
「なんか戦車にしては安くねえか?」
例えば陸上自衛隊の10式戦車は十数億円するが、今見ているサイトの値段は、明らかにそれより圧倒的に安価だった。
「政府の補助とか、日本戦車道連盟の一部肩代わりで安くなっているようです」
「でも、日本戦車道連盟に加盟していないと購入出来ないみたいだよ」
「じゃあ加盟しよっかなぁ…まだ仮承認だけど」
「そもそも仮予算で買えんのかよ」
「いけんじゃね」
塚野は持参したクリアファイルに入れていた、生徒会から渡された書類の束を取り出して一枚一枚めくっていった。
だが、その楽観的な夢想は見事に打ち砕かれた。
「あったあった…え、無理じゃん」
「いくら?」
土橋が一度書類を覗き込んでから画面に目を戻し、一瞬の間の後。
「…これなら買えるよ?」
「え、まじで?」
塚野が一瞬前のめりになったが、土橋が指差した戦車を見て酷くガッカリした。「…は?のっぺらぼうじゃん」
「Ⅰ号指揮戦車B型」
それは履帯付きの車体の上に箱を乗せ、申し訳程度に小さな機関銃を箱に取り付けたような姿の戦車だった。
「いらねぇ、こんなやっつけ!」
「でも加盟には、最低限の戦車と乗員が揃える事が必要って書いてあったよ?」
「だからってこんなしょぼい戦車買えねえっての!」
「でも安いのってこんなのしかないよ?」
土橋が仮予算の範囲で購入可能な戦車達を、指で丸を描くように示した。
M1戦闘車にカーデンロイド、TKSにCV33、T-60にR35…それらの『しょぼい』候補達は、塚野の想像する戦車の姿とは遥かにかけ離れていた。
「…他探そっと」
「あるのかよ」
「物は試しって言うじゃん」
野島の疑問に塚野はぶっきらぼうにそう答えると、日本戦車道連盟の公式サイトからブラウザバックした。
その結果、一番下に載っていた、中古や不用品、スクラップとして放出された競技用戦車販売サイトで、遂に仮予算でも手が届き、尚且つ塚野にとって戦車と言える姿の戦車を発見した。
大砲のサイズがちょっと不満だが、それでもバランスの良い見た目をしているように塚野の目に映った。
「くぁ…くぁぶぇ・・くぁぶぇなんとぅあ…?」
「『カヴェナンター。英国の巡航戦車。四人乗り。2ポンド砲を装備し、主に練習戦車として運用された』」
土橋が淀み無く戦車の名前と説明を読み上げた。
「おお、ツッチー天才かよ」
「スズやんがちゃんと読めてないだけだから」
「なんか、まるでどら焼きだな…」
真横から撮った写真を見ながら野島が言った。
その他の情報としては、この英国戦車の全長に全高、全幅、重量、最高速度といったスペックの一覧だった。
「ちゃんと戦車してるし、しかも2輌セットで超安いし…これならいけんじゃん」
「『ちゃんと戦車してる』ってどういう意味だよ」
「こまけぇこた良いの良いの。とりま買いだわ」
早速購入手続きに入る塚野。
野島はあっさりと入手出来た事に意外な気持ちだった。
「…意外と売ってるもんだな」
「どうよ。あたしの勝ちぃ」
「勝手に勝負してんじゃねえぞ」
「じゃあ次は、置き場所の探索ですね」
萩原がコンピューター室での出来事をメモに取りながら言った。
購入手続きを一通り済ませると、4人はコンピューター室を出た。
夕方だが、まだ昼間の猛暑の名残がある上、西日が厳しく照り付けて来るこの時間も不快そのものだった。
4人は校庭の近くを歩いていた。
「あっつぅ…」
「その化粧も暑苦しいんだよ大体…」
野島がそうぼやく中、土橋が辺りをキョロキョロ見回しながら言う。
「でも本当にあるのかな」
萩原も土橋の疑問に賛成の様子だ。
「確かに、今まで戦車道が無かった学園艦なので、余裕のあるスペースはなかなか見つからなさそうですよね」
そんな不安も後押ししてか、蒸し暑さがより際立っているように思える。
「シャワー浴びてぇ」
戦車道創始者が誰よりも早く音を上げた直後、フェンス向こうにある何かを見つけた。「お?あれどうなんだろ」
3人が塚野の視線を追うと、フェンス向こうにある草ぼうぼうの広場に、建物の骨組みが佇んでいた。
元々はテント倉庫だったのか、外壁は無く、骨組みを見る限り屋根は蒲鉾のようなアーチを描く円弧屋根だった事を窺わせる。
「あんな所あったっけ?」
土橋が3人を見回すが、同じように知らない様子だった。
フェンスを迂回して広場に入ると、その骨組みの前に立った。
「つか蚊多いな」
たかろうと飛び回る蚊から身を守ろうと、野島はハンドサイズの虫よけスプレーをポケットから取り出して自分に噴き掛ける。
まだ8月が終わって間も無いので、夏の虫が姿を消すまで暫く時間が掛かるだろう。
「重機でも置いてたんかな?」
「昔は拡張工事があったらしいので、これはその名残じゃないでしょうか?」
「相変わらず博識ねぇ」
「又聞きなので、本当かはちょっと…」
と、萩原は自信無さげに注釈を入れた。
「でもお誂え向きだよね」
土橋が倉庫だった骨組みを指差した。「今まであんまり気にしてなかったけど、こんな所が近くにあったなんて」
「で、戦車と拠点は決まったけど、メンバーどうすんだ?」
「『帰宅部』のノイジーが参加してくれたら話は早いんだけどねぇ」
すると、決まってツッコミや反論入れる野島が考え込む表情を見せた。
「それなんだけどさあ。うーん。どうすっかなあ」
「でもカエデちゃん、いつも『何か自分のやりたい事を見つけたい』って言ってたし、ちょうどいいんじゃない?」
と、土橋も参加を提案した。
塚野の言う通り、野島はどの部活にも所属していない、いわゆる『帰宅部』だが、これまでに幾つかの部活動を点々としてきたものの、どれも性に合わずに辞めて来た経緯があった。
かと言って自分のやりたい事が他に見つかったわけでもなく、野島にとってはそれが個人的な悩みでもあった。
「報道部はどうです?」
「去年入ったけど性に合わなくてやめたし」
「楽しいのに…」
悲しそうな萩原を尻目に、野島は尚数秒迷っていたが、どうやら戦車道に関心を持っているらしい事を自覚した。
「…そうだな。一応やってみるか」
「うっしゃ、1名ご案内!」
こうして野島が2人目の戦車道メンバーとなった。
その後、倉庫跡地の利用を生徒会に申請して承認された。
萩原の記事と宣伝は、翌日の校内新聞に掲載されたが、同校では初の試みとなる戦車道設置に関する噂話が、その日からぼちぼち聞こえるようになり、やがて全体に広まるようになっていった。
「頑張っているみたいですね、塚野さん」
昼休みの生徒会長室で、国崎が報道部発行の新聞を読みながら言った。
「…まあ、何だか意外ですね」
こう言ったのは佐伯である。
いつも昼休みに生徒会の活動スケジュールの打ち合わせをする為に生徒会長室に入っているのだが、今は国崎の話題に付き合っている形で、同じ校内新聞を読んでいた。
新聞の見出しは縦書きで『史上初!戦車道始動!』となっており、その左に萩原の書いた取材記事が記載されている。
昨日の放課後の取材を元に、一晩で書き上げたのである。
「確かに想像よりも速いですが…でも良い事じゃないですか」
「…ですね」
国崎は、佐伯のどこか面白く無さそうな表情に気付いた。
「どうしたんですか?」
「あ、いえ…実はスケジュールに気になる点があったもので…」
佐伯は咄嗟にごまかしたが、国崎には佐伯の考えている事がお見通しだった。
「佐伯さん。どうしてそんなに邪険にするのですか?」
佐伯はちょっと困った風にもじもじした後、校内新聞を執務机の端に置いた。
「会長、私にはよく分からないのですが…」
「何がですか?」
「どうしてあんな…敢えて言いますが…落ちこぼれ以下の存在にわざわざチャンスを与えるのですか?」
「…逆に聞きますが、どうして落としたがるのですか?」
「あんな奴はさっさと退学してしまえば…」
何か切迫したような表情で身を乗り出すようにした佐伯だが、そこで自分が感情的に暴走しかけている事に気付いて我に返った。
そんな佐伯の視線を、国崎はじっと受け止めていた。
「…すみません。言い過ぎました…」
国崎はちょっと俯いて考えた後、
「佐伯さん。スケジュールの打ち合わせは、放課後にずらしましょう」
「いえ、会長…もう、大丈夫です…」
「今はゆっくり休みましょう…昼休みですし」
それから数日後のオリエンテーション前夜。
ベッドの上で、例の購入サイトから印刷したカヴェナンターの操作説明書を読んでいると、携帯電話が着信音を鳴らした。
開いてみると、相手は野島だった。
「ういーっす」
「おい、操縦方法は覚えたのかよ?」
「余裕余裕。まあそう言いながらぶっつけ本番になるけど」
「当日は手伝えねえからな。ちゃんと1人で運転して来いよ」
2輌のカヴェナンターは、今は搬入先の保管倉庫にあるが、この内の1輌を塚野が自ら操縦して校舎に入る手筈となっていた。
「大丈夫だってまじで…つか(夜の)10時過ぎてんじゃん」
「行けんならそれで良いけどよ。まあ、ヘマすんじゃねえぞ」
「あいよ。じゃあね」
塚野は通話を切ると携帯電話を脇に放り、また説明書の熟読に専念し始めた。
続く