ギャル&パンツァー/ガールズ&パンツァー 作:ミハイル・シュパーギン
そしてオリエンテーション当日。
見学希望者の集合場所は校門前か、校門が見える場所になっており、大人数を収容可能な体育館といった大型収容施設では無かった。
校門は全開にされており、事前の宣伝ではここから戦車が入って来ると知らされていた。
「見学者は多いですね」
国崎は最上階の窓から校門を見下ろしていた。
同じように窓から見下ろしている生徒は多く、外にも大勢の生徒がひしめいていた。
ただ、直射日光は避けて建物や樹木の陰に固まっており、各々ハンドサイズの小型扇風機や、アイスボックス系のアイスキャンデー、冷えたジュース等で暑さを凌いでいる。
そして、この変わったイベントに乗じて『出店』を出している生徒もいる。
…つまりはそれだけ宣伝効果があったという事で、注目と関心を集めているというわけだ。
「これは予想外でしたね」
手すりにもたれながら、佐伯が誰にともなくそう言った。
「もう正式設置まっしぐらですかねー」
そう言ったのは、広報の鹿屋リナであった。
国崎や佐伯と同じく3年生だ。
「色々実績を重ねてからになりますが…とは言え、これだけ人が集まれば参加者も多いかもしれません。そうすれば、割と早く正式設置は認められるかもしれませんね」
これに対して佐伯は黙っているが、よっぽど塚野の事が気に入らないらしい。
彼女からすれば、いわば底辺の存在なのに、とんとん拍子でうまく運んでいる事が、不満に輪を掛けているのだ。
「なにげに楽しみなのよねえ」
「あ、デスクもそうなんですか?」
萩原の問いに、報道部長(デスク)の福地ケイコは頷いた。。
萩原から戦車道を取材ネタにする話を聞いた時、3年生の福地もオリエンテーションの見学を決めたのであった。
「いい特ダネ掴んだんじゃない?逆に譲ってほしいくらい」
「いやいや、それはダメですってば」
真に受けた萩原が慌てて首を横に振った。
福地はわざとらしく口を尖らせた。
「ケチ」
「だって今年のMVP狙ってますから」
萩原が戦車道に協力的なのは、これが目的だった。
報道部の中で最も印象の強いネタを掴み、取材した記者は、『今年のMVP』に選ばれ、報道部長の座が近くなるが、萩原はまだ1年生ながら次期報道部長の座を狙っていたのである。
インパクトあるネタを求めていた萩原にとって、あの日塚野達と偶然出会った事は非常に幸運だったと言えよう。
「期待してるわ」
「はい、頑張ります!」
一方、校門の傍に日よけとして設置したタープテントの下では、野島と土橋が戦車の到着を待っていた。
「あいつ大丈夫かな?」
少し前に、保管倉庫から出発したという連絡が塚野から入っていたが、どこかで立ち往生していたり操縦ミスで事故を起こしていないか気になっていた。
と言って、電話したところで初めて操縦する戦車で手一杯であろう事が想像される為、連絡するわけにもいかなかった。
「やっぱ一緒に乗った方が良かったかな…」
目下戦車道メンバーは自分と塚野の2人だけなので、人員を割く余裕が無かったのである。
「心配性だなあ、カエデちゃんって」
そう言いつつ、土橋はラップトップコンピューターのモニターの右下に表示されている時計を見た。「もうそろそろじゃないかな」
「ちょい見に行って来るぜ」
野島がタープテントの屋根の下から出た時、音が聞こえて来た。
同じ頃、鹿屋が携帯電話を開いて現在時刻を確認した。
「そろそろ来ますよー」
その言葉通り、エンジン音だが初めて聞く音と、キャタピラが回る音だろうか、金属の軋む音が聞こえて来た。
事前に塚野から聞かされていたのは、色々説明するより実演で見せた方が手っ取り早いというもので、実際に戦車を見て貰い、希望者を戦車に乗せて走り回ったり、空砲射撃をするパフォーマンスが行われる予定となっていた。
戦車と思しき音に、生徒達のざわめきが一段と大きくなる。
校門前の通りに出た野島が、腕を振りながら戦車を誘導し始めた。
じっとその様子を見ていると、やがて戦車…英国巡航戦車カヴェナンターがその姿を現した。
算盤の珠のような形の砲塔が目を引く。
「おお、すげえ…」
「モノホン(本物)生で見ると違うな~」
「迫力あるわね…」
生徒達から次々と驚きや感嘆の声が上がる。
携帯電話のカメラ機能を使って撮影や録画を始める者もあちこちで現れた。
これは確かに幸先の良いスタートだ。
このフロンティア学園に入った以上、塚野も決していい加減な人間では無い筈であり、それは今回のオリエンテーションで一つ証明された。
こんな短期間で戦車を準備し、オリエンテーションを企画し、そして恐らく難しい戦車の操縦方法まで習得したらしいのだ。
そんな事を国崎が考えていた直後、異変が起こった。
そう言えば姿を現した時からカヴェナンターの動きはどこか変で、喩えて言うならよろめく酔っ払いだった。
最初は操縦に不慣れなだけだろうと思っていたが、校門の開閉を司る誘導レールを越えたところで、カヴェナンターは車体を斜めに構えたまま停止した。
「あれ?どうしたんだろー」
鹿屋が首を傾げる。
野島や土橋がカヴェナンターに走って行くのと、車体前部右側にある箱型の操縦席のハッチが開くのがほぼ同時だった。
開いたハッチの穴から突き出された操縦手の両腕を野島と土橋が1本ずつ掴み、力を込めて引っ張り上げる。
その中から出て来た操縦手の顔を見た生徒達から悲鳴が上がった。
車内から出て来たのは間違い無く塚野だったが、あのけばけばしい化粧が溶け落ちたらしく、その溶けた化粧で顔面が覆い尽くされてある種の『化け物顔』になっていたのだ。
ざわめきは騒ぎに変わり、その間に塚野と土橋は、ぐったりした塚野に肩を貸して日陰に引っ張り込んだ。
入れ替わりに何人かがカヴェナンターによじ登り、たった今塚野が出て来た操縦手席を覗き込むと、顔に熱気をもろに受けて、向かい側の仲間と顔を見合わせた。
「…やっば、サウナじゃん、これ」
戦車の中がどうやら蒸し風呂状態になっていたらしい。
塚野の体中が汗だくになっているのが最上階からでも窺えた。
「保健室に行って来る!」
土橋がそう言うと立ち上がって走り出し、校舎内に消えて行った。
カヴェナンターには、後部にエンジンを、前部に冷却用のラジエーターを配置し、両者を結ぶ為の冷却配管が車内を縦断しているという特徴があった。
即ち車内に排熱される事で温度が上がり、とりわけ操縦席の脇に置かれたラジエーターは操縦手を苦しめる地獄の装置であった。
全ては小柄な車体に無理をして必要な機能を詰め込んだ結果だが、そのおかげで『エンジンより乗員が先にオーバーヒートする戦車』と揶揄された。
そしてどうやら塚野は、この揶揄通りになったようだ。
ましてや今はまだまだ暑さが残る9月初旬。
外部と内部からの暑さに晒されたらひとたまりも無いだろう。
それでも暑さに耐えてここまで走らせて来た根性は尊敬に値するが…こうなってしまっては全てが台無しだ。
やがて土橋に先導された保健室の先生が現れ、日陰に寝かされている塚野の傍で屈み込んだ。
ぐったりとしているのでまずい状況に見えるが、保健室の先生に動揺や慌てぶりが見られないので、どうやら重体では無いらしい。
とは言え、塚野の心身共にかなり参った状態にあるという事は間違いなさそうだ。
すぐにストレッチャーが用意され、塚野はそれに乗せられると保健室に運ばれて行った。
オリエンテーションは混乱と騒ぎの内に中止となり、失敗に終わった。
続く