バナージ・リンクスの受難【完結】 作:PureFighter00
バナージ・リンクスは北千住にあるアナハイム高専に通うごく一般的な青年である。幼き日に母と父が離婚して東武スカイツリーライン西新井駅から近い……と言ってもチャリでたっぷり15分は掛かるのだが……興野公団住宅に住んでいた。古い住宅だ。入居に伴いリフォームはされたものの、狭い風呂の給湯装置は昭和40年代の風情を醸し出している。近年建物老朽化により建て直しが予定されているという未確認情報を得て居を構えたのだが、長く続く日本の不況故か……バナージは見晴らしは良いがエレベーターの無い5階の自宅で大腿筋を逞しくしていた。実際5階まで昇り降りするのは大変なのだ。住民は慣れてしまったが、Amazonや佐川の配達員は大変苦難している。エレベーター無しの4階以降は追加料金を取るべきであろう。
この慎ましやかな住宅でバナージは勉学に励んだ。中学校卒業時には偏差値は70に達し、将来国際的有名企業アナハイム・エレクトロニクス(本社はアメリカ西海岸)に優先採用されるアナハイム高専にて、彼は返還不要の奨学金を獲得した優秀なエンジニアの卵である。
彼は夢見ていた。暑いアメリカ西海岸の乾いた風を。母はアメリカなんてと笑っていたが、努力で掴んだこのチャンス、活かしてみせるぜ!と燃えに燃えていた。
彼は知らない。アナハイムは世界展開企業であり、世界各地への転勤が多いことを。
母は知っていた。日本採用だから多分入れても栃木県の矢板とか福島の日本工場勤務で、本社に行くなら経済学を学ばなければいけないことを。優秀とは言え子供は子供。可愛いところがまだ残っているのねぇ、と。
無論、日本国内勤めでもアナハイムなら安泰だ。少なくとも社宅はエレベーターどころかオートロック付きで、下手をしたら(下手をしたら?)コンシェルジュサービス付きのマンションかもしれない。東京23区最北の足立や北区にもそんな洒落たマンションがある。馬鹿にしたものではない。
そんな母子の夢想が木っ端微塵に砕かれる日が来ようとは誰が予想できただろう。運命はかくの如く扉を叩き、恋は常に落ちるもの……平安京エイリアンやチャンピオンシップロードランナーの様に落ちる物なのだ。言い得て妙なり。先人は人生の機微を知っている。
出会いはバナージのバイト先で発生した。環七に程近いヤマダ電機テックランド足立店のノートパソコン売り場で彼は運命に出会ったのだ。やる気の無い店員が目立つ中、栗色の髪を揺らして彼女はお勧めのパソコンを問うてきた。何故アキヨドに行かないのかと尋ねると、お父様がアキバはならぬ、行かせはせんぞと拒否ったらしい。確かにアキバの風景は彼女に似合わない。お姉さんかお母様か判じ難いお連れの方は、足立でも目立つ赤に近いピンクの髪をしていた。こちらはアキバならよく見る。きっとアキバは似合うだろう。バナージがもっと高齢であったなら、ミンキーモモかなと訝しんだ事だろう。事実レジ係の去し日のおねぇ様は何やら歌をくちずさんでいた。お願いきぃて〜♪
セットアップサービスまで付けてくれた彼女のおかげで、今日の売り上げは大変大きくなった。日曜夕方に配達してセットアップ……何故かバナージが行く事になった。下請けに出す余裕が無いと予想される。リフォーム部門からはお宅確認してリフォーム注文も頼むと懇願された。
彼女の名前はミネバ・ラオ・ザビ。足立区に巨立する地元有名企業「ジオン工業」社長の姪。微笑むミネバの笑顔に心が躍る……
その時の彼は、それが恋だと思い込んでいた。その実際が連邦の白いやつの接近を感知した人生という名のムサイが発する警報であるとも知らずに……
ムサイも堕ちるのだ。白い死神の前ではあっさりと。誠に先人は人生の機微をよく知っている。
不定期更新です。
足立区民からの土地情報訂正などは大歓迎です。
修正:矢坂は栃木県。群馬じゃなかったや。