バナージ・リンクスの受難【完結】 作:PureFighter00
大暴れして落ち着いたのか、カミーユは温和になっていた。この緩急はDV旦那が見せるムーブに酷似していた。
バトルはカミーユの快勝。パシケファロは両断こそされなかったが各部アーマーの損傷と胴体部の関節一部破損程度で済んでいた。まず、その「負けっぷり」がギャラリーの騒めきを呼ぶ……
「両断……されない?」
「シロッコのThe-O以来では」
いわゆるスイカバーアタックと呼ばれるウェーブライダー形態(この世界のカミーユはこの呼称でもキレる)による特攻はカミーユの必殺ムーブ。余程作り込まれていなければ強制的にAパーツBパーツに破断させられて、作り込みが甘いと胴体部が爆裂飛散してしまう。それを小破で耐えたパシケファロは異常に頑丈である。
「いこ、ミネバ」
「すいませーん、前の人腰落としてー!」
ガンプラバトルファイターは大体ガンプラが破損すると工作スペースで修理を行う。桃李も心得た物で破損パーツを予備と入れ替え、戦線復帰を狙っている。そこでまたどよめきが起きた。
破損箇所を見る限り、塗装はされていない。まぁ最新ガンプラでは良くあるものだ。塗装をすると言ってもバトルではフル塗装は珍しい。
パーツは全て嵌め込み式だが、インナーパーツに被せる形になっている。近年世界大会クラスだとやる加工だ。破損をアウター装甲までとして交換作業を簡素化。稼働率が高まる。ただ、装甲裏面にダボがなく、それは一部ビルダーには「異様」に見えた。
「確かにアレならヒケは出ないが……」
「バンダイそこは気にしませんよね……ドズルさんどう見ます?」
「あのキット磨かなくていいの? 楽そうねー」
バンダイは余りヒケを気にしない。ビルダーは気にする。だからビルダーは磨いて平滑面を出す。キット化段階でヒケが出ない様に配慮するという事は、ビルダーがキットの構造構築から関わっているとしか考えられない。普通なら「磨けばいい」で無視される部分だ。
「……接着、してないだと?」
「まさかあれ本当に組み上げただけ……?」
「あんなキットプレバンでも見た事ねぇ」
段々と周囲のギャラリーの内、ビルドやモデリングに詳しい者から熱の入った視線が投げられる。こい……いや、彼女、おかしい! 確かに接着しなければメンテナンスは楽になるが、接着しなければ強度は出ない! それをこの機体はレイヤードモノコックによるプラスチックの多層組み付けで解決している!
腹部は破損が激しいのか組み立て済みのユニット交換になる。組み立て済みパーツを見て一瞬安堵するギャラリーであったが……
「なんだあのプラ棒?」
「背中に背骨構造あるんだ……戦車のキャタピラみたいだね」
「……待て待て、関節保持は」
「女美由寿のエリクセン……だと?」
背骨を胸部背面に接続してから、腹部空洞を貫通する3本の丸棒を胸下端のポリキャップに通す。プラ棒はかなり軟質の様だが……桃李は組み合わせ後にまるで準備体操をさせるかの様にパシケファロの胴体を捻り、逸らし、前屈させた。何の状態でもパシケファロの身体はその状態を保持した。
「人体みたい……」
「あ、あんな方法が……」
「……油圧みたいに体勢保持したのか。ガンプラでは無いな、あれは」
「分かるんですか、ドズルさん!」
「パパ凄い!」
装甲パーツの替えはランナーから切り出す様だ。そのランナーを見て騒めきは更に大きくなる。桃李は「やっぱりバレるのね……」とランナー自作・量産したガンプラバカ扱いされることに落胆しながら組み立てを続ける。
「す……すいません! ランナー見せてもらっていいですか?」
「……いいわよ(もうダメだ顔)」
「っ! ド……ドズルさん!」
「どうしたそんな……ん?」
「このランナーなんか綺麗ね☆」
「パーティングラインが……無い? え?」
理解したドズルとバナージは血の気を失った。彼らだから分かったのだ!
ランナーを自作……つまりインジェクションキット化自体は金さえ有ればやる事は出来る。そんな事を個人レベルでやるのはど変態もいい所だが……このランナーには気付く人が居たら腰を抜かし兼ねないとんでもない技術の痕跡がワザと残されていた。
通常、プラスチックの射出成形では幾つかに分割した型(普通はたい焼きの型の様に上下2分割)を組み合わせてプラスチックを鋳込む。この際に型の合わせ目に僅かに出来るのがパーティングラインだ。型の加工精度向上により目立たなくなって来ているし、組み上げた時にパーティングラインが隠れる様工夫する事は出来る。しかしランナー状態でパーティングラインが「見えない」様にする必要は無いし、そもそもそんなプラスチック成形方法は存在しない!
「ロストワックス……なわきゃ無いしなぁ……」
貴金属鋳造の世界では、原型を低温で融解するワックスで作り、石膏などで型を作ってから原型を溶かして排出。継ぎ目の無い型に鋳造してから「型を破壊して」製品を取り出すと言うやり方がある。但しこれは比重の高い貴金属の非圧力注型だから出来る方法だ。高圧射出されるプラスチックでは行われないし、成形不良が多数発生してしまう。
異世界の技術に見えた。実際異世界の技術なのだが。
まぁ、プラフスキー粒子も大概SFだ。そこは負けてない。
悲しいかな現代人というのは、自らの身の回りに用いられている技術を使う事は出来るが、動作原理や技術に対する理解は浅い。かつて筆者が読んだ物語の中では、魔法GPSだかがレーダーと同じ働きをしていた。恐らくその作者氏はグローバル・ポジショニング・システムがどの様にして現在位置を計測しているか知らなかったのであろう。レーダーとGPSの動作原理の違いを知らなかったのだ……商業出版された作品であるのに、編集者からの指摘も校閲からのチェックも素通りしたらしい。ガンプラを作る事自体の経験が少ない桃李がパーティングラインやらインジェクションの仕組みを知らないのも仕方のない事である。
大半のものはパチ組みかと馬鹿にした。そのパチ組みがどんな戦果を出しているかも忘れて。
一部のものは驚嘆した。この人自分専用機体をインジェクションで作ってる! オイルダラーの愛人か第四夫人かと。
さらに少数のものは彼女が扱っているテクノロジーがこの地球上ではあり得ない物ではないかと恐怖した。なんで池袋のゲーセンに最先端技術が持ち込まれているのかと。
後にこの世界でただ1人、何故トーリがこの世界に来たんだと言語化出来ない感情に翻弄される男がいる。
世界は多数のレイヤーに分かれて存在している。
現実のガンプラのランナーなんかも、じっと良く見つめると色々な技術革新が垣間見えて楽しめたりする。前提となる知識が有れば、だが。