バナージ・リンクスの受難【完結】 作:PureFighter00
【いつものガンベ 夜21時過ぎ】
桃李はガンベに訪れると必ず場内を一周してバトル会場を見下ろす2階席に座る。彼女にとって重要なのはガンプラバトルに勝つ事ではなく、紀伊という元恋人を探す事だ。恐らくはこのガンプラバトルシステムを開発したコアメンバーで、2人は一時惹かれ合い交わった。
唐突に彼が姿を消した理由は分からない。桃李はある種の事故なのでは無いかと考えているが、それが彼への郷愁を含む彼女1人の道化芝居なのかもという疑念を払えずにいた。
嫌われちゃったのかなぁ……電子のピコピコバキューン音を遠くに聴きながら、心の中に演歌が流れる。重い女だわ……と自重する彼女の瞳に涙が溢れる。
もし……それが予想外の事故ならば……このガンプラバトルに勝ち続け、評判となれば彼が気付いてくれるかも……その僅かな可能性に賭けて彼女は時空を超えてやって来た。
戦う為の訓練を積んで。
という物思いに耽る彼女を多数のファイターが見守る。好き好んでガンプラバトルしに来ている彼らには、桃李静香の心の内は分からない。ただ、バトルのやり方がどうにも優柔不断である様に見え、何か悩みがあるのではないかとという推測はされていた。失職か失恋か親族(ペット含む)との死別なのでは無いか……何れも30前後の女性にありがちな話ではある。
ファイターの内、心あるものは……せめてガンプラバトルに興じる時ぐらいは楽しんで欲しいと願った。傷付いた心が癒されるまでには時間が必要だ。直前に起きた大きな悲しみは視界を覆うだろうが、人生の旅路の中で日々歩き続けると、やがて悲しみそのものが遠景となる。その様子に気付いた時……巨大な喪失の背後にあった日々がそれ以上に長大であり、愛おしいものだったと
ここはビルドファイターズ時空。傷付き倒れた魂の安息の地、不滅のニルヴァーナ……
「こんばんはーっス!」
「チィーッス!」
5日目ともなると顔馴染みも増えた。時折陰鬱な陰を見せるものの、桃李静香は……不細工ではなかった。少し目が地味かな?という部分はあったが容姿としては整っており、気付くものは少ないが身体はかなり引き締まっている。特にウェストは胸囲とヒップの鍛錬によりかなり細く見える。実は風俗のおねぇさんとかキャンギャルなのでは無いかという声もある。疲れたOLには見えない(3週間前までは割と疲れたOLそのものだったのだが!)
「さぁ、始めましょっか」
「1番手! ターンA行きます!」
日サロで焼いた肌に脱色した白髪?の若い子……苦労したのね……と思わず目頭を押さえたくなる桃李だが、そいつは元からそんな奴だ気にするな。この世界でも有数のいい子ちゃんのロランだぞ。(実際富野作品主人公としては破格に性格良いと思う)
スミ入れが黒々しいのは惜しいが、ターンAは中々の出来だ。シドの流線が立体として映える。そのラインの美しさをロランは見事に引き出していた。発表当初はヒゲだなんだとバカにされたが、スコープドッグも当初インプレッションは「タコ」だった。動けば印象は変わるのだ。
健闘虚しくロランのターンAは負けてしまうが、ロランの負け方がまたいい。流石Mr.好青年。試合後に「何かお悩みですか? 相談ぐらいは乗りますよ」と絶妙の距離感で話しかけて来るのが憎い。富野作品主人公とは思えない(ターンA最終話は本当に凄いから全人類に全話視聴を勧めたい)
そして……
「2on2になるが宜しいか?」
金髪長身サングラス。テーラーメイドのスーツに今し方シャワーでも浴びて来たのかという爽やかさ。仕事帰りのサラリーマンとは思えぬ美形であった。紀伊のことが無ければ一目で恋に落ちたかも知れない……シャア・アズナブルその人である。そういえば対戦権を賭けていたのだったなと、ご休憩後に舞い戻って来たのである。側にはバナージとミネバ、そして腹を愛おしそうに撫でるハマーン ・カーンがいる。
「あ、今蹴った!」
「流石にそれは無いと思うが……」
3時間で子供が出来るか(真顔) ハイブローな惚気話にバナージとミネバは苦笑するばかりだ。やはりハマーンは少しばかり病んでいる。
この善男善女2セットに、僅かばかり桃李の眉が反応した。特にハマーンの幸せ絶頂顔にはカチンと来た。肌ツヤツヤさせやがって……貴様だけは倒す!
「いいわよ……2対1でも。パシケファロの本気を見せてあげる!」
最初からSEシステム起動して叩く! 見せ技としてピンチになってから使えと言われたものであるが、ちょっと嫉妬が暴走した桃李は即座に決断した。彼氏とカップル参戦だと? 最高裁判所が許してもこの私が許さないわ!
「……姫のピンチに駆けつけねば、男が廃るというものですなぁ! 宜しければ、私が」
少しだけエンドラの騎士に似た割とイケメンのサラリーマンが参戦を宣言した。スチャッとサラリーマンムーブで名刺を手渡す。
「バンダ○スピリッツの蔵前と申します。素晴らしいファイターがいらっしゃるとお伺い致しまして、馳せ参じた次第にございます」
「バンダ○の蔵前……」
「企業選手じゃん……」
「元錦糸町トップ……」
「ほぅ、早速動いたかバンダ○」
「ジオ工の手の速さには敵わんよ。一昨日ドズル部長が来てたらしいじゃないか」
「あれは事故のようなものだ。狙った訳では無い」
「良かろう。では彼女との交渉権でも賭けようか?」
「ふざけるな。こちらはハマーンは兎も角私では無くこの少年が出るのだぞ!」
「あ・な・た・?」
「?」
「勝って来い、私のハマーンと仰れば良いだけよ?」
しなだれかかって囁くように……ハマーンが桃李の怒りを有頂天にする(ブロント語)
「負けられない戦いなんですか、シャアさん」
「負けられないが、別に君が気負うことではない。蔵前君、そういう話をオフでするのは如何なものかな?」
「こちらは業務で残業中だ!」
「私の話は誰も聞かないのね! 全員倒してやるからかかって来なさい!」
何でもガンプラバトルで決めるのは、この優しい世界に残されたたった一つの残念ポイント……地上げとかまでガンプラバトルでやるからなぁ……