AM08:18
トレセン学園には、とある二人の生徒が使用している部屋がある。
その部屋はまるで幽霊でも出現しそうな不気味な飾りつけをしている内装と、理科室とは違い、本物の科学研究者が研究や実験のために使用する本格的な実験器具が物々しく備わっている内装が合わさり、一つの部屋と化している。
そんな誰も近寄りたくない部屋のなか、マンハッタンカフェと呼ばれる見た目からしてホラー感を漂わせるウマ娘は、血相を変えて自分の棚を漁っていた。
「無い……無い……!どこを探しても私の秘蔵の珈琲豆がありません……!……昨夜は確かにここに置いていたのに一夜で無くなるはずがありません……!!」
今朝早くから、日課の至福の一杯を楽しむためにいつも早めに学園へと来ているのだが、突如として無くなったアジア産のマンデリンという珈琲豆が綺麗さっぱり無くなり、日課は突如として崩れた。
マンデリンとは、世界屈指のコーヒー産出国であるインドネシアのアラビカ種のコーヒー豆の銘柄で、生産量は少ないものの、希少性や品質が高いことから高級銘柄となっている。酸味が少なく苦味成分は強い分、コクのある味として表現されやすく、濃厚な味のするケーキと一緒に食べるのが良い高級豆だ。
「……一体誰が盗んだのでしょうか。……今日一日落ち着きたい気分でいたかったのに……。……絶対に許しません……。…………必ず犯人を突き止めて、この件について然るべき措置をとらせてやります」
カフェは静かに、だけど発散すべき場所を失った怒りをどこにぶつけるべきか。今にも暴れだしそうな猛獣が早朝から放たれる。
『やばいやばいやばい!!もうこれ遅刻確定じゃん!ただでさえさっき寮に帰ってきて着替えてきたばっかりなのに!シャワーを浴びさせてくれる時間があってもいいじゃんか!!やっぱり不幸だあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』
窓から雪崩れ込むような泣き言がカフェの耳に届く。上から覗いてみれば、そこにはあのトウカイテイオーと呼ばれるウマ娘が全力疾走しながら学園に滑り込むように入るところが見えた。
「…………なぜこんなギリギリの時間に?…………いや、さっき『寮に帰ってきて着替えたばっかり』と言ってましたね。…………まさか彼女がやったのなら__」
カフェは何もない空間を見据える。
「__私の見えない友達を使ってまでも、この怒りを味わってもらいます」
返事は無い。しかしカフェには見えない友達の返事が伝わった。
「……?……人体模型って、私のスペースにありましたっけ?」
カフェのスペースには、まず買った覚えのない人体模型があった。というのも、これはアグネスタキオンというこの部屋をある意味強引に半分取られた科学研究者のウマ娘の私物なのだが。
「……まあ、気にするほどでもないでしょう」
AM08:21 終了
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AM09:30
一時限目の授業が終わり、一〇休憩中の出来事だった。テイオーは自分の座席の前にいるもふもふ髪のナイスネイチャと会話をしていた。
「でさでさ、最近入った編入生がリギルのレースでは二着だと聞いたわけですよ。こりゃーネイチャさんも負けられないかなーって思うわけよ」
「へー、そういや数日前にリギルの一人が辞めたから原石を発掘するついでに、人数の埋め合わせをするとかで募集していたのをグルーヴから聞いたよ」
「あんたは受けなかったの?リギルなら会長さんがいるのに」
「一応受けようかなとは考えはしたんだよ。だけどなんとなく直感的にだけどボクのはあそこは似合わないと思ったから受けなかったんだ」
「ふーん。もしテイオー受けてたのなら試験受けなくてもスルーで受かりそう気もするんだけどね」
「それでも多分あそこに入ろうとは思わないよ……。確かに今のリギルはトップだから強いとこには入りたいけど、やっぱりあそこにはボクは似合わないかな」
「ふーん」
「そういやネイチャはもう決まったんだよね?確か『カノープス』っていう最近出来たチームだっけ」
「そうそう。まあ出来たばっかりだからまだまだ名もないチームみたいなもんだけどね」
「そっか」
テイオーは浮かない表情のまま顔を机に伏せる。いまだにチームだの専属だのが決まってないテイオーからしたら、既に次のステップに踏めているのが地味に羨ましいからだ。なお、いつぞやに脚を触ってきたあのトレーナーからはしょっちゅうスカウトされているのはまた別の話。
『テイオーちゃん!ネイチャちゃん!』
「ん?あれ、マヤノじゃん。どうかしたの?」
マヤノはテイオーのいる教室へと入り、二人のそばまできた。
「聞いた聞いた?今朝のマネキン事件!」
「はあ?」
「なにそれ、というか今朝?」
「うん!」
マヤノはちょっと浮き出る胸を張りながら、
「なんか袋を持ったマネキンが校内の廊下を歩き回ってたんだって。誰も学園にはいない時間にうろついてたから見た人はいないけど、これは紛れもなくトレセン学園の怪奇現象だよ!むふふ、事件の臭いもしちゃうね!」
「事件、か」
テイオーが零れるように呟く。
「?どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。……にしても事件なのかな?マネキンにコスプレした変な人が学園内をうろついていただけなんじゃない?」
テイオーの疑問に、マヤノは首を横に振った。
「それがね、突然消えたらしいよ。うろちょろしていたマネキンがまるでテレポートしたかのように消えたんだって!」
「いやいや、そんな能力者がこの世界にいる訳が____」
「あたしはいると思うな」
すかさずネイチャが否定した。
「ネイチャ……?」
テイオーとマヤノはネイチャの表情を見つめる。その様子は、真剣な目つきで訴えていた。
「あたし能力者を見たことがあるの。冗談でも無く、本当に。……まあ、二人が信じてもらえるかは話が違うからなんとも言えないけどね。……うぅ、あたし何言ってんだろ、はっずいわ……」
段々と言うたびに我に返ったのか、ネイチャの表情が赤く染まっていく。今にも両サイドにある自慢のモフモフで顔を隠すような勢いもある。
「でも、ネイチャちゃんの言いたいこともマヤ分かるよ!ね、テイオーちゃん!」
「え?あ、そうだね!ボクも能力者がいるところを見たことがあるし!」
「だねだね!だからネイチャちゃんの言うこともマヤ信じてる!」
「ば、ボクもだよ!」
「二人とも……!ありがとう!」
ネイチャは口をもごもごさせながらもお礼を言う。
その時、チャイムの音が学園内に鳴り響く。
「や、やばい!マヤ次移動教室なんだ!それじゃ二人ともまたね!」
「ばいばーい」
「またねー」
AM09:40 終了