転生したらウマ娘になっていた   作:ヴァン.

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外伝Ⅰ
外伝Ⅰ とある二人の前夜


選抜レース。

それは個々ウマ娘の能力を見極めるため、トレセン学園が開催する非公式レース。

自分の才能を現段階でいかに出しきれるか、そしてその才能をいかにトレーナー達に見せつけれるかがウマ娘にとっての勝負どころである。しかし、ここがトレセン学園生徒にとって一番最初の関門であり、専属トレーナーやチームトレーナーにスカウトされなければレースには出れない。逆スカウトというウマ娘からトレーナーをスカウトする事も可能ではあるが、それを行う人物は主に実力派が多い。

四月一八日。

選抜レースの前夜の美浦寮では、静かな縁側スペースでとあるウマ娘二人が将棋を指していた。

「ふーん、そこで金なんだ」

「うふふ、でもターボさんの苦手の克服にはなりません?」

「そうだけど……。容赦ないよねグラスって」

「勝負ですので」

不貞腐れながら呟いたのは、ツインターボというツインテールで青髪が特徴的なウマ娘だった。その様子をにこやかな笑顔で返したのは、グラスワンダーという栗色のようなロングヘアのウマ娘だった。

「ぐぐ、ここで飛車だしてくるの!?」

「でもターボさんは先ほど銀で指しにきたじゃないですか……」

「そうだけど、そうだけど……!」

文句は言いつつもターボは返していく。そもそも接点のなさそうなこの二人がどうして仲睦まじく将棋を指しているのかには少し時を戻す必要がある。

四月八日。

入学式が終わり、美浦寮では寮長ヒシアマゾンの計らいでその日は新入生の歓迎会が行われていた。姉御感のある面倒見が良いと言われているヒシアマゾンを筆頭に、他の美浦寮所属生徒達が歓迎会のための料理やグッズ、華やかな飾り付けや、交流のための遊具が揃えられていた。

そんな時、グラスは将棋盤で対戦を申し込む同期や新入生を沢山相手にしていて、どれも簡単に倒せてしまうことに飽き飽きし始めてきたときだった。

そこに現れたのはツインターボというウマ娘が現れ、グラスでさえ唸らされる程の大苦戦を強いられていた。その日は将棋で大盛り上がりしていたのを二人は覚えている。なおその結果、深夜まで盛り上がりすぎて美浦寮所属の生徒の大半が遅刻をしてしまったのはまた別のお話である。

「ふぅ、今日はここまでかな」

「そうですね。今日はターボさんの苦手なことを克服させるのが主な目的だったので、長期戦は禁物ですから」

「ターボ、あの場面が苦手なんだよね。知識には自信があるつもりなんだけど」

「一〇万三〇〇〇冊の魔道書と完全記憶能力があるターボさんでさえも、ですか?」

「知識はあっても結局それが実戦で出せなきゃ意味が無いもん。ターボには魔力が無いから魔術は扱えないのと同じようにね。……グラスならこんなこと言わなくても分かるはずだけど」

「ふふ、ちょっとからかってみただけですよ」

さっきからからかわれてばかりのターボは思わず不貞腐れそうになるが堪える。

「それにしてもこの世界、歪んでいるとは思いません?」

「ゆがんでる?」

ターボの質問に、グラスは静かに頷く。

「ターボさんは超能力というお力をご存じですよね?」

「ぜ、全然わかんないかも……」

「えーと、ざっくり言うと魔術サイドである私達の魔術は、神話や歴史に基づく偉人を基点に、物理法則に従わない力で働いてるのに対し、超能力は『自然科学』である物理法則を基点に『次元の法則』『質量保存の法則』『原子説』など、科学ならではの力で扱う一種の異能な存在ですよ」

「……なんだかさっぱりなんだぞ」

「まあ、そういう力があるということで纏めておきましょうか」

グラスはターボの学習能力にやや困惑するが、咳払いで改まる。

「私達がこのウマ娘という新たな種族となるその生前、私達はいわゆる『前世の世界』と呼んでいますが、時折その流れ魔術師や超能力が確認されてします」

魔術師というのは元々影の裏に立つ裏舞台の存在であり、科学という分かりやすい物が目立つ超能力者達が最近ニュースなどでよく報道されいる。その際に至ってもしもの為に最近出てきた組織が『対能力治安(アウトスキル)』という、超能力者が暴徒を起こした時のため治安部隊の部門が各地域で設立されている。

「でも、それが今の話とどう関係してるの?」

「考えてみてくださいターボさん。一体何故そんな神隠しのような事が起きてるのか。私達ウマ娘は大半が転生者と言われてますが、あのトウカイテイオーさんって方はどうも転生者ではないと噂されています」

『波長』というのが存在する。ウマ娘や人間の誰もが持っている、いわゆるこの『ウマ娘の世界』だけ常時発動しているものだ。仕組みでいえばラジオの周波数や通信機の周波数と似たようなものだ。周波数を調整すると同じ周波数の信号をキャッチでき、互いの周波数がピッタリであれば音声がハッキリと聞こえたり伝えたり出来る、それと同じ仕組みだ。なお、『波長』といのは数千年たった今でも、倫理学者や心理学者が必死に研究しているが今だに仮説状態だった。

「つまるとこ、グラスは『テイオーは馬の魂だけを引き継いだウマソウルだけの存在』って言いたいんでしょ?」

「ええ、彼女から発せられる波長はどこか乱れがあります。時折波長が合わない者はたまに見かけますが、あそこまで乱れているウマ娘を見たのは初めてです。そこから私はこう導き出しました」

グラスは一呼吸置いて結論を吐き出す。

 

「この『ウマ娘の世界』と『前世の世界』はいつの間にか繋がり始めている、と」

 

元々ウマ娘というのは転生者から見れば異次元のような世界なのだが、この世界の住人はさも当然のような様子で転生者の魂を引き継いだウマ娘を温かく迎えてくれている。

この世界の神話では、『ウマ娘は別世界からの魂を引き継ぐもの』と記されているが、それが馬の魂だけなのか、もしくは馬と人間が複合したものなのか、それとも人間だけの魂がウマ娘という器に宿ったのか、ここら辺の話は専門学者でさえ今だに頭を深く悩まされている部分で、確証となるソースはどれもイマイチなものだらけらしい。

「私の所属する組織『露草式型十字清教』の一部の人達もここの世界に飛ばされています。向こうに帰る手段が無い以上今は大人しくどこかしらを拠点にして活動してると聞いてます」

「ターボも、イギリス教会がここの世界に来ていると聞いてるよ。でも__」

次にグラスが聞いた言葉は、意外なものだった。ターボは静まった顔をしながらこう告げる。

「__飛ばされたという話は一度も聞いてないんだよね」

「……飛ばされてない?」

グラスは思わず引き詰まった表情を浮かべる。一瞬何かの聞き間違いかと思うが、ターボの表情が真剣である以上、聞き間違いでも嘘でもない。それにターボの性格からして嘘をつくようなウマ娘でないことをグラスも分かっている。

「うん。ターボも詳しくは知らないけど、どうもこの世界を前々から知っていたという噂を聞いてるぞ。まぁ、本当によくわかんないからこれしか言えないけどね」

魔術の暴発や超能力の計算狂いでこの世界に飛ばされたという話は一度も耳にしていない。それを知っている上でターボから聞かされた内容は、まるで事前に知っているかのようは内容だった。

「変な話、ですね」

「ターボもそう思う」

グラスとしては更なる調査をすべきと考えたのだが、グラスは仮にもトレセン学園の生徒、やたら無闇に席を外してこの世界を調べようとまでは思わない。そもそも、動いたところで自分の立場からして得られる情報など知れたものだ。それに下手に動けば科学と魔術のどちらとも重要な機密事項を覗いてしまう可能性が出てくる。

その結果、最悪教会同士か科学と戦争が起きるかもしれない。

今は世界と世界同士の繋がりが出ていたとしても、まだ決定的な亀裂が起きてないからこそ動くべきではない。もし本当に繋がってしまったり、融合してしまったとしてその時文明の違いで世界同士の全面戦争が起きてしまえば、その時こそやむを得ず参戦するしかない。

それを防ぐ為に工作員が存在すると聞くが、グラスやターボは工作員ではなく、どちらにしろそういうのには特化していない。一応この学園にその工作員がウマ娘に転生しているという話があるらしいいるが、仮にいたとしてそれが誰なのかは知らない。

結局のところ、グラスが今集中すべきものは今平和であるこの生活を心置き無く楽しむことだろうか。

「重苦しい話はここまでにして、グラスは明日の選抜レースに出るんだよね?」

「えぇ、今年の新入生がどれほどの実力なのかが楽しみですね」

グラスはチーム『リギル』という現最強のチームに所属している。

チームに入ってる者や専属がいる場合は本来選抜レースに出る必要は無いのだが、申請すれば新入生と走れるシステムがある。大半の理由が新しく入ってきた新入生や噂の新入生と走りたいウマ娘が多いのだが、稀に実力を分からせるために走るウマ娘もいる。

グラスの場合、今回は前者の理由で選抜レースに申請した。

「勝負は幻想上での命の掴み合い、私ってそういう勝負が好みでしてね。勝利という欲に飢えた猛獣達に睨め付けながら、自身の力でねじ伏せるのって結構ゾクゾクしちゃうのですよ。そう思いませんか?」

「ターボは一番前で走っていればそれだけで充分かな。何も考えずに前を走ってるのって楽しいし」

「いずれにせよターボさんとはそっちでもお手合わせをお願いしたいですね」

「ウマ娘らしく、いつか、ね」


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