トウカイテイオーとその担任である渼丹小莎は、メジロマックイーンに別々部屋に案内されていた。渼丹先生はテイオーの隣の部屋におり、マックイーンは先生を案内したあと、テイオーを部屋へ案内したところだ。
「全く。そのトラブル体質は相変わらずと言いますか、なんというか」
「そう言われたってね、ボクとしてもあまり面倒事には巻き込まれたくないというか、なんというか」
テイオー自身、生まれつき不幸であることは死ぬほど理解していたし、すでに日課のような感じを抱いていた。ただ慣れていることにやや問題はある気はするが。
「それで、何故メジロ家にきたのです?しかも背中には負傷したターボさんを背負ってましたし」
「い、いやあ、それは……えっとですね……」
「大方私がメジロ家だから良い医者に診てもらおうと思ったのでしょう?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
ていおーはだまってしまった!!
「はぁ……。まあどうせ貴女の事ですから言えない理由もあるのでしょうし、昔の馴染みだからいちいち突っ込む義理もないですからね」
「助かる」
テイオーはようやくくつろげる場所でリラックスし始める。仮にもここは名門メジロ家。厳重な警備が敷かれており、今治療中のターボも名門の医者の手で治療されているはずだ。
「さーて、今何時だろ?」
「今はもう二〇時ですわよ。随分とまあ遅い時間に押しかけてくれたものですわね」
「ふ、不可抗力だから仕方ないでしょ!!」
「常識知らず」
「コブシとコブシで語り合うしかないのかな???」
はたから見れば犬猿の仲みたいに見えるが、かつての世界での元の姿だといつも変なやり取りをしているのが日常なのだ。
「それにしても超能力の次は魔術。次から次へと不思議なことが起きてくるばかりだね」
それを聞いたマックイーンは、心底驚いた顔をした。しかし、テイオーはその様子に気づかなかった。
「貴女……魔術のこと知ってますの!?」
「知ってるもなにも、カフェとやりあった時に堂々と魔術師と名乗っていたからさ。あー今度は魔術というフシギなチカラまでも出現するようになったんだって思っている」
(……まあ、テイオーのことですからそういう風に仕組まれてるのが正解なのですけどね。カフェさんの場合は例外に等しいとは思いますけど。アイツの考えですからなんとも言えませんが)
このタイミングだった。ドアから規則正しいノックの音が聞こえた。
『お嬢様、主治医です』
(……?なんか聞き覚えのある声が)
あれ、と、テイオーは思う、さっきから嫌な汗が止まらない。
「お入りなさい」
『失礼します』
嫌な予感は当たるものだ、とテイオーは運命を恨んだ。紛れもなくカフェの件でお世話になった。
「主治医です」
「ええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?」
しかめっ面で妙に無愛想な表情のした男が入ってきた。
「お久しぶりですねテイオーさん。ご要望は注射でしょうか?」
「死んでも打ちたくないので今すぐしまってください今すぐ!!」
キラキラと輝く針先が、テイオーから見れば死への切符に見える。主治医は大人しく注射をしまい、訓練されたような動きで姿勢よく立つ。
「お嬢様、ターボ様の容態について報告に参りました」
「お願いします」
「では報告致します。術前のターボ様は出血多量、及び内臓に到達寸前まで切られていました。出血具合と切断した時時間を逆算して、あと数分遅れていれば致死量に到達しておりましたので、恐らく死亡していましたでしょう。本当に間一髪でした。……テイオーさん、次からは大人しく救急車を呼んでください」
「はい、ごめんなさい……」
「現在の容態は安定しているので、明日には目を覚ますでしょう」
「ご苦労様です」
「では私はこれで」
主治医は一礼をし、静かな足取りで部屋を退出する。
「助かって良かったぁ……」
気の抜けた声にマックイーンは困惑の表情を浮かべる。
「ちょっとは反省しなさい……」
「してるしてる」
「……はぁ」
ため息を着くマックイーンの表情は、呆れていた。しかし、同時に少し安心していたりはする。
「そうだテイオー、これから夕食なのですが一緒に食事なさいます?」
「随分とのんびりしてるね。まぁ折角だからここで食べようかな。どうせ泊まる前提で連れてこられたんだし」
「服装なら私のお召し物をお使いなさいませ」
「ありがとう」
テイオーはマックイーンの部屋で服装を整えてもらい、渼丹先生と合流して夕食を食べて、夏休みの初日である八月一日の幕を閉じていった。
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翌日の早朝だった。テイオーは早くから目覚め、マックイーンに教えてもらった屋敷図を片手にある部屋に向かっていた。メジロ家で初めて泊まったが、流石は名門家。ふかふかのベットはまるで全身を包み込む程よいやわらかさ、それはどこか安心させてくれるものがあった。ぐっすりお休みになったテイオーは自分の体が軽いのを感じながら、何故かいつも着ている寝間着がここにあることに疑問も感じながら、ゆっくりとした足取りで廊下を歩いていた。
「マックイーンのやつ……何が『気のせいですわ。テイオーの寝間着がここで作られているなんて知らないですわ』だよ。どう考えても黒だよ黒。やっぱりあいつの魂が受け継がれているというかなんというか」
一度名門について少々議論すべきなのか、とテイオーは思わず悩みそうになるが振り払って今度マックイーンと詳しく話すことにした。
「……っと、ここだね」
テイオーが辿り着いた場所は、特段特別な部屋ではない。テイオーが泊まっていた部屋と変わりはなく、ただ少し離れた場所にあるだけだ。
テイオーはノックを三回して扉を開ける。
「あ、テイオー!」
「その様子だと回復したようで安心したよ」
「うん。おかげさまで」
ターボは昨日みたいにはしゃいではなく、大人しくベットに座っていた。テイオーはターボのそばまできてベットの端で腰をおろした。
「にしてもだ」
「?」
「なんで青のうさぎのパーカーが似合うんですかねえターボさんや」
「ち、違うもん!ターボもっと大きくてスドーン!って大きんだぞ!」
「対してボクと背変わらないでしょうが…….。あとなんだよその表現の仕方、もうちょい語彙力をだな」
「うるさいもん!!」
「うぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!こんなことでボクの頭噛みつくんじゃない!!」
テイオーは悲鳴と共に抗議を上げるが、むしろ嚙む力が増しているのを感じ軽く絶望した。
しかし、数秒も経たずに急に嚙む力が弱くなっていくのを感じた。
「……うぅ」
「……?どうしたの?」
「どうしてこうなったんだろうなって」
「?」
「ねえテイオー。どうして十字教はこんなにも分かれたと思う?」
「分かれたって……。つまりあれ?イギリス教会の他にも、元は一つの団体だけどいつの間にか複数の派閥、キリストやイスラムが生まれたってことを言いたいの?」
「うん」
「うーん、単に内部が違う道に進んだとか?」
「そうでもあるぞ。でも、根本的に十字教がタブーである政治に絡んだからだよ」
オットー一世という者がいる。西暦九六二年にオットー一世がローマ教皇ヨハネス一二世により『ローマ皇帝』に戴冠され、この神聖ローマ帝国以来ヨーロッパはキリスト教に統一された世界国家となるのがきっかけだった。
「本来十字教って言うのは、自身が信じた神を信じ、神の教えを分かち合う。一般人にはあくまでも布教を行って自ら入信して貰うのが普通なの。だけど内部で違う神を信じるようになり、血塗られた争いが起きて、色んな十字教が生まれた。ねえテイオー、強欲な者が宗教のトップに立った途端どうなると思う?」
「……宗教の教えを法律とかに組み込むことで、入信しないものは当時の考えからして死刑みたいなことをしてしまうことか……」
ターボは静かに頷いた。
「大雑把に言えばそうなるの。今の時代は非人道的行為は過激派として指摘されたりその国の法律によって取り締まれるようになれたけど、昔はトップが政治に絡んでいる限り独裁政権だったんだぞ」
「ひどい話だよな……」
「うん。だからこそターボ達はその歴史を繰り返さないようにしているんだぞ」
過去に十字教の支配が問題になって、布教運動を禁止する令を執行した国もある。日本なら鎖国時代を例えやすいだろう。
「そういやイギリスは……」
「イギリスはね、魔術を調べ魔術の国でもあるから魔術に対して異常に特化したんだぞ。魔女狩りの王や宗教裁判、対魔術部隊すら組織されてしまう程の大国なの」
「じゃあ、ターボの一〇万三〇〇〇冊の魔道書ってのは?」
「魔術ってはね、超能力みたいな才能のある力に恵まれなかった者が、どうしても力という才能が欲しくてできたのが魔術。この魔道書って、十字教の黒く血塗られた歴史を刻まれたようなものなの。魔術を知る者は欲に汚れた愚か者。それを中和するために作られたのが魔道書図書館」
「同じ魔術師を倒す為に、完全記憶能力を持つターボの頭に叩き込まれた、ってことか……ッ!そんなヤバい本ならさっさと燃やして捨てた方が良いのに!」
「ううん。それはできないよ」
「なんでなの?」
「魔道書は絶対破壊出来ないよ。仮に破壊できてもまた新しい魔道書が出来ての繰り返し。意思のある本みたいなものだからこそ、封印しておく必要があるんだぞ」
テイオーはターボの体をゆっくりと寝かせながら話を聞く。
「重要なのは中身なの。魔道書は人の精神に重大な支障をもたらす災いの本。ターボはたまたま耐性があったから沢山読んで記憶できたけど、耐性が無いと拒絶反応で精神崩壊を起こし、幻覚作用や脳の回路を破壊してしまうほどの凶悪な本なの。だから封印しておく必要があったの」
「まるで頭の中にある爆弾みたいだよね……。連中はその爆弾を奪うためにターボを狙っているわけか……」
「うん。一〇万三〇〇〇冊の魔道書を正しく使えば世界を滅べせることだってできるから……」
「ターボ、なんで今までそんな大事な話を黙ってたんだよ!?」
突然のテイオーの怒鳴り声にターボの体が跳ね上がる。びくびくとした表情をしながらターボは話す。
「だ、だって、こんなの誰かに言っても信じてくれないし、なにより気持ち悪がられて、テイオーに嫌われちゃうから……」
「ふざけんじゃねえ!!」
「ひい!」
「頭の中にある一〇万三〇〇〇冊の魔道書?世界を滅ぼせちゃうほどの力?確かにおかしな話だし今でも信じられないよ!!」
ターボの瞳がうるうるしてくる。きっとテイオーに嫌われて、もう二度と話して貰えない。そう思ってしまう。
でも。
「それだけなんでしょ。……たったその位だけなんでしょ」
予想外の言葉に、ターボは驚愕した。
「たかが十万冊程度の本を完全記憶能力で記憶しただけなんでしょ。そんなことでボクが気持ち悪いとか思っていると思った?それくらいで嫌われるとか人を勝手に値踏みするんじゃないよ」
「……ひぐっ」
突然泣き出すターボに、テイオーは戸惑いを隠せない。
(……やれやれ)
テイオーは片手で軽く、コツンとデコピンした。ターボは思わず額に手を当てる。恐る恐る瞳を開けば、笑顔のテイオーがそこにいた。
「ほら、ボクって異能ならなんでも打ち消せる右手があるでしょ?魔術師と戦ったこともあるんだから魔術師なんて敵じゃないし!」
「でもテイオー、魔術は信じないとか言ってたじゃん」
「……………………………………………………」
「ターボのこと、全然名前覚えようとしてくれなかったよね?」
「……………………………………………………」
「本当はターボのこと、どうでもいいと思ってたんだよね?」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
数秒の沈黙の後だった。部屋からはテイオーの絶叫が響いたらしい。
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この時期は学生が待ち望んだ夏休みだ。夏休みのため、合宿や地方遠征で東京から離れているチームもいれば、実家で休暇中の者もいる。しかしそれでも二〇〇〇弱の生徒を抱えているトレセン学園は常に賑わう声が絶えない。そんな中、早朝からトレセン学園に押しかける影が二つあった。
昨夜テイオーと対峙したスレイトと真咲だ。
スレイトは神父が着る黒い修道服を着ており、周囲からのかなり注目されているが、意外と騒動にはならず単にコスプレ衣装と思われているらしい。真咲は胸元ギリギリまでせめた白シャツに脚の付け根ギリギリまで破かれたジーンズの短パンを履いていた。普通服装的にあまりにも大問題で呼び止められてもおかしくないのだが、この世界はどうもこの服装も常識の範疇なのか特に呼び止められていない。改めて、いつの間にか世界同士が融合したとはいえ、このウマ娘の世界も常識が壊れてるんじゃないかと思う。
そんな二人は、ある人物に会うためにこの学園に来ていた。中央にある三女神の噴水を通り、長い廊下を渡り、一際雰囲気が違う扉を潜り抜けた先にいる人物。
「きたか」
「ええ、先日真咲がここにこられたと思いますが、もう一度お話を伺いに来ました。秋川やよい知事長」
秋川やよい。身長は一四五センチ。見た目通り年齢は幼く、まだ一三歳という若くして理事長までに上り詰めた少女。髪型はストレートでオレンジ色に輝く髪質に白髪が目立っている。デスクで重鎮している姿勢は、さも少女とは思わせられな雰囲気を漂わせている。隣に立っているの、緑色を基調した服装は確か駿川たづなと言う理事長秘書だったか。
「君達イギリス教会はこのトレセン学園にきてどうする?得られるものなど知れたものだと私は思うが」
「いえ、僕達が知りたいのはあのトウカイテイオーというウマ娘についてだけです。彼女のもつ能力、及び普段の生活を知りたいだけです」
「愚門。君達はなぜ彼女に拘る?この世界、いや、すでに文字通り世界という境界線が無くなり、世界と世界が繋がりを持ち始めている。その結果、一部の生徒はかつての持っていたと思われる超能力を取り戻し、そして、その力を遺憾なく発揮できる世界へと戻っている。……確かに私はこの学園の理事長故に生徒のことを把握しなければならないため、プライバシーに関わるのもは機密情報として把握はしているが、彼女、トウカイテイオーは機密情報として扱うものなど大してない。この意味が分かるかい?」
「……つまり、彼女は無能力者であると?」
「正解」
スレイトの表情が静かに変わった。
「……忘れられては困りますが、僕達イギリス教会はこの日本と同盟関係、国際的の言えば我がイギリス教会は英国所属部隊であり、日本と英国は友好関係でもあります。ある程度の情報程度なら情報の提示しても違反にはならないかと思いますが」
「そういう問題では無いのだ」
秋川はこれを一蹴した。
「理事長としては、プライバシーに関わらないものは別に提示しても構わないのだがな」
「……失礼ながらも、個人であれば?」
「断っているな」
秋川は一口、紅茶を口に含んだ。
「どちらにしろ、私はある者から情報封鎖するよう要請されている。これは日本側から言われている以上私は動けない」
「……………………………………………………」
「まあ、そう睨まないでくれ。私から提示するとしても、彼女は、かつては岡田唯斗と呼ばれていて、喧嘩っ早くて、無能力者で、どこにでもいるただの中学生。それだけだ」
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テイオーは昼からのトレーニングを終えて暗い夜道をターボと一緒に帰宅していた。本来なら寮に戻るべきなのだが、生憎とテイオーのいた階は、昨夜の戦闘で炎を操る魔術師に滅茶苦茶にされて一時的に通行不可能となっていた。部屋の中は多少無事だったのが、廊下が今にも壊れそうだったり窓が破壊されているため当面は修理で通行止めになっている。たまたま今は夏休みの時期なので実家から通う者もいれば、付近に住んでいる通生の友人とお世話になる者もいる。テイオーの実家は県を跨がないといけないので、結果的にメジロ家で当面はお世話になる予定だった。
「ったく、こっちの部屋まで炎が回ってきたせいだ着替えが大半燃え尽きちまったじゃんか……」
「テイオーって本当に不幸だよね。なにをどうしたらそんなに不幸になっちゃうの?」
「それをボクに聞かれてもなあ。これでも生まれた時から不幸だし、もうここまでくると逃れられない束縛すら感じてくる……」
ちなみに、ターボは美浦寮のため被害は無い。のだが、テイオーについてきていた。その結果入りはしないけど見学としてのポジションでスピカと一緒にいたのだ。どちらにせよターボは怪我人だ。まだまともに走ることすら出来ない状態なので、沖野と共にサポートしていたとも聞いている。
……よく考えてみれば、怪我人だけど付いてきて大丈夫だったのか?と、テイオーは少々悩んでいた。
(それにしてもトレーナーからは特に何も言われなかったよね。先生は報告するとか言いながらしてたのだろうか……?)
もし報告してなかったとしたら、きっとそれは先生なりの考慮かもしれない。
「テイオーテイオー!」
「……ん、どうしたの?」
「えへへ、なんでもないぞ!なあテイオー、誰かの名前を呼ぶのってこんなにも楽しいもんなんだな!」
「どうしたの。急に人肌恋しくなったって感じですかー?」
「そ、そんなんじゃないぞ!面白いと思ってるから呼んでるだけだぞ!」
「はいはい、名前なんていつでも呼べるでしょうに。まるで普段人と話さないようなセリフだよね」
「うん、だってターボの頭には一年分の記憶しかないからね」
「……?一年分の記憶?」
「うん、一年分」
二人は、信号が赤くなった横断歩道を渡らずに止まる。青になった信号から雪崩のような車と車の追い風と騒音を交わせながらターボは続ける。
「ターボ、どういうわけかこの一年の記憶しかないの。記憶を失う前日、いやその数秒前の記憶すらなくって。……本当に怖かった。ずっとイギリス教会の一員や、魔術師。ウマ娘の本能でもある『走り』すら知らない世界で、ずっと」
「じゃあ、記憶を失う方法とかは知らないってこと?」
「うん」
「じゃあ、起きてから記憶を消去させる理由とかは?」
「ターボも分からない……。でも、消した方が身のためだとずっと聞かされていたから」
「……………………………………………………」
「……テイオー?もしかして怒ってる?」
「怒ってない」
「むー、それやっぱり怒ってるでしょ」
「怒ってないもん」
「あー!やっぱり怒ってるー!」
「……へ、君みたいなガキンチョがよくあるラブコメ的ヒロインの座になろうだなんて、まだま…だ……?」
「うぅ……!!」
「あ、あのーターボさん?なにゆえ瞳に涙を浮かばせそんなに歯をキラキラと輝かせてるのでしょうか!?」
次の言葉など無かった。次に噛みつきが終わったあとはあちこちに歯形を残す羽目になっていた。
一人置いてけぼりにされたテイオーは、噛まれた部分を後目に広い歩道を歩いていた。
「くっそー。あいつは嚙みつき虫なのか?昨日から散々噛まれっぱなしの記憶しかないそ」
(にしても今日はやけに静かだなあ。この時間だと人が沢山いるはず……)
「……あれ、今の時間は確か一九時過ぎ。なら車の走る音や人の会話の声がするはずなのに誰もいない……ッ!?」
(まさか……誰かに待ち伏せていたの!?)
テイオーの警戒心が高まる。その推測は正しかったと言わんばかりの足音が、歩道橋の影から現れた。
「『人払い』のルーン、だよ」
「誰だ!?」
「魔術師だよ。私は
現れたのは一人の女だった。身長は約一六三センチ。腰まである髪をシュシュで二つ結びにしてツインテールのようにした髪型。服装は胸元ギリギリまでせめた白シャツに脚の付け根ギリギリまで破かれたジーンズの短パンを履いていて、胸の部分は下手したら下から見えるかもしれないほどのギリギリだった。腰には本当に人間が使うのかと思う程の、約三メートルもある刀が鞘に納められていた。
「まあそんなかりかりしないでくれ。私としてももう一つの名を語りたくないから聞かれたことだけを返事してくれたら済む話だから」
「君はまさか、イギリス教会の連中か!!」
「おっと、もうそこまでの領域に辿りついたっぽいか?なら話は早いね。ターボはどこにいるか知ってるかい?」
「……ボクが知ってるとでも?」
「やれやれ、私はあまり手荒なことはしたくないんだ。正直に答えてくれないとやむを得ず交戦しなきゃならないんでね。答えてくれるかい?」
「……………………………………………………」
(行けるか?あいつが魔術を使うならこの右手も通用するし勝ち目もある……)
テイオーはゆっくりと一歩ずつつ、一歩ずつつ。距離にして約二メートル。その距離に辿りついたとき、一気に駆け出した。
しかし、真咲はなにかをこう呟いた。
「千撃」
「あ、?」
テイオーは一瞬何が起きたのか分からなかった。まるで無数の斬撃が嵐のように舞いテイオーに襲い掛かってきた。
「がぁぁぁああああああああああああ!?」
自分の制服と体に無数の切り傷の跡が残る。一部は肌を掠ったせいか血が流れてくる。
「もう一度聞くよ。おまえさん、ターボがどこにいるか知ってるかい?」
「……知るかよ!」
「千撃」
再び斬撃のあられが飛びまどう。咄嗟にテイオーは右手を差し出す。異能の力ならなんでも打ち消す右手。それが質量の問題さえぶつからなければ一瞬で消え去る。
なのに、右手の指先から肩まで激痛が襲い掛かった。
「ぬ、っぐうううううううううううううあああああああああああああああ!?」
悲鳴をあげながら思わず膝から崩れ落ちた。切断されたとか指を引きちぎられた訳ではない。あちこちを擦り傷だらけて空気に晒されるせいて痛みが増加しているのだ。
(魔術のはずなのに……なんで右手が効果を発揮しないんだ!?)
テイオーは真咲を見据える。僅かに見える線のようななにかが視界の端から張り巡らせるように……。
(線……?なんで空中に線のような……。いや、まさかこれは!?極細ワイヤーか!!こいつ、カを動かす仕草で隠しながら動かしてたのか……!!)
「スレイトからの情報によれば、おまえさん魔術が打ち消せる右手を持ってるらしいね。なら術式を唱えず、そして魔力を使わない純粋な物理なら効果はあるんじゃないかなと思ったんんだが、これは効果抜群みたいだな」
「てんめぇ……!」
「千撃」
第三派と、テイオーの視界が斬撃の雨で埋め尽くされる。カキン、と、背後から何かが切断される音を激痛の中聞こえた気がした。やがてその音が背後にあった風力発電のプロペラの羽の一部が切断されたことに気づくのは、歩道橋に突き刺さるまでだった。
「剣を振ってるわけじゃない。千撃ってのはな、所持している刀によって威力が大きく変わるんだ。今私が持っているのは『[[rb:千本桜 > せんぼんざくら]]』と言って、一度に無数の斬撃を嵐のように飛ばせる刀だ。それを応用すれば『[[rb:一千 >いっせん]]』という一度の斬撃で直撃すれば千回切り刻まれる技があるんだが、まあ使うことはないだろうな。……何度やっても同じことの繰り返しだよ。さあ、大人しく答えな」
「……なんでだよ」
「ん?」
「なんでお前らは……そこまでしてターボを狙うんだよ?」
「おまえさんに答える義理は無いね」
「おかしいんだよ。同じ組織に居て、同じ場所にいて。なのにお前らとターボは敵対関係になっている。どうしてそんなつまんない立ち位置で過ごしてるんだよ!!」
真咲はやがて目線を下げる。浮かない表情をかすかに、口元が動く。
「おまえさん。完全記憶能力を知ってるかい?」
「……あぁ。ターボから聞いて少し調べたよ。瞬時に見たものを全て記憶して決して、決して忘れない体質、だっけ」
真咲は静かに頷く。
「ターボが魔道書図書館になるまでの経緯がある前提で進めさせてもらうよ。……あれはもう何年前だったかな。ターボが魔道書図書館になったその日、ターボ以外を除いたイギリス教会全員がこう告げられたのさ。彼女の頭は一年ごとにきっかり消去しなきゃ脳の容量がパンクして死んでしまう、と」
「一年ごとにきっかり消去……?」
「あぁ。ターボ脳は今一〇万三〇〇〇冊の魔道書によってほとんどが埋め尽くされているんだ。その割合は八五パーセント。残りの一五パーセントは思い出にしか使えない」
「その記憶消去を行うのは、やっぱり魔術なのか?」
「そうさ。……それに、あと三日後の午前〇時もすればその時がやってくる。私達だって敵としてターボを追い回したくないいんだ!だけど、あの子を幸せにためには敵として追い回して、一年、また一年と記憶を消す為に……」
「……………………………………………………………………」
「だから……あの子の居場所を教えてくれないか。そうすれば、なにもかも無かったことにできるから」
切ない表情が、後悔に満ちた顔が、歯ぎしりする音が。それはきっと二人にとっての不本意な出来事だったのかもしれない。ずっと同じことを繰り返してきたこの数年間。終わるか分からない永遠の繰り返しが、ずっと組織を悲痛に負わせていたのかもしれない。それは、出会って間もないテイオーには分からない領域だった。だけど、それでも言えることがあった。
「ふざけんじゃねえよ!!」
苦痛を忘れてテイオーは吠えた。まるで否定されたかのように、真咲は思わず驚愕していた。
「何が完全記憶能力だ。何が敵対関係だ。そうやってお前らは自分自身がターボの敵になることで、全てを忘れられた時の辛い気持ちから逃げてるだけじゃねえか!!本当に幸せを願ってるなら、わざわざ敵として追い回すことなんかしなくてよかったはずだ!!一年きっかり消去しなきゃいけない?だったらその一年で前よりも幸せにしてやれば良かった話じゃねえか!!この一年の次は更に幸せに、その次はそれよりも幸せにすれば良かったのに!!お前らの辛さを全部ターボに押しつけてるだけじゃねえか!!」
右腕を庇うように立ち上がる。
「考えてみれば簡単な話だよ。居場所なんかお前らが作ってやれば良い。不幸だろうが悲劇だろうが、お前らが思う存分幸せな場所と時間を与えてやれば良かったんだ!イギリス教会が普段なにをしているのか部外者であるボクには分かんない。だけど、それくらいは出来たんじゃないのか?なんだったら、失わずに済む方法さえ考えれば良かったんじゃないのか?」
「じゃあおまえさんはターボのことを助けれるというのかい!?」
怒りの混じった真咲の叫びが響き渡る。まるで性格が豹変したかのような感じがあった。
「おまえさんには分かるのかい!?忘させたくなくても忘れさせなきゃいけない気持ちが!!!!」
二メートルも跳躍した真咲がテイオーを目掛けて鞘で叩き潰しに掛かった。テイオーは咄嗟に横へ回避する。ズシャア!!、と、地面を抉られた。人間の力であんな高さと力があるのかと少し疑問になるが、考える暇すらない真咲の回し蹴りが襲い掛かった。回避が間に合わないため咄嗟に両腕でガードするが、失敗した。メキッ、と、左腕から嫌な音を体内で感じながらテイオーの体が数メートル吹き飛ばされた。
「おまえさんは、スレイトが今までどういう気持ちでターボと過ごしてきたのかわかるのかい?春夏秋冬、一年間過ごしたあとにくる記憶を消去する残酷な時間が!!今まで過ごしてきた記憶を全て忘れんだよ!!それを作れば良かったなんてことを軽々しく口にするんじゃないよ!!!!」
倒れ込むテイオーの胸辺りに踏みつける脚があった。
「思い出が消え去るのって辛いんだよ。忘れさせたくなくても忘れさせなきゃいけないのって胸を締め付けるような感覚なんだよ」
ギリギリと、段々脚に力を入れられ押し潰されるていく。
「それを、簡単に失わずに済む方法を探せば良かったと言うな!!!!」
腰に納めていた鞘ごと引き抜いた。死を感じて思わず目を瞑った。グシャ。と、崩れる音があった。
それはテイオーの全身を砕かれた音ではない。鞘が道路に突き刺さった音だった。
「はぁ……はぁ……。お願いだからさ、私だってこんな手荒な真似はしたくないんだ……。お願いだから教えてくれないか……」
呼吸を整える声が聞こえる。苦痛に満ちた真咲の表情が視界に入る。もう色々手遅れだと実感させられる。だから、テイオーは両腕に精一杯力を入れ、吐き気を堪えて言葉を吐き出す。
「……ばっか野郎が!結局お前らは気持ちをターボに押し付けてるだけなんだよ!ボクはターボの味方であると決めてるんだ!!科学とか魔術とかそういう境目なんか関係ない。普通に話せれていることが、もう仲が悪いことであり続ける必要なんか無いんだ!!」
あれだけ叩きのめした真咲も、まだ立ち上がろうとするテイオーを見て思わず身が引いていた。掴んだ鞘から離さず、立ち上がろうとする姿勢があった。
「お前が今持っているその力は何のためにあるんだよ。それだけの力を手に入れたのなら、お前はターボを守れる力はあったはずだろうが!守りたいものがあるからその力を手に入れたんじゃねえのか!?…………それだけ万能で圧倒的で……その力があるのに……なんでテメェはそんなに……無能……なん……だ……」
次第に途切れていく言葉を最後に、テイオーの意識が暗い湖の底に沈んでいった。静寂な空間が支配していた。
「私は……一体なにがしたかったんだろうね……」
突き刺さる鞘を引き抜いて腰に納める。これまで歩んでいた自分の道のりは、本当にこれで良かったのかと改めて思う。このウマ娘を殺す気なんて元々無かった。このウマ娘は確かに言った。ボクはターボの味方だと。だからこのウマ娘は居場所なんか吐かなかったんだろう。守ると決めていたから。もし居場所を吐いていたらその時はその時だった。なぜなら行く先なんてわかっていたから。それ故にわざと会うことでこのウマ娘の性格と本性を知ることが出来たから。結果はもはや言わなくても分かるだろう。
背後から足音が聞こえる。だけと真咲は振り返ることはしなかった。
「終わったかい?」
「あぁ。充分過ぎるほどの成果だったよ」
「そうかい」
「トウカイテイオーはどうするんだい?私が適当なところに運べばいいのか?」
「いや、そんな面倒なことはしなくていい。どうせもう解除するつもりだったんだから」
「そうかい……」
直後に、パチンと指をはじく音が響き渡る。その瞬間、まるで止まっていた時間が再び動き出したきたかのように、車と人々の騒音が戻ってきた。