転生したらウマ娘になっていた   作:ヴァン.

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幻想の果て

次にテイオーが目を覚ました時は既に朝だった。どうやら意識が落ちた後真咲に殺されずに何者かがメジロ家へと連れてきていたらしい。

「テイオー……」

心配そうに覗き込んでくるウマ娘がいた。

「たーぼ……?」

「良かった……テイオーが無事で……」

テイオーは体を起こそうとしたが、ターボに無理に止まられる。

「ダメだよテイオー!あちこち傷だらけなんだから無理して起きちゃダメだぞ!」

「だから全身くまなく包帯を巻かれている訳か……」

手探りで自分の体をあちこち触れば包帯のざらざらした感触があちこち伝わる。巻いてない部分が無いと思う位巻かれて、これじゃミイラじゃんとテイオーは思う。

「にしてもボク、昨日の夜からずっと寝ていたんだ」

「昨日じゃないよ」

「え?」

「三日。三日間テイオーはずっと眠ったままだったぞ!」

「三日!?三日もボク寝ていたの!?」

度肝を抜かれた。一夜とか一日とかではなく、三日という数字に思わずテイオーは驚愕を隠せなかった。

「渼丹先生が街中で倒れているテイオーをここまで運んでくれたんだよ。全身引き裂いたような傷を負っていたテイオーを見て先生血相変えてここまで……」

「先生が……」

また先生には迷惑をかけてしまったと深く反省する。これでもたまに学校サボってどっかに行っても先生は叱る時は叱るけど、出席と単位を取り返そうと裏で必死に動いてくれることには気づいている。だから、これ以上は迷惑掛けれないなと。

「ターボ知らなかった。テイオーが魔術師を相手にボロボロにになるまで戦ってるなんて知らなかった……」

震える声で絞り出すような言葉を吐き出していた。ターボの目には僅かに光るなにかがあった。

「ターボ、あの魔術師達から逃げ切れたと思って大喜びしていた。でも、そのあとテイオーが狙われてこんなにボロボロになるまで戦っていたなんて知らなかった……。きっとターボが逃げたからテイオーが……テイオーが……!」

ポロポロと涙を流しながら俯く少女の姿があった。ずっと心配をかけていたのかもしれない。いや、心配かけていたに決まっている。どこまで不安にさせていたのかも分からない。だからテイオーはこう言った。

「ねえ、この包帯巻きすぎじゃない?」

「ふぇぇ……。痛くないの?」

「あんな傷程度でのたうち回る程だったら必要だったかもしれないけど、今こうして普通に会話出来てるんだから平気だよ。いくらなんでも大袈裟過ぎだからもうちょい加減しろっつーの」

そう。あえて痛くないと言っておけば人は安心できる。そうやって自分の傷の痛みにウソをついて言い聞かせておけば良い。

「えへ、えへへ。そうだよね。ちょっとあまりよく分かんなかったから下手だから一杯巻いちゃった!また今度練習してみる!」

「おう!」

テイオーはゆっくりと立ち上がる。安心しているのか、ターボは止めはすることは無かった。

「そうだターボ、これからボク知り合いのアストンマーチャンに会いに行くんだけどどうする?ついてくる?」

「うん!行く!」

テイオーは傍にある棚に置かれていた自分のウマホと財布を拾ってスカートのポケットの中に入れる。一部の制服にはスカートにポケットはあるのだが、それな中々分かりずらい位置にある。慣れるまでは常に手探りなのだが、テイオーはもう慣れてるからかスっと入れることが出来た。

扉を開ければ広い廊下が視界を埋めつくしていた。

「おやテイオー様。お体はご無事のようで?」

たまたま通りかかった執事、それはよくマックイーンといる執事のじいさんが、テイオーを見かけたのか声を掛けてきた。

「じいやさん!うん、もう大丈夫だよ!」

「それはそれは、結構な事です。しかし、あまり無理するのもいかがと思われますが」

「平気さ。これでも怪我慣れしてるから怪我によってどこまで動いていいのかはもう経験でわかってるから」

「……あまり納得はいきませんが、テイオー様がそう仰られるのでしたら私が止める理由もございません。どうぞお気をつけて。何かあればお嬢様や私に直接ご連絡をいただいてもよろしいので」

「うん!ありがとう!じゃあ行ってきます!」

「お気をつけて。ターボ様もお気をつけていってらっしゃいませ」

「うん!行ってくるぞ!」

じいやさんの慣れた律儀な一礼を背後に、二人はメジロ家を後にする。

 

 

 

メジロ家を後にして数分が経った。時間としては既に一一時過ぎ。朝から練習しているものはそろそろお昼休憩に移る頃だろうか。そういや三日間眠ってたせいかお腹が空いてきた気がした。

「なぁテイオー、アストンマーチャンって河川敷にいるの?それに、会ってどうするの?」

「うーん、ちょっと聞きたいことがあってさ。とっても大事なことさ」

「ふーん、アストンマーチャンってどんな人?」

「なんていうかな、とっても不思議な子だよ。掴めない性格で、目立ちたがりで、カメラがあればしれっと写ろうとしている子だよ」

でも、と。

「マーちゃんは出会った時から何処かほっといたら危ない気がしてさ、いつも笑顔でよくわかんない事言ったりするけど、触れてしまえば消えてしまいそうな子だよ」

「……よくわかんないけど、とりあえず会って大事な話があるということだけは分かったんだぞ」

「さっきの説明は全部忘れたのか……」

完全記憶能力とは、と、テイオーは呆れる。

「……ん、いたいた」

テイオーは河川敷で遊んでる影を二つ捉えた。一人は目的の一人であるアストンマーチャン、もう一人はマックイーンと同じメジロ家のメジロブライトだった。

「おっす。今日は二人?」

「あら〜、これはこれはテイオー様でございますわ〜」

「おぉ、テイオーが来ましたよクロエ・ハーバードさん。……おやや、その子は?」

「ツインターボ!よろしくな!」

「ブラストブーストですわね〜。よろしくお願いしますわ〜」

「ブーブーダッシュさんですかぁ。よろしくお願いします」

「ツインターボ!!一つも合ってないぞ!!」

「「あら」」

おほほと、呑気な様子で笑っていた。

「それにテイオー様、ここにきてどうさなれたのです~?」

「ちょっとマーちゃんに話があってね。この時間だからもしかしたらと思ってここに来たらビンゴだってわけ」

「マーチャンに御用ですか?」

「うん、良いかな?」

「良いですよ」

「それじゃあ、私はブラストダッシュさんと遊んでますわ~」

「ツインターボ!!」

なんだかんだターボはブライトの後ろについていった。遠くから見れば近くで流れている川で遊び始めた。

「それで、マーチャンにどんな御用ですか?」

「気になることがあってね。……忘れられた時ってどんな気持ちになってしまうのか、って」

「テイオーがそのことを聞くなんて珍しいですね。なにかありました?」

「ううん。なんていうかね。今までの記憶がある日突然忘れてしまった時、その記憶ってどこにしまわれるんだろうなって」

我ながら回りくどい聞き方をしたと思う。アストンマーチャンは母が医師を務めている。今テイオーは全身を包帯巻きにされていて、右腕は肌が見えない程巻かれている。ブライトから見れば単なるコスプレに見えたのだろうが、この時期に全身包帯巻きなんて暑すぎて倒れてしまう。なら多少そういう知識があるマーチャンならば気づかれない方がおかしい。

「マーチャンは、きっと(ここ)ではなく(ここ)にしまわれると思います」

だけどマーチャンは深くは聞かなかった。きっと、聞かない方が良いと思っていたのか、もしくは早めに教えた方が良いと思ったのか、いずれもテイオーには分からない。

「生き物はみんな何かしらは忘れちゃいます。去年はどんなことをしていたのか。半年前はどんな料理を食べていたのか。昨日は何をしたのか。さっきまでどんなことをしていたのか。生き物は必ず忘れる生き物なのです。だけど、その思い出はあくまでも脳の整理であって、胸にある思い出は無限の容量で出来ているのです。誰かの胸の中にその人の思い出が残り続ける限り生き物は真に忘れられない。マーチャンは見えない形を見える形にします。それがウルトラスーパーマスコットのアストンマーチャンです。どやや」

「見えない形を見える形にする、か」

その方法は、いつもマーチャンがしている割り込み撮影かもしれない。一緒にぬいぐるみを作って自分がこれを作ったということを残すことかもしれない。いずれにせよターボに残された時間はもう半日も無い。

「テイオー。貴女はなにか急いでる気がするのです。見えない形が崩れる前にあの子の記憶を見える形にしてあげてください」

「うん、ありがとうマーちゃん。助かったよ」

「どやや」

ダブルピースで笑顔に答えたマーチャンに一瞬ドキッとしかけたがすぐに冷静さを取り戻す。

「ターボ!!行くよ!」

「うん!!サンキューブライト!楽しかったぞ!」

「私も楽しめましたわ~。また屋敷で会いましょうですわ~」

「うん!またなー!」

二人が分かれると、とてとてとした小走りでテイオーの傍まで戻ってきた。

「お話は終わったの?」

「うん、充分なくらいだよ」

「そっか、じゃあ帰るか」

二人が歩く。熱風に全身を漬け込まれるように受けながらも歩く。残された時間、どうやって過ごそうかと考えた。

『ふむ、怪我はもう平気みたいだね』

突如として聞こえた声が、テイオーとターボの警戒心を煽られた。よりにもよって今こられたくなかった者が。

スレイト=アルグス。真咲弥夜李。まるで後をつけてたかのように、気がつけば背後に回られていた。

「テメェら!!今更何しにきやがった!?」

振り返ると同時に、テイオーが大声で叫んだ。しかしスレイトは全身を包帯で巻かれたテイオーの姿を見るなり嘲笑うかのような笑みで。

「ふーん、その様子じゃ戦うことも簡単に逃げ出すことも出来ないみたいだね。もし万全であれば僕達二人で君を始末して禁書目録を回収する予定だったが、これはこれで好都合だ」

一瞬、スレイトの言葉が理解できなかったが、すぐに追いついた。

詰まるところ、怪我をしているテイオーが人質とすればターボは大人しく投降する。それが二人の狙いであろう。

「さて、君に残された選択肢は二つある。一つは大人しく禁書目録を渡す。もう一つは死ぬ。さぁ、どれを選ぶ?僕としては君を殺す方が最善策なのだが、その子を悲しませたくは無いからね」

(クッソ。こっちが怪我していることを良いことに好き放題言いやがって……ッ!!)

どうしようも無い現実があった。戦っても死、戦わなくても死。ターボを差し渡しでも見えるのはバットエンドしかない。あまりにも絶望的過ぎる状況に、テイオーは心底恨んだ。

その時。

「帰って!!!! 」

突如として割り込むように叫んだのは、ターボだった。悲痛な叫びと共にターボは抵抗する。だけど、その内容はこうだった。

 

「お願いだからもう帰って!!もうこれ以上テイオーを傷つけないで!!ターボはもう逃げないから。メジロ家に戻ったらもうどこにも行かないから。……お願いだからテイオーだけはもう傷つけないで」

 

自分を捧げて見逃す選択肢だった。だけどテイオーはその選択肢だけは絶対に選びたくなかった。だってそれは自分だけ助かって誰かを見捨てる選択肢だから。けど、それをターボに言わせてしまった自分を酷く憎んだ。

「……〇時まで待つ。それまでに精々最後の時間を楽しむことだ」

交渉が成立した。二人は大人しく引き下がる。

「テイオー、ターボが、ターボが全部終わらせるから……。もう安心して、元の世界で過ごしていてもいいからね」

何かを諦めた表情で語られてしまった。そんな自分が嫌いになりそうだった。

 

 

_________________________________________

 

 

夜が来た。

メジロ家に帰ってきた二人は、外から聞こえるヒグラシの鳴く声を部屋の中に響かせながらテイオーは高熱を出していたターボの様子を見ていた。外はすでに暗くなり、部屋の中にしんみりとした雰囲気を漂わせていた。

(もう一度考えてみよう。記憶の消去は今日の午前〇時きっかりに行われる。その時間まであと一時間。この高熱は多分圧迫された記憶がタイムリミットが近づいてるから出ている。記憶の容量が多すぎて体の負担が掛かってるんだ。まるでメモリーカードの容量限界までデータをダウンロードして機種の動作が重くなるみたいに)

ターボの記憶の容量は恐らくほどんど残されていない。魔道書によって確か八五パーセントを奪われ、思い出は約一五パーセントしか使えない。

……八五?一五?

「……ちょっと待て。あいつらは一体どこからそんな数値を導き出したんだ?」

思わず口にしてしまったが、そんなことはどうでもいい。問題なのは、ターボの記憶の容量はどうやって知ったのか。どうやって残りの容量を導き出したのか。

(もしそれが本当なら、完全記憶能力を持っている人は大人にもならずに脳がパンクして死んでしまうことになるよね。でも、そんな事例で死んでしまう話なんてこれまであったっけ?)

テイオーの推測が正しければ、恐らく。しかしそれはテイオーの今ある知識では予想に確信を得られない領域だった。

テイオーはポケットからウマホを取り出してある人物に連絡する。脳に関してあらゆる知識と資格を持ち、尚且つテイオーのクラス担任。

『ひゃわわ!こんな時間に電話だなんてテイオーちゃんめっ!なのですよ!仮にも同じ女の子なら分かるはずです!!』

「ごめんなさい先生。ちょっと聞きたいことがあって電話掛けたんです。今大丈夫ですか?」

『生徒の頼みとあれば先生はいつだってウエルカムなのです!それで、どうかしたのですか?』

「先生って確か脳に関して得意でしたよね」

『確かと言われるのはちょっと心外なのですがまあ良いです。確かに先生は脳に関しては得意な分野ですけど、改まってみたいな感じでどうしたのですか?』

「先生、完全記憶能力っていう体質って知ってます?確か些細なことすらを完璧に覚える体質でしたよね?」

『完全記憶能力です?そうですね、体質的なもので間違いないですし、ほんの些細の動きや匂い、味、あやりとあらゆるものを完璧に覚えるのが完全記憶能力で合ってますよ』

「そうですよね。だけどその体質だと常に色んな情報で記憶が埋められて、大体五か六歳辺りで記憶がパンクして死んでしまう絶望的な体質ですよね?」

『確かにそうですね。完全記憶能力という体質によって脳の情報が常に常人の約二倍以上は埋められてしまうのは絶対なのです。でも、それだけで脳が圧迫されることも絶対ないのです』

なんだって、と、テイオーは思わず呟いていた。受話器越しからは何を飲み込む音が聞こえてくる。

『テイオーちゃん。例え完全記憶能力があったとしても、脳は常にパンクしないように必ず整理されるように管制塔を仕組んであるのです。その下で働いているものを大きくわけて三つあって、目や耳、鼻などの感覚器官から常に得ている膨大な情報のうち、特に意識していないために一秒程度で消滅する感覚記憶。相手から聞いた住所や名前を紙に書き留めておく間だけなど、短時間だけ覚えておくときに使われる短期記憶。自宅の電話番号や自身の名前、生年月日を年単位で覚える長期記憶があって、それの司令塔が海馬という鍵となるものですね』

「でもそれでもやっぱり脳がパンクしちゃうのでは?」

『テイオーちゃん。重要なのは人間の脳の記憶量なのですよ。話は戻らせると元々人間の脳は一四〇年分の記憶を保存できるようになってるんですよ。最近は医学も発達して今では二〇〇年分の記憶も保存できることが発見されたため、記憶がパンクして生物が死ぬっていうのは医学上絶対有り得ません!ウマ娘という種族も人間とほとんど仕組みは変わらないのも証明済みです!分かりましたか?』

「……最高ですよ先生。めっちゃ助かります」

『ふふん。テイオーちゃんは先生の生徒なのですからね!これくらいお安い御用なのです!……では先生は次の補修の準備してますので、テイオーちゃんも早く寝るのですよ』

「はい、ありがとうございます先生」

テイオーは耳からウマホを離し通話を切る。

(やっぱりだ。考えてみればおかしかったんだ。そもそも仮に記憶容量がパンクしましたで死亡ニュースが流れていたら研究員達は少なくとも調査して論文を組み上げて発表する。だけど、ボクが生きている間にその話は一度も無かった)

念のため記憶がパンクして死ぬ事例をネットで探してみるが、それらしき記事など一つも見当たらない。

要約すれば、生物は記憶がパンクして死ぬことは絶対にあり得ない。脳というのは様々な場所で保存されたり、感情を操作してるのを授業でしていたのをテイオーは思い出した。

テイオーは、結論を導き出した。

 

__イギリス教会の上によって、ターボの反乱を恐れて一年きっかり消去しないといけない嘘をついた、と。

 

「なにかがおかしかったんだ!よく考えてみれば記憶がパンクして死んでしまうってなんだ?八五パーセント?一五パーセント?ただ記憶の消去するだけなのになんでわざわざそんな単位を把握しておく必要があったんだ?そんなの簡単だ。残酷な役目を押し付けた教会側がターボやあの二人。いや、もしかしたら他の下っ端の反乱を防ぐために、それっぽい嘘をついて……ッ!」

確か記憶の消去の際に使われるのは魔術と聞いた。ならばどうやって思い出の記憶だけを抜き取るのか、そして反乱を防ぐための方法を考えてみた。これはあくまでのテイオーの推測に過ぎない。

「ターボの記憶消去は今日の日付変更と同時に始まる。使われるのは魔術。だけど魔術だって何かしらの方法で作られてようやく使えるのは絶対なはず。であれば、教会側が事前に用意した魔術を教えて特定の部分にしか効果がないように調整されているはずだ!だけどそれだけじゃ反乱を防ぐには不十分だ」

テイオーはこれまでに記憶を必死に掘り返す。一番引っかかる場面はどこだろうか。

(あの日スレイトと戦った時、ターボは瀕死だけどターボではない何かが出てきた。ボクでもわかるほどターボの性格とは真反対な冷酷で感情を抜き取られたなにか……)

「……そうか、首輪だ!ボクが連中であったら魔術で絶対に反乱を抑えるための首輪を付ける。それをターボの体のどこかに!!」

改めてテイオーはベットで寝ているターボを見直す。荒い呼吸を吐き、高熱でうなされる姿。一〇万三〇〇〇冊を自分よりも小さな体で記憶しているとは思えない体。

「……なってやる」

テイオーは静かに決意する。右手に巻かれた包帯を手にかけ勢いよく外しながら宣言する。

 

英雄(ヒーロー)を呼ぶんじゃない。ボク()英雄(ヒーロー)になるんだ!!!!」

 

幻想殺し。

テストの点を挽回する力もない。勉強でもこれといったものに役に立たない力。走りでもスキルすら使うことが出来ない阻害な力。日常生活では何の役にも立たない力。

だけど、超能力や魔術といった異能の力なら問答無用で打ち消せる力。

トウカイテイオー。かつての名を岡田唯斗と呼ぶ。転生した彼、いや、彼女が再び動き出す。

「記憶と言ったらやっぱり脳だよな。圧迫されてるって言ってたから恐らくここに首輪があるはず」

テイオーは右手でターボの頭を触れる。ターボのやわらかい髪の感触とおでこの熱が伝わってくる。ただそれだけ。

「……あれ、なんにも起きない?場所が違うのか?でも脳以外に記憶を保存する場所なんてないし……」

もう一度ターボの体を見回す。全身を見ていくうちに股に視線が向いてしまい思わず逸らした。

「いやいや。いくらなんでもそんなところにあるわけがないでしょ!何考えてんだ俺!!……にしても一体どこに首輪があるってんだ。見た目からしてそれらしきものは無いから体内ってのもあるけど……。魔術ってそこまで影響できるものだろうか?」

脳から近くて、なおかつ体内という範囲からギリギリな場所。例えば口の中とか……。

(口の中……?)

「……まさか!?」

テイオーは両手を使って口の中を覗く。何の変哲もない口内。だけど、喉元あたりにはほんのわずかになにかの文字がどよめいていた。だけどテイオーはこれが首輪だと確信した。

「悪い。ちょっと苦しいけど我慢してくれ」

テイオーは先に謝っておく。そうしなければいけない気がしたからだ。

右手の人差し指がターボの口の中にゆっくりと入っていく。生ぬるい感触を感じながら指を奥に入れていく。うっ、と苦しむターボの声を聞き罪悪感が湧いてしまいそうだったが、それでも押し殺して進めていく。指が付け根まで入った瞬間だった。パキパキパキと砕ける音が響いた同時にテイオーの体が思いっきり吹き飛ばされた。

「ぐがっ……!なんだ!?」

背中を壁に叩きつけられた痛みを感じながらテイオーは起き上がる。周囲からただならぬ雰囲気を感じていたテイオーは、目を開いたと同時に異様な光景が入ってきた。

あれは本当にツインターボなのだろうか?

目に入ってきたのは、ターボの両目に光を失い何かしらの魔法陣を浮かばせ、空中を浮遊し、まるで機械のように感情を失っている姿が。

あまりにも異様な光景にテイオーは酷く動揺していた。振り向いた無感情の視線が交差した時、警戒心が跳ね上がった。直後に、閃光のような爆発が起きた。

『何事だ!?もう時間がくるというのに君はまだ……ッ!?』

『少女!なにがあっ、た、……?』

叫びとともに誰かが部屋に入ってきた。恐らく声からしてスレイトと真咲だろうか。テイオーは自分の体に倒れたタンスを押しのける。二人はターボの姿を見るなり不意を突かれた表情をしていた。

(これ、あの時機械のように無感情を表面にだして別人のように変貌しているターボだ……)

「そういや、聞いてなかったことが無かったね。超能力でもないのに魔術が使えない君が、今こうして魔術を使えるのか」

『警告。第零章一節。外的からの刺激を受け身体に張っていた全結界の貫通及び破壊を確認。攻撃された術式を逆算し特定を開始。失敗。結界の修復作業開始。失敗。再度修復を開始。失敗。結界の再構築は不可能と断定。侵入者個人に対し最も有効的な対抗手段(ローカルウエポン)の構築に成功。これより侵入者トウカイテイオー、またの名を岡田唯斗に対し「聖ジョージの聖域」の発動。侵入者を破壊します』

ターボの目に浮かんでいた魔法陣が部屋の空間に映りこむかのようの浮かび上がった。異様な模様がテイオーの背筋を凍り付かせる。しかしテイオーの目線はターボから外れない。だって見てしまった。まるで表裏のように裏でターボ本人が攻撃したくないと必死に抑え込もうとしている姿。その証拠に、ターボの顔がテイオーから逸らそうとする光景が目に焼き付いた。だけどすぐに視線が戻る。その瞬間背筋に何かが突き抜ける気がした。ターボの視線がまるで補足した獲物を仕留める猛獣かのような殺意を感じて、直後に閃光のような杭が解き放たれた。

「うおぁぁ!?」

咄嗟に突き出した右手に凄まじい衝撃を感じた。まるでピッチャーが投げ出したボールを素手で受け止めるかのように、それ以上に強さで。右手の指先から肩の付け根まで数百キロの重りを押し返す衝撃を感じながらそばでぼやく声が聞こえた。

「なんで、なんであの子が魔術を使ってるんだ……。あの子は確か教会側が魔術は使えないと言われて、実際使おうにも使えなかったのをこの目で見ていたのに……」

「決まってんだろ!!教会側が全部ターボとお前らの反乱を防ぐために全部作り上げた嘘なんだよ!!考えてみろよ。ターボに一〇万三〇〇〇冊を覚えさせるような残酷な連中が、お前ら下っ端に簡単に真実を話すかと思ってたのか!?魔術を使えないようにしていたのもターボを苦しめていたのも全部教会側が仕組んだ術式とシナリオだったんだよ!なんだったらターボ本人に聞いていれば良かったじゃねえか。ターボは魔術を使えないんじゃない。付けられた首輪に本来あるはずの魔力とやらを全部あの首輪に吸収されていたんだ!!ああそうだよ。ターボが一年周期で記憶を消さないといけないのも、全部真実から切り離すために、そしてお前らを落とし込むために仕組んだ罠だったんだよ!!それさえ打ち消せてしまえば、もうターボが記憶を無くすことも、お前らが悲しむ必要も一ミリも無いんだよ!!!!」

右手からピキピキと音が聞こえる。テイオーの呻き声が搔き消される轟音が響き渡る。

『警告。侵入者に対して術式の効果が見られません。他の術式の切り替え侵入者の破壊を継続します』

もはや表現のしようがない威力だった。ズドンと一気に重りを乗せつけられたかのような威力が、右手の骨にヒビが入れ始めていた。

(くっそ、が!!)

まだ、終わる訳にはいかない。だってようやくツインターボという少女の呪縛を壊せるから。だってスレイトや真咲みたいにこれまでターボの取り巻きをしていた連中からこの負の連鎖を断ち切ることが出来るから。でも今は一人だけではどうしようもない。それでもテイオーはそんな理由でもう少しで掴めそうな希望を手放したくは無かった。

strongest541(我が名は最強であるがために)

突如としてカードが部屋中の隅から隅まで張り巡らされた。そのカードはテイオーも見覚えがあるもの。ふと、テイオーの背中に誰かの手が触れた。まるで支えるかのような感じで押し返すかのように。

「曖昧な可能性はいらない。僕はあの子の記憶を消して命が助かるならその選択肢を選ぶ。あの子の邪魔をするものは全部殺す。焼き尽くしてでも殺す。そうやっていつも同じことの繰り返しを続けていた。それが今まで僕達がやってきたとりあえず(・・・・・)あの子の命を守れる手段だ。この決意は今も変わらない。ずっと昔から、決めていたから」

スレイトや真咲達の過去はテイオーが知っているわけがない。だけど僅かに震える声はきっと壮絶な悲劇があったのかもしれない。それはターボだって。

「とりあえず、だな。ふざけやがって」

テイオーは苦痛を忘れるかのように声を張り上げて。

 

「たった一つだけ答えろ魔術師。てめぇらはターボを助けたくないのか!?」

 

二人はまるで何かを突き抜けられたかのように目を開かせた。テイオーはそんな二人の様子も気にせず続ける。

「てめぇらはずっと待っていたんだろ。ターボの記憶を失わずに済む方法を!!ターボの敵に回らずに同じ場所で同じ時間で笑いあえる、そんなハッピーエンドってやつを!!今まで待ち焦がれていたんだろ、何も失わずに済む展開を!!てめぇらはその手でたった一人の女の子を助けたいと誓ったんだろ!!」

骨が砕ける奇妙な感触が襲われても続ける。

「お前らだって主人公の方が良いだろ。漫画や小説に映画、ドラマみたいな主人公に。脇役なんかで満足してんじぇねぇよ。命を賭けてたった一人の女の声を守ると誓ったのなら今の立役で満足してんじゃねえよ!!こんな物語は全然終わっていなんだよ。始まってすらねぇんだよ!!!!ちょっと長いプロローグで絶望してんじゃねぇ!!いい加減ここから物語を始めようぜ、魔術師!!!!」

しかしテイオーの手も限界がきていた。次第に切り傷が起き指から血が出始めてきた。歯を食いしばって抵抗するが、それでも体は正直に。

ヤバい。そう感じた時だった。

Auxilio000(全てのものに助けの手を)

その魔法名は誰のだろうか、ただテイオーはそう思っていたが、求める答えはすぐに返ってきた。部屋中に張り巡らされた極細のワイヤーは見覚えがあった。

真咲弥夜李。三日前の夜でテイオーを追い詰めた魔術師だ。

「記憶を失わずに済む方法、そうだね。私も少しは視野を広げるべきだったよ。おまえさんのおかげでちょっと目が覚めた。もう前の名前を言いたくないとかそんなふざけたことは抜きにしよう。ここからは私も手伝う。この魔法名に刻んだ意味をもう一度」

真咲がささやかに微笑む。その時テイオーの右手先から不意に何も感じなくなった。激痛とかで痛みとかなくなったわけではない。ターボの全身が下に轢いてた絨毯によって思い切り反り返ったからだ。スガガガガガ、と、光の杭が天井を食い破り天へと示す道のように。空気が僅かに熱くなるのを感じた。恐らく外の空気が入り込むほどの射程があったのだろうか。その隙間から、まるで天使の羽のようなものがひらりと降ってきた。一枚ではなく、無数の羽が部屋へと。

「これは……竜の息吹(ドラゴンブレス)!!聖ジョージにある伝説のドラゴンと同等の一撃を持っている威力があるぞ!!それに一枚でも触れたら大変なことになるぞ!!!!」

血相を変えた真咲が声を張り上げた。あの雰囲気からしてここまで取り乱す辺り相当ヤバいものだとテイオーでも判断できる。

しかし、まだ全部終わったわけではない。

ターボの姿勢が元に戻る。しかも攻撃は一時的に逸れただけでまだ撃ち続けている。

判断が遅れた。光の杭がテイオーを貫かんとばかりに襲い掛かってきた。

「魔女狩りの王!!」

寸前で何者がかテイオーの視界を覆いつくした。いや、者というより術式だろうか。

「行け、能力者!!!!」

その言葉が背中を押すかのようにテイオーは走り出す。ほんの少しの距離。だけど原理は不明だが、走っても走っても同じ場所から動かない。

『警告。第四章第一一説。新たな敵兵を検知。戦闘傾向を変更。戦場の分析を開始。……完了。現状最も難易度の高い敵兵トウカイテイオーを最優先に破壊します』

射線が再びテイオーへと向けられるがテイオーが当たることは無かった。何故なら魔女狩りの王が盾となって塞いでくれているから。

『警告。第三節第一三説。魔女狩りの王の術式の逆算に成功。十字教のモチーフをルーンによる記述へと書き換えたことが判明。聖ジョージを第二段階へと移行。「神よ、なぜ私を見捨てたのです(エリ・エリ・レマ・サバクタニ)」』

光の杭が更にぶ厚くなる。さっきまで抑えていた魔女狩りの王の体が悲鳴をあげながら縮められていった。けど、それが功をなしたのかさっきまでその場にい続ける奇妙な感覚は無くなった。目標が別になっていたからなのだろうか。

でも、テイオーの右手がターボに届くチャンスだった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

テイオーの右手があと少しで届く。触れれば待っているのはハッピーエンド。だけど、運命とはいじわるで、それを作っているのは神様だとしたら。

(神様。アンタが作ったこの世界(システム)が、全部運命(シナリオ)通りに動いているってのなら__)

 

「__その幻想をぶち殺す!!」

 

テイオーの右手が、ようやくターボに触れた。ガラスの砕けるような音が響きかせながら、浮かんでいた魔法陣や光の杭が消え去る。

『警こく……?だい零しょう。首輪、ちめいてきはかい。さい……せ……い……ふか…………の…………う……………………………………………………』

ドサ、っ、と。ターボの体が床へと倒れる。

これで、ターボやその周りを苦しめていたものは全てなくなった。記憶を失わずに。

きっとここから新しく始まるのだろう。記憶を消さずに次の日を過ごせる道へと。そして、ターボは自分のやりたいことが全部出来る扉を開けることができるはずだ。

テイオーはターボの傍まで寄ると、両手で優しく上半身だけを上げる。温かみのある肌の感触。これで、本当に全て。

直後に真咲の叫び声が聞こえた。テイオーは何だろうかと振り返る寸前、頭にとんでもない衝撃が走った。そのあと、何かが聞こえる。それが目を覚ましたターボなのか、スレイトなのか、真咲なのかも分からないまま意識が真っ暗な闇へと落ちていった。

この日、この夜。

岡田唯斗は二度目。トウカイテイオーは一度目の『死』を迎えた。

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