朝だ。
それは、とある病院の一室だ。ツインターボという少女はとある病院に診察室で、数日前にお世話になったメジロ家お抱えの主治医と共にいた。服装は前と違って、トレセン学園の制服だ。
主治医と呼ばれている男性は、ため息ながらこう語る。
「はぁ。昨日は知らない二人組が君とあの子を運んできたと思えば手紙を果たしてさっさと帰り、更にはメジロ家の部屋から謎の閃光が棒のように伸びて、おまけに宇宙にある学園都市製の人工衛星が木端微塵にされる事件が起きる。……あなた、何か知ってます?」
「知らない」
「ううん……」
主治医は思わず唸る。この場にるのは主治医とターボだけ。
「それにしれも、あの子は何をどうしたらああなったのでしょうか。頭蓋骨をくり抜いて脳に直接スタンガンでも当てたのですかね」
やれやれと言わんばかりの感情で主治医は振り返るように言う。ターボは主治医から受け取った一通の手紙に目をやった。主治医曰く、この手紙を渡すように頼んだのは赤紙の修道服を着た男らしい。表紙には英語でトウカイテイオー宛てへと書かれている。
「……………………………………………………………………………………」
ターボはこれまでの私怨を込めて表だけをビリビリと破る。
「ちょ、これはあの子宛てでは……!?」
「いいんだよ!!」
中身だけを取り出したターボは、英語で書かれている文章を不機嫌なまま読み上げる。
「挨拶は面倒なので省かせてもらうよ」
全くよくもやってくれたなこの野郎。と、個人の怒りをぶつけると世界中の木をなぎ倒しても紙が足りないのでやめておく。
必要最低限の礼儀として、手伝ってくれた君には禁書目録を取り巻く環境について説明しておく。
イギリス教会は、大至急あの子を連れ戻したかったみたいだけど僕達を騙したことについての説明を求めると、あっさり現状維持ときやがった。実際には様子見と言う方が正しいかな。あの子は、元々一年きっかりに保護役として誰かが相棒になることが決まりだったのだが、記憶を消す必要が無くなった今はもう必要ないだろう。それにあの子にもやりたいことがある。仮にも宗教をやってる身としてはあの子の目標を邪魔しないと思うので今後君が保護役としてなってもらうことになった。
僕としては君があの子の傍に一秒でもいることが許せないが。
忠告しておくが別に諦めた訳ではない。しかる装備を整え時期が訪れた時、僕達はあの子の回収に臨むつもりだから
「……首を洗って待っておくように」
読み終えたターボは、下に何かが書かれていることに気づいた。そこに目を追いやればルーンを刻まれた文字があった。どんな効果なのか一瞬で分かったターボは空中に手紙を投げ出したと同時に、クラッカーを使った時の簡素な爆発音が響いた。主治医も驚きをあらわにしながら。
「あ、あなたのお友達は随分過激ですね……。手紙には液体窒素爆薬を仕込んでいたのですか……?」
しかしその驚きはすぐに消える。今にも泣きそうで、でも我慢しているターボの姿がそこにあったから。主治医は、真っすぐにこう言う。
「まあ、まずはあの子に会ってみましょう。ステップ一です」
ターボは静かに頷くと、診察室をあとにした。先ほどの光景とは打って違って、無機質でズラリと並べられたようなドアが、景色として視界に入る。ターボは歩み始めるても、同じ光景がずっと続くだけ。道中看護師や他の入院患者もいて、今は早朝なのか栄養管理人が専用ケースを押して朝食の配膳をしている、それだけの光景だ。長い長い廊下。距離から見れば大したことないが、ターボからすれば長い道のり。
そして、ある一室の病室へと辿り着いた。隣のプラスチック製の立て札には、トウカイテイオーと表記された立て札が。
何の変哲もないスライド式ドア。だけど入るのが怖い。でも入らなければ分からない。いつまでここでうじうじしたって何も進まない。ターボは両手で頬をパチンと、気合を注入する。覚悟を決めたターボの手がドアを三回ノックする。
ノックに応えるように、中から返事が返ってきた。ビクンとしかけたが、ターボは恐る恐る静かにドアを開ける。簡素な病室が目に入る。外とはうって変わって全体的に薄い茶色で落ち着かせた病室。奥で窓を開けているのかそよ風がこちらまできている。この時期には丁度良い風だ。でも、そんなことはどうでもいい。
一歩一歩進めた先にある人物がいる。
トウカイテイオー。で、あるはずだが姿性別がまるで違う。目に飛び込んできたのは、どこにでもいる少年だった。
岡田唯斗。首筋まである髪の毛は僅かに跳ね上がっており、前髪が後ろへ向かうようなくせっ毛がある。それだけの特に変哲もない、トウカイテイオーの前世である普通の少年だった。
ターボは一瞬人違いかと思ったが、波長から流れてくるこの異様な乱れ具合は、テイオーから出てくるものと全く同じである。で、あれば本人で間違いない。
そう、岡田唯斗ことトウカイテイオーは生きていた。
「ゆいと……!」
ターボはそれが分かった時、嬉しさを露にしながら小走りで岡田のもとへと行こうとした。
なのに。
「あの、どちら様でしょうか?」
最初に言われた一言目が、あまりにも残酷過ぎた。
ターボは主治医からこう告げられていた。
記憶破壊。
主治医によれば、記憶の細胞自体を破壊されもはや過去の記憶を呼び起こすことが不可能な状態と。
「君、大丈夫?とても悲しそうな顔をしてる……」
「ううん。大丈夫、だよ」
「あの、もしかして俺達知り合いなの?」
「ゆいと、覚えてる?ターボはゆいとがテイオーの姿の時に栗東寮の調理室で出会ったんだよ?」
「調理室……?どこの調理室なのかな……」
「ゆいと覚えてる?ターボとテイオーは同じトレセン学園のクラスメイトなんだぞ」
「とれ、せん?よく分からないや……」
「ゆいと覚えてる……?ターボはゆいとの右手で『歩く教会』を壊したんだぞ……?」
「あるくきょうかい……?変な名前をしてる……」
「ゆいとおぼえてない……?ゆいとはターボの為に魔術師と戦ってくれたんだぞ…………!」
「ゆいとって……?あとテイオーって誰なの……?」
「ゆいとは……おぼえてない……?マジックは、ツインターボはゆいととテイオーのことが大好きだったんだよ…………?」
「…………ごめん」
「…………ッ!!」
「あの、ツインターボやマジックって誰ですか?動物みたいな名前しているけど…………?もしかして俺ってペットとか飼っていたの?」
突き付けられた現実が、ターボの胸を締め付けた。きっとターボがテイオーを巻き込まなければ記憶を壊すことは無かった。ターボがテイオーを巻き込まなければテイオーは傷つかずに済んだ。
全部、自分のせいだ。
ターボが岡田に抱いていた感情は、不要なものかもしれない。だけど失いたくなかった。でも岡田は全ての記憶を失っている。この思いを、晴らすことは出来ない。
堪えれた涙が今度こそ溢れてきた。
「______なんちゃって!!」
「…………え?」
突如さっきのシリアスな雰囲気そっちのけで笑い声を上げたのは、岡田だった。
「なにペット言われて感極まってるの?」
「え。え?」
ターボは袖で涙を拭きながら岡田に問いかける。
「ゆいとって脳細胞が壊されて何も覚えてないんじゃ…………?」
「それだとなんか忘れていた方が良かったみたいな言い方だなおい。あの主治医の話じゃ脳細胞が破壊されて記憶が全部消えちまったってハズってか?」
「ハズ……?」
岡田は右手の自分の頭に指しながら。
「そのダメージってのも元々は魔術によるものなんだろ?だったらそのダメージが届く前に俺の幻想殺しで打ち消しちまえば良いっわけだ」
「幻想殺し……?」
「ああ。なんか主治医がそう呼んでた。要は魔術のダメージが届く前に[[rb:こいつ > 右手]]で打ち消しちまえばいいってことよ」
「ふぇ、ふぇぇ…………」
安堵したターボが思わずその場でへたりこんだ。だって岡田はちゃんと覚えていたから。
「にしても、その様子だと散々俺のこと振り回してたみたいだから、今回の件でちっとは反省したんじゃないかなあー?」
「…………………………………………………………………………………………………………」
「…………あ、あれ。なにをそんなに怒ってらっしゃるんですか…………?」
直後だった。ある病室では男性の絶叫が響いたらしい。
主治医が回診で部屋に辿りついた時だった。ドアを開ける前に中にいる青髪のウマ娘がなにやら不機嫌なまま出ればその場をあとにした。主治医が何事かと思いつつ冷静に入ってみれば、あちこち噛み跡を残し、毛布は入っていた羽がまき散らしながら瀕死姿の岡田の姿が。
「これまた随分派手にやられましたね」
「死ぬ。なんだあの気性難のウマ娘…………。ホントに死ぬって…………」
やつれ気味に岡田は言う。あちこちが悲惨な状況だが、主治医はこう聞いた。
「貴方、本当は何も覚えてないんじゃないですか?」
それを聞いた岡田は俯く。
そう。本当は昨日までの記憶は全て無くなっている。だけど事の経緯を彼は知る権利があるから、手紙やある二人の話を全て話した。
「確かに。俺は全部忘れてるんだと思います。でも、あの子を見た時、絶対悲しくなってほしくないって思えたんです。案外俺は覚えているんじゃないですかね」
「…………そんあはずはないと思いますが、一体どこにそんあ場所があるのですかね?」
岡田は胸を張ってこう返事した。
「心に、じゃないですか」