「おーいどこいったんだよー」
テイオーの声に反応は返ってこない。というか病院の中なのに大きな声なんて出せるわけがない。
数分前にテイオーとターボははぐれてしまっている。経緯と言っても、病棟まで送ってくれた後マーチャンが『お母さんのお手伝いをしてくるのです』と言って一旦別れ、その一瞬の隙を狙ったかのようにターボはいなくなり、結局テイオーは一人ぼっちになったわけだ。しかも夕陽も沈み月が浮かんでいる。時間からしてかなり遅くなってるのだろう。
「くっそぉ。目を離した隙になんでどっかにいっちゃうのかな。迷子の達人かあいつ」
ぶつくさ呟いたところでターボが見つかるわけでもないし、マーチャンと合流できるわけでもない。
(さてどうしたものか。闇雲に探したところで見つかるわけでもないし、かと言って流石に病棟から離れているわけではないと思うけど)
テイオーは思考に没頭している。病棟の廊下といえ、看護師や患者が歩いているのだから注意散漫になっていれば……。
「あん♡」
「んぐっ!?」
「やーん。私のおっぱいに可愛い女の子を捕まえちゃった!とっても可愛い可愛い女の子だわぁ~」
「ありがとうございます!!ありがとうございますだけどなんで負けた感が沸くのおおおおおおお!?」
誰かも分からないまま抱き着かれて本音が溢れているテイオーだが、相手の力からして人間なのでウマ娘の力で無理矢理引きはがした。
「だ、だれ!?」
「うーん私?私はアンデット。臓器担当の外科医よ。よろしくね」
目の前には、身長は約一七九センチ。金髪の髪先をロールに巻きサラシで下着の変わりみたいな大胆な恰好で白衣を着たアンデットと名乗るお姉さんがいる。
体のラインを魅せるように意識させたその格好は、妖艶な色気を感じさせた。
「うふふ。その顔はもしやあの噂のトウカイテイオーかしら?」
「え?ボクまだ名乗ってないよ!?」
「あら知らないのかしら。貴女ちまたで有名なのよ?『シンボリルドルフを越える可能性を秘めたウマ娘』ってね。まあ噂の中心点となる本人が気づかないのも普通だからその反応が自然なのよね」
「そうなんだ」
「それで、貴方ここの病棟の患者でもないでしょ?なんでこんなところにいるのよ。誰かと面談?」
「い、いやーとある事情で知り合いとここにきたんだけど肝心な奴がどっかいっちゃってさ」
「迷子、ね。それなら特徴を教えてくれる?」
「えーと、青髪ツインテールのウマ娘」
「……もうちょっと情報が欲しいところだけど、まあいいわ。少し待ってなさい」
アンデットはその場で目を閉じた。先ほどのうふふな雰囲気と打って変わり、ごく真剣な雰囲気だ。
(……あれ、なんか体に僅かな振動が)
「……見つけたわ」
「ホント!?どこにいるの?」
「貴女の後ろ」
「へ?」
「ゆいと!!」
不意に背後か大声を掛けられたが聞き覚えのある声に安堵しつつ振り返る。
「ターボ!!お前どこ行ってたんだよ!!」
「そんなことより大変なんだよ大変なんだぞ!!」
「なんだなんだ、一体どうしたんだよ」
「とにかくテイオーは今すぐ来て!!早く!!」
「あ、ちょい、こらターボ!!いきなり引っ張るな!!」
テイオーはターボに腕を掴まれながらずるずると連れ去られていく。連れてかれた先は誰もいない屋上だった。アンデットとだいぶ離れてしまったが、ターボは周囲に誰もいないことを確認したあとテイオーに向き直して。
「ゆいと!!この病院とんでもないが分かったんだぞ!!」
「なんだなんださっきから。ターボはもうちょい冷静をだな」
「この病院、魔術による結界が張られてるんだ!!」
「……魔術?」
魔術。それは科学によって生み出された超能力とは異なる異能な力の存在。失われた記憶でも知識は残っているのが幸いだろうか。すんなりと魔術という単語が頭に入ってきた。
「そう!!どこの組織の術式なのかは分からなけいけど、この組み合わせからして、数百年前の東ヨーロッパで使われた記号があるんだぞ!!」
「ま、待ってよ。結界が張られてるのは分かったけどその効果がなんなのか分からなきゃ困る!!」
ターボは目線を下に向け、覚悟を決めたかの気持ちを言葉に乗せて。
「……テイオー、心して聞いてね。…………この結界、夜になると発動するんだ。その時に効果が現れるんだ。その効果が、衰弱死をさせるんだ」
「…………どういうことだ」
「衰弱死させる、と言ってもすぐにはならないんだ。じわじわと、ゆっくりと力を衰えさせるんだよ。肉を表面から落としていくみたいに。それがいつか力尽きて死んじゃう。それがこの結界の効果だよ」
「ふざけんじゃねぇよ!!そんな結界さっさと壊さなきゃマズイだろ!!」
「ダメだよゆいと!!あれはどんな手を使っても結界の発動者を撃破しなきゃ例えゆいとの右手を使っても絶対打ち消せない!!!!」
「じゃあどうすんだよ!!このまま黙って人が死んでいく様を見届けるって言うのか!?そんな暇があるなら俺は無謀の賭けだと分かってても結界をぶっ飛ばしにいってるほうがマシだ!!」
「だからターボが調べておいたの!!この病院に残りたいと言ったのも、あの時院内に入った時魔力の流れを微弱だけど感じたからなんだよ」
「発動者が誰なのか分かるのか?」
「うん。今はもう月が浮かんでるから発動者の魔力が結界と共有されてるのが分かる。それに、なんでターボがここに連れてきたのか分かる?」
テイオーは少し考えてみた。なぜターボはわざわざあの場所で言わなかったのか。何故ここまでさっきいた階層から離れたのか。テイオーはその時アンデットと話をしていた。そのタイミングでターボは現れた。そして血相を変えて無理矢理ここまでテイオーを連れてきた。
その時は既に月も出ていた。ターボは結界とその発動者の魔力が共有されていると言った。
「……まさか」
「うん。犯人は__」
「__そこまでよ」
不意に、女性の声が空に響く。同時にターボが倒れた。
「ターボ!!!!おいターボどうしたんだ!?」
テイオーは突然の事に驚きを示した。どさっと倒れるターボを見て何者かに襲撃を受けたのかと思ったが、外傷を認めず。いや、僅かに寝息が聞こえる。恐らく寝ているだけなのだろうか。
何故不意に寝てしまうのかに疑問は残るが、今はそっちに向ける余裕は無い。
「全く。出会ってすぐの子にまさか私の術式のタネ明かしされるなんて思わなかったわ」
声に、聞き覚えがある。
「日本は科学に特化した国。魔術とは全く無縁だから居心地良かったのに。だけどバラされたらもうここに居座り続ける意味もないわ」
扉の奥の闇からゆらりと現れる人影。いや、背中に何かが見える。
「今夜は綺麗な月が出ているわね。ふふ、良いじゃないの。夜は私の時間。私の世界。私のもの。この夜こそ私の力を存分に発揮できる」
月の光が人影を映す。
「分かるかしら。いくら日本人でも吸血鬼という言葉位分かるわよね?」
背中に生えたコウモリのような翼。白衣を外し体のラインがくっきりと見える服装。
「アンデット。貴女の血は一体どんな味がするのかしら」
ふわりと浮かぶ吸血鬼は、血に飢えた獣のようにテイオーを見据えていた。
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月の光に照らされた世界で、テイオーとアンデットは対峙していた。
(どうする。どこから攻める?右か?左か?でもあいつ飛んでるしどの位の早さで飛べるのかも未知数だ。そんな状態で突っ込むなんてあまりにも無謀過ぎるぞ!!)
「こないのかしら?なら私からいくわよ」
アンデットは体を動かさず、口だけを動かした。
「溺死」
突然テイオーの顔に水球がまとわりついた。テイオーはなんとか振り解こうと顔を揺さぶるが一向に離れようとしない。
「ガボっ!?ガボボボ!!」
テイオーは右手で水球へと触れた。
バシャっ!!、っと、ビチャビチャと音を鳴らしながら力を失ったかのうように地面へと落ちていく。
(な、なんだ今のは!?)
テイオーは咳き込みながらアンデットを視界に入れる。
「斬首」
テイオーの真下に影が映り込む。テイオーは上を向けばギロチンで使われる刃が首に目掛けて落ちてくるのが見える。咄嗟に右手を突き出した。右手と刃が触れる。パキパキと音を響かせ刃が木端微塵になった。
「火焙り」
テイオーは何故か足元が異様に熱いと感じた。なにかとなと思っていたがそんな悠長な考えは掻き消される。テイオーの足元だけが、何故か藁を組んで燃え上がる炎になっていた。灼熱の熱さがテイオーを包み込む。灼熱の温度を堪え歯を噛みしめながらテイオーは右手を叩きつける。シュワ、っと、音が溶け込む。
(右手が反応しているってことは、これも異能な力ってことか!!)
「あら、貴女随分と面白い力を持ってるのね、私の力を簡単に打ち消しちゃってるもん。こんなの初めて、ゾクゾクしちゃうわ」
言葉と雰囲気が合致しない。むしろも弄ばれてるかのような感じがする。
「安心して、簡単に殺しはしないから。『地に着くものに断罪を。罪人には死を。神聖なる大地に踏み込む不届き者に聖なる鉄槌を』」
不意にテイオーだけの地面が光った。また同じ攻撃かと地面に身構えた。が、妙に背筋が凍ったのを感じ反射的にその場を離れた。
直後に、何もない空からまるで光の杭のようなものがさっきまでテイオーがいた場所を貫いた。
(くっそ!!さっきから何がどうなってるんだ!?さっきまでは単語一つで攻撃しにきたかと思えば、今度は詠唱で攻撃してきやがった!!)
「あら避けられちゃった。ざんねーん。まあでも動きからしてその特異性は右手にあると分かったわ。ならばこれはどうかしら。『人間の動体視力を越える速さで弾丸を射出せよ』」
テイオーの体が浮遊した。思考する余裕は無かった。回避までの反応すら与えてくれなかった。圧倒的な速度で発射された弾丸がテイオーの体を浮かばせた挙句貫いたのだ。背後にある転落防止柵に全身を叩きつけられ激痛が走った。
だが、死んでない。
「言ったでしょ。簡単に殺しはしないって」
言葉の通りだ。確かにさっき殺しはしないと言っていた。
(……言葉だけで?)
言葉だけだろうか。詠唱の時は体を使って攻撃していた。だけどメインは言葉だけで攻撃している。動くのがめんどくさいとかの理由じゃない。この戦闘を楽しんでるような、そんな感じが。イメージ的には獲物を仕留める狩人のような。
「ねえ、吸血鬼は何故血を吸うのか知ってるかしら?伝承では仲間を増やすためとか死者を弄ぶとか色々言われてるけどそうじゃないのよ。貴女は私の攻撃を見てどう思ってるのかしら?」
「……言葉だけで攻撃をする。だけど体を使ってでも攻撃が出来る。多種多様な力を持っているってのがボクの今分かる段階だ」
「当たらずとも遠からず、ってとこね。遺伝子って言葉なら誰もが聞いたことあるわよね?」
吸血鬼は血を吸う。そして血にも遺伝子情報は含まれている。
「……まさか。遺伝子を解析して自分の力に食い込めるってのか!?」
「ピンポンピンポン。だいせーいかーい!!そうよ、私は血を吸うことで力を手に入れてるのよ。本当のところそんなものはあくまでも別の目的なのだけどね。本命はやっぱり生命力の維持ってところかしら。吸血鬼は別に不死身じゃないの。聖水をかけられれば死ぬし十字架に磔にされて心臓に杭を打ち込められたら死ぬ。それに長く耐えれる為の生命力を維持したいってことなのよ」
その為に身動きのできない患者を狙った。そして大病院なら輸血用の血もある、が、きっと新鮮な血の方が効果は出やすいのだろう。
「そういえば、疝痛で苦しんでいるウマ娘がいるんだっけ。確か名前はマーベラスサンデー。あの子なかなか面白い能力を持ってるわね。それに良い血も流れている。私一の贅沢品ね。あの甘さと上品がマッチしていてとても良いわ。流石若い子と言ったところかしら」
あの首筋の跡、そして症状が長引く理由。全部このアンデットのせいで、マーベラスサンデーは苦しんでいた。
「てんめぇ!!ふざけんじゃねえよ!!!!人に人生をそんなに踏みにじるのが楽しいのかよ!!」
「あら怒らせちゃったかしら。でも良いわ、お喋りはここまで。もう終わらせてあげる」
テイオーは身構える。アンデットは攻撃態勢に入った。
「その右手、切断されなさい」
「、は」
ポロリと、言葉が吐き出た。同時に、右腕ごと取れた。あまりもあっさりしていて。思わず言葉が出てしまって。切断された箇所から血が噴水のように湧き出してくる。目
そんな様子を、アンデットは笑っていた。
「くっ。あっはっはっはっはっ!!!!あぁ血がこんなに溢れているわぁ!!この感じ、この感触。背筋がゾクゾクしてたまんないのぉ!!!!さあ見せて頂戴。貴女の苦痛に満ちた顔、絶望した顔、負の感情なら何でもいいわ!!血を吸われる恐怖をこの私に見せなさい!!!!」
翼を使った浮遊移動がテイオーを目掛けて襲い掛かる。愕然としているテイオーはこのままでは血を一滴も残らず吸い取られ失血死してしまうだろう。
だけど、アンデットはテイオーの至近距離で動くことが出来なかった。
いや。
「動くことが、出来ないだと!?」
全身の筋肉をフルパワーで動かしている、のに動かない。
「なんだこれは!?貴女一体何をしたっていうのよ!!」
(動かない。なんで?どうして!?)
「くっ。圧死しろ!!!!」
宣言された。が、何も起きない。アンデットは確かに言葉を口にしたが、何も起きなかった。事実がアンデットの混乱を更に加速させる。
「おい吸血鬼。動けない気分はどうだ?」
「!?」
その笑いは狂気に満ちた微笑み。今絶望を感じているのはアンデットだ。逆にテイオーは今を楽しんでいる。立場が逆転している。
目が灼熱を帯びたかのように熱い。
「動けない気分はどうだ?その状態で今襲われる時程怖いよなぁ?どうだ、絶望を感じるか?死が近づく気分はどうだぁ?」
血塗れのテイオーの顔がアンデットの眼前に迫る。狂気が満ちたその顔は、あまりにも化け物のような顔で。
(こ、こいつ化け物!!)
アンデットは見た。
テイオーの右腕から、竜の顔が出てきているのを。