いつの間に寝ていたのだろうか。次に目が覚めた時は、無いはずの記憶に懐かしみを感じる天井と消毒液の臭い。
病室だ。とは言っても、テイオーが起きたのはこの前にいた病室で、隣には相変わらずしかめっ面のメジロ家お抱えの主治医がいた。テイオーは右腕をギプスで固定されていた。今は巡回の診察で看護師が巻かれた包帯を外しているところだ。
「それにしても、腕を縫い付けるつもりで用意した器具が不使用に終わるなんて思いませんでしたよ。何もせずに付けただけで綺麗さっぱりくっつくとは思いませんね。貴方の体って意外とファンタジーな体なんですね」
「え、これ付けたの先生じゃないんですか?」
「まさか。付けてたなら縫合糸があるでしょう。それが無いという事は、そういう事です」
「うわ、なんか知りたくないことを知りそうな予感がする……!!何も言わなくてもいいからね主治医ッ!!」
「そもそも私も分かりませんよ。それよりも私は一週間も経たず再入院することについて問いたいですね。腕を切断してまでナースといたいのですか?」
「いやボクは一応れっきとした女の子ですー!!中身が男女混じってても今はトウカイテイオーでーす!!」
「なんだ、それは残念です」
「おい」
一体ボクに何を期待してたのだろうか、とテイオーは不安に陥る。
(まさか、あの主治医ナース目当てで医者の道目指したんじゃないだろうね?)
主治医や看護師が病室から出ていき静かさが戻るはずだったのだが、入り違いに誰かがやってきた。
「やっぱり噂通りの名医なのですね。あの先生」
「マーちゃん?どうしてボクがここにいるのが分かったの?」
「昨日の夜、屋上が騒がしかったので見に来たのですよ。ドカドカとかピシュンピシュンとか結構聞こえたので。そしたら右腕から竜の顔を出していたテイオーがそこにいたのです」
「そっか」
「事情はターボからある程度聞きましたよ。でもテイオーが知りたい部分もあるでしょうし、ある程度ならマーちゃん答えれると思いますよ。その前にまずあの人の能力、いや、術式について知りたいですね」
「え、マーちゃんも魔術師なの!?」
「正確には、流れ魔術師ですね。だけどターボみたいに魔術に特化してるわけでもないし大した知識も無いですよ」
「そ、そっか」
なんだか科学の国なのにちょこちょこ魔術師と出会うのは気のせいだろうか、テイオーはやや疑心暗鬼になりかけてきた。
「とりあえずアンデットの術式、といってもあれは多分魔術の分類にはならないと思うよ。アンデットの口からは、遺伝子の解析して自分の力に組み込むって言ってた」
「コピー能力、みたいな感じですね。これだと魔術も関係なさそうですね。でもこの話からして魔術サイドにも被害者はかなりいそうですね。過去に吸血鬼がイギリス教会に襲撃して被害が及んだ、という話をある人物から聞きましたし」
「そのある人物って?」
「ふふ。テイオーの身近な人、ですです」
「?」
テイオーは周囲にそんな人はいたのだろうかと考えるが、思えば記憶を失ってまだ間もないせいで、自身の人脈関係も全く把握出来てない。結局のところ、テイオーはもやもやを残したままになりそうだ。
「それで、マーちゃんに聞きたいことはなんですか?」
「ボクが聞きたいこと……。そうだ、あのあとアンデットはどうなったの!?」
「アンデットはテイオーの竜に食べられた、というのが正しいのでしょうか……」
「どういうこと?」
「食べられたには食べられたのですが、後にマーちゃんだけ傷跡を調べると外傷は全く見られなかったのです。その後目覚めた後はどうも自分のことも分からない、いわゆる記憶喪失に判断して、あの様子だと問いただすことも出来ないので簡単な術式で姿形を変えて野に放ちました。きっと過去の経歴を思えば色んな教会を襲撃して世界中に狙われていると思うのでこれが最善策だと思いますよ」
「そっか……」
「……あの竜は多分アンデットが思わず考えてしまったものが現実に反映してしまっただけだと思うので気にする必要ないと思いますよ。コピーされた力なので考えたものを現実にしてしまう力もあったんだと思います」
それにしたっておかしいと思う。ただ恐怖で何かが浮かぶならまだ分かるが、あんな具体的な形をした竜が突如として出現するのは、あまりにもおかしい。
(……考えたって分からない)
『残念ながらボクにも分かんないよ。何故かその時だけ突然意識がバッタリ無くなったんだ。まるで悟られたくない、そんな感じがした』
(……打つ手なし、か)
この件はどこかで調べよう。今気にしたところでどうにもならない。
「それにしても吸血鬼って実在したんだね」
「ですです。補足みたいなのですが吸血鬼って飛行能力を持っていて、おまけにウマ娘の力を凌ぐ力を持っているのですよ。唯一のデメリットというなら夜しか吸血鬼の力を発揮できないことだけだろうでしょうか。人はよく吸血鬼にはにんにくとか十字架が対抗手段と言いますがあんなのは対抗手段でも無いのですよ」
「マジか。じゃあ身近にあるにんにくじゃ意味ないじゃん!」
「くっくっく。吸血鬼。おそろしや。……あ、それともう一つ」
「ん?」
「マーベラスさん。今回の事件をきっかけに主治医が治療を手伝ってくれるみたいですよ。吸血鬼で生命が危うかった、なんて話は伏せなきゃいけませんけどね」
「そっか。ようやく回復の目途が立ったのか。いつか学園で元気な姿で会えるのが楽しみだよ!」
「すぐに会えますよ。必ず、ね」