黛の高校生活は、青い春というよりただただ沼だった。   作:バナハロ

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辛いだけで終わる日はあるけど、楽しいだけで終わる日はない。

 勉強が出来る、というのは果たして良いことなのか悪いことなのか、と冬優子は少し眉間に皺を寄せる。

 学校では、定期試験を終えて席替えが行われたのだが、何の因果か冬優子と樹貴はまた近い席になってしまう。

 まぁでも、とりあえず気にしないようにして授業を受けているわけだが、樹貴はノートを取りながら落書きしていた。

 

「黛、黛っ」

「……なあに?」

「このコイキング上手くね?」

 

 ……確かにそこそこ上手い。何も見ないで描いたのだろうが、下手ではない。けど、一点だけ気になる点が。

 

「ヒゲだけちょっと変じゃないかな? 模様だけオリジナルなの?」

「ああ、ヒゲだけドジョッチにしてみた」

「ブフォッ……っ、ゲホッ、ェホッ……!」

 

 思わず吹き出してしまう。ホントだ、あれドジョッチだ……! というか、コイキングのヒゲにドジョッチが住んでるってどう言う状況……! と、笑いを堪えてしまう。

 クソッ、油断した。授業中、成績が良いこともあって余裕を撒き散らしているバカの話に付き合ってしまったのが間違いだった。

 

「どうした? 黛」

「な、なんでもないです〜。ちょっと、唾飲んで変なとこ入っちゃって」

 

 先生に声をかけられ、慌てて誤魔化す。文句を言いたい。あんたと違って授業態度も優等生で通すつもりの自分を巻き込むな、と。

 しかし、表立ってそんなことは言えない。そのため、裏でぶちまけることにした。

 

 ふゆ『あとでぶっとばす』

 

 隠れてチェインで送った。気づいた樹貴が謝罪のメッセージを送ってくるが、シカトに決まっている。

 

 ×××

 

 次の授業は、芸術の時間。音楽、美術、書道の中から選ぶわけだが、オタクが選ぶのは決まっている。美術である。

 何せ、オタクの中に必ずある「絵が上手くなりたい」という願望があるからだ。絵が上手くなれば、推しを変幻自在に出来る。原作ではほぼ絶対にやらないR18展開も可能。

 そして、美術の授業が始まり、思ってた内容と違って絶望するのだ。

 それ故に、冬優子と樹貴も美術を選択していた。

 

「えー、本日からはペアの方の人物画を描いてもらいます。向かい合っている男女でペアになってください」

 

 なんで男女……? と、冬優子は少し思ってしまった。当然だ、普通は同性同士にするだろうに……と、思ったが、まぁ向かい合ってるからだろう、と言うことで無視。

 何にしても、どうせ自分と組むのは樹貴になる……と、思ったのだが。

 

「よろしくね。水上」

「んー」

 

 三科目に分かれている芸術科目なので、出席番号順であっても多少にズレが生じてしまう。

 その結果、樹貴は前野とペアになってしまっていた。つまり……芸術の時間、冬優子はようやくバカから解放されるのだ。

 さて、では描き始めた。自分の相手は向かい側の席に座る男子、向井。

 

「黛、イケメンに描けよ?」

「ふゆ、絵苦手だからなぁ。向井くんも可愛く描いてね♡」

「任せろ」

 

 話しながら、描き始めた。本当に向井はおとなしく、素直に動かず描かせてくれる。まぁ正確に言えばお互いに描くわけだから、視線はブレるし、若干の変化は出るわけだが。

 ……一方で、隣は。

 

「よし。出来たわ」

「早いね! そして、こっちは出来てないから! 動かないで!」

「ほら見て、よくかけてるっしょ?」

「本当に可愛い! ピカチュウだけど!」

「ピカチュウも前野も大差ないわ。金髪だしね」

「髪の色だけでしょうがそれは!」

「スマホ使うでしょ? 電気タイプ」

「この世の人間、全員電気タイプになる奴!」

「まぁ、神経の反応とかは電気信号だしな」

「え、そうなん……いや、だとしても!」

 

 ……苦労している。ごめんなさい、前野さん。この時間だけですから、その子の相手をしてあげてください。

 と、申し訳なくなりながらも、やはり口は挟んでおこうと思った。

 

「水上くん。前野さんにあまり迷惑かけちゃダメだよ?」

「ふ、ふゆちゃん、私は平気だよ」

「マエチュウ、ふゆっキュに10まんボルト!」

「誰がマエチュウ?」

「どうしてふゆがミミッキュ? どういう意味?」

「ばけのかわ」

「水上くん、今日お昼一緒に食べよっか。……ね?」

「うん、謝るから勘弁して」

「ね?」

「前野さん、お昼一緒に……いっづぁ⁉︎」

 

 ゴッ、と机の下で上履きを飛ばし、脛に当てる。そして、目のかげを濃くして、最後のチャンスと言うように告げた。

 

「……ね?」

「うっす……」

 

 後で泣かす……! と、強く決意する中、ふと前野が口を挟んできた。……いや、て言うか元々話していたのは前野なんだし、会話相手が元に戻った、と言うべきか。

 

「二人とも……付き合ってるの?」

「も〜、やめてよ前野さん。ふゆとこい……水上くんはそんな仲じゃないよ」

「ふーん……でも、仲良いよね」

 

 やはり周りからはそう見えるか……と、冬優子は少し困ってしまう。実際、オタク趣味を語れる仲間ではあるので仲悪いとは言えない。

 ……でも、やはり癪だ。認めるのは。

 

「そうだよ、前野。俺は黛とそんな関係じゃない。例えるなら、ボケとツッコミをするような仲だ」

「それ漫才コンビだよ? 水上くん」

「じゃあ銀さんと土方さん」

「それも一緒♡」

「ルフィとウソップ」

「その辺にしようね?」

「じゃあ、一方通行と打ち止め」

「いい加げ……その二人はふゆ知らないなあ」

「……やっぱり仲良いじゃん」

「良くないよ?」

 

 うん、もう良くないと言い切った方が良い。というか、この男は本当に冬優子のオタバレを防ぐつもりがあるのか。

 

「黛、あんま動かないで」

「ご、ごめんなさい……」

 

 向井に迷惑そうに言われて謝ってしまった。この男……と、少し奥歯を噛み締めたが、そもそも絡みに行ったのは自分だった事を思い出す。

 やはり、なるべくなら絡まないに限る……オタク関係以外は、と強く思いながら、冬優子は手を動かした。

 

 ×××

 

 さて、お昼休みになった。冬優子は樹貴に文句を言うために、バカを連れて人気のない所に向かい、ついでにお昼を食べる。

 

「で、どう言うつもりよあんた」

「ごめんごめん。でもあれくらいなら、黛もボロ出さんでしょ?」

「そういう問題じゃないのよ。ヒヤッとするでしょうが」

「まぁ、うん。でもやっぱ黛のツッコミの方が楽しかったから」

「……人を全自動ツッコミロボみたいに言わないでくれる?」

「全自動ツッコミロボって何?」

「そこ引っ掛からなくて良いのよ!」

 

 ツッコミを入れながらも、少し許す気になってしまうあたり、自分はチョロい女なのかもしれない。

 実際、他の人よりは自分にツッコミを入れてもらった方が良い、と思ってくれている事が少し嬉しくもある。……まぁ、それ以前にツッコミを日常会話で入れさせるな、と言うのもあるが。

 

「それより黛、今日も買いに行くんか? ミラクルツイン」

「行くわよ。当然。まだミュウ&ミュウツー引いてないもの」

「りょかい。じゃあ俺もミラクルツイン買おう。カスミのおねがい欲しい」

「萌え豚」

「違うわ。俺どっちかって言うとツンデレの方が好きだし」

「あら、意外とテンプレなのね」

「だって、ツンデレって基本ドMじゃん。そういう方が酷い目に遭ってるとこ見るの好き」

「あんた……最低ね」

「逆に、暴力系ツンデレは無理」

「それはふゆも一緒」

 

 迷惑極まりない、そう言うのは。序盤の御坂美琴とかが良い例だろう。あとISヒロイン全般。

 ……が、そこでふと気が付いた。樹貴がさりげなく、自分の腰を撫でたのを。腰に……何かあるのだろうか? 最近、たまに腰……というより背中の方に手を当てることが多い。痛めたりしたのだろうか? 

 そういえば、まだ一つだけ気になっていて聞けていないことがある。親の事だ。

 正直、聞くべきではないのは分かる。やはり、他所の家庭の事だし、知ったからってできることはないからだ。

 だから、詳しくは聞かないし、その上で友達を続けてやるくらいのことはすると決めているが……でも、ちょっと気になるのも事実ではあった。

 

「……水上」

「んー?」

「……そういえば、ミラクルツインにポケモンセンター限定セットあるらしいんだけど……探して見に行ってみない?」

「良いね。行こうか」

 

 ダメだ、やっぱり聞けない。まぁ、やはり聞くべきことではないから聞きづらいのだろう、と理解しておいた。

 

「でも、そういうの高いんじゃないの?」

「ええ、まぁそうね。値段は……げっ」

「いくら?」

 

 調べてびっくり。一万円である。バイト代の約三分の一持って行かれる。

 

「……買うならもう少しお金貯めないと。いらないカードも増えたから売らないといけない」

「あ、じゃあ俺のカードも一緒に売っ払って」

「なんでふゆがそんなことしなきゃいけないのよ。売ったお金、ふゆの懐に入れて良いなら良いけど?」

「うん。それで良いから」

「……はぁ?」

 

 どういうことだろう。お金をくれる、ということだろうか? 

 

「なんでよ」

「いや、親にバレる前に片付けておきたいだけ。売るとき、未成年は親が同席する必要があるわけだし、黛の母ちゃんに付き合ってもらわないといけないから」

「……あそう」

 

 勝手に息子のものを売る、というより、もはや息子の趣味を管理しているようにさえ見える。

 だから、見つかったら売られるだけでなく怒られるのかもしれない。

 

「良いわよ。でも、お金も返す」

「いや、カードの売却は割とざっくりだよ。明細見ても……例えば『5円カード×30枚』みたいに書かれるだけ。だから、本当に黛にあげる」

「じゃ、割り勘にしましょう」

「割り勘ってお金もらう時でも言うの?」

「良いじゃない、わかりやすいし。それに、ふゆもお母さんの前で自分だけお金もらうの嫌だし」

「まぁ……そうか。じゃあ、悪いな」

「謝らなくて良いから」

 

 しかし、そうなると冬優子の母親と一緒に出かける必要がある。つまり、休日だ。

 

「じゃあ、次の土曜日ね」

「ミラクルツインのポケセン限定はどうすんの?」

「やめとく。流石にお金足りないし、今日は普通に買いましょ」

「そういや、その中に黛のデッキに合いそうなカード見つけたんだけど……」

「ホント? どんなの?」

 

 と、そのまま話し込んでしまった。

 

 ×××

 

 さて、そんなわけで土曜日。集合場所は冬優子の家から近い駅。冬優子と冬優子の母親は車の中でのんびり待機していた。

 

「……冬優子ちゃん、随分カード買ったのね?」

「分かってるわよ……少し買いすぎてるのは」

「別に、冬優子ちゃんが稼いだお金だし、好きにして良いのよ。もうちゃんと考えてるのよね?」

「ええ。ちゃーんと貯金はしてるからね」

 

 月に少しずつだが、お金を貯めている。お金は将来のために貯めておいて損はない。……まぁ、今月は割とピンチではあるのだが……大事なのは「貯金をする」と言う精神である。

 

「で、ぶっちゃけ水上くんとどんな関係?」

「友達」

「え〜? 二ヶ月も経ってるのに、まだ友達なの⁉︎」

「何を期待してるのよ……!」

「そりゃあ……そろそろ『気になるあの子』くらいになってもらう事だけど?」

「……」

 

 気になるあの子って……と、思わず普段の樹貴の様子を思い浮かべる。授業中はノートに落書きとスマホゲー。成績は良いから授業を聞いていないということはないのだろうが、それでもムカつく。

 体育では、いつも真面目にやらないどころかネタに走り、前田と足の引っ張り合い。

 そして何より……無神経、自由奔放、脳足りんの三拍子揃った男……それに、気になるあの子って……。

 

「はっ」

「え、鼻で笑った?」

「あのバカを気になる……むしろ気にしたくないんだけど……」

「ツンデレ?」

「ブッ飛ばすわよ!」

 

 絶対に自分がツンデレなはずがない。いや、素の態度がツン、猫かぶってる時がデレならばある意味ツンデレだが、それだけだ。

 ……いや、そんな事よりも、気になると言われたら一つだけ気になってはいるが……まぁ、今は気にしない。

 そんな時だ。冬優子のスマホが震える。電話だ。

 

「もしもし?」

『あ、黛? ごめん、今着いた』

「おっそいわよ。何してたわけ?」

『転んでた』

「何分間転げ回ってたのよ!」

『ごめんって。どこ?』

「……ロータリー。ス○ップワゴン」

『はいはい……あ、あった』

「切るわよ」

『ん』

 

 その数秒後、窓の外から走ってくる影が見えた。それに伴い、冬優子は車の中で窓を開ける。文句をガツンと言ってやりたいからだ。

 ……が、それは樹貴の顔を見てすぐに失せた。

 

「すんません、お待たせしました」

 

 何故なら、頬を真っ赤に腫らしていたからだ。ちょっと普通じゃない赤さに、思わず冷や汗をかいてしまう。

 

「水上、その頬どうしたの?」

「こんにちは、黛のお母さん、黛」

「こんにちは、水上くん」

「……どうも」

 

 挨拶が大事なのはわかるが……無視かよ、と少しイラっとする。

 

「どうしたの? その頬」

「ベッドから降りようとしてスーパーボール踏んづけてすっ転んで机の角にクラッシュしました」

「本当に転んでたんか⁉︎」

 

 思わず冬優子がツッコミを入れてしまった。まさかの誤魔化しではなくてビックリである。

 

「ていうかよく生きてたわね⁉︎」

「顎に当たっていれば即死だった……」

「ほんとよ! 気を付けなさいよ⁉︎」

 

 まぁ、何にしても無事なら良いが。

 その自分の隣から、母親が尋ねる。

 

「大丈夫なの? 手当てしなくて」

「はい。平気です。ゴールキーパーやってた時は顔面ブロックとか余裕でやってましたから」

「そう。じゃあ、行きましょうか」

「すみません、よろしくお願いします」

 

 それだけ話して、三人でカードショップに向かった。

 そんなに遠くにあるわけでは無いが、近くもないので車で向かう。

 

「それで、カードショップ……で良いのよね?」

「はい」

「でも、冬優子は光ってないカードもたくさん持ってたんだけど……値段つくの?」

「分かんないです。でも、光ってなくても使えるカードはあるんで、持ってて使わないようなカードは、他の人には使ってもらったほうが良いじゃないですか」

「でも、パック買えばボロボロ出るカードなんでしょ?」

「2〜3年経ったら、もうパック出なくなるんで、手に入らなくなるんですよ。カード屋とかじゃないと」

「なるほどね〜」

 

 そこまで考えてなかった冬優子も少し驚く。

 

「何よあんた。カード売った事とかあんの?」

「まぁね」

 

 ……親が勝手に売った、なんて想像をしてしまうのを抑える。決めつけるのは良く無い。

 が、その後を説明する気はないようで、そのままカード屋に到着した。トレカ自体、冬優子がまともにやるのは初めてなので、少し緊張気味に中に入る。

 すると、思わず驚いてしまった。カードが、ショウケースにずらりと並んでいる様子は、思った以上に壮観だったからだ。

 

「おお……すごいわね」

「ホント。美術館みたい」

「遊戯王とかデュエマとか、あんまやってないカードも欲しくなるよね」

 

 そう言われる通り、冬優子の目にまず入ったのは、デーモンの召喚……遊戯王の初代主人公、武藤遊戯のカードだ。

 

「おお……ちょっ、すごっ! なっついわねこれ⁉︎」

「それな。隣にブラックマジシャンとか、その隣にブラマジガールとかいるよ」

「おほお〜、こ、ここ天国……⁉︎」

「……娘が思ったより遠い場所に行ってて驚いてるわ。学校でもこんな感じなの?」

「そうすね」

「ぎゃああああ! こっちにはブルーアイズ!」

「雑な嘘にも反応しない限り、本当に興奮してるみたいです」

「まぁ、楽しそうだから良いわ」

 

 なんか後ろから聞こえてくるが無視。目をキラキラと輝かせた冬優子は、並んでいるカード達を眺める。

 こうして見ると、コレクション目的でデーモンの召喚だけでも欲しくなってしまう。

 

「水上、これどうやって買うのよ?」

「何買うの?」

「デーモンの召喚!」

「値段見た?」

「ねだ……ん?」

 

 デーモンの召喚(初期ver)UR。一枚、22,200円。思わず硬直した。一気に冷静になってしまう。

 

「……あ、危なかったわね……」

「え、カードよねそれ?」

「まぁ、一番最初のカードなんで。保存状態によってはこれくらいになりますね」

「り、理解が出来ない……」

「身近なものに換算してみれば出来ますよ。例えば、黛のへその緒。社会的に見れば価値ないけど、黛家にとっては貴重ですよね? いわば、デーモンの召喚はK○NAMIにとってのへその緒です」

「適当な換算してんじゃないわよ、気持ち悪い! 微妙に的外れだし!」

 

 まぁ……でも止めてもらえた、と思えば悪くない。

 

「カード、ゆっくり見たいのはわかるけど、売るもの査定してもらうのに時間かかるし、先に預けちゃった方が良いよ」

「そ、そうなの……ありがと」

「じゃあ、行きましょうか」

 

 と、言うわけで、先に買い取りカウンターに向かった。光ってないカードが大量にあるので、微妙に迷惑そうな顔をされてしまったが、樹貴に事前に言われた通りレアカードは別にしておいた為、まだマシだろう。

 さて、そのままカード屋内を見て回る。

 

「しかし……面白いわね。懐かしいカードから今使われてるカードまで結構あるわ」

「カード屋だからな」

「う、うるさいわね……最新弾のカードくらいしか価値ないと思ってたのよ」

「ほらあれ、ラー。高いよあれも」

「ほ、ほんと……でも、カッコ良いじゃない」

「イラスト的にはどう見たって新しい方がカッコ良いのに、何故か古い方が欲しくなるんだよな……」

「それは当然、マリクが使ってたカードだからでしょ」

「まぁな。……ま、俺がコレクションするなら色んなイラストのもん集めるけど」

「それも分かるわ。ブラマジガールどれも可愛いし」

 

 なんて話しながら、続いてポケカの方へ。二人が買っているパックはまだ2〜3種類のみ。それゆえ、他のパックのカードのことは知らなかった。

 そんなわけで、まぁ並んでいるカードを見て感激してしまう。

 

「おお〜……やっぱりやってるカードゲームのケースのが良いわね」

「分かる。観賞用より実用性さ」

「せっかくだし、何か買ってみたいわね……うわ、サポートキャラのがポケモンより高いのね……」

「ポケカは特にコレクター多いからな」

 

 正直、二人とも萌えを大事にしているわけじゃ無いので、その辺に興味はない。

 そんな中、樹貴が一枚のカードを指差す。

 

「なぁ、これ黛のデッキに良いんじゃね? マツリカ」

「え? あー確かに……」

 

 トラッシュにあるフェアリーのエネルギーを場のポケモンに移せる……確かに悪く無い。

 あと、ポケモンのキャラクターってイラスト変わるだけでだいぶ可愛くなるのね……と、ビジュアル的にも欲しくなってしまった。可愛い。

 

「でも……高いわね」

「あー……まぁな」

 

 値段、2900円。ちょっと一枚のカードにこれは手が出せない。その上、使うなら複数枚、デッキに入れることは必須だろうし……。

 なんて思っていると、またまた樹貴が博打に近いものを見つけてしまう。

 

「これは? オリジナルパック」

「何よそれ?」

「1000円で1パック。この中のあたりカードが1枚必ず手に入るってよ」

 

 そのあたりカードのバリエーションは40種類以上……その中に、マツリカのカードも含まれていた。

 

「あなたまた博打に近いものを……」

「俺、これ買おう。なんか面白そう」

「ちょっ、待ちなさい。5枚で1000円よ?」

「でも当たりが確実なら安いもんだろ。他のも、使えないわけじゃないし」

「……ま、まぁ」

 

 しかし、5枚で1000円……1000円あれば、大体6パック買えるのだが……うーん、と悩みながらも、冬優子は決めた。

 

「よし、買うわ!」

「流石。チョロい」

「はぁ⁉︎ あんた、また乗せたわね!」

「買おうや。買わなきゃ当たらんぞ。宝くじと一緒」

「そんな超難関のつもりで買わせる気なのかあんたは!」

 

 しかし、樹貴は無視してそのままレジに向かった。

 

「すみません、ショウケースお願いします」

「はーい」

 

 店員さんを呼び出し、ショウケースの中にあるピカチュウが表にプリントされた紙が入っているスリーブを一つ指差す。

 

「これで」

「ふゆは、その隣でお願いしまあす♡」

「畏まりました。以上でよろしいですか?」

「はい」

「では、レジにてご案内いたします」

 

 ショウケースの鍵を閉めてから、店員さんがレジに向かったので、二人でその後を歩く。

 買い物を終えてから、二人はレジの前から退いて開けてみることにした。

 

「じゃあ、引くわよ」

「はいはい」

「「せーのっ」」

 

 掛け声と同時にスリーブから出し、中を見た。レアカードは五枚のカードの真ん中にあった。

 冬優子の手元にあったのは……ファイアー&サンダー&フリーザーだった。目当てのカードでは無いが……まぁ、悪くないかも。前のパックのパッケージポケモンだし……なんて思った時だ。

 

「……黛、何出た?」

「ん」

「あ、良いじゃん。かっこよ」

「あんたは?」

「ごめんな」

「は?」

 

 言いながら樹貴が見せてきたのは……マツリカだった。

 

「〜〜〜!」

「あぶなっ。なんだよ」

「ずるいわよ! ずるいのよ!」

「ほら、冬優子ちゃん落ち着きなさい。ここ店内」

 

 両手を振り回していると、さすがに、というように親が止めてきた。

 本当にこの男、毎回毎回冬優子が欲しいものをピンポイントに引いてくれる男だ。

 こっちの悔しそうな表情をよそに、バカは涼しげな顔をしたまま冬優子の手元のファイアーサンダーフリーザーを見つめている。

 

「てか、俺そっちのが良いや」

「はぁ?」

「交換しようよ。マツリカと」

「……え、良いの?」

「うん」

 

 ま、マジか……と、冬優子は少し呆然とする。流石に「気を遣われている」と分かってしまったが……いや、実際マツリカは樹貴も使わないだろうし、分からなくもないけど……。

 ……いや、ここはお言葉に甘えよう。

 

「……ま、お礼だけは言っておいてあげる」

「いや、普通に言えよ」

「恩着せがましいのよ」

「冬優子ちゃん? お礼は言いなさい?」

「……どうも」

 

 ……まぁ、どうせ一枚しか持っていないし、あと2枚は欲しいとこだけど……と、思いながら、とりあえずカードをもらった。

 すると、ちょうど迷いタイミングで査定が終わり、母親と一緒にお金をもらう。大した金額にはなっていないが、それでも片づけられた、と言う意味ではスッキリした。

 

「帰ろっか?」

「そうね。ついでにやらない? うちでポケカ」

「良いよ」

 

 話しながらお店を出ると、割と雨が降っていた。そういえば、もう季節的に梅雨だ。いつ降り出してもおかしく無い。

 

「車で来てて良かったわね」

「ああ。ありがとうございます」

「気にしないで。いつも娘と仲良くしてくれてるから」

「ちょっとお母さん。仲良くしてあげてるのはふゆだから」

「はいはい」

「はいはい」

「何あんたまで流した返事してんのよ腹立つ!」

 

 そう言いつつも、冬優子も少し心の中で気付いていた。楽しい、こうしてオタク趣味を語れる友達がいるのが。やはり出来ることなら、このバカは友達のまま、ずっと手放したくない。そんな風に思っていることに。

 

 ×××

 

 その日の夜。一度、樹貴が帰るタイミングで雨が止んだが、また降り出した。梅雨だから当たり前と言えば当たり前だが、やはり雨というのは鬱陶しい。

 今日は遊びまくったので、夜は珍しく勉強していた。あのバカも、もしかしたら家で勉強していたのかもしれないし、次の試験では完封で負かすために、今のうちにコツコツと勉強しておく。

 

「冬優子ちゃん」

「? 何?」

「お父さんのお迎えに行ってくるけど、何か欲しいものある?」

「あー……アイス。そろそろスイカバー出てるでしょ?」

「はいはい」

 

 雨降ってるからだろう。休日出勤中の上に帰りに雨とか、ついていない父親だ。

 冬優子の母親が出かけ、しばらくペンを動かしている時だった。インターホンが鳴った。

 

「? 誰よ……」

 

 20時過ぎにお客さん? と、思い、とりあえず応対する。テレビドアホンに映っていたのは、傘も差していない変な男だった。

 え、不審者? と思ってしまったので、すぐに応答した事を後悔する。

 

「……はい」

『黛か……?』

「……水上?」

 

 ……何をしているのか、傘もささずに外で。当然、髪も完全に濡れているので前髪が垂れて目を隠してしまっている。そのため、表情は見えないが、いつもの明るさはかけらもない。

 その樹貴は、ボソボソした口調で呟くように言った。

 

『……悪い、今日泊めてくれ』

「はぁ? 無理に決まってるでしょ」

『……』

「いやほんと無理よ。うち、両親今日いるし……いやいなくても無理だけど」

『……そうか。ごめん』

 

 それだけ話して、樹貴は家から離れていく。

 ……嫌な予感がする。というより、なんかやたらと心が痛む。このまま帰して良いのか……というか、そもそも彼に何があったのか非常に気になる。

 

「……ああもうっ」

 

 何なのあいつ、と思ってしまったので、家から飛び出した。傘を持って玄関を開け、そのまま家の周囲を走ると、すぐに背中を丸めて歩いている樹貴を見つけた。

 その格好はカメラ越しに見るよりも遥かに痛々しく、靴も靴下も履かずに立っていた。

 

「水上!」

「……? 黛……?」

「……何してるのよ。風邪引くわよ」

「もう引いたよ。勉強のしすぎで」

「じゃあもう一回引くわよ。今度は雨で」

「……」

 

 ……いつもの軽口はどうした、と思いながらも、小さくため息をついた。

 

「……うち、おいで。話だけ聞いてあげるから」

「……ごめん」

「ほんとよ。お母さん達にする言い訳、考えなさいよね」

 

 

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