黛の高校生活は、青い春というよりただただ沼だった。   作:バナハロ

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冗談言う時は、時と場合を考えよう。

 球技大会に向けて、体育では練習が始まった。まぁ練習というか、普通に体育でその球技をやるだけなのだが。

 さて、梅雨がまだ抜けきっていないこともあり、急に降り始めた雨の影響でサッカーをやる予定だった男子は今日の授業を室内でやることになった。

 で、雨降っている時の授業といえば、やはり卓球である。樹貴は、前田と汗だくになるまでラケットを振っていた。

 

「メガ粒子砲!」

「メガ・バズーカ・ランチャー!」

「ハイパー・メガ・ランチャー!」

「拡散メガ粒子砲!」

「ハイ・メガ・キャノン!」

「胸部メガ粒子砲!」

「……ちょっとたんま。メガ粒子砲は多いからダメにしない?」

「あー、腹部、拡散、ハイパー……まだあるか。そうな。じゃあ改めて……バスターライフル!」

「ツインバスターライフル!」

 

 などと「ガンダムゲロビ兵器合戦」を行っていた。しかし、内容はふざけているものの、樹貴は元サッカー部ゴールキーパーだし、前田は野球部レギュラーセカンド。卓球部ほどではないが、ハイレベルな打ち合いが繰り広げられていた。

 

「おいおい……何あいつら」

「卓球部じゃないんだよな……?」

 

 スポーツをやっている……或いはやっていただけあって、それはもうハイスピードで力強い。

 ……しかし、まぁそれが専門でやっているわけではないので、やはりミスは起こるわけで。

 

「んなろっ……GNバズ……!」

「あっ」

「あ、やべっ」

 

 樹貴が空振りした。それを見た直後、前田は力強い両手ガッツポーズを見せる。

 

「はい、俺の勝ちー! お前、後でジュース奢りな?」

「あーマジかよー」

「おら、敗者。ボール持ってこいや」

「敗北者じゃけぇ」

「いやそれお前言われる側」

 

 なんてやりながら、とりあえず樹貴はピンポン球をとりに行く。卓球台は体育館の二階にあり、そこからは女子のバスケの様子が見える。

 ふと目に入ったのは、冬優子のバスケの様子だった。運動は苦手なのか、まだ試合前の練習の段階だが、レイアップシュートをガンガン外している。

 

「……」

 

 あの調子で、球技大会は大丈夫なのだろうか? なんか第4Qに出ると言っていたが。

 

「おい、何見てんだよむっつり」

 

 そんな中、隣に前田が来る。

 

「いや、レイアップシュート」

「そうじゃなくて……乳揺れか」

 

 レイアップシュートは、ゴールの真下でボールを添えるように放つシュート。つまり、両手を上に上げる必要がある。まぁバスケのシュートは基本はそうなるのだが。

 つまり、女子生徒の乳揺れを何度も見る機会ではある。

 その上で、樹貴は真顔で前田に言った。

 

「? 何言ってんだお前?」

「照れんなよ。誰にも言わねえから俺にも見させろ」

「黛の乳は揺れないよ」

「お前それ本人に言うなよ」

「言わねーよ……ぶっ!」

 

 遠くにある地獄耳からボールが飛んできたけど無理もないよね。

 

 ×××

 

「悪かったわね、揺れなくて」

 

 怒られていた。昼休みに二人になれる場所で食事をしながら、冬優子は問い詰める。

 

「いやいや、俺ほんとそんなつもりで見てたわけじゃないから」

「どうだか。他の女の子の乳揺れを見たかったんでしょ?」

「? なんで黛がいるのに他の女を見るんだ?」

「……あんた、そういうのやめた方が良いわよ」

 

 勘違いしそうになるから。ホントに勘弁して欲しい。まぁ、好かれてると理解しても絶対に振るが。

 

「ていうか、黛って運動苦手なの? レイアップめっちゃ外してたけど」

「るっさいわね。人には得手不得手があるものよ」

「そっか。ならさ、俺と今日バスケしない?」

「はぁ?」

「教えるから。コツ」

「べっつにいーわよ」

 

 バスケが上手くなりたいわけでもないし、勝ちたいわけでもない。むしろ下手に頑張って時間が延びるのはゴメンだ。

 しかし、樹貴は気に入らないのか、不満げな声を漏らす。

 

「えー、でもトリなんでしょ? 一番、盛り上がるとこじゃん」

「残念ながら、女子は男子ほど球技大会に熱を入れてないのよ」

「? なんで?」

「男子の試合を見に行きたいから」

「ふーん……俺らが女子が見る試合だけ気合い入れるのと同じか」

「そういうこと」

 

 つまり、あざといのだ。男子が「運動できる自分カッコイイ」と思うように、女子も「応援に来る私カワイイ」をしたい。

 まぁ、間違いじゃない。カッコイイかカワイイかはともかく、相手に好かれるための努力をするのは、冬優子にも共感出来た。

 

「でも、どうせやるなら勝ちたくない? 俺は……カッコ良い黛も良いと思うけど」

「は? ふゆ、あんたにカッコ良いとこなんて見せた覚えないんだけど」

「? あるじゃん。お袋に啖呵切った時」

「……」

「うちの母親、立ってるだけで授業参観の小学生を泣かせたこともあるから、あんな風に言える人なかなかいないよ」

「……何それ。ふゆも同じくらい怖いって言ってんの?」

「え? いやそんなことないけど」

 

 分かってる。今のは照れ隠しだ。自分はあの時、本当に言いたいことを言っただけだし、オタク仲間を失わないために言っただけだ。……なのに、そんな傲慢な真似をした自分をカッコ良いなんて……少し純粋過ぎる。

 ……まぁでも。

 

「ま、あんたがふゆに先輩ヅラしたいってんなら、付き合ってあげても良いわよ?」

 

 そんな言葉で、少しやってやる気になっている自分も、同じ穴の狢なのかもしれないが。

 

「よっしゃ。じゃあ、うちの近くの公園にバスケのゴールあるとこあるから、そこでやろう」

「はいは……は? 外雨よ」

「やむでしょ。多分」

「根拠は何よ……」

 

 まぁ、どうせ根拠なんて無いのだろう。こいつバカだし。

 雨が止まなかった時は……まぁ、いつもみたいに冬優子の家でゲームでもすれば良い。

 

「それより、黛。良いか? 教わるからには、俺は師匠だ。俺のことは……そうだな。レイリーと呼ぶように」

 

 本当に考えてない……と、思いながらも、そんな屈辱を味わってまでバスケ教わりたくない。

 

「じゃあいいわ。やっぱりいかない」

「う、嘘嘘。じゃああれ、サンクティンゼルの婆ちゃん」

「何よそのチョイスは⁉︎ あんたそれで良いの⁉︎」

「いや、流石に嫌だ。名前長いし」

「じゃあなんで言ったの!」

 

 だめだ、ドライでやり過ごそうとしたのに……レイリーの次にばあちゃんが出てくると思わないし。亀仙人なり自来也なり来ると思ってた。

 

「じゃあ……黛のことは綱手の婆ちゃんって呼ぶね」

「ぶっ飛ばすわよアンタ! てかなんでふゆまで師匠になってんのよ⁉︎」

 

 ほんと、畳み掛けてくるものだ。本当になんかこう……疲れる。まぁ、でもこういう風に大きな声を出すのも他人とじゃ出来ないので、嫌なわけではないのだが。

 

「……ふふ」

「な……何よ」

「俺、黛のツッコミ好きだよ」

「っ、そ、それ褒めてるつもりな訳⁉︎」

「うん」

「ならもう少し褒め言葉を学びなさい!」

「あ、そういうとこ」

「っ……次、なんか言ったらビンタする!」

「……」

 

 こうやってタイムリーに褒めてくるあたりは本当に腹が立つが。何が腹立つって、喜んでいる自分に、だ。素の自分を見て褒めてくれることが、こんなに嬉しいこととは。

 

「それより、さっさとご飯食べて教室に戻るわよ。あんまり二人揃って教室あけてると怪しまれるし」

「ていうか、別に無理して俺と飯食わんでも良いよ。たまには前野とかと食べたいでしょ?」

「は? 別に無理なんてしてないわよ。あんたとしか出来ない話もあるし」

「……そう」

 

 意外と貴重には思っているのだ。この時間も、このバカとの会話の場も。……まぁ、その分、ストレスも大きく感じるわけだが。

 

「ていうか、あんたこそ無理してんじゃないの?」

「何が?」

「あんたこそ、前田とご飯食べたいとかあるでしょ。今日も卓球でなんか騒いでたし。女子達もひそひそ話してたわよ」

「え、聞こえてたの?」

「聞こえてたから、ふゆのGNスナイパーライフルが火を吹いたんでしょうが。……あんな表立ってオタク丸出しの遊びをしておきながら、女子にキャーキャー言われるんだから、あんたら不思議よね」

 

 割と人気である。男子は羨ましいものだ。バカやろうと何しようと、顔やら成績やら見てくれが良ければモテるのだから。

 自分の趣味も隠さないといけない冬優子とはえらい違いである。

 

「ま、モテモテなのは良かったじゃない。近いうち、彼女とか出来るんじゃないの?」

「えー、俺別に今は彼女とかいいかなー。そいつとはもう少し友達同士でバカやってたいし」

「あっそ……ん?」

 

 え、何今の言い方……と、冷や汗をかく。もしかして……。

 

「え……あんた、好きな人いるの?」

「いるよ」

「……え、誰⁉︎」

 

 思わず反射的に聞いてしまった。この男が恋愛? いや、彼女いたこともあるらしいし無い話ではないが、それでも気になる。

 

「……誰だろうな」

「良いじゃない、教えてよ」

「教えないと地球に隕石を落とすと神様に言われても言わない」

「あんたの恋愛事情は地球より価値があんのか⁉︎」

 

 ……いや、というか、自分も何でそんなに食いついたのか。別に目の前のアホンダラが何処の誰に惚れようと知ったことではない……ないのに……。

 なんか、こう……今の今まで自分が世話をしていたのに、結局は息子や娘に懐くペットを見るお母さん……みたいな感覚だった。定春に懐かれなかった前半の銀さんはこんな気持ちだったのだろうか。

 つまり、納得いかない。いや、自分に惚れろとかではなくて、単純に「自分より好きな女が出来た」という事実が腹立つ。

 

「死ね」

「え、急に何……?」

「ていうか、好きな人がいるなら、ふゆとバスケなんてしない方が良いでしょ」

「え、いや大丈夫だよ」

「はぁ?」

「そいつとはもう少し友達としてバカやってたいって言ったでしょ」

 

 そういうものなのだろうか……? 友達として……バカをやる……つまり、今目の前の男がすでにバカをやってる相手……あ。

 

「も、もしかして……前田が好きなわけ?」

「お、女を本気で殴りたいと思ったのは、生まれて初めてだ……」

「えっ」

 

 それ口に出しちゃいけないやつ……と、思いつつも、二人で食事を続けた。

 

 ×××

 

 さて、放課後。結局、雨は止まなかった。まぁ、梅雨なので止む理由がないわけだが。

 つまり、今日は冬優子の家でゲーム。ホント、人間とは適応する生き物だ。冬優子の親がいるとは言え、普通に家で遊ぶことに慣れてしまった。

 教室を出て、冬優子は鞄の中から折り畳み傘を出しつつ、隣の樹貴に声を掛けた。

 

「帰ろう?」

「黛、傘ある?」

「……傘ないの?」

「ない」

「アホじゃないの……梅雨よ今」

「ごめんごめん」

 

 つい本音を漏らしながら、ため息をつく。外の雨の勢い的に、絶対に雨は止まない。

 

「入れてあげても良いよ?」

「マジ? サンキュー。じゃあ、帰りに飲み物奢るわ」

「ありがとう」

 

 話しながら、二人で教室を出た。

 早い話が、相合傘……が、冬優子は前々からこの文化に疑問があった。果たして、これはあんなにたくさん少女漫画で使われるほど、すごい物なのだろうか? 

 狭い空間……とはいうが、それは傘の下に入るように強引にくっ付くから。ぶっちゃけ傘なんて一人で入ってても多少濡れるものなのだから、あんな過剰に濡れることを恐れることはない。

 ……つまり、相合傘で密着、なんてくっつくための口実にしか見えないのだ。だから、その舞台装置感が何となく好きではないし、自分がすることになっても意識しようがない。

 ……そんな事よりも、今冬優子の中には新たな可能性が芽生えていた。

 つまり……前×水である。もし、二人でBLを考えるなら……まず、樹貴は受けだ。だって腹立つから、そういう時くらい弱みを見せて欲しい。

 そして、敏感になった体を前田が教室での鬱憤を晴らすようにいじめる……。

 

「……悪くないわね」

「何が?」

「何でもないよ」

 

 昇降口で校門の前に立って、冬優子は傘を開く。その傘を、樹貴が手に取った。

 

「俺が差すよ」

「ありがとう」

 

 そういうとこ優しいんだ……と、思いつつも、まぁ背が高いのは樹貴なのだし、当然と言えば当然だ。

 樹貴が傘を持って、冬優子と二人で並んで歩く。

 

「そういえば、厨二病だった時は、俺折りたたみ傘が好きだったんだよね」

「どういう事よ」

「いやこの伸縮自在な感じと、グリップより頭の方が太いメイスがカッコよくて」

「……ああ、分かるかも」

「鉄血とかさ、せっかくああいう感じの世界観なら、バルバトスの武器もずっとメイスが良かったなーって」

「ふゆ、鉄血は途中でやめちゃったから見てないわよ」

「マジかー……まぁ、俺も二期の二話までで見なくなったけど」

 

 冬優子もそこでやめた。あんなにカッコよくバルバトスが登場して、次の話で動かなくなったって……と、少し引いたから。

 

「でも、そう考えると折りたたみ傘って確かにカッコ良いわね」

「絶対やったでしょ。棒を伸ばす時、横に振ってカシンって展開する奴」

「あれはみんなやるわよ。で、隣にいる人にぶつけて初めてやらなくなるのよ」

「俺はぶつけてもやってたよ」

「あんたねぇ……」

 

 最低である。今はやっていないと信じたい。

 

「雨といえば、たまになんだけどさ、家の中に雨音聞こえてくることあるじゃん」

「ええ。雨音が激しい時はしょっちゅう」

「俺、ほんと偶然なんだけどさ、この前もシャワー浴びてる時、なんか雨降ってきて、めっちゃ激しいの。もうなんかそういう生き物が吠えてね? みたいな感じで」

「……へぇ、怖かったわけ?」

「いやいや、そんなガキじゃないから」

 

 まぁ、この男がホラーで恐怖を感じる姿がまるで思い浮かべられない。冬優子も別にそこまで苦手じゃないし、こいつとホラゲとかやっても全く盛り上がらなさそうだ。

 

「……で、まぁ風呂から上がって、部屋でのんびりしてたら、お袋が帰ってきて。晩飯食うことになったわけ」

「たまにはあんたがご飯作りなさいよ……」

「そう思ってたんだけど……この前、チャレンジしてみたら、キャベツの千切りがフライパンの上で弾け飛んだ」

「何したらそうなるのよ……」

 

 ほんと、この男に備わった学力は一体、何のためのものなのか。

 

「いやまぁそこじゃなくて。で、お袋が帰ってきたから多分濡れてると思ってタオル持って行ったの。めっちゃドドドドドって雨の音してたから」

「優しいじゃない」

「でも、お袋全く濡れてなくて」

「はぁ?」

「むしろなんか『タオルなんて持ってどうしたの?』とか言われちゃってさ。実際、外雨降ってなくて」

「……」

 

 あれ、雲行きが怪しくなってきた、と冬優子は冷や汗をかく。そんな不思議な体験、あるのだろうか? 

 

「確かにお袋帰って来てから音しなくなってさ、でもなーんかその日ずっと小さな『ドドドド』って音がしてる気がして。で、寝る前になってなんか外から音すんなーと思って、カーテン開けたらさ……」

「……」

「背が高い女が、垂れ下がった前髪の隙間から、血走った瞳をこちらに向けて『ドドドドド……』って口ずさみながら覗き込んでたんだよね……」

「〜〜〜っ⁉︎ な、なんで急に怖い話をするの!」

「まぁ嘘だけど」

「分かってるけどぶっ殺すわよ!」

「怖かった?」

「怖くない!」

 

 この男、本当にこの男……! と、奥歯を噛んだ。油断してた。怖いものが来るとわかっていれば、怖いものも怖くなくなるが、こういうふとした時にされると非常に困る。

 

「ったくあんたは……ほんと、ろくな事言わない……」

「即興にしては怖かった?」

「だから、怖くないっつーの。何、あんたふゆにそういうの期待してるわけ?」

「いや別に」

「何なのよ!」

 

 話しながら、とりあえず駅に向かった。

 

 ×××

 

 電車に乗った後は、冬優子の家まで徒歩。また樹貴が傘を持ち、冬優子が中に入る。

 

「そういえば、黛って生き物苦手?」

「どうかしら……まぁものによるとしか」

「カエル」

「やめて」

「カタツムリ」

「死んでも嫌」

「……あの紫陽花の中に、カエルいたから教えようかと思ったんだけど、どうしたら良い?」

「季節にマッチングした雅で素敵ねッ!」

「だよね」

「皮肉よ、今のは!」

 

 ホント、こいつマジ……と、思いながらも、そのままのんびりと歩く。

 

「そういえば、どうなの?」

「何が?」

「お母さんと。仲良くしてる?」

「そんなすぐに変わんないよ。一緒に飯食うようになったり、休日は二人で何とか掃除したり、冷蔵庫の中を何とか埋める努力をするようになったくらい」

「仲良くなってるじゃない」

「まぁ……そうかな。前までは同じ部屋にいることも稀だったし」

 

 反抗期か、なんて茶化すようなツッコミを言えない家庭環境だったとはいえ、それが改善されているなら何よりだ。

 思ったことを言っただけなのに随分と二人には感謝されてしまっているのが、少し照れくさい。

 

「……正直、黛の家が羨ましかったからなぁ。お母さんと仲良さそうだったし、お父さんもいるし」

「……こっちが反応しづらい返しはやめなさい」

「ごめんごめん。まぁうちの親父はゴミだったから、あんなのならいない方が良かったけどね」

「もっと反応しづらいわよ!」

 

 これは本気でそう思っているのか、それともネタにして「気にしてないから気にしないで」とアピールしているのか……目の前の男は割と考えが読みにくい。

 ただ……ひとつだけ、分かることがある……と、チラリと車道側を歩く真横の男の反対側の肩を見る。

 くっ付かれるのは嫌……と、こちらの意図を汲んでのことだろう。肩はほとんど傘から出ていて、冬優子の身体がすっぽりと傘の下に収まるように差していた。

 

「はぁ……ま、また家族のことで悩んだりとかしたら、いつでもうちにきなさい。ふゆも、あんたを嫌いになることなんてもうないから」

 

 そう言いながら、冬優子は傘をくいっと樹貴の方に傾け、半歩分横に寄った。

 この男は、冬優子にだけは嫌われたくない、というのはしみじみと感じている。だから、本当に嫌がることはしないし、普段のかまちょに近い言動も、まだ冬優子は呆れる程度で済むものに落ち着いている。

 

「黛……」

「風邪引くわよ。次、引いたら家まで行かないからね」

「えー。来てよ。俺、小学生の時にマジでお袋に、お尻にネギ捩じ込まれそうになったんだから」

「嫌よ、関わりたくない」

「止めに来てよー。流石に黛の前ではやらんと思うから」

「嫌。そもそも風邪引かないで」

 

 なんて話しながら歩いていた時だった。後ろから通り過ぎた車が水溜りを跳ねて、冬優子と樹貴の二人に水をぶちかました。

 

「……」

「……」

「……世の中クソだな」

「人をテレビに突っ込ませるのはやめなさいよね」

 

 最悪……と、言う前にバカ言ってくれる辺りもちょっとだけありがたい。気落ちしないで済む。

 すると、何を思ったのか、不意に頬を赤くした樹貴は、鞄から自分のジャージを取り出した。

 

「これ、羽織れ」

「……もしかして、透けてる?」

「意外とその辺、はっきり言うんだな……」

 

 すぐに鞄を胸の前で抱えるように抱き上げた。……が、すぐに理解する。もしかして、この男……アニメや漫画では、洞窟内のズバット並みに出てくるブラ透けで照れているのだろうか? 見られる側はともかく、見る側はそこまで照れることもないだろうに。

 ……やはり、意外とウブだな? と、思わないでもない。よって、少し意地悪したくなった。

 

「何あんた、もしかして照れてるの?」

「……」

「揺れるほど無いふゆのブラ透けくらいで? 意外と純情ちゃんなのね? もう少しこのままでいてあげようかしら……」

 

 なんて言う冬優子の両肩に、樹貴は問答無用でジャージを羽織らせた。その素早いながらも少しだけ乱暴にも感じた仕草に、冬優子はドキッとした。いや恋的なアレでなく、少しだけ怖かった。

 

「……黛」

「っ……な、何よ……」

「一応、俺も男だし、これからお前の家に向かってるわけだし……挑発されると、困る」

「……」

 

 その「困る」の意味をすぐに理解し、冬優子は頬が赤く染まる。よくよく考えたら、この男は彼女がいたこともあるわけだし、もしかしたら童貞ではないかもしれない。

 ……そんな奴を挑発なんてしたら、自分は……。

 

「……悪い、変なこと言った。帰るわ」

「っ……」

 

 空気が悪くなることを理解したのだろう。樹貴は言いながら、傘を自分に差し出してきた。

 ……だが、当然ながら車道側に立っている樹貴は自分より濡れている。そんな状態で帰すわけにはいかない。元々、茶化そうとしたのは自分だ。

 

「き、気にして無いからいいわよ。悪いのこっちだし。そのまま出歩かれて風邪引かれる方が迷惑だわ」

「黛……」

「いいから、さっさとうちに来なさい。シャワー貸してあげるから」

「……ごめん」

「謝るのはこっち」

 

 そうだった。普段、会話する時ならともかく、今はあまりにも間が悪かった。付き合っているならともかく、友達同士の男女なのに。

 少し気まずい空気になったまま、冬優子の家に向かった。

 

 ×××

 

 こういう時に限って親はいないのよね……と、冬優子は八つ当たりに近い感情を親に向けていた。

 シャワーを浴びながら、今になって自分の行動が恥ずかしくなる。普段の「ふゆ」からは考えられない真似をしてしまったものだ。いや、まぁ元々樹貴の前で「ふゆ」でいたことはあまりないわけだが。

 

「ふぅ……」

 

 シャワーの順番も、先を冬優子に譲ってくれたわけだし、ちょっとさっきの件はお詫びしないと……と、思いながら、キュッとシャワーを止めた。

 外の雨は強くなる一方で、ドドドドっという雨音が中まで響いてくる。

 

「……」

 

 手早くお風呂場を出た。いや、別に全然、樹貴が即興で作った怪談なんかにビビってたわけじゃないけど。ほんとほんと。

 さっさと身体を拭き、一応男の子の前なので、普段はシャワー後はつけない下着もつけて、パジャマになって、ドライヤーはいつもより少しだけ荒っぽくなってしまったがかけて、バスルームを出た。

 とりあえず身体を拭くだけ拭いて、申し訳ないけど玄関で待っててもらった樹貴に声を掛ける。

 

「シャワー、交替」

「なんか悪いね」

「別にいい。あと、シャワー浴び始めたらしばらく出てこないでよね。ズボン、回収するから」

「え、なんで? 嗅ぐの?」

「ぶち殺すわよ⁉︎ 干すのよ!」

「あーそっかそっか」

「あと、大きめのスエット出してあげるから、着替えはそれにしなさい」

「何から何まですまんね」

「いいから、さっさとシャワー浴びて」

 

 それだけ話すと、タオルを洗面所まで道を作るように敷いてある上を歩き始める樹貴。

 

「……外、雨降ってた?」

「え? そりゃまぁ」

「あそう。帰り、傘貸してあげるから」

「ん……おお?」

 

 ……いや、ホント深い意図はないけどほんと……なんて思っていると、樹貴が洗面所に入る直前、何かを察したようにひょこっと顔だけ出して言った。

 

「ああ、大丈夫。なるべくシャワー早く出るし、黛の母ちゃん帰ってくるまでここにいるから」

「っ〜〜〜! 死ねこのクソガキ‼︎」

「えっ、何で怒るの……?」

 

 この後、スカートを用意してやった。

 

 

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