黛の高校生活は、青い春というよりただただ沼だった。 作:バナハロ
いじめ、というのはどんな学校にもあるものだ。「うちの学校にいじめはありません」とか抜かす学校はよほどハードないじめが行なわれていることだろう。
だが、いじめがあるのは仕方ないことではない。だってそれ普通に犯罪だから。いじめる奴はいなくならないし、学校は問題を起こしたがらないし、加害者の未来も考える不思議な感性をお持ちだから、現状の学校ではいじめられる側がなんとかするしか無い。
それ故に、冬優子は思う。いじめられる側が一番、必要なのは強い意志。我が道をまっすぐ進み、他人と衝突すれば戦う決意が必要である……と。
だから、ちょっと何をされるか楽しみでもあった。何せ、冬優子の親である母親も強い人だし、父親も強い人だ。万が一、物を無くされたり、学校がそれを隠蔽したりしても、冬優子がやり返したいと言えば一緒に戦ってくれる。余裕で弁償させるし、学校も訴える。
学校に到着し、まずは靴を履き替える。上履きの中にはまた画鋲が入っている。
「二回目……つまんな」
鼻息を漏らしながら、思わず呆れてしまった。さすが、イジメをする人種。頭も悪い。そもそもこれでは、自分より先に学校に来た誰かが犯人だと言っているようなものだ。
その画鋲を回収し、クラスメートの女子の下駄箱を見て回って誰がいるかを把握した後、ちょうど日直だし職員室に向かう。先生の机まで歩いた。
「先生」
「? 黛、お前日直だっけ?」
「はい。あとこれ」
「なんだそれ。画鋲?」
「上履きの中に入ってました」
「え……それ」
不安げな顔をされた。一応、この担任も助けてくれる人かを見ておかなければ。
「……ホームルームで言うか?」
「心配しないで下さい。悪化したら、またこちらからお話ししますので」
「大丈夫か?」
「はい。あ、目星はついているので、ご報告だけさせていただきますね。伊藤さん、竺川さん、目黒さんの三人だと思います」
「お、おう……なんで?」
「ふゆより先に下駄箱に来ていたし、昨日も同じことされていた以上、ふゆより先に帰ったと見ても不自然では無いと思うので」
「な、なるほど……覚えておく」
そう言って、密告を終えて教室に向かった。さて、教室に到着し、扉を開ける。予想通り、自分があげたメンバーは全員揃っていた。こちらを認識するなり、談笑を止めて視線だけ向けてくる。
机に座った直後、ふと目に入ったのは机の上だった。その机の上には「死ね、ブス」と書かれている。
「……ふぅ」
全く幼稚である。これをして何になるのか知らない……まさか、本当に死ぬとでも思っているのか?
なんにしても、付き合いきれない。大体、書くならマジックペンで書かないと意味ないだろうに。
下らない……と、鼻息を漏らしながら、とりあえず机の上を消した。すると、そのタイミングでバカが教室に入ってくる。
「黛ー、日誌持って来ちゃった?」
「うん」
「えー、早いな」
「ふふ、水上くんが遅いんだよ?」
日直は隣の席同士の男女。つまり、冬優子の隣の樹貴もまた日直である。
「マジかー。確かに今朝、グラブルでアーカルムやってて玉髄出たから、ハーゼリーラ交換しようと思って少し熱中してていつもより遅い時間になっちゃったし、そりゃそうか」
「それでどうしてふゆより先に来てると思ったのかな?」
絶対に日誌を取りに来るつもりなんかなかった奴でしょそれ……いや、忘れてて熱中しすぎてた、というのが正解か。
なんにしても、日直の日にそれはやめて欲しい。普通に文句が言いたいのを抑えている時だった。
「水上、アーカルムやってるん?」
「? やってるけど?」
会話に混ざってきたのは、伊藤だか竺川だか目黒だかの誰か。その女子は、ポケットからスマホを取り出した。
「じゃーん、実はうちもアーカルムで今日、アラナン取りましたー」
「へー」
つまり、この子はオタクに優しいギャルとして樹貴を取りにきたのだろう。実際の所、アーカルムの賢者を取るのはそう簡単な話ではない。実際にグラブルはやっている上で目立つグループに所属しているのだろう。
「すごいじゃん。強い?」
「メッチャ強い。火が壊れる。まぁまだイクサバ揃ってないからアレだけど、異常な性能してる」
「4ターン確定TAだっけ? よくそんな奴出したよね」
「うん。もうバッサバッサ倒せる。基本秒殺」
「すっげー。良いなぁ」
話を聞きながら、冬優子はなるべく関わり合いにならないように無視する。そもそもここで話すな、と思わないでもないが、まぁ今はスルーしててあげる。
そんな事より……なんか、違う。樹貴の感じが。なんか……いつもより淡々と話しているように聞こえる。いつもこんな話し方だっただろうか?
「でしょ? 良いでしょ? まぁ、アーカルムだからコツコツやるしかないんだけど……もしあれなら、アテナとかのアニマ回収するの手伝うよ」
「いや、いいです」
「え?」
断るのかよ、と冬優子は頭の中で吹き出しそうになるのを堪える。話の流れが絶対におかしい。
「あ、アラナン強いのに?」
「いや、俺おっさんを苦労して手に入れたくはないかな。サンはまぁ普通に欲しいけど、そもそもアテナのアニマ結構あるし」
「そ、そうなんだ……」
意外と、やはりドライだ。……ま、冬優子は知ったことではないわけだが。無視していると、続々と教室に生徒が入ってくる。
それに伴い、その女子は「じ、じゃあまたね……」と、一時撤退をした。
×××
さて、授業が始まる。一限目は特に何事もなかったが、二、三限目はこれから水泳である。球技大会が終わり、それと同時に体育の内容が切り替わったのだ。
これがまた面倒臭い。今は着替えの途中なわけだが、大体こういう時の会話は決まっている。
「あー、プールとかマジしんどー」
「つーか、男子と同じとかマジなくねー?」
「それな。エロい目で見られたらマジギレしよガチで」
別に「胸大きくなった?」「やだもー♡」なんて百合好きな男が喜ぶような会話は聞こえて来ない。聞こえて来るのは、男子への軽蔑のみ……だが、よーく聞いていると、それは男子に向けられたものではない。
「てーかさ、男子はまだしも生田に見られんのがクソじゃね?」
「あー分かる。男の教員が女子と同じプールに入んなっつーの」
と、教員に向けられていた。女子の体育教員は女性教員だが、男子は男性の教員だから仕方ないと言えば仕方ない。
……ま、冬優子からすれば男子生徒だろうが男性教員だろうが見られるのは不愉快極まりない。逆に男子に見られるのはまだしも、と言っている女子達は、早い話が「この日のために身体は絞ってきたけど、おっさんに見られるのは嫌だ」と言っているのだ。
実際、エロい目で見られるのは不愉快なのだろうが、その反面、でも男子には綺麗に見られたいなーという気持ちの表れなのだろう。
……それと同時に、男子にも憎まれ口を叩いてしまうのは、他の女子への牽制だったりするのも理解してしまう。
何にしても、冬優子には無関係だ。無関心になりつつ……でもあのおっぱいは妬ましい死ね、なんて思いながら着替えていると、その女と目があった。
「どしたん? 伊藤」
「なんか黛がこっち睨んでた」
睨んでねーよ。ちょっと目に入っただけ、と思いつつ目を離す。
「あれじゃね? 伊藤、巨乳だから妬んでたんじゃね?」
「ふっ……ま、あいつ小さいし」
「ぶふっ……あるかも……!」
それは正解なので何も言えない。だから死ね、と思いながら、先に着替えを済ませてさっさと更衣室を出た。
持って行くものは、水中眼鏡と帽子。普段、左右に束ねている髪は解いてある。
「ふぅ……」
ため息を漏らしなら、集合場所で待機。すでに集まっている女子も男子も、基本的にはおとなしい部類の人が多い。むっつりすけべ、という意味でなく、なるべく教員に目をつけられない為だ。
そのため、冬優子も特にいやらしい視線を感じることはなかった。……まぁ、そもそもスタイルが良いとは言えないので、興味を持たれることもなかったわけだが。
さて、しばらく体育座りで待機していると、よく見知った顔の男子が入ってくる。
「実は俺、前々から不思議なんだけどさ……なんで世の中、スク水をえっちに感じる奴がいるんだ?」
「知らねーよ。なんだいきなり」
「いやだって布面積は多いし、そもそも学校指定なだけあって色気も無いし、良さが分からん」
「そりゃお前に想像力が足りないからだ。例えば、ボンキュッボンな女がスク水になってみろ。体型がそのままぴっちりした布に隠される……つまり、エロいだろ」
「……でもビキニはヘソとか背中とか出るんだよ?」
「それはまぁそうだけども」
ほんと、あいつらはいつも通り何一つ場を考えずに会話する奴らだな、と思う。前田も少しずつこの節に染まって来ていた。
その二人は、そのまま男子の輪の中に入る。しかし……まぁ、二人とも筋肉はすごく立派だ。元サッカー部と現役サッカー部なのだから当たり前なのかもしれないが、少なくとも冬優子としては眼福と言わざるを得ないレベルである。
「けど、隠されているからこそのエロさってもんがあるだろ」
「それは制服の冬服くらい隠して初めて出てくるもんだから」
「じゃあ何か? お前は水着の形を模るように凹んでいるヘソにも欲情しないのか?」
「あんなもんフィクションだ。ホントのスク水であんなんなるかい」
「なったらどうすんだよ」
「なったとしても生のへその方が良いわ」
「お前おかしいだろ。普通、肌色のとこが紺色なんだぞ?」
「おかしいのはお前の性癖だから」
「ああ⁉︎ お前が人のこと言えた義理か! この前、ツンデレ猫被りっ子が好きとか対極する存在の女が好きとか言ってたくせによぉ!」
「お前こそ褐色貧乳野獣系お姉さんに生意気言ってしばかれたいとかほざいてたろうが!」
「やんのかテメェ⁉︎」
「上等だよかかって来なさい坊や!」
「同い年だろ!」
なんでそんなことで喧嘩になるのか……と、思っていると、その二人の間に先生が入る。
「あーお前ら何やってんだ!」
「先生、こいつがおへそは布越しのが良いって!」
「こいつバカだ先生! 言ってやって言ってやって!」
「両方バカだろバカども。良いから黙ってろ」
全くである……と、思いながら、冬優子はあくまでも他人のふりを貫く。よかった、一度も視線を向こうに寄越さないで。
と思っていると、いつの間にか女子は大量にプールサイドに並んでいた。……それは当然、樹貴を狙っている女子達も勢揃いなわけで。何故か、やたらと睨まれていた。
「……?」
何なのだろうか? 冬優子の水着越しのお腹は、少しだけ水着がキツくておへその形を模っておへその形も少し出てしまっているし、今のバカ達の会話で睨まれる要素はなかったと思うのだが……。
まぁ、ああいう連中は一度、妬んだ相手は是が非でも妬むものだ。気にしても仕方ない。
すると、女子が先にメンバーが揃ったのか、先生が声を掛けた。
「じゃ、これからプールの授業を始めまーす。体育委員、号令」
「きりーつ」
全員で立ち上がる。そんな時だった。ふと、樹貴が目に入る。なんか静かになっていて、視線は冬優子に向けられていた。
何見てんの? と、思ったのだが、隣の前田と話し始めてすぐに分かった。
「……前田」
「なんだよ泣かすぞ」
「俺が悪かったよ。スク水も悪くない」
「分かれば良いんだよ。……誰見てそう思ってんの?」
「黛」
「え……あのスタイルを布越しに見て何を思ったの?」
「お前には一生分かんない事だよ」
……どうしよう、樹貴より前田をぶっ飛ばしたい、と地獄耳ながらに思っていると、また睨まれているような視線を感じる。
これ……むしろ樹貴が黒幕でいじめが激しくなりそうじゃない? なんて、少し思ってしまった。
×××
授業が終わった。プールのあとは目を洗ったりアホほど冷たいシャワーを浴びる必要がある為、男子と女子とでは微妙にプールからの退場にラグがある。
今日は女子が先だった。体育は隣のクラスと合同でもある為、そこも順番。冬優子のクラスはラッキーな事に、一番最初にシャワーを浴びることができた。
で、シャワーを終えてあとは着替え。残念ながら人数分のコンセントがあるわけでは無いので、ドライヤーをかけたりできるメンバーは全員では無い。
従って、大体のメンバーは他の教室でドライヤーをかけることになる。
「伊藤、竺川、行こう」
「ん」
「はいよー」
そんな中、ふと意外な事に、絶対に更衣室内のコンセントを独占すると思っていた目立つ女子達が、そのコンセントを使わずにさっさと出て行こうとしていた。
何か企んでる、なんてすぐに勘繰る自分が嫌になるが、その懸念はすぐに当たりだったとこのあと理解することになる。これだから、人をまず疑うことがやめられなくなってしまうのだ。
「……」
……パンツが入ってない。やられた、と冬優子は奥歯を噛み締める。一応、盗難の可能性は考慮に入れていたので財布やスマホの貴重品はロッカーの奥深くに隠してある……が、まさかパンツを持っていかれるとは……。いや、厳密にはこの更衣室……というよりプールのどこかに隠してあるのだろう。
その上、下着というのがまた面倒極まりない。それを無しでここを出るわけにはいかないし、助けを求めるにはここを出る必要がある。
……何より、助けを求めた所で「ふゆ」というみんなに好かれる優等生が、現状、物的証拠どころか状況証拠もないのにクラスメートを疑えない。さっきの画鋲とはわけが違う。
「ふゆちゃん、どしたん?」
「前野さん、先に教室に戻ってて。ふゆ、下着無くしちゃって」
「え、それ大丈夫?」
「うん。これくらいなら平気だよ?」
それだけ答えて、下着の捜索にあたった。
×××
四限目の授業がもうすぐ始まるにも関わらず、隣の席の好きな子が戻って来ない樹貴は、らしくなく少し心配していた。
何か、具合悪くて保健室とか、そういう話だろうか? しかし、その割に前野はもう教室にいるし……どうしたものか悩んでしまう。
「ね、水上ぃ。グラブルってそんな面白いん?」
「うん。面白……いというよりは達成感を求める感じ」
「そうなんだー。やってみよっかなー」
周りに三人ほど女子に囲まれた状態でそんな話をしつつも、隣の席をチラリと見る。やはり、まだ来ない……と、思っていると、先生が来てしまった。それに伴い、周りにいた女子生徒は自分の席に戻る。
さっき、チェインしてみたのだが反応はないし、なんか……つまらない。
「日直号令」
「先生」
「号令に選手宣誓は含まれてねーぞ」
「いや違くて。てかどんな勘違い?」
「お前ならやりかねねーからだよ」
どういう意味で言っているのか、小一時間ほど問い詰めたいところだったが、今はそんな事よりも、自分のやるべき事を為さないといけない。
「そうじゃなくて、具合悪いんで保健室行ってきても良いですか?」
「どう見たって健康優良児100%じゃん。どこが悪いの?」
「頭が悪いんです」
「それを自覚し始めたのなら後で頭の病院連れてってやるから、今は授業を受けろ」
「いやホントに病気なんです。頭痛いし喉も痛いしなんなら心も痛い。ほら、俺成績良いから、一回くらいサボったって問題ないでしょ」
「サボるって言っちゃってるねそれ」
面倒臭く思ったのか、先生はため息をつきながら問題を出してきた。
「……じゃあ、これから出す問題をお前が解けたら、10分だけ保健室行ってこい」
「言ったな? かかって来なさい」
「日本に仏教を伝える為に、航海によって海を渡った鑑真。何度目の航海で日本に来た?」
「6」
「……なんで分かるんだよ。試験に出してないし、そもそもこんなの教科書にも載ってねえぞ」
「? 載ってるよ。資料集の章が終わった後のコラムのとこに」
「どこまで読み込んでんだ!」
「いやこういう資料集、暇つぶしにもってこいなのよ。で、行っても良いですか?」
「どうぞ!」
と、いうわけで、樹貴は教室を出て行った。まずは保健室から見に行こう。
×××
面倒臭い、と冬優子はため息を漏らした。女子更衣室の中は軒並み探したが見当たらないし、探すのに疲れてしまって、途中で髪を乾かしたり、パンツは履いていないけどスカートは履いたりして準備を終えた。
証拠がない、というのは割と面倒臭い。次から何か証拠になりそうなものを用意しよう、と思いながら、またパンツを探している時だった。
「まーゆーずーみー。いるかー?」
「っ⁉︎」
もう授業が始まっている時間なのに、なんかバカの声が耳まで届いてきた。なんて間が悪いのか。下着もつけていないのに、男子になんか会いたくない。
「ていうかいるだろー。何してんの? 授業始まってんぞー」
大丈夫、流石に女子更衣室には入って来ないと思いたい。いや、まぁ普段なら周りに着替え中の人いないし別に良いんだろうけど、今はダメな奴だ。
いないフリしようと思ったのだが……。
「早く返事しないと……そうだな。黛はクラウド×セフィロスのエロ本読んでるって言っちまうぞー」
「なんで知ってるのよ!」
「あ、いた。てかホントに読んでるのか」
ハメられた……二重の意味で! と、口を塞ぐ。何というか、普通に腹立つ。
「更衣室か? 何してんの?」
「……うるさい」
「サボり?」
「……」
どうしたものか、と冬優子は悩む。下着が無いことは知られたくないのだが……まぁ、でも逆に樹貴になら良いかもしれない。だって口は硬いし、現状ではとても癪だが一番信用できる相手だし。
「パンツがないの」
「は?」
「だから、下着がない」
「え、下に水着着てきて忘れたの? 可愛いかよ」
「そんなわけないでしょバカ。多分、隠されたのよ」
「……は?」
その唐突に聞こえてきた冷たい声に、冬優子は冷や汗をかく。何に怒ったのか知らないが、この声音……彼の母親と同じ圧力。マズい、キレてる。
「誰に?」
「あんたは気にしなくて良いのよ。それより、一緒に探すの手伝いなさい」
「気にするよ、普通に」
「……」
未だ壁越しに声をかけ続けられるが、その声音はいつになく真剣だ。……いや、いつもと大して変わらないのに、真剣に感じられた、という方が正しいか。
けど、本当にありがた迷惑だ。何せ、冬優子は大して気にしていないのだから。むしろ、今後に備えてどう対応するかに頭を回している。
「……なら、本当に困った時はふゆからあなたに相談するわ。けど、今は平気だから」
「……ほんとに?」
「ほんと。……だから、早く探すの手伝いなさい」
「ん」
話しながら、ようやく更衣室の中に入ってき……た所で、もう割と数十分、下着を履かないまま更衣室にいたのに、今になって風が透き通るような感触を、スカートの下から感じ取ってしまった。
敏感な部位にその風が当たり、なんかやたらと恥ずかしくなってしまい、反射的に開きかけた扉を蹴り閉める。
「ま、待った!」
「いった! ドアで突き指いった⁉︎」
「あ、ご、ごめん……」
「ちょっと……何?」
「……」
何? って、そりゃパンツがないことなのだが……なんか、恥ずかしい。向こうが意識しているかは知らないが、少なくとも冬優子は変に恥ずかしくなっている。
「あ、もしかして、やっぱりノーパンで顔合わせるの恥ずかしいとか?」
「ーっ⁉︎」
こいつの察知能力は割とマジでムカつく! と、奥歯を噛み締めた。
「デリカシー!」
「ごめんごめん。じゃあ、俺の体操服でも持って来ようか? なんか体育だったから癖で持ってきちゃった奴」
「嫌よ! 男子の短パンに直パンとか!」
「え、俺気にしないけど」
「ふゆが気にするの!」
やばい、思ったよりヤバい。まさか、パンツを再起不能にされているとは夢にも思わなかった。
このままじゃ帰ることさえままならない……いや、まぁ一応、生理中の女子が多い中学や高校の保健室では、そういう時のための対処が出来るわけだが。
「保健室行ってきて」
「え?」
「保健室なら、多分下着あるから」
「え、なんであるの?」
「いいから行きなさい!」
「わ、分かったよ……!」
とりあえず追い出すような声をかけてしまったが、とりあえずこれで一件落着である。
まぁ……色々と悩んだが、一先ずはあのバカが来てくれて助かった、とホッとする。パンツを借りてからパンツ探しを手伝ってもらうのはなかなかハードな気もする……なんて思っている時だ。
「黛ー」
「何よ?」
戻ってきたの? と、いう意味を込めて聞くと、樹貴からは珍しく気まずそうな声が聞こえてきた。
「そのー……なんだ。ドン引きしないで聞いてくれる?」
「内容によるわよ、そんなの」
「だよね……まぁ、じゃあ俺が見たままを言うから、心当たりがなかったら無視して」
なんだろう、もったいつけて……なんて思って耳を傾けていると、とんでもないことを吐き散らかした。
「水色、小さなリボン付き、ウサギのマーク」
「ッ!」
バンッ、と更衣室の扉を思いっきり開け放った。勿論、スカートを押さえて、だ。冬優子の学校の制服は長くても膝くらいまでしかないので、後ろと前、両方の裾を握りしめ、なるべく下に押しつけるようにしながら出る。
それでも恥ずかしさのあまり、顔がオーバーヒートするほど熱いが、背に腹はかえられない。
「……何処」
「え?」
「何処⁉︎」
「こ、こっちです!」
ビビらせてしまったながらに案内してもらっていると、プールの出口から少し出たあたりの目の前に落ちていた。
「えっ、ず、ずっとここにあったわけ?」
「いや、多分どこかに引っ掛けて隠していたのが、風で流れてここに飛んで来たんだと思う」
何処に隠されていたのか非常に気になるところだが、それよりも隣の男である。
「……パンツ見過ぎ」
「いやでも目に入るでしょ……ていうか、早く履いてよ」
「はいはい……向こう向いてなさい」
「いや一応、更衣室で履いたら?」
「……はいはい」
そうだった。スカートの下から履くのも簡単じゃないし、樹貴の前でそういう際どい行動に出ると怒られる。
なので、一度更衣室に戻った。しかし……と、冬優子は思う。敵を少し侮っていて、痛烈に恥ずかしい思いをしてしまった……。
まさか、パンツを更衣室の外に隠されるとは。小悪党だと思っていたから更衣室の中に隠して満足かと思っていたが、頭の悪さから発生する想像力の欠如から来る大胆な行動だろうか?
まぁ、何にしても、何をされるか分からない、という点では頭の良いいじめっ子より面倒臭い。ここは……今日のうちに片付ける事にした。
「仕方ないわね……」
要するに、あの三人は冬優子を虐めたい、というより冬優子と樹貴を引き離したいのだろう。
ならば、それ相応の対応の仕方はある。何せ、あの三人……誰であっても、おそらく樹貴の趣味では無い。だから……まぁ、早い話があの三人が樹貴に嫌われれば良いのだ。
「……ま、ふゆに喧嘩売ってきた自分達を憎みなさい」
そう言って更衣室の中から荷物を持って樹貴に声をかけた。
「行くわよ。水上」
「うーい」
「お昼、一緒に食べるでしょ?」
「うん」
「ならよし」
「いつもの場所?」
「そう」
「はいはい」
「それと、パンツ見た件誰かに言ったら絶交だから」
「き、肝に銘じます……」