黛の高校生活は、青い春というよりただただ沼だった。 作:バナハロ
試験期間中なので、とりあえず冬優子は休日も勉強する。何せ、表向きは優等生なのだ。成績授業態度問わずに良い生徒でなくてはならないため、こういうところでも努力はやめてはいけない……。
「まーゆーずーみーさーん、あーそーぼー!」
「……」
バカの大きな声が家の前で響いてくる。思わず机に向かいながら半眼になってしまった。自分の部屋で、割とマジで鬱陶しく思いながらも、室内の音楽の音量を上げてシカト体制に入る。
「ちょっと、冬優子ちゃん。音大きくしてお友達をシカトするのはやめなさい?」
「……」
すぐに気がついた母親が部屋に入ってきてそんなことを言うので、思わず冷や汗をかいてしまう。
「追い返してよ……今、ふゆ勉強中よ」
「でもあの子、トートバッグから教科書みたいなのはみ出させてるし、勉強しに来たんじゃない? 一緒に」
「……というか、女の子の部屋に普通に来る?」
「今に始まったことじゃないでしょ?」
「……まぁ」
困ったことに、割としょっちゅう家で遊んでいる。まぁ実質的な話をさせてもらうと、家で遊べば金はかからないし、冬優子は口調を気にすることもないし、割と助かるとこが無いわけではないのだ。
「もしかして、冬優子ちゃんのこと考えてそうしてくれてたりして」
「……それはないから、あんなバカ」
ありそうなのを飲み込んで否定しておく。なんとなく認めるのは癪だったから。
……でもまぁ、わざわざ家まで来たのに顔も見せずに追い返すのは違う。一先ず、音量を下げてから部屋を出ていった。
「じゃあお母さん、お菓子とお茶用意するわね」
「追い返すだけだから」
「勉強頑張ってね」
全然、話を聞いてくれない。完全にどう言うつもりか見抜かれていた。親って怖い……と、樹貴の親とは別の種類の恐怖を覚えつつも、とりあえず下まで出迎えに行った。
玄関を開けると、樹貴は小さく手を振っている。
「今暇?」
「女の子をアポ無しで誘いに来るとか、失礼じゃない?」
「え? ……あ、もしかして、今日予定あった? 黛なら、勉強してると思ったんだけど……」
「……」
こいつにまで行動が読まれているのは、本当に腹が立つ。なんか悔しい。
でも……そこまで冬優子のことを理解していながら、それでも自分とつるんでくれる奴はそういないだろう。
冬優子の場合は、自身を偽って他人と関わらなければならないため、そこまで深い仲にはなれないのに、こいつはそのルールに該当しない。
そう言う意味だと……まぁ、少しはこいつが前に少ししつこかった事も許して良いかもしれない。
「……下の名前で良いわよ」
「え?」
「……」
なんで聞き取れないのか。許可するってスタンス、ちょっと恥ずかしいのだから、一発で聞き取ってもらいたい。
赤くなってるであろうと顔を少し背けてながら、誤魔化すように誤魔化し切れていないことを言った。
「2人で遊ぶときだけね。前に、呼びたがってたし」
「マジで⁉︎」
「嫌なら良いけど」
「よ、呼ぶ呼ぶ! 超呼ぶ! 冬優子ちゃん!」
「な、なんで急にちゃん付けすんのよ……」
ていうか、そんなに嬉しかったのだろうか? なんかはしゃがれ過ぎてこっちまで気恥ずかしくなってしまう。
そんな自分の気も知らず、バカはサブマシンガンのように連射する。
「冬優子ちゃん冬優子ちゃん冬優子ちゃん冬優子ちゃん冬優子ちゃん!」
「うるさいわー! どんだけ連呼すれば気が済むのよ⁉︎ ていうか、ちゃんはやめて!」
なんでこんなに照れとか恥とか、そう言う概念を喪失してしまっているのか。もう少し年相応になってもらいたい物だ。
樹貴は「じゃあ……」と、声を漏らしながら、少し頬を赤らめながら頬を掻きつつ呟いた。
「冬優子、ね?」
「……何照れてんの?」
「あはは、ごめんごめん。なんか……許可されて少し嬉しくて」
「っ〜〜〜!」
やられた。光属性の聖なるイケメン力が、最大瞬間風速で冬優子を襲った。本当に同い年なのか、こいつと同じ歳でありながら自分はこんなに汚れた感性を持っているのか、なんでこんな可愛い感じに育っているのか、そうか自分の母親を反面教師にしたからか、などなどと様々な感情が渦巻いた結果……。
「かまととぶってんじゃないわよ男子高校生‼︎」
「うわっ、ちょっ……な、何怒ってんの⁉︎」
思わず手に持っていた教科書を投げつけてしまった。それをキャッチされるが、それがまた腹が立ち襲い掛かってしまう。蚊を潰す勢いで手の平を振り回す中、樹貴はスイスイと回避する……なんてアホなやり取りを母親にしっかり目撃され、怒られてしまった。
×××
「……」
「よし、やろっか」
冬優子の部屋に入って、改めて勉強会。二人で出したちゃぶ台を挟み、教科書やノートを広げ、母親が用意してくれた麦茶も設置。準備万端……なのだが、むすっとしたままどうにもやる気が出ない。
こんなアホな男に乱され、母親に怒られた事が納得いかない。
「冬優子?」
「……何よ」
「あー……そういえば、俺の事はなんて呼ぶの?」
こちらに身が入っていないのを察してか、雑談から始めてくれた。そういう気遣いもなんでか腹が立つ。そんな話をするくらいなら、勉強したほうがマシなので、適当にあしらうことにした。
「水上」
「えー、せっかくなら下の名前で呼んでよ」
「絶対に嫌」
「絶対って……どうして。もしかして、俺のこと嫌い?」
「……」
いや別にそういう言い方されると嫌いじゃないから困る。というか狡くさえ聞こえる。
まぁ、下の名前くらい良いか、と思い、考えてみる。
「た……樹貴?」
「っ……あはっ、なんか不自然」
「っ、わ、笑うなっつーの!」
「ごめんごめん、やっぱちょっと照れ臭くて」
「ったく……これで満足?」
「うん。じゃあ、今後ともよろしくね。冬優子」
「っ……」
本当に嬉しそうに笑いやがって……と、ちょっと苛立ってしまった。この純粋さ……こいつめ、本当に彼女いた事あったのか不思議に思うまである。
「じゃ、勉強しよっか。分からないところあったら、俺に聞いてね」
「ふ、ふぅん……随分と上からなのね? 同じクラスの女子相手に。あんたこそ分からないとこあったら……」
「あ、大丈夫。俺分からないところないから」
腹が立った。自慢にしか聞こえなかったから。
「絶対に聞かないわよ! ふゆにだってないし!」
「そっか。じゃあ頑張ろう」
「っ……言われなくても」
そのまま改めて勉強を始めた……が、少しイラついてしまう。そもそも、こいつは本当に純粋なのだろうか? ここまで純粋なのは、逆に冬優子と同様に演技である可能性もあるのではないだろうか?
ここは一つ、少しカマをかけてみようか。
「あんた、好きなタイプの女の子とかいるわけ?」
「え、勉強は?」
「いいから」
「好きなタイプ……うーん……」
聞くと、なんか珍しく照れたように頬を赤らめる。今日はよく照れるが、そう言う顔はレアなので逃さない。
「何、そんなに恥ずかしい性癖してるわけ?」
「いや、そんなことないよ」
「じゃあ教えなさいよ」
「で、でも……」
おっと、オドオドし始めた。どうやら、割と危ういのかもしれない。態度に出る奴はこれだから助かるというものだ。
「何、もしかしてロリコンとか?」
「そんな事ないよ……ただ、その……」
「分かった、マザコン」
「……それ本気で言ってる?」
「……ごめん」
今なら我ながらないな……なんて思っていると、樹貴は少し照れた様子のまま、それでも笑顔で告げた。
「俺のタイプは、冬優子みたいな人だよ」
「は……?」
何それ、まさか告白? なんて思ってしまい、こっちまで顔が赤くなる。いや、落ち着け……多分、冬優子みたいな人とは、この前みたいに助けた時のことを言っているのだろう。
あの時は冬優子も思ったことを言ってやっただけだから、それはつまりこいつの好みというのは「思ったことを言える人」ということになる。
よし、理解。……紛らわしい言い方してくれやがって、と結局苛立った。頬をつねり、グいーっと引っ張る。
「あ、ん、た、は〜! 紛らわしい言い方すんな!」
「え、ど、どの辺が……?」
「良いから勉強!」
「いやそれさっき俺が……」
「ああん⁉︎」
「な、なんでもないです……」
結局、演技かどうかなんてわからなかったが、まぁこう言う言い方をする時点で胡散臭いタイプではある。マーリン、太公望、天草四郎だ。
とりあえず勉強をするフリをしながら、次の作戦を考えた。
×××
「あ、飲み物もう空ね」
「じゃあ俺入れてくるよ」
「いやここふゆの家。大人しくしていなさい」
手伝いたがりのアホを黙らせて、コップを二つ持って出て行った。
次は……これだ。飲み物。これは偶然だが、母親が用意してくれたコップは、自分は一番くじのゾロで、樹貴のはサンジ。明確な違いがあるわけだが……これ、入れ替えて渡してみようと思う。
あの妙に鋭いところがあるバカなら、絶対に気がつく。これをもし言わないのなら……少しは邪心があるということ。
そうと決まれば、さっさと飲み物を汲みに行った。
麦茶を注いでから、部屋に戻る。
「……はい。お待たせ」
「サンキュ」
コトッと机の上にお茶を置く。気付くだろうか? と、冬優子はソワソワしながら、とりあえず誤魔化すように自分のコップでお茶を飲む。
「あれ、冬優子」
気付いた、と視線だけ前に向ける。コップを見た樹貴は、冬優子の方を見ながらキョトンと首を傾げた。
「冬優子、ゾロ好きだったよね。ゾロのコップじゃなくて良いの?」
「そこかよッ‼︎」
「えっ……な、何?」
「……なんでもない」
予想の遥か斜め上だったが、前の一番くじの時の話をしているのだろう。確かにゾロは好きだしフィギュアも取ったけど、よくそんな話を覚えていたものだ。
間接キスのチャンスだとか、そんな風には微塵も考えていなかったらしい。
「……ありがと。てか、コップ逆だったわね」
「冬優子もそういうミスすることあるんだねー」
「ないわよ! 普段は!」
「うんうん、たまにはあるよね」
てかわざとだから、と言いたくて仕方ないのを堪えた。言えば、なんでそんなことしたのかって話になるから。
グギギッ、と悔しそうに唸りながら、コップを交換しようとした時だ。
「あ、でも今、もうそっちのコップ使っちゃってたよね?」
「は⁉︎ ……あっ」
しまった、と冬優子は冷や汗を流す。て言うか、これは自分が本当にドジをした。どんだけ樹貴に夢中になっていたのか。て言うか、樹貴に夢中になっていた、って言う字面がキモ過ぎる。て言うか、自分はすでに間接キスを済ませてしまっているわけで……て言うか、死ぬ程気恥ずかしくなってきた。
カァッ……と、頬を赤く染めてしまう中、樹貴は平然と呟く。
「あ、てかそっか。さっきゾロで飲んだから、今はサンジで飲んでみたくなったのか。もしかして、わざわざ洗ってきてくれたの? 冬優子、割と子供っぽいところあるんだね。ありが……」
「うがああああああ‼︎」
「あぶねえええええええ‼︎ シャーペンを投げるのは危ないでしょうが!」
「勉強しろおおおおおおお‼︎」
「今それを言うの⁉︎」
こいつは本当に無敵か、もしかしたら天然モノの斎藤一か、と思いながら、とにかく黙らせた。
×××
自分だけ恥をかいたままなんて、死んでも嫌だ。そう思った冬優子は、さらに作戦を考える。
次の作戦は……ずばり、甘えである。今のでプライドに傷をつけられた冬優子は、ちょっとだけ普段はやらない作戦も実行できる変なテンションだった。
この状況で甘える方法は一つ……そう、勉強関連だ。
「ねぇ、水上」
「え?」
「ここ教えて欲しいんだけど……」
「や、その前に誰?」
「は? ……や、だから水上……てかあんたしかいないでしょ」
「え、水上って誰?」
「……」
そういうことか、と理解してから改めて咳払い。なんだこいつ面倒臭い、ていうか子供かよ、とため息が漏れそうになる。
「……た、樹貴……」
「うん」
クッソ、満足そうにしやがって……なんかもうイケメンだけどイケメンじゃない感じが一周回って可愛く見えてきたまである。
とりあえず、生物で聞いてみることにした。
「ここ、教えて欲しいんだけど……」
「ん? 高校の生物なんて暗記だよ。冬優子なら俺なんかに聞かなくてもわかるでしょ」
「や、だから……」
「暗記なんだから、自分で調べた方が覚えられる。その方が、良い点取れるよ。教科書見てもわかんなかったら、その時にまた言って」
「……」
この野郎、と思わないでもないけど、ぐうの音も出ない正論だった。なんならこっちのために言っているまであって、それがまた何も反撃出来ない結果につながる。
「……ごめん。お邪魔だったわね」
「そんな事ないよ」
とりあえず、全然分からなくないのでさっさと勉強を続けることにした。
×××
もうやるしかない、と冬優子は腹を括った。ぶりっ子ここに極まれり、みたいな感じで嫌なのだが、まぁこいつバカだし大丈夫だろう。
そう……寝たフリ作戦である。勉強に疲れて寝てしまった体で、彼がどうするつもりなのかを見たい。
何せ、下に母親がいるとはいえ、一つの部屋の中で二人。しかも、睡眠中だ。急に襲ったりはしないだろうが、ちょっとスカートの中を覗いたり、胸元をガン見したりしたらアウトだ。
「ふわぁ……」
良いタイミングであくびが漏れた。眠くないのにあくびが出るのは不思議だ。
「眠いの?」
「そんな事ないわよ……まだ、今日やるって決めたとこ終わってないんだから」
「無理しないで、少し休もっか。俺もトイレ借りたいし」
「いってらっしゃい。ふゆはもう少しやるわよ」
好都合。正直、寝たふりをする時は寝ようとするタイミングが難しいのだが、それを見せずに寝られる。
さて、樹貴が出て行ったのを見計らって、冬優子も机に伏せた。両腕を机の上に置いて、顔を横に向けて目を閉じる。顔が見えるように横にして。
「…………」
暇を極める。これ、時間の無駄ではないだろうか? いや、そんなことない。あの全力ボケナスを追い詰めるためだ。
そのまましばらく待つ。……というか、あいつ遅い。いつまで一人でトイレで……大きい方? いや、それは女の子的に想像しちゃダメだ。冬優子は自分でも性癖が曲がっている自覚はあるが、どんな理想のキャラでも排泄物で興奮したりはしない。
しばらく待機していると、足音が近づいてくる。……なんか、ちょっと多い気もするけど。
「え、冬優子のアルバム? マジで見て良いんですか?」
「ええ。かわいいわよ〜、子供の頃の冬優子ちゃん」
バカと親でとんでもない密談と密告が行われようとしていた! あの男、本当に碌なことをしない。
どうする、止めるか? いや……でも、この機会を逃すと奴に恥をかかせる機会が……いや、ダメだ。これ自分の恥の上塗りの方が大問題。
起き上がって止めようとした時だ。
「あー……でも、冬優子は見られたって知ったら恥ずかしいんじゃないですか?」
えっ、と冷や汗。それもやめておくの? どんな理性? と、焦ってしまうほどだ。
「大丈夫よ、バレなきゃ平気」
あんたはほんとに親か、と思わず苛立つ。しかし、その後すぐに樹貴が続けて言った。
「いえ、でも俺は好きな子の嫌がることを影ではしたくないので」
「ーっ……!」
吹き出しそうになるのを抑える。今なんて言った? 好き? 好きってなんだろうか……あ、鋤? そういうこと?
なんて頭の中で全力のままに否定していると、すぐに母親の声が聞こえてくる。
「ふふ、愛されてるわね。冬優子ちゃん」
ダメだ、あの母親は碌なこと言わない。……いや、そうだ。こいつら基本的に碌なこと言わないんだ。
これもう間違いなく比喩表現だ。元々、リア充と母親なのだし、おかしい話でもない。好きだの愛だの、友達としてのそれを極端に言っているのだろう。
よし、腹が立って来た。問題ない。
「じゃあ、私はお布団仕舞っちゃうから」
「あ、はい」
それだけ話して、部屋の中に入ってきた。
「冬優子……あれっ」
どうしたの? と一瞬思ったけど、そうだ。今の自分は寝ているんだった。下手ないびきの演技はしないが、動いてはならない。
「疲れてるのかな……やっぱ、アポなしできたの悪かったかも」
「……」
それはそう。アポなしはやめて欲しい。今日は早起きしたから寝癖とかなかったけど、ある時にきたら殺しちゃうかもしれない。
「……」
あれ、なんか黙った……というか、足音的にその場から動いていない? 薄目を開けたいが、変に鋭いバカには気付かれるかもしれない。
「……寝顔も可愛いな」
「ーっ! 〜っ!」
「あれ? なんか赤くなった?」
こいつはほんとに頭も趣味嗜好も何もかもおかしい。なんで急にそんなこと言うのか。てか、寝たふりに騙されているし。
そのまま樹貴は腰を下ろし、冬優子の正面に座る。何をするのだろうか? とりあえず、お触りは全てアウトだ。……まぁ、さっきの話の流れ的に、なんかもう何かされるはずないのは目に見えているが……。
「……集中出来ないな」
……おや? と、小首をかしげる。もしかして、見惚れてた? ……いや、冷静に考えろ。このバカなことだし……なんか人が寝てるのを見てると自分も眠くなって来たとか、そんなレベルの話だろう。
なんて思っている時だった。ピロンッというスマホ独特のシャッター音が聞こえた。
「っ……と、撮っちゃった……あんなこと言っておきながら……」
「……」
いや、まぁそれはその通りなのだが……実際、冬優子的には撮られたくないし、何勝手な事してんの? と思わないでもない。
……けど、想定していたお触りとか、スマホ勝手に見るとか、部屋の中を勝手に物色されるとか、そういうのと比べるとあまりにも小さい。こいつ、欲望ないのだろうか?
「……っと、風邪ひいちゃうかな。上着でいっか」
そう言いながら、冬優子の身体に自分の上着までかけてくれる始末。こいつ……男子高校生として大丈夫なのだろうか?
「うしっ、やろうか」
そのまま本当に勉強を再開し始めていた。
×××
さて、それからしばらく時間が経過した。本当に軽く寝てしまっていた冬優子なわけだが、なんか周りがやたらと静かで目を開けると、樹貴も寝ていた。自分とは違って、爆睡である。
「……ったく」
幸せそうな顔をしてくれている……なんか、ほんと変な奴に好かれたような気がする。友達として、とはいえ、どうにも慣れない。
そういえばこいつ、冬優子の寝顔を撮ってくれたんだった。自分は欲しいとは思っていないが、やられっぱなしは気に食わない。消しておかなければ。
そう思って、机に放置されている樹貴のスマホに手を伸ばしかけた……のだが。
「……」
まぁ……こいつなら変な使い方はしないだろうな、と思ったので、それをやめた。他人に見せたりだとか、SNSにアップとか、そういうのはしないだろう。
「……特別だからね」
そう告げて、スマホはそのまま置いておいた。
……さて、そんな時だった。ふと目に入ってしまった。寝ている樹貴の胸元がはだけ、チラリズムしている胸筋の胸元が。
ダメだ……と、冬優子は理解する。すごく興味津々になってしまう。というか、帰宅部のくせになんでこんな筋肉あるのか。ギャップ萌えもいい加減にしてもらいたい。
「……こいつだってふゆの寝顔撮ったわけだし……」
少し、突くくらい良いだろう。つんつくつん、と服の間からペンの消しゴムの方で突いてみる。
「おお……硬っ」
筋肉というのは、見た目に拘っても機能しないらしい。細マッチョ、という言葉があるように可能な限り絞り、柔軟性とかを増させたほうが仕事するそうだ。
そういう意味でも、こいつの筋肉は腹立つ程細くまとまっている。
「……腹立つ」
改めて、なんでこんなのが自分にアホほど懐いているのか訳が分からない。今だって、こいつは自分にお触りしなかったのに、自分は割と平気でセクハラしている。
……あれ、ていうかこの行動、割と怒られてもおかしくない奴なんじゃ……。
「……やめておきましょう」
ちょっとどうかしていた。……というか、むしろ樹貴だってお昼寝するんだな、と思えば少し得した気分。授業中だってほとんど寝ていない奴のお昼寝姿なんて滅多に見れるものではないし。
「ふゆの部屋で眠れる男子なんて、あんただけなんだからね……」
そう言いながら、少し頬を突いてみた。このくらいなら全年齢版対象だろう。
頬が柔らかい人はむっつりスケベ、と聞いた事あるが、こいつの頬は別に柔らかくない。なんというか、そういう迷信的な話でもこいつは純真なんだな、と思ってしまう。
そういえば、このバカは今年の夏、海に行きたがっていた。……まぁ、たまにはこいつの要望に応えるくらい良いかも……なんて少し思いながら、冬優子はそのまま寝ている樹貴をチラ見しつつ、心地良く勉強を再開した。
×××
試験終了後。
帰ってきた試験結果は次の通り。
樹貴、平均96点。
冬優子、平均91点。
「なんでよ! 寝てたあんたの方がなんで高得点なの⁉︎」
「冬優子も寝てたじゃん」
「いや、ふゆは寝てな……いや寝てたとしてもイーブンでしょ!」
「だから……地力の差?」
「言ったわねコラ! 次は吠え面かかせてやるから覚悟しなさい!」
「うん、頑張ってね」
「他人事の極み⁉︎ 余裕まんまってこと⁉︎」
やっぱこいつムカつく、と思いながらも、夏休みに突入した。