黛の高校生活は、青い春というよりただただ沼だった。   作:バナハロ

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言い忘れましたが、いろんなゲームの要素が多く出てきます。読んでくださっている方々が知らないゲームも出てくるかもしれませんが、ご了承下さい。


引かなきゃ当たらない。

 さて、学校は土日を挟んで休みになり、月曜日。今日から授業開始だ。

 この前は忘れていたが、水上樹貴とかいう自分の隣の席の男子生徒……奴の弱点を探らないといけない。

 まだバラされてこそないものの、あの男は自分の猫かぶりを知っている数少ない人物。早急に何か秘密を探り、バレたくない秘密の共有によって取引に持ち込まないと危険だ。

 ……ていうか、そもそもあの男の存在自体が危険な気がする。ついこの前は、限りなく癪だが「知り合いとガチャを引く」という初経験の思った以上の楽しさに舞い上がり、大変なテンションになってしまった。あれを人前でやるわけにはいかない。

 ……や、まぁほんとに癪だがほんとに楽しかったわけだが。

 とにかく、そんなわけで授業開始の今日から早速、情報を集める事にした。

 早朝……ホームルームが終わり、授業が始まるまでの時間。冬優子は前の席の前野さんの話をニコニコしながら聞きつつ、時折、視線を隣に移していた。

 

「そういや、今日から授業だけど……お前、ぶっちゃけ勉強とかできるタイプ?」

「超できるよ」

 

 前田に聞かれ、自信たっぷりに頷いて答える樹貴。へぇ、と冬優子は頭の中で感心する。人は見た目によらないものだ。

 

「言ったなお前? 評定平均は?」

「2.9」

「微妙じゃねえか! なんだお前⁉︎」

「いや、今年から頑張るから。わざわざ、金曜日に教科書全部持って帰って、予習したから」

 

教科書は学校初日に、一斉に配られる。普通はみんなそれをロッカーに置いておくのだが、わざわざ持って帰ったらしい。

 それかなり手間だったんじゃないだろうか? 冬優子も思わず呆れてしまった。顔に出さないように。顔に出せば、会話中の前野にバレる。

 

「そりゃ偉いけどお前……ちゃんと教科書持ってきたんだろうな?」

「当たり前じゃん。ていうか、今日なんの科目あったっけ?」

「なんで知らねえんだよ! 何を頼りに教科書持ってきた?」

「時間割持って帰るの忘れたから、全部持ってきた」

「お前すげぇな! まずよく鞄に全部入ったもんだよ!」

 

 それは冬優子も思った。亀仙人の修行にありそうなことをしてのける男だ。

 ……というか、ツッコミきれてる前田もすごい。

 

「でもまぁ、持ってきたんなら平気か。一時間目、英語Ⅰだよ」

「はいはい」

 

 前田が机から教科書を出したのを眺めながら、樹貴も教科書を出し始める。机の上に並んだ教科書は、何故か表紙が違う。

 は? とリアクションが出そうになるのを必死になって堪えた。代わりに、前田が声を漏らす。

 

「はぁ?」

「……あっ、これ一年の教科書だ」

「ブハッ……!」

「プフッ……!」

「おっふ……!」

 

 もう無理だった。冬優子どころか、前田と前野も同時に噴き出す。流石に笑うしかない。

 

「お前っ……ほんと、バカじゃね……!」

「ーっ、ーっ……し、死ぬ……笑い死ぬ……!」

 

 前田と前野が爆笑する中、冬優子は必死に笑いを噛み殺す。大口開けて笑い転げるなんて品がない真似、冬優子がするわけにもいかない。

 本当は全力でからかい倒したいところだが、押さえてフォローに回った。

 

「ふっ……ふひっ、ふふっ……ま、まぁ……まだ、環境変わったばかりだぉんぇ……!」

「笑いながら言われてもフォローになってないぞ、黛」

「っ……だ、誰の所為……じゃない、気にするこぉないよっ……ふぃなかいくんっ……!」

 

 ダメだ……フォローなんて出来そうにない。というか、笑いが止まらないとはこのことか、なんて変に納得さえしそうだ。

 そんな中、ふと何かに気がついたように、前田が「あっ」と声を漏らす。

 

「てことはさ……もしかして、今日持ってきた教科書全部……」

「え? ……あ、ホントだ。全部、去年のだ」

「「あっふぁっふぁっふぁっ!」」

「〜〜〜っ!」

 

 こいつバカだ、と揃いも揃って笑う二人と、なんとか堪える冬優子。こいつホント、自分の素を出させるためにわざと忘れたんじゃないだろうな、と気になってしまう程に堪えるのが苦しかった。

 さて、そうこうしている間に、先生が教室に入ってきた。

 

「全員、いるな? 日直、号令」

 

 その合図で日直の人が声をかけ、全員立ち上がって挨拶する。

 そのまま英語の授業の説明が始まった。これから一年間、どのように授業を進めるか、と評定の付け方。まぁ授業態度3割と試験7割とかそういう話だ。

 試験問題にはリスニングも含まれ、週に一回、外国人の教員が来てくれるらしい。

 ……そんな内容をなんとなく聞きながら、冬優子はメモをする。成績はある程度取らないといけないから。まぁ、去年と一緒なのでメモなんて必要ないかもしれないが「ふゆ」を演じる為だ。

 それと同時に、隣をチラリと見る。話を聞いているのか聞いていないのか分からない様子で黒板を眺めていた。

 しかし、授業初日からスマホゲーをやるほど不真面目ではない様子。意外……でもない。バカっぽいところはよく見ている……というか、まだ三日しか付き合いがないのに目撃し過ぎているが、不真面目なとこを見たわけではないから。

 まぁ、何にしてもこの様子なら、今日は授業やらなさそうだし、隣の男が初日から忘れ物で怒られることもなさそう……なんて考えが、フラグに転じたのかもしれない。

 すると、先生が黒板に書いた説明書きを消した。

 

「じゃ、早速だけど軽く授業みたいなもんをやってみるか。教科書の表紙を開け」

「先生」

「なんだ。えーっと……名前は?」

「教科書忘れました」

「変わった名前だな」

 

 まさかの潔いタイプ! と、冬優子は思わず唖然とする。別に怒られるのが可哀想、とかではないが、わざわざ馬鹿正直に言うこともないだろうに……と、少し呆れてしまう。あと、担任の返しに少し笑いそうになるのを堪えたり。

 

「ていうか、やる気はあるのか? 初日から教科書忘れるなよ」

「すんません。やる気はあります。全科目の教科書は持ってきたので」

「持って来てないじゃん」

「持って来ました。一年の教科書は」

「なんでだよ!」

「間違えました」

「分かってるよ! 答えなくて良いとこは答えんな! というかロッカーに置いとけよ、試験前以外は!」

「家で予習するために持って帰ってました」

「本当にやる気はあった!」

 

 はぁ……と、ため息をついた英語教師。冬優子は必死に笑いを堪える。

 

「まさか、初日でこのセリフを言うことになるとはな……初めて忘れたから大目に見るけど、次はないからな」

「ありがとうございます」

「じゃあ……隣の、笑い堪えてる君」

「はーい♡」

 

 すぐに自分の事と理解し、なんとか返事をする。それと同時に、笑いを堪えていることを見抜かれて「油断した」と少しだけ反省。

 

「悪いけど、教科書見せてあげて」

「分かりましたぁ。よろしくね、水上くん♡」

「あざ」

 

 なんとか取り繕って、机と机をくっつける。内心は少し困った。面倒臭いと思わないでもないから。

 でもまぁ、教員に無駄に反抗して嫌われるのはなんの得にもならないし、ここは受け入れる。

 それに……からかう衝動を発散させるのに良い機会でもある。

 

「……ふふっ、あんた超怒られてたわね?」

「え、あんま怒られてなくなかった?」

「普通の人は、あれだけ長く怒られてたら『超怒られてた』って言うのよ」

「『ちょう』だけに?」

「はぁ? ……あっ」

 

 長、と超、がかかってる、ということか。なんか、痛烈につまらない駄洒落を言ってしまった、と顔が赤くなる。

 

「黛もそういうこと言うんだな。意外」

「そんなつもりで言ったんじゃないから……!」

「大丈夫、面白かったよ」

「〜〜〜っ!」

 

 しばきたい、超フルボッコにしたい……! と、握り拳を浮かべてしまうが、それを抑える。今は授業中だ。

 さて、先生がその早速の授業の内容を告げた。

 

「さて、教科書は開いたな? そこに自己紹介文を英語で描くページがあるな?」

 

 そう言う通り「初めまして」「名前」「出身地」「好きなもの」「よろしくお願いします」の五つを描くページがある。まぁ、最初二つと最後の英文はほぼ確定なので、実質考える必要があるのは二つと見て間違い無いだろう。

 

「そこの英文を考えてノートに書き、隣の席の生徒とお互いに自己紹介しろ。まず……そうだな。5分やるから、それで英文を考えろ」

 

 そのセリフで、各々がとりあえずノートに英文を書き始めた。冬優子もルーズリーフを用意して考え始めた。

 まぁ、この程度の英文は考えるまでもない。本当に授業というより遊び……というか、仲が良いクラスメートを作る為のそれなのではないだろう。

 

「……」

 

 その間も、ちらりと隣を見る。真剣な表情で文字をノートに書いている。

 まぁ、真面目にやっているようで何よりだ。一応、教科書見せてやっているわけだし。

 とりあえず自分も書き終えて、一息つく。こんなの書くのに5分もかからない。

 一方で、隣の男はいまだにカリカリと書いている。何をそんなに長文を書くことがあるのか……というか、自己紹介パートが長くなるから、勘弁して欲しい。

 

「ねぇ、まだ終わらないわけ?」

「よし、出来た」

 

 ちょうど終わったらしい。そのノートには……めっちゃ無駄にリアルなエノキが描いてあった。

 

「何……! ……描いてんのよ……!」

 

 途中でボリュームに気が付いて、それを抑えて続ける。危なかった。周りも少し騒がしくなかったら聞かれていたかもしれない。

 

「え? エノキ」

「なんでそんなもん……人の教科書見ておいて……!」

「ああ、英文ならもう書き終わってるよ」

 

 そう言いながらページを捲ると、確かにアルファベットの文字列がある。

 すぐにページを戻した樹貴は、エノキを自分に見せてきた。

 

「で、どう?」

「……何が?」

「や、エノキ」

「なんて言えば満足なのよ」

「感じたことを感じたままに」

「芸術家気取りか……」

 

 というか、英文書くのに少なくとも30秒は掛かるだろうに……その後の大体、3分30秒〜4分くらいまでの間にここエノキを書き込んだと言うのだろうか? ちょっと意味がわからないまである。

 とはいえ……まぁ、確かに上手くあるし、感想を求められているのなら答えてやっても良いかもしれない。

 

「まぁ……上手いんじゃない?」

「でしょ?」

 

 あ、嬉しそう、と少しだけほっこりする。変な男だが、こういう素直な面を見る限りでは可愛いのかもしれない。

 

「よし、黛が褒めてくれたし、このエノキは『黛エノキ』ってタイトルをつけよう」

 

 前言撤回。一ミリも可愛げなんてない。

 

「やめなさい。……いや、百歩譲ってやめなくても良いけど、それを他人に言うのは……」

「前田、前田。見てこれ、黛エノキ」

「え、なんで黛?」

「う、うふふ、困るなぁ水上くん。ふゆの名前なんてつけたら、エノキさんが可哀想だよ?」

 

 秒の擬態だった。あまりの変わり身の速さに、思わず樹貴が軽く引いてしまう程だ。

 でもそんな事は冬優子は知ったことではないので、笑顔で前田の前から撤退する。

 

「お邪魔してごめんね、前田くん」

「いや、いい。大変だな、黛も」

「そんな事ないよ」

 

 それだけ話して、勉強に戻る。

 

「エノキ冬優子のが良かったか?」

 

 ムカついた。360度あらゆる角度から見えないように手を伸ばした冬優子は、バカのブレザー越しの腰に親指と人差し指を当てる。

 オタクの割には脂肪が少ないが、まぁ若い男は太らない、とよく聞くアレだろう。心底腹立つ。

 が、今はそれはどうでも良い。……なぜなら、今から自分はこの皮膚をブラザー越しに抓るからだ。

 

「ねぇ、黛……いだだだだだ! ま、黛さん⁉︎ 抓ってる、抓ってる!」

「椅子と椅子の間に巻き込んじゃってるだけじゃないかな?」

「もしかして怒ってる⁉︎ すみませんでした、すみませんでした!」

「授業中は静かにしようね?」

「わ、分かりました!」

 

 そんな話を終えた直後、時間になったようで先生がパンパンと手を叩く。

 

「はいはい、じゃあ隣の席の人と自己紹介しろー。終わったら、席を立って良いから他の人ともやってみろ。授業終了5分前になったら号令かけるから、席に戻るように」

 

 先生のその号令で、改めて冬優子は樹貴と向き合って英会話を始める。……ホント、顔立ちは悪くないだけあって少し気恥ずかしくないわけでもないが、とりあえず冬優子は言った。

 

「ふゆからで良い?」

「どうぞ?」

「じゃあ……コホン。Nice to meet you.My name is Fuyuko Mayuzumi」

 

 ノートを見下ろして話し始める。

 いまだに思春期らしく英語を話すのが、なんかおままごとをしている気分で気恥ずかしかったりしないわけでもない冬優子だが、授業でそんな事を思っても仕方ない。

 そのまま出身地……まぁ、割と遠くの市から来てる事を明かしておく。

 

「My hobby is fashion and shopping and sweets」

「ゲームとアニメは?」

「……Because you do not need to say an unnecessary thing. Do you hit him?」

「Sorry……」

 

 殴るよ? と恫喝して黙らせ、最後によろしくと伝えた。しかし、意外と聞き取れるんだ、と思わないでもない。

 さて、次は樹貴の番。別にまともに聞くつもりがあるわけでもないが、こいつが真面目な英語を話すとは思えない。どんなボケが来てもスルーする準備をしていると、樹貴がノートを見ながら口を開いた。

 

「Wie geht es dir. Mein Name ist Tatsuki Minakami」

「待ちなさい! それ英語じゃなくてドイツ語じゃない!」

 

 もうツッコミ入れてしまったが、まさかの言語さえも無視されて驚いてしまう。

 

「ダメ?」

「ダメに決まってんでしょ! てかなんでドイツ語なんて話せるのよ⁉︎ え、まさかさっきの英文……!」

 

 ノートを奪って、さっきチラリとみたアルファベットの文字列を見てみる……が、普通に英語だった。

 

「このまま読み上げなさいよ!」

「いや普通に言っても面白くないかなって思って」

「ていうか、あんたドイツ語できるの?」

「いや? 挨拶だけ」

「どうしてよ」

「黛がすぐにドイツ語って分かったのと同じ理由」

「……」

 

 つまり、ドイツ語に憧れた、ということだろう。元厨二病らしく。冬優子も似たような時期はあった。まぁ、自室で少しそういう格好をするだけに留まり、学校ではその片鱗をかけらも見せなかったわけだが。

 

「……とにかく、英語でやり直しなさい」

「はいはい」

 

 ……元厨二病、と言う情報は得られたが……これでは周りにバラしてはまずい情報にはなり得ないだろう。

 この時間での情報収集は諦めたものの、他の生徒とのやり取りも一応、遠目から眺めておいた。

 

 ×××

 

 さて、次の授業は数学で説明ばかりになり、特に授業は無し。その次は、二時間連続で体育だった。

 本来、男女別れるはずの体育だが、初回は説明と体力テストの為、男女混合。と言っても、男子が50メートル走をやっている間、女子はソフトボール投げをやる……という感じだ。

 これもまた良い機会と言えるだろう。ずっとは見ていられないが、弱点を探すにはもってこいである。

 女子がソフトボール投げをしている間に、冬優子は男子の方を眺めた。

 ちょうど、樹貴の番だ。アキレス腱を伸ばしながら、手足をぷらぷらと振りつつ、一緒に走る前田と何か話している。

 

「……」

 

 ……本当にオタク友達というのは楽しそうで、少し羨ましいと思わないでもない。ああやって自分の趣味を語り合える友達、と言うのは良いものなのだろう。

 そのまま二人は、何やら螺旋丸の練習をし始める。なんというか……今は中学の休み時間? と思ってしまう程だ。

 やがて、ピッと笛の音が鳴り、二人は走り出した。

 

「……お」

 

 意外と速い……いや、まぁ隣の前田の方が速いわけだが。

 すると、樹貴が遠くを指差した。

 

「見て、ソフトクリームみたいな雲!」

「誰が引っかかるか馬鹿!」

 

 全くである。というか、ここまで聞こえてくる声で何をしとるか。……あ、でもホントにソフトクリームみたいではある。

 そのまま二人ともゴールし、樹貴の敗北になった。

 

「ねぇ、あの二人って同中?」

「違うよ。私前田と同中だけど、水上はいなかったし」

「仲良いよね……ていうか、前田くん大変そうだよね」

 

 なんて話している女子の声が耳にまで届いてくる。それは冬優子も思った。去年の教科書を持ってきたこともあって、水上は早くもクラスで有名人になった。

 さて、続いて男子がソフトボール投げで、女子が50メートル走。その次に冬優子はその時でも樹貴から目を離さない。

 ぽんぽん、とバスケットボールでもついているかのように数回、ソフトボールをバウンドさせる。投げ方を「左手は添えるだけ」と勘違いしているのだろうか? 

 さて、その樹貴は、右手にボールを持って軽く振りかぶる。

 

「スペースQ!」

 

 何故ウルトラマン……あの子、年いくつ? と、勘繰ってしまった掛け声だった。

 ボールは……まぁ、可もなく不可もなく? と言った感じ。けどコントロールが終わってる。あれ取りに行く人が可哀想だ。

 その後で、さらに持久走、体育館で反復横跳び、長座体前屈などを済ませていった。

 結局、弱点らしい弱点はない。絵を描いていた割に不器用なようで、精密さが必要な競技は軒並みダメだった。あと身体が硬い。

 まぁ、何にしても……もう少し観察する必要がありそう……なんて思いながら女子専用の更衣室で着替えていると、前野が声を掛けてきた。

 

「ね、ふゆちゃん」

「なぁに?」

「もしかして……水上狙いなん?」

「…………ん?」

 

 は? と素の地声が出そうになるのを必死に抑えた。名前の後に「狙い」がつけば何の話かすぐに分かる。

 つまり……あれを彼氏にしたいと思っていると思われているのだろう。

 

「違うよー? ていうか、どうしてそう思ったのかな?」

「だってずっと見てたじゃん。あの子のこと。今日の午前中の授業中」

「……」

 

 ……確かに。だが、言えない。自分の素をバラされないための取引に使うための、弱点を探していたなんて。

あ、あっ……あのやろ〜〜〜っ、と頭の中で逆恨みに近い感情を出しながらプルプルと握る拳を振るわせる。あの男の顔が頭に浮かび、普通に腹が立った。悪くない顔立ちとチャラチャラした茶髪が苛立ちに拍車をかけている。

 だが、落ち着けばすぐに言い訳は思いつくものだ。笑顔のまま冬優子は答えた。

 

「違うよ。ただ、あんな初日からうっかりをする子だから、怪我しないか心配で見てたんだ♡」

「ホントに〜?」

「ホントだよ」

 

 女子の面倒臭いところだ。3度の飯より恋バナが好きなの、本当に厄介極まりない。と言うか、これ別に自分の本音が知りたいわけじゃなくて、お節介を焼きたいだけなのだろう。もしくは、ヒューヒューとからかいたいだけ。

 どちらにしても、その気がない自分にとっては割と迷惑な話である。表には出さないが。

 

「なーんだ、てっきり高校生活始まって早くもガッツくのかと思ったわー」

「ふゆ、そんなに肉食系じゃないよ?」

 

 そう答えながらも、内心は苛立っていた。ほんと、ヒヤヒヤする。中学ではうまく隠せていたのに……それもこれも、全部あの男にバレた所為だ。

 とりあえず、今日はなるべくあの男と関わらない方が良い、そう踏んで着替え終えたのでウエットティッシュを出した。本当はシャワーを浴びたいくらい疲れているのだが、たかだかタオルでそれは許されないので、これで代用する。

 ついでに髪も梳かして、顔に化粧水だけつけて、汗の匂いが出ないようにスプレーをかけて……などと、色々ケアをしてから教室を出た。

 さて、これから高校生活初のお昼ご飯。前野と一緒に食べられると良いなーと思っているため、一緒に行動した。

 給食はない。当たり前だが。そんな事だけでも少し新鮮な感じがしつつ教室に入ると、男子が騒がしくお昼の用意をし始めていた。一人を除いて。

 

「やべ、弁当忘れた」

「バカだろお前……」

「俺、食堂行くわ」

「いってらー」

 

 なんてやっているのは、夏 樹貴とその後ろの席の前田の二人。片方は教室から出ていった。

 本当に前田にとっては災難なのだろう、こんなバカと入学早々、絡むことになってしまって。

 っと……アホすぎて嫌でも目に入るが、見ないようにしないといけないんだった。さっさと早めに飯にしないと……と、思ったところで忘れていた。

 今日は学食を食べてみたくて、お弁当はやめておいたんだった。……え、てことはつまり……。

 いや、大丈夫。購買でパンだけ買うという手がある。

 

「前野さん、ふゆ購買だから先に食べてて?」

「あーい」

 

 仕方なく、冬優子は教室を出た。とりあえず、食堂に行かなければ夏希と顔を合わせずに済む。

 さて、そんなわけで購買部に向かうと……カウンター前の列で普通に樹貴と目が合った。

 

「あっ、黛」

「どうしてよ……」

 

 なんでいるの……と、思わず額に手を当てる。まさかのブラフだった? 

 

「食堂に行ったんじゃないの?」

「うん。そのつもりだったんだけど、混んでたから購買にすることにした」

「……あっそ」

 

 畜生、と頭の中で舌打ちする。まぁ、でもだからって出て行けとは言えない。

 

「普通に購買に並んでるけど……何があるのかな?」

「知らない。まぁ……大したもんはないでしょ。俺はクロワッサンがあれば良い」

「絶対なさそうだと思うけど……まぁ、定番は焼きそばパンよね」

「えー、あんま美味そうなイメージないわ」

「ふゆも青のり前歯につくから嫌」

 

 となると、と冬優子は顎に手を当てる。まぁ、そもそも何があるのかよく分かっていないわけだが。

 まぁ、適当に選べば良い気もする。どのみち、どれもメチャクチャ美味いわけではないだろうから。

 そんな風に思いながら待機していると、隣の樹貴がスマホを取り出していじり始める。

 

「何してんの?」

「昨日、悔しかったから、FGOの石貯めた。フリクエ回って、育ててない鯖再臨して強化回って、絆上げて幕間見て」

「どんだけよ……」

「今、60連引けるよ」

「どんだけ育ててなかったわけ⁉︎」

「あ、違った。60個だから20連だ」

「……」

 

 だよね、とここは腹を立てることすらなく納得する。

 

「じゃあ、見てて。引くから」

「なんでふゆがあんたのガチャなんて見てないといけないのよ」

「じゃあ良いよ。俺先にライネス引いちゃうから」

「……」

 

 それはそれでムカつく。ライネスのことが好きとかではないが、冬優子も持っていないから。

 

「仕方ないわね……精々、当たらないように祈っててあげる」

「えー、当たるように祈ってよ」

「嫌よ。それによってふゆのメシが美味くなるんだから」

「じゃあ良いよ。俺が当てたら俺のメシが美味くなるし」

 

 それはその通りかもしれない……が、相変わらずこちらの目線に立って切り込んでくる感じに、少しだけ冬優子は乗せられてしまった。

 

「へぇ……言うじゃない。じゃ、もしライネス引いたら、パンご馳走してあげても良いわよ?」

「……言ったな?」

「ええ、言った」

 

 ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべてやる。どうせ当たらない。FGOは、クソガチャで有名だ。まぁ、実際は天井が無いのと、外した際に何も得ることがないからであり、確率は他と変わらない。

 

「そういえば、黛はFGOのガチャ引く時、何してる?」

「は? 何って?」

「色々あるじゃん。強化合成して大成功が出た時とか、フレポで☆4以上が出た後とか」

「……ああ。悪いけど、ふゆはそういうのしないわよ。何したって変わらないと思うし」

「そうなんだ」

 

 嘘である。一回だけ左乳首タッチをしてみたが、その一回を親に見られた挙句、ガチャも外したので、二度と奇行はしなくなった。今にして思えばトラウマである。

 

「やりたいならやったら?」

「いや時間ないし、今はいいや」

「それで外しても吠え面かかないことね」

「うん、多分これ引けないわ」

「は?」

 

 急になんだろうか? 手がF91? と、思わず半眼になる。

 

「いやホント、そもそもFGOの高レアって課金前提みたいなとこあるし。たかだか20連で当てようって言う感情が間違ってるから」

「何? その真逆の言い分……情緒大丈夫?」

「ていうか、なんならライネスとかいらないし。人権になり得ないサポート宝具とか一番使い道がないからね」

 

 ……なんかぶつくさ言いながら、ガチャを引き始めた。こいつ、グダグダ予防線をうるさい。

 もう本当に期待をしていないのか、画面をタップしてスキップさえし始める。が、FGOのガチャはタップしても☆4以上の結果は表示される。

 サークルが回転した。線は三本だった。ん? スキップしたのに三本? と冬優子が思ったのも束の間だった。銀色のライダーの裏面だった。金色に光った。

 

「はいライネスうううううう‼︎」

「はあああああ⁉︎ 一発目から⁉︎」

「いやーちょろいわ。やっぱ大事なのはフラグだわ」

「え、あの薄ら寒い予防線……まさか」

「そう……俺は、フラグを意のままに操る」

「……」

 

 つまり、わざとネガティブな発言を繰り返し、いらないと言って、むしろ「当たったから困る」という感じの空気を作り、それをフラグにして当てたと言うことだろう。

 バカじゃないの? と一蹴したい所だが、結果が出ている。

 

「あんた……気持ち悪いわね」

「ありがとう、最高の褒め言葉だ」

「褒めてないわよ」

「というわけで、パンごっそさん」

「っ……はぁ、仕方ない」

 

 と、話し終えたところで、ちょうどパンを購入する番になったので、二人で購入した。

 しかし……まさか本当に当てるとは。というか、普段からこのバカはそう言う引き方をしているのだろうか? いや、バカじゃないの? は正直変わらないが、それで結果を出しているのだから、変に面白くも思えてしまっている。

 買い物を終えて教室に戻りながら、冬優子はため息をついて声を掛ける。

 

「にしても、最初の10連でほんとよく当てたわね」

「まぁね。その辺がガチャラーの実力だから」

「ガチャラーって何よ」

「分からん」

「変な単語を作って会話しないで。絡みづらい……」

 

 しかし……自分も今日、家でやってみようか? いや、ガチャ石貯まってないし無理だから、やるなら次の機会か。

 そんな話をしながら教室に戻る。

 

「お待たせ、前野さん♡」

「前田ー、食堂混んでたから購買にしたよ」

「ほら戻ってきた」

「ほんとだ。しかもセットで」

 

 二人が一緒に食べているのが見えて、樹貴はキョトンと首を傾げるものの、冬優子は「しまった」と冷や汗を浮かべる。そうだった。なるべくなら、樹貴と話すのは避けないといけなかったのに。

 

「黛にさっきパン奢ってもらっちゃってさー」

 

 しかも、まさかの追い討ちである。よく聞く男子が使う手だ。知り合ったばかりだけど気に入った女子を彼女にするために、お金を使う。事実だけ見れば、それまんまに見えるかもしれない。

 

「……違うからね?」

「「どうだか」」

「も、もー。ほんとにそんなつもりじゃないよ〜」

「何が?」

「水上くんは気にしないで♡」

 

 まずい、と冬優子は冷や汗をかく。ホント、この男のおかげで自分の高校生活が台無しだ。

 この男の口を今すぐにでも塞ぎたい……が、キャラは変えられない。……というか、今日改めて思ったのは、この男に周りに知られたら恥ずかしい秘密とかないのでは? と、いうことだ。

 それなら……いっそ、逆に秘密をバラして絶交したら向こうが困るくらいの親密さになった方が確実かもしれない。幸い、隣の席だし、それも決して難しくない。無論、恋人になる気など毛頭ないが。

 

「さ、それよりお昼にしよ? せっかくだし、四人で食べよっか♡」

「そだな。腹減ったし」

「へー」

「ふーん」

「違うからね?」

「や、だから何が?」

 

 揶揄われ、イライラするのを抑えるのに必死だった。

 

 

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