黛の高校生活は、青い春というよりただただ沼だった。 作:バナハロ
高校生の放課後は、主に2パターンに分かれる。部活があるかないか、だ。
さて、そんなわけで、冬優子は後者のない方。従って、バイトをしていた。外面を作るのが得意な冬優子は、当然ながらバイトの時間中もニコニコと笑顔を浮かべて接客をしている。
オタクというのは、金が掛かるもの。気に入ったアニメの原作とグッズ、欲しいゲームの最新作……などなど、本当に色々だ。
だからこうして自分で稼ぎ、それらに使う。……後は、まぁ今後に備えて貯金もしていたり。何にしても、冬優子は部活よりバイト派だった。
場所はコンビニ。高校生が働ける場所なんてそう多くない。それはそうだろう。深夜21時以降は働けないのだから。
その点、コンビニは夕方勤務と深夜勤務があるので、何にしても夕方勤務は21時までなのだ。
「ふぅ……」
品出しを終えた冬優子は、額の汗を拭う。一年もここにいれば仕事には慣れる。まぁ、高三の5〜6月ごろで辞めるが。
何せ、受験があるから。まだどんな大学に行くかは決めていないが、推薦が取れなかった時の事を考えておいた方が良い。
現在、終業間際。あとはここで品出しをしつつ時間を稼ぎ、さっさと帰って……そこの棚にある一番くじを買う……!
今日発売の、ワンピースの一番くじ。狙いはA賞のルフィでなくB賞のゾロ。二年前のゾロなので、おそらく今後はレアなフィギュアになるし、普通に欲しい。
他のラインナップもロー、エース、サボなので当たりしかない。
そんな風に思っている時だった。ピポピポピポーンとお客さまご来店のベルが鳴る。
「いらっしゃいませ〜♡」
挨拶だけしつつも、内心では舌打ち。残念ながら、今の時間帯、バイトは自分しかいない。あとはオーナーだけだ。
従って、客がレジに並んだら自分が対応するしかないのだ。まぁ別に接客することは面倒なだけで嫌いではないので、別にどうしても来るなーってわけでもない。
「すみませーん」
「はーい♡」
呼ぶ声音が聞こえてきて、応対した。逆に言えば、この客さえクリアすれば終わりだ。
そう思ってレジの向こう側に回ると、客は樹貴だった。
「あれ、黛?」
「……」
なんでここにいんのよ、なんて口から出そうになったのを飲み込む。今は仕事中。そして、裏にはオーナーもいる。
ここで、普段のノリで喋ったら怒られてしまう。よって我慢だ。
「いらっしゃいませ、水上くん」
「わぉ、二人の時にその呼ばれ方、新鮮」
いらんこと言うな、と思いつつも、そのまま尋ねた。
「どのようなご用件でしょうか?」
「ああ、ごめん。一番くじ下さい」
ピシッ、と、冬優子は凍りつく。まさかとは思うが、ワンピースか、ワンピースじゃないだろうな、と。
「……ワンピースの、ですか?」
「そう! サボが欲しい!」
「……」
嫌な予感がする。この前のグラブルのマグナ2的に。自分が欲しいものをことごとく当ててくれやがって……。冬優子がアビスストライカー(ゴミ)で、樹貴がアビススパイン(神)を落とした時は血管が切れそうになった。
「水上くん、今日はこのあと暇?」
「え? まぁ、ちょうどバイト終わったとこだし」
こいつもバイトしてるのか、と思いつつも、冬優子はにこにこ笑顔を絶やさない。オーナーに「ナンパしてる」と思われないうちに続けた。
「じゃあ、良かったら一番くじ、一緒に買わない? あと5分で終わるから」
「え、良いけど……なんで?」
「なんでも」
「分かったよ。じゃあ……イートインで待ってるから、コーヒーで」
「かしこまりましたぁ♡」
さらっと売り上げに貢献できたことにホッとしつつ、とりあえず終業まで待った。
すると、店の奥からオーナーが顔を出す。自分の方を意外そうに見るなり、ニヤリとほくそ笑んで聞いてきた。
「何今の、彼氏?」
「……違いますよ〜?」
「えー、嘘だぁ。超仲良さそうだったじゃん」
「……」
やはり許さん、あの男、と後でぶっ飛ばすことを決意した。
×××
「あ、来た。お疲れ様〜」
「ありがとう♡」
深夜勤務の人と切り替わった上に、まだお客さんは店内に自分達しかいない。だから、擬態は外せなかった。
「ていうか、ここで働いてたんだ」
「うん♡ ここによく来てたの?」
「結構きてた。もしかしたら、前から割とすれ違ってたかもなー」
「そうなんだ」
バイト先変えようか、なんて思ったのは内緒である。そんな風に少し油断した時だった。
「それより、黛ってコンビニの制服似合うな」
「……え?」
褒め言葉、だろうか? いや、コンビニの制服似合うって褒め言葉か? でも……別に変な制服じゃないし、別に貶されてはない……いや、しかし……樹貴がほめた? と、少し呆けてしまう。
「そ、そう?」
「うん。将来、華々しいテレビデビューを目指して日々、頑張るアイドルみたい」
「バカにしてる?」
「え、そんなことないけど?」
「そもそも、ふゆにアイドルなんて合わないよ〜」
この野郎、本当に余計なことばかり、と少しイラっとする。
「それより、早く一番くじ買おう?」
「だな。誰狙い?」
「海賊狩り」
「何発?」
「最大10発までかな」
つまり、6900円使う覚悟はある。流石に高校生にそれ以上払う度胸はないが、当たらなかったら諦めよう、という覚悟もある。
「とりあえず、5枚で刻むわ」
「じゃ、俺もそうしよ」
そう言って、二人でくじを引く。
「5回、お願いしまーす♡」
「あれ、冬優子ちゃんワンピース好きなの?」
「親戚の子がクリアファイルを欲しがってたんです」
「へぇ〜、相変わらず優しいね」
「そんな事ないですよぉ♡」
「うん、まぁドロップアイテム落ちなかっただけで八つ当たりしてくるから優しくはないかな(小声)」
「あ、水上くん。蚊」
「ぐぇっ! この時期に、しかもボディに⁉︎」
拳を鳩尾に叩き込んでから支払いを終えて、くじを引いた。次に余計なこと言ったら、今度は脛にモスキートの幻覚を見よう、とか考えながら、一枚ずつ引いて剥がしていく。
すると、B賞の文字が出た。直後、マズイと思った冬優子は無言でコンビニの出口へ歩いた。
「黛?」
声を掛けられるも、無視。そのままコンビニを出ると、レジからは見えない駐輪場まで歩き、そして思いっきりガッツポーズをした。
「よっしゃああああああああああああああ‼︎」
そこには、みんなに好かれる「ふゆ」などかけらも無く、決定的瞬間にボレーシュートを決めたサッカー選手のような歓喜が出ていた。
×××
「……ホント面白い子っすよね」
「はい。見ていて飽きない子です」
その様子を、入り口から眺める店員と樹貴は、二人して同じ感想を漏らした。
「ていうか、店員さんも黛の素顔知ってるんですね」
「本人はバレてないと思ってるけど、二ヶ月くらい前に、キングプロテア引いて本気のガッツポーズしてるとこ見ちゃいまして」
「なるほど」
それは面白すぎる……と、内心で少し笑ってしまう。
「でも、君は知ってるんだね?」
「はい。俺も似たようなもんです。俺の場合は黛も知られてること知ってるんで」
「へぇ、それは良かった」
「え、何がですか? お陰でさっき腹パンされましたが?」
「冬優子ちゃんも、そういう感じの子が周りにいて良かったなって」
「なんか知ってるんですか? あそこまで猫被る事情みたいなの」
「ああ、何も。……ただ、何か事情はあるんでしょう」
それは樹貴も思っていた。……が、別にそんなのどうでも良い。なんにしても、猫をかぶると言うのは他人に愛想よく振る舞うということだ。要するに、他人に好かれるための努力。少なくとも、それが出来ないしする気も起きない自分なんかより、よほどマシだ。
「ま、その辺はどうでも良いんで。オタク友達としちゃやるゲーム被りまくってて楽しいですし」
「そうですか」
「……あ、そろそろ戻ってくる」
「我々も戻りましょう。一番くじ、何回やります?」
「5で」
「はいはい」
それだけ話してくじを引きに行った。
×××
ゾロのフィギュアを飾った冬優子は、ご機嫌なまま樹貴に家の近くまで送ってもらっていた。まさか、半分でフィギュアが出るとは思わなんだ。
しかし、カッコ良い。あの隆々たる筋肉、堂々たる眼力、唯一無二の三刀流……この男、フィギュア越しに覇王色を使っているのでは? なんて思ってしまうほどだ。
「いやー、最高ね。海賊狩り!」
「良かったね」
「ええ、まさか予定の半分も使わないで当てられるなんて……最高よ。これも、普段の行いが良いおかげね」
「じゃあなんで俺は当たらなかったんだろう」
「それは、勿論日頃の行いが悪いからでしょ〜」
ご機嫌で煽る。というか、この男は日頃の行いが良いとでも思っているのか。基本、猫を被っているとはいえ、出会ってまだ数日でここまでガンガン言える相手は、少なくとも冬優子は初めてである。
なんか……初対面だからって遠慮するのがバカらしくなる相手だ。
「ていうか、ゾロ好きなの?」
「嫌いな人いないでしょ、ゾロは。ていうか、ワンピースの味方キャラ一人でも嫌いな人いるなら、そいつ少年漫画読むの向いてないわよ」
「あーそれは分かるかも」
中学の時、別に仲良くもない同じクラスのにわかワンピースオタクがよく「俺、麦わらの一味好きじゃねーわ」とか話しているのを聞くたびに思ったが、その気持ちが冬優子には分からなかった。
何せ、麦わらの一味ほどストーリーが深掘りされているキャラはいないから。ワンピースは長い、とか言われることもあるが、長いからこそキャラクターに感情移入しやすいものだ。
「すごいよなぁ。子供の頃の親友との夢を果たす為に、あんなに頑張れるなんて」
「そうね。ふゆ、他の漫画やアニメだとダークなキャラが好きなんだけど、ワンピースはゾロが好きなのよね」
「飛ぶ斬撃を、見たことはあるか?」
「あんたの無機質な声でモノマネしないで、似てない」
「え、俺の声ってそんなに感情ないように聞こえる……?」
残念ながら、割と感情的なとこは見たことがない。あまり表情も変わっているようには感じない。だから腹立つし、ムカつく事も多かったりするわけだが。
「あんたって、基本ポーカーフェイスよね」
「そうかな……」
「もっと感情を出しなさい。じゃないと、一番くじ当たらないわよ」
「え、何言ってんの?」
いや、自分でも何言ってるかわからなかったが、とにかく冬優子はテンションが高かった。
鼻歌さえ歌い出しそうな様子で歩いていた冬優子は、そこでふと思いだした。
「そうだ、水上。あんた映画とか見る?」
「ん? 見るよ。映画好き、と言うより、決まったシリーズものしか見ないけど」
「どんなの?」
「マーベルとか、ジャンプアニメの映画とか……ああ、あとたまにシンゴジラとか」
「じゃ、問題ないわね。スタンピード、見に行かない?」
「え?」
スタンピード……つまり、ワンピースの映画。海賊王の元クルーが出るらしい。今までは冬優子はアニメ映画に限っては、一人で行って感想は全部、SNSに流して満足していたが、見終えた後に感想を語り合えるかもしれない。
それは、オタクを隠している自分の数少ない不満ポイントが、映画の感想である。アニメ映画以外の映画は友達よく行っていたので感想を語り合っていた。
けど、冬優子的に一番語り合いたいのはアニメ映画だった。「あのキャラ良かったよねー」とか「あそこ、地味に笑ったよねー」とか、そういうのを話したいのだ。
勿論、アベンジャーズなどを友達と見に行った時、そういう語りが出来なかったわけでもないが、そもそもオタクと一般人で、映画を見るポイントが明らかに違うのだ。
だから、オタクと一緒に映画を見たい……と、思ってテンションのままに誘ってみたのだが……意外と、少し困った表情を浮かべられてしまった。
「あー……い、良いけど」
そこで、冬優子もハッとする。自分は思いのままに何を誘っているのか。男子と二人で映画……どう考えても面食らうのは当たり前だ。
「ごめん、忘れて……」
「いや、ごめん。ほんと行くの早いよ」
「いや、流石に今のはふゆが悪いわ。……まぁ、公開日は8月だし、それまでお互いに行く相手が決まらなかったら行きましょう?」
こう言っておけば問題ない。何せ、樹貴にはもう一人、前田というオタク友達がいる。ならば、わざわざ冬優子と行くことはないだろう。
とりあえず、話を逸らしておくことにした。
「そうだ、ちなみにあんた、彼女とか出来たことあるわけ?」
「うん、あるよ」
「へぇ、てことは別れたんだ?」
「まぁね。一ヶ月くらい前に」
「ぶふぉっ!」
ヤバい、と冬優子は吹き出した。いてもおかしくない見た目ではあるが、まさかそんな最近まで付き合っていたとは。
「あー……なんかごめん」
「気にしないで良いから」
もしかしたら、さっき映画に少し困った反応を見せたのも、そういう事情があって、少し異性と距離を置きたかったからなのかもしれない。
なんて少し冬優子が自己嫌悪していると、すぐに樹貴が聞いてきた。
「てか、黛は彼女いたことあんの?」
「あんたにはふゆがそっちの人に見えるっての⁉︎」
そこは彼氏でしょうが! と、食いかかる冬優子に、さらに樹貴は畳み掛ける。
「じゃあ妻」
「是が非でもふゆを同性愛者にするつもりかあんたは⁉︎」
「でも、嫁はいるでしょ?」
「それは! ……いる」
などと、いつの間にかいつもの様子で語っていると、家がある通り近くまできた。と言うか、今更ながら付き合ってもいない男の子に送ってもらってしまったことを思い出してしまった。
「もうこの辺で良いわ」
「あそう。じゃ、またな」
「ええ」
そう返して、背中を向けて帰宅し始める。彼女がいて、それにフラれたばかりだったんだ……と、今までの自分の言動を反省する。冬優子には恋人がいたことがないから分からないが、想像はしてみる。
もし、自分が彼氏にフラれたら、しばらく異性とは距離を置きたいと思うはず。フラれた理由にもよるが、今までその男と作ってきた思い出が、おそらく茶番に感じられるだろうから。
考えてみれば、いくら趣味が合って素を吐き出せる相手と言っても、知り合ってまだ一ヶ月。そんな相手に、自分はどこか甘えていたのかもしれない。自分のような女が、誰かに好かれることなど無いのに。
……明日からはなるべく、もう少し距離感を保って……と、思っている時だった。
「黛ー!」
後ろから声をかけられる。振り返ると、相変わらず読めない表情の樹貴が立っていた。
「俺、本当に映画、黛と一緒でも良いから」
「……は?」
「だから、行ける日あったら言って。待ってるから」
「……」
この、変なところでの鋭さ……これは、確かに彼女がいた男ならではの嗅覚かもしれない。気を遣っているのか、それとも本気で言っているのかは分からないが……そこまで言われて突っぱねるのは、彼にも悪いかもしれない。
クスッと微笑みながら、あくまで冬優子らしく言い返しておいた。
「そういうのは、男子が決めて誘いなさいよー!」
「……はいよー」
それだけ話して、今度こそ手を振って別れた。少し、映画に行く日が楽しみになりながらも、冬優子は通りを曲がると……母親が出てきていた。にこにこした笑顔で。
「げっ……お母さん……!」
「冬優子ちゃん……いつのまにか、青春してたのね……!」
「違うわよ! あいつはただの……!」
「あいつとか言っちゃう仲なんだ〜。……どういう関係?」
「ち、違うってば! ただのクラスメート!」
「でも、こんな夜遅くに送ってくれたんでしょ?」
「そ、それはっ……!」
そうだ、そもそもなんでわざわざ送ってもらってしまったのか……ワンピースについて語りた過ぎてそこに疑問を持たなかった。
いや……ってことは、自分は基本的に夜遅くなったら、女の子は男の子に送ってもらうものだと当たり前のように思っているお姫様体質な性格なのか……と、自己嫌悪は悪い方に広がってしまっていた。
「ああああ! 死にたいいいい!」
「夜遅いから大声はやめなさい。近所迷惑」
頭を抱えて真っ赤な顔を隠す。なんで自分がこんな辱めを……! と、そもそも自爆であることも忘れて奥歯を噛み締める。
で、まぁその矛先は馬鹿に向くわけで。そもそも送ってくれなければこんなことにはならなかった的な感じである。
「……水上樹貴ぃ……!」
奥歯を噛み締めて、明日また文句言ってやる、と心に決めた。
×××
冬優子は電車登校。あまり混む電車ではないので、基本的に座れる事が多い。今日も、のんびりと席に座って揺られていた。
そんな中、乗り込んできたのは樹貴。駅が近い、とは思っていたが、隣だとは思わなかった。
向こうもこちらに気づいたようで、こちらに歩いてきたので、軽く手を振って返す。
「おはよう」
「おはよ。初めて被ったな、電車」
「そうね。明日から時間ズラすわ」
「ひでーな」
流石に毎日一緒に登校すれば変な噂が広がる。今日みたいに偶然、出会ったのなら仕方ないが。
「ていうか、昨日はよくもやってくれたわね」
「何が?」
「あんたがふゆを送ってくれたおかげで、お母さんに見つかって大変だったのよ!」
「え、送っちゃいけなかったの? だいぶ遅い時間だったのに」
「……ごめん、なんでもない!」
そうだった、文句が言える立場ではなかった。少し悔しげに奥歯を噛み締めてそっぽを向く。
……というか、今更ながら昨日の彼女の地雷に関しては本当に何も気にしていない様子だ。
「それよりさ、黛。ジャンプ好きって聞いた時から気になってたんだけどさ」
「何?」
「これ好き?」
言いながら鞄から出されたのは、チェンソーマンの単行本だった。少年誌とは思えないグロテスクさと下ネタがふんだんに含まれた少年漫画である。
全く、さすがに自分をなんだと思っているのか。仮にも女の子の自分に対し、あまりにも品がない漫画を薦めるとは。
「あんた、ふゆをなんだと思ってるわけ?」
「じゃあ嫌い?」
「は? 好き」
「なんでキレ気味なのん?」
好きと認めるのが少し癪だからだ。まぁ、別に今更目の前の男相手に取り繕うつもりもないが。
「面白いわよね、チェンソーマン」
「だよな。いやー、語れる人いないから探してたんだよね。ドクターストーン、呪術廻戦、少し前だと鬼滅も、アニメ化するまでみんな見向きもしないからさぁ。結構、他の奴に薦めたりするんだけど、誰も『時間あったら見るわー』って言うだけなんだよね」
「そういうもの?」
「……あ、そっか。黛って他人にアニメとか薦めないもんな」
それはそう。まぁ薦める相手を作れない、というだけなのだが、確かにそう言う経験がない。てっきりオタク友達ならそういうのはすぐに共有できるものだと思っていたが。
「他人にアニメ薦めるとかやめた方が良いよ。すでに趣味が合う人と話した方が楽しい」
「あんたの周りは誰も見なかったってだけでしょ?」
「そうかもね」
「……」
こいつ……本当は少し愚痴りたい癖に、自分から語ることはしないらしい。まぁ確かに実際のところ、愚痴なんて聞きたくないわけだが……けど、昨日送ってもらったのに文句を言ってしまった詫びだ。聞くだけ聞いてやることにした。
「何かあったんでしょ? 後学のために聞かせてくれる?」
「……」
すると、樹貴は少し躊躇った後に、愚痴り始めた。
「まぁ……中学の時、仲良い奴がいたんだけどさ、お互いに漫画とかラノベを薦めたりしてて」
「仲良い人とかいたのね、あんたにも」
「どういう意味だよ」
「なんでもなーい」
少し茶々を入れてから、あらためて聞き始める。
「で?」
「俺は結構、薦められた物は見てたんだけど、向こうは絶対見ないの。原作貸しても『機会があれば見る』とか『時間がない』とか言い訳繰り返して。だから全然、語り合えねーの。向こうが進めた奴の語りはすごく語り合えるのに」
なるほど、と思いつつも、冬優子も余り興味ないジャンルのアニメや漫画を薦められたら見ないかもしれない。
……でも、時間がないのに向こうはこっちに薦めようと思える作品を薦めて来るあたり、少なくとも嘘はモロバレしている。それは冬優子も腹立つかもしれない。
「まぁでもそれは極端な話、個人の自由なんだけどさ、でも俺が薦めた奴がアニメ化した時は絶対に見るんだよな。で、俺がいない所で、別のアニメオタクの友達と『この原作知ってるけど絶対、アニメ化すると思ってたわー』とか抜かしてんの見えて。テメェ見てないアニメ他人に薦めてんじゃねーよって。しかもアニメが終わってから、貸した原作読んでから返してきて『超面白かったわ』って、テメェその頃には俺もう次の次くらいの章まで進んでるっつーの」
「……」
珍しく荒ぶっているが、残念ながら気持ちはわかる。
要するに、オタクだろうとなんだろうと人間は人間なのだ。流行のものにしか食いつかない、他の人が好きなものは自分も好き、本当に機会があれば嗜む、その機会が何年がだろうと……などなど。
意外と、オタク友達というのも楽じゃないのかも……と、冬優子は少しため息をついてしまうと同時に、少し気になったことを聞いてみた。
「じゃあ、なんでふゆにはチェンソーマン薦めようと思ったの?」
当然、冬優子がその漫画を読んでいなかった可能性も考慮しているはずだ。
その問いに対し、樹貴はキョトンとした顔のまま答えた。
「別に薦めようとは思ってないよ。読んでなかったら『じゃあ良いや』って鞄にしまってた」
「……ふーん」
そりゃそうなるか、と対して意外そうに思うこともなく納得する。
しかし、だとすると……薦められた作品ばかりの語りはしていたのかもしれないが、自分が好きな本当に語りたい作品を語ったことはないのかも……と、少し同情してしまう。何せ、好きなものを語れないことにおいて、自分の右に出る者はいないから。
……ま、昨日送ってもらった恩もあるし、と言い訳臭く思いながら、コホンと咳払いした。
「じゃ、今後はふゆにおすすめの漫画やアニメ、教えなさい?」
「えっ、話の流れ追えてた?」
「どんな聞き返し方してんのよ腹立つ!」
なんだ「追えてた?」って! バカにしすぎでしょう今のは! と、頭の中で拳をギュッと握る。
せっかくこっちが気を利かせてるのにホントそういうとこ〜! っと、奥歯を噛み締めながらも、とりあえず続けて言った。
「ふゆは、あんたから薦められた漫画もアニメもラノベも全部読むわ。だから、おすすめがあったら遠慮せず言いなさい」
「いや、好きなジャンルが完全に一致してるわけじゃないだろうし……」
「その代わり」
「聞いてる?」
「ふゆの素、絶対に誰にもバラさないでよね」
我ながら、完璧な流れ……! と、冬優子は薄い胸を張った。そう、逆転の発想だ。弱みの共有ではなく、メリットの提示……! それに、冬優子も薦められた漫画を読むのは正直、憧れではあったし、デメリットは実質ない。
……と、思ったのに。目の前の男は心底、不思議そうな顔で小首を捻る。
「いや、そんな約束なくても別に誰も言わんぞ?」
「っ……じ、じゃあ何⁉︎ あんたはふゆと漫画の語りとかしたくないわけ⁉︎」
「そうじゃないけど……」
少し、樹貴は考え込むように腕を組む。どうしたものか考えているのだろう……が、すぐに樹貴は頷いた。
「……ま、いっか。じゃあ、明日から」
「言っとくけど、読みはするけどつまらなかったらつまらないって言うわよ」
「ん、おお。まぁ合う合わないはあるだろうし」
「はい、決まり」
とりあえず取引が完了した事に、満足げに頷いて、冬優子はそのまま学校に向かった。