黛の高校生活は、青い春というよりただただ沼だった。 作:バナハロ
ゴールデンウイークも中旬、バイト前に自分のベッドで漫画を読んでいた冬優子は、それを閉じる。最終巻だったからだ。
「……ムカつく」
何がムカつくって、普通に面白かったからだ。一度、アニメ化と実写化をした漫画だが、最後まで読んだことがなかったので、この機会に読んでみたわけだが……今の所、樹貴が貸してくれた漫画にハズレはない。全部、面白かった。
それが、なんかムカつく。正直、一つくらい面白くない漫画があればクソミソに言ってやろうと思っていたのだが、どうもそれは叶いそうにない。
まぁ、面白い漫画に巡り会えたのだから、文句は言えないのだが……なんにしても、とりあえず今日はそろそろバイトの時間。キリも良いしここまでだ。
そう思ってベッドから降りたところで、ふと気がついた。そういえば……返す時どうしよう、と。
いや、それは勿論、一日で全部返さずに分割して持っていけば良いのだろうが、隣の駅の街に住んでいると分かった今、なんかわざわざ学校に持って行くのも面倒な気がしてきた。可能ならば、ゴールデンウィーク中に返してしまいたい。
「……でもなぁ」
それはそれで難しい気がする。何せ、まだ連絡先も交換していないし。
とりあえず、何かバイト中にでも考えようと思い、とりあえず準備をし始めた。
流石にまだ高校生。化粧などはしないが、化粧水をつけたり、髪を整えたり、まつ毛が上を向くようにしたり……と、年相応のケアだけして家を出た。
バイト先は家の近くにしたので、10分と経たずに到着した。
そこから先は、いつものようにのんびりと勤務。夕方のみなので、一日に4〜5時間だけだが、高校生にとってはそれだけでそこそこ稼げるのだ。
しばらく、接客して品出しして掃除してキャッシュカウントしてフライヤーフードの調理をして……と、いろいろやることをこなし、なんやかんやでもうあと10分で終業時間となった。
「ふぅ……」
結局、どうするか何も思いつかなかった。やはり、学校に持って行くしかない。連絡先を交換しなかったのは痛手だったかも……と、思う反面、あの男に連絡先を交換してもらうのは割と普通にプライドが許さない感じある。
特に、中期休暇の後に連絡先を交換とか「なんか寂しかったから交換して」と思われる気がしてならない。
「……はぁ、なんか面倒ね……」
いや、漫画を返してもらうのにそこまで難しく考えることもない。冬優子の家は駅まで近いし、少し時間をもらうことになるかもしれないが、学校帰りに改札の前で待ってもらって、そこまで漫画を持っていけば良いかもしれない。流石に何度も電車賃を払ってもらうのは申し訳ないから。
そんな風に思っている時だった。冬優子のコンビニの自動ドアが入店音と共に開く。
「いらっしゃ……いませ〜」
「あれ、またいる。何その抑揚?」
「どうかしたの? 水上くん」
「いや、カップ麺買いに来た」
「そうなんだー。でも……こんな時間に?」
「いや、ゲーセン行ってた帰りなんだよね。晩飯買うの面倒になったから」
それだけ話して、カップ麺が売ってる方に歩いて行く。家で親御さんとか作ってくれていないのだろうか?
思えば、彼に対してはツッコミとガチャ対決に夢中で、あんまり家の事とか知らない。
いや、そんな事よりも、良い機会だ。また少し待ってもらって漫画を少し持って帰ってもらおう。
しばらくレジの奥で待機していると、樹貴がレジにやってきた。大量のカップ麺を抱えて。
「いらっしゃ……え、何よそれ?」
「カップ麺。晩飯」
「……は?」
いや、いやいやいや、それ全部、飯って……や、たまにカップ麺食べるのは分かるけど、その量はどう考えても毎日食べるために買っているような……いや、分からない。数年前も大きな地震があったし、そのための保存食にしているのかもしれない。
「非常食かな? ちゃんと緊急時の対策してるんだね」
「あー、そういや地震とかになったら怖いからな。もう少し買おうか……」
「冗談だからやめて?」
少し心配になった。食生活が……でも、家庭的な問題かもしれないし、下手に第三者である自分が絡むわけにもいかない。
というか、それより話がある。
「あんた、この後暇?」
「暇だけど……なんで?」
「漫画、一部読み終えたから持って帰ってもらおうと思ったんだけど……良いかな?」
「良いよ。じゃあカップ麺減らそう」
「あ、うん」
一度、売り場に戻って棚にいくつか戻してから、レジに再び並んだ。
「1500円です。……それでも、1500円分買っていくんだね?」
「一々、何度も買いに行くの面倒だし」
ざっと見て10個くらい……大きな袋二つ分。こんな光景、アニメに出てくる天才ハッカーの部屋の隅で山積みにされている袋の中でしか見たことがない。
「ちょうど、ですね。お預かりいたします。レシートのお返しです」
「どうも。じゃあ、イートインで待ってる」
「あっ、ふゆの都合で待たせてるわけだし、コーヒー奢らせてくれない?」
「サンキュー」
コーヒーを追加して淹れてあげて、待っててもらった。
×××
さて、改めて樹貴と合流し、自宅に向かう。
……改めて、少しだけカップ麺を持つ樹貴の袋を見る。気になる。親からは「若いうちからちゃんと食生活はしっかりしないとダメ」と言われているので、こんな真逆の食生活を見せられると気になる。
自分で元ゴールキーパーと言っていたし、確かに身体はそれなりに出来ているから、食べるものくらいしっかりしているのだと思っていたが……。
それとなく、聞いても良いだろうか?
「……早死にするわね、あんた」
「? ……ああ、これ? 別に良いよ。長生きが偉いわけでも得なわけでもないし」
「何それ?」
「適当に言ってるだけ。気にしないで」
「はぁ……あんたねぇ、少しはまともなレスポンス出来ないわけ?」
「それより、漫画どうだった? てか何から読んだ?」
「……」
流石にわかった。これ、話逸らそうとしてる、と。でもまぁ、聞いて欲しくないことを無理して聞くことないし、冬優子はため息をついて答えた。
「面白かったわよ。読み終わったのは亜人、ひなまつり、とある偶像の一方通行さま」
「先に映像化してるやつから見たんだ」
「まぁね。特に、亜人はヤバかったわ。超好み。これこの先どうなるの?」
「いや知らんよ。俺も単行本派だし」
「なんかこう……頭良い系主人公ってたくさんいるけど、永井圭くらいがちょうど良いわよね。専門外の知識もちゃんとあって、医者志望なだけあって人の生死に関わる事例はちゃんと頭に入れてて、戦いのことに関してはまだまだ未熟だから、何処か穴があって……」
「だろ? 俺も好きなんだよね。なんかほら、コナンとかわけわかんない知識も豊富じゃない。その割に、ソムリエのダストパンとか知らなかったし」
コナンの二作目の映画を見て、冬優子も「ん?」と思った。え、お前がそれくらい知らんわけないでしょ、と。
「あと……中野? だっけ? あの子の無鉄砲さもリアルよね。いるもの、A○EXとかでも突撃バカ」
「それな。でもちゃんと身体は永井より出来てるから役に立つとこもあるしな。ほら、IBM倒してたじゃん?」
「ええ。あそこ良かった」
そんな呑気な話を話しながら、帰り道を歩く。やはり、オタク友達とこうして語り合うのは楽しいものだ。
「でも、本当に読んでてくれて良かったよ。こんな風に誰かと亜人について語れると思ってなかったから」
「だから言ったでしょ? ふゆはちゃんと読むって」
「……うん。良い奴だな、お前」
「うるさい。あんたはもう少し良い人になりなさい」
全く、アホだ。
さて、そうこうしているうちに、冬優子の家に到着した。
「じゃあ、待ってなさい。漫画、持ってくるから」
「んー」
そのまま冬優子は樹貴に漫画を返すために家の中に入った。
すると、母親が自分に気付いて顔を出してくれる。
「お帰りなさい、冬優子ちゃん。晩御飯食べるでしょ?」
「うん。でも今、水上に漫画を返すから待ってて」
「あら、水上くん来てるの? ご挨拶を……」
「しなくて良い」
すぐにばっさりと切り捨て、冬優子は漫画を紙袋に詰める。と言うか、急がねば。母親に樹貴を会わせたら、その時点で何をされるか分からない。いや、それ以前に……袋いっぱいに入ったカップ麺なんて、樹貴も冬優子の母親になんて見られたくないだろう。
階段から降りて、足早に冬優子は玄関を開けた。
「はい。ありがとね」
「どうも。他の漫画の感想、また今度聞かせて」
「はいはい。……ああ、そうだ。他の漫画なんだけど、次からどう返せば良い?」
「あ〜……いや、しばらく黛が持ってても良いよ」
「はぁ?」
返したばかりなのに、急にどうしたのか。
「どういうことよ?」
「邪魔だったらもらうけど……うちに置いとくと、たまに親父が勝手に売っぱらったりする事もあるから」
「……す、すごい真似する親なのね……」
普通にドン引きである。あまり、家族仲は良くないのだろうか?
なんにしても、それなら自分が漫画本を預かるのも良いかもしれない。ちょうど、特に亜人に関しては読み返したいところが結構あったし。
「ま、そういうことなら預かっといてあげる」
「サンキュ。まぁ邪魔になったり、もう読まねえわってなったら言って。いつでも引き取るから」
「はいはい。じゃあ、しばらく借りるわね」
それだけ話して、漫画本は結局、渡すのを控えた。……一瞬だけ、実質あげると言われた気がしたが、それは違うと首を横に振るう。
「じゃあ、またな」
「はいはい」
大量のカップ麺を持ったまま、樹貴は帰宅していった。
×××
「え、嘘……」
翌日、ゴールデンウィーク唯一の休日、冬優子は重大なミスに気がついた。
「名探偵ピカチュウ……今日公開なの?」
失敗も失敗、大失態である。映画は公開日、または公開から一番近い土曜日に見たい冬優子は、すぐにベッドから飛び上がった。
現在、11時。普段の冬優子に比べるとだいぶ遅い時間の起床だが、それがまずい。ポケモンの実写映画なんて絶対に日本では絶対に失敗するであろう映画だが、海外なら分からない。
従って……少なくとも初日は人気になる要素しかない映画は、午前中のうちに席の予約をしないと見れるはずがない。
「出ないと!」
慌てて飛び起きて、冬優子は身支度を始めた。いくら急いでいても、ちゃんと女の子としての身だしなみは整える。
出発まで45分かかってしまったわけだが、変な格好のまま出掛けるくらいなら諦めたほうがマシだ。
さて、大急ぎで近くの映画館に向かう。発券機の前で、空いてる席を確認すると、さすがはゴールデンウィーク。一番早くて17:30〜のものしかない。
頭の中で冷静に計算する。おそらく、CM込みで二時間半かかる映画。つまり、終わった頃の時刻は20時前後。21時以降の食事は太るが、それまでには余裕で間に合う……!
「……けど、外で食べるしかないわね」
何せ、うちから駅までが10分。そこから20分、電車に乗って映画館がある駅に向かい、その駅から映画館までも15分ほど歩く……つまり、片道45分。
仮に家に着いた途端に食べ始めたとしても、15分で食べ終えなければならないし、その他、予想外にかかる時間を考慮するととても間に合わない。
……でも、一人で外食って……中々ハードル高い。クラスメートに見られたら最悪だ。
「……ま、適当に富○そばあたりで済ませればいっか」
そこに晩飯で来る人はいないだろう。まぁ、外で食べるのなら、先に親に連絡しておかないといけない。
……あ、ていうか、映画の時間までどうしよう、と冬優子は困った。時計を見ると、まだ4時間以上も時間は空いている。
「……」
なるべくならお金は使いたくない……が、お金を使わない暇つぶしなんて図書館くらいしか思いつかない。大人になればなるほど、時間潰しにお金がかかると言うのは少し子供心を忘れてしまったのかもしれない、なんて少し思ってしまったり。
「ゲーセン……いや、あれも時間かかるほどお金かかるし……カラオケ? いや、一人で行っても……」
どうしたものか、と映画館で一人、右往左往している時だった。
「ふぅ、ようやく昼か……」
そんな声と同時に、財布の中を覗きながら歩いている少年が目に入った。あのエプロンを着ている感じ、映画館でバイト中だろうか? なんにしても、ちょうど良い。
ニヤリと笑った冬優子は手を伸ばした。
「ちょっとあんた」
「黛そっくりの声……不審者?」
「どうしてよ! どう言う意味よ! 殺すわよ⁉︎」
ちょっと高圧的に行こうと思ってたのに、相変わらず先手を打って失礼をぶちかましてくる男である。
「ごめんごめん。なんでいるの?」
「映画見に来たからだけど、ちょっとあんた暇?」
「や、バイトのお昼休憩だから暇ではない」
「バイトは何時までよ?」
「14」
「なら、その後、付き合いなさい。映画、17時半からのにしたから暇なのよ」
「良いよ」
よっしゃ、と冬優子は内心でほくそ笑む。いつも振り回されている礼だ。今日は精々、振り回してやる。
そんな冬優子の気も知らず、樹貴は平気な顔で提案してくる。
「てか、せっかくだし昼も一緒に食わん? 下の階にマックあるし」
「良いわよ」
たまにはマックも良いだろう。特に冬優子はビッグマックが大好きである。誰にも言えないが。
「ていうか、随分と遅い時間のにしたんだね」
「寝坊したから夕方からのしか空いてなかったのよ。まったく……ふゆとしたことが」
「それ疲れてたんじゃないの? どうせゴールデンウィークは稼ぎ時とか言ってたくさんシフト入れてたんでしょ」
「るっさいわよ。あんただって同じでしょうが。……ていうか、ここでバイトしてたのね?」
「見たい映画多いから。ここなら従業員割引つくし、電車賃も出してくれるし」
「ふーん……」
何それずるい、と思わないでもないが、まぁ仕方ない。
「ちなみに、今日も映画見るんだよね」
「……」
嫌な予感がする。この男が選ぶ映画……もう何を見るつもりなのか察してしまったが、僅かな可能性にかけて一応、聞いてみた。
「何見るの?」
「名探……」
「なんで同じなのよ……」
「あ、黛も? じゃあ同じ時間で同じ映画じゃん」
「なんであんたまで17時半からなのよ!」
「今日は晩飯外食にしようと思ってたから。カップ麺ばかりじゃ身体壊すし」
「外食でも変わらないでしょうに……」
やはりこいつ、基本的にはバカである。話しているだけで大分、疲れが出る男だ。
……いや、まぁポジティブに考えよう。今日1日、暇潰しの相手ができたと考えるのだ。晩飯も富○そばではなく、ファミレスとかに行ける。
「じゃあ、晩御飯もふゆが付き合ってあげる」
「良いね」
ノリの良さは助かる。遊ぶ遊ばないで揉めたりしたから……と、そこでふと思った。お昼、一緒に食べて、バイト終わるまで待たされて、そこから一緒に時間を潰して、で同じ映画を見て、晩御飯も一緒って……これ、デートじゃん、と。
少し前に映画を二人で見ることに少し抵抗あったのに、なんだこの心変わりは? 突発的に発生したイベントだからか? と、冬優子は少し狼狽える。
いや、落ち着け。デートじゃない、これは。暇つぶしだ。だから、そんなに何も悩むことはない。
……でも、いい加減、冬優子は目の前の男の性格はわかってきた。調子に乗って「デート!」とか言われたら殺したくなるので、釘を刺しておく事にした。
「でも、言っとくけど、勘違いしないでよね。別にこれデートとかじゃないから。ただの暇潰しなんだから」
「え……なにそのテンプレ臭いツンデレ。憧れてんの?」
「……」
こ、こいつ〜〜〜! っと、顔を真っ赤にして頬を膨らます。全くもってその通りだが腹立つ、もっと言い方なかったのか、と。自業自得を棚に上げて殴り飛ばしたくなった。
「なんっっっでもないわよ!」
「え、なんで怒るの?」
「いいからさっさとご飯!」
そのまま冬優子はバカを連れて食事を済ませた。
×××
さて、樹貴の仕事が終わり、冬優子と合流。仕事が終わるまでの間は、冬優子は本屋で面白そうな漫画を見繕った。まぁ買っていないが。
で、時計を見て映画館に向かって落ち合った。
「お待たせ、黛」
「うん」
「どこ行く? ゲーセン?」
「あ、悪いんだけど、ふゆなるべくならお金使いたくないの。だから、お金を使わずにふゆを楽しませなさい」
「女王様?」
我ながら無茶振りをしている自覚はあったが、それじゃないと困るのだ。少し、樹貴は考え込んだ後「じゃあ……」と声を漏らした。
「ついておいで」
「何するの?」
「600円くらいなら出せるでしょ?」
「それくらいなら良いけど……」
「じゃあカフェ行こう」
そのまま樹貴に言われるがまま、後を追った。
×××
「ぐぎぎっ……!」
「黛は本当に面白い唸り声上がるよね」
「うるさいわよ!」
適当なカフェに入り、二人で一台のスマホを見下ろす。そのスマホには、将棋盤が表示されていた。
その時点で分かるだろうが、二人がやっているのは将棋。それも、ただの将棋ではない。次のグラフェスに備えて貯めている石を解放するデスマッチである。
「そういえば、次のグラフェスはなんだろうなー」
「……」
「前回、グリムだったし、また石のプレイアブルな気がすんだよなー」
「……」
「黛はなんだと思う?」
「黙りなさい。考えてるんだから今」
勝ってるからってペラペラと……と、冬優子は奥歯を噛み締める。というか、なんでこの男こんなに強いのか。
「なんなのよあんたほんとに……」
「暇潰しにスマホの将棋で詰将棋をよくやってるだけ」
「んぐっ……日頃の積み重ね……!」
と言うか、ここ最近はこの男に敗北感を味わわされてばかりだ。この前のスマブラでも、今ではアイテムアリで色々練習しているまである。
いや、そんな事よりも、今は目の前のゲームだ。何とかして勝たないと。特に、今は火属性召喚石ピックアップとか言う誰も引かないようなガチャで死んでも引きたくない。
大丈夫、まだ慌てるような時間じゃない。攻められてはいるが、守りは固めているし、王手もされていない。
「ここよ!」
飛車を下がらせて、ガードと攻撃、双方に転じれるように動かす。二つ前は金が守っているし、万が一、金が取られようものなら、飛車がそのバカを轢き殺す……!
「じゃあここ」
なんて思っている間に置かれたのは、銀。金から見て斜め後ろ、飛車から見て斜め前の。すぐに理解した。つまりこれは、飛車・金取り……銀に対して抵抗する術がない以上、大人しくどちらかを取られるしかない。
黙って絶望したような表情を浮かべる冬優子に、樹貴はニコニコしながら言った。
「将棋の面白いとこだよね。焦りが悪手を呼び、悪手が焦りを呼ぶ」
「少しは手加減しなさいよ!」
「スマブラで容赦なく叩きのめしてきた人のセリフとは思えませんな〜」
「んごっ……!」
「ついでに教えると、あと5手くらいで詰むよ」
「あーもうやめたわ! 引けば良いんでしょ、引けば!」
「黛から言い出したんだよ。負けた方がガチャ引くって」
「あんたになら楽勝で勝てると思ったのよ!」
「ご期待に添えず悪かったね」
「その聞いたことあるセリフを的確なタイミングで言うのやめなさいムカつく!」
こんな事なら、せめてスマブラでも何か賭けてやれば良かった……と、ため息をついた。
「でも、将棋あんまり得意じゃないんなら、これで賭けるのは申し訳ないな」
「そ、そうよね⁉︎ なら……!」
「しかし、闇のゲームに慈悲はないぜ!」
「そのあげて落とすのやめなさいよ!」
ダメだ、このままじゃあのクソガチャを本気で引かされる。どうしたものか考えた結果、冬優子は案を出した。
「つ、次は大富豪よ!」
「は?」
「大富豪でふゆが勝ったら、罰ゲームはチャラ!」
「……」
我ながらうまく回避した。将棋のような詰みや駒取りのフォーマットがあるものよりも、まだ大富豪の方が勝ち目ある。
「じゃあ、黛が負けたらFGOのガチャも追加な」
「……今のFGO何よ」
「クラス別ピックアップ」
「絶対に嫌!」
「えー、でも賭け事にするなら何かしらリスクを払っていただかないと」
「うぐっ……!」
それはもっともだ。ただでさえ、目の前の男が相手なら楽勝で勝てると踏んで、こっちから賭けを持ち出して将棋バトルにして負けたのだ。
ならば、こちらも勝負に出るしかない。
「上等よ! 返り討ちにしてやるわ!」
「やってみろや。……あ、大富豪のアプリ入ってる?」
「絵画コレクションのヤツなら」
「一緒だ。じゃあそれで」
話しながら、ゲームを始めた。CPUが二人入り、後はルールである。
「何入れる? とりあえず、スペ3返し8切り11バック革命階段縛り……後は?」
「良いわよ、それで」
地元で色々とローカルルールがあったのだろうが、シンプルな方が分かりやすい。それを見越して、彼も分かりやすいものだけ言ったのだろう。
手札を見ると、冬優子はニヤリとほくそ笑む。悪くない手札だ。ボコボコにしてやる……と、強く誓ってゲームを開始。
「……」
「そういや、黛。映画の席どこ選んだの?」
「うるさい集中してるの黙ってて」
「……」
真剣過ぎて、思わずそんな声を漏らしてしまったが、負けられないのだ。まだグラフェスに何がくるか分からないが、そもそもグラブルはフェス以外で引いても何も出ないのだ。
その上、フェス以外でリミテッド武器は出ないし、そもそもSSRが出た所でその大半がメリットがないのだ。あ、うそ。召喚石とランスロット&ヴェインも当たり。深い理由はないけど当たり。
とにかく、負けられない……! と、思いながら、手札を切り、効果モンスターを召喚し、少しずつ攻める……!
残り手札、自分は8枚。樹貴は6枚。あの枚数になると、そろそろ自分の勝ち筋が見えているはずだ。この順番でカードを出せば勝てる、と言うルートが。
それは冬優子も同じ。そして、このタイミングまでこの切り札を温存しておいたのだ。むしろ、負ける要素が見当たらない……!
すると、CPUが手札を切った。6が1枚。その直後、好機と言わんばかりに樹貴は手札を切った。
「8切り」
ここだ、と冬優子も手札からカードを出す。8切りを止める手段は一つ、ジョーカーだ。
「ジョーカーよ!」
「!」
すると、樹貴の手が止まる。一瞬で冬優子は理解した。あの残り5枚の手札……あの中の一部は革命だ。それも、おそらく低ランクのカード。最後にドバッと出して上がるつもりだったのだろう。
大雑把に見えて、残り4枚を一気に出すことで勝利を決める。4枚出しなんて普通は簡単に出来ないので、それはほとんどジョーカーや8切りと同じ。こちらの意表を突く良い手だ。
だが、逆に言えばあの中からカード一枚でも抜けたら、もう革命は使えない。一瞬、樹貴は迷ったが、すぐに出してきた。
「スペ3」
! 今分かった。あの男の手が。あれは、3が4枚の革命。だからさっき手札を切る順番を迷わせた。
それ故に、次の手は読める。場のカードは流れ、樹貴の手番。フィニッシュ用のカード一枚と3が3枚……すぐに手を打ってきた。
3を3枚出された。普通なら同じ数字のカード3枚なんて奇跡、そうそうない。まぁ、ある時もあるのだが。
「残念、ふゆは7が3枚よ!」
「うーわっ……終わった」
「悪いわね〜♪ あとはもうソリティアだわ」
そう言いながら、冬優子は流れた場に、さらにカードを置いていく。本当は革命を起こすつもりだったので7が一枚、浮いてしまうが、そのくらいはどうとでもなる。
そのままカードを出し続け、見事に大富豪を射止めた。
「よっしゃあああああああ‼︎」
そのガッツポーズに、お淑やかさなどかけらもない。とにかくもう嬉しくて、女の子らしい格好の女の子は男前に拳を突き上げた。
さて、さらにそこからは煽りのターンである。
「あれ、どうしたの? 勝つ気満々だった割になんで負けちゃったの? ねぇ? 将棋強いのにどうして負けちゃったの?」
「うるせーよ……」
「いやいや、これ煽ってるんじゃなくて本当に心配なのよ。スマブラも将棋もふゆに勝ち越した男が、まさか大富豪では負けちゃうなんて……あ、もしかして手札悪かったとか? そういう奴?」
「ちっくしょう……お前まじこういう時ばっかり煽ってきやがって……」
「いや、悪いけど煽りとかじゃなくて本気で心配なのよ。あ、もしかしてお熱があるとか?」
「やめろ、おでこに触るな」
ダメだ、気持ちが良い。普段、苦渋を舐めさせられているから、尚更煽りが加速していた。
そんな時だった。二人の元に制服を着た店員さんが訪れる。
「あの、お客さま……申し訳ありません。店内ではもう少しお静かにお願い出来ますか?」
「……す、すみません……」
「プハッ……!」
怒られた。流石に我が一生に一片の悔いがないガッツポーズはオーバーリアクションだったのかもしれない。
カアアァァァッと顔が真っ赤になると同時に、羞恥心による怒りが込み上げてくる。というか目の前の男、お前さっき笑った? 的な。
何一つ察していない樹貴は、そのまま店員さんに言った。
「すみません、店員さん。妹が騒がしくして。昔からゲームに勝つとオタ叫びを上げるラ○オンキングみたいな癖があるんです」
「誰が妹……というか、誰がラ○オンキング⁉︎ 女の子に一番つけちゃいけないあだ名でしょそれ! あとあんた、昔のふゆ知らないし!」
「ワーフランヤー、オラスッパダカー」
「ファンに殺されかねない空耳やめなさい! あんたを空に飛ばしてやりたくなるのよ!」
「なんでも良いので静かにしてくれませんか? 喫茶店って図書館の次に静かさを求められる場所だと思うんです」
今度はガチトーンで怒られて、冬優子だけでなく樹貴も背筋が伸びた。
「「すみませんでした」」
「いえ、では」
それだけ話して、店員は奥に引っ込む。二人は顔を見合わせ、そして樹貴は少し肩を震わせる。冬優子が「お前を殺す」と言わんばかりの目つきで睨んでいたからだ。
「あんた……覚えてなさいよ……!」
「え、俺だけが悪いの……?」
「女の子に恥をかかせた時点で男が悪いのよ」
「じゃあ分かった。次にやる大富豪で黛が勝ったら俺が悪いってことで良いよ」
「学びなさいよ少しは」
何にしても、ここにいたら他の客の視線に晒される。それなりに長く時間を潰せたし、一旦お店を出ることにした。