黛の高校生活は、青い春というよりただただ沼だった。   作:バナハロ

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相談した方が良いことに限って言えない。
性格の悪さだけで人格を判断してはいけない。


 季節は六月頭。つまり、中間試験が終わった頃。冬優子は、項垂れていた。

 

「負けた……まさか、こんなバカに……」

「え、なんで俺がバカ説まだ掲げてんの?」

 

 水上樹貴……成績、学年トップ。10科目合計982点。まさか、まさかである。こんなバカそうな男が、オール90点オーバー。

 

「なんでよ……どういうことよ……」

「俺、勉強苦手じゃないんだ」

「前々からちょいちょい頭良いとは思ってたけど……ここまでなんて……!」

 

 正直、本当に腹立たしいほど悔しかった。なんでこの男はこうなのか……と、ため息が出るほど……なのだが、なんだか彼が少しホッとしているように見えるのは気の所為だろうか? 

 実際、試験期間中は一秒も遊んでいる様子は見せなかったし、遊びに誘われることもなかったから、本当に頑張っていたのだろうが。

 

「ま、とりあえず黛。今日は試験終わったし、帰りに遊んで帰ろうよ」

「良いわよ。何処に?」

「何処が良い? ……って言っても、周りに二人でいるとこ見られたくないか。黛の家で」

「はいはい。スマブラとポケカね?」

「そういう事」

 

 まぁ良い。次は自分が勝つ。今は、とりあえず彼の言う通り遊ぼう。試験期間は冬優子にとってもストレスなのだ。

 

「その前にお昼は?」

「ん〜……どうするか」

「食べて帰る?」

「そうだな。ついでにグラブ……あっ、そういやこの前、面白いアプリ見つけたんだけど、やらん?」

「何よ」

「ドラゴンボールレジェンズ」

「やるわ」

 

 ドラゴンボールは冬優子も大好きだ。そのスマホアプリなんてやるしかない。

 

 ×××

 

 翌日。昨日はついはしゃぎ過ぎた、と冬優子はのびをする。何せ、スマブラもポケカも完勝である。結構、向こうのプレミもあったのだが、それ以上に「勉強も負けてゲームも負ける」はプライドが死ぬほど許さなかったので、割とガチでボロカスにしてやった。

 残念ながら教室じゃからかえないのが悲しいところだが、まぁ今日も奴が来たら遊びに誘って、放課後にからかい倒して……と、思っている時だ。

 先生が教室に来てしまった。

 

「……あら」

 

 隣の席に、未だに樹貴は来ていない。今日は遅いんだーなんて思いながらのんびりして、ホームルームは進む。もしかしてあのバカ遅刻? でもあいつクラスで無駄に目立っているし、それなら先生が「あれ、水上は?」って言うと思うんだが……と、少し悩んでいると、先生が最後に言った。

 

「あーそれと、今日水上は休みだから。黛、あと前田。今日はゆっくりしろ」

「マジすか!」

「え、なんでですか?」

「風邪。じゃ、ホームルームおわんぞー」

 

 マジか、と冬優子は少し驚く。あのバカでも風邪引くことあるんだ……いや、成績良いんだからバカではないけど……こう、精神的にバカ……なんて失礼極まりないことを考えていると、前田に声を掛けられた。

 

「なぁおい、助かったなマジで」

「そんな事ないよ? 心配してあげないと」

「……嫌なことは嫌って言って良いんだぞ?」

 

 残念ながらキャラがあるのでそれは言えない……が、内心は穏やかだった。そうだ、そもそも樹貴が学校に来なければ、冬優子はまた平穏に暮らせるのだ。

 

「……」

 

 今回は偶然だが、次は冬優子が能動的に風邪を引かせる方法を考え始めていた。

 

 ×××

 

「ん〜……終わったぁ……!」

 

 そう呟きながら伸びをするのは冬優子。本当に穏やかな日だった……疲れない、イライラしない、我慢しない……それが、まさかここまで人の心に平穏を施すとは夢にも思わなかった。

 今日は、なんだかゆっくり眠れる気がする。そんなことを思いながら、冬優子は帰り支度を始め……た所で「あっ」と声を漏らした。

 

「そういえば、ログインしてなかったわね……」

 

 レジェンズだ。何せこのゲームはログインボーナスがもらえるのが15時。つまり、割と忘れやすい時間帯になってしまう。

 ログインを終えるとビックリ。10連分である1000個分の石が貯まった。

 

「よし、水上くん。早く帰……!」

「?」

 

 隣に声をかけた所でハッとする。しまった、今日はいないんだった。代わりにこっちを見たのは前田。

 

「えっ、いないけど……」

「あ……そ、そっかぁ。ついいると思っちゃった♡」

「……」

「な、何かな?」

「いや別に」

 

 ……なんだその意外そうな顔は、と思ってしまう。が、やがて前田はやたらと慈愛に満ちた笑みで、冬優子に告げた。

 

「なんか、隣に水上がいて当たり前とか思うの早くね? Twitterのラブコメか?」

「うるっ……トラマンの最終回みたいな目に合わせるよ?」

「遠回りに言っても死ねっつってるのわかるぞ」

 

 言ってから後悔した。確かにわかりやすすぎるし、そのままうるさいって言った方がよかった可能性さえある。

 というか……それ以上に自分はそこまで、あのバカが周りにいることが当たり前になっていたのか、と愕然とする。

 ……これ、絶対にあのバカに知られてはいけない……と、羞恥心から顔が赤くなった。

 ……というか、あのバカは一体何なの……と、少しずつまた八つ当たりに近い感情が芽生え始める。

 とにかく、文句を言いに行こう。ちょうど休んでるなら家にいるだろうし、レジェンズのガチャも目の前で引いてやれる。良いの当たったら自慢してやろう。

 そう決めて、先生に住所を聞きに行った。

 

 ×××

 

 そう、これは自慢しに行くためと死体蹴りをするため……間違っても、お見舞いではないし、授業のプリントを渡すのもついでに過ぎない。

 

「……なんか、今のふゆツンデレみたいじゃない……?」

 

 いや、本当に違う。違うのだ、本当に。別にあいつにデレたりしているわけではない。

 ただ、死にかけのバカに目に物見せるだけだ。いや、その前に樹貴と連絡を取らなくては。当たり前だが、先生は住所を教えてくれなかったので聞くしかない。

 先に途中でお見舞いの品をコンビニで買ってから、樹貴に電話をかけた。

 1コール、2コール……と、チェインで電話をかけたところで、ようやく繋がった。

 

『もしもし? 黛?』

 

 あれ、風邪引いてるのよね? と勘繰るほど元気な声だが、やはりいつもより低い。

 

「こんにちは。昨日、ふゆにポケカでもスマブラでも負けて風邪引いたよわよわ男子高校生の水上くん?」

『まだ言ってんのか……相変わらず自分が勝った時だけしつこい奴だな……』

「あらあら、負け犬が何か吠えてるわね?」

『……用ないなら切るぞ』

「あら、切って良いのかしら? せっかくふゆが今日、配られたプリントを持って行ってあげようとしてるのに」

『え、お前俺ん家いつ知ったの? ストーキングしてた?』

「してないわよ!」

 

 ダメだ、今日は煽りで行こうとしてたのに、気を抜くとツッコまされている。やはりこの男強い。

 

「ついでにお見舞いにも行ってあげるから、行き方教えてくれる?」

『……ああ、わざわざ悪いな』

「いや、あとレジェンズのガチャあんたの前で引きたいし」

『学校来た時で良いでしょ』

「……ガチャ引きたい欲そんなに保たないのよ」

『あ、その気持ちはわかる』

 

 ……いや、嘘だ。正直、今言われてから「確かに」と思った。じゃあそんなに焦って行く事ないかも……とも思ったが、すでに学校から樹貴の分のプリント持ってきちゃったし、どうしようもない。

 学校来た時に渡せば良いじゃん、なんて思えばそれはフラグになり、今度は冬優子がその時に休んでいるかもしれないし。

 

『ちなみに誰狙い?』

「いやあんた結構元気なのね……風邪は平気なわけ?」

『平気だよ。そんな大した熱じゃねーし。で、誰狙い?』

「そういうの後で話すから、まず行き方教えなさいよ!」

 

 何が欲しいのか気になるのは分かる。それがガチャを二人で引く醍醐味だから。

 でも、風邪引いてるんでしょあんた、という感じが消えない。

 すると、樹貴が声をかけてきた。

 

『何、もう駅着いてんの?』

「まだよ。学校出たとこ」

『あーじゃあ、駅近くになったら教えてや。駅まで迎えに行くから』

「あんた本当に風邪引いてるんでしょうね⁉︎」

 

 なんで風邪引いてる奴が引いてない人に気を遣ってわざわざ迎えに来るのか。

 

「家で集合に決まってんでしょうが!」

『分かった。じゃあ黛の家集合で』

「なんでふゆの家なのよ! 風邪引いたまま電車に乗るつもりか⁉︎」

『え、じゃあ他に誰の家? 前田の家知らないよ俺』

「あ、ん、た、の、家よ! 風邪引いてる時くらい家で大人しくすることを覚えなさい!」

 

 本当にこれが学年トップとか、むしろ自分の学校が大丈夫なのか気になってしまうほどだ。

 

『……分かったよ。じゃあ、駅に着いたらまた電話して』

「はいはい」

 

 適当に返事をして、冬優子は電話を切る。ちょうど良いタイミングで駅に到着した。電車に乗り、樹貴の家の最寄駅に向かう。最寄りが隣であることは知っているし、降りる駅くらいは分かる。

 しかし……本当に風邪引いてても平常運転の男である。平然と何度もボケ続け、常人には理解出来ない事をよくもまぁ何度も言えるものだ。

 

「ハァ……ホントバカ……」

 

 少し疲れたようにため息をつきながら、電車の中でFGOの種火周回をして時間を潰していると、いつもより一駅早く、目的の駅に到着した。

 電車から降りて階段を上がり、改札を出ると、樹貴が手を振っていた。

 

「おっす」

「だから家で大人しくしてなさいって言ってんでしょうが!」

 

 本物のバカだ! 顔色悪いし、少しフラフラしてるし、焦点合ってないのになんで家を出るのか分からない。

 

「プリントどれ?」

「寝てなさい!」

「帰ったら寝るから」

「な、なんでそんなに外出たがるのよ⁉︎」

「私は我慢弱く、落ち着きのない男なのさ」

「グラハムを馬鹿にしないでくれる⁉︎」

 

 文字通り馬鹿になっている。本当に世話がかかる男だ。

 

「いや、本当に大した事ないんだって」

「あるでしょ! 顔真っ赤にして汗バカみたいにかいてて大した事ない事があってたまりますか!」

「バカみたいに汗って……汗はかこうと思ってかいてるわけじゃないから」

「分かってるわよ!」

 

 本当にどこまでも人を小馬鹿にしたような言い方をする男だ。風邪引いてても腹立つが……なんか一周回って勘繰ってしまう。こいつ……もしかして。

 

「あんた、家に入れたくないの? ふゆを」

「……そんなことないヨ?」

「引くほど分かりやすいわね」

 

 これは、チャンスだ。また仕返し出来る。どうせ家にあげたくない理由なんてエロ本隠してるとかそんなとこだろう。

 

「ま、そういうことだから、帰って。来てくれてありがとう」

「分かった。行くわよ」

「え、聞いてた? 理解力ないの?」

「あんたに言われたくないわよ!」

 

 まずはそこにツッコミを入れておいて、冬優子は樹貴の手を掴んで引きずるように駅の出口に向かう。

 

「あんたが家に入れたくないって言うなら、ふゆは意地でも入るに決まってるでしょ!」

「そんなんだから性格悪いって言われるんだよ」

「言うのはどうせあんたしかいないし結構よ。で、家どこ?」

「うち西口だからそっちから出ても一生着かないよ」

「歩き出す前に言いなさいよ!」

 

 そのまま逆に向かった。

 樹貴の道案内を受けながら、冬優子はそのまま水上家に向かう。しかし、まぁ症状はあれだけど普通に歩いているし、わりかし元気ではあるかもしれない。本当に熱自体は大した事ないのだろうか? 

 

「着いたよ」

「あら、早いのね」

 

 家の表札には「水上」の文字。親御さんがいるかもしれないので、まずは挨拶。だって風邪ひいてるのに外に出るくらい馬鹿な男なので、インターホンを押して挨拶することにした。

 

『はーい』

 

 女性の声、優しい感じの声音だった。

 

「あ、お世話になっております。水上樹貴くんのクラスメートの黛冬優子です」

『あら、水上くんのお友達? どうしてうちに?』

「え?」

『え?』

 

 え、どういうこと? と、樹貴の方を見ると、ぼけっとした顔のまま答えた。

 

「小中の友達の『みずかみ』の家がここ」

「なんでそこに連れてこられなきゃいけないのよ! どんだけ家に連れて行きたくないわけ⁉︎」

 

 思わず顔が真っ赤になる。なんて赤っ恥をかかせてくれたものだ。

 すると、インターホンから声が聞こえてくる。

 

『相変わらずね、水上くん……』

「久しぶり、おばさん。康二元気?」

『ええ、元気よ。あんまりお友達を巻き込んで馬鹿なことしないの』

「ごめんごめん。今度、遊びに行くから」

『うん』

 

 インターホン越しでも、割とお互いのことをわかっているようなやり取りは少しだけ羨ましかった。というか、こういうのを許してもらえるって、結構仲良いのね、と思わないでもない。

 

『あー……水上くん。お母さんは相変わらず?』

「うん」

 

 相変わらず、とはどういう意味だろうか? 何か訳ありの親なのだろうか? 

 

『何かあったら、いつでもうちに来て良いからね。高校生って言っても、まだ子供なんだから』

「ありがとう。じゃあ、風邪引いてるから、そろそろ帰る」

『風邪引いてるのに外で何してるの! ちょっとそこで待ってなさい!』

「あ、やばっ。黛、逃げるぞ」

「は? ちょっ……!」

 

 玄関が開く前に、風邪引いてるくせに冬優子の腕を引いて走り出した。

 しばらく走って、少し息を切らしたように二人で立ち止まる。

 

「はぁ、はぁ……もう、何なのよ……」

「悪い……あの人、良い人だけど、怒るとか怖いから……」

「なのになんでわざわざ顔見せに行くのよあんた!」

「そりゃ、黛に恥をかかすためだよ」

「風邪とか関係なくぶっ飛ばすわよあんた⁉︎」

 

 よくもまぁ堂々と言えるものだ。どこまで家に入れたくないのか……と、思った時だ。ドシャッとバカが前のめりに倒れた。

 

「ちょっ……み、水上⁉︎」

「風邪ひいてる時にダッシュは無理あった……どっかの誰かは足遅ぇし……」

「バカなの⁉︎ あーもうっ……仕方ないわね……!」

 

 もういっそ置いて帰りたいまであったが、目の前で倒れられると流石に置いて帰るのは申し訳ない。

 仕方ないので、腕を引き上げて身体を起こし、肩を貸してやった。……このチャラチャラしたイケメンがそれなりに近い距離にあって、少しドキッとしたが、今は気にしている場合ではない。

 

「全くバカなんだから……家どこ?」

「……ほんとにうちに来るのか?」

「当たり前でしょ。もうこのまま捨て置けないわよ」

「……このまま真っ直ぐでセブン見えるから……」

「はいはい」

 

 そのまま案内の通りに進み、家に到着した。

 樹貴に家の鍵を借りて、玄関を開ける。一軒家なんだ……と、少し意外に思いつつも、中にそのままバカを引きずる。なんでこいつこんな重いの……と、呆れながら、とりあえず二階に上がった。多分、個人の私室は二階かと思ったからだ。

 てっきり部屋の扉にネームプレートがかけられてると思ったのだが、ないのでどこが部屋かを聞いて、そこに入れる。

 部屋の中は……意外なことに綺麗さっぱりだった。勉強机とベッドとタンスとクローゼットしかない。

 ……また騙されてる? と思い、ジト目で肩にいる樹貴に声を掛ける。

 

「……ホントにここ?」

「ここ……」

「また騙してないでしょうね」

「……天井から下がってる紐、引いてみ?」

 

 言われて、冬優子は紐を探す。確かに、電気につながっているわけでもないのに、紐が天井からぶら下がっていた。

 引いてみた直後、天井が抜け、そのままガラスのショウケースがゆっくりと降りてきた。中では、ガンキャノン、ガンダムレオパルド、ガンダムデュナメス、Gバウンサーと、世代はバラバラだけど飄々としたパイロットのガンプラのジオラマが出てきた。

 

「すごっ⁉︎ てか、カッコ良⁉︎ あと仲良さそ!」

「実際、うま合うでしょ」

 

 それはそうかもしれないが……と、そんな場合ではない。とりあえず間違いなく樹貴の部屋だ。

 ベッドの上に樹貴を寝かせ、冬優子は改めてプラモデルを見る。綺麗に作られているが、素組だ。いや、ガンダムマーカーで墨入れはされている。ほぼ素組でもこんなにカッコ良くなるんだ……と、少しだけ興味出てきつつも、冬優子は不思議に思う。

 ……何故、天井裏に隠す必要が? 

 

「ねぇ、ちょっと……」

 

 声をかけようとベッドの上を見たが、樹貴がいない。あれ? と、辺りを見回すと、机の前の椅子に手を掛けていた。

 

「何してんの?」

「え? いや、椅子座るかなって」

「いやありがたいけど大人しくしてなさいよ……」

 

 とりあえず、ベッドの上に寝かせる。

 

「一応、色々持ってきてあげたわよ。ポカリとか」

「サンキュ。いくらだった?」

「元気になったら、スタバで奢ってくれれば良いわ」

「ははっ……スタバのが高い奴だろそれ……」

「来てあげたんだからチャラよ」

 

 冗談めかして言われたので、冗談で返す。……なんか今のやりとり、幼馴染っぽくてちょっと恥ずかしい……と、少し頬が赤くなる。

 

「ああ、そうそう。今のうちに渡しておくわね。プリント」

「あざっす。机の上、置いといて」

「はいはい。せっかく来たんだし、他にして欲しいこととかある?」

「じゃあ……そうだな。今何時か教えて」

「……16時45分くらい」

「お袋が帰ってくるの、20時過ぎくらいだから、それまでに帰ってね。うちの母親、面倒臭いから」

「え、ええ……」

 

 元よりそんなに長くいるつもりはない……が、それ以上に聞いても良いのだろうか? 母親の事……。

 ……いや、やめておいた方が良いか。他所の家の問題だし、なんか見た感じさっきの水上さんの親御さんは事情を知っているような感じだったが、おそらく母親への介入は諦めているのだろう。なんかそんな感じだ。

 

「あ、コップ持ってこようか?」

「頼む。あ、冷蔵庫に麦茶入ってるから、黛も飲んで」

「ありがと」

 

 そのまま冬優子は一度、部屋を出た。冷蔵庫といえばリビングだろうし……一階だろうか? 

 そのまま階段を降りてリビングに入る。あまり綺麗ではない。洗濯し終えたものは散らかっているし、食べたゴミも机の上に置きっぱなしだ。せっかくの一軒家が台無しな気がする。

 少し……というか、かなり気になる。思ったより、家庭環境は良くないのだろうか? 

 とりあえず、余計なものは見ないようにして、冷蔵庫を開ける。……が、驚いた。麦茶が入ってると言うか、麦茶と卵しかない。

 

「……空っぽじゃない……」

 

 母親も料理とかしない人なのかもしれない……って、それ本当に大丈夫だろうか? 健康的に。

 ……っと、いけないいけない。余計なものは見ないようにしないと。さっさと取りに行くと言ったものだけ取って、部屋に戻った。

 

「お待たせ。ポカリ入れるわね」

「ありがと」

「……ていうか、このプラモどうやって戻すの?」

「持ち上げて、上でカチンっていうまで押す。重いから俺やるよ」

「いいわよ、寝てなさい」

 

 そう言うと、冬優子はその小さなショウケースを挟むように両手で抱えると、上に持ち上げた。

 そのまま椅子の上に乗り、天井に手を伸ばして押し込む。これ……樹貴が作った仕掛けだろうか? 

 

「他にも色々、隠してるのかしら?」

「まぁな」

「なんで?」

「親に売られるから」

「……そう。もしかして、厳しい人なのかしら?」

「まぁね」

 

 その割に下の惨状は散々だが……でも、分かる。だからこそ家に上げたくなかったのかもしれない。

 

「……悪かったわね」

「何が?」

「無理に押しかけて」

 

 ちょっと罪悪感。そんな気はなかったとはいえ、他人の家の事情に無理に押し入ったような感じだ。

 しかし、樹貴は布団の中で丸まったまま答えた。

 

「別に、気にしなくて良いよ。俺も、多分黛が来てくれて嬉しかったんだと思う。だから、最後には家に上げちゃったし、すぐ帰れって言えなかった」

「っ……あ、あんた……意外と素直にものを言うのね」

 

 ちょっと照れ臭い……と、同時に、さっきまでボケまくっていたのが素直に家に来てと言えなかった理由と思うと、新しいタイプのツンデレに見えて、少し可愛く思えたり。

 

「明日は学校来れそうなわけ?」

「行けるよ。2日も学校休むの、お袋が許さないし」

「いやそれ許す許さないの話じゃないでしょ……大丈夫なの? あんたのお母さん」

「大丈夫じゃないよ。情緒不安定だし、他人に厳しくて自分に甘いし。……多分、微妙に病んでると思う。だから、常人はそういう人に合わせないといけないんだよ」

 

 それはそう……なのだろうか? 確かに、最近の世の中の風潮はそういうものだ。障害を抱える人がいたら、その人に手を差し伸べるのではなく、その人を中心に周りが合わせるのが今の風潮だ。

 冬優子の周りにそういうのを持つ人間はいないので分からなかったが、今目の前にしていると少し大変そうだ。

 

「いや、ごめん。少し愚痴った。てか、病んでるは言い過ぎた。実際、外で働いてるし、バッキバキのキャリアウーマンだし、病んではないかも」

「別にいいわよ」

「俺、寝るわ。飽きたら帰って良いから」

「その前に、今日は何か食べたの?」

「食べたよ。家にカップ麺は買い置きしてあるし」

「いくつかスーパーで食べ物買って来るから、それ食べてから寝なさい。食べるもの食べないと治らないわよ」

「……次のスタバでケーキもつけるわ」

「はいはい」

 

 話しながら、冬優子は立ち上がり、部屋を一度出た。しかし、意外だった。樹貴には樹貴なりの悩みがあったことに驚く。いや、むしろあの自由奔放な性格……悩みがあるからこそ、ああなったのかもしれない。

 少し……今後は樹貴に優しくした方が……と、思ったが、多分それはない。むしろ、いつも通り煽って煽られて一緒にゲームやって、を繰り返した方が良い。

 そんな風に思いながら家を出ようとドアノブに手をかけた時だ。勝手に扉が開かれた。

 

「えっ」

「あら?」

 

 入ってきたのはクールで少し強面の女性。スーツ姿で、まさにキャリアウーマンという見た目の人だ。

 

「……あなたは?」

「あ、は、はじめまして。樹貴くんのクラスメートの黛冬優子と言います」

「そう……はじめまして。樹貴の母です。それで……何をしにいらしたのかしら?」

 

 あ、圧迫面接……? と、冷や汗をかくほどにオーラがある女性だった。美人なのに、美人を感じさせないほど。

 少し冷や汗をかきつつも、これは答えを間違えたら終わる……と、思い、慎重に口を開く。

 

「授業のプリントを届けに来ました。そのついでに、お腹が空いたそうなので、何か買って来ようかと……」

「……そう、わざわざありがとう。でも、食事は結構です。私が戻ったので」

 

 ……嘘だ。あの冷蔵庫から何を作るつもりなのか。錬成しないと食材さえ出てこない。

 だが、言えない。この様子だと、冷蔵庫を見てしまいました、なんて口が裂けても。ここは退散した方が良い。

 

「分かりました。では、ふゆは失礼します。一応、樹貴くんにもご挨拶を……」

「大丈夫です。私がしておくので」

「……そうですか。では、失礼します」

 

 そのまま冬優子は帰宅した。

 

 ×××

 

 夜、寝る直前にスマホをいじりながら、夕方の樹貴の母親との出来事を思い返す。

 ……確かに、あれは大変かもしれない。他者を一切寄せ付けない言葉の瞬間風速は異常だし、言葉遣いだけ丁寧だが、そこに感情が込められている気がしない。

 ……正直、関わり合いになりたくないのが本音だ。樹貴は学校で一番、話している相手かもしれないが、所詮はただの友達だし、わざわざ他人の家のことで口を出す義理はない。

 なんて思った時だ。電話がかかって来た。

 

「もしもし?」

『黛ー、今平気?』

「……平気よ。あんたこそ寝なくて良いわけ?」

『いや、レジェンズのガチャ、聞き損ねたし』

「……」

 

 そういえばそうだった。でも、それのためにわざわざ電話してくる事ないだろうに……いや、まぁせっかくだし、引くけど。

 

「じゃ、引くわよ」

『うん。で、誰狙い?』

「悟空かベジータの4」

『あ〜、そういやGTも来たんだっけ。めっちゃ楽しそう』

「見てなさいよ……レッツゴー!」

 

 ガチャを引いた。悟空とフリーザが対峙し、戦闘を……と、なったところで、悟空の前にベジータが現れた。

 

「あ、勝ったわ。ベジータきた」

『早ぇよ……いや、まだ分かんないから。欲しい奴じゃなきゃハズレだから』

「祝福の言葉を考えておいたほうが良いわよ?」

『自信満々だな……』

 

 なんて話している間に、ベジータがフリーザを消してしまった。直後、何か光ってるものが破裂し、当たったキャラクターが順番に出てくる。

 

「あ、来たわスパーキング!」

『誰?』

「……」

 

 ……タピオン。誰が望むのか、こんな脇役キャラ。

 

「……なんか、あれよね。ハズレSSRが多いゲームって総じてクソよね」

『笑えよ、ベジータ』

「うるっさいわよ!」

 

 そう怒鳴りつつも、少しだけ楽しい。大きな声を出せるのって、目の前の男が相手の時だけだから。

 思えば……今日、一日穏やかに過ごしてみて、やはり思ったのはオタクトークができなかったことが、少しだけ物足りなかったのは事実かもしれない。

 樹貴は、親に知られないように色々と隠している。……なら、少しくらいは、自分も隠すのに協力しても良いかも……そんな風に思ってしまった。

 

『あっ』

「何よ?」

『俺も単発引いたら、ベジータ出た』

「……」

 

 前言撤回。死ねば良いこんな奴。

 

 

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