ししらみの青春ラブコメ。夏祭りデートに行くふたりを書きました。四期生もちょい出ます。

Twitterで行われているホロクリエイター企画の参加作品。pixivにも投稿してます。

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夏に咲く雪の花

000

 

 

 お昼休み。水泳の授業のあとだからすごく眠たい。あくびをしながら、お弁当箱を片付ける。対面に座るらみちゃんもごちそうさまをして、何やらポケットをごそごそし始めた。頬っぺたに米つぶ付いてるけど面白いししばらく放っておこう。

 

「夏祭りだよ!」

「ほー」

 

 らみちゃんが鼻息を荒くして私の机にチラシをばんと叩きつける。『夏祭り』の文字がでかでかと印字され、背景を巨大花火が飾る少し安っぽい広告。毎年のことだからそれほどテンションが上がるものじゃないんだけど、らみちゃんはそうではないみたいで、わたし楽しみですオーラをこれでもかと発しながらこちらに顔を寄せた。近いな。おでこがぶつかりそう。

 近づいてきたので、ついでに米つぶをとっておく。

 らみちゃんは顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら、羞恥心を誤魔化すように大きな声で私を誘った。

 

「一緒に行けるよね!?」

 

 瞳をキラキラ輝かせてこちらを見るらみちゃん。

 夏祭りかぁ。

 

「あついし人混みやだなー」

「一緒に行けるよね!?」

 

 折れずに再度同じ言葉を続ける彼女に代案を出す。

 

「部屋から花火見るだけでもよくない?」

「一緒に行けるよね!?」

 

 あ、これあかんやつ。

 

「無限ループか?」

 

 きっと、頷くまでこのお誘いは終わらない。ぐいぐいと距離を詰めながら鼻息を荒げるらみちゃん。ともすればキスしそうな距離にどきまぎさせられながら、

 

「ね!?」

 

 尋常ではない圧に、ついに私は折れてしまう。

 

「わかったわかった。それじゃ一緒に行くか」

「やった!」

 

 ぴょこぴょこと跳び跳ね、満面の笑みを浮かべて喜ぶらみちゃん。そんな彼女を見ていると、行くのが面倒くさかった夏祭りが楽しみに思えてくるのだから不思議だ。

 

「浴衣着ていくからししろんも着てくること!」

「まじ?」

「まじに決まってるでしょ。普段着だったらラミィ本気で怒るからね」

 

 浴衣の着付けよりも、らみちゃんを怒らせるほうが果てしなく面倒なので、渋々その提案に頷いた。すると彼女はにっこりと微笑んで、スマホのスケジュール帳に何やら書き込み始める。書き込み終えたあと、私にスマホを見せつけてきた。ししろんと浴衣夏祭りデート、としっかり記帳されてしまっている。

 

 私は苦笑して頬を搔く。

 浴衣、どこに仕舞ったっけな?

 

 

001

 

 

「わため先輩」

「んー?」

 

 バイト先の厨房で、時間を見つけてわため先輩に声をかけた。注文されていないのに勝手にフライドポテトを揚げて、悪びれもなくもちゃもちゃしているひとつ年上のわため先輩がほわほわとした声で振り返る。

 

「この日、シフト変われませんか?」

「……夏祭りの日だねぇ。おやおや、ぼたんちゃん、例の彼女とおデートなのかな?」

「まだ付き合ってませんよ。でも、まあ、お察しの通りらみちゃんと夏祭りへ行くことになったんで、シフト空けたいんですよね」

「ほうほう。若いっていいねぇ、青春だねぇー」

 

 そんな年変わんねぇだろ。

 

「あー、でも、どうしようかなー。わためもその日、おデートの予定があった気がしてきたなー?」

 

 わざとらしく、ちらちらと目線を送ってくるわため先輩。何ともまあイラっとする仕草だ。こいつ、喰うぞ。咄嗟に頭に浮かんだ失礼な発想を抑え込んで、彼女が求めているであろう答えを返す。

 

「どうしても行きたいんでお願いしますよ。今度、何か奢りますから」

「ほんと! じゃあいいよ! ポテチ五袋で手を打ってあげる」

 

 ふんふん、と鼻歌を歌い上機嫌になるわため先輩はポテチ五袋で機嫌がとれる安い女だ。シフトが空けられそうなことに安堵していると、山盛りあったフライドポテトをいつの間にか完食していたわため先輩が、いやらしい笑みを浮かべて、私の肩に体をぶつけてくる。

 

「で、お嬢さん、やっと告白するのかい?」

「それは、その、まあ、……する、かも」

「うー、じれったいねぇー。そんなにうだうだしてたら他の子に愛しのラミィちゃんを盗られちゃうよ? この前、写真見せてもらったけどすっごく可愛かったし、そうやって油断してると……」

「……そんな恐いこと言わないでくださいよ」

「ラミィちゃんもぼたんちゃんに告白されるの待ってると思うんだけどなー。ライオンなのに草食系なんておかしいよねぇ。もっとガツガツいっちゃいなよ」

 

 うるさいなあ。だって、もし告白して、そういうのじゃなかったとか言われてしまったらどうする。そうなれば、きっと私はショックすぎて立ち直れない。告白がきっかけでらみちゃんとの関係がギクシャクしてしまうのも絶対に嫌だ。そして、こうやってマイナス面ばかり考えてしまう自分にも嫌気がさす。

 

 くそ、こんな気分にさせやがって。

 他人の恋路に首を突っ込んでニヤニヤ笑みを浮かべるラム肉に腹が立った私はささやかな復讐に打って出る。

 

「トワ先輩ー、わため先輩がまた勝手にフライドポテト揚げて食べてまーす」

「あっ、やめてっ!」

「ゴラァァァ、わためぇぇぇ!!」

「ひょぇぇ!!」

 

 バックヤードから飛ぶ怒号。ドタドタと激しい足音を響かせて生真面目なトワ先輩が姿を現す。悪魔な彼女はけれど内面天使なので、こういう不真面目なことが大嫌いだ。フライドポテトが入っていた空き袋を目にして、唇を油でテラテラと光らせているわため先輩を視界にいれると、彼女は鬼のような形相を浮かべて悪い羊に駆け寄っていった。厨房で追い駆けっこがはじまる。

 

「前にも言ったよな、勝手に店のもの食べるなって!」

「ポテトが食べて欲しそうにしてたんだよねぇ」

「そんなわけあるかーい!」

「うわー、わためは悪くないよねぇ!!」

 

 必死に逃げ回るわため先輩を見ていると溜飲が下がった。人をからかうからこういうことになるんですよ。

 

 

002

 

 

 夏祭りの会場へ向かう。会場は、私が住む町から少し離れた場所にあるので電車移動だ。らみちゃんとは現地集合にしてあるので、三十分前には集合場所に着くように先んじて行動している。同じく夏祭りに向かうであろう人たちで電車はいっぱいだった。

 人混みの熱気に気を滅入らせていると、

 

「あっ、やべっ」

 

 聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。

 振り返ると、吊革を引きちぎってしまったのか、呆然とした表情で白い輪っかを眺めるかなた先輩がいた。

 いやいや、相変わらず力強すぎでしょ。

 

「かなた先輩、大丈夫ですか?」

「あっ、ぼたんちゃん」

 

 さっと吊り輪を背中に隠して気まずそうな笑顔を浮かべるかなた先輩。どうやらその怪力っぷりを見られたくなかったらしい。周知の事実だから今さら隠しても意味ないと思うんだけど、乙女心は複雑だ。膂力がゴリラな彼女も夏祭りに行くのだろう。見慣れた制服姿ではなく、青を基調とした浴衣を着て、銀髪をおだんごに纏めていた。その剛力からは考えられないくらい、女の子らしくてとても可愛い。

 

「ぼたんちゃんも夏祭りに行くの?」

「あ、はい」

「へー。けっこう気合い入ってるみたいだけど、もしかしてデートとか?」

「そういうかなた先輩も可愛くしてるじゃないですか。デートですよね?」

「僕はココとね。ぼたんちゃんはラミィと、かな?」

「まあ、そうですね」

「おやおや、お熱いですなぁ?」

 

 自分のことは棚に上げてニヤニヤと笑うかなた先輩。肘でこちらの脇腹をつついてくるのがとても腹立たしい。私は彼女が破壊した吊革をパシャリとスマホで撮影してにっこりと微笑む。かなた先輩はがたがたと体を震わせて「すまんすまん」と平謝りし始めた。

 ま、これくらいで許してやるか。

 

「データは消しましたよ」

「ふぅ、焦った。拡散されたらと思うと夜も眠れないよ。僕の汚名がさらに広がっちゃうじゃん」

「もう手遅れだと思いますよ」

「なんだとぉ! そんなことないやい!」

 

 くだらない雑談をしながら会場の最寄り駅に電車が到着するのを待つ。かなた先輩は花火がよく見える場所やらあそこのくじ屋は気を付けろやら、色々とアドバイスをくれた。えらく詳しい情報の数々は、おそらく去年のデートで得た知識なんだろう。妬けるなぁ。

 

「せっかくだしダブルデートしちゃう?」

 

 なんて提案もあったけれど、

 

「あっ、やっぱり今のなし。ぼたんちゃんすごい嫌そうな顔してたし。二人っきりで行きたいんだね」

 

 恥ずかしい心情を見抜かれてダブルデートは流れた。

 らみちゃんと夏祭りに行くのは初めてだし、できれば二人きりがよかったんだ。それに、もし雰囲気が良ければ、告白とかも、するかも、しんないし。

 

「ま、気楽に頑張りなよ」

 

 ばしばしと背中を叩いてくるかなた先輩。相変わらずの怪力に体が揺れるし、けっこう痛い。

 でも、いいよなー、かなた先輩は。

 ココ先輩ともう付き合ってるわけだし。

 

「あの、アドバイスというか、参考までに聞いておきたいんですけど、かなた先輩はココ先輩にどうやって告白したんですか?」

「え、僕? いや、僕はされた側だから」

「へー、じゃ、なんて言われたんですか?」

「それは……」

 

 がたんごとんと電車が揺れる。

 その時のことを思い出しているのか、頬をすこし赤らめて目を細めたかなた先輩は、唇に人指し指をもってきて悪戯に微笑んだ。

 

「僕だけの言葉だから内緒だよ」

 

 

003

 

 

 待ち合わせ場所は神社へ続く階段のはじまり、一段目の灯籠前だ。普段は飾られているだけだけど、今日は祭り当日ということもあり、灯籠には明かりが灯されていた。左右を見れば露店が並び、たくさんの人が入れ替わり立ち替わりしながら賑やかな活気に満ちている。

 

 左腕の時計を見る。

 待ち合わせまで、予定どおりの三十分前。

 らみちゃんは来てないみたいだ。

 時間ちょうどに来るとしたら、少し暇だな。

 

 ちなみに、かなた先輩とは会場に着くなり別れた。露店がならぶ道のはじまり、そこで待っていたジャージ姿のココ先輩に会うなり、かなた先輩は満面の笑みで駆け寄って、彼女たちは人混みの中へ溶け込んでいった。「おめぇ、恥ずかしいからそんなくっ付くな」とココ先輩は赤面していたけれど、かなた先輩はまったく取り合わず、持ち前の剛力で腕を抱きしめ手を絡めていた。すこしだけココ先輩に同情したけれど、同時に嫉妬もしてしまった。

 私もらみちゃんとそんな関係になれたらいいな。

 そんなことをつらつらと考えていると、

 

「なんでお客さん来ないのら?」

「うわっ、びっくりした」

 

 いつの間にか隣にルーナ先輩がいた。たこ焼きをもぐもぐしながら、少しだけ悲しそうな顔で賑わう露店を眺めている。

 

「ルーナ先輩、どうも」

「ぼたんちゃん、ルーナの店に来るのら」

「あっ、今、待ち合わせ中なんで」

「……世知辛いのら」

 

 しょんぼりと肩を落とすルーナ先輩。彼女の言いっぷりから察するに、どうやらお店を出しているらしい。姫森財閥のご令嬢たる彼女がなぜ露店を。あたりを見渡すと、少し離れた場所に人っ子ひとりいないたこ焼屋台がぽつんとあった。周囲の露店と比べ、かなり浮いている。

 

「なんで誰も来ないのら?」

 

 そもそもなんで露店なんて出していらっしゃるんですか、と尋ねたくなったけれど、どうせ気まぐれだろうから口にはしない。そして、彼女のたこ焼き屋が繁盛しない理由は一目で分かるものだった。あまりにも異様だったからだ。

 

「値段が高いのと、あのサングラスの人たちのせいだと思いますよ」

「……たったの3000円なのらよ?」

「庶民には高すぎです」

「ほぼ原価なのら」

「いやいや、どんなたこ焼き作ってんですか」

「青のりの代わりに金粉たくさん振ったのら」

「……それ、やめましょう」

「るーないとのみんなは何でダメなのら?」

「露店を囲う黒服のグラサンがいる出店に近づく変わり者なんていないですよ」

「……商売というものは、奥が深いのらね」

 

 しみじみとルーナ先輩は独りごちる。

 相変わらずどこかぶっ飛んだ人だ。

 

「ところでぼたんちゃんは誰と待ち合わせなのら?」

「らみちゃんとです」

「おー、浴衣おデートなのらね?」

「まあ、そうですね」

「青春なのら」

 

 うきうきと声を弾ませるルーナ先輩。たこ焼きのソースまみれになっている彼女の口元が気になったので、巾着から携帯ティッシュを取り出して拭いてあげた。口をうーとすぼめて、されるがままのルーナ先輩。

 よし、綺麗になった。

 ありがとなのら、と彼女は笑って言葉を続ける。

 

「ぼたんちゃんは優しくてかっこいいのら。だからラミィちゃんも、そんなぼたんちゃんがとっても大好きだと思うのら」

「うーん、そうだといいんですけどねぇ」

「そうに違いないのら」

 

 うんうんとひとりで納得してみせて、彼女は懐から二枚のチケットを取り出した。そして、それを私の手に握らせてくる。ルーナ先輩がにっこりと笑った。

 

「アドバイスのお返し。有料観覧エリアのチケットなのら。ここなら花火がよく見えるし、人もそれほど多くないから雰囲気も抜群なのらよ」

「貰っちゃっていいんですか?」

「もちろんなのら。可愛い後輩の恋路をルーナは応援したいのらよ」

「ありがとうございます」

「礼なんて野暮なものいらねぇのら。最高のおデートになるように祈ってるのら」

 

 姫森ルーナはクールに去るのら、と言い残し、彼女は颯爽と不人気なたこ焼き屋へ帰っていった。

 相変わらず不思議な人だな。

 けど、ありがとうございます。

 

「よし」

 

 二枚のチケットを見つめて、私は決意する。

 今日、らみちゃんに告白しよう。

 高鳴る鼓動を沈めながら、私は自分に言い聞かせた。

 

 

004

 

 

「ししろん!」

 

 待ち合わせ時間の五分前。

 浴衣姿のらみちゃんが人混みから現れた。

 清涼感のある水色を基調とした花柄の浴衣。帯は落ち着いた色合いの赤。白い綿で飾られたシュシュで長い髪をお下げ髪にして二つに纏めている。

 

 ともすれば見失いかねないほどの人の波。けれど、彼女の存在感は圧倒的で、らみちゃん以外のすべてがぼやけて見えてしまうほど、彼女は華やかに輝いて見えた。

 

 下駄をカタカタと鳴らして、らみちゃんが側に来る。すこし申し訳なさそうな顔をして、彼女は言った。

 

「ごめんね、待たせたかな?」

「今きたとこだから大丈夫」

「……ほんとにぃ?」

 

 ジト目で私の顔を覗き込む彼女の目をしっかり見つめ返す。ここで逸らすとバレちゃうし。

 

「まじまじ。……浴衣姿、かわいいよ」

「えへへ、ありがと。ししろんもかっこいいよ」

 

 素直な感想を伝えると、らみちゃんは嬉しそうにニヘラと笑った。

 

「それじゃ、行こっか?」

「うん! ラミィ、りんご飴食べたーい!」

 

 無邪気にはしゃぐ彼女を伴って露店巡りへ。

 ふいに、視界の端で親指を立ててこちらを応援するルーナ先輩が目に入った。ありがとうごさいます。けど、ごめんなさい、そのたこ焼き屋には行きません。

 私たちは灯籠に照らされる階段を上がり、祭り会場のいわゆるメイン通りへと向かった。境内では、露店が軒を連ね、うすらぼんやりとした都会の夜を出店の明かりが煌々と照らしている。

 りんご飴屋台を探しながら通りを歩いていると、らみちゃんの足がふいに止まる。

 

「あっ、射的やってるよ!」

「ほんとだ」

「雪民人形がある! ねぇ、ししろん、射的やっていこうよ。ラミィ、雪民さん欲しいな」

「いいね。やってこうか」

 

 射的屋のおやじに声をかけて、私とらみちゃんのコルク弾をもらう。全部で五発。ま、これだけあれば景品の一つくらい余裕で取れるでしょ。

 コルクガンに弾を籠めながら、さっそく雪民を狙って片目を閉じているらみちゃんを応援する。

 

「がんばれー」

「ぜったいに取るからね。見ててね、ししろん」

 

 真剣な顔つきで、細い腕を目一杯伸ばしてコルクガンを打つらみちゃん。しかし、そのことごとくが外れ、雪民人形がある場所とは明後日の方向へコルクが飛んでいく。これには射的屋のおやじも苦笑いだ。

 弾を使いきり、ずんと肩を落とす彼女に声をかける。

 

「大丈夫、私が絶対に取ってあげるよ」

「うぅ、ししろん、がんばってぇ」

 

 ふぅと息を吐く。雑音を排除してできるだけ無心に。人混みの雑踏が遠くに聞こえた。片目は閉じず、開けたままで。効き目で照準を合わせて、トリガーに指をかけた。少しでも弾道がぶれないように、打つ瞬間は呼吸を止める。雪民人形に狙いを定めて……。

 

「すごぉーいっ! ししろん、ありがとう!」

「喜んでもらえて良かったよ」

 

 無事、らみちゃんの要望通り、雪民さんを手に入れることができた。人形を両手でぎゅっと抱きしめて笑う彼女の姿に、思わず私も笑顔になる。

 

「ラミィ、射的苦手だなぁ」

「たしかに、あれは酷かった」

 

 散々な結果を思い出して吹き出す。

 

「あっ、笑うなぁ!」

「だって、全然違うところに打ってたから」

「うぅ……、ちょぉっと自分が得意だからってさ。いじわる! ししろんなんて嫌いっ!」

「ふーん、じゃあ雪民人形返してもらおうかな」

「あーん、うそうそ! 嘘だから!」

 

 ふたりでわちゃわちゃと会話しながら、そのあとも露店を色々と回った。焼きそばやりんご飴を食べたり、金魚すくいで競いあったり、型抜きをしたり、お揃いのお面を買って頭に着けたり……。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去って、気が付けば、花火が打ち上がる時間になっていた。

 

「らみちゃん、そろそろ花火だし、移動しよっか」

「うん!」

 

 私はルーナ先輩から貰った有料観覧エリアへらみちゃんを先導する。場所は彼女との待ち合わせ時間中にスマホで調べておいた。人でいっぱいだったお祭り会場と比較すると、有料観覧エリアは落ち着いて花火を見れる雰囲気だ。エリア内ではどこで花火を見ても良いらしいので、適当な場所を見つけてらみちゃんと肩を並べる。

 らみちゃんがくいくいと私の浴衣の袖を引いた。

 

「わざわざチケット用意してくれてありがと」

 

 用意したというか、なんというか。

 

「貰い物だからお礼なんていいって。けど、よく見えそうでよかった。前の人の背が高いと見えづらかったりするもんね」

『間もなく花火があがります。ご観覧のかたは他のお客様にご配慮いただいた上で――』

 

 アナウンスが流れ、いよいよ花火大会が始まった。

 

 ひゅるるるる。ツツツと昇る火の粉の弾道が、甲高い音を鳴らして、雲一つない夜空へ打ち上がる。数本の光の軌跡が闇夜に呑まれ、一幕の静寂を挟んだのちに、胸の奥底から押し上げられるような重低音、どかアんとはぜて花火が真っ暗な空を染め上げた。鼓膜を打ち、体を揺らす破裂音が連続で響く。菊、牡丹、冠、柳。様々な形の閃光が彩りを変化させながら夜空に咲き乱れた。

 

「綺麗……」

 

 ぽつりとこぼれた声に横を向く。空の色彩に白い顔を照されて、らみちゃんはじっと花火を見ていた。滝のように流れる黄色い光。複数の色が混じる炎の花。夜空を染める美しい風景に皆が目を向ける中、私はつい、地上にある雪の花に目を奪われて固まってしまう。

 思わず私は、自分の気持ちを声に出していた。

 

「……好きです」

 

 どオん。

 小さく漏れた私の声を掻き消すように、赤光が夜闇を鮮やかに照らす。朱に染まる彼女の横顔。なんともまあタイミングが悪い。私は苦笑して、仕方がないと打ち上がる花火に目を向ける。

 

 とん、とらみちゃんが肩をぶつけてきた。

 そのまま彼女は私にもたれかかって花火を眺める。

 

 にこちゃんマークやら、星やら、ハートやら、型物の花火が楽しそうに夜空を埋める。どれもが正確な形ではなくて、時おり不格好なものもあるけれど、頑張って皆に見てもらおうとするその姿がとても愛らしい。

 

 ふいに袖を引かれ、らみちゃんの方へ体が傾く。轟音が響く中でもしっかりと声が届くよう、らみちゃんはぐっと背伸びをして、私の耳に唇を寄せ囁いた。

 

「……聞こえてるよ、ばか」

 

 カァと顔が熱くなる。反応がなかったもんだから、てっきり聞こえてないと思い込んでいた。心臓が急速に跳ねる。相変わらず轟く花火の音に腹の底を揺さぶれながら、私は心を決めてらみちゃんに向き合う。

 目があった。薄い黄色の瞳が揺れ動いてる。

 その小さな両肩を両手で掴む。

 目を見据えて私の気持ちを言葉で伝えた。

 

「らみちゃん、大好きです。ずっと隣にいてください」

 

 スターマイン。何十発もの花火が連続で打ち上がり、夜の明るさを忘れさせるほどの美しい色彩に世界が染まる。けれど、煌々と輝くその閃光に負けないくらい、らみちゃんの顔が真っ赤に染まった。もにょもにょと口もとを動かして、彼女は視線をあちらこちらへさ迷わせてから、何を思ったのか頭に着けたお面をかぶり顔を隠す。

 え、どういうこと?

 おーい、私、告白したんだけど……。

 

 らみちゃんの行動にハテナを浮かべていると。

 突然、ぐっと襟元を掴まれて、顔を引き寄せられる。しゃがんだ姿勢になった私に向かって、猫のお面が近づいてきた。プラスチックの猫の口が、私の唇に触れる。急展開にびっくりして固まる私。薄いお面越しにらみちゃんの唇の温もりが伝わってきた。

 

 しばらくして、お面の猫が離れていく。

 らみちゃんは猫の姿をしたまま私を見上げた。

 

「……今日は恥ずかしいからこれだけ。でも、ししろんがずっと一緒にいてくれるなら――」

 

 

 ――今度はお面を外してもいいよ。

 

 

 射的は下手くそなくせに、彼女の一言は私の心を見事に一発で撃ち抜いた。

 

 

005

 

 

 夏といえば、何だろう。

 かき氷? スイカ?

 海? 川? プール?

 夏祭り? 盆踊り?

 お盆? ホラー? 怪談話?

 

 私にとっての夏といえば、それは花火だ。けど、みんながパッと思い浮かべるそれとは少し違う。私の花火は夜空に咲かない。私の花火は時々わがままだし、ちょっとだけ面倒くさいところもある。私の花火は世界で一番可愛くて、世界で一番美しい。年中の間、地上にあって、私の隣で眩い輝きを放ち続ける。

 

「ししろーんっ、花火はじまっちゃうよ!」

「はいよー、今行くからちょっと待ってー」

 

 あの夏の日、ぱっと光って咲いた雪の花。

 私はその花が枯れたとしても、ずっと隣にいようと思う。

 

 

 




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