ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第10章

 

 

暗闇の中で、焦げた匂いが鼻についた。

 

田舎の中の田舎、そこにある小さな村。

 

パチパチという弾けるような音が、夜の街に響いていた。その暗い情景をふき取るように、あちこちにオレンジ色の火があった。

 

普通の燃え方ではなかった。

 

道路、街灯、ベンチ、給水塔·······場所を問わずに輝く炎は飛び散り、こびりついた泥のようにあらゆる部分に燃え移っている。

 

 

『··············母··············さん』

 

 

無我夢中で手を伸ばした。

息をする度に自分の肺が燃える。胸が熱くなって涙が出てくる。

 

目の前にあったのは、絶望。

 

生まれた時からずっと一緒だった人が、目の前で失った。自分のせいなのに代わりに大人たちに頭を下げてくれたり、迷惑をかけることもあったけどそれでもたった一人の息子を大事に育ててくれた、大切な人。

 

女手一つで一生懸命大事に自分を育ててくれた人が、()()()()()()()()()()()

 

 

『·············フッ』

 

 

『それ』を人と呼ぶにはあまりにも恐ろしかった。

 

悪魔、死神··············怪物。

 

そしてそれの持つ武器は、剣というにはあまりにも長く鋭すぎた。鋭い切れ味で派手な装飾はなくシンプルなデザインに、ただ刃を長くした刀。少し振るだけでも刃は恐ろしい切れ味を持ち、尚且つ素早く広範囲に攻撃できる。

 

まさに斬ることに特化した刀だった。

 

人の命を奪える凶器として申し分がないほど美しく芸術的な刀。あれにやられた者はどんな気持ちだったのだろうと、考えたこともあった。痛みを感じる暇もなく死に逝くのだろうか、斬られたことすらも気付かず苦しい思いもせず、死へと贈られるのか、と。

 

彼は息が焼かれながらも足を動かして前へ進んだ。

 

目の前に広がる絶望は、いつしか憎悪へと変わっていった。その憎しみが膨れ上がるたび、彼の中にあったものはどんどん崩壊して行く。人道、倫理といったものはあいつには必要ない。理不尽には理不尽で返す。その思いを胸に、彼はただひたすら奴の後を追っていった。

 

 

『図に乗るな··············ッ!!』

 

 

大切なものを奪われた怒りだけが脳内を支配していた。奴を追いかけて、復讐してやるということしか頭になかった。

 

その次の瞬間には、体の内側が不自然に震えていた。内臓の動きがおかしい。いや血流すらも違和感があった。まるで革袋の中で別々の生き物が蠢いているかのような動きをしていた。

 

 

『人間ごときが·······私を倒せるとでも思ったのかッ!!』

 

 

あの刀で斬られた者は苦しい思いをせずに··············いや。

 

痛い。

 

苦しい。

 

痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい·································悔しい。

 

血だまりが服へと染み込み、わずかな傷口の穴から鮮血を垂らして意識が闇の中へと沈んで逝く気分だった。

 

通常の人間なら確実に死んでいる。しかし、彼にはまだ息があった。皮肉にも、胸を貫いた剣が血管から血管へと巡る血を傷口から漏れ出ないようにしてくれたおかげで、なんとかまだ保っていられた。

 

しかし、それだけだ。

 

命を繋ぎ止める、意識を手放さないようにするのが精一杯。そこから先の起死回生はやって来ない。

 

でも。

 

それでも。

 

 

『俺の···········』

 

『!?』

 

 

掠れた声が聞こえた。

 

それは確かに彼の口から放たれたものだったが、これまでの畏敬を含んだような口調ではなかった。彼は怪物に対して、人間の言葉でこう言ったんだ。

 

 

『俺の···········家族を···········俺の···········故郷を······················よくもやってくれたな』

 

『ッ!?』

 

『お前だけは······················許さないッ!!』

 

 

その言葉が放たれている最中も、彼の苦しみは続いていた。

 

 

『ぐぁ、ぁぁぁああああああああああああああああっ!!』

 

 

鼓膜が破裂しそうなほど叫んだ。眼球が内側から飛び出しそうな、変な圧力が内側から加わった。胸に食らいつく激痛を必死に抑えつけ、両手で冷たい刃を握って、奴の体を魔晄溜まりの中へと放り込んだ。

 

······················その後、何がどうなったのか観察することはできなかった。

 

勝利の愉悦などなかった。

 

一刻も早く、彼は唯一の親友と幼馴染の元へと歩いて行った。意識を今にも手放してしまいそうな中、とにかく二人の安否を確かめたかったのだ。一秒でも早くこの地獄が消えて無くなる事だけを祈って、そのまま両目を閉じた。

 

そして、次目を開けるのが五年後になるなんて、この時は思ってもみなかった。

 

一つの戦いが終わったんじゃなかった。

 

むしろ。

 

あれが全ての始まりだったんだ。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

あらゆるプレイヤーが集う街───アルゲード。

 

そこは沢山のNPCやプレイヤーが集まって、昼夜問わず賑わう形に自然と作られた繁華街だ。食い物や屋台、酒場の店先であらゆる会話が飛び交ってさらに賑わいに花を咲かせている。

 

薄汚れた服や装備が雑にかけられ、金額設定も適正とは言えず文句を店主に放つ者。酒と煙草で体にわざわざデバフをかけて弱体化させているのに無理して口喧嘩を買っている者。ギャハハゲラゲラないわそれーっ! と馬鹿笑いをして誰かに対してからかいを投げかける者。

 

賑わいというか、猥雑。

 

広大な面積に隙間なく饐えた匂いのする空気を張り巡らせ、おそらく純粋なプレイヤーならば近づくことすら躊躇う階層であろう。

 

しかし、逆に言えばここは流行の発信基地として機能しているとも言える。主に酒場だ、酒場はあらゆる情報が毎日飛び交う場所として有名。そこで屈強な男たちは自分たちの功績を自慢として相手に言って優越感に浸るということをしているが、それを視点を変えて聞けば価値のある情報へと変えることができる。中には、聞いてはいけない話題すらも耳に入ってくることもあるが、ここにいる奴らはそんなことは気にしない。価値のあるものかどうかなんて、彼らに測れるものではないのでただの雑談にしかならない。

 

毎日絶える事なく人と情報が行き交う街。

 

そのため、ここで手に入らない物はないと囁かれているほどの繁栄を見せている。

 

 

「いらっしゃいいらっしゃい! 安くしておくよ、ちょっと見ていかないかい?」

 

「今ならこれがお買い得! これは滅多に手に入んないレア物だよ!」

 

「なぁ少しだけでも見てかない? あんたにだけは安くしとくからさ〜」

 

「おい! それ触んなら買えよ! うちはとにかく新品を扱ってんだ! 誰かがそれに触った時点で中古になっちまうんだからよ。買わないつもりなら触るんじゃねぇよ!」

 

 

商売人としては言葉が汚い気がする。

 

そんな雑踏の中、人々を蹴散らすように歩いている一人のプレイヤーの姿があった。朝から客が来なくて困っていた行商人プレイヤーはそいつを視界に捉えると、せめて回復アイテムだけでも買ってもらおうと、背中越しに声を掛ける。

 

 

「よう、そこの兄ちゃん··············」

 

 

しかし行商人は声を掛けた事に対してすぐに後悔した。

ふと歩みを止めて振り返ったそのプレイヤーの眼光が激しく、自分の心臓を射抜くかのように思えたのだ。

 

 

「··············なんだ?」

 

 

そのプレイヤーは、厳しい表情に似つかわしくない声を出して尋ねてくる。

 

無意識なのか、それともそういう空気だったのかはわからないが、気がつくと行商人とプレイヤーの周りにはぽっかりと空間が広がって、道行く人々がその光景を目にして関わらまいとし、息を詰めながら避けて通って行っていた。

 

 

「あ、いや·······ひ、人違いだったみたいだ」

 

 

整った顔のわりに厳しい眼差し。

 

目を合わせただけで緊張感を生み出し、話しかけるだけでも勇気がいりそうな雰囲気がそのプレイヤーから発せられている。明らかに声をかける人物を間違えてしまった。まだ二十代前半と思えるそのプレイヤーの尋常ではない様子に、なんとかその場を取り繕って逃げ出そうとした行商人だったが、今度は逆に呼び止められる。

 

 

「待て」

 

「は、はい!?」

 

 

声を掛けられただけで肝が縮んだのか、行商人は肩を上げて固まってしまっていた。

 

 

「見たところ行商人として商売をしているみたいだが、他の層の街や村に行くことがあるのか?」

 

「ま、まあ。ここを拠点として活動しているが、アイテムを収集するためにいろんなフィールドに出ることはあるかな·······」

 

「じゃあ、その層での情報も耳にすることもあるのか?」

 

「あ、ああ··············いろんなところに赴くからそういう情報も勝手に入ってくる·······かもしれませんね」

 

「··············モンスターや、プレイヤーの噂もか?」

 

「? まあ、多少は。専門外だからあまり取り扱ってませんけど」

 

「············································」

 

 

行商人プレイヤーはいつの間にか敬語になっていた。目の前に立ちはだかる金髪のツンツン頭プレイヤーの威圧感に、自然と膝が震えてくる。

 

と、そんな行商人に構うことなく、彼は個人的な事情をぶつけるように低い声で尋ねてきた。

 

 

「··············長い銀髪、長い剣··············そういった特徴を持つモンスター、もしくはプレイヤーに心当たりはあるか?」

 

「長い銀髪に長い剣····················?」

 

「今探しているんだが、なんの手がかりもない。そういった奴を見たという話を聞いた事はないか?」

 

「いや、えっと··········」

 

 

手を横に振りかけた行商人だったが、ふと何か思い至ったかのように手を叩く。その仕草には、なるべくこいつの前から早く立ち去りたいという気持ちも多分にあった。

 

 

「そう言えば··········前どっかの犯罪者ギルドがそんな奴に襲われたなんて話を耳にしたことがあったような··········」

 

「!?」

 

 

それを聞いた途端、彼の目が光った気がした。行商人は慌てて後ずさろうとしたが、肩を掴まれて動けなくなる。

 

 

「それはいつのことだ?」

 

「た、確か··········半年前だったかな? えっと、まだ五十六層を攻略し始めた時期くらいに聞いた気がする。なんか、どっかの犯罪者ギルドが一夜にして消えたって噂。なんでもノイズまみれで姿はよくわからなかったらしいから銀髪かどうかは知らないけど、少なくとも長い髪を生やしてたって聞いたよ。カーソルがなかったらしいから多分モンスターなんだと思うけど、そいつが犯罪者ギルドの連中を根絶やしにしたとかなんとか··················それ以上のことは詳しく存じませんので、はい」

 

「半年前、それだともう遅いな··············そいつを見たって言う奴は? 噂が広まってるんなら誰かが広めたんだろう? その噂を広めた奴は誰だかわかるか?」

 

「さ、さあ·······酒場で誰かが話してるのを盗み聞きした程度なんで出所は知らないです。もしかしたら、本当にただの噂話だったのかもしれません」

 

「·····················そうか」

 

 

彼は頭の中で所要日数を確かめていたようだが、残念そうに舌打ちをする。

 

 

「今頃はあいつの痕跡も消えてるな」

 

 

場所はわからないが、それだけの日数が経っているなら現場には何も残っていないだろう。遺体も残らないこの世界じゃ解剖結果すらも出せない。それらしい情報を手に入れたというのに、鮮度が落ちすぎていてあてにならない。

 

眼光鋭いプレイヤー、クラウドは苛立ちのあまり奥歯を強く噛み締めていると、

 

 

「あのう」

 

 

行商人は、恐る恐るクラウドに声を掛ける。

 

 

「差し出がましいようですが、そんなの俺らなんかに頼らずとも情報屋のアルゴのとこに行けば詳しい話を聞けるんじゃないですか?」

 

「もう行った」

 

「あ、そうですか」

 

 

ちょっと八つ当たり気味に答えた。

ここなら何か手がかりが得られるのではないかと思ってやってきたのだが、あの情報屋でも空振りに終わったのだと、クラウドは語った。

 

 

「その、モンスター? プレイヤー? と、何かあったんですか?」

 

「······················別に」

 

 

睨んでいるように見えた。

 

実際はただ単に目を鋭くしているだけなのだが、行商人視点から見ればめちゃくちゃ苛立って睨んできているようにしか見えなかった。うっかり気安く語りかけるものではないと反省する。

 

 

「·································」

 

 

クラウドは再び黙り込む。

 

何故そいつを探しているのかわからないが、どこまでも追いかけてでもそいつの居場所を見つけるつもりだった。この一年と半年ほどの期間、多くの村や街、様々な狩り場を駆け巡っては奴の情報を手に入れようとしてきた。依頼を引き受けて生計を立てながらこの仮想世界で生活しながら足取りを追おうと密かに行動していたものの、それでも奴の行方は杳として知れない。

 

だが諦めるつもりはない、絶対に。

 

 

「あ、あのう···········」

 

「?」

 

「あんた、ひょっとして攻略組だったりとか?」

 

「? なんでそう思うんだ?」

 

「あ、別に深い意味があるんじゃないでして!」

 

 

普通に尋ね返したと思うのだが、クラウドの形相に行商人は敬語をおかしくさせながら首を振る。

 

 

「てっきりそうなのかなと。私の勝手な思い込みでしたが、ハハハ···········」

 

「·································」

 

 

それだけを聞くと何も言わず、もうあんたに用はないとばかりにクラウドは行商人の前から立ち去った。

 

結局ここでは、あのかつての『英雄』の情報は得られなかった。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

それから半月ほど経ったある日。

 

クラウドはかつて一度訪れた、四十七層の『フローリア』へと足を運んでいた。

 

色とりどりの花が咲き誇るフィールドから離れたところにある森のフィールド。クラウドは歩きにくい森の中を一歩一歩慎重に足を進めながら、一心不乱に『奴』の痕跡を捜し続ける。

 

すでに太陽は西の空へと没しつつある。実際の時間と同期することでベストな体験をできる種類のゲームであるとされるこの世界では、実生活と同様の時間軸を過ごすことで違和感なく仮想世界を活動できるように設定されている。

 

クラウドがここに訪れたのはまだ日が明け切らぬ薄明の時間帯だったので、ほぼ丸一日この場で探索し続けていたという計算になる。通常のプレイヤーからしてみると、採取や経験値稼ぎに訪れたにしては時間がかかりすぎるし、何より攻略が進んだ今、もっといい狩り場もあるだろうと疑問に思われるに違いない。

 

 

「····························」

 

 

かかんでいたクラウドは一度足を伸ばすために立ち上がると、周囲を見渡す。

 

元から太陽の光を通しにくい森の中はかなり暗くなっており、今頃花畑の方は夕日の光を受けて真紅の園へと急速に変化しているに違いない。

 

 

「日が暮れるまでにはできれば何か手がかりを見つけたかったんだが·············ここまでか」

 

 

クラウドの声には焦りの色が含まれていた。

 

採取や経験値稼ぎに費やせる時間は、このゲームでは非公式ながらプレイヤーの間で設定を決められている。狩り場を独占して経験値を稼いだり、貴重な資源の乱獲を防ぐために大手のギルドが勝手に決めたらしいのだが、こっちからすればただ単に恨めしい設定でしかない。

 

現実世界の掟に縛られているせいだろう。もしくは、この世界の製作者の意思を汲み取ったのだろうか。

 

本来、クラウドが為さねばならないものを達成しなければならないというのに、現実の掟に縛られた者達が勝手に決めたルールによって足止めを喰らうことにクラウドは苛立ちを見せる。

 

仮想世界の何でも屋としての依頼も山積している以上プライベートでの時間が取れない中、出直すというのは論外だった。

 

 

「··············ロザリアの消息が絶ったのは俺達を襲った後。転移結晶を使わずにフロアを移動するには転移門を通らないと移動できないのに、あいつは転移門を使わなかった。足取りから考えて、おそらくこの森にいると思ったんだが」

 

 

自分に言い聞かせるように独り言を述べながら探索を続ける。

 

彼がここに来た理由は、以前捕獲し損ねたロザリアの足取りを追うためだった。

 

あれからだいぶ時間が経ったというのに、全くと言っていいほど姿を現さなかった。キリト達と別れた後、クラウドはすぐさま転移門の方へと向かった。ロザリアは転移結晶をクラウドの攻撃で落としてしまったので、他のフロアに移動するには転移門を使うしかない。

 

急いで向かってそこにいたプレイヤー達に事情聴取したところ、ロザリアと思われる人物が転移門を使ったという情報は得られなかった。

 

だとすれば、ロザリアはまだ四十七層に身を潜めているということになる。クラウドは粘って転移門周辺のフィールドを探し回ったが、影すらも掴めなかった。ここのフィールドで身を潜める場所があるとしたら、少し離れたところにある森だと思うんだが、時間も時間だったので彼は捜索を後回しにした。それに、どうせまた襲撃するために姿を現すと思っていたクラウドは、それ以上の捜索はせずに家へと戻った。

 

しかし、事は上手く運ばなかった。

 

あれから半年以上経っても、ロザリアは襲撃をしてこなかった。

 

疑問に感じたクラウドはアルゴにそれらしい情報はないか尋ねに行った所、噂話ではあったが誰かに消されたという話を聞かされた。ソースはどこから得たのかはわからなかったが全然姿を現さなかったのを考えると、その可能性はあると見える。

 

そこで、クラウドはあることを聞いた。

 

プレイヤーが、何者かに殺害されるという事件が多発している、と。

 

今更何を言っているんだと思った。犯罪者ギルドの仕業だろうとアルゴに言ったのだが、彼女は首を横に振った。クラウドの言葉を否定する素振りを見せたアルゴに首を傾げていた所、彼女はこう言ったのだ。

 

 

『プレイヤーを殺しているのは全て単独犯。しかも、普通のプレイヤーだけでなく犯罪者ギルドにまで手を出している』

 

 

それを聞いて、クラウドは眉をひそめた。

 

たった一人で多くのプレイヤーを相手にしているというのか、しかも凶人共が何十人も集まっている犯罪者ギルドにまで。普通に考えたらおかしい。犯罪者どもは頭のネジが外れているため容赦無くこちらの命を刈り取ろうと襲ってくるはず。

 

そんなやつらを相手にするには勇気もいるし、そもそも意味がわからない。犯罪者を相手にする理由はいくつも思いつくが、わざわざたった一人で挑みに行くか?

 

過去にオレンジプレイヤーに何かをされて、恨みを抱いたため気が狂うほどモンスターを相手にして経験値を稼ぎ、たった一人で戦いに行くというのは理解はできる。

 

が、ならば何故通常のプレイヤーにまで手を出している?

 

オレンジプレイヤーに手を出してもカーソルが変わる事はないが、通常のプレイヤーを手に掛ければデメリットしかないはず。理屈に合わないことをしている時点でそいつは頭がおかしい。

 

 

その時、クラウドは珍しくアルゴにそいつのことを詳しく聞こうと問うていた。

 

 

何故そいつのことを知ろうとしたのか、自分でもわかっていなかった。

 

どんなものでも関心を持たない性格のクラウドが珍しく自分から聞いて来たことにアルゴは驚いていたが、すぐに情報屋モードに切り替えてそいつの特徴を教えてくれた。

 

だが、そこでやめておけばよかったとすぐに後悔した。

 

本来の仕事を思い出させるような発言をアルゴから耳にした途端、クラウドは見たこともない表情を見せたのだ。

 

 

『長い髪に長い剣』

 

 

その特徴を聞いただけで、クラウドの全身にゾッとした感覚が襲いかかった。

 

心当たりがあった。そして、思い返してみればその要素にも思い当たる節があると遅れて気付いた。

 

ここに来る前、現実世界の依頼人であるチャドリーに言われた言葉、

 

『あらゆる機械には『魔晄』が使用されていました。それはネットワークも例外ではありません。新しいネットワークを開発するまでは旧式を現在使用しておりますが···········正直僕自身もあり得ないと思っていますし、どう考えても納得がいきませんが、ネットワーク構築にも魔晄が使われており、それが原因でライフストリームに溶け込んだ“彼”の意識がそこに紛れ込んでしまったとしたら······················』

 

あの言葉が一年ほど遅れて蘇った。

 

一見すれば誰にでも当てはまりそうな特徴であったが、その事件を起こしている奴と『あいつ』の過去の行いを照らし合わせれば納得がいく部分がある。

 

動機なんてそいつにはどうでもいいこと。人の命すらも容易く奪う。

それが誰であろうとも、奴にとっては邪魔な存在でしかない。

 

経験しているクラウドにはわかる。

 

『奴』の持つ武器で胸を突き刺され、死をも覚悟した痛みと感じたことのない苦しみを。自分の記憶が時間が経つにつれて曖昧になりつつある今でさえも、その特徴を聞いただけで胸に残っている消えない傷跡と共に思い起こされる。

 

『あいつ』の姿が記憶の奥底から明確に思い起こされた途端、クラウドの口から掠れた声が漏れ出ていた。声帯どころか、全身が震えてまともに言葉が出ないまま、その時初めてこの世界で彼はその名を絞り出した。

 

 

 

『セフィロス』

 

 

 

思い出の奥底に封じ込めていた奴が、今こうしている間にもこの世界を徘徊している。

 

そう思うと居ても立っても居られず、すぐに捜索を開始した。アルゴにも協力してもらい、手当たり次第に情報を集めるために各地を回って行って、そうして今に至る。

 

だが、何の成果も得られなかった。

 

生暖かい風だけが森の中を吹き抜けて、真紅に染まった木々の葉たちが波のように音を立てている。

 

 

「·············!」

 

 

と、その時だった。

 

真紅に染まった空から降り注ぐわずかな光が、何かを煌めかせていた。

 

金属のようなものが夕日の光を反射してクラウドの目を射抜く。オレンジ色に染まった何かが、彼の視線に飛び込んで来た。

 

それに気付いたクラウドは太陽の光が完全に沈んでしまう前に全力でその場へと走って行く。近づくにつれ、それまで気付かなかった周囲の惨状が明らかになる。

 

一定の間隔をおいて、木々が根こそぎ薙ぎ倒されていた。

 

何か鋭利なもので振り回した跡が目立つ場所。その中心までたどり着くと、クラウドは慎重にかがみこんで目を凝らした。

 

 

「·············ッ!?」

 

 

驚愕の声を微かに漏らしながらそれを見る。

 

半ば地面に埋れるようにして転がっていたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

あれから半年間、この場にずっと放置されていたせいで地面の一部と化していたんだろう。そこまで現実再現されているなんて、ここまで来たら製作者に対して呆れるしかない。クラウドは慎重に掘り起こして手で掴む。ずしりと重たい手応えと共に、あの女のウザさを象徴するような装飾が施されていて思わず顔を顰めてしまう。

 

槍をよく見るために、クラウドは手馴れていない手つきで槍を指先でクリックする。ポップアップメニューを開くと、武器の状態についての情報が目の前に表示される。クラウドは、手にした槍を顔に近づけて行く。じっと凝視するその表情は怖いくらい真剣で、触れれば切れるほどの凄みさえ漂っている。

 

カテゴリとか固有名には目を通さなかった。製作者も誰だかわからない奴だったし、たいして気にしなかった。

 

それよりも耐久値や攻撃力の方に目が行った。

 

攻撃力は最低でも四十九層のレベルのモンスターを倒せるほどの品の質で、耐久値もそれほど減っていない。

 

 

「··························」

 

 

様々な角度から確認し終えると、クラウドは一先ずその槍をメインウィンドウを開いて乱暴にポーチへと放り込んだ。

 

半日以上四十七層に滞在していたというのに、成果はたったのこれだけであった。だが、これだけでもかなりの収穫だった。

 

 

「あの噂話は正しかったみたいだ。ここに来て正解だったな」

 

 

アルゲードでの情報収集は早々に打ち切って、以前アルゴから聞いていた単なる噂話を信じて一か八かここに訪れたわけだが、どうやら足を運んだ甲斐はあったようである。

 

あの女の槍だけが不自然にこの場に残され、辺りには争った様な惨状。

 

『奴』に間違いない。

 

 

『奴』·············『セフィロス』こそが。

 

 

ロザリアの命を奪ったのだと、犯罪者ギルドを壊滅させたのだと、一般プレイヤーを根絶やしにしたのだと、そう信じ切っていた。

 

 

「··························ッ!!」

 

 

不気味にオレンジ色に染まった村が記憶に焼き付いている。あの悪夢の様な光景が、絶望を撒き散らしていた怪物の姿が呼び起こされた。

 

あれが全ての始まりだった。あれから全てが狂ってしまった。

 

あいつのせいで、あいつがやって来たせいで、あいつがこの世にいたせいで。

 

一度そう思い込んだら、クラウドはセフィロスについて調査をせずにはいられなくなった。

 

どうやらあいつは偽物の世界でも絶望を送るつもりのようだ。あれから月日が経っても、寄生虫のようにクラウドの喉元に絶望を突き付けてくる。

 

 

「·············ふ」

 

 

薄く笑った。

馬鹿馬鹿しくて笑ったのか、それともただ笑うしかなかったからか。

 

いずれにしても·············これではっきりした。

 

 

「セフィロス··························ッ!!」

 

 

歯を食いしばった。

 

呼ぶことすら恐ろしく、それでいて不快な男の名前を正確に口にした。

 

今度こそ、正真正銘の絶望がこの仮想世界にて、確実にクラウドに押し寄せようとしている。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

扉をくぐると、自分の家に帰って来たかのように心が安らぐ。

 

攻略を終えたプレイヤーにとって、ここはそういう場所だった。

 

外はまだ日が暮れて間もない。それでも多くのプレイヤー達がここ、『騎士団』の名を冠する者達によって築かれた本部に押し寄せて賑やかになっていた。

 

外にある石畳と大差ない飾り気のない石造りの床。大きく無骨な柱が、見上げるほど高い屋根を支えている。それだけと言っても過言ではない簡素な作りではあるものの、ここに集うもの達はどいつもこいつもかなり立派な装備を身につけている。

 

 

「ふぅ············」

 

 

どうやら“彼女”の方も、見慣れた光景を見てようやくと肩の力を抜いた。

 

目的の任務を終えても、帰る途中で別のモンスターと遭遇することもある。厳密に言えば、街の一歩外に少しでも出ればモンスターと遭遇してもおかしくないのだ。そんな理由でたとえ任務を達成したとしても、簡単に緊張が解けるわけではない。

 

こうして、無事に街へと戻り、任務の精算をするために本部に訪れる。この瞬間、初めて終わったと感じられるのだ。

 

 

「無事に着きましたね“アスナ”様」

 

「ええ」

 

 

男は裏返ったような声で彼女の名を呼んだ。

 

そこに立っているのはこの世界ではトップレベルで顔の造形が整っている女性で、純白と真紅に彩られた騎士服を纏った女性プレイヤーだった。男よりも低身長ではあるものの、気品で気高く、とにかくその美人すぎる容姿が周りの目を引く。姿勢にいい立ち姿とが相まって求道者のような雰囲気まで感じ取れるほどの聖女性を醸し出している。

 

彼女の名はアスナ。

 

今は大手ギルドにその身を置いており、そして隣にいる男よりも遥かに上の身分と技量を持つプレイヤーである。それだけでなく、常に自然との調和を考えながら動くその姿勢なども、大手ギルドに所属する全員がいつも手本とするほどの人物だった。

 

 

「でも、報告し終わるまでまだ任務が終わったわけじゃありませんから」

 

 

立場上本部では常に敬語をデフォルトにしているのか、誰に対しても敬語を使っているようである。

 

意識が高いのは結構なのだが、そう言うアスナの表情も、任務に出るときとは比べ物にならないほど和らいでいる。攻略に出るようになってから一年ほど、変化に乏しいと思っていた彼女の表情も、その変化は小さいものの、よく見れば随分多くの感情が表れるようになってきている。

 

 

「そうですね。報告に行きましょう」

 

 

男は頷き返す。

 

頬肉が足りていないような男と、容姿端麗なアバターでこの地に足をつけているアスナは奥へと進んでいく。本部の奥にはギルドとしての設備があった。石造りのカウンターと、大きな板を使って高級感を見せるためにデザインされた掲示板。カウンターでは、このギルドに所属するプレイヤーが一般のプレイヤーから依頼を引き受けるための手続きができる。一般のプレイヤーが依頼を持って来ればそれが掲示板に貼り出され、このギルドに所属する者はそれを確認次第依頼を受けるかどうかを決める。

 

大手ギルドであるが故に始めたビジネス。困ったプレイヤーの助けになるために、このギルドの『最高責任者』が設置したものである。

 

ちなみに、ここでは依頼のことは任務と呼んでいるそうで、その理由は多分八割が雰囲気であろう。騎士団という名を語る以上、それにふさわしい呼び方で依頼に取り組んでいるようである。

 

 

「副団長にクラディールさん、任務お疲れ様でした」

 

 

カウンターには給仕服姿の女性プレイヤーが立っていた。彼女は攻略組ではなく、この大手ギルドに雇われた人間で、任務の契約を受け付けてくれる。

 

数日前、アスナとクラディールが依頼を引き受け、任務を達成して帰ってきたことを労ってくれた。

 

 

「ありがとうございます」

 

「それでは、こちらが今回の報酬になります。本当にお疲れ様でした」

 

 

ストレージにコルが追加される。

 

自分たちで分配しなくていいように、プログラムが自動で二つに分けてくれた。任務を終えた後、お金を数えて分配するのは面倒な作業だ。早く家に帰って休みたい身にはこの気遣いは嬉しかった。

 

 

「ところで副団長」

 

「?」

 

 

と、帰路につこうとしたアスナを受付の人が急に呼び止めてきた。

 

アスナは足を止めて振り返ると、

 

 

「実は、副団長を名指しにして依頼が入ってきているんですが」

 

「え? 私に?」

 

 

普通、依頼は掲示板に貼り出され、条件に合うプレイヤーであればどんなプレイヤーでも依頼の契約ができるように公開されているはず。ただ中には例外があり、非常に困難な依頼の場合などは稀に指定されることがあった。

 

その最たるものが緊急依頼案件で凶暴なモンスターの討伐やら、有名パーティーから見込まれての直接打診など。他にも、個人でどうしてもこのプレイヤーに頼みたいという強い要望があった場合にも指名されることがあるのだとか。

 

いずれにしても、それは相手から相当の信頼をされているという証だった。無論だが、隣にいる男にはそんな経験はない。一方で、副団長という肩書を持つ彼女には時折こういった依頼が舞い込んでいた。改めて、彼女の成長力の凄さを実感する瞬間である。

 

 

「緊急の依頼ですか?」

 

 

安全圏に戻ったおかげで和らいでいたアスナの表情が、任務や攻略で見せるそれへと引き締まる。緊急の場合は、大体が人命に関わる場合が多いからだ。

 

しかし、受付の女性は首を横に振ると、

 

 

「いえそうではなくて、調査の依頼です」

 

「調査?」

 

「とあるパーティーが見たことのないモンスターを目撃したらしくて、それの正体を突き止めてほしいとのことです」

 

「······················見たことのないモンスター」

 

「どうされます? 引き受けていただけますか?」

 

「引き受けるのは構わないけど、先に場所とそのモンスターの特徴を教えてくれませんか? それを聞かなければ返事ができません」

 

「あ、それもそうですね」

 

 

基本的なことをうっかり忘れていた受付女性はパンと手を叩くと、カウンターの下から一枚の紙切れを取り出した。掲示板に張り出す依頼の詳細が書かれたものと同じ紙。アスナを名指ししてきているために貼り出さず保管していたのだろう。

 

カウンターの上に置かれた紙にアスナは見入る。ついでに、さっきからずっといるおまけのような男も、アスナへの依頼とはいえ一緒に手伝うことになるだろうという感じで盗み見るようにして紙を覗いている。

 

 

「場所は············第一層?」

 

 

場所を見てアスナは驚く。

 

懐かしい場所だった。初めて、ある“男の子”とパーティーを組んだ場所もそこだった。最初の地であるため、あれ以来足を運ぶのは初めてだ。

 

 

「標的の情報は············『長い』? たったこれだけ?」

 

「はい。どうやら見かけたのは夜だったようでよく見えなかったらしんですが、とにかく長い何かが見えたらしいです」

 

 

曖昧で少なすぎる情報だった。

どんなモンスターかわからない以上、初めてそのモンスターを相手にする場合は普段以上に緊張するものだ。

 

それでもアスナの表情からは不安は感じられない。彼女の今の能力を以ってすれば、あらゆるモンスターにも対応できる。苦労はするかもしれない。それでも全く無謀な試みとはならないはずだ。

 

 

「それでは、私がそのモンスターについて調査を───」

 

「いえ、名指しされている以上私が赴きます。クラディール、あなたは本部での待機をお願いします」

 

「なっ!? しかし、私にはアスナ様の護衛としての勤めがッ!!」

 

「護衛はいりません。第一層ならば私一人でも対処できます」

 

「し、しかし───」

 

「副団長としての命令です。聞き分けてください」

 

「··················ッ!!」

 

 

流石に差し出がましいと感じたのか、クラディールは渋々了承した。

 

これ以上は副団長様を不快にさせるなんて思ったんだろう、クラディールは頭を下げると同時に数秒間沈黙したままでいた。

 

 

「それじゃあ引き受けます。明日すぐに調査に向かうと依頼主にお伝えください」

 

「はい、かしこまりました」

 

 

そう言って、アスナはカウンターから立ち去る。

 

クラディールが何かを言う前に颯爽と出口の方へと向かっていく。呆気にとられたクラディールは護衛をする者としての使命を思い出しすぐに追いかけようとするが、アスナはまるで逃げ去るようなスピードで足早に本部を出て行ってしまう。

 

実を言うと、彼女は一人になりたかった。

 

いつも護衛をつけられて一人でいる時間が少なくなったので、ストレスは溜まっていく一方。

 

そんな時に、名指しで依頼が来てくれた。

 

これはアスナにとってはかなりの好都合で、依頼の内容も自分一人で片付けられそうであったが故に、彼女は護衛をつけないようにした。

 

久々に一人になれる、しかも目的地は懐かしい第一層。

 

そう思うと、思わず笑みが溢れる。

 

アスナは明日の準備をするために本部を後にし、ウキウキとした気分で自分の家がある六十一層へと向かった。

 

 

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