ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第11章

 

 

依頼は時々こんなものまでやってくることがある。

 

 

「おっしゃ! 今日も張り切って行くぞお前ら!!」

 

「「「「「おおっ!!」」」」」

 

「····························」

 

 

青い空に、元気な声が響き渡った。

目を輝かせるようにしている男性はこの世界では珍しく刀を使っている。ウータイのような鎧を着込んでいる者達が複数いる中、クラウドもまたそこにいた。

 

彼らがいるのは狩り場の一つ、豊かな水と常緑の木々が生い茂っているフィールドだった。そのフィールドの街の出入り口で、“クライン”はパーティーメンバーに声を掛ける。

 

クラインは正式版プレイヤーの一人だ。赤いバンダナをつけ、これからの攻略が待ちきれないとでも言うかのように、キラキラと澄み切って輝いている。身につけている防具でパーティーの統一性を表しているが、案外この世界ではその装備は浮いて見える。そこらへんは個人の趣味次第なので口を出す権利はない。

 

しかし、そんなウータイのような装備にバンダナはどうなのかとは思ってしまうが、そこは個人の好みなので気にしてはいけない。

 

 

「つっても、今回は採取しかしないからな。それでも! 気を抜いたら即やられる! どんなものでも全力で立ち向かうことだけは忘れるな!! 全員気合いだけは入れとけよ!!」

 

「「「「「おう!!」」」」」

 

 

彼らが今いるのは始まりの街、第一層だった。

 

彼らが引き受けた依頼は採取系。ここでしか取れないアイテムを各自で協力して採取するだけの簡単なお仕事だ。故に、最前線で活躍している攻略組とはいえ小規模のギルドである「風林火山」というパーティーに白羽の矢が立った。名指しでの依頼でも、こういう雑用に似たものまで回されることがある。

 

普通なら大手ギルドの第三軍とか、そういう下っ端に任せればいいのにわざわざこっちに回してくるのを見るとなんらかの意図を感じる。

 

クラウドがここに来た理由は、アルゴからの依頼だったからだ。

 

あいつが持って来るものは大抵がデカイ仕事なのだが、今回はお遣い程度の依頼だった。とある小規模ギルドの採取に護衛についてくれ、ついでにお前も採取に加われというその依頼内容を聞いた時、即断ったのだが、アルゴが何故か大金を持って来たのでつい引き受けてしまった。

 

採取如きでこんなに? と思ったが、どうやらこれはアルゴ自らが出した金だった。つまり、アルゴが出した依頼だった。

 

どういうつもりか尋ねたら、『たまには仕事とか考えず気分転換してこイ』とだけ言ってそのまま出て行ってしまったためにそれ以上は聞けなかった。

 

彼女なりの配慮だったのだろうと、今になって思う。

 

ここ最近、『あいつ』を探すのに神経を使っていたため少々体力を消耗していた。それを見兼ねたアルゴが気を遣ってくれたんだろう。

 

そんなわけで、その小規模ギルドメンバーと共にここに来ているわけだが、

 

 

「ところで、護衛のクラウドさん。今日は俺たちに付き合ってくれてありがとうな。アルゴの紹介だからめちゃくちゃ頼りにしてるけどよ、俺たちも足を引っ張らないように頑張って攻略するから! 一緒に頑張ろうぜ!!」

 

「·················································ああ」

 

「ん〜、聞いてはいたがお前さん本当に口数少ないな。それじゃ友達できないぞ?」

 

「ここで仲間を作ったところで、いずれ皆元の世界に帰るんだ。無駄話をする必要なんてない」

 

「何だよそれ、見かけに寄らず中身が幼いな。『別れる運命だ、仲良くしたって辛いだけ』ってか?」

 

(·············································誰がそこまで言った)

 

 

その言葉にクラウドは口をへの字に曲げてムスッとする。

 

全くもって失礼な、ただ単にクラウドは口下手なだけである。

 

初対面の相手からは、よくクールなイケメンさんだと思われるほど整った顔立ちをしているが、クラウドはここにいる誰よりもおそらく強い。そして、今日会ったばかりなのに気安く話しかけてきて結構グイグイ来るからどう話していいのかわからないだけなのだが、実際ここで仲間を作ったとしてもこのゲームがクリアされれば全員と会わなくなる。

 

だったら作ったとしても無駄なだけである、どこかおかしいだろうか?

 

だが、そんなことは気にせずにクラインは自分の意見を述べる。

 

 

「いいか? 確かにこのゲームが終わればみんなとはお別れだ。でもな、普通に過ごしているだけだったら絶対に会えなかった奴らばっかりだぜ? 今のうちにいろんな話をしとかなきゃ損だぞ?」

 

「······························」

 

「普通なら体験できないような経験を皆でして、おとぎ話に出てくるような武器を使って強大な敵にみんなで立ち向かうんだ。そうすることによって、自然と“みきき”が広まるんだ」

 

「?」

 

 

みきき···············?

 

 

(まさか『見聞(けんぶん)』のことか?)

 

「いつかは別れは来る、そりゃそうさ。みんなそれぞれ住む所が違うからな。けどな、ものすごーく好きな人がいても、大切な人が出来ても、いつか別れなきゃいけなくなる。ゆっくり言葉を並べて別れられるとも限らない···············この世界じゃ尚更な」

 

「······························」

 

「でもな、それまでの間は一緒にいるわけだろ? 別れる一瞬なんかよりもずっと長くて楽しい時間じゃねぇか。つまり! いつか別れるからこそだ!!」

 

 

クラインはクラウドの前を常に歩きながら力説をしていると、急に振り返ってクラインは勢いよく拳を突き上げる。それが顎に当たりそうになり、クラウドは冷静に胸を反らしたが、クラインはそれに気づくこともなく続ける。

 

 

「今のうちにわいわい騒いどくべきなんだって! この世界の開発者はゲームであっても遊びではないなんて言ってたけどよ、ゲームってのは普通楽しむもんだろ? 一々暗いことばかり考えてないで、皆で協力していけばあっという間に攻略できると俺は思うぜ!!」

 

「·············································」

 

「ってなわけでさ、これからも仲良くやろうぜ!」

 

 

クラウドはクラインとは初対面ではあるが、めちゃくちゃポジティブな人間であることはすぐに理解した。

 

こういう人間は意外と苦手だ。神羅時代の頃、唯一の親友もこいつみたいに常に明るく振る舞っていたが、最初はどう接していいのかわからなかった。グイグイと前に出てクラウドと仲良くしようとして来るクラインにクラウドはたじたじになる。

 

 

「よし! じゃあ出掛けようぜ!!」

 

 

拠点から坂道を下って採取ポイントへと向かう。

安全圏である街を抜け、モンスターが闊歩するフィールドへ足を踏み入れるなり、そよ風が木々の間を吹き抜けてきた。

 

 

「やっぱ、最前線に比べるとここは気持ちいい所だなぁ」

 

 

クラインは胸いっぱいに息を吸い込んだ。それにつられるように他のメンバーも空気を鼻から吸い込んでいる。ドウドウと流れ落ちる滝壺からは銀色の魚の鱗が光っており、跳ね上がるしぶきが小さな虹を描き出す。樹齢がまだ若そうな木の幹には虫が樹液を啜り、川縁ではイノシシ型のモンスターが水遊びをして体熱を逃している。

 

懐かしい場所に訪れた一行は久々の大地に足を踏み入れて、不思議と新鮮に感じた。

 

視界に入った懐かしい光景を、しっかりと目に焼き付けていく。

 

 

「お、早速依頼リストに書かれているもの見っけ!!」

 

 

右手の木陰に、ひっそりと薬草が生えていた。

薬草は失った体力を回復させるための基本中の基本とも言えるアイテムだ。そのままでも使えるが、大抵はそれを調合してさらに回復量をアップさせたアイテムにして使用することが多い。村や街の道具やなんかでも購入可能だが、懐具合が寂しいプレイヤーからすればタダで手に入るに越したことはない。

 

しかし、意外と手慣れているようにも見える。目ざといのかすぐに目的の物を見つけているのをみると、こういったことはよく頼まれるのだろうか?

 

クラインたちは夢中で採取を続けていた。

 

採取していくごとにアイテムが取れなくなる。そうなれば、また別の場所で採取をする。またなくなったらまた別の場所へ、と数回繰り返して移動しているうちに、いつの間にか雑木林のような場所にまでやって来ていた。

 

 

「大収穫だな、出だしは上々だぜ」

 

 

立ち上がったクラインは、汚れた手で汗を拭う。

 

 

「ほら、半分やるよ」

 

 

と同時に、採取した薬草を草むしりのように握りしめてクラウドに差し出す。

 

 

「いらない。自分の分は自分で採る」

 

「いいからいいから! 遠慮すんなって! 初めて会った記念にさ、な!!」

 

 

いらないと言ったのにクラインは強引に薬草を押し付ける。共有できるアイテムはなんでも平等に分配すべきだし、自分だけで独占するのは納得がいかない人間なのだろう。

 

とりあえず、護衛としての依頼でやって来ているためクラウドが先行して突っ切ることになったのだが、いくらも進まないうちにクラウドは突然立ち止まった。

 

 

「いてっ!! 急に止まんなよクラウド」

 

「しっ!!」

 

 

額をクラウドの背中にあるバスターソードにぶつけて文句を言いかけたクラインだったが、振り返ったクラウドが人差し指に口を当てて黙るように指示する。そのサインに全員が従って口を閉じると、息を潜めて耳を澄ます。

 

すると、どこからともなくドスドスという微かな音が聞こえて来た。

 

見ると、雑木林の各地に生えている木の枝がわずかに揺れている。それに加えて地鳴りが徐々に轟いている。

 

 

「な、なんだ?」

 

 

とっさにクラインと背中合わせになる。

他のメンバーも二人を中心に全方位に注意を払う。

 

全員が各々の武器へと手を伸ばし、構えようとしたところ、

 

 

「あそこだッ!!」

 

 

風林火山のメンバーの一人がそう叫ぶ。クラウドから見て右側の雑木林の奥で、木々の枝が弓なりにしなっていた。幹が軋む音と同時に大地が揺れ、しかも次第に近づいて来る。

 

これは間違いない。モンスターの足音、それも大型の。

 

風林火山全員が警戒することによって緊張が生まれ、喉が急速に乾いていく。第一層とはいえ、命を刈り取ることができるモンスターには変わりない。それに、噂ではそれぞれのフロアには強大なモンスターが最低でも一匹ぐらいは設置していると聞く。そのレベルは、その階のレベルの二十倍ほど。こういうめちゃくちゃ強い敵がいるとあらかじめ宣伝しておくという手法なのかもしれないが、こっちからすれば迷惑極まりない。

 

既に第一層を余裕で攻略できるレベルだからといって、油断は禁物である。

 

 

「来るぞ!」

 

「ああ! わかってる!!」

 

 

だが、二人とも落ち着いて一切の掠れもない声で互いに応じると、二人一斉に武器を引き抜く。バスターソードと刀が、期せずして同方向に向けられた。

 

やがて雑木林から姿を現したのは······························背の高い木々をかけ分けるようにして巨大な二本の角を乱暴に振り、長い舌をだらしなく垂らしたモンスターだった。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

「な、なんだこいつ!?」

 

「···············“アプス”ッ!!」

 

 

その見たこともない風貌を見て風林火山メンバーは驚きを隠せていなかったが、クラウドだけはそのモンスターの正体に気付いていた。

 

ルール違反が認められている街、“ウォールマーケット”の支配者と言われたコルネオの屋敷に潜入した時、コルネオの罠にはまって下水道地下に落とされた時に襲って来たモンスターだ。こいつの生態がどうなっているかは知らないが、二本の角を発光させることで地下の下水を操るというとんでもない技を使ってきた。

 

所狭しとも遠慮なく駆け回り、殴り付けやそのでかい尻尾での薙ぎ払い、高速突進、壁によじ登ってからの強襲など肉弾戦主体でかつてクラウド達を追い詰めてきた意外と厄介なモンスターだ。

 

まさかこんなところで、しかも最初の階層なんかで再会するなんて思っても見なかったが、現れたのならば倒すまでだ。

 

 

「やるぞ」

 

「お、おお!!」

 

 

短く声を掛け合ってから、クラウドは先に飛び出した。正面にいるアプスを右手に見つつ、弧を描くようにして一旦大きく迂回する。クライン達は見たこともないモンスターを警戒して様子を伺っているみたいだが、クラウドはそんなことは構わず先行する。

 

十分に距離を詰めたクラウドは全力疾走を敢行しながらバスターソードを振る。土につま先をめり込ませつつ一気に肉薄、アプスの後脚目掛けてバスターソードを一閃させる。

 

ガキンッ!! と。

 

 

ッ!?

 

「ッ!!」

 

 

と、その時初めてアプスはこちらを視認したようで、クラウドを視界に捉えるとその大きな腕を振り下ろしてきた。

 

難なく避けることは出来たが、違和感があった。

 

手応えはあったのはあった。

 

だが、アプスの体はベヒーモスに引けを取らない筋肉質で頑強そのものだった。何度バスターソードを打ちつけても、巨木が軟弱な斧を跳ね返すようにびくともしなかった。金属すらも切断するバスターソードでも斬れないとは、どうやらここでは製作者によって魔改造を受けた化け物と化しているようである。

 

しかし、クラウドは眉根ひとつ動かさず、黙々とバスターソードを振るい続ける。

 

自分一人でも大丈夫だが、今回は頼れるパーティーも一緒についてきている。今日会ったばかりでまだ連携すらもしたことはないが、どんな手強いモンスターであっても、今の自分たちなら引けを取ることはないと固く信じている。

 

 

「うぉおおおおおおおおおっ!!」

 

 

その思いを具現化したかのように、ダッシュでクラインが接近してきた。予想通りアプスはクラウドに気を取られているため、後背は全く無警戒だ。クラインはアプスの尻尾の脇を通り過ぎると、クラウドとは反対側に滑り込む。そして愛用の刀を使って、アプスの足を縦横無尽に斬りつけ始めた。

 

 

「うおりゃあっ!!」

 

 

クラインの雄叫びに合わせて、刀が光芒を発する。この一年でほとんどのプレイヤーが成長したように、クラインもまた成長していた。

 

刀は見かけによらず軽いので、クラウドがバスターソードで一撃加えるうちに、クラインは素早さを活かして斬撃を連続で当てる。しかもその動きはこの一年のうちにいっそう洗練されており、無駄に思える動作が全くない。

 

 

「「ッ!!」」

 

 

アプス越しに二人は一瞬チラリと互いを見やる。

初めての連携が楽しいのか、二人ともニヤリと笑い合った瞬間だった。

 

 

グオオオオオオッ!!

 

「っ!?」

 

 

耳を擘くアプスの咆哮にクラインの筋肉が収縮した。

 

ピリピリと空気が振動し、体全体が圧迫されて思わず武器を手にしたまま耳を塞いでしまう。その咆哮の大きさたるや、上層のモンスターどころかフロアボスにも引けを取らない。アプスはいよいよその潜在能力を発揮してきた。上体を持ち上げるようにして前傾姿勢を取ると、後ろ足に力を込めてその場で素早く回転したのだ。

 

 

「避けろ!!」

 

「っ!!」

 

 

クラウドの一声でクラインは正気を取り戻す。

後ろ足を軸にして独楽のように回転するその動きは目で追うことすら難しかったが、クラウドが声をかけてくれたおかげで難なくやり過ごせた。二人の鼻先すれすれを何か硬いものがすり抜けていった。直接当たったわけでもないのに風圧に押されて仰け反ってしまい、クラインは足を取られて体勢を崩す。

 

 

「リーダー!?」

 

 

後ろで見ていたメンバーが声をかけてくる。

他の奴らはリーダーであるクラインよりもまだ警戒をしているのか、上手く攻撃にでられない。

 

クラインは無事だとでも言うかのようにサムズアップを送る。

 

しかしやばい。

 

目の前を通過していったのは、明らかにアプスの尻尾だった。あの硬い尻尾の先が直撃したらどうなるか、想像しただけで鳥肌が立つ。

 

 

「やっべ!!」

 

 

身の危険を感じたクラインはすぐさま立ち上がり、その場から大きく飛び退る。

 

しかし、アプスは今度は腕を振り回しながら次第にクラインの方へと身を寄せてきた。

 

次の瞬間、横殴りの衝撃がクラインを襲った。背骨を貫くような痛みが走ったかと思うと、弾け飛ばされるように木立へと叩きつけられる。頭の中にある頭脳がその衝撃で揺さぶられる感覚をプログラムが再現したせいで、一時的に行動不能になった。

 

 

グオオオオオオッ!!

 

 

前足に比べて一回りほど太い後ろ足で直立すると、二人を威嚇するように両手を広げるアプス。初めてのモンスターが見せる初めての威容、風林火山全員の背筋に鳥肌が立つ。

 

 

「へ、へへ········そうこなくっちゃ」

 

 

だが、それと同時に待ちに待っていた瞬間が訪れたことに胸の鼓動が高まった。

 

実を言うと、クライン自身も今回の依頼には不満を持っていた。

 

攻略組として名をあげたのに、大手ギルドの連中はいつも下っ端の仕事ばかり回してくる。噂じゃ大手の連中はたった一人に超おいしい仕事を与えてるんだとか。報酬は最高クラスで、ほとんどの仕事は大手系が受け持っている。それで、自分たちに相応しくないと感じた依頼は他のギルドに譲る。それで不満を持たない方が無理な話だ。

 

何故第一層なんかでこんな強敵が現れたのかはわからないが、ただの雑用クエストの最中に大型モンスターと対面できるなんてツイてる。自分たちだけでこいつを倒せば、大手の奴らもさぞかし驚くはずだ。

 

 

「へへっ! もうあの時の俺たちじゃないってところを見せてやるぜ!」

 

 

武者震いしつつ、クラインは刀を斜めに大きく振りかぶると、右足を蹴りつつアプスの右脇腹に叩きつけた。

 

 

グオオオオオオッ!?

 

 

切れ味がいい刀はかなり刃が通りやすく、ズバッ!! とした衝撃がクラインの両腕を伝わっていく。彼が放った一撃にしては十分すぎる手応えだった。

 

 

「ヒュー!! この感触気持ちよすぎだろッ!!」

 

 

なんだそのリアクションはとクラウドは思ったが、クラインは心地の良い感触に快哉を上げたものの喜ぶのは早すぎた。

 

アプスは両手を頭上に掲げると、のしかかるように倒れこんでくる。

 

 

「ちょっ!? 危ねぇッ!!」

 

 

刀を持ったまま、横方向に転がって辛うじて避ける。素早く立ち上がって体勢を整えたクラインは、背後にいるクラウドに叫んだ。

 

 

「クラウドッ!!」

 

 

クラウドは無言で頷く。

狩りはもう終盤だ。いつまでも付き合う義理はない。

 

アプスは下水にいてこそ真価を発揮する。近くに川辺なんかがあって有利な状況に逃げ込まれればそれだけで有利と不利がひっくり返ってもおかしくないはない。

 

 

グオオオオオオッ!!

 

 

高速突進をしながら迫ってくるアプス。

 

激しく頭を振り回しながら走るせいで進行方向が定まっていない。つまりアプスを避けようとする横への動きを追いかけるような形になるため、避けづらいことこの上ない。射程圏内にいたクラインであったが、先程と同じ様に前方に身を投げ出して回避していた。

 

 

「はぁああああああああああああああああッ!!」

 

 

クラウドはクラインが無事に避けたのを確認すると同時に一気にアプスとの距離を詰める。

 

 

「そらよっ!!」

 

 

と、巧みにアプスの死角に回り込んだクラインが刀でその突進するための足を斬りつけた。

 

場所を正確に言えばアキレス腱。

 

そこを斬ることによってアプスは体勢を崩し、地面へとスライディングするように倒れこむ。舌がだらしなく地面を舐め、大量の土がアプスの口の中へと投げ込まれる。

 

 

「はぁああああああああああああああああッ!!」

 

 

クラウドは全力を込めた一撃を集中させる。

 

その瞬間、クラウドのバスターソードに鮮やかな赤のライトエフェクトが宿った。まだこのゲームに慣れていない頃、それになんの意味があるのか全くわからなかったが、この世界に降り立って月日が流れた今ではその意味を完全に理解している。

 

クラウドが放った一撃は単純だった。

 

鋼鉄で作られたバスターソードと共に真っ直ぐ縦に一回転すると、アプスの顔面に振り下ろされる。標的にぶつけるとは思えないほどの轟音が炸裂し、地面とバスターソードに挟まれたアプスの体から全ての力が奪われた。

 

 

グオオオオオオッ!?

 

 

その威力にとうとう最後の力も尽き、巨体は地面に寝転んだままガラス片へと変貌して空中へと消えていく。

 

 

「······························」

 

 

クラウドは本当に仕留めたかどうかを確認してからようやくバスターソードを背中にしまいこんだ。

 

アプスには確かベビー的な雑魚モンスターがいたはずなので、まだ警戒を解かずあたりを見つめていると、

 

 

「はぁ〜やっと終わった」

 

 

クラインがそう言うと、脱力したように地面に座り込んだ。

 

見れば何もしていなかった他の風林火山のメンバーまでも座り込んでいる。あれは疲れているというより、緊張が解けて安堵したという感じか。アプスのHPがあとわずかでも高ければ、それが個体差程度のわずかな差であったとしても、もしかしたら依頼を中止にして撤退するという手段に出ていたかもしれない。

 

たった一人でサポートするには多すぎるし、ある意味彼らが下手に動かなくて助かった。

 

 

「クラウドがいなかったらどうなってたか············」

 

 

安全圏に戻ってからの方が安心して休むことができると思うのだが、この中で一番活躍したであろうクラインは消耗していた。最低限の警戒をしながら、とりあえず安全圏の街に戻れるだけの体力を回復しようとしていた。

 

 

「しっかし、やっぱ大型のモンスターになるときついなぁ」

 

 

喘ぎながらクラインが口を溢す。

 

それに反応するように、風林火山のメンバーがそれぞれ答える。

 

 

「俺たちの力量ではまだ装備も万全じゃないし、さらには小規模だから真正面から挑むしかなくなるからなぁ」

 

「ま、きつい分、俺たちもそろそろ次に進めてるってことじゃねぇか?」

 

「次?」

 

「おう! 今のモンスターを討伐したことを報告すれば、俺たちもそれなりの評価が与えられるってことだよ!!」

 

「ああなるほど、そうなりゃ契約できる依頼の数も増えるってことか!!」

 

「そんじゃそろそろ新しいメンバーの募集でもするか?」

 

「ああ! いいなそれ!!」

 

 

なんか勝手に盛り上がってるが、クラウドは興味がないのか会話を全て聞き流している。

 

クラインを除いた風林火山のメンバーがワイワイと賑やかに騒いでいる中で、クラウドはただアイテムを使ってクラインの治療に専念している。

 

 

「なあ、クラウド」

 

「?」

 

 

と、クラインが声をかけてきた。

 

 

「俺たちのギルドに入るつもりはないか?」

 

「!?」

 

 

急な提案だった。

 

いや、クラインの仲間たちが話しているのを耳にしてて、多少は予想できた展開だったかもしれない。

 

その提案を聞いた瞬間クラウドは目を見開き、状態異常に陥ったかの様に固まってしまった。そんなクラウドをクラインは見つめるが、返答が来るのを待っているのか何も言ってこない。そのクラインの様子を見て、クラウドはすぐに理解したのか、数秒間黙っていた口を開いて提案の回答を告げる。

 

 

「いやいい」

 

「························だよな」

 

 

簡潔に述べると、クラインは最初からわかっていたのかあまり断られたことに対して気にしていなかった。

 

だが、頭をガクッと一瞬下げたのを見ると多少は期待していたんじゃないかと思う。それでも、クラウドの答えはNOであった。一人の方が気楽だし、何より今は仲間とか作る余裕はない。探している奴を見つけた際、もし仮に仲間なんていたらすぐ狙われて殺されるに違いない。

 

現実世界にいた仲間達ならまだしも、この世界の住人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなやつらと一緒にいれば足手まといになるし、あいつに指一本も触れられずに終わってしまうだろう。

 

だから彼は、誰からのスカウトも受け付けない。

 

 

「ま、気が向いたらでもいいから考えておいてくれ! 少なくとも、俺はあんたの味方でいるつもりだからよ!」

 

 

断られた後だというのに、クラインは落ち込む暇もなく立ち上がってクラウドにそう告げた。

 

その様子を見て思わず笑ってしまったが、クラウドはお得意の口下手な口調で、

 

 

「報酬次第だな」

 

「へへっ、そう言うと思ってたぜ」

 

 

クラウドの性格が大体わかってきたクラインはクラウドがどう反応するのか容易に想像できるようになってきていた。

 

クラインは笑いながらクラウドに手を差し出すと、クラウドはその手を取って立ち上がる。

 

 

「で、依頼は達成したから俺たちは報告しに行くけど、そっちはどうする?」

 

「俺はもう少しここに残る。先に行っていいぞ」

 

「え? でも、分け前は?」

 

「俺の依頼は、『気分転換』だからな。依頼を達成するために、もう少しここにいる」

 

「························そっか」

 

 

言っている事の半分も理解できていないだろうが、クラインは頷いた。

 

彼の言葉には偽りはない。

 

避けたくて断ったんじゃない、きっと。

 

 

(なんかこいつ見てると············“あいつ”が思い浮かぶんだよな)

 

 

突如だったのか、会った時から考えていたのか、クラインの脳裏に最初に出会ったプレイヤーの姿が思い起こされる。

 

正式版から始めたため、まだこのゲームの仕組みをわかっていなかった時、偶然通りかかったβテスター時代からのプレイヤー。そいつにレクチャーしてもらおうと頼み込んで、遅い時間まで丁寧に教えてくれたのは今となってはいい思い出だ。この世界の本当のルールを告げられた後、一緒に来ないかと誘われたのに断ってしまった。他に仲間がいるからと、待ち合わせをしていた仲間との合流を優先してその申し出を断り、彼とはその場で別れた。

 

そう考えると、ある意味でクラインもクラウドと同じ事をしていた。

 

だが、クラウドに一番近いのはおそらくあいつだ。

 

彼の行動パターンはあいつと当てはまる部分がいくつもある。しかし、根拠のないことは口にしないことにしたクラインは、ギルドのメンバー達と共に報告するために先に帰ることにした。

 

 

「そんじゃあな〜! またいつか一緒にクエストやろうぜ〜!!」

 

 

手を振って去って行くクライン達を、クラウドはしばらく見送っていた。

 

時刻は夕方。西に傾きつつある陽の光が差し込み、クラウドの姿を浮き上がらせて行く。時間も時間なのか、フィールドに出ていたプレイヤー達もにわかに慌ただしくなり始め、それぞれ安全圏へと戻って行く姿が目に入る。

 

さて帰るか、とクラウドも踵を返そうとした所で、

 

 

「?」

 

 

ふと、視界に違和感のある光景が映った。

 

皆が街に戻ろうとしている中、“一人の女性”が反対方向へと走って行っていた。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

一人になりたかったというのは嘘ではなかった。

 

だがどちらかと言うと、それは半分の理由であった。

 

 

「この辺りかな?」

 

 

草原やら川辺があるよりももっと奥の方、滝が流れ落ちてくる崖の上に続く足場の悪い道をアスナは歩いて行く。目撃情報によれば夜間にこの辺で見たと言うらしいが、それらしいものは見当たらない。

 

アスナは諦めずに真剣に探しているものの、もうすぐ陽が沈みそうな時間帯だった。

 

切り取った岩壁に囲まれた小さなエリアには、草よりも岩が目立つ。アスナが歩いている場所の近くには水場があり、そこから川に滝となって落ちるのだが、その場所ではモンスター達が喉を潤しているのが見える。第一層でよく見かけるイノシシ型からして、あれのわけがない。

 

ましてや、『長い』という特徴もない。

 

この小さなエリアにそんな特徴を持ったモンスターが本当にいるのかどうか、いよいよ疑い始めてすらきている。

 

滝に流れるための湿った微風が、彼女のさらっとした髪の表面を撫でる。

 

 

(················私も、一人で戦わなくちゃ)

 

 

実は、彼女はあることに悩んでいた。

 

それは、『副団長』という肩書きのせいで一人では戦えなくなったということだった。

 

彼女は今、大手ギルドのトップクラスのメンバーの一人である。はじめの頃はまだ右も左も分からない初心者だった自分が、いつの間にかそんな地位にまでついてしまっていた。側から見れば誰もが羨む地位だろうが、そうでもなかった。

 

常に護衛を付けられ自由な時間は与えられず、攻略には絶対参加するものの自分は副団長だからという理由で周りのプレイヤーから優先的に守られたりなど、自分の力で攻略しているという感じではなく周りのサポートがあってのことのように感じていた。

 

それである時、疑問に思ってしまった。

 

自分は、誰かに頼らないと勝てないのでは? と。

 

そんなことはないと否定はした。なんなら周りのみんなもそんなことはないとまで言って来てくれた。だが、なんの説得力もなかった。大手のギルドに属しているから自動的にトッププレイヤーが集まるわけだが、主に自分よりも下のプレイヤー達が活躍しているように思える。それはとてもいいことだし、駆け出しのプレイヤーが自ら前に出てトップレベルにまで登りつめるのは喜ばしいことである。

 

だが、自分はどうか。

 

戦略を練ってボスに挑むということはしているものの、いざ攻略となった時に前に出ているのだろうか。

 

出てはいるだろう。しかし、周りが勝手に守りを固めてきて中々出れないようにしてくる。余計なお世話だなんて考えはないが、前に出て自分も戦いたい。戦って、自分の力を証明したい。全然前に出て戦えず、『副団長』という肩書きは単なるお飾りなのではないかと感じるようにまでなってきた。

 

要は、プレッシャーに苦しんでいるという感じなのだろうか。

 

それによって被害妄想が起きていると思われる。

 

地位に甘えて守られていると周りに思われるのが嫌なのか、だから彼女は自分の力を証明するべくここまで足を運んできたというわけだ。

 

 

「この辺りだと思うのに················」

 

 

呼吸が落ち着いてきたところで、アスナはもう一度周囲に視線を巡らせる。

 

水を飲むイノシシ以外、モンスターの影はない。聞こえるのは湿った風が崖の上を吹き抜ける音だけ。それさえも、頭上、遥か遠くから聞こえてくるのみである。

 

 

 

 

 

『ゲヘッ········グフフッ!! 可愛い女の子、ワイの好みやぁ〜!!』

 

 

 

 

 

その時だった。

 

湿った風に混じって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「だ、誰っ!?」

 

 

戸惑うアスナをよそに容赦なく目の前からまた声が飛んでくる。

 

 

『ん〜? ワイを知らんのかいな!? ワイひょっとしてあんまり人気ないんかなぁ〜?』

 

「············································································································」

 

 

ふと。

見過ごしてはいけないものを見てしまった気がした。

 

アスナは警戒して抜剣直前の構えをとっていたものの、目の前の光景を見て動きを止めた。

 

周囲には相変わらず、イノシシたちの水を飲む音と吹き抜ける風の音の空気で満たされている。一種独特で、言い方を変えてしまえば『異様』といってもいい状況ではある。だが、それを吹き飛ばすほどの、あまりにも()()()()がある。アスナはそう確信する。

 

問題なのは。

 

その()()()()が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

どう表現すれば良いのやら。

 

まず、()()()()

 

そんで、()()()()

 

それを沢山詰め込んだ存在。

 

見ただけで嫌な汗を噴き出させるようなレベルの()()()()が、アスナをいやらしい瞳で眺めている。

 

 

そうだな·················とりあえず、厳密には『長い』が第一印象になり得るものではないというのは確かだった。

 

 

が。

 

 

ある意味で、『長い』という特徴が当てはまるかもしれない存在だった。

 

 

 

『ええかぁ? よく聞いてやぁ〜? ワイはなぁ〜··············“オルトロス”ゆーねん〜ッ!!』

 

 

 

後で依頼主にクレームを入れたい。

 

 

見えづらかったとはいえ、絶対にもっと相応しい特徴を記載するべきだっただろう、と。

 

 

 

 

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