ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第13章

 

 

戦いというのは常に先を読んで行われる。

 

相手がどう動くのか、そして自分はどう動くべきか。上層プレイヤーや攻略組と言われる範囲に入った今でも、この瞬間が最も緊張する。加えて、今日は初対面の奴との攻略だ。

 

上手く合わせなければ、攻略もうまく進まない。

 

チームプレーは慣れていても、初対面のやつが相手では緊張する。

 

 

「行くぞ!」

 

 

その声がアスナの硬直を解いた。

 

クラウドの掛け声によって思考は臨戦体勢に切り替わる。余計なことを考えるよりも先に剣を動かすことを優先して動かねばならない。

 

 

「俺は右から攻める」

 

「じゃあ私は左から!」

 

 

短く言葉を交わし合うと、同じタイミングで走り出す。

打ち合わせなんてない。だが、最小限の会話と身振りで直ちに行動を起こせるように心構えはできていた。二手に分かれて、オルトロスの注意を分散させるように接近する。

 

 

『ちょっ!! それずる〜い!!』

 

 

しかし、ピンチだとは全然思っていない様子だった。

 

二手に分かれて一人に集中できないようにしたことで一瞬の硬直が生まれた隙に、クラウドが背後へと回り込む。クラウドが背後へと回った時には、左から攻めてきたアスナがオルトロスの触手を斬りつける。

 

 

『いや〜!!』

 

 

痛がってんのかそれともふざけてんのか、どちらにしても手応えは感じられなかった。

 

やはり、こいつの腕はかなり固いようでアスナの細い刃では通りにくいようだ。

 

見た目通りこいつは軟体動物。タコのようにおそらく身体の九十パーセントが筋肉でできており、その筋肉がかなり固いと思われる。

 

アスナのような武器は相手の身体を突き刺すということに特化した武器。一応切ることも可能ではあるが、相手を突くという剣術が基本のため斬り落とすという部分では普通の剣より劣る。クラウドのような重い一撃を放つバスターソードや、クラインのような切れ味に特化した刀でなければ斬り落とすことは難しい。

 

しかし、アスナの狙いはそこではなかった。別に、触手が切れまいがどっちでもよかった。ただ、注意をこっちに向けられればそれで良かったのだ。

 

 

『こんの〜!!』

 

 

オルトロスは、目障りなアスナに気を取られているようで、腕を切りつけてくるアスナを再び捕まえようと自慢の触手を小刻みに動かし、クラウドに無防備な背中を向ける。

 

 

「隙だらけだな」

 

 

バスターソードをその無防備な背中へと振り下ろした。

 

一閃。二閃。

 

ふざけたように吠えるオルトロスが振り返ってクラウドに攻撃しだす前に、前転で触手の間をすり抜ける。

 

 

『あ〜んもう痛った〜い!!』

 

 

こいつの感情がよくわからない。

先程から攻撃を当てるたびにこいつはふざけた悲鳴をあげる。本気で痛がってんのか、ふざけてんのかわからないからちゃんと攻撃が通っているのか不安になる。悔しがっているというのは多少あるのかもしれないが、それすらもふざけた態度のせいでよくわからない。何本もある腕を乱暴に振り回して二人の身体を捕まえようと必死になっているのを見ると一応は戦う気はあるようだ。

 

しかし結局、オルトロスの触手は誰も掴むことはできなかった。

 

二人の連携が完璧だったからだ。

 

アスナが前から攻撃して注意を前へと向けさせると、背後に回ったクラウドが無防備な背中を斬りつけ、そのクラウドに攻撃しようと振り返ってもすでにそこにクラウドの姿はない。これを繰り返すことで、オルトロスは混乱状態に陥っている。

 

これは先程採取クエストで風林火山のメンバーと一緒に攻略した際に得た教訓だった。

 

チームプレーをする際は、正面から渡り合うのは不利。全員が全員で馬鹿正直に前から攻撃してしまえばあっという間に全滅する。誰かが注意を引いて、無防備になった背中に攻撃を叩き込む。これをさっきのアプスとの戦いで学んだ。

 

オルトロスのような大柄なモンスターに比べて小柄な人間ならばこそ、動き続けることで翻弄できる。オルトロスが体を半回転させたときには、すでにクラウドは背中側へと常に回り込んでいた。一方、アスナおその動きを見澄ましていたかのように動いていた。クラウドと二人でオルトロスの頭と背中を挟み込む位置に移動する。

 

 

「今だ!!」

 

 

クラウドが叫ぶよりも早く、アスナは身軽に左右にステップを踏みつつ、オルトロスの顔面に狙いを定めていた。

 

オルトロスがアスナに気を取られ、その背後がまたガラ空きになる。まるで吸い込まれるように、クラウドはその背中に斬りつけていた。その一撃でまたふざけた悲鳴を漏らしたオルトロスがクラウドに向き直れば、待っていたとばかりにアスナが細剣を叩きつける。

 

無言のうちにも見事な連携だった。

 

だが、この連携の一番の活躍を見せたのはアスナだった。アスナがうまくオルトロスを誘導してくれたからこその成果なのだ。

 

しかし、クラウドの方も素晴らしいと言える。アスナの無言の作戦を察しているのかと疑ってしまうほどにうまく合わせて動いている。打ち合わせもなしに連携を繰り出せるクラウドの対応力も異常なほど素晴らしかった。

 

 

(うまく合わせてくれるからやりやすい···········!!)

 

 

ただのプレイヤーではないと思っていたが、これほどの腕前だとは。

 

クラウドのおかげで気持ちに余裕が生まれたアスナは自信を取り戻す。今まではただ作戦を練って、攻略の際は周りに守られていたばかりのアスナであったが、今回のクラウドの連携で自分の腕前が確かなものになりつつあった。自分だってやれる、剣を持って戦える。それが証明された気がした。

 

アスナは剣筋の速度をさらに上げる。

 

何度目かの細剣の攻撃が、オルトロスの横顔に食い込んだ。今までとは違って確かな手応えが腕を伝わってアスナの全身を駆け巡る。

 

 

『ちょっ!? アカ〜ンッ!!』

 

 

口調は相変わらずではあったが危機感を抱いている叫び声と共に、オルトロスが横倒しになった。

 

 

「「ッ!!」」

 

 

腕をばたつかせながらもがくオルトロスに、クラウドとアスナが駆け寄った。きらめく刃。二人の得物がオルトロスの命を刈り取るために鮮やかに光を放つ。

 

互いのソードスキルを叩き込み、一気にライフを削り取る。

 

 

『って、いつまでもやられっぱなしのワイじゃないわぁぁぁぁあああああッ!!!!』

 

「「っ!?」」

 

 

オルトロスの目に炎が灯った。

 

ようやくやる気を出したのか、いよいよ反撃に出るようだ。この程度では絶対に斃れはしない。好き勝手動き回ってあらゆる方向から攻めて来られたせいでこっちの攻撃は当てづらかったが、二人が目の前から同時に攻めてきたことによって最大のチャンスが訪れた。

 

すぐに体勢を立て直して起き上がると、触手を振り回して近づきすぎたクラウドとアスナを吹き飛ばした。

 

 

「くっ!!」

 

「うッ!?」

 

 

クラウドは大剣を盾にして両足に力を込めて踏ん張って身を守ったが、アスナの方は細剣であったが故に受け止めるには防御力が足りなかった。アスナはそのまま吹き飛ばされ、地面に何度も叩きつけられながら転がって行く。

 

クラウドは無事かどうか確認しようとアスナの方に目をやる。すると、細剣を支えにして懸命に立ち上がっている様子が見えた。まだ戦えそうではあるが、あれではしばらくは動けないだろう。アスナもそう悟ったのかストレージから回復薬を取り出して回復に専念している。

 

その様子を確認したクラウドは改めてオルトロスの方に向き直る。

 

オルトロスは先程から変わらずふざけた表情でいるものの、明らかに怒りを抱いているようにも見える。腕をプルプルと小刻みに震わせ、クラウドを睨むようにして視線を固定し、そして、隙を見せないように威嚇しながら距離をとっている。

 

 

『こんのぉぉぉぉおおおおおっ!!』

 

「っ!!」

 

 

オルトロスが跳躍して一気に距離を詰めてきた。

触手の先端を丸め、まるで爆裂拳のような攻撃を繰り出してくる。

 

けれども、その動きもクラウドは織り込み済みだった。

 

オルトロスの攻撃を大剣で防ぎつつ、わずかな隙を見つけたら即座にそこに叩き込む。オルトロスと渡り合いながら状況を確認しつつ、秘かに少しずつ立ち位置を変えて地の利を得ようとする。

 

だが、捌くのが大変だった。何本もある触手をたった一本の剣で凌ぐのはさすがのクラウドでもきつい。合体剣のように二刀流であったらここまで苦労はしなかったが、どういうわけかこの世界では剣を二本持つことができない。剣を二本予備で所持したとしても装備できるのは一本だけ。システム上、大剣を二本両手に持つことはできないようだ。

 

止むことなく何度も繰り出される触手の爆裂拳に、クラウドは次第に押され出す。

 

 

『筋肉モリモリな奴···········嫌いだぁぁぁぁぁぁッ!!』

 

「!?」

 

『終いやあああああああッ!!!』

 

 

と、オルトロスが急に叫んだ。

 

叫ぶと同時にオルトロスは最も強い一撃を放つと、クラウドの身体が後ろへとわずかに吹き飛ばされる。吹き飛ばされたことによって強引に体勢を崩され、クラウドは地面に膝をついてしまう。距離を離されたクラウドはオルトロスの姿を確認しようと目の前を見たその瞬間、

 

 

「危ないっ!!」

 

「ッ!?」

 

 

アスナの声が飛んできた。

その声に一瞬戸惑っていると、距離が離れていたはずのオルトロスが至近距離に迫ってきていた。何本もある触手全てに力を込め、強靭な脚力を使って跳躍したのだ。

 

オルトロスはクラウドの身体を押し潰そうと斜め上から落ちてくる。

 

 

「くっ!!」

 

 

反射的に前に飛んで回避した。

 

うつ伏せに地面に倒れこむと、オルトロスの身体はクラウドを通過していった。背中の上をオルトロスの巨大な触手達がまたいでいったとき、ガチガチと長い牙を嚙み鳴らす音がはっきりと聞こえた。

 

 

「離れてくださいっ!!」

 

 

後ろで控えていたアスナが地面に落ちていた小石を拾ってオルトロスに向かって投げつける。

 

小石でオルトロスの気を逸らしてくれている間に、クラウドはどうにか起き上がることに成功する。

 

斜め横に側転しながら起き上がると、クラウドは再びオルトロスに接近してバスターソードを振り下ろす。見事に一番右の脚に命中し、体勢を崩したオルトロスが吠えながら二、三歩横にズレた。

 

 

『ッ!! ぐぬぬ···········っ!!』

 

「今だ! 叩き込め!!」

 

「はいッ!!」

 

 

短い返事を合図に、二人はオルトロス目指して走り出す。

 

二人を威圧する眼光に心臓を波打つが、それを熱い闘志で押し返した。

 

 

『コンニャロオオオオオオッ!!』

 

 

鋭い睨みを散らつかせたオルトロスは上体を斜めに向ける。

 

その動作が何を意味するのか、二人はとっくに気付いていた。体当たりの予備動作であるということは、これまでの経験ですでに把握済みだった。

 

ぶつかってくるよりも早く前方回転で懐に潜り込み、バスターソードと細剣をそれぞれ触手のつけ根目掛けて叩きつける。

 

 

いったァァァアアアアアアアッ!!!??

 

 

二人の刃が強固な鱗を貫いた。会心の手応えでオルトロスは尋常ではない叫び声をあげた。

 

 

「いける··················っ!!」

 

 

アスナはオルトロスが苦しんでるのを見てそう確信した。

 

自分たちがそうであるように、オルトロスだって手傷を負ってダメージが蓄積しているのだ。実際、オルトロスの頭の上に表示されているHPも残りわずか。あとはモンスターと二人の根比べ。どちらが先に音を上げるか。それで狩りの帰趨が決する。

 

 

「ここまできて先に引くわけには·········いかないッ!!」

 

 

アスナは細剣を振るい続ける。

クラウドもそれに合わせるようにバスターソードを素早く振り続ける。

 

一撃、二撃。

 

こまめな斬撃を繰り返してから、最後に大きく足を踏み込んで殴りつけるように横薙ぎに斬る。

 

 

『も〜うッ!! 痛いって言ってるやろぉぉぉおおおおおおおッ!!?』

 

 

何度か斬撃を繰り返していると、オルトロスはたまらず上体をひねった。そのまま飛び跳ねるようにして二人の前を通り過ぎると、密着していたはずの空間に隙間が生まれる。

 

鞭が唸る。

 

強固な鱗で覆われた触手達が、二人に迫る。

 

しなるようにいくつもの触手の先端が曲げられた瞬間、触手は鋭い一撃となる。

 

が。

 

 

「·········同じ手は喰わない」

 

 

クラウドが咄嗟にアスナの前に出ると、バスターソードを盾のようにして構え直した。足を踏ん張り、何度も放たれる衝撃を全身で受け止める。鋭い金属音に揺さぶられ、ブーツのつま先が地面にめり込む。

 

それでも、クラウドに直接的なダメージはない。

 

 

「·········ッ!!」

 

「!」

 

 

クラウドは後ろにいるアスナに視線を走らせる。

 

碧く幻想的なクラウドの瞳が意味ありげに光るのをアスナは見た。その視線の意味を理解したアスナは心の中で応答し、クラウドの肩に足を乗っけて空高く跳躍した。

 

オルトロスの頭部を超えるほどの高さ。

 

 

『っ!?』

 

 

オルトロスの目が上へと向けられる。

 

その隙を見逃さなかったクラウドの大剣に鮮やかな赤のライトエフェクトが宿る。それを確認すると、クラウドは姿勢を低くし、剣を振り回しながらその場で横に何度も回転すると、その勢いのまま飛び上がり、遠心力と共に相手に重い一撃を叩き込んだ。

 

 

『ッ!!!??』

 

 

地面ごと叩き斬る一撃は身体中に鋭い感覚が這い回る。

 

インフィニットエンド。

 

スピード、バネ、反射といった全身の身体能力をフルに使って回転を利用し、斬った時の衝撃と反動をも次の攻撃へ繋げ上乗せする。回転と攻撃を繰り返すほど攻撃力は増していくその威力は絶大だった。

 

その一撃でオルトロスの首がこちらを向き、再び注意が逸れたその瞬間、アスナの細剣に光が宿る。

 

 

「はぁぁぁああああああああああッ!!!」

 

 

まばゆい閃光。

 

落下の勢いもろともに集束した熱量が一気に剣先から放出され、頭部を貫くと赤黒い血飛沫が噴き上がり、オルトロスが前のめりに倒れ込んだ。

 

空より落ちたアスナの逆手に持った細剣がオルトロスの頭に突き立てられ、そのまま踏み倒されたのだ。

 

 

ぎにゃァァァアアアアアアアッ!!!??

 

 

もう斬れ味も構っていられなかった。

 

たとえ刃こぼれしようとも、剣が折れようとも、ここで決めるしかなかった。

 

頭を貫くと刀身は落下の勢いとオルトロスの硬い鱗との重圧に耐えられずにバキンッと音を立てて折れてしまい、そこでオルトロスはひときわ大きな咆哮を上げると、ガラス片となって爆散した。

 

周囲の空気は錆の味へと変化し、第一層のフィールドが赤いまだらな模様に染まっていく。

 

 

「やった···········?」

 

 

アスナは確認するように周囲を見渡す。

 

あのふざけた顔面をしたタコ野郎の姿はどこにもなかった。あの変態モンスターがアスナの前に現れることは、二度とない。

 

 

「やった···········んだ!」

 

 

狩りを達成したと理解した途端、全身から力が抜けていく。

 

膝を折ってへたり込みそうになるのを懸命にこらえた。疲弊して膝をつくなんて無様な姿は副団長として許されないと思ったからだ。

 

 

「···········怪我はないか?」

 

「!」

 

 

と、クラウドが大剣を背中にしまいながらやってくる。

 

怪我がないか尋ねられ、アスナは息を切らしながらも笑顔で答える。

 

 

「へ、平気です···········」

 

 

アスナは折れた細剣を胸に当てながら頷く。

 

その様子に、クラウドはただ目を瞑って微笑んだ。

 

そして、『副団長』としてではなく『一人のプレイヤー』としての攻略が無事終わったことに、アスナは疲労以上の安堵を覚えた。

 

私はやれる。プレイヤーとして剣を持って戦える。

 

“彼”に、自分が及ばないのはわかっている。それでも、皆が望む結果を出せたのだから、みんなが理想としているプレイヤーに少しでも近づけたのではないかと思うのだ。

 

 

「································」

 

 

そんなアスナの横顔を、クラウドは黙って見つめていた。

 

その目の奥には、自分の存在価値の採点をしているような光が輝いていて、クラウドは少しだけ彼女のことが心配になっていた。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

「···········剣が」

 

 

アスナは折れた愛剣を悲しく見つめる。

 

攻略できたとはいえ、力加減やペース配分も疎かにしてしまったことを反省しているようだ。クラウドの圧倒的な動きに魅入られ、自分はそれについて行くのに精一杯だった事が悔しかった。

 

 

「どうした? やっぱりあいつに攻撃された場所が痛むか?」

 

 

いつの間にか、クラウドがすぐ隣に来ていた。

 

言われて改めて自分の体を確かめる。鈍い痛みは残っていた。それでも大きな怪我をしているわけではないそうだ。

 

 

「い、いえ、全然大丈夫です! ···········それより、あなたの方こそどうして?」

 

「?」

 

「どうして···········こんな人気のないところにいたんですか?」

 

 

アスナはクラウドが何故ここにいるのか疑問に思っていた。

こんなところに人が出歩くことなど滅多にない。序盤のステージなんてよほどの用事がないと訪れないだろう。クラウドほどの圧倒的なプレイヤーがこんなところにいるなんておかしいとしか思えない。

 

 

「それに···········」

 

「?」

 

「どうして···········私を助けてくれたんですか?」

 

「······················」

 

 

その質問にクラウドはそんなことか、とつまらなそうに目を細めると、

 

 

「特にない」

 

「え?」

 

「誰かを助けるのに一々理由なんてない」

 

 

つまらないことを聞くんだなと、クラウドは薄く笑っていた。

 

昔のクラウドを知っている者がこの場にいれば、今回のクラウドの行動を見て驚愕していたことだろう。他人に対して興味がなかった彼が、人のために動いた。それだけでも驚くべきことだった。金がなければ動かない、それ以上のことはしないと心に決めていたクラウドが自らの意思で見返りも求めずに助けに向かったなんて、昔のことしか知らない人たちからしたら耳を疑うレベルだった。

 

だが、クラウドは変わったのだ。

 

本当の自分を見つけ出したクラウドは、自分のためじゃなく誰かのために行動できるようになった。

 

仲間をこれ以上失いたくない、何もできずに終わるのは嫌だ。

 

そう思えるようになったのは、“彼女達”のおかげだ。

 

スラムの教会で花売りをして、自分がピンチの時は必ず助けてくれた『古代種』の女性。そして本当の自分を見つけるために一緒に探してくれ、いつも寄り添うようにそばにいてくれた幼馴染。

 

あの二人によって、クラウドは己の答えを見つけたのだ。

 

迷っていた自分に何ができるのか、何をすべきなのかを理解した。

 

だからクラウドは、わざわざこの世界にやって来たのだ。

 

これ以上、悲劇を繰り返さないために。

 

 

「あ、あの···········ひょっとして」

 

「?」

 

「ひょっとしてあなたは、第一層のボスをたった一人で倒したあの···········」

 

 

今頃になって、アスナは気が付いた。

 

一瞬しか見れなかったので今日まで忘れていたが、目の前にいる男があの時のプレイヤーなのではないかということに。

 

その質問に対して、クラウドは涼しい顔で微笑を浮かべながら一言だけ答えた。

 

 

「どうだろうな」

 

 

すれ違いざま、アスナに何かを手渡してそう言った。

 

渡されたのは、『転移結晶』。

 

 

「先に行くぞ···········()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え? あ···········っ!!」

 

 

その先の言葉をアスナは言うことができなかった。お礼の一言を言う前に、クラウドは既にアスナの前から姿を消していた。

 

アスナは弾かれたように左右を見渡す。

 

どこを見ても、クラウドの姿はなかった。たった数秒ほど瞬きをした瞬間にいなくなるなんて、正直驚きを通り越して呆れしかなかった。

 

 

「······················」

 

 

アスナは転移結晶に目を向ける。

 

転移結晶に目を向けている間、アスナはクラウドの言葉の意味ばかりを考えていた。

 

あまり見栄ばかり張りすぎるなってどういうことだろう、と。

 

アスナは何故かその言葉が「よくやったな」と褒めてくれているような気がした。妄想だろうか。同時に、クラウドはやはりアスナを気にして助けに来てくれたんだと確信した。理由はないと言っていたが、おそらくまだ未熟な自分を気にしてわざわざ駆けつけてくれたのではないか───そう思ったのだ。

 

見栄ばかり張るなというのも、副団長としての立ち位置を意識しすぎるなということだったのかもしれない。自分が副団長だと言った覚えはないが、そう言われた気がしたのだ。

 

ここまで気にしてくれるなんて、素直じゃない人なんだろうなと思った。

 

ただ、その言葉がどういう意味であったのかは本人にしかわからない。

 

そのことについてはまた会った時に聞けばいい。この世界は広いようでとても狭い。だからまたいつか会えるだろう。

 

そう思ったアスナはクラウドから受け取った転移結晶を発動させ、とある『鍛冶屋』の元へと移動した。折れてしまった剣の修理、もしくは新しい武器の製作をお願いするために、昔からの知り合いである『女性プレイヤー』へと会いに行く。

 

 

ただ、今日中にというわけにはいかなかった。

 

 

鍛冶屋に向かっても、その女性プレイヤーは生憎と留守であったからである。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

暑苦しい洞窟の暗闇の中に、短い呼吸音が鳴る。

 

物陰に隠れている『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』の下っ端のプレイヤーは、誰からも『なんでこんな殺人者に堕ちたのか想像がつかない』と言われるような男性だった。現実では家に引きこもって親に食料を分け与えてもらうような人間ではあったが、それにはそれなりの理由がある。

 

人には必ず、事情が存在する。

 

何かに裏切られ、現実に絶望して空想に逃げ込むという人間は確かに存在する。それら全ては他人のせい。本来は明るく元気に頭脳労働、肉体労働ともにそつなくこなせる。そういう人間であった。

 

彼にも彼なりの事情があるのだが、そういったことを他人が興味を持っても、上手く誤魔化すだけの話術を備えていた。

 

ともかく、『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』とかいうクズみたいな集団の中でも、彼はそれなりの良識を持っていた。そこに流れ着いた際、他人との協調を求めていた。互いが互いを蔑みあう青集団の中で、そういった行為は浮いていたのだが、彼は少しでも信頼を築きたかった。

 

が。

 

 

「くそ········あいつらの悲鳴がやかましい」

 

 

あらゆる方向から悲鳴や救援を求める声がひっきりなしに聞こえてくる。

 

もう、誰も信じられない。

 

この組織の幹部の四人はとっくにどっかに消えてしまった。仲間を見捨てて、自分たちだけ既にどこか知らない所に逃げ去ったのだ。

 

ゆっくりと築いていこうと思っていたものは、全て今この場で崩れ去った。

 

何もかもが、“誰か”によって崩壊させられたのだ。

 

 

「うっ········!!」

 

 

思わず口から嗚咽が漏れる。

 

とにかく一度ここから離れたほうがいい。今この場に安全なところなどない。

 

見知らぬ“人影”が徘徊している以上、迂闊に動くことなどできない。しかし、多少のリスクを負ってでもここを出るべきだ。ここにいる『仲間』を置いてでも。自分の命が狩り取られてしまう前に。

 

 

「最悪だ········なんでこんなことにッ!!」

 

 

ふらふらとおぼつかない足取りで、彼は出口を探し始めた。もう戦意も殺意もない。必要以上の緊張が、かえって彼の集中力や思考をぶつ切りにして行く。

 

と、そこで気付いた。

 

 

「················なんだ、急に静かに?」

 

 

あれだけ騒がしかった絶叫が、聞こえなくなっていた。

 

 

「ま、まさか········ッ!!?」

 

 

ドッと汗が吹き出る。

 

まさか既に全員が、得体も知れないやつの餌食になったのでは、などと最悪の連想が頭を過る。

 

 

(いや、それとも)

 

 

現実から目をそらしたかったんだろう。思考の逃げ道を探していた男性は別の可能性を思いつく。

 

 

「全員逃げたんだ! そうだ、きっとそうに違いない!!」

 

 

その台詞に喜ばしく思える部分など存在しないことに、果たして彼は気付いているのだろうか。そうであった場合、彼は仲間から見捨てられてしまったということになってしまうのだが、だが彼はそちらの方がマシだと思った。

 

最大の犯罪ギルドが全滅するわけがない。みんな逃げ切ったんだ。そう思った。

 

そうとわかれば自分も早いとこ安全な外に出た方がいい。

 

彼はそう結論づけると、今までよりも若干力強い足取りで出口を目指す。

 

自分にはまだ希望がある。みんなが集まれば怖いものなんかない。自分たちは、最大で最恐の犯罪ギルドなのだから。

 

そう思っていたからこそ、

 

 

 

ザシュ!! と。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼の思考はぐるりと回って、一気に恐怖状態に陥った。

 

 

「あっ、ああああああああああああああああああああああああッ!!!!???」

 

 

叫び声をあげながら走る。

 

いる。

 

後ろにいる。

 

それがわかった途端に走るという行動しか思いつかなかった。

 

ただ、絶望はそれだけでは終わらなかった。

 

走っている最中、幾度も人間の一部のようなものが目に入った。

 

腕、足、胴体、目。

 

特に、腕のある部分に目がいく。黒い棺が掘られた痕がある腕。

 

それが目に入る度に錯乱状態になる。意識の細い糸が切れる。

 

ぷちんと、小さい音が聞こえたような気がした。

 

 

「うがぁ!? ぎゃあ!! ぎゃああああああああああッ!!!??」

 

 

男性は喉が裂けるほどの勢いで叫ぶと、全力で出口を目指して走り続ける。もうこれ以上は耐えられなかった。今まで自分を作っていたものがボロボロに崩れ、全ての意識が消え去った。

 

そんな状態で走り続けていると、

 

 

「いてっ!?」

 

 

急に硬いものにぶつかったと同時に、男性は尻餅をついた。

 

目の前を見ると、そこには長い刀を携えて待ち構えるようにして立っている、“男”がいた。

 

雑音まみれで姿はよく見えないが、そいつが持つ長い刀に鋭い眼光はどう考えてもそれは驚異そのものだった。

 

 

「うわぁぁぁあああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

振り払って逃げようとした。

 

後ろへと逃げ、また別の道から出口を目指す。

 

だが、本当は気づいていたのかもしれない。

 

薄く薄く伸ばしたような声が、自分の口から延々と漏れ出ることで意識はわずかに正常に戻りつつあった。

 

こういう事だったのだ。

 

沈黙が生まれた意味は単純だった。作戦も何もない。巻き返しも立て直しも、逆転の策も余地もない。おそらくアジトの外に出た奴らは一人もいない。『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』の面々は幹部を除いて全員が全員、こういうホラーな展開に巻き込まれて全滅したのだろうと。

 

おそらく今の自分のように、精神面からボロボロに追い詰められ、まともな判断力すら奪われ、呆然と立ち尽くしているところを弄ぶように調理された。

 

 

「は、はは、はははははははっ!! ははははははははははHAHAHAHAHAHAHAHAはははははははははははははははははハハハハハハハハハハッ!!!!!!!」

 

 

何もかもを理解した途端、急に男性は膝をついた。

 

あまりの現実に、彼の神経は麻痺してしまっていた。

 

もはや、選択肢もない。

 

あるのは笑うことだけ。

 

男は止まることのない笑いをアジト中に響かせる。

 

 

カツン、と。

 

 

小さな足音が、男性の真後ろで鳴った。

 

彼は振り返らず、これから来る運命を受け入れたかのように、ただうな垂れたまま小さく笑っていた。

 

 

 

 

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