生きとし生ける者達よ。
我々は既に『現実』という舞台に立ってしまった。
始めてしまった以上。
もう後戻りは出来ない。
時は決して戻らず、過去を取り戻すことなど出来はしない。
この世界でいくつも学んだだろう。
裏側に隠された自分自身の歴史を紐解くだけでも、その人自身の『人間』を表すのに必要ないくつかの重要な世界があることがわかる。
この世界はもはや本物となりつつあった。
多くの人間たちの幻想によって。
『これが俺の隠し技·········エクストラスキル《二刀流》だ!! “スターバースト・ストリーム”ッ!!!!!』
これらの行動によってもたらされる『人間』の現実性はあらゆる常識をも覆し、非現実を更なる現実へと変化させ、そこに一つの世界性を見出すことで混沌とした知識の渦を劇的に整理する柱を打ち込むことが可能である。
『欲しければ、剣で───《二刀流》で奪い給え。私と戦い、勝てばアスナ君を連れていくがいい。だが、負けたら君が“血盟騎士団”に入るのだ』
『···········』
すなわち、『思想』。
人にはそれぞれ個性があるように、その人の考え方も違う。違いがあれば、無論衝突が行われる。意見の食い違い、自分の思考の押し付け、あらゆる願望が交錯して、やがて人々はその人を『他人』という『人間』として認識する。
その現実性が世界を更なる現実へと近づける。
『人間』同士のぶつかり合いは現実での常識、という事実を認めることが世界を本物にするためのスタートラインとなり得る。
『荒野で犯罪者プレイヤーの大群に襲われェー、勇戦虚しく三人が死亡ォー、俺一人になったものの見事犯罪者を撃退して生還しましたァーッ!!』
『これは···········復讐なのか? お前は、“ラフコフ”の生き残りだったのか!?』
『アァ? 違ぇよ、いつの間にか勝手に壊滅して存在しなくなった奴らのギルドにどうやって入んだよ。これはそこにいた幹部の一人から教わったテクニックで、俺はただのそいつの知り合い···········って、これから死ぬやつに言っても仕方ねぇかァー!?』
全ての思想を捨てた者までいた。
それは普通の人生設計や夢といったものとは話が違う。一つ一つの感情を積み重ね、『他人』に全てをなすりつける。あまりにも現実的な思考で、あまりにも非現実的な行動は、また本物へと近づける重要な欠片の一つとなる。
『··················間に合った·········間に合ったよ·········神様·········間に合った』
『わ、わかった!! わかったよ!! 俺が悪かった!! もうギルドはやめる!! あんたらの前にも現れねぇよ!! だから───』
『人間』は困難と共に成功し、あまりにも簡単に失敗する。
それでいて。
人間たちは当たり前のように諦めたり引き下がるという事を知らない。
『この·······人殺し野郎が』
一つが壊れればその残骸を積み重ねて、現実に徐々に亀裂が生じさせている。
だが、世界も常に変わるように、人も変わっていく。
何かが失敗することが、次に進むべき道への手がかり足がかりを構築していくと信じている。よって、正常な現実の思考に縛られた者にはその常識が理解できず敵対してしまう。
何故、この現実を受け入れるのか。
何故、この世界を一つの世界だと認めるられるのか。
何故、そうまでして常識的でいられるのか。
世界は理不尽で理解ができないことばかりだ。一人の人間ともう一人の人間。考えが違う故に完全には理解することは出来ない。意見の対立はいずれ争いを生む火種になってしまう危険な存在。
『俺の命は君のものだ、アスナ。だから君のために使う。最後の瞬間まで一緒にいる』
『·······私も。私も、絶対に君を守る。これから永遠に守り続けるから。だから··············』
しかし、それでも人は他人を理解したがる。
その人の現実が魅力的であればあるほど、他人からはそれが美しい光景に見える。対立はいずれ、惹かれ合うものへと変わっていく。
失ったことを嘆いている者には、相応の褒美を与える。手を掛けたことを悔いている者には、相応の救いを与える。
自分達だけの現実はいずれ、運命へと変わっていく。
時の番人どころか運命の神々に唾を吐くほどの唯我独尊。あらゆる心理はあらゆる人が平等に全てを解き明かし、振りかざす権利があると信じ切って、既存の常識、倫理、あるいは信仰によって目の前の答えに蓋をして自らの真なる自由を放棄し、その他のために力を振るうことを誓う、傲慢でありながらも自己犠牲の心の持ち主。
それでいて、自分の大切な者達には自分の弱い部分すなわち真の自分を曝け出し、時には救ってもらうという、矛盾した心の持ち主。
結局、この世界でも人間は『人間』であるしかなかった。
たとえ、どれだけ現実離れの世界を構築したとしても、魅力的な剣を握ったとしても、なりたかった自分になろうとしても、その『本質』を見失うことなんて出来なかった。
仮想世界に構築された
『何かを守ろうとする人間は強いものだ。君の勇戦を期待するよキリト君。攻略開始は三時間後。予定人数は君たちを入れて三十三人。七十五層、コリニア市ゲートに午後一時集合だ。では解散』
そんな中で、この世界を望んだ『人間』は何故ここまで『思想』を『現実』へと、多くを犠牲にして多くの時間を費やしていったのか。
どうして、この世界を作ったのか。遊びではないという言葉の意味は一体どういう意味なのか。
真実を知るには、本人に聞くのが一番だ。
安易な常識を否定して、真剣に狂人の内側へと切り込んでいこう。
『こうなってしまっては致し方ない。予定を早めて私は最上層の《紅玉宮》にて君たちの訪れを待つことにしよう。だが·········その前に·········』
他人の思考は理解できない。
理解できないからこそ、人はそいつの心理を追い求める。
段階を通り越してでも、展開を無視してでも。
『キリト君·········君には私の正体を看破した報奨を与えなくてはな。チャンスをあげよう、今この場で私と一対一で戦うチャンスを。勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウトできる·········どうかな?』
『いいだろう·········決着をつけよう』
さあ、
これより始まるのは、その現実を生きる『人間』達の最後の物語である。
<><><><><>
ミッドガル、神羅ビル。
崩壊して今はほとんど立ち入る者達が少なくなったその場所には多くの人達が集まっていた。
科学者、と言っても間違いではない。
しかしこの場合、元科学者と呼んだ方が役割として適切である。彼らは今どこにも所属していない。かつて神羅で生物兵器や武器開発などといったものを研究していたフリーの科学研究者達ばかりがここに集められていた。召集を受けた老若男女は普段の神羅ビルの静寂を引き裂くような勢いで、縦横に行き交い様々な情報のやり取りを行い、またミッドガルから遠くに離れた“社長”や遠隔地の味方と通信を行なっている。
「状況はどうなってます?」
と尋ねたのは、チャドリーと呼ばれる子供型のサイボーグだ。
一見すればここの関係者にはとても見えないが、これでも彼はここの統括、つまり最高責任者を務めるほどの人物であった。
「先ほどよりも、数値が不安定です。クラウド・ストライフの精神面が危機的状況にあると思われます」
と答えたのはここの研究者の一人。
古代種やソルジャーといった生物学に関しての知識に富んだ優秀な人材で、かつては宝条の助手だった。
「·········
「·········
調査に直接向かった本人からしてみれば、その事実の方が謎である。
時系列がおかしすぎる。
クラウドの中では既に二年という時間が経過している。なのに現実ではまだそれほど経っていない。
それだけではない、短時間のうちに彼の意識が異常値に達していた。様々な感情が、短時間で発生している。
喜び、悲しみ、怒り、驚き、恐れ、嫌悪、希望、畏敬、当惑、苦手、呆れ、冷静、困惑、渇望、夢中、嫉妬、興奮、痛恨、憎悪、面白さ、懐旧、緊張、敬服、崇拝、称賛、娯楽、焦慮、好感、性欲、同情、満足、不安、無力、疑問、悲惨、絶望、悲哀、挫折、驚嘆、空虚。
そんなありとあらゆる感情そのものが、クラウドの脳内に響き渡っている。
常人なら頭が割れそうなほどの激痛が起き、思考や感情の全てが奪われるほどの衝撃が身体中を暴れ回る気分。
要は、精神崩壊どころかショック死してもおかしくない状況だった。だが、クラウドは非公式ながらもソルジャーとしての耐性を身につけているためまだ耐え切れている。
しかし、本来のクラウドは精神面が弱い。
このままではクラウドがどうなるかわかったもんじゃない。下手すると、魔晄に浸かって精神が崩壊した中毒者達よりもさらに悲劇的な状況に陥ってしまう可能性がある。
「電源を切ろうにもこちらからのアクセスを受け付けず、強引に切った場合はクラウドさん自身に障害が起きる可能性もありますし、下手に動けませんね」
彼とてプロの科学者であり、それ相応の危機に対処するために綱渡りの行動を起こしたことも何度かあるが、ここまでの規模となると数えられるほどしかない。
そして、『未知の空間』という、今までのある種安定した箱庭の中で力を振るっていたこれまでの事件と違って、どのジャンルか、相手がどんなやつなのかもわからない所から取り組むとなると、これまでの経験はほぼ通用しないと言ってもいい。
あの、『英雄』が関わっているかもしれないともなれば尚更だ。
だが、『あの青年』はそんな世界を歩んできた。
日常と非日常。二つの世界を行き来し、自分の立っている場所が安定しているかどうかもわからない状況で、数々の敵と相対し、数々の悲劇を阻止しようと力を尽くしてきた。
そして今も、悲劇を起こさないためにわけもわからない場所に飛び込んでくれた。
「····································」
チャドリーは首を横に動かして隣の部屋を見る。
外からでも、ダイブした人間の変化を逐一確認できるようにするためか、その部屋の壁はガラス張りで、メインルームからでもVRゴーグルをつけて寝かされているのが見えた。大量の機械に囲まれたベッドの真ん中に、ツンツン頭の青年が横たわっている。
チャドリーはそこでわずかに表情を曇らせた。
クラウドの表情は見えないが、モニターに表示されている数値で感情や意識などは判断できる。だが、それが観測不能なほど感情が入り混じっていたらどう判断するべきなのかわからない。
当然、今回の事件には黒幕がいるはずだ。
まだ誰の仕業かもわからないが、仮に相手が『英雄』であった場合、クラウドだけでなくミッドガル全体にさらなる悲劇を起こしにくる可能性は高い。
『失敗すれば最悪、人類が滅びる』なんて状況で、対抗するための切り札を用意したチャドリーが、切り札を失わせるなんてマネを取るわけにはいかない。クラウドを救い出すには、ただ傍観するしかないのか。黙って成り行きを見守る他ないのか。
「·········解決策の候補はいくつかあるものの、今は待機といった所ですか」
チャドリーは壁に映った映像を睨みつけながら、内心では自分の感情をコントロールしきれていない事を自覚していた。
映像には、何も映っていない。
世界の危機へ対応すること。
これが、英雄を倒した無名の一般兵がいつも抱いていたものなのか·········今更ながら、チャドリーはそう考える。
「しかし·········何もしないのは科学者として恥ですよね」
今はやれることをやるしかない。
彼が動けない世界で戦い続けるしかない。
そう思ったチャドリーは、クラウドがいる部屋の中へと入って行く。
そして、クラウドがつけているVRゴーグルに接続されている繊細な機械に、これまた複雑そうな機械を持ってきてクラウドのゴーグルにケーブルを繋げた。
「ブラックボックスとなる部分の解析はクラウドさんに任せて、僕はそこから漏れ出る残り物から解析をしてみます」
さて、ここからが本題なのだが、チャドリーの言っていることが理解できたものは少ないだろう。というか、全くいないかもしれない。
彼の考えは簡単に言えばこうだ。
黒幕やら事件の詳細はおそらくクラウドが現在進行形で観測している。こちらからは何が起きているのかは全くわからないが、そのクラウドが今抱えている感情とリンクしてどういう状況なのかを推測するという、暴挙に近い観測方法だった。
つまりは記憶の読み取り·········といった感じか?
正確に読み取るのは難しいかもしれないが、何もしないよりはマシのはずだ。
チャドリーはもう一つのVRゴーグルを持ってくると即席で新たな機能を追加するために一度分解しだし、電子基板の端子から端子へとブリッジを繋げ、ラインの中を走る信号を明確な形に変換するように電子辞典ほどの大きさのパーソナルコンピューターから改造コードを入力して付け足していく。
「これであとは·········」
装着すればいい。
ゴーグルをかけて意識をクラウドの脳内にリンクさせるために意識を集中すると、今までなかった引っかかりのようなものを感じ取った。
ジジッ、と。
小さなノイズに似た電子信号がチャドリーのAI機能に衝撃を伝えてくる。
「何かを捉えたっ!?」
だが一体何とアクセスしているのかはわからない。
しかし本当はクラウドの脳内がどこの空間に繋がっているのか、答えは最初から見えていたのかもしれない。
ただその名前を声に出して読めば良い。そこには必ずこうあるはずだ。
“セフィロス”、と。
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繁華街から二本ほど入り込んだ場所にあるアルゲードの通り。
アルゴはそこをただ歩いていた。その場所に足を踏み入れるのは初めてではない。
彼女はよくここに通い詰めている。何故こんな治安の悪そうな場所に通い詰めていたのか、そこが『情報屋』にとっての宝の溜まり場だったからだ。そしてアルゴは、その情報を入手してあらゆるプレイヤーに有料で提供する『情報屋』と呼ばれる立場だった。
それと同時に。
彼女はとある便利屋に仕事を斡旋する『仲介屋』としての役割も担っている。
顧客から受けた依頼を便利屋に斡旋してマージンを得る、そこだけを見ればただの中抜き業者の真似事にも感じるが、それに文句を言う便利屋ではなかった。便利屋という立場である以上、そういった職をしている人種は社交性に欠けているきらいがある。つまり、縁を得ることが難しい。折角のうまい話を、依頼人を怒らせたばかりにふいにしてしまいかねない便利屋にしてみれば、アルゴのような社交性に長けた存在はむしろ有り難かった。
「そんなオレっちでも、時には我慢できなくなる時があるんだよナ」
独り言にしては、第三者に話しかけるような口調だった。
アルゴは唐突に立ち止まると、そんな誰に対しての言葉なのかもわからない台詞を言い放った直後、アルゴの後ろの物陰から人影が現れた。
振り返ると、アルゴは目を見開いて言葉を詰まらせた。
幾度も後をつけられて鬱陶しく感じていたので遠回しに出てくるように言うと、そこに現れたのは見慣れぬ格好をした一人の『人間』がいた。痩せた体の上に小汚いローブを被っているため姿はよく見えない。生気のない青白い顔をして、槍ぐらいの長さの棒を杖代わりにして地面に突いており、正直なところ、どう見ても真っ当な人間ではない。
「··············悪いけど、今日は店じまいなんダ」
アルゴはそいつに近づきつつ、ゆっくりと告げた。
「オイラのことをどっかから知ったみたいだが、今日は勘弁してくレ。七十五層のボス攻略のための情報収集を徹夜でしたせいで疲れてるんダ」
見れば彼女の目の下が黒く染まっている。
涙袋の化粧にしては不健康な見た目。明らかにここ最近寝ていないような様子を見せている。その証拠に、彼女の足取りはどこかフラフラとしている。
そこまで言ってからアルゴは目の前の奴を見て、同意を求めるように首を傾げつつ頷く。
だが、そいつは黙ったままじっとアルゴを見つめていた。
そいつの反応を待つ素振りをしながらも、アルゴは目の前の人間の姿を注意深く観察していた。何か危険なものは持っていないか、或いは『通常じゃないプレイヤー』の可能性はないか。
そいつは杖を持っている手とは反対の手に、大きな袋を抱えていた。なんの袋かわからないが、おそらくは金だろう。見た感じ七桁ぐらいは行きそうなほどの大金が入っているように見えるが、アルゴのいる場所からではそれ以上のことはわからない。
「··············あなたがアルゴ?」
長い沈黙の後、ようやくそいつは口を開いた。
女性のような高い声で、よもや名を呼ばれるとは思っていなかったが、アルゴは戸惑いつつも小さく頷く。
「そうだが·······何の用ダ?」
「あなたを探してたの·······“ある人”に仕事を頼みたくて」
「!」
「あなたに会えば··············彼に会えるんだよね?」
「·····················」
「出来れば·······今すぐ会いたいんだ。すぐに引き受けてほしくって」
アルゴは息を呑んだ。
同時に、なるほどと思いもした。言われてみれば確かに、目の前にいるやつはいかにもそっちの方の雰囲気を醸し出している。
情報を欲しているっていう顔じゃない、急いで仕事を彼に引き受けて欲しいといった感じであった。
「急な依頼ってことカ?」
念のため、目の前にいる女にそう尋ねると、彼女は小さく頷いた。その問いに疑問を抱いた様子もないのであれば、この依頼人がもたらす仕事は間違いなく「危険」な仕事であると言える。
「わかった·······じゃあついてこイ。アイツの元まで案内してやル」
そう促すと、依頼人は黙ったままアルゴに従って歩き出した。
幸いにも、アイツの住んでいるところはここの層だ。歩いて約三分、走ればそれよりも早く着く距離にアイツは何でも屋としての店を構えている。
「ちなみに·······依頼内容を先に聞いてもいいカ?」
それが気になって仕方がなかったアルゴは好奇心を抑えきれず、思わず聞いてしまっていた。
やっちまったかなと思ったが、彼女はその問いに何も思わず、無機質な声でこう言った。
「三十分後に始まる七十五層のボス攻略の場に··············今すぐ向かってほしい、っていう依頼だよ」
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今日も、いつも通りの一日になるだろう。
彼はそう思いながらカウンターに頬杖をついている。
いつも通りの一日だと思ってしまうのは本来おかしいと思う。何故なら、そう思うということはこの世界に慣れてきてしまっているということを証明してしまっているということに繋がるからだ。
それが何となく嫌だった。
ここ数ヶ月、彼は雑用ばかりこなしていた。危険なモンスター退治。それだけを繰り返して、毎日毎日時間を無駄に過ごしていくだけの日々が続いている。
一応、大きな仕事だって来る事もある。それさえ受ければ少し刺激的な一日を送れるはずなのだ。実際、今日だって大きな仕事が来た。あの大手のギルドである“血盟騎士団”の使いが今日の朝急にやって来て、「今日、七十五層の攻略が行われる。報酬は払うから参加してくれ」と言ってきた。
仲介屋も通さずにやってきたことには少々不快に思ったが、生憎とそう言った仕事は引き受けてはいない。どれだけ大金をもらおうが、そういうのは例外なく断っている。使いのプレイヤーも引き下がらなかったが、クラウドの鋭い眼光を受けた瞬間に腰を抜かして出て行ってしまった。
何度も諦めずそういった依頼をしに来るのをみると、大手のお偉いさんはクラウドを高く買っているようである。
しかし悪いが、クラウドは絶対に攻略には参加はしない。
というか、自分がいなくても別に攻略はできるだろうと毎回思うのだが、何故そうまでして彼らはクラウドをしつこく参加させたいのか。
今回の攻略だって、最前線を攻略し続けるプレイヤーばかりがメンバーに選ばれていた。
あの、《二刀流使い》の『黒の剣士』に、この世界でその名を知らない者などいないとまで言われている《閃光》の名を持つ『副団長』だっている。ちなみに、聞いた話ではその二人は最近結婚したらしい。あの二人が結婚したと聞いた時はさすがのクラウドでも驚きを隠せなかったが、そんな最強と最強が組み合わさった最強夫婦が参加するのだから自分は必要ないように思える。
それだけでない。
あの第一層からみんなを引っ張ってきたディアベルが築いたギルドのメンバーも今回の攻略に参加し、『風林火山』の奴らも参加すると聞いた。
十分すぎるほどの精鋭が揃っているのだから、自分が出る幕はない。
しかし、こうも金にならない仕事もどうかとは思う。いざとなればアルゴに金を貸してもらうかなんて事を考え始めた矢先、
「ヨッ!! クラウド!!」
件のアルゴが事務所に現れた。
アルゴはそうやって、いつも絶妙なタイミングでクラウドに仕事をもたらしてくれる。そんな仲介屋だからこそ、人見知りのクラウドも信頼し、長年に亘って付き合いを続けている。
「お前に仕事ダ。引き受けるかはお前次第だけどナ」
まるでお前は絶対引き受けないだろうなという前提で言ってきているようにも聞こえた。入って来るなり開口一番がかなり失礼な気もするが、アルゴは構わず扉の方へと指し示した。
クラウドは無言のままそちらの方に目を向けると、いつの間にかローブを着た奴が扉の前に呆然と突っ立っている。
「お前に仕事を頼みたいっていう依頼人ダ。話を聞いてやってくレ。それじゃ、オイラは疲れてるんで家に帰らせてもらうゾ」
そのまま扉の方に向かったアルゴに対して、クラウドは思わず腰を浮かしていた。
「おい!?」
「じゃあナ〜」
ろくな説明をせずにさっさと出て行ってしまったアルゴを、クラウドは呆けたように見つめるよりなかった。疲れてるのか足はふらふらとしていて意識が遠のいていたことから限界に近いみたいだ。
一方、依頼人と呼ばれたローブを着込んだ奴は、クラウドを食い入るようにして見つめていた。身長と同じくらいの杖を持ち、ただその場に突っ立っている。
妙な奴だ。
クラウドは内心そう思いながら、腰を下ろして依頼人の話を聞くことにした。
「··············依頼内容は?」
単刀直入に聞いた。
名前やら経歴やらなんかはクラウドにとっては興味のないもの。仕事の内容だけが一番重要で、それ以外は聞かないことにしている。
だがしかし、クラウドはそう尋ねながらも、尚そいつへの観察は怠っていなかった。赤いローブを深く被っていて、顔はよく見えないし内側に着込んでる服も見えない。正直怪しい雰囲気しかない。
しかし、せっかく来てくれた依頼人だ。仕事の内容次第では引き受けてもいい。見たところ、杖を持つ反対側の手には大きな袋を持っていることから、おそらくは大きな仕事だろう。いずれにしても、こいつがまともなプレイヤーではないことは明らかだった。アルゴのあの様子からしても、少なくともただの雑用ってわけでないことは間違いないだろう。
クラウドがそう口にすると、ずっと黙っていた依頼人はようやく彼の方に近付いてくる。
視線をクラウドの方に固定したまま、予想通りの内容を口にした。
「七十五層のボス攻略の場に今すぐ向かって欲しいの。手遅れになる前に」
「····························」
何度も聞いた依頼だった。
その依頼内容に、クラウドは思わず鼻で笑ってしまった。依頼人が大きな仕事を持ってきたという予想は的中していた。だが、よりにもよってつい先ほど断った案件を再び持って来られるとは。
「そういう依頼は例外なく断ってるんだ。悪いが、諦めるか他を当たってくれ」
「·····················」
「それに、もうボス攻略は始まってるはずだ。俺が今更行っても、たどり着いた頃にはクリアされてるかもしくは全滅してるか。どちらにしても今向かったところで結果は出ているはずだ。すでにボスを倒してしまっているなら、俺の出番はない」
クラウドにとって、ボス攻略は他人との対立の場だった。
最後にトドメを刺した者には特別な報酬を与えられ、それに対して妬んだ者からの総攻撃を受けることになる場所。チームプレー、協力なんて一見良い言葉だけを並べているように思えるが、みんな自分ばっかり気にしていて、本当に他人のことを想って戦う奴は少人数だとクラウドは思っていた。
第一層をたった一人で攻略した時、クラウドはほとんどのプレイヤーから敵視されていた。出歩けば毎回冷たい目で見てきて、正直鬱陶しくてうんざりしていた。
あんな面倒な思いをするくらいなら雑魚モンスターを駆除したほうが、まだやりがいがあってマシかもしれない。
それに、ここのモンスターは弱すぎる。もはやルーチンワークとすら言えない、自分よりも弱い奴らを蹂躙するだけの行為。そこには何の手応えも、何の歯応えもない。そんな奴らを相手にして、倒したら倒しただけ他人から悪く思われるなんて、そんな不相応な待遇を受けるくらいなら何もせず攻略は他に任せたほうがいい。
第一層を攻略して、元の世界に帰れる第一歩を踏み出せた達成感は確かにあった。
あったが、周りからの冷遇を受けてしまっただけに、その後の落胆は大きかった。
依頼人の発言に嫌味な態度で返してしまったのも、そんな過去があったからだ。
「·······勘違いしてるみたいだから言っておくね」
「?」
「攻略に参加してなんて誰も言ってないし、倒して欲しいのはボスじゃない」
だが、依頼人は真剣な面持ちで、そんな主張をする。
「倒して欲しいのは··············
「!?」
その言葉の意味が、瞬時に理解できたわけではなかった。
だがクラウドは、まるで最初からクラウドのことを知っているかのようなその口ぶりに、改めて依頼人を見つめていた。
そこでようやく、依頼人の顔がわずかに見えた。
一瞬であったためよくは確認できなかったが、女性だった。大自然のように緑豊かな瞳を宿した女性だった。
その瞳が一瞬見えた瞬間、彼の脳裏にあの“花売りの女性”の姿が過った。
この女は只者ではない。
直感的なものではあったが、クラウドはそう感じている。その一方でこの女が只者ではないのなら、何故そんな発言が出来るのか不思議でならなかった。
(··············俺の、追っている奴?)
「お代はここに置いておくね··············手遅れになる前に、どうかお願い」
「!? お、おい!?」
こちらの事情を待たず依頼人がお金の入った袋をカウンターに置いた瞬間だった。
ジジジッ! と。
誘蛾灯が点滅するような音が響いた。一瞬の不快な音に耳を塞ぎ、つい目まで閉じてしまったがクラウドは辛うじて瞼を開けて依頼人の方を見る。しかし、どういう手品を使ったのかはわからないが、つい先ほどまで目の前にいたはずの依頼人は気が付けばどこにもいなかった。ほんの微かに、全方位から、ジジジッ! と小刻みに似たような音が響くだけだった。
「····················」
クラウドはしばし虚空を見つめていた。
が、しばらくすると壁にかけておいたバスターソードへと勢いよく手を伸ばし、背中へと手早く収めた。
「······························ッ!!」
別に、あの依頼人の言葉を間に受けたわけではない。
しかし、どうしても拭えない。
悪夢のような予想が正しければ、今こうしている間にもボス攻略が行われているはずだ。
「あいつの言うことが本当なら··········ッ!!」
可能性はある。
本気でそれが証明されていたら迷わず向かっていた。しかし、半信半疑でも向かわなければならない。
そう。
もしかしたら、追いかけていたものが現れるかもしれないのだ。
前置きも前触れもない、唐突に現れた。
クソみたいな問題文を目の前に広げられ、異端も異端が頭を揃えても答えが出ないくらいの難問に直面しているのだ。
「······························」
これまでの日常がガラリと変わる出来事だった。
中から外へと逃げ出すのではなく、外からわざわざ中へと踏み込む。大切なものを守るために、世界の中心点となる場所へ向かって走り、駆け抜け、飛び込んで行く。
クラウドに迷いを感じる暇などなかった。
いたずらだとも思わなかった。
モタモタとしている間に、約束の時間は過ぎている。攻略を開始して一分は経過しただろう。今行っても間に合わないなんて考えよりも、急いで向かうということしか考えなかった。
どっちみち、本当にそこに現れるのなら行くしかないのだ。安全にこの世界から抜け出すためには排除するしかないのだ。
この世界に来てしまった原因となる、ソルジャーの頂点に君臨するあの『人間』を。
いや、『化け物』を。
だから、クラウドは迷わなかった。
全てを終わらせる戦いが、そこにあるかもしれない。ならば、黙って引きこもっているわけにはいかない。
それだけを胸に、クラウドは決意を込めて全世界に宣告するようにこう宣言したのだ。
「終わらせるッ!!」