ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第17章

 

 

そういえば何故自分はここにいるんだっけ?

 

クラウドは無意識にそう思った。

 

そもそもここはどこだっけ?

 

クラウドは今までいた場所すらも認識ができないほど現実を否定し続けていた。

 

彼は一人だった。周りにはたくさんのプレイヤー達が目の前の『あれ』に注目しているのに、彼だけは今自分の中に閉じこもっている。理由は簡単だ。またあの絶望が、やって来たんだ。クラウドの背中をゆっくりと嬲るように現れた人影は、それほどまでの力を持っていた。単純な腕力や能力の問題ではなく、それ以上の圧倒的な恐怖が根底にあった。

 

 

「··············クラウド」

 

「ッ!?」

 

 

闇の向こうから聞こえる声。

その声が聞こえた瞬間、クラウドは頭を押さえて呻き声を上げている。声が聞こえるたびに頭痛がする。

 

口を開こうにも頭痛がして言葉を紡げない。

 

現実の頭に負荷がかかって発言のプログラムでもイカレたのか、言葉を発することができなかった。

 

そんな彼に代わって、目の前にいる奴に問いを投げかける勇敢な若者がいた。

 

そう、キリトである。

 

 

「··············アンタ、一体何だ?」

 

「····························」

 

「答えろッ!!」

 

「····························」

 

 

しかし、そいつは応じなかった。

 

キリトなんて初めからそこに存在しないかのように無視しやがった。視線すら送らず、ずっと冷酷に微笑んでいるのを見ると奴はキリトどころか周りの連中すらも眼中にないのかもしれない。

 

 

「··············クラウド」

 

 

相も変わらずクラウドの名を呼び続ける。

 

逆にそれが不気味さを醸し出し、後ろにいたアスナも次第に歯を小刻みに揺らして鳴らし始める。周りにいた多くのプレイヤーもそうだった。目の前で繰り広げられた奇妙な光景を目にして戸惑っているようだ。目の前で起きた光景を現実に存在するものとして処理して良いのかいけないのか、その段階ですでに迷っている風に見える。

 

脳が処理しきれないまま、攻略組の生き残り達はただ目の前を見ていた。

 

だが、やはり彼は興味を示さなかった。

 

奴にとってはその価値すらもないのだろう。今日殺せる者は明日殺せるし、明日殺せる者は一年後にだって殺せる。興味を抱くのも馬鹿らしかった。わざわざ路傍の石ころ程度の連中の存在を認識するほどのことでもなかった。

 

 

「──────っ!!」

 

 

そしてここでようやく、クラウドは何かを呟いた。小声で、何かブツブツ言いながらゆっくりと立ち上がる。

 

頭を押さえ、呟くように目の前の『あいつ』に問いかけた。

 

 

「············アンタなのか」

 

「························」

 

「本当に··················アンタなのかっ!?」

 

「························」

 

 

その声が奴に届いたかどうかは本人にしかわからないが、きっと届いただろう。クラウドが喋った直後、奴の口角が僅かに上がった。ずっと雑音だらけの言葉しか喋れなかったのもあって、久々に会話ができて嬉しいのだろうか。クラウドが喋るごとに微妙にリアクションしている。

 

 

「クラウド············こいつのこと知ってるのか?」

 

「························」

 

 

キリトがそう聞いてくるも、クラウドは俯いたまま何も答えない。

 

見ればクラウドは、僅かながら震えていた。恐怖か怒りか、それとも別の感情か。とにかく何かの感情がクラウドの全身を覆っている。指を丸めて拳の形を作り、その手を力強く握りしめている。

 

 

「ク、クラウド············さん?」

 

 

アスナまでクラウドのことを心配して声をかけてくるが、それでもクラウドは応じなかった。クラウドの中から湧き上がってくる感情は体どころか五感すらも支配し、目の前にいるあいつと同じような状況になっていた。

 

笑みのままなのは一人だけだった。

 

セフィロス。

 

 

「··············哀れだな」

 

「!?」

 

「··············受け入れろ」

 

 

その言葉が引き金となった。

背中に背負っていた大剣に手が伸びる。手に取った瞬間にバスターソードは赤い光を発する。

 

それが何を意味するのか、セフィロス以外はわかっていた。

 

ここでようやく思い出した。ここに来た理由を、受け継いだ剣を再び握った訳を。

 

ここまで来て害意がないとは言わせない。

 

そして、単なる辻斬りや通り魔に巻き込まれたというのもあり得ない。

 

元凶が目の前にいる、ならばやることは一つだろう。

 

 

「うあぁぁぁあああああああああッッッ!!」

 

「「!?」」

 

 

クラウドが吼えた。

 

あるいは合理性など何もなく、恐怖に縛られた両足の拘束を引き千切るための儀式でしかなかったのかもしれない。

 

心臓から全身へ伝わる恐怖と嫌悪へクラウドは素直に従った。その右手に持つ大剣を強く握りしめ、全力で走り出す。勇気を振り絞るというよりかは、テレビに映るホラー映画からよそのチャンネルへ切り替えるためにリモコンを掴むような後ろ向きの感覚で剣を振り抜く。

 

 

「ッ!? クラウドッ!?」

 

「クラウドさん!?」

 

 

皆が静止している中でキリトとアスナだけが叫んだ。

 

急な行動に反応できたのはたった二人だけ。クラインもエギルも、常連の攻略組も時が止まったように反応が出来なかった。

 

二人の叫びにクラウドの全身が跳ねるが今更動きは止まらない。その間、キリトとアスナは二人同時に理解した。何かとんでもない地雷を踏んだ、それだけは理解できた。何しろ、あのクラウドがあそこまで取り乱している事態だ。絶対に何かろくでもないことが起きる。

 

思わずクラウドの後を追うように二人も走り出していた。両目をつぶってしまいそうな恐怖と後悔が背筋に忍び寄る。それを払拭したかっただけかもしれないが、二人は息を合わせるように同時にクラウドを止めに行っていた。

 

そしてクラウドのバスターソードと奴の正宗とが激突した。

 

直後の出来事だった。

 

 

「この時を待ちわびたぞ」

 

「「「!?」」」

 

「さあ············この世界に絶望を贈ってやろう」

 

 

 

ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!

 

 

 

恐るべき破壊力が世界を埋め尽くした。

 

それはクラウドの後を追っていたキリト達にも、そしてただ呆然と見ていたプレイヤー全員にも均等に襲いかかってきた。

 

だが一番被害に遭ったのはクラウドだ。全身を叩かれたツンツン頭は、そこで頭を揺さぶられて前後左右上下の概念すらも失った。すぐ隣にいる者達がどうなったのかを把握することすらできない。それどころか地面の感触もない。極限まで窮地に立たされたクラウドだったが、不思議とその感覚に懐かしさを覚えた。

 

思い出したくもない記憶。

 

運命に抗った過去の思い出。

 

そう。

 

あの時と同じ。

 

落ちていく。

 

クラウドは、キリトは、アスナは、プレイヤー達は。

 

どこまでも落ちていく。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

ズキンッ!! と。

 

改造VRバトルシミュレーターが受信しているモノに意識を集中させるチャドリーのこめかみに、何か鋭い痛みが走った。

 

 

「··············っづ!?」

 

 

思わず顔をしかめるチャドリーだが、その間にもVRバトルシミュレーターからは小さなノイズのようなものが断片的に響いていた。入ってきた信号を読み取るように、チャドリーの脳内メモリーに滑り込んでくるなりいくつかの言葉に変換されていく。

 

脈絡もなく。前後の確認もなく。聞き手が理解しているかどうかなどの確認すらもなく。

 

その断片的な言葉の羅列は誰かの頭の中を覗き込んでいるようで、まさに今実際にやっていることであった。クラウドが見ているものが一部分ずつ送られてくる感覚には違和感すら覚える。他人に説明するために整理する必要なんてない、必要な事前知識を全て備えた自分自身が理解できればそれでいい。まさに一人称の視点、あまりにも乱暴で乱雑なその乱舞。

 

見ている者からの説明なしの描写。

 

地の文が無い小説を見ている気分。

 

起承転結もてにをはもなく、ただただ単語とその重要度だけが強調されたぶつ切りの応酬は、台詞と細かいメモをページ一面に埋め尽くしたメモ帳を眺めてその時のプロットを再構築しているような作業にも近いかもしれない。他人の思考は理解できないとは言うが、それを実際にやって見たら本当に理解ができない代物だった。

 

乱暴な情報の渦と向き合うのがこんなにも苦痛だとは。サイボーグの人工頭脳でなかったらおそらく脳が焼かれていたことだろう。人間であれば間違いなく死亡する。自分の脳細胞でも炙るような痛みを押さなきゃならない作業の中、チャドリーはサイボーグの頭脳に流れてくる信号を送りつけて無理にでも言語化を進めていく。

 

··············何かが見えようとしている。

 

··············クラウドの目の前にあるのはなんだ?

 

··············この視界の向こうは一体どんな世界に繋がっている?

 

 

「っ!!」

 

 

断片的な単語と単語を結びつけていった先に、何かがぼんやりと像を結ぼうとしているような気がした。そいつを認めてしまっては、クラウド達がこれまで築いてきた何かが盛大な音を立てて崩れてしまいそうな漠然とした不安もあったが、なぜだがそこにはチャドリーもよく知るフレーズがこびりついていて離れない。

 

乱暴な電子暗号が積み上げられて今にも崩れそうな中、チャドリーはゆっくりとその信号を引き抜くように読み解いていく。崩れれば今まで読み込んだデータがパァになるだけでなく、チャドリーの脳内メモリーすらも破損してしまう。まるでジェンガが崩れないようにその中の一つの板を一つだけ、ゆっくりと慎重に引き抜いていく。

 

そしてチャドリーはそっと人工の舌に言葉を乗せた。

 

 

「··············セフィロス」

 

 

やはり関わっていた。

 

だがしかし、おかしな部分がある。

 

セフィロスという電子暗号が脳内で言語化されたのに、その表示のされ方がおかしかった。

 

 

「何故·············“茅場晶彦”という名前で表示されているのにセフィロスと読んでしまうのでしょう?」

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

その時、世界から音が消えた。

 

世界が破裂する音すらも、消えた。

 

地面へと突き刺したセフィロスを中心に、第七十五層ボス部屋の地面そのものが全空間にわたって容赦なく突き崩れた。落下の衝撃はクレーターをつくることすら許さず、そのまま鋼鉄の地面を粉々に砕き、巨大な穴と化す。

 

シェルター級の硬度にプログラムされていようが関係なし。奴の放った力はプログラムをも凌駕する圧倒的な力。崩壊したボス部屋はそのまま下へ降り注ぐ。

 

爆音と、振動と、粉塵が炸裂する。

 

 

「························クラウド」

 

 

忌々しいセフィロスの声が耳に滑り込んで来た。

 

そのあまりにも奇怪で絶望的な状況に、クラウドは理解が追いつかなかった。

 

 

「美しい、そう思わないか?」

 

「············っ!!」

 

 

ようやく、クラウドは自分が仰向けに倒れていることを自覚した。

 

慌てたように飛び起きる。そして、絶句した。周りの様子がおかしかった。もし七十五層から落ちて来たのだとすればその先には七十四層があるはずなのに、それらしいフィールドは広がっていなかった。

 

黒、黒一色。

 

ひたすら平坦で一切の狂いのない平面が広がっているだけ。ミクロン単位の起伏もない陸地が地平線の向こうまでひたすら続いていた。

 

 

「············ここは?」

 

 

自然物らしい自然物はない。人工物らしい人工物はない。

 

往来の表現でしか説明できなかったが、そもそも地平線という概念についても微妙だった。陸地も空も全てが同じ黒で統一されているため、その区別すらもつけられないのだ。辺りを見渡すために自分を中心にぐるりと一周、三百六十度を見回しても、景色の変化はない。光も目印になるものさえもないこの場所では、自分が今いる正確な位置も特定できない。故に、一周した際に自分が最終的に戻って来た場所が、本当に一周しようとした時の始まりの場所なのか、正しい位置なのか、目印になるものがないためその自信もない。

 

だが、そんな世界の中でも目立つもモノがあった。

 

長い銀髪に、長い剣。

 

セフィロスの銀色の髪と冷たい白い肌だけが、統一された闇の世界の中で満月のように強調されていた。

 

それを認識した瞬間、徐々に得体のしれない現実感がクラウドの精神へ襲いかかってくる。今まで避けていた現実感という言葉にここまで敵意と拒否感を覚えるのは何年ぶりだろうか。

 

 

「ここ、は············どこだ?」

 

()()()()()

 

 

位置の特定作業中、元凶の声が前から飛んで来た。

 

その声は紛れもなくセフィロスの声だった。

 

だが、何故だろう?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

なんと言えば良いのかわからない。そいつの思考回路は間違いなくあのセフィロスのものなのに、そこに何か“別のモノ”が紛れている気がする。

 

結局、わからない。

 

恨みの塊が考えているものを理解することができない。

 

 

「············ふざけてるのか?」

 

「何故そう思う?」

 

 

質問を質問で返してきたことにクラウドは怒りを覚えるが、それよりも先に疑問の言葉がいくつも出てきた。

 

 

「ここはどう見ても仮想の世界とは違う場所だ。さっきまで俺は七十五層のボスの部屋にいて、アンタの一撃で真下に落とされた。ならここは、一つ下の七十四層のはずだ。でもここは明らかに違う、ここにはそれらしいものが何もない。あの世界の面影すらない············アンタ、一体何をした!? ここは一体どこなんだ!?」

 

「『私の世界』············そう言ったはずだ」

 

「っ!! あの世界はどうなった、さっきまでいたあの場所はどうなったんだ!?」

 

「············お前の目にはまだあるように見えるのか?」

 

「あそこにいた連中はどうなった!? キリトは、アスナは!? あの世界にいた他の奴らはッ!?」

 

「············私が気にすると思うか?」

 

「············ッ!?」

 

 

頭が空白になる。

 

認識が壊れる。

 

喜び、怒り、哀しみ、楽しみが、どのようにして作り出されるのかを忘れてしまっている。混乱の渦の中で湧き上がってくる感情の名称すらわかっていない。湧き出てくる感情に意識を奪われ、自分の本来の性格すらも忘れてしまっていた。今抱いている感情は一体なんなのかを認識できない。

 

 

「哀れだな、クラウド」

 

 

と、混乱しているクラウドにまたもやセフィロスが声をかけてくる。

 

銀と灰色と白の三色の塊。あらゆる雑念が人の形を取ったような影は嗤って、クラウドのことを蔑みながらこう宣言したのだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「············何?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

セフィロスはそう告げた。

 

告げながら、新しい言葉を繋げるようにまた言った。

 

 

「クラウド··········お前がわざわざ私を追ってここに来なければ、そもそも私をあの時殺さなければ、私があの世界に紛れ込むことはなかったはずだ」

 

「!?」

 

 

ある意味では、それは間違いではなかった。

 

前提から見ていけば、全てはあの時から始まった。故郷のニブルヘイムでの魔晄炉の調査。本当はそれよりも前から始まっていたのかもしれないが、クラウドとセフィロスの二人の因縁で言えばあの時が全ての始まりだった。

 

 

「元凶は私かもしれないが、そうなったのは全てお前のせいだ。お前があの時私を魔晄に落とさなければ············いやそもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

「お前がいたから、本来死なずに済んだはずの者たちが死んだ············全てはお前のせいだ、クラウド」

 

 

主犯は嗤う。

 

いや、どちらが主犯でどちらが共犯だったのか。

 

どうしてクラウド・ストライフという人間には、『ソルジャーになる』という道しかなかったのだろうか。そうでなければ、他の道があったのなら、あんな悲劇に巻き込まれなくて済んだかもしれないのに。

 

夢見た『ソルジャー』になることはできずに一般兵に留まることになって惨めな人生を送ってきた。それでもいつかソルジャーになれると信じて、神羅にしがみついた二年間。結局芽が出ずに故郷に向かうことになって、自分の惨めな姿を見られたくないから正体を隠しての帰省。その時一緒に同行したセフィロスの手によって壊滅。その後を追ってなんとか撃退したが、そのまま五年間魔晄漬けにされることもなかった。

 

どうしようもない悪党や闇の部分を多く隠し持っていた上層部が全ての引き金を引いていたように見えていたそれらも、クラウドさえほんの僅かでも違った道を選んでいれば起こる必要のない悲劇だったかもしれないのに。

 

何故、こうなってしまったのか。

 

過去のことばかりが浮かんでくる。

 

拭いきれない過去の出来事。忘れられない過ち。残留し続ける未練。

 

それら全てを解決する方法はなかったのだろうか。

 

 

「お前は············誰も守れない」

 

「っ!?」

 

「ああ············自分さえもな」

 

 

その真の意味を理解しようにも判断能力がバグっていてまともに受け取れない。

 

言われてもいない言葉が頭の中で鳴り続ける。

 

 

「ッ!!」

 

 

被害妄想と本物の記憶の。

 

境界が。

 

曖昧になっていく。

 

何故。

 

どうして。

 

どうすれば。

 

 

「························」

 

 

考えて、考えて、考えて。

 

そしてクラウドは頭から手を離して前を見据えた。

 

青年は、吼えた。

 

 

「ふざけるなッ!!」

 

 

都合の良すぎる言葉を並べられて惑わされるな。

 

もしもだとか、仮にだとか、そんな話をしたところで今更何かが変わるわけではない。

 

現に今、クラウド・ストライフはここにいる。その事実は変えられない。ソルジャーを目指した事実も、かつてセフィロスに憧れていたという事実も、悲劇の物語も彼が生まれるよりずっと前から始まっていたというその事実だって変えられない。その全てはいつか自分にやってくるクラウド達を見据えて事前に用意されていたシナリオだったとしても、後から生まれてきた当の本人達には原因の芽を摘み取るなんてそんな因果を逆転させる事、最初から到底及ばない事実だったのだ。

 

だったら、論ずるべき場所はそこではない。着眼点はそこではない。

 

あの時誓ったはずだ。

 

『前に進む』と。

 

これ以上の悲劇を回避するために、あの時『彼女』に誓ったはずだ。

 

いちいち過去を振り返ってないものねだりをしている暇はない。今の自分に何ができるのかを考えろ。本来自分が為すべきことを思い出せ。真っ先にすべき事が何かはわかり切っているならば、それに向かって突き進め。

 

絶望なんて何度も見てきた。

 

今更脅威なんていう圧に押しつぶされたりはしない。

 

 

「············終わらせる」

 

「············ふふっ」

 

 

セフィロスもまた変わらない。

 

おそらくは真実を知った時と同じ。あるいはそれら全てを受け入れて作られた新たな自分の役割を全うすべく、その信念は決してブレない。

 

ただ一つの理由。

 

英雄(かいぶつ)として生まれることを約束され、母親の温もりを感じられなかった悲劇を当たり前のように経験して、そんなことでなどという一言で片付けられてしまう。そんな残酷な運命を許容する世界に一矢報いるため、それだけを考えてセフィロスは絶望を送るための最悪の一手を打とうと企む。

 

 

「············フッ」

 

「ッ!!」

 

 

光る。

 

漆黒だけで埋め尽くされていた世界に、二本の剣が光をもたらす。

 

明確な変化。

 

あるいは、終焉の前兆となるべき何か。

 

 

「あの時言った言葉を覚えているか············クラウド?」

 

「?」

 

「私は思い出にはならない」

 

 

セフィロスは適当な調子で告げる。

 

これから処刑される人間を嘲笑うような目で。

 

 

「お前が守りたかったもの、お前が帰るべき場所、お前が大切にしたもの············その全てを奪う喜びをくれないか」

 

 

直後に、世界が白一色へ染まっていった。

 

強い光が降り注いで目が眩んでいるのではなく、真っ黒に染め上げられていた何もない世界の方が輝きを放っている。

 

変質していく。

 

二人を中心にして、化物の思惑通りに。

 

世界が創造されていく。

 

あの世界の光景を、この世界に創造していく。

 

免震機構や鉄筋がしこたま入った瓦礫の残骸が散らばる仮想世界。

 

壊れたビルに、壊れた列車。

 

建物の墓場のような世界が創造されていく。

 

空中に漂う建物には所々に『神羅』というロゴが貼られている。

 

そう、結局化物が思い描く世界はこれしかなかった。どれだけ“世界を創造する霊媒(アバター)”を手に入れて世界を創造したところで、再現できるものはこれが限界だった。世界を手に入れる目的が変わっていなくても、世界に復讐しようとしても、結局は紛い物。

 

本人もそう。

 

紛い物の思考に紛い物の身体を手に入れて、死んだ者の願いを叶えようとするだけの残りカス。世界を支配できる神になれるわけではない。

 

だが構わなかった。

 

 

「全てに滅びを」

 

 

きっと生まれる前から結びつき、きっと生まれた時から運命は決まっていた。

 

お互いがその歩みを説明するにあたって、切っても切れない関係になることは必然だったのかもしれない。

 

だから。

 

 

「ハァッ!!」

 

「ふっ」

 

 

今度の今度こそ、言葉など必要なかった。

 

ゴオッ!! と。

 

二人揃って勢いよく地面を蹴って駆け出していた。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

どこまで行っても、クラウドは『人間』だ。

 

それでも、彼には特別な力が備わっている。本来才能がなければ手に入らない能力、あるいは身体的特徴を有することが叶った人物で、ある『細胞』を強引に埋め込まれて奇跡的に精神面が回復したことで、その力の一端を手に入れ、自由に操ることができる者なのだ。

 

大抵の敵など、彼の前では雑魚同然。

 

だが、

 

 

(相手はあのセフィロスだ。そう簡単に撃破できるわけがない)

 

 

クラウドはセフィロスの挙動を注視しながら、柄に添えていた指に強く力を込める。

 

その様子を見たセフィロスの眼光に、ドロリとした感情の色が混じる。

 

その瞬間、

 

ぞわり、と。

唐突に、セフィロスの体から見えない何かが放出される。

 

クラウドの視界からセフィロスが消え失せる。

 

凄まじい速度でクラウドの視界の外へ移動されたと気づくまで、一瞬の時間が必要だった。そしてその時には、ヒュオ!! という風を切る音がクラウドの真後ろから響いていた。

 

 

「ッ!?」

 

 

とっさに後ろへ振り返りながら、バスターソードを横にして防御に入るクラウド。

 

セフィロスが放ったのは、ただの蹴りだった。

 

にも拘らず、『ソルジャー』としての身体能力を持つクラウドの体が、ガードしたバスターソードごと大きく吹き飛ばされた。仰け反り、バランスを崩すクラウドの腹へ、セフィロスは左手に持っている“正宗”の柄による突きをただ放つ。

 

ズッパァァン!! と、凄まじい轟音が炸裂した。

 

クラウドの体がノーバウンドで十メートルも飛び、漂っていた瓦礫の一部に直撃した。直撃した直後、複数の免震構造によって頑丈に作られていたはずのビルが粉々に砕け、クラウドの体がさらに空中へと投げ出される。そして、ようやく別の足場へと滑り込むように着地した頃には、急激な痛みが遅れてやってきていた。

 

 

「がっ··············は、ァ··············ッ!?」

 

 

一筋縄ではいかないとは思ってはいたが、それにしてもここまでとは。以前戦った時よりもさらに強くなっている気がする。

 

ソルジャー含め、生身の人間に扱える力の量には上限があるはずだが、奴はそれを上回っている。

 

 

(まさか··············アバターによるシステムアシスト!?)

 

 

茅場のアバターを取り込んだことでゲームシステムの力を借りて更に強くしているというのか?

 

現実よりも更に動きやすく設定されたアバターの力を最大限に活かし、人間が動ける範囲を越えて動いているという感じか。それに、あの時の記憶をもし引き継いでいるなら、セフィロスは復活するごとに強くなるということになる。呼吸困難になったクラウドの頭にあらゆる疑問が浮かぶが、冷静に考える暇はなかった。

 

セフィロスは既に五メートルもの高さを飛び、クラウドを突き刺すために刀を下に構えて迫ってきていた。

 

 

「ッ!?」

 

 

とっさに横へと転がるクラウド。

 

しかしソルジャーとしての運動性能をもってしても、安全圏へは逃げられない。

 

直撃こそ避けたが、周囲へ撒き散らされたアスファルトの残骸が、クラウドの体を叩いたのだ。この世界は仮想空間であるはずなのだが、血を噴きながら転がるクラウドを、セフィロスは着地点から嘲笑うように静かに見下ろしていた。観察しているというよりかは、クラウドが苦しむのを楽しんでいるという表情だった。

 

 

「何を意外な顔をしている?」

 

 

全身から警戒心を発し、指先から髪の先まで注目するクラウドに対して、セフィロスは両手を緩やかに広げた。しかしそこにあるのは強者としての余裕ではない。失望に近かった。

 

 

「私は選ばれし者。世界の支配者として選ばれし存在だ。ソルジャーとしての身体能力を持つとはいえ、たかが『人間』ごときが、対等に戦えるとでも思っていたのか?」

 

「ッ!!」

 

 

クラウドは応じず、バスターソードに気を纏わせて放つ。

 

 

「··············懐かしいな」

 

 

しかしセフィロスは動じない。彼は空中へと手をやると、そこから突如として現れた鏡のような壁にクラウドが放った破晄撃が当たると、威力は跡形もなく消し飛んだ。

 

 

「覚えている··············そう、覚えているぞ。お前に倒されたあの時のことを」

 

 

呟き、セフィロスはクラウドと同じように空間を切り裂くような衝撃波を放った。その威力はクラウドよりも鋭く、直撃を受けたクラウドの体が砲弾のように真後ろへと飛んだ。

 

 

「ごっ、ぼ··············ッ!!」

 

 

今度は空間を漂っていた列車の一本に激突し、ようやく動きを止めるクラウド。

 

放たれた衝撃波はもはや衝撃波ではなかった。クラウドのとは比べ物にならないほど鋭かった。あまりの威力で凝縮された気は圧縮され、それが鋭い刃物のように放たれたのだ。

 

 

「変わったなクラウド」

 

「ッ!?」

 

「だが、そのせいでお前は弱くなった」

 

 

セフィロスは指を動かし、関節をゴキゴキ鳴らしながら、静かに語る。

 

 

「私の前に立つべきは、あの時の『クラウド』でなければならない。かつて私を葬り去った『ソルジャー・クラス1st』のクラウドでなければな」

 

「··············ッ!!」

 

「いいや、単純な実力だけなら『ソルジャー』では足りない。“世界を作り替える力”を手に入れた私は過去の私よりも遥かに上。率直に言おう。お前では役不足だ」

 

 

直後に轟音が響き渡る。

 

セフィロスの体が消えた時には、既にクラウドの真っ正面にいた。彼が横へ跳んだ直後、セフィロスの刀がクラウドの立っていた足場を消し飛ばした。斬り刻むのではなく、消し飛ばした。

 

クラウドは空中へと投げ出され、浮いている僅かな足場を確保してセフィロスを睨み付ける。

 

 

「くッ!!」

 

 

その威力に戦慄するクラウドの手が、無意識に動く。いつまでもやられっぱなしではいられない。カウンターを繰り出すために、片手に持っていたバスターソードは、クラウドの手によってセフィロスの首をめがけて正確に放たれる。

 

だが、

 

ゴッキィィ!! と。

 

轟音と共に、セフィロスは何事もなかったかのように、片手に持つ刀でクラウドの刀身を掴み取る。

 

今度こそ、クラウドの全身を恐怖ではなく困惑が包み込んだ。

 

動きを止めたクラウドに、セフィロスは言う。

 

 

「甘いな」

 

 

刃を受け止めたまま、セフィロスは片足を地面から離す。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

 

ドッパァァンッ!! と、爆発音が炸裂する。

 

セフィロスがクラウドに蹴りを放った音だった。あまりの威力に意識を手放しそうになるクラウドの体が、遠くへ遠くへ薙ぎ払われる。

 

 

「··············ぅ··············」

 

 

朦朧とするクラウドは、空間のど真ん中に浮いているセフィロスを見た。

 

 

「私との闘いを記憶の奥底に封じ込めた結果がこれかクラウド? その程度の力ではかすり傷一つつけられないぞ」

 

 

クラウドは立ち上がろうとする。

 

しかし、その足に力が入らない。

 

特殊な環境、状況にあるとはいえ、明らかにこれまで戦ってきたどのセフィロスよりも理不尽だった。幾度も復活したセフィロスに苦戦はしたが、今回のはそれ以上だ。今の奴は、茅場のアバターを取り込んでいる。ゲームマスターとしての力を取り込んだことによって、この世界の常識を自由に塗り替えられる。今までのセフィロスならばまだ『打ち合う』事ぐらいはできた。

 

だが、今度のセフィロスはそれすらも許さない。

 

そして奴は、その力を誇りすらしない。

 

 

「··············哀れだなクラウド」

 

 

セフィロスの瞳孔が縦に細くなる。

 

その表情は嗤っているが、つまらなそうだった。

 

 

「今のお前では本領を発揮する私を倒すことは叶わない」

 

 

何とか力を振り絞ろうとするクラウドに対して、セフィロスは無操作に正面から近づいた。

 

そうしながら、彼はこう言った。

 

 

「お前に最高の絶望を贈ろう」

 

 

最後の言葉が放たれた。

 

そして、セフィロスは両手で握った正宗を、一切の迷いなく振り下ろした。

 

クラウドの首めがけて。

 

今度こそ、全てを奪い取るとでも言うかのように。

 

同時に、

 

 

ドッパァァ!! という凄まじい衝撃が、二人の間に割り込んだ。

 

 

その瞬間、二人がいた足場は崩れ、両者はまた空中へと投げ出される。

 

 

「··············ほう」

 

 

その瞬間、砕けた足場から退避するように上へと跳んだセフィロスは、目の前に現れた衝撃波に対し、笑みすら浮かべて声を上げた。

 

 

「··············ッ!?」

 

 

その瞬間、クラウドは目の前で起きたことが理解できなかった。

 

先ほどまで地面にへたり込むように膝をついていたはずの自分の体が宙に浮いていた。クラウドはあわてて近くの足場へと移り、何が起きたかを冷静に分析する。

 

そんな中で、クラウドは確かに聞いた。

 

 

「··············すまない、遅くなった」

 

 

黒い、黒い、黒い装備を身に付けた少年。

 

 

「大丈夫ですかクラウドさん?」

 

 

白く、美しく、可憐な少女。

 

 

二人の手には、得物が握られている。

 

少年は黒い剣と碧い剣の二つを片手に一本ずつ手に持ち、少女の方は剣先が鋭く尖ったレイピアを装備している。

 

クラウドは知っている。

 

その武器を持つ者達の名前を知っている。

 

 

「··············キリト··············アスナ」

 

 

呆然とした。

 

思考が白く焼き切れたかと思った。

 

二人の間に割って入ったのは、まだ十代の子供だった。

 

 

キリトとアスナ。

 

 

ゲームの垣根を越えた世界の中で、二人の剣士がクラウドに加勢するように降り立った。

 

 

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