ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第21章

 

 

全ては漆黒に染まっていた。

 

何の脈絡もなく。

 

世界はパズルのピースのように崩壊したのだ。

 

 

「ッ!!」

 

 

言葉を発することは出来なかった。とっさに出そうとした言葉は恐怖よりも先に疑問や理不尽さが先行したらしい。

 

空間中の空気が歪んでいる。

 

まるで魚眼レンズ越しに暗闇の景色を見ているような現象は、かつて一度経験したことがあった。

 

クラウドの持つバスターソードへと激突した『片翼の天使』は、そこで全ての常識を覆すようにして世界の軌道を大きく変えた。空間そのものがバラバラと散らばる。元へと返る前に、世界は完全に空中分解してしまった。

 

だが、起きてしまったことはどうにもならない。思わず何かを掴むように虚空へと手が泳ぐが、もう完全に体重は未知の引力に乗ってしまっているので修正することは叶わない。

 

青年の身体は暗闇のトンネルを駆け巡る。

 

仮想空間が生み出す凶悪な重力が死へと誘う鎖となって、引き込むべくクラウドの全身を搦め取っていく。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

ギギギギギギギギぎぎぎぎぎぎぎぎギギギギギギギギギッ!!

 

と。

 

世界の軋む音が響いてくる。

 

クラウドの身体は流れ星のように暗闇の中を突っ切っているが、彼はわずかに視線を上げた。一人称視点から見れば上を向いていると表現できるが、体勢から言えば視線は下へと向いている。

 

そこにあるのは、

 

 

「······ッ!!」

 

 

下から吹き上げる擬似的な風圧を無視して、二本の足を揃えて着地に備える。

 

激突の寸前で、足の裏を地面につけるように一回転をして身体を元の体勢に戻す。着地時の勢いを殺すために足をつけた瞬間に膝を曲げ、着地の衝撃を逃がすことに成功する。

 

が、

 

 

「ッッッ!!!??」

 

 

地面について体を支えていた足の先端が滑る。

 

着地には成功している。だが、その次の瞬間にザザッ、と頭の内側で何かが悲鳴を上げた。頭の中の血管が異様に膨らむ。神経の流れが不気味な脈動や苦痛と共に意識の表面へ浮かび上がってくる。

 

両手で割れそうな頭を支えて、限界を超えた痛みから脱却するべくヤスリで削ったような擦れた息を吐き出して荒い呼吸を繰り返す。

 

これ以上は堪えられない。

 

頭が燃え上がるように熱くなっている。

 

 

「ぐ······ッ!!」

 

 

ぐらぐらと揺れる視界が定まらない。

 

うずくまって大口を開けてありったけの力を込めて呻き声を咆哮するのが精一杯であった。

 

 

「キリト······アスナ······ッ!!」

 

 

それは、助けを求めているようにも聞こえた。

 

本来は仲間を心配して呼びかけるための言葉だったのだろうが、苦しみのあまり救いを求める声に寄せてしまっていた。

 

しかし、どこからも返事はなかった。共に歩んできた仲間達がいなくなっている。いいや、ひょっとしたら世界から消失しているのは彼らではないのかもしれない。異世界からの乱入者であるクラウドこそが消えてなくなっていくのかもしれなかった。

 

そしてどこかから声が聞こえてきた。

 

 

「気をつけろ」

 

「!?」

 

 

遠い過去の中にあったのと同じ声色だった。

 

いや、そいつはもう何年も変わることはないだろう。記憶どころかそれすらも超えて具現化してくる奴は宣言通り思い出に留まることを知らない。

 

銀と灰色の影が視界に映し出される。

 

それはどこか不明瞭で、ノイズまみれになったその集合体をクラウドは自然とこう呼んでいた。

 

 

「······セフィロス」

 

「もうここから先は、“俺達”の世界ではない」

 

 

俺達の、とはどういうことか。

 

このいくつもの星が異形に繋がった未知の空間にいるこの場所か、先程戦闘を行っていた場所の事か。

 

 

「ッ!!」

 

 

クラウドは思わず後ろに下がる。

 

頭痛はいつの間にか治まっており、思考回路も何の問題なく働いてくれていたお陰で冷静に判断できた。

 

今、確かにこいつは自分のことを“俺”と呼んだ。

 

そこに何の意味があるのか、しかしクラウドは深く考えなかった。

 

 

「我々の星は、別の星と繋がった。それの影響で、俺達は今世界の先端とも言える場所に立っている」

 

 

闇の中で二つのシルエットが浮かんでいる。

 

一人はクラウド。

一人はセフィロス。

 

今まで音速を超える勢いで動いていた彼らは、ピタリと静止していた。セフィロスの長刀はやる気もなくただ下へとだらりと下げられるような体勢で宙に固定され、クラウドのバスターソードは背中へといつの間にか納められていた。

 

そもそも、あれだけ共に猛威を振るっていた黒の剣士と閃光の細剣使いも、ここにはいなかった。

 

まっとうに考えれば、いつ戦闘が開始してもおかしくない状況。

 

しかし、今はそんな空気ではない。

 

闇に隠れる二人の表情は対照的になっていた。

 

苦悶と超然。

 

どちらがその表情を抱いているのかなど、二人の立場からしてすぐにわかると思う。今までの戦闘のことなどなかったかのように喋り出すセフィロスに、クラウドは思わず引いてしまう。

 

 

「俺は、消えたくない」

 

「!」

 

「······お前を、消したくはない」

 

 

先程から話している内容が支離滅裂な上に一方通行で何を伝えたいのかがわからない。

 

だが、一つだけクラウドは確信していた。

 

まだ終わっていない。

 

奴が今目の前にいる以上、脅威はまだ去ったわけではない。ノイズまみれながらも、そこにあるのは虚像ではない、正真正銘の肉声だ。

 

身を隠すものも遮蔽物も一切何もない空間の真ん中で立っているセフィロスは、ずっと前からここでお前を待っていたと言わんばかりの声色でこう囁いてきた。

 

 

「ここから先にあるのは、未知なる世界」

 

 

絶対的優位に立っているかのように、長刀を持っている左手にわずかに力を込める。

 

 

「繋がった空間によって流れる異世界の死者の思念。それはライフストリームによって我々の星へと侵入し、やがていつかは侵食される。架空の世界と言えど、その影響は計り知れない」

 

「·········」

 

「お前の力が必要だ、クラウド」

 

「!?」

 

 

言いながら歩いてきた英雄は、至近距離で視線をぶつけてくる。

 

セフィロスはクラウドのバスターソードを戒めながら、右手を差し出して揺るぎない声で言う。

 

 

「共に、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

その提案が冗談でも挑発でもなく嘘偽りのない本気だということは、声色からも伝わってきた。

 

クラウドとセフィロスの速度は同格だ。それでも戦って勝てるかどうかなどはわからない。

 

こんな至近距離では、それこそあっさりと斬り殺されてしまうだろう。

 

 

「······」

 

 

訝しむクラウドは、そこでセフィロスの右手を見た。

 

より正確にはその掌、救いを求めるような正真正銘の協力を。

 

 

「······一体、何が望みなんだ?」

 

「この期に及んで、まだわからないのか?」

 

 

その言葉を聞いて、クラウドはますます怪訝な顔になった。

 

セフィロスは単なる殺人鬼ではない。英雄として称えられ、その裏で自分の出生の秘密を知ってしまった哀れな『人間』だ。偽の真実を知ってしまったが故に運命は狂ってしまい、最終的に本人も狂ってしまった。

 

そんな奴を知っているからこそ、クラウドは思わず恐怖を抱いてしまう。

 

この男には、常に芯がある。

 

しかし、こんないきなり協力を求めるような展開に裏表も何もないだなんて思えない。

 

何か、セフィロスには本当の狙いがあるんじゃないのか。

 

かつて、ライフストリームに自ら飛び込んで星の膨大なる記憶を読み込んで、星を我が物にしようとしたような奴を、信じられる、わけが、ない······。

 

 

「······!?」

 

 

そこでクラウドは思い出した。

 

セフィロスはさっきまで、ゲームマスターのアバターを乗っ取っていた。それからというもの、奴は妙に仮想空間の仕組みやそこにいるプレイヤー達の事情に詳しかった。

 

クラウドでさえ、あの世界が別の世界の住民によって作られたということを説明されて納得が出来なかったというのに、セフィロスはその事について元から知っていたかのように話していた。

 

 

(······まさか!?)

 

 

そして何より、クラウドに奴らの世界へと足を踏み入れてみないかという協力の申し出に違和感を持った。

 

クラウドは改めて奴の右手を見る。

 

 

「······本気か」

 

 

呻くように、クラウドは言った。

 

 

「あんたは本気で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

対して、セフィロスはようやくそこまで考えが及んだかと言っているように顔の筋肉を緩めた。

 

 

「言ったはずだ。俺の望みは、宇宙の闇を旅することだ。かつて“母”がそうしたようにやがて我らは新しい星を見出だし、その地で輝ける未来を創造する」

 

「不可能だ」

 

「いや、可能だ」

 

 

セフィロスは驚くほどに気軽に返した。

 

 

「実際はお前の言う通り不可能に近い。たかがネットでは現実に干渉することなど出来ない。だが、そのために俺はあの世界の『神』とも呼べる存在を取り込み、新たな世界を作り出すための活路を見出だした。あの世界では可能だ、仮想を現実にすることが出来るあの世界ではな」

 

「······」

 

「お前はただ俺の望み通りに無言のままに実行してくれればそれでいい。そう、『人形』のようにな」

 

「─────ッ!」

 

 

奇しくも、ここにきてクラウドは言葉を失った。

 

かと言って、素直に従う気も、ここで剣を抜かない理由もなかった。

 

可能だ不可能だとかの仮定の話は置いておいて、どう考えたところで、その提案に乗らないのが妥当だ。

 

故に、

 

 

「────断る」

 

「·········ふっ」

 

 

互いの理由は提示された。

 

そこにはもう、これ以上の話し合いなど無意味だった。

 

どちらかが勝ち、どちらかが負ける。もはや彼らに残された道はそれだけだ。

 

 

「「······」」

 

 

夢と誇りを受け継いだバスターソードと。

赤黒い血と恨みがその刃に染み付いた正宗。

 

剣と剣の距離は均等の長さで保たれている。

 

直後、

 

 

「ハアッ!!」

 

 

クラウドは全力を込めてバスターソードの柄を思い切り手前に引き、そして刃同士が激突した。

 

先行を取られたセフィロスは、一時的に攻撃力を失った正宗の刃でいなしていく。

 

しかし、バスターソードを手にしているクラウドは攻撃を受け流していくセフィロスを追って、その懐に潜ろうとする。

 

ガキンッ!! と。

 

火花を散らせるほどの一撃が連続していく。

 

安易に逃げ切ることをよしとせず、相手の望みを徹底的に断ち切るクラウド。

 

全てに滅びを、絶望を送るために異世界にまで手を出そうとしているセフィロス。

 

互いの想いに干渉するように、二人の剣は何度もぶつかり合う。

 

 

「ッ!!」

 

 

音が消えた。

 

同時にクラウドまでセフィロスの前から消えた。

 

ソルジャーの動体視力をもってしても、敵の動きを追えなかった。かろうじて残像のように現れるクラウドの身体はジグザグの軌道を描き、見えた時にはまた姿は消えている。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

真後ろからの声。

敵の脇腹目掛けて横薙ぎに振るわれる······と見せかけてクラウドはフェイントでその反対側へと一回転しながら移動して、その勢いを乗せたまま一撃を放つ。

 

迫る風圧に、セフィロスは振り返らずに正宗だけを脇から背後へと突き出す。無理な体勢から攻撃を放ったせいか、クラウドの手首に鈍い痛みが返る。

 

それを無視して、クラウドは体ごと空中で旋回させた。兜割りを仕掛けるもあっさりと跳ね返される。それでも諦めることなく次の一手を放つ。それすらもセフィロスは軽くあしらい、ただ正宗をわずかに傾けるだけで攻撃を通さなかった。

 

クラウドはその顔面にバスターソード突き刺そうと勢いよく距離を積めて接近を試みるものの、セフィロスはただ首を左に傾げ、正宗で軽く流した。バスターソードの軌道はそのまま正宗の刃にくっついたまま一直線に、それを弾き飛ばしたことでクラウドの身体も後ろへと飛ばされる。

 

 

「ッ!!」

 

 

必勝を勝ち取るため、クラウドはバスターソードを持つ右手に力を込めて音速で再び突っ込んでいく。

 

これが最後の一撃。

 

当たればクラウドが勝利する。

 

元ソルジャーは、全身の力を込めてバスターソードを振り下ろしていた。

銀髪の剣士は、ただ勝つことも負けることも考えずに刀を斜めにして応じた。

 

二つの巨大な剣が交差する。

 

そして。

 

ガッギィィィィィ!! という甲高い音と共に。

 

バスターソードと正宗が、鍔に近い位置で拮抗した。

 

 

「······ッ!!」

 

 

セフィロスの身体は両断されなかった。

 

至近距離の鍔迫り合いの中、セフィロスだけが笑っている。

 

 

「······軽いな」

 

 

直後だった。

 

真下から真上へと細い刀が跳ね上がった。

 

それはクラウドのバスターソードを抉る形で、一気に刃の腹へと向かっていった。

 

回避する時間も、受け流す余裕もなかった。

 

ガキンッ!! と。

 

クラウドの握るバスターソードは手から離れ、遠くへと弾き飛ばされてセフィロスに傷一つ与えることは出来ない状況へと陥った。

 

闇の中、二人の男は静止していた。

 

クラウドは弾き飛ばされたバスターソードに。

セフィロスはクラウドの顔の横に自分の顔をつけて。

 

誰の目から見ても、結果は明らかだった。

 

 

「······終末の七秒前」

 

「!?」

 

「だが、まだ間に合う」

 

 

セフィロスの言葉に、クラウドは答えない。

 

そして、セフィロスの声が鼓膜に直接振動するほど近くなったところで彼はただ、ゆっくりと告げる。

 

短く。

 

 

「未来は、お前次第だ······クラウド」

 

「っ!!」

 

 

決着の音が響き渡った。

 

空間に直接開いた黒い亀裂が徐々に砕け始める。

 

暗闇の中、後には何も残らなかった。

 

敗者はただ背後へと視線を向け、その空間に雪のように降り注ぐ『黒い羽根』だけを見続けていた。

 

 

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