第1章
人間とは難儀な生き物だ。
例えどれだけ優れた知性を持っていたとしても、例えどれだけ恵まれた才能を持っていたとしても。
それが結果に結び付かなければ、何の役にも立たない。
人は皆一度は夢を見る。
なりたいものになるために、人は皆人一倍努力をする。
その結果として、彼らは常人よりもその分野に体を酷使することになる。
しかし、必ずしも求めていたものに手が届くとは限らない。手を伸ばせば届く距離にまで来たのに、忌々しい何かがそれを阻む。
壁、そう呼ばれる目に見えない何かに人はぶつかってしまう。
例えそれを手にするのに相応しい力を持っていたとしても、現実はそんなに甘くはない。
『元一般兵』も、そんな理不尽な現実を何度も見てきた。
どれだけ頑張っても、どれだけ努力しても、それが手に入らないのでは意味がない。夢や誇りを持てと言われても、それが実現しなければ意味がない。
結果ではなく過程。
そう言うのならそれにどれだけの価値があるのかを教えてほしい。過程がいくら素晴らしくても、それが良い結果に結び付かなければただの思い出だ。結果を出せて初めてその過程が美しいものだと感じられる。
その時はそう思っていた。
そこにあるものを手に入れる方法はわかってるのに、理不尽な壁がそれを阻む。
手に入れるための努力を報わせるためには結局は、諦めなければよいのだろうか。
何かを手に入れようとする者は、その努力によってその身を削り取られる運命にある。
そうであっても、それがわかっていても、なお己の道を進む覚悟というものが、夢を追い求める者としての第一前提条件なのかもしれない。
結局、今から始まる話はそこに帰結する。
『少年』はそれを証明するために、失くしたものを取り戻す戦いへと身を投じる。
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バトルシミュレーター
戦闘空間を擬似的に生み出し、その場で戦闘データを計ることができる。
神羅の技術者が長年かけて開発したそれは、どこまでも果てしなく広がる世界を作ることができ、物質や空気に視覚、ありとあらゆるものを限りなく現実に近づけることができる優れ物だ。
どこまで暴れてもその景色が崩れることはなく、よくてその時発生した破壊力が現実にどれだけの影響をもたらすか、瞬時に予測結果を導き出してそれを映像として再現させる。
『英雄セフィロス』の斬撃が生み出す破壊力が世界にどのような影響を与えるのかも正確に観測できるそれを、携帯型にしたのが『VRバトルシミュレーター』だった。
それを開発したのが、マッドサイエンティスト“宝条”によって創られたサイボーグ、“チャドリー”である。
宝条の研究のサポート役として生み出された彼は、研究に必要な能力を極限まで強化された一方、制作者である宝条の意思に背く行動は取れないようプログラムをされていた。例えば、自分にとって不必要な研究、今後自分の研究に影響を与えてしまうかもしれないような実験。それらを勝手にやらないように奴は抑制という制約を取り付けていた。
しかし、彼はそんな宝条が取り付けたプログラムの抜け穴を見つけた。
その要となるのが、クラウドであった。
クラウドは宝条にとっても興味深い存在であり、そんなクラウドにセフィロスの一部を植え付けたのも宝条であった。
故に、宝条にとってクラウドは研究対象の一つである。
宝条のクソ野郎は複数の研究を同時並行で進めていた。いくつもの研究をしていた中で、クラウドはその中でも失敗作として扱われて優先的には低く設定されていたが、もし仮に他の研究対象が詰まったとしても、並列する別のラインに一度軌道を乗せ換えて後で再び元の研究へと戻るという用意周到なプランを立てていたため、予備の研究対象であったとしてもそれは後に役に立つので研究リストからは外されていなかった。
何せ、純粋なS細胞の最後の持ち主を無視してしまっては勿体ない。だから彼は敢えて研究リストに『クラウドの観察』という項目を残していた。
精神崩壊して使い物にならなくなったから優先度を低くしたがために本人は既に忘れていたみたいだが、サポート役として創られたチャドリーはそれをチャンスと捉えた。
クラウドのような可能性を秘めた存在を独自に研究することは宝条の意思には反しなかった。
クラウドに接近して研究に協力してもらうようにお願いをし、戦闘データを採取していくたびにチャドリー自身に適用する機能向上パッチを仕込んで、自由になるための抜け道を確保するための手段を得る計画を密かに実行していた。
要は、クソみたいな主人に嫌気が差したんで辞表届を一方的に出したというわけである。
クラウドのおかげで、今自分は自由の身にある。
だから、クラウドに恩返しするために全力でサポートすると決めていた。
「······なるほど」
得体のしれない空間に自身が開発した機械を使ってクラウドの見ている映像を暗号化して読み取る。
まるで望遠鏡を使って太陽を眺めているような気分だった。
答えはすぐそこにあるのに、不用意に直視してしまってはこちらがやられてしまう。膨大なデータはチャドリーの容量の限界を超えて押し寄せてくる。いつオーバーヒートしてもおかしくない状況。
短時間にクラウドが感じている感情を直接読み取って状況を把握するなんて、どんなに演算能力が優れていようと処理が追い付かない。意図して分厚いフィルターを何重にも重ねて視界を塞ぎ、取り込む情報量に制限を掛けることでようやく常時接続ができる。
得られる情報には限りがある。核心を得られるものは既にクラウドの頭脳が読み取っているはずなのにそれを掴みきれない。だがしかし今はそれら全てを知る必要はない。
なぜなら、
「······やはり関わってましたか」
フォーカスすべき点はすでにわかっている。
つい先程、状況に変化が投じられた。部分的でしか覗き込むことはできなかったが、少なくとも彼は今回の事件を解決してくれた。
今回の調査の目的である、『未知の空間の発生原因』。
その裏には、『別世界へと繋がった』という全くもって馬鹿げたような事実が発覚した。
そこに迷い込んだクラウドは、その世界の制作者によって外部への干渉までも遮断されたことにより連絡が取れない状況に陥っていた。
よってクラウドは既にそこで二年間という歳月を過ごし、脱出のためにその世界の頂に辿り着くということを余儀なくされた。
そして、クリアまであと一歩というところで、『奴』が現れた。
今回の事件の主犯であり元凶。
その元凶となっているであろう存在を、苦戦はしたが彼は撃退してくれた。別世界の住人と結託して、共に剣を握って戦って勝利を掴みとった。
よって、ネットワークも安定していくかに思えたが、
「それでもまだ······終わっていないようですね」
しかし、何時間経っても彼の意識は戻ってこなかった。
心臓は正常に動いていることから死んだわけではないようだが、その理解不能な現状にチャドリーだけでなく他の研究者までも頭を悩ませている。
原因は何なのか、研究者達は早急に解明すべくあらゆる機械を使って分析を進めている。
「そして······クラウドさんが今いる場所もわかってきました」
従って、チャドリーもクラウドの意識を取り戻すために引き続き観測を行っている。
誰よりも早く、クラウドの居場所と原因を突き止めた。
暗号自体はきちんと解析できなくても、クラウドの脳内から発せられる電波を読み取ることができれば、記憶を明確化させて現在地を掴むことができる。
チャドリーはVRゴーグルを介して仮想空間へと飛ばされたクラウドの位置情報の把握にかかっていた。
そして、同時にあることを考えていた。
本来の自分を探すためにライフストリームへと落ちたクラウドも、同じようなことをしていたのかもしれない。
星に流れる膨大な知識の塊、『ライフストリーム』。
星の血、星の記憶。
呼び方は様々だが、どちらにしてもその星の力となる存在は、人間の精神を崩壊させる。星へと還った者達の記憶を保存しておくそれは、その中に落ちた者の頭の中に容赦なく人々の記憶や知識をぶち込む。
そうなれば人は耐えられなくなって、最終的には魔晄中毒になって廃人となる。
それでも、クラウドは帰ってきた。
ティファと共に魔晄へと落ちた際、彼女と一緒に本当の自分を見つけ出した。星が記憶していたものと、ティファと自分の記憶を繋ぎ合わせて見つけることができた。散らばっているパズルのピースを、二人で協力して一つ一つ見つけ出して繋ぎ合わせていく作業。それと似たようなものなのかもしれない。
なんて事を考えていた矢先、チャドリーが装着しているVRゴーグルがまた新たな情報を捉えていた。
「《ALfheim Online》。そこにクラウドさんは囚われている」
現在のクラウドを取り巻く環境を考えれば、あの『英雄』が原因であるとは言い難い。
紛れ込んだ『英雄』によって仮想空間に捕えられていたものとは違って、今回のは明らかに『あちらの世界の害意』によるものだとチャドリーは考えた。
奴の痕跡は見当たらない。少なくとも、クラウドもそう考えているようだ。クラウドから流れてくる感情には、『英雄』への恐怖心がない。
つまりは、想定外のハプニングが起きた。
そう捉えるべきだろう。
なんとしても、クラウドをそこから連れ戻す策を考えなければならない。別世界に繋がっているという事実が発覚した以上、もし強引に装置を取り外したらクラウドにどんな影響が起きるかわからない。
なにより、クラウドはまたどこか別の空間へと飛ばされたことがわかった。
また別空間に飛ばされたクラウドの意識は、本来あるべき場所を見失っている。位置を見失って、戻るべき身体がどこにあるのかがわかっていない。
クラウド自ら自分の身体を見つけ出すのは、砂漠の中から砂金を探しだすくらい難しい。
前例がないことのため、このままだともしかしたら意識だけ取り残されるなんてことも十分あり得る。永遠に目を覚まさないなんて事態になることだけは避けなければならない。
『英雄』と『デスゲーム』の魔の手から逃れられたとはいえ、未だにこちらからのアクセスも受け付けず、電源を切るどころか仮想空間にいるクラウドへの連絡すら取れない。原因は不明だが、おそらく別世界という境界線に阻まれているか、まだ『開発者』による外部への遮断プログラムが継続していると推測される。
不慮の事故なのか、あるいは何者かの意志によってか。
どちらにしても、現段階でクラウドを救う手立てがない。
彼の魂は未だにサーバーに縛り付けたままだ。内部で一体何が起きているのか、見ているだけしかできない研究者達には想像もつかないだろう。ただ眺めているだけ、なんて。そんなの研究者としてのプライドが許さない。誰もがそう思い、急いでクラウドを救う方法を探し出す。下手に手を出せば、クラウドが危険にさらされる。
そんなことはあってはならない。
なんとしてでも、彼を取り戻さなくては。
「······」
チャドリーは先程から演算を繰り返している。
俯くようにして、顎に手を添えながら考える姿勢になっている。
かつて彼は、自分の自由を手に入れるためにクラウドに協力して貰った。宝条に植え付けられた天才的な演算能力、それに加えて制御装置まで取り付けられ、彼はただ命令に従うだけの人形だった。彼の非人道的な実験に耐えられなくなった彼の頭脳はシステムにエラーを引き起こし、最終的には主人から離れる方法を模索し始めた。
電脳空間を作り出し、強敵のアバターをクラウドと対峙させた。そのクラウドの戦闘データから得られる可能性を解析し、自身のパーソナリティーを見出だした。
その彼からすれば。
どうすれば恩人であるクラウドを救いだせるのかを考えるなんて造作もない。
よって、少年の行動は決定した。
「皆さん、聞いてください」
「「「「「!!」」」」」
全員がチャドリーの方へと振り向く。
誰もが解決策を見つけ出すための作業を止め、チャドリーの真剣な目を真っ直ぐに見る。責任者としての責任を取る、そう目が語っているようであった。
それを悟ったとたん、研究者達はどんな命令にも従う覚悟でいた。
その研究者達の姿勢を見たチャドリーは、サイボーグながらも人間的な口調で言った。
「─────────ッ」
「「「「「!?」」」」」
耳を疑うような宣告。
その判断に皆がざわめいた。明らかに正気の沙汰ではない。本当にチャドリーに搭載されているAIがそう判断したのかと疑問すら抱く。
下手したら、自分の存在すらも抹消してしまうかもしれないのに。
研究者の誰もが逡巡したようだった。
有能な科学者が、そんなギャンブルのような事をするなんて。しかも、見た目だけとはいえ子供なんかにそんな危険な事をさせるなんて。
色々な問題が彼らの頭の中で渦巻いていたのかもしれない。
だが、やがて皆互いの顔を見合い、一人一人の顔を見ると揃いも揃って首を縦に振って、その中の一人がこう言った。
「やりましょう、そこに可能性があるのなら」
全員からの合意を得た。
そこにいる者達がチャドリーの判断に従い、それを実行するための準備を開始する。
クラウドの隣にまた新しく横になれるスペースを確保し、そこにあらゆる装置を備え付けていく。全ての準備を終えたことを確認したチャドリーは、自身の開発したVRバトルシミュレーターの電源を入れる。
今回ばかりは、ただ傍観するだけには留まらない。
目で見てただ情報を得るだけではなく、
「それでは皆さん、お願いします」
チャドリーからの合図に、研究者達は開始のスイッチを押した。
その瞬間、チャドリーを構成するメインフレームはその身体から離れた。
チャドリー。
彼はこれから、
<><><><><>
研究者達はその後も作業を続けている。
責任者がいなくなったとはいえ、それのサポートに回るのもまた彼らの仕事だ。
研究者達の目の前にあるコンピューターの画面には、『フルダイブ』プログラムの稼働状況が表示されている。
全員が彼らの帰還を願っている。
優れたAIが搭載されている彼なら、きっと連れ戻してくれるだろう。
一人の研究者が腕時計に目をやった。正確な時間を計り、一分一秒の時間も無駄にしないようにバックアップに専念するつもりらしい。
と、そんな時だった。
唐突に、
ドゴォッ!!
という爆音が響き渡った。
なんだなんだ!? とその場の全員が愕然とする前に、次の動きがあった。
かつん、と。
思い切り蹴り破られた扉の向こうから、『一人の女性』が歩いてくる。
黒髪のロングストレートで、上下共に黒い服を着てへそが丸見えだった。
彼女はその『赤い瞳』を鋭くし、中にいる研究者達に冷たい眼光を向けると、手につけている格闘用の手袋をはめなおしながらこう言った。
「クラウドはどこ?」
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「エギル───このソフト、貰っていいか?」
「······本当に行く気なのか?」
「ああ、この目で確かめる」
一方、こちらも動き出していた。
似ているがどこか違う星にある、一つの店。そこはかつてあの世界に閉じ込められていたプレイヤーが経営する喫茶店兼バーであった。
二つのサイコロを模った看板に刻まれた店名は、《Dicey Cafe》。
そこに、二人の『生還者』が何か真剣な表情で話し合っていた。大柄な男は、目の前に座っている少年に何かを貸しているみたいではあるが、その顔には気遣わしげな表情を見せている。
その憂慮は少年も理解しているようだが、少年は男に出されたコーヒーを一口含むと、ゆっくりとした挙動で椅子から立ち上がった。
立ち上がって、ニッと笑って恐怖心の欠片もない顔で言ってやった。
「死んでもいいゲームなんてヌルすぎるぜ。難なく攻略してやる」
「······ふっ、そうか」
「ああでも······ゲーム機を買わなくちゃな」
「ナーヴギアで動くぞ。『アミュスフィア』は単なるセキュリティ強化版でしかないからな」
「へぇ、そりゃ助かる」
「ま、もう一度アレを被る度胸があるならだけどな」
「心配しなくても、もう何度も被ってるさ」
それはどういう意味なのか、それを考える前に男は笑っていた。
一々心配をしてやるほどでもない。それは逆に、少年にとっての足枷になる。行くという覚悟を抱いている少年を見送ってやるのが、ここでは正解だ。
少年はポケットから掴み出した小銭をカウンターへと置くと、男に感謝の言葉を告げる。
「じゃあ、俺は帰るよ。ご馳走さま、また情報があったら頼むよ」
「ああ、情報代はツケといてやる······
「ああ、任せとけ」
「そしたらまたここに連れてこい。いつかここで生還者達だけのパーティーを開いてやるからよ。シリカにリズベット、そんでクライン······さらには“あいつ”も呼んでやろうぜ。『
「······ッ!」
「? キリト?」
「あ、ああ······そうだな。いつかここでオフをやろう」
一瞬言葉を詰まらした和人だったが、何もなかったかのように拳を打ち付け合うと、そのまま振り向いて店を後にした。
喫茶店のオーナー、エギルこと“アンドリュー・ギルバート・ミルズ”は、その少年の背中を黙って見送った。
<><><><><>
「······」
家に戻ってきた和人は、ベッドの上に座っていた。
エギルから貰ったゲームパッケージを、見入るように見つめている。
《アルヴヘイム・オンライン》
深い森の中から見上げる巨大な満月が、パッケージに描かれている。黄金の円盤を背景に、少年と少女が剣を携え飛翔している。
どう見てもファンタジー系のゲーム。
彼はパッケージを開封して小さなROMカードを取り出すと、あの装置のスロットへと差し込んだ。
『ナーヴギア』
二年間も捕縛した枷であり、今となっては戦友でもあるゲームハード。かつて濃紺に輝いていたその機械は、いまや塗装があちこちで剥げ落ちて傷ついている。
まさかまた、被ることになろうとは。
ネットに繋げて意味もなく被ったことはあったが、まさかまた仮想空間へと行くためにこれを使うことになろうとは思ってもみなかった。
この装置に、あの世界の記憶の全てがある。
そんな感慨にとらわれて、和人はギアの表面をそっと撫でた。
「······」
ナーヴギアを手にしたまま、和人は一瞬硬直してしまっていた。
これを手にすると、必ずと言っていいほどあの世界の記憶がフラッシュバックする。そして、一番最初に思い出すのは、あの世界に初めて入った時の記憶でも、攻略をしている時の記憶でもなかった。
『“彼”がまだやって来ていないが、まあ先に話してしまっても問題ないだろう』
崩壊するアインクラッドを背景に、夕焼けの色の世界でわずかな時間語り合った時の事は今でも鮮明に覚えている。和人の頭には今もあの『宿敵』の言葉が残っている。手に持ったナーヴギアを撫でながら、最後に出会った宿敵の言葉を思い出す。
その時はまだ、アスナと手を繋いでいた。彼女と二人で、心の奥を抉り取るような話を聞かされた。
あの時のことはおそらく一生忘れないだろう。
宿敵から告げられた衝撃的な真実を。
『彼の存在にはとても驚いた。彼は、この『ソードアート・オンライン』の正式サービスのチュートリアル後の直後にこの世界へと降り立った。正直、どこの愚か者だと思ったよ。既にログアウトできなくなると報道されているのに入ってくるなんて、正気の沙汰ではない。だが同時に、彼には興味が湧いた。なにせ、彼からは『ナーヴギア』の反応がなかったからね。まだ他にフルダイブ機能がついているゲームハードは販売されていないはずだが、彼の正体を知って納得したよ。どうやら彼は正式にこのゲームを買ったわけではなく、手違いでこの世界に迷い込んでしまったらしい』
『手違い?』
『ナーヴギアじゃないハードでこの世界にやって来たってことか?』
『それだけには留まらない。彼の存在はとても興味深いものだった。それこそ、全ての常識を覆してしまうほどにね』
その言葉には、どういう意図があったのだろうか。
何らかの価値と興味を見出だしたのか、茅場の言葉だけがその時は流れていた。
『彼という存在を覚えておくといい。彼の存在は、世界を大きく変えてしまうほどの価値がある』
『『······』』
キリトとアスナはその時は黙って聞いていた。
手を握って、ただ己の言葉だけを続ける茅場の声に耳を傾けていた。あまりにもクラウドの存在を重要視している茅場は、キリト達にどうしても伝えたいことがあったらしい。
彼自身あり得ないと思いながらも、茅場は真剣な表情でキリトとアスナに真実を伝えた。
『彼は─────』
その言葉は、今でも覚えている。
脳に焼き付いている。
あの時の茅場の表情にキリトは訝しげに眉をひそめたが、その次に放たれた言葉を聞いて、アスナと共に驚愕した。
茅場の言った通り、世界の常識を覆してしまう衝撃の真実を。
「······」
腕の中にあるナーヴギアを抱えた和人の唇が、ほんの僅かに動く。
あの言葉を思い出す度に、未だにこの世界が現実なのかと判断ができなくなる。茅場があいつに注目していた理由がわかる。それほど衝撃的だった。
むしろ。
あの世界にいたどのプレイヤーよりも、とても重要な役割を担っていたのではないかとすら感じる。
彼の胸を締め付けているのは、たった一言だ。
和人はほとんど声にならない言葉で、茅場があの時言った言葉を復唱するように呟いていた。
「······
それだけを呟くと彼は一度首を横に振り、気持ちを切り替えるようにナーヴギアを頭に装着した。
今はそれよりも、“彼女の捜索”だ。
その後、アイツについて考えればいい。
不安と興奮で速まる心臓を抑えつけながら、和人は再びあの世界へと挑みかかるようにこう宣告した。
「リンク・スタート!!」
「本当にびっくりしたよー。いきなり上から落ちてくるんだもん」
「······」
「でもよかったー、お兄さんが無事で。まだこのゲームには慣れてないのかな? コントローラーなしで自由に飛び回るのにも相当な練習が必要だからね、あんまり無理しちゃダメだよ?」
「······」
さっきから少女がずーっと一人で喋り続けてきてこっちはどう反応したらいいのかわからない。
まるで今まで静寂を守ってきた分、その鬱憤でも晴らそうとしているかのように、全然会っていなかった友人に久しぶりに会った時のようなマシンガントークを放ってくる少女は、特に何の疑いもなく親しい口調でクラウドに話しかけてくる。
「随意飛行はコツがあるからね、できる人はすぐできるんだけど。ところで、お兄さんって種族は何を選んだの? 見たところ
「······」
「お兄さ~ん? お名前は?」
返事がない、ならば聞き直そう。
このぐいぐい来る感じ、こういう人はいつになっても慣れない。
クラウドは初期ステータスの人見知りが発動するも、構わず話しかけてくる少女“ユウキ”はそんなクラウドに頬を膨らませる。
む~! と不貞腐れた子供の唸り声に負けたクラウドは、小さな声で自分の名前を言った。
「·········クラウドだ」
「クラウド······いい名前だね! よろしくねクラウド!」
それが新たな物語の始まり。
失ったものを取り戻す。
それぞれの想いを抱え、多くの人間達が一ヶ所に集う。
別々の世界で現実の道を進んでいた者達の道が一点に交差する時が、まもなく訪れる。