「クラウドは、VRMMOはここが初めて?」
「······いや」
「え! じゃあ他のゲームもやってたんだ! 何やってたの!?」
「······」
一応確認しておきたい。
クラウドとこの子は初対面であったはずだ。
普通なら距離感的にはもうちょっと他人としての間隔があってもいいはずだ。初めて会った相手にはそれなりの緊張感が生まれるはずなのだが、それらしい雰囲気は全くと言っていいほどない。
少なくとも少女の方の距離感はバグっている。
世間一般の常識を超えて、あっという間にクラウドの目と鼻の先までやってくる。
少しでも動いたらクラウドの鼻にそのよく喋る口が直に当たりそうなほど。
クラウドはたじろいだ。
初対面の相手が好奇心丸出しの表情で真っ直ぐ近づいてきたら誰だって怖い。
とりあえず、少女の質問に答えなければならない。クラウドは機械のような平坦な声で言う。
「ソードアート・オンライン」
「······え?」
その言葉は聞き捨てならなかった。
その言葉を聞いた瞬間、ユウキは瞬間的に冷凍されたように硬直していた。手足を一ミリも動かさず、ただ唇を震わせて。
「今、なん······て」
ユウキが信じられないものを見るような目を向けると、そんな表情から何かを読み取ったのか、クラウドはじれったそうな声で、
「ソードアート・オンラインだ。何度も同じことを言わせるな」
あっさりと。あまりにもあっさりと、クラウドは言った。
だからこそ、ユウキはクラウドが何を言ったのか理解するまで時間がかかった。
わなわなと。
わなわなと、唇が異様に震えだす。
そして次の瞬間、
「えぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!???」
ユウキは驚いて口元に手を当てながらそう叫んだ。
「ソードアート・オンラインって、あの出られなくなっちゃうゲームだよね!? ゲームクリアまで一切ログアウトは受け付けなくて、それでライフも全部なくなったら本当に命を落とすっていうッ!?」
「そうらしいな」
「そんな簡単に!? 命懸けで攻略しないといけないゲームに参加してたのに、そんなあっさりと話しちゃうの!?」
「終わったことだ、今さらどうでもいい」
「よくないよ!?」
次々と驚くユウキに対してクラウドは軽く喋ってしまう。
彼にとってはそんなのなんでもないただの思い出話。昔こういうことがありましたと軽々と人に打ち明けられる程度のものだった。
「······そうなんだ」
実際にデスゲームに参加していた者から聞かされた衝撃的な話。本人の口からそう言われても、ユウキには実感が湧かない。
ユウキにとって、あの世界は恐怖そのものなのかもしれない。価値観の違いがその常識の差を生む。クラウドは皆と違って、死んでもおそらく現実では死んでいなかったろう。クラウドが装着していたのは『ナーヴギア』ではない、『VRバトルシミュレーター』だ。
ヘッドギアではなくゴーグルのような形をした装置では、脳を焼くことはできない。そもそも、そんなことができるように設定されていない。皆とは違ってハンデがあったため、クラウドは安心してゲームに集中できた。なんらかのデメリットは発生するとあの世界の創設者は語っていたが、そもそも死ぬつもりなんてなかったからどうでもいいと判断していた。
だがやはり、あのゲームの危険性を知っているものからすればその認識はおかしいわけで。
自分自身でもそう思ってはいるようだが、こればっかりは価値観の違いだ。
つまり、クラウドがおかしい。
それで説明がつく。
「そっか······凄いんだねクラウドは!」
「凄い?」
「うん! だってあのゲームをクリアしたんでしょ!? うぅ~、なんだか嬉しいなあ! あのSAOをクリアした人が目の前にいるなんて!! 凄いプレイヤーなんだねクラウドって!!」
「······」
何やら瞳をキラキラさせているユウキだが、クラウドにはそんな感情など存在しない。なんなら、自分はただ隠れていただけである。最初くらいしか大きな行動を起こさず、あとは最後の方でアイツの手がかりを掴んだから横槍を入れる形で介入したくらいの程度のものだ。
これといって、プレイヤー達に貢献した覚えはない。
少なくとも、クラウド自身はそう思っていた。
自分は卑怯者だ。皆と対等な立場で戦わず、皆を守れるほどの力を有しておきながらそれを敢えて使わずに隠していた。
目立ちたくない、そんな理由なんかで。
だからクラウドは、称賛されるに値しない。凄いと言われる筋合いもない。
そう思っていたクラウドは、俯きながら、
「俺はそんな人間じゃない」
「え?」
そう呟いた。
その呟き。そこに込められた得体の知れない感情の渦がユウキの心の芯を貫いたような気がした。
クラウドはゆっくりと陽炎のように音もなく腰を上げると、ユウキに背を向ける。唐突な展開すぎてついていけてないユウキはポカーンとしていた。
時間が止まったような空気がその場を包んでいる。
それを良いことに、クラウドは一方的に言葉を投げかける。
「世話になったな」
「あ、ちょっと待って!!」
それだけを言うと、クラウドは立ち去ろうとする。
しかしそんなクラウドにユウキは尻を叩かれたように慌てて飛び起きる。飛び起きると、そのまま立ち去ろうとするクラウドの腕にガシイ!! と絡みつくように掴んだ。
「ねえクラウド?」
「?」
「出会ったばかりの人にこんなことを頼むのは······失礼かもしれないけど」
いまいち、煮え切らないような声だった。
急に引き止められて、ましてや腕を掴まれてこっちはそれどころではないというのに。
言いにくいことなのかちょっと言うのを躊躇うような表情に訝しむクラウドだったが、最終的には言う決心がついたのかユウキはクラウドの瞳を真っ直ぐに見て言った。
「あの······ボクと手合わせしてもらえないかな!?」
「え?」
そのお願いにクラウドは首をひねった。
なんのために? 一体なんで自分なんかと戦いたいなんて言い出すんだこいつは、と。クラウドは無意識の内に何か断るための否定材料を探していた。
面食らったクラウドをよそに、ユウキは真剣な声で言った。
「ボク、クラウドみたいなSAOをクリアしたような強い人と剣を合わせてみたいんだ」
「······」
その顔には本心そのものが現れていた。
今の言葉から何かが分かったわけではない。むしろ何も分からない。その本心の意味が理解できなくて、クラウドはそこで思考が止まってしまう。
なぜなら、意味がないからだ。
本人には何か明確な目標があったとしても、こちらからしてみればそれで何かこちらに利点が生まれるのかと、疑問すら覚える。
しかしどうも冗談で言っているようには見えない。そんな様子もない。
というか、初対面相手にそんなことを頼むなんて、クラウドは思わずといった調子でふっと笑ってしまった。ただの興味本位ってわけでもない。どこか心に迫るものを感じる。
ユウキは笑って、こちらを見つめている。
よってクラウドの答えは決まっていた。
クラウドもふっと微かに笑って、
「ああ、いいだろう」
「ホントッ!? やったーッ!!」
「でも安くはない」
「え!? お金いるの!?」
ただし有料です。
といっても、ただの冗談であるが。
クラウドは人見知りである。故に、こう少しでもジョークを言わないと相手と気軽に話せないのだ。和やかな雰囲気を作って笑いを取り、初めて自分も心を許せて相手の目を見ることができる。
ちょっとここで言うところじゃないだろ感があるが、彼なりの緊張ほぐしだ。
似合わないことをしてしまったと自分でも自覚しているし、冗談だとすぐに訂正しようとするが、
「う~ん······じゃあね」
「?」
すると、ユウキは真に受けたのか両手を組んで考え込むように首を傾げると、手をポンと叩いて指を一本立てる。
ニッコリと笑って、ウィンクしながら告げる。
「デート、一回っていうのはどうかな?」
「え······!?」
「お金はさすがにちょっと、ね。ボクもこのゲームをやり始めたばっかだし、手持ちが少ないからさ」
「いや······さっきのは冗だ───」
「ね! それでお願い!!」
両手をパン! と叩いてお願いしてくる。
自分で提示しておきながら、その提案に思わず目を見開いてしまう。確実にユウキの方が被害者のポジションにいるはずなのに、報酬を用意するような事態になってしまって、何だろう。このとてつもない罪悪感は。
だがしかし、これで後には引けなくなった。ここまでされてしまっては断るわけにはいかない。
彼女の依頼はちゃんと『何でも屋』に聞き届けられた。
故に、本気で応えよう。
クラウドは静かに背に手を回すと、巨大な大剣を抜き放つ。あの世界から変わらず持ってこれた剣はやる気を見せるようにギラリ!! とその刀身が光る。
「いつでも来い」
「っ! うん!!」
クラウドがそう言うと、ユウキも腰にある剣を抜く。彼女の背丈に合った剣は軽そうに見えるが、おそらく強度と切れ味のレベルは高い。
受け継いだ大剣を構えるクラウドと、まるでリズムを刻むようにステップを踏みながらリラックスするユウキ。
二人は互いの目を見合い、そして剣の柄を強く握り締めると。
「「ッ!!」」
瞬間、二人の足元の地面が地雷でも踏んだかのように爆発した。
<><><><><>
「ヤアァァアアアアアアアッ!!」
ユウキは叫び、彼とほぼ同時に走り出した。
全速力を維持したまま、ユウキは剣を携えて『ソルジャー』へと突撃していく。
歩法、呼吸、剣を握る五本の指の位置、折り曲げる角度、力の込め方まで。その全ての動作に無駄がないように思えた。
突進してくるユウキに、クラウドも応戦する。
ガキン! と。
ユウキの剣がクラウドのバスターソードに突き刺さった直後だった。ユウキはすぐさま剣を引き直し、再び突きを繰り出す。
剣を真横にして防ぐクラウドはそれに応じるように一歩ずつ素早く下がる。様々な角度からほぼ同時に襲いかかる突き技に対し、バスターソードを掴むクラウドは、
「踏み込みが甘い」
「ッ!!」
ゴッキィィ!! という轟音が炸裂した。
気がついたときには、クラウドとユウキは超至近距離で鍔迫り合いをしていた。ただ真っ直ぐ剣を振るっただけ。その単純な動作が、一瞬ユウキには見えなかった。
単なる勘でその攻撃を防ぐことはできたが、次もまた同じようなやり方で防げるかと問われたら難しいと答えるだろう。
ドッ!! と二人は互いの得物を弾き合い、そして再び刃を振るう。
両者の体が霞んだ。
そこから先は、二人の位置を把握するのも難しい攻防だった。ガキン! ガキン! という金属音がマシンガンのように連続し、同時に二人の間にキラリと光るものが舞う。鋭利な切れ口と共に次々と切断されていく残骸物質の刃、すなわち火花。
「中々やるな」
「クラウドこそ!!」
二人は高速で剣を交えながら笑い合う。
火花と衝撃波が飛び散る。
二人はただ剣を振るだけで、ソードスキルらしい技は繰り出さない。二人の間で行われてるのは戦闘の基本とも言える読み合い。次の一手が打たれたらこちらはどう出るか、そしてそれが無意味に終わったらそこからどう次へと繋げるか。クラウドと連続的に打ち合いながら、ユウキはその軌道が生み出す戦闘の流れすらも自分の攻撃手段へと組み込んでいく。
クラウドが剣を振るうと、その攻撃を通さないようにして弾かれる。その弾いた剣はすぐさまクラウドへと向かい、ライフを削り取ろうとする。外れた軌道の中にある隙、それらを見逃さないユウキの斬撃は恐ろしい速度で様々な角度から襲いかかる。
(······速い!)
攻撃を防ぐためにバスターソードは突撃を食い止める壁となる。金属の震える音だけが草原に木霊している。
しかしユウキは止まらない。
彼女の剣は真っ正面から立て続けに空気を引き裂いて襲いかかる。彼女の武器はレイピアといった細剣には見えないが、限りなくそれに近いのは確かだ。斬ることにも使えるが、どちらかというと突き刺す方の威力がずば抜けている。
突きを繰り出すと、その先端は超高圧に圧縮して鋭い一撃を生み出す。それを素早く何度も繰り出すからこそ、彼女の剣筋は素晴らしいと評価できる。
真っ正面から彼女の攻撃を何度も回避できたのはまさしく『ソルジャー』の賜物。
攻撃の度に彼女の剣は軌道を変え、様々な効果を発揮する。まさしく変幻自在。少しでも突き出す位置を変えたらその威力もまた変化する。彼女はどこにどういう攻撃を繰り出せば高い威力を出せるか理解しているように付き出してくるから厄介だった。
キルポイントを正確に見定めて襲いかかる。
それができるのだとクラウドは悟った。
だがいつまでも防戦でいるわけにはいかない。真っ正面から胸板に向けて、様々な位置から突き出されたその剣を見ても、なおクラウドは薄く笑っていた。
次の瞬間には、ユウキは最大の一撃を繰り出すように鋭い突きを放った。
ガキン! と。
バスターソードがユウキの剣の矛先を受け止めると、クラウドは何かを呟いた。
「悪く思うな」
「!?」
今度は、クラウドの力が真価を見せる。
凄まじい光線が迸った。ユウキがそう知覚した時には吹き飛ばされていた。
横薙ぎに一閃。
大振りの大剣の威力はユウキの剣では受け止めきれなかった。後ろへ吹き飛ばされたユウキはそこで妙な間隔に包まれる。
自分の体が空中に固定されているような気分だった。
理由は単純、クラウドの速度が肉眼では追い付けないほどだったからだ。
「ハアッ!!」
ゴバッ!! という爆音。砕けた地面をさらに踏み潰し、ソルジャーの身体能力を持つクラウドがロケットのように空間を突き抜けた。
音速を突き破り、風圧も物理法則ももろともせずに突破する。その瞳は一点を見据えていて、ただ真っ直ぐにユウキの元へと砲弾の如き速度で跳躍した。
その手に握られているバスターソードが全身の速度と重さを抱えてユウキの首元を狙う。
「っ!?」
ユウキは慌てて体勢を整えようとしたが、もう遅い。この状況でできるのはもはや、とっさに持っていた剣で自分の体を守ろうとするくらいだ。
クラウドの足が空気を蹴ってユウキの懐へと強く踏み込む。
全身の体重移動によって強く握り締めたバスターソードへ絶大な力が加わり、振り抜かれた刃はユウキの首へと勢いよく突き出される。
直後だった。
ユウキが予想したような、衝撃はいつまでもやってこなかった。
「あはは······負けちゃったか」
首間近に止められたバスターソードを見て、ユウキは苦笑していた。
負けたことに対して、残念そうに肩を落としているユウキであったが、
「いや······」
「え?」
クラウドは首に突きつけているバスターソードを背中へと戻すと、両手を組んで常識的なことを述べた。
「そもそもデュエル申請をしてない」
「·········あ」
と、そこでハッと思い出したユウキは思わず吹き出していた。
子供のように笑っていた。
なんて、馬鹿げた話。
互いに作法を忘れるほど試合を急いでしまうなんて、その事実についあっはっはと笑い飛ばしていた。
その声を聞いて。
その表情を見て。
さっきの戦いが実は楽しかったクラウドも、ほんの少しだけ頬を緩めていた。
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日も暮れて、夜空には月が出ていた。
元々日没間近の時間帯だったのもあるが、それほど長い間剣を交えていた。
「あー楽しかった!」
ばたりと、新しい夜風が吹く草原の真ん中で、彼女は仰向けに地面へ寝転がる。クラウドが近くにいるというのに、緊張感が解かれたように。
気が抜けたのか、緩んだのか。
先程の戦いは結局は無効で終わった。クラウドの勝ちでも良かったのにとユウキは言ったのだが、また改めて勝負をしようとだけ言ってきた。今度は本気で、と付け足して。
ちょっとした運動後のような疲れが押し寄せてきたのか、クラウドもその隣に腰を下ろす。
「クラウド······やっぱり、すっごく強かった!!」
「あんたもな」
「もう、ユウキって呼んでよ。今更知らない仲でもないんだし」
「······」
「なんでそこで黙るのクラウドー?」
察してほしいのだが、そうもいかないらしい。
人の名前を呼ぶのにも意外と勇気がいる。人見知りでコミュ障陰キャのクラウドには、他人の名前を呼ぶのが相当恥ずかしいらしい。遠慮はしなくていいと判断した相手なら気軽に名前を呼べるが、ユウキとはまだ知り合ったばかりだし、すぐには名前を呼べない。
ユウキはまた頬を膨らませて、ボクちょっと怒ってます! ということをアピールしてくる。
まあ、そこは今後のクラウド次第だ。成り行きを温かく見守っていこう。
「ところでクラウド?」
「?」
「クラウドは、これからどうするの?」
「ん?」
「何か、予定とかってある?」
「······」
そう言われて、クラウドは何も答えられなかった。
今のクラウドは所謂迷い子。さまよう旅人。流浪の剣士。つまりは目的もない、というよりかは何をすれば良いのかわかっていない状態だ。
そもそも、この世界が何処なのかすらわかっていない。気が付いたらここにいて、前後の説明もされずに広大なフィールドへと放り出されている。
「······」
無意識に、クラウドは考え始めていた。
現実の時間的にはほんの数秒だったのかもしれないが、体感で測ったら数時間ぐらいに感じられた。
あの時、セフィロスと戦ってなんとか退いたところで『SAO』の創設者で黒幕でもある茅場と会話をしたところまでは覚えているのだが、その後はどうしたのだったか。思い出そうとしても、激痛と視界のノイズで記憶が埋もれてしまっていた。当時、世界が崩壊していくに従って自分の意識も朦朧としていたこともあって、そもそも正常に記憶されていなかったのかもしれない。
しかし、徐々に状況の異様さが追い付いてくる。
やや涼しい空気と一緒に、その違和感が肌の奥まで突き刺さって潜り込んでくるようだった。
誰かが、クラウドをこの世界に閉じ込めた。
と判断するのが妥当だろう。だが一方で、それはどれだけ困難なのだろうとも思う。まず、あの世界とこの世界は全くの別物。それは姿形が違うユウキや、この世界の自然物を見ればわかる。
何よりまず、あの明らかに目立つ『樹』。樹齢何百年どころではなさそうな天を貫く巨木は、おそらくこの世界の重要な役割を担っていると思われる。それこそ、ゲームクリアの鍵となる存在かもしれない。
だがしかし、それは可能なのだろうか。
ゲームが崩壊していたとはいえ、別空間にいた人間をまた別空間に移動させるなんて、軽々と行えるようなものなのだろうか。
それを実際にやった誰かがいる。
そんな気がしてならない。
ただ迷い込んだとは考えられない。何か明確な意図を持ってクラウドをこの世界に縛り付けたと考えて行動すべきだろう。
しかし、具体的にどうすればよいのかという考えが浮かばない。この世界について何もわかっていないのたから当たり前だ。
結局は手詰まりであった。
散々考えた末に導きだした答えが『わからない』なんて、情けなくて思わず鼻で笑ってしまう。
その時だった。
そんな様子に何かを察したのか、ユウキは気遣わしげながらも純粋な笑顔をクラウドに向けて、
「ないならさ! ちょっとボクの家に寄っていかない!?」
「? 家?」
「家といっても、ゲストハウスみたいなところだけどね。もしまだ時間があるならちょっと遊びに来ない?」
「······」
その提案にクラウドはまた悩みだす。
提案自体は悪くはない。何もわかっていないのなら、色々知っていそうな奴に聞くのが一番手っ取り早い。本来のクラウドならそれができない。何故なら彼は、コミュ障だからだ。格好つけて、道行く人に話しかけることさえ難しい。というより無理だ。
話しかけたのに無視されるという事態に陥った場合、クラウドの精神はボロボロに砕けるほど傷つくだろう。せっかく勇気を振り絞ったのにそれが無意味に終わったら、クラウドの自尊心は一気に失ってしまう。
そんなことになるくらいなら、ユウキの言う通りに家にお邪魔するのも悪くない。
この世界をよく知ってそうで、ついでに既に話し合える仲にまで発展しているユウキならば、これ以上の適任はいない。状況整理のためにも、その提案を快く受け入れるべきなのだろう。
剣で語り合った仲なのだから、信頼しても大丈夫だろう。
クラウドはそう考えた。
「わかった」
「ホントッ!?」
そう言った瞬間、ユウキは嬉しそうにして飛び上がった。
そしてユウキは腰を降ろしているクラウドの腕を掴んで強引に立ち上がらせると、
「じゃあついてきて! すぐそこだから!!」
「お、おい!?」
あまりにも急すぎる展開に叫ぶクラウドを無視して、元気そのもののようなユウキは問答無用で引っ張っていく。
正直、不安しかない。
わけのわからない状況に陥ってこの先何があるのかわからないのだから、不安になってしまうのも無理はない。
だけどまだ起こってもいない未来を不安視する前に、無邪気に笑いかけてくれる少女に手を引かれていくのも悪くない。
<><><><><>
閉じた瞼を透かして届いていた朧な光の渦が体を包み込んだ。
全ての初期設定が完了し、ただ幸運を祈りますという人工音声に送られて、足の裏の感触がなくなって浮遊感のようなものが少年を襲う。
光の中から、徐々に異世界が姿を現す。深い闇に包まれた世界の上空に、彼は出現した。
よって、彼は問答無用で空へと投げ出された。
「······え!?」
疑問を口にする暇もない。
上空を吹きすさぶ強烈な風はあっという間に少年の体を拾い上げ、そのまま大空へと飛ばしていく。
現地時間は夜中。
清々しいほど真っ暗な夜空の下、キリトの絶叫が炸裂する。
「どうなってるんだぁぁぁああああああああッッッ!!!??」
三六◯度で夜空展開中。
手足をバタバタと振り回すと空気抵抗が変な風に働いたのか、彼の体が訳のわからない方向に回転していく。
ぐるぐると回りすぎて何が何やらな視界の中、遠くの方で信じられないほどでっかい樹木が見えた気がしたが、今はそれどころではない。
······というか、そもそもどうやって安全に着地するんだろう。このままでは地面に激突してしまうが。
「ちょ!? 待て待て待て待てッッッ!!!??」
と、恐怖心に体が支配されて顔が真っ青になったが、結局は為す術などなかった。
無意識の内に何かを掴もうと虚空へと手をひたすら伸ばしてなんとかこれから来る衝撃へと抵抗するのが精一杯だった。
ちなみに彼は、唐突な映像フリーズによって生じたバグによって本来の降下予定地点を大きく外れ、樹海のど真ん中に落ちることをまだ知らない。