空の色は闇夜の海のような黒色へと変わっていた。
今宵の月はいつもより弱く光っている。しかし、“そこ”を照らすには十分すぎるくらいだった。
天に近い場所に吊り下げられている『鳥籠』。いや、『檻』と言った方が正しいかもしれない。
そこに入れられているのは鳥ではない、『人』だった。見た目は人には見えないが、彼女は紛れもなく人である。
「······はぁ」
彼女は細い格子の奥に見える月を眺めている。今宵は三日月。嘲笑う口に似た細い月の光は弱すぎる。彼女がいる場所には屋根がなく、壁もなく、全て煌めく金属の格子でできている。雨風も凌げず、眩しい太陽の光すらも遮らせない。
だが、そこはシステムで人体に負荷がかからないように設定されているようで特に問題はなかった。格子は見かけだけで、実際は壁と言ってもいい。格子と格子の間から手を出そうものなら、脱走防止用のシステムが作動し見えない壁を作り出す。
そもそも、この世界に広がる光景はどこまで行っても偽物。太陽光とか、雨とか風とか、そういう自然すらも全て人工的に作られたもののため、ボタン一つでその設定を変えられる。雨が降らないようにしたり、風は適度な強さにしたり、光は目に負担を与えないほどの明るさにしたりなど、自由に変更できる。
「······」
そこに閉じ込められた少女“アスナ”は一人椅子に腰かけて、ぼんやりと遠い街の灯りを眺めている。
下に広がる世界は、一体どんな所なのだろう?
何度見てもその光景は星の瞬きにしか見えない。手を伸ばしても決して届かない、果てしなく遠い存在。自分がその光景を見ることは一生ないのかもしれないというほど、その街灯りは遠すぎる。
「······」
掌を握って、もう一度開く。
たったそれだけの動作にアスナはわずかに目を細め、唇を強く噛んだ。
かつてこの手にあった剣は、ここにはない。あの世界で生き抜くために握っていた剣は、彼女を強くした。初めて自分の意思で仮想世界に降り立ったあの時の事は今でも忘れない。閉じ込められたことに絶望し、どうせ死ぬなら恐怖に負けずに立ち向かって死のうと考え、死に急ぐように戦ってきた。
それを止めてくれた少年のことも忘れない、忘れるわけがない。
彼がいたから、今自分は生きている。共に戦い、共に背中を預けあい、そして共に心を許した。彼と一緒なら、いつか幸せな日常を送ることができるかもしれない、と本気で考えていた。
そう、剣を握っていた頃のアスナなら。
無力な存在となってしまった今の自分には、そう考える資格すらないと彼女は思う。
「······キリト君」
小さな唇が、ポツリと最愛の人の名を紡いだ。
彼と一緒にいた時間は、本当に幸せだった。一緒にゲームを楽しんで、共に暮らすための家を購入して、そこで小さな女の子を本当の子供のように育てた。短い時間ではあったが、彼女にとってはそれは大切な思い出だ。
いつかその思い出が現実になればいいなとさえ思った。
しかし、現実はそんな少女の願いを予想もできない方法で粉々に打ち砕く。
「······っ!!」
現実の世界で起きている出来事は全て聞かされた、
SAOが終了して生き残ったプレイヤー達のほとんどが無事にログアウトできた中で、未だに自分は昏睡状態だった。
この世界の《システム管理者》の思惑によって、自分はまだ仮想世界に閉じ込められている。それを利用して現実では今、望まない結婚が行われるように事が進んでいるということを聞かされた。
この世界に閉じ込めた“アイツ”は、自分を手に入れることを目的としてこんな非人道的な計画を立てた。目的は他にもあるようだが、メインはアスナを手に入れるためだった。
その計画を聞かされ、彼女は再び絶望した。まるで人形のように扱われている現状に。
「どうして······」
こんなことに、と。
アスナは震える唇で呟いていた。
「······」
できうる事なら、どうにかしてその運命に抗いたかった。
だけど、無力な自分ではそれは絶対に不可能だと思った。
「······
アスナの脳裏には最愛の人の他に、あの“青年の顔”が浮かぶ。第一層のボスを軽くあしらうだけの正体不明の力を持ちながら、死と隣り合わせのあの世界で誰とも群れずに戦い続けた青年。
ビーターという不名誉な烙印を押されて不当な扱いを受けたというのに、『興味ないね』の一言で切り捨てる強さを持つ青年。
何故彼の事を思い出したのか、自分でもわかっていなかった。
でも何故か、自然と彼の姿を思い浮かんでいた。
初対面にも関わらず自分をあの気持ち悪いタコモンスターから助けてくれ、それだけでなく黒幕をたった一人で打ち倒し、そして強大な敵にも立ち向かった彼ならば、この状態を打開できただろうか?
きっと、できたと思う。
アスナにも、キリトにも、全プレイヤーができない事も、あの人ならできるような気がした。
なんてことを思うが、今そんなことを考えてもどうにもならない。
現実は甘くない、都合良くヒーローが駆けつけてくれるなんて展開はおとぎ話だ。そもそも別世界からやって来たということさえ単なる作り話かもしれない。
信憑性のないものに何かを望んでも、現状が良くなるなんてことは、決してない。
「······ッ!!」
結局、何もできない。
誰にも頼れない、何も変えられない。その悔しさ、自分の無力さに腹が立ち、彼女は自分で自分を責めて、そして誰もいない檻の中で涙を流した。
恐怖に怯え、ボロボロになった彼女の涙に誰も気付かない。決して誰にも届かない『助けて』という願いが少女の口からこぼれても、その願いは闇に消えていく。
その時だ。
突然だった。
ゴォッ!! と。
薄暗い雲の中から『光』が現れた。
「······えッ!?」
唐突に投じられた変化。
その急な出来事にアスナは格子へ身を近づけ、食い入るように『光』を眺める。
今まで見たことがなかった光景に、アスナは思わず驚愕していた。だが、アスナが本当に驚いていた理由は、その『光』そのものではない。
その『光』の中にある『何か』。
その正体は······
「······『
暗い星空に一瞬現れる流れ星のような輝き、その中に『人』のようなシルエットがあった。あまりにも距離は離れていて顔ははっきりとはわからない。
だがこれだけはわかった。
輝きの中にいるのは、『女性』だ。
シルエット越しだから正確な姿はわからないが、髪が背中まで伸びているのが見えた。それだけでもあれは女性だと判別できる。
疑問を感じる暇もなかった。
思いもよらぬ光景を前に呆けていたアスナだったが、その輝きは容赦なく真上から地面へと投下していった。
「······」
一瞬の出来事ではあったが、アスナは最後まで見送っていた。
闇を引き裂くようにやってきた、流れ星を。
<><><><><>
「いたた······ッ!!」
全身を蝕むダメージのせいで、しばらく起き上がれなかった。腹筋に力を入れて上半身だけ起き上がり、周囲の状況を確認する。
森の中だった。
人工物らしい建物はどこにもない。天空の色も闇に染まっている。静寂の黒。周りに広がっていた景色を眺め、『彼女』は漠然とした答えを得た。
「やって、来れたんだ」
ここからどうしたらいいのか、彼女にはわからない。
端から見れば、新規のプレイヤーがゲームを開始してこの世界に降り立ったように感じれたかもしれない。だが、彼女はここが何処なのか一切わかっていない。
自分が今何処にいるのか、これから何が起きるのか、全くわからない。
「ここに······いるのね」
しかし、やるべきことは決まっている。
この世界に降り立った目的、それを達成する方法はいくらでもある。現在は何もわかっていなくても、先の事は先に進んでから決める。
「よし!」
そう思い、彼女は元気よく立ち上がった。
仮想世界の地面の上に足を乗せると、緊張感を払拭するように腕を上へと伸ばして背伸びをする。
「さて······」
とはいえ、目的を達成するには時間がかかりそうだ。
戦場のど真ん中で、人工物がほぼ存在しない森のそこかしこには、やはりというべきか当然というべきか樹海を再現するための木のオブジェクトが大量に展開されている。
彼女は自然の香りを鼻に感じながら、真上を見上げていた。
上から少し見えたが、たった一人でこの広い世界の何処かにいる“ツンツン頭の男”を探し出すのは難しいだろう。近隣の住民へ一軒一軒訪問して聞き込みをするべきだろうが、それだけでも結構骨が折れる作業になりそうだ。
「どうやって見つけ出そうかな?」
物騒な意味が込められてそうな台詞をポツリと呟いた彼女は、そこで背後から金属同士がぶつかり合う音を聞いた。その音を聞いた感じ、誰かが近くで戦っているのだと推測する。
「······」
彼女はこう見えて、戦闘のエキスパートだ。
いくつもの戦場を渡り歩いてきた彼女なら、この森の奥で一体何が行われてるのかなど容易に想像できる。
この金属がぶつかり合う音のタイミングといい、わずかに聞こえてくる裂帛とした叫び。おそらく、今行われている戦闘は模擬戦といったような生易しいものではない。本当に互いの命を削り合う戦闘が行われている。
干渉すべきではない。普通はそう思うだろう。
無関係な者が勝手に手を出せば、面倒な問題が発生する可能性が出てくる。戦っている者達の事情を知らないのに、自分の勝手な解釈と判断で他人の問題に首を突っ込むべきではない。だから彼女は、今起きていることを見なかったことにして、ここから去るべきだ。
そんなことはわかっている。理屈の上なら誰でもわかる。
だけど。
彼女の中にある何かが、それを許さなかった。
彼女は、ギッと拳を握り締めて、
「ッ!!」
結局、見て見ぬ振りなどできなかった。
状況はわからなくても、戦いの残酷さを知っている彼女がそれを放っておく事など、できるはずもなかった。
<><><><><>
だが実際はそこまでの問題ではなかった。
理由は簡単、すでに別の誰かがその問題に首を突っ込んでいたからだ。
「何してるの!? 早く逃げて!!」
この戦闘空間の中心人物である、“金髪の少女”がその“乱入者”に向かって思わず叫んだ。
少し状況を整理しよう。今何が起きているのか。
現在この場には、三つの異なる種族が集結している。
『サラマンダー』と呼ばれる赤い髪に比較的大柄な容姿のプレイヤーが三人、『シルフ』と呼ばれる緑がかった容姿を持つ女性プレイヤーが一人、そして最後に『スプリガン』と呼ばれる全体的に黒みがかった容姿を持つ少年が一人。
何がどうしてこんな争いにまで発展したのか、そこは所謂ゲームの本質というかシステムに従っているだけというか、大した理由ではない。異なる種族同士ぶつかり合うというのがこのゲームの醍醐味なので、理由を強いて言うなら勢力争いだ。
シルフのプレイヤーが同じ種族の仲間達と共に充実した冒険を行っていた時、八人ほどのサラマンダープレイヤーが襲いかかってきた。目的はおそらく追い剥ぎといったアイテムの略奪だと思われる。異種族同士なら戦闘が可能なため、相手を倒してしまってもデメリットはない。倒された側はアイテムを全てその場にドロップしてしまうことにはなるが、勝った側はそれらを全て奪い取れるというメリットが生まれる。
よって、冒険してアイテムやお金をたんまりと稼いだシルフ達を待ち伏せしてそれら全てを奪おうと襲ってきたというわけだ。二つの種族は互いに削り合って、今ではシルフ側は少女一人になってしまったが、相手のサラマンダーはまだ三人いる。
絶体絶命···と思われたが、そこで予想外な事が起こった。
突然、両者の間に一人のスプリガンプレイヤーが乱入してきた。ツンツンと尖った髪型にやや吊り上がった眼をした、やんちゃそうな少年が何の前触れもなく急に降り立ったのだ。
見た感じ、彼は初心者なのだろうか。
簡素な防具で武器は背中にある貧弱そうな剣一本のみ。初期装備に身を包んだ奴がこんな中立域の奥深くに出てくるとは何を考えているのか。
少女が心配して声をかけてきたにも拘わらず、少年は動じる素振りも見せずにただ余裕そうに突っ立っている。
「重戦士三人で女の子一人を襲うのはちょっとカッコよくないなぁ」
「ああ!?」
「んだとテメェ!?」
そればかりかのんびりとした調子で挑発までしてしまう始末。
シルフの少女を守るようにして、サラマンダー達に鋭い眼光を向けながら状況を把握する。どう考えても被害者はシルフの女の子だ。三対一という状況から判断して、一方的に蹂躙してしまうつもりだったらしい。そもそも女の子一人に対して男三人は反則すぎる。
故に、彼は煽って討伐対象を自分へと向けさせた。
シルフの少女は助けには入ろうとするも、リーダー的な男が上空で牽制しているため下手に動けない。おとなしくするしかないようだ。
「ハッ! ピンチのヒロインを助けるヒーローにでもなったつもりかよ。たった一人で俺達に勝てると思ってんのか? 望み通りテメェから先にやってやるよッ!!」
少年の前方に陣取ったサラマンダーが武器を握り締めて襲いかかる。直後、それに合わせるように後方で控えていたもう一人も、少年が回避した所で仕留めるべく時間差で背後から襲いかかるつもりらしい。
二方向からの同時攻撃。到底初心者にどうこうできる状況ではなかった。サラマンダーの凶器が少年の体を貫くのを見たくなくてシルフの少女は思わず眼を逸らす。
だが、一人のサラマンダーが持つ武器が少年に届くことはなかった。
バキンッ!! と。
首の骨が折れたような音が聞こえてきたからだ。
「「「「······!?」」」」
シルフとサラマンダーだけでなく、スプリガンの少年まで驚いた表情を見せる。
やられたのは、目の前から迫ってきていたサラマンダーだった。
音を聞くだけでも凄まじい威力だと推測できた。おそらく、攻撃を受けた本人は自分の身に何が起きたかわからなかっただろう。首が折れて一気に木まで飛んで激突し、そのままズルズルと地面に崩れ落ちてしまう。
直後、男の体は四散。『エンドフレイム』と呼ばれる死亡エフェクト。キルされたということを証明するように、その場に小さな残り火が漂っていた。
少年の背中で待機していた仲間は急な展開に面食らって思わず動きを止めていた。いやそいつだけじゃない、その場にいる全員か。人間の首が折れる瞬間を初めて見て、衝撃を受けている。仮想空間のためアバターの体がダメージを受けただけなので現実の体には何の問題もないだろうが、その一撃でアバターの体は砕け散った。それほどまでに容赦のない一撃に全員が驚愕している。
「······そういうの、感心しないなぁ」
黒髪のロングストレートで赤い瞳を持つ女性は両手につけている格闘用グローブをはめ直している。
活発的な印象で、へそが見える白いタンクトップに黒いサスペンダー付きの丈がかなり短いタイトのミニスカートを穿いている。スタイルが非常に良く、豊満な肉付きをしているが腰などは痩せており、そこにいるシルフの少女と良い勝負ができそうだ。
女性はジロリと、少年の後ろにいるサラマンダーを見る。
「子供相手に刃物を向けるなんて、大人のすること?」
何言ってんだこいつ? と、少なくとも残っているサラマンダー達全員そう思った。これそういうゲームだろ、と言おうとしたが彼女のその気迫に圧倒されて何も言えなくなった。
だが、そんな中で唯一言葉を発した者がいた。
スプリガンの少年である。
「いや······ちょっとアンタ───」
「二人とも大丈夫? この赤い人達に襲われてたみたいだけど、もう安心して。あとは私がやるから」
「いや、そういう問題じゃ───」
「大丈夫、私に任せて。今の私の蹴り、見たでしょ?」
「······」
話が通じない。
会話が一方通行すぎて、少年の主張は彼女には届かなかった。急に乱入してきてその後すぐに攻撃したため、次から次へと移り変わる展開に少年少女二人の頭の中は真っ白に染まっていた。助かったのは助かったが、説明不足の現状に誰もが思考を停止させている。
結局、少年と少女はおとなしくするしかなかった。今の一撃を見た限り、何か反論すると恐ろしいことになりそうだと感じたのか、二人ともただ黙って成り行きを見守ることにした。
急に乱入してきた女性は、何やら冷酷そうな顔で残りのサラマンダー達を見る。
「どんな事情があろうと、子供相手に武器を向けるようなら───」
彼女は険しい表情のまま、静かに、それでいて容赦なく、右足を地面に踏み締めてこう言った。
「すり潰すよ」
「な、舐めるなッ!!」
直後に、ずっと硬直していたサラマンダーが女性目掛けて突進してきた。ただ武器を構え、わかりやすい攻撃を仕掛けてくる。
対して、女性は足元にあった物を蹴り上げた。
それは先程ぶっ飛ばした男が愛用していたランスだった。それを空中に蹴り上げると、彼女はそのランスを相手に向かって蹴り飛ばした。ランスは回転しながら男へと向かっていく。その攻撃に男は思わずギョッとして避けた時には、女性は男に向かって走っている。彼女の拳は固く握られていた。
「ヤアッ!!」
「ッ!!」
かろうじて、拳の射程圏内に潜られる前に男は武器を振るう。
しかし、彼女はボクサーのような体勢で、男の膝辺りまで身を低く屈めてその攻撃をやり過ごす。男が攻撃方向を修正する前に、彼女は低い位置から伸び上がるような動きで、一気に彼の腹の真ん中へタックルを仕掛ける。木どころか岩すらも破壊できそうな一撃を受け、男の体が何メートルも飛んだ。
「ごばっ!?」
凄まじい音が響き、彼の呼吸が止まりかける。
男は何とか意識を保つと、すぐさま何かを呟き始める。
この世界では、『魔法』というものが使える。その魔法を使用するためには、ファンタジー系ではお決まりの動作、実際に口で呪文を詠唱しなくてはならない。システムが認識できるように一定以上のボリュームと明確な発音が必要となり、途中でつっかえれば詠唱は失敗と見做され、また最初から呪文の唱え直しとなってしまう。
しかし、男は詠唱慣れをしているようで、暗記しているスペルを可能な限り早口で無事に唱え終えた途端、彼の右手から炎が放たれる。
サラマンダーという種族だからか、炎系統の魔法に優れており、その威力は他の種族よりも高火力に設定されている。
だとしても、当たらなければそれは何の意味もない。
「ふっ!!」
ぶっ飛ばされて意識を保っている間にも男は呪文を唱えて炎を放っているのだが、彼女は上半身を振っただけで簡単に避けた。魔法を放ち終えた瞬間を狙って蹴りが放たれ、彼の手から武器がもぎ取られる。
だが、この程度ではまだ終わらない。
「私の本気、見せてあげる!!」
そう言い放つと、さらにもう一度鋭い一撃が来た。
グシャアッ!! という鈍い音が男の顎から響き渡る。女性はバック転をしながら男の顎に蹴りを放ち、空中へと吹き飛ばした。
サマーソルト。
両足に某アメリカ空軍少佐並みの力を込めた結果、その一撃で男は思わず舌を噛み、脳ミソは激しく揺れ、一気にHPバーが真っ赤に染まる。空中で一回転して後方へと降り立つと、力の抜けた男の体がぐしゃりと地面に崩れ落ちてきた。彼の手の中にあった赤い炎が空気に溶けるように消えていく。そこにはもう、危機感はなかった。
女性は自分で蹴り飛ばした男の残骸を見下ろすと、残っている最後の一人を見つめて、
「どうする? あなたも、戦う?」
女性が笑みを浮かべてそう問いかけると、リーダー格らしき男は苦笑しながら両手を上げた。
「いや、やめておく。もうちょっとで魔法スキルが九◯◯になるんだ、デスペナになるのだけは避けたい」
「······って言ってるけど、二人ともどう?」
彼女がそう二人に尋ねると、二人ともその男と同じように苦笑して、
「「······いいと思います」」
それだけしか言えなかった。
豊満な肉質ながらも筋肉質の女性はそれを聞くと肩の力を抜く。左手を腰に当て、こちらにはもう戦闘意思がないということを示すと、最後の一人は翅を広げて飛び去っていった。
その姿に女性はわずかに眉をひそめたが、男は気にすることもなく燐光を残して暗い夜空へ羽ばたいていく。
後に残ったのはシルフの少女とスプリガンの少年だけ。二つの赤い灯火もその場に残されていたが、それらも空気に溶け去るようにしてふっと消えていた。
問題は解決した。ほぼ一方的なやり方で。
それを自覚すると静寂だけがこの空間を包み込み、三人の間には微妙な空気が流れている。みんな時が止まったようにして体を硬直させていたが、シルフの少女がやや緊張した様子で、乱入者二人に少し煽り気味な口調で問いかける。
「······で、あたしはどうすればいいのかしら。お礼を言えばいいの? 逃げればいいの? それとも戦えばいいの?」
「うーん···俺的には正義の騎士が悪漢からお姫様を助けたっていう場面のはずだったんだけど、全部そっちのお姉さんに取られちゃったしな」
少年は頬を掻いて隣に立っている女性を見る。
今度はあんたが話す番だ的な視線に気が付くと、女性は顎に手を当てて何かを考え始める。えーっと、という感じで頭を悩ませていたが、しばらくすると彼女は二人の顔を見つめて、
「ちょっと道に迷ちゃってね。そんな時にあなた達が襲われてるのが見えたから······邪魔しちゃったかな?」
「「いえ、問題ありません」」
「そう? ならよかった······ところであなた達に聞きたいことがあるんだけど」
「「?」」
そう言うと彼女は、頭の上を指差しながらツンツンとつつくようにしてこう質問した。
「
そう言われると、少年少女二人は互いに顔を合わせる。
そしてシルフの少女が少年の頭を見つめると、その視線に気付いた少年は自分の尖った黒髪をいじる。確かに、少年の髪型は女性が言った特徴に当てはまる。
だが、それを見ていた彼女はふふっと笑って、
「もっとよ。名前は“クラウド・ストライフ”って言って、金髪で尖った髪型をしていて大剣を背負ってる人なんだけど」
「ちょっと待てそれ詳しく聞かせてくれ」
目の色を変えた少年が女性に詰め寄る。
互いの名前も知らず、何もわからず、それでも展開は進んでいく。微妙に置いてけぼりされたシルフの少女は呆れたようにため息をつくが、ここまで来てしまった以上、無関係の間柄で終わらせるわけにはいかない。巻き込まれてしまった以上は最後までとことん関わらせてもらう。
シルフの少女に、スプリガンの少年に、ごく普通の女性。
たった一人のツンツン頭プレイヤーを巡って、
どこをどう見渡してもまともそうではないパーティーが今、ここに完成した。