「お久しぶりですクラウドさん!」
目の前からの、声。
それを聞いた途端、そいつへ向けようとしていた剣は止めざるを得なかった。何せ『久しぶり』という、
そこにいたのは、男。というか少年である。ただしずっと幼い子供の姿でいる奴に向かって『少年』という表現は果たして正解なのかどうか。
チャドリー。
いつ生まれたのかは知らないが、ずっと十歳前後の姿で生きてきたサイボーグ。少年らしい服装を着こなして、その上から羽織っている白衣だけが新品のカッターシャツのように輝いている。
未だにこんな奴がマッドサイエンティストの手によって作られたサイボーグだなんて信じられなかった。
見た目は子供、頭脳はAI。
AIを搭載したサイボーグを作ったのはまだ理解できる。自分と同等の頭脳を持った者がいれば、自分の偉大な研究が捗ってより没頭できるだろう。
だが何故子供の姿にしたのかが理解できない。あいつの趣味なのだろうか、にしては違和感が強い。
まあそんなことはどうでもよろしい。今気にすべきところはそこではない。
「おや、おかしいですね。クラウドさんの記憶を読み取って時間の流れを照合した結果、『久しぶり』という言葉が適切だと判断したのですが」
親しげに笑いながらそんなことを言う。
目の前の少年のおかしさもさる事ながら、こんな胡散臭い少年に協力していた自分もどうかしてると今になって思う。クラウドはここまで来て初めて、自分で自身の在り方に身震いした。
全ての始まりは、こいつからの依頼だったということを今まで忘れていたことに少々腹を立てた。
「あ、記憶を読み取ったと言いましたが安心してください。クラウドさんのプライベートな部分は覗き見ないようにちゃんと配慮致しましたので」
思わずギョッとした。
プライバシーの侵害とも言えるような行為を行ったというのに、チャドリーは配慮したからという一言で終わらせた。本当にそうしたのか疑問を抱くが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「······」
クラウドは喉を鳴らして、信じられないものを見る目で目の前にいる少年を眺めた。
「······なんでここに?」
「あなたを助けに来たんです」
怪訝そうな顔でそう尋ねると、チャドリーは親に叱られた子供のような表情でそう言った。
対して、クラウドは特に顔色は変えなかった。
「······すみませんでした」
「······まだ何も言っていない」
「クラウドさんの顔色一つで、何を考えているのか僕にはわかります。顔色をスキャニングした結果クラウドさんが抱いている感情は、『戸惑い』、『疑問』、そして『怒り』といったものを検知しました。よって、この場を借りて謝罪の言葉を述べさせていただきました」
「許すかどうかはこれから決める。それで、助けに来たってどういうことだ?」
「それについてなのですが、どこから説明したら良いのか······」
チャドリーは何だか居心地が悪そうな顔で目を逸らし、何かしら気を紛らわせるために片眼鏡をつまんでくいっと上げていた。
何だかどう言い訳したら良いかとか考える子供を見ている気分だ。
クラウド自身に自覚はないのだが、そんなにおっかない顔でもしているんだろうか?
ゆっくりと息を吸って、そして吐いてからクラウドは改めて切り出す。
「······どれくらい経った? こっちは二年もの間仮想空間に閉じ込められて、現実の体はずっと眠ったままのはずだ。これ以上眠ったままの状態だと、起きた時に鈍った体の重さに自分が崩壊しかねない」
「その点に関してはご心配無用です。クラウドさんの体はきっちり僕達が管理していましたので。それに加え、この後詳しい説明を致しますが、先に結論を言っておくとクラウドさんがネット空間にダイブしてからまだ数時間しか経っていませんので、現実の体に戻った際は何の不自由もなく動けると思われます。ご安心ください」
「そういう問題じゃない」
ぴくん、と場の空気が冷たく動く。
鋭い刃物のような視線を向けられて、しかしチャドリーもまた目を外さない。
ただただ、中心人物のクラウドを捉え続ける。
表情一つで相手が何を考えているのかわかるチャドリーなら、クラウドの言いたいこともわかるだろう。
彼が過ごしてきた時間を奪われた、それも二年という長い時間を。何か情報をくれるようではあるが、その説明次第ではクラウドは本当に刃を向ける。
冷たい視線を向けられ、それでも平常心を保ち続けているチャドリーはゆっくりと話し出す。
「クラウドさんの怒りはもっともです。ですがその前に先に僕の説明を聞いていただけるとありがたいです。自分で勝手に進めて煮詰まって怒りの矛先をこちらに向ける前に、まずは現段階の状況を整理するべきです。僕の説明と、クラウドさんの現状。それらを照らし合わせて、正しい方向へと修正した後に文句を受け付けます」
「······説明されて納得ができるようなものなのか?」
「当然です······と言いたい所ですが、今回起きてしまった事件に関してはまだ解明できていないところが多々あります。ですから僕の仮説も交えての説明になってしまいますが、もし僕の説明を聞いて信じられないようなら斬ってもらってもかまいません」
「俺は、本当に斬る」
「つまり! 最後までちゃんと聞いてくださる、ということですね!」
チャドリーは肩をすくめて、
「クラウドさんはすでにご存知かと思いますが、まず端的に説明すると、この世界は僕達の世界と別の空間に位置する場所に存在しています。所謂『異世界』と呼ばれるものですね。それはご理解しているかと思われます」
「······ああ」
「そして、ここが一番重要な所です。この世界は、僕達が生活している世界の物理法則とは異なる性質が観測されました」
「?」
「その一つが、『時間』の経過の違い。この世界を解析した結果、この世界は僕達の世界とは違う時の流れの中で動いていると思われます。別空間という曖昧な境界線によって、クラウドさんの頭脳はタイムラグを引き起こしていると推測されます」
「???」
よくわからない文章を並べられて、クラウドの思考は一瞬空白に塗り潰された。
微妙に暑さでぼーっとしたような気分にはなっていたが、それでも意識を集中してチャドリーの説明を聞く。
「『量子ゼノン効果』というのはご存知でしょうか? 例を出して説明すると、弓を引いて放たれた矢は次の瞬間には少しだけ進み、そしてまた次の瞬間には少しだけ進み、と展開が進んでいくことで飛んでいきます。この時、『発射されたその瞬間』の時間をどんどん小さくしていけば矢は止まることになり、その時点だけを切り取って考えると、結局全ての瞬間で矢は止まることになるから矢は完全に止まって動かないはずであり、どちらの方向に進んでいるのかもわからなくなる。という観測次第で物事の性質を変えてしまうのが『量子ゼノン効果』というものです」
「······」
「当然こんな現象は現実に観測されるはずがありませんが、量子力学では一定の条件のもと似たような現象が観測されることがあります。時間経過により量子状態が現在地から別の場所へと移ることを、量子力学の言葉では『時間発展』と呼ばれており、普通特に問題がなければどの世界でも同じように時間発展がなされていきますが、観測という行為が挟まれると『量子ゼノン効果』が生まれてきてしまいます。頻繁に測定、観測を行うことによってその時の時間発展が凍結してしまうという現象が、電子で構成されたこの仮想空間で引き起こされているという仮説を立てました」
聞き慣れない単語に文章に首をひねる。
理解するために改めて耳で追っていくが、追い付けずに置いてけぼりにされる。内容が専門的すぎて自分の持っている知識をフル稼働させて何とか自分でも理解できるものへと変換していく。
「状態aから状態bにクラウドさんが時間発展する時、途中でクラウドさんの状態を観測すると時間発展が抑制され、元の場所の状態aに引き戻されます。このような効果の下だと、クラウドさんは本来の時間の経過に気付くことが出来ません。ある状態に固定されたクラウドさんが次に時間を感じるのは、観測の効果を逃れ、次の状態に時間発展した時のみになります」
「簡潔に説明してくれ。そういう専門的な単語を乱雑に並べられても意味がわからなくて全く理解できない。それに俺が知りたいのは『今俺はどういう状態にいるのか』ということだけだ。世界の法則だとか効果とか、そういったものになんか興味はないね」
もう我慢の限界だった。
思ったことを素直に言って、さっさと現実と今の自分の状態を知りたかった。
そして、言われたことの意味がわからなかった。
だからその先にある説明すらも、理解することができずにいた。今までよりも簡単な文章なのに、それに関連した知識を持っていなかったからその説明はクラウドにとっては単なるノイズにしか聞こえなかった。
クラウドの言葉にチャドリーはここからが面白いところなのにと少し残念そうな顔をするが、こほんと一回咳をして、こう結論付けた。
「つまり、状態の遷移が著しく抑制されたクラウドさんにとっては二年間の経過に感じてしまいましたが、元の世界ではまだたったの数時間ほどの時間しか流れていない、ということです」
<><><><><>
頭の中が真っ黒に染まっていた。
知識の塊を無理やり脳みそにぶちこまれたような感覚で、頭の中があらゆる単語で埋め尽くされていた。紙の端まで隙間なく書かれた文字を眺めているような気分に頭痛がする。
そのチャドリーの説明を聞いて、クラウドは眉をひそめる。
時間の経過の違い。
まずその言葉と、現在の自分の状態がカチリと重なったような気がした。
もしチャドリーの立てた仮説が正しいというのなら、やはりここは本当に別の世界なんだろうか、とクラウドは思う。
実の所、クラウドはここが別の世界だということがまだ信じられずにいた。頭ではわかっていても、それが本当かどうかは確かめられなかった。話だけを聞かされたんじゃ、何の確証も得られず、信憑性もなくて単なる夢物語なんじゃないかとさえ思ったことがあった。
実際、チャドリーの説明を聞いてもまだ信じられていない。言葉だけでは何の説得力もないからだ。
しかし、そこにばかり囚われていては一歩も進めない。
クラウドは思わず頭を横に振っていた。脳裏にそんなめちゃくちゃな理論が過ることさえ、許したくなかったのかもしれない。
「実際に二つの世界を比較するために両方の現時刻を観測してみたところ、この世界は二◯二五年の一月二十日で、僕達の世界はまだクラウドさんがフルダイブした時と変わらず、一九九九年であるという解析結果が出ています」
だから、クラウドの代わりにチャドリーが答え合わせを進めた。
いつまでも同じ思考に立ち止まり続けているクラウドの認識を覆すために、最先端を行く人工知能の少年が現実を突き付ける。
クラウドの二年間は単なる数時間ほどの時間だったという認識に塗り替えていく。
「だから、クラウドさんの時間はほとんど奪われていません。故に、まだやり直せる時間は大量に残っているということです。この言い方は不適切かもしれませんが、あの世界、『ソードアート・オンライン』にいた人達とクラウドさんの存在は全く異なっています。彼らの常識に長く囚われすぎていたせいでクラウドさんも彼らと同じような認識に置き換えられ、そのまま物事が都合良く進んでしまった結果、二年もの時間が進んでいると勘違いしてしまったんです」
「······」
クラウドは、チャドリーではなく窓の外に目をやった。
この世界の法則は自分達の世界とは異なっている。
そんな場所に長くいたせいで、いつの間にかクラウドは『彼らと同じ時間の中を生きている』と認識してしまっていたらしい。
「······」
クラウドの表情は変わらない。というよりかは、あらゆる感情が混ざりすぎた結果、真顔になってしまっている。
チャドリーの説明を全て理解したわけではないが、今の自分の状態を知って混乱しているようであった。
誤認、誤解、錯覚。
わけもわからない幻想の中を彷徨っているような気分に目眩がする。無駄にしたと思っていた時間が実は失っていなかったという事実を聞いても、素直に喜べなかった。そもそも理解不能な理論を聞かされて、それをなんとか理解しようと頭が働きすぎてて疲れてしまっていて、他のことなど考えられなかった。
たったの数分で立て続けに常識や前提がくるくると覆り、何度も何度も入れ替わって、頭の中をぐちゃぐちゃに掻き回されたような感覚までやって来た。
しかし、その情報が聞けただけでもよかったのかもしれない。
もし仮に、この世界と同じように自分達の世界も同じ時間軸の流れで動いていたとしたら、今頃自分の体は鈍りまくって当分使いものにならない状態になっていたはずだ。
結構覚悟を持って仮想空間に飛び込んだというのに、なんならティファにしばらく旅に出ますという書き置きまでしたというのに、それらを台無しにするような事実ではあったが、そこはもう気にするところではない。
時間が奪われていないのなら、また続きから始められる。それがわかっただけでも幸福だと思うべきだろう。
と、そこまでポジティブに考えられたところで、チャドリーに質問する。
「それで、これは一体どういうことなんだ?」
「どういうこと、とは?」
「なんで俺は·····
ようやく前向きな思考に戻ってきたというのに、クラウドはまた表情を曇らせてそう聞いていた。
そう、まだ問題は解決していない。
問題となる部分は解決したと思ったのに、未だに自分は解放されていない。何故なのか? それが一番知りたいことだった。
するとチャドリーは、何を思ったのか目をつぶって耳を澄ますかのように首を傾けていた。
それから数秒後、チャドリーは瞼を開けると、
「そうですね、そろそろ本題に入りましょう」
今までのは単なる序章とでも言うかのように、気を取り直して本題へと入った。
「まず、この世界について説明させていただきます。この世界がなんと呼ばれているかご存知でしょうか?」
「『アルヴ・ヘイム』だろ?」
「はい。一応彼らの世界ではトップに入るほどのゲームらしいです」
チャドリーは少し機械的に言う。
おそらくそこは別に重要ではないと言いたいんだろう。
「······それで、それがなんなんだ?」
不信感も露に、クラウドはチャドリーの顔を見てそう言った。重要ではないなら、注目すべき所を早く述べて欲しかったからだ。
それでこの世界ですが───とチャドリーはまた機械的に答えると、
「この世界は、クラウドさんがいた『ソードアート・オンライン』のサーバーをコピーして作られたようです」
クラウドは目を見開いてチャドリーを見た。
それが何を意味するのか、普段脳筋で動いているクラウドでも理解できたからだ。
「基幹プログラム群やグラフィック形式、その他諸々全て完全に同一で構成された世界みたいです。新しく最初から作るよりも元となった物をそのまま使うという、二流が使いそうな手口ですね」
どこか毒があるような口調にクラウドは訝しげに眉を寄せた。
やっぱり、マッドサイエンティストに作られただけあって科学者としてのプライドは高いみたいである。
そこまで聞いて、クラウドは小さく笑って言った。
馬鹿馬鹿しい、と思いながら。
「つまり、ソードアート・オンラインのプログラムをそのまま持ってきたから俺まで連れてこられた、ということなのか?」
「さすがはクラウドさん! 物分かりが良くて助かります!」
「······」
冗談で言ったつもりだったのに、チャドリーは目を光らせながら小さく首を縦に振った。
「と言っても、まだ確証を得られたわけではありません。何が原因でクラウドさんがまだ仮想空間に囚われているのか、そこはまだ解明できていませんから。仮説はいくつか思い付きますけどね」
「聞かせてくれ」
「おそらく、ソードアート・オンラインのプログラムをそのまま持ってきて制作されたことにより、クラウドさんは偶然そこに巻き込まれ、それでソードアート・オンラインでのキャラクターデータやセーブデータ、そして『ログアウトできない』というシステムまで引き継がれてしまったのだと思われます」
「なんで俺だけ巻き込まれたんだ?」
「わかりません。クラウドさん自体、彼らにとっては異物な存在となるわけですから。未知なる法則が働いてイレギュラーなことが起きてしまった、としか現時点では説明できません。申し訳ありません」
チャドリーはまた叱られた子供のように落ち込みながらそう言った。
だが、チャドリーの説明を聞いていくつかわかったことがある。
クラウドがこの世界に紛れ込んでしまった原因は、おそらくバグのせいだと思われる。断定はできない。
しかし、だとするとクラウドはこの世界にとってはイレギュラーな存在のはずだ。ゲームバランスをぶち壊してしまうかもしれない。このゲームを運営している所が正常であるならば、少しのバグも許さないだろう。完璧なゲームにするために、どんな些細なものでもすぐに修正するはずだ。
でもそれをしない。元からあるゲームをそのままパクるような運営会社なのだ、そんなこと別に気にしていないのだろう。
手抜きと言われようとも構わない。普通ならゲームシステムを逐一確認すべきなのに、それをしていない。
最初から良くできたプログラムがあるのだから一々細かい部分まで見なくていい、穴だらけなシステム。そこに今クラウド達はいる。
ならば、クラウドがここから出るにはどんな行動に出れば良いか。
「なるほどな······」
この世界がソードアート・オンラインと同じシステムで動いているのだとしたら。
「そういうことか」
そして、天才的な頭脳を埋め込まれたチャドリーがわざわざこの世界に自ら降り立ってクラウドを救いに来たということは。
「チャドリー、お前の力を使って───」
クラウドは小さく笑い、そしてチャドリーもそんな彼に微笑み返し。
それこそ二人で内緒話でもするかのような声で、
「この世界のプログラムを正しく修正してログアウトできるようにすれば良いのか」
<><><><><>
「だとしても、具体的にどうすればいいんだ?」
「解析した結果、『世界樹』と呼ばれるところに『データ閲覧室』というものがあるみたいです。そこにたどり着ければ、クラウドさんのデータを見つけ出してログアウトできるようにすることが可能です」
「世界樹······」
元々行くつもりだったところだ。
その頂点には妖精族の王様がいるだのなんだの聞かされたが、今はそんなことに興味はない。
目的が決まった。
本当にそこまでたどり着いて、そしてプログラムを書き換えることが可能なのか今のところわからないが、試してみる価値はあると思う。
希望を見出だしたクラウドを見たチャドリーは、片眼鏡をくいっと上げて再び喋り出す。
「世界樹まではここから······大体五十キロメートルですか。相当に遠いですね」
「······歩きだと最低でも四日はかかる距離だな」
「ソルジャーの身体能力を持つクラウドさんならさらに短くなると思いますが、さすがに僕は疲れると思います」
お前サイボーグだろ、ってツッコミたかったがやめておいた。こいつもこいつでそういう感覚が埋め込まれてるんだと勝手に思って強引に納得した。
「このゲームでは『羽根を生やして空を飛べる』というシステムが組み込まれているようですが、クラウドさんはソードアート・オンラインのアバターのままですから、変更しようにも権限がないのでプログラムが書き換えられませんね」
「······そうか」
「でも、
「?」
「僕は元々人間ではなく、人工知能を組み込まれたサイボーグです。よって、システムは僕を人間と判断しなかったようです。だから僕は人間としてのアバターではなく、『ナビゲーション・ピクシー』というプレイヤーサポート用の疑似人格プログラムを使用してログインしているみたいです」
歌うように話し出すチャドリーだったが、『ナビゲーション・ピクシー』という言葉が呑み込めないクラウドにはいまいち実感が湧かない。
するとチャドリーは次の瞬間、何の前触れもなくその姿が虚空へ消える。
「!?」
突発的な事態に、クラウドの頭はまた空白に染まる。何らかの状況が進展したというのはわかっていても、思考がそれに追い付いていない。
漠然と、何か変化が起きたと理解した瞬間、
「なるほど、これが『ピクシー』という姿ですか」
聞き慣れた声がいきなり割り込んできた。
クラウドの肩の上から、何か小さな影が立っているような感覚までやって来た。
わずか十五センチほどの少年。
その正体は。
「僕自身の興奮を検知。興味深い姿になったことですごく驚いてるみたいです!」
「······」
もう、ついていけない。
いい加減理解するのも馬鹿らしくなってきた。
チャドリーはライトブルーの服と帽子に、黒いズボンと土色の靴を履き、背中に半透明の翅を二枚生やした姿でクラウドの肩にちょこんと立っていた。妖精というか、ずっと子供でいたいと言い続けている童話の登場人物みたいな姿をしている。
ちなみに、服の上には科学者の象徴とも言える白衣を羽織っている。
それだけで世界観がぶっ壊れると思うのだが、もうなにもかも都合の良い方へと解釈して強引に納得した方が手っ取り早いとさえ思い始め、気にしないことにした。
すると、掌サイズになったチャドリーは翅をぴこぴこと動かしてクラウドの前まで来ると、
「そういえば、忘れていました」
「?」
「実はクラウドさんをサポートするために、いくつか役に立つものを持ってきていたんです」
そう言うとチャドリーは白衣のポケットに手を入れ、そこからBB弾くらいの何かを取り出した。チャドリーはそれを握ったまま、クラウドに手渡す。
すると、クラウドの手に渡った瞬間にそれは掌サイズまで大きくなり、『大きな水晶玉』へと変化した。
『緑色の水晶』
それが何なのか、クラウドはすぐに理解した。
「それが何なのか、説明しなくても大丈夫ですよね?」
「『回復マテリア』······用意がいいな」
「他にもいくつか持ってきました。これから先役に立つと思いますので、受け取ってください」
合計で四つ。
『炎』が封じ込められたマテリア、『氷』が封じ込められたマテリア、『雷』が封じ込められたマテリア。
それぞれ最上級の物を受け取ると、クラウドはすぐにバスターソードに空いている二つの穴にはめ込んだ。
とりあえずセットしたのは『炎』と『回復』。これだけで十分だろう。
「それではクラウドさん、これからどうしますか?」
「······決まってる」
朝まで待っていても仕方がないような気がした。たとえそれが一番懸命な選択肢だったとしても、目的が決まった以上はこの場でじっと時が来るのを待つなんてことはできるはずもなかった。一秒だって耐えられない。
「すぐに出るぞ。外に出たら先導してくれ」
「了解しました!」
クラウドはチャドリーを連れて部屋の外へと飛び出す。誰かに見つかるとかそんなことは一々気にしなかった。
クラウドに優しく説明してくれた少女達は、おそらくもうログアウトしているだろう。
だからなりふり構わず宿屋の廊下を走り、階段を駆け降り、玄関の扉を開け放って勢い良く外へと飛び出した。
「······」
<><><><><>
説明を聞くのに時間をかけたせいか、空は完全に真っ暗な闇に覆われていた。
クラウドは真夜中の街を走り抜ける。
先導していくチャドリーを追いかけ、世界樹を目指す。
人混みも全くなく、静かな風しか吹かない繁華街を突っ切っていると、街の外へと出るアーチ状の城門が見えた。
クラウドは走り続ける。
モンスターが彷徨くフィールドに誘われるように、灯りの消えた街の外れへと一歩踏み出そうとする。
だが、その歩みを止める出来事が起こった。
ピョコッと。
まるで尾行しているのが丸わかりの下手な探偵のように、城門の外側から『一人の少女』が顔だけ出して、クラウドの足を強制的に止めさせた。
「あ」
見覚えがあった。
クラウドの行く先を塞ぐようにして出てきた少女は、むーっと口を尖らせながら近づいてくる。
不機嫌な猫みたいにむすーっとしながら、
「あれ~? これは偶然だね~クラウド?」
「······どういうつもりだ?」
クラウドは神妙に聞く。
チャドリーは先読みしたのか少女が出てくる前にクラウドのズボンのポケットへと身を隠すように避難していた。
すると少女は、う~んと考えるように小さく首を傾げるも、にっこり笑顔で純真な眼差しを向けてこう言った。
「待ち伏せ?」
「······どうして?」
「もっと、一緒にいたいから!」
「······」
ちょっぴり上目遣いで笑いかけてくるユウキを見て、クラウドはもはや何も言えなかった。
どうやら、意地でもついてくるつもりだ。一気にユウキに対する好感度ゲージが変化したクラウドは、ジト目で彼女を見る。
そんな視線など物ともしないユウキは、相も変わらず可愛らしい笑顔を見せている。
ようやく、諦めがついたクラウドはため息をついて、
「······道案内を頼む」
「喜んで!!」
元気良く返事をしたユウキは先導するようにクラウドの前を歩いていく。チャドリーは出るタイミングを完全に失ったのか、ポケットの中でおとなしくしている。まあしばらくは様子見といったところか。いつか機会が訪れた時に説明すればいい。
それにしても。
なんていうか、この子を見ているとどうしても『彼女』を思い出してしまう。
仲間が増えたのは良いことだと思うべきなのだろうが、安息の日々が戻ってくるのはまだまだ遠くなりそうだ、などと思ってしまうクラウドであった。
NGシーン
「すぐに出るぞ。外に出たら先導してくれ」
「了解しました!」
クラウドに優しく説明してくれた少女達は、おそらくもうログアウトしているだろう。
だからなりふり構わず宿屋の廊下を走り、階段を駆け降り、玄関の扉を開け放って勢い良く外へと飛び出そう······としていたら。
ガッシャーン!! と。
寝室部屋から出ようとするその瞬間に、何かを蹴飛ばしていた。
「······?」
状況把握のために周りを見てみると、よく見たらあちこちに物が散乱しているのが目に入った。
まるで、簡易的なバリケードを築きあげるかのように、箒に椅子、花瓶などがあちこちに配置されていた。
状況が呑み込めずクラウドがきょとんとしていると、
ガチャッ!
「どうしたのクラウド!?」
「え······い、いや」
「怖い夢でも見たの? でも、夜明けまで待ってね。ちゃんと明日説明してあげるから!」
「······あ、ああ」
瞬間、向かい側の部屋から出てきたユウキがそう言いながらクラウドを寝室部屋へと押し戻していった。
ユウキがドアを閉め、そしてクラウドは瞬きを一つして。
「······いつの間にあんなのを?」
まるでこうなることを予想していたかのように設置されていたことに対して、クラウドはちょっと悪寒を感じた。