「じゃあ、事実上世界樹を登るのは······不可能ってことなのか?」
「あたしはそう思う。そりゃ、クエストは他にもいっぱいあるし、生産スキルを上げるとかの楽しみ方も色々あるけど······でも諦めきれないよね、いったん飛ぶことの楽しさを知っちゃうとね。たとえ何年かかっても、きっと───」
「それじゃ遅すぎるんだ!!」
酒場兼宿屋の中にあるとある一席で、少年はそう叫んだ。
周りへの迷惑だとか考えなかった。そもそも現時点ではこの店には少年達しかいない。他のプレイヤー達はまだ冒険へと駆け出してるのか、それとも単にログインしていないだけなのか。
奥まった窓際の席にキリトと向き合って腰掛けているシルフの少女“リーファ”は、口元を食い千切るほどの強さで噛み締めている少年の唐突な怒号に目を見開いていた。
わけもわからず叫んだわけではないのは見てわかる。彼の様子からして、何かしら事情があるのだろうと察しはした。
しかし、その少年の行動で場の空気は静まり返っている。
「パパ······」
机の上でクッキーを美味しそうにかじっていた自分の娘にまで心配させる始末。キリトの肩に座ったピクシーは宥めるように小さな手を這わせる。
しかしそれでも空気は一向に良くならない。
何故そこまで世界樹の上を目指すのか。
まだやり始めたばっかなのに何がしたいのか。
尋常ではない雰囲気を醸し出して自分の目的に囚われ続けているキリトであったが、そんな彼の耳に女性の声が滑り込んできた。
「二人とも落ち着いて」
「「!」」
「キリトもそんな顔しないで。どんな事情があっても、誰かに当たっちゃダメだよ?」
「“ティファ”······」
表情を曇らせていたキリトに声を投げかけてきたのは、先ほど知り合った女性だった。
彼女はトレイに乗った追加のワインを二人の前に置くと、
「何か訳があるんだろうけど、そんな調子じゃ達成しようにも達成できないよ。まずは冷静になって、落ち着いていかないと何も変わらないよ」
「······ああ、そうだな。驚かせてごめんリーファ」
「······ううん、大丈夫」
「でも俺、どうしても世界樹の上に行かなきゃいけないんだ」
言われて冷静さを取り戻したキリトではあったが、それでも彼の瞳は変わらず鋭いままであった。明確な意思を宿した瞳は目の前に座っていたリーファに異常な緊張感を与えてしまう。
まるで蛇に睨まれたカエルのような気分であった。
そのキリトの様子を見て動揺していたリーファだったが、ワインを一口飲んで気持ちを抑え込む。
そんなリーファに代わって、隣に座っていたティファが落ち着いた口調で尋ねた。
「どうして、そこまで?」
「人を······探してるんだ」
そう言った途端、キリトは二人を見て微かに微笑んだ。何ともない、そんな意味が込められてそうな眼差しを向けてくるも、ティファはその奥にあるものに気付いていた。
『彼』と同じ、深い絶望の色に染まったような目。
「ありがとう二人とも、ご馳走さま。色々と教えてもらって助かったよ」
「ちょっと待って」
立ち上がりかけたキリトだったが、そんな彼の腕をティファが優しく掴んでいた。
気にかけるように。
「なら、丁度良かった」
「······え?」
「言ったでしょ? 私も人を探してるって」
「······あ、ああ」
「あなたはどうやらクラウドと面識があるみたいだし、あなたと一緒にいるといつかは見つけ出せるような気がするから、私も一緒に行くよ」
「え!?」
「それに、誰かを探してるなら人数が多い方が見つけやすいでしょ? ね、リーファ?」
「!」
ティファは言いながらリーファにそう投げかけた。
その意図を読み取った瞬間には、リーファは考えるよりも先に口が勝手に動いていた。
「そ、そうだよ! 一人で探すよりは皆で探した方が効率がいいよ!」
「いや······それはそうだけど」
「だからあたしも行く! あたしが世界樹に連れていってあげる!!」
「え!?」
どんどん移り変わる展開に思わずキリトは目を丸くする。
「いやでも、会ったばかりの君達にこれ以上世話になるわけには」
「いいの! もう決めたから!! ね、ティファさん!?」
「うん、私もリーファと同じく同行させてもらおっかな」
「······」
二人は互いに顔を合わせ、息を合わせてキリトの方を見つめる。
まるで拒否権はねぇと言われているようだった。可愛い女の子二人がここまで言ったんだから否定なんてしたらどうなるか、コミュ障であるキリトには容易に想像できた。
というか、否定する前にリーファが先に話し出した。
「それじゃあ、明日も入れる?」
「え······あ、う、うん」
「じゃあ午後三時にここでね! あたしはもう落ちないといけないから。あの、ログアウトには上の宿屋を使ってね。それじゃあ、ティファさんもまた明日ね!!」
「うん、また明日」
立て続けにそう言うと、リーファは左手のウィンドウを出してそのままログアウトボタンに触れる。
肉体感覚が徐々に薄れる中、彼女は二人に笑みを送って消えていった。
残された二人はそれを見届けると、キリトはやや呆気に取られた様子でティファの方へと体を向け、
「えっと、ティファはまだログアウトしないのか?」
「うん、まだあなたと話したいから」
「······奇遇だな、俺もだ」
キリトのその台詞に眉をひそめたが、ティファは机に置かれている飲み物を口に含む。
喉を潤して声の調子を確かめるように咳き込むと、斜め席のキリトにティファは話を進めていく。
「······それにしても、凄いね」
「え?」
「私、本格的な仮想空間なんて初めて来たけど、想像以上にリアルに作られてて驚いちゃった」
「······そっか」
「キリトってたしか前にもこんな感じの世界に行ったことがあるんだよね?」
「ああ、『ソードアート・オンライン』っていうゲームをな。あんたが探してるクラウドも、そのゲームにいたんだよ」
「······ふ~ん」
それを聞いた途端、ティファは重たい息を吐く。
するとキリトは、そんな彼女を見た瞬間に急にこんなことを言い出した。
核心を突くように。
「アイツには恐れ入ったよ」
「え?」
「あのゲームはログインしたら最後、クリアするまでもうログアウトできなくなるっていうのに入ってきたからな。既にニュースで報道されてるのにログインしてくるなんて、普通ならありえない行動だよ」
「!」
「それだけじゃなくて、アイツはたった一人でボスに挑んだりしたんだ。本来なら何人もの人達とチームを組んで戦わないと勝てない相手なのに、アイツは単独で最初のボスに挑んで勝ったんだ」
「え、えっと······」
「しかもさ、これが一番凄い話なんだけど、あのゲームをクリアしたのはアイツのおかげなんだよ。あのゲームのシステム管理者である茅場晶彦と一騎討ちになって、システムを自由に操作できる相手でさえもアイツは余裕で勝ったんだ」
「······」
なんだ。
この探りを入れるような話し方は。
キリトは聞きもしないのにクラウドの活躍をいくつも喋り出す。話ながら、ティファの顔をずっと見てくる。一言一言発する度に、ティファの顔色を伺う。
······気付いてるのか。
明らかにわざとらしく説明している。
クラウドについて何かを知っているかのように話すキリトは、ティファから少しでも情報を得ようとしている。自分の持っている答えと照らし合わせるために、クラウドのことを自分よりもよく知っている彼女に詳しく聞こうとしている。
反応を見て、本当にそれが真実なのかを確かめようとしている。
···これはごまかしが効かないな、とそう考えたティファは、特に表情も変えず、椅子の背もたれに体を預けて、
「その様子じゃ、もう知ってるんだね」
「······ああ」
「······いつ知ったの?」
「あのゲームが終わった直後、さっき説明した茅場っていうゲームマスターから直接聞かされたよ。と言っても、ちょっとしか教えてもらってないけどな。少なくとも、
「そっか······」
もう何もかも察したティファは、全て諦めたかのようにため息をつく。
彼は既に気付いている。にも拘らず、キリトは探るように説明したのだ。本当かどうか、あの茅場晶彦が言っていたことは真実なのか、それを確かめるためにクラウドの名前を口にした彼女の反応を見て、それを知ろうとした。
回りくどいやり方ではあったが、直接素直に聞くということができない彼にとってはこのやり方が一番やりやすかった。俯瞰的に見ても、少々変な奴だと思われても仕方がない方法だったが、当事者に関わっている者から事情を聞き出すにはこれが最適だと判断した。
実際、ティファは探りを入れるように話すキリトに少々背筋を凍らせた。しかし意図に気付いた途端に、ティファはやれやれといった様子でキリトの目をまっすぐに見る。
そして敢えて、彼女はキリトにこう尋ねた。
挑みかかるように、試すように。
「話してもいいけど······その代わりにあなた達の事も、ちゃんと教えてくれるんだよね?」
「ああ、もちろんだ」
「······何から聞きたいの?」
「
<><><><><>
夜中ではあったが、意外とフィールドは明るかった。
すでに辺り一面は黒い影に覆われていた。光がなければ視界には風景が映し出されない。だがしかし、クラウドはこういった夜での活動には慣れているため何の問題もない。昼夜問わずいつでも出勤させられるブラック企業に長くいた結果、夜間での行動には慣れっこだった。
そもそもクラウドはどちらかというと夜行性な生き物だ。三時間も眠れば十分だし、太陽が昇っている間の時よりも夜の方が思考が活発になってよく動ける。
その理由としては、ネガティブだからである。
夜になると彼は脳機能自体が低下し、情動を司る大脳辺縁系のコントロールがうまくできなくなってくるため、抑うつ的な気分が強くなっていってしまう傾向がある。 普段から睡眠不足の状態であれば、認知機能を司る前頭連合野の脳機能が低下するため、論理的に考えることや、状況の変化に柔軟に対応することができなくなっていき、結果物事の捉え方の誤りによって、イライラや憂鬱感を引き起こして頭が強引に活動してしまう。
不安や悩み事、そして劣等感。
それらが夜になると一気に押し寄せてきて考え込んでしまって眠れなくなる。
今回もそう。
ログアウトできなくなるという状態が引き継がれているという事実と、そのログアウトするための場所が攻略不可能と言われている世界樹の頂上にあるということを聞かされた結果、この先の展開が不安になってしまった。
本当に出られるのか、本当に行けるのか。そういった考えが何度も脳裏に過る。
じっとしてたらさらにその考えが増幅し、不安をより強くする。
だから彼はすぐにでも世界樹の頂上にあるという『データ閲覧室』へと向かい、チャドリーのサポートによって一刻も早くこの世界から脱出しようとしているわけだが。
「なんであんたはまだログアウトしてないんだ?」
どんよりした調子でクラウドは呟く。
てっきりもうこの世界から先にログアウトしていると思っていたのに、何故かユウキは未だにクラウドの側にいる。
つい先程知り合って、夕飯までご馳走になって、そして寝る場所まで提供してもらったとはいえ、いきなり何の理由もなくクラウドについてきていい人物ではないはずだ。だって、ユウキには何のメリットもないからだ。
これ以上クラウドに付き合っても、何も出ない。なのに彼女はそれでもクラウドについてくる。
わざわざログアウトもせずに、だ。
一体何を考えているのか、クラウドにはわからなかった。
当然の疑問を放つクラウドに対し、ユウキはにこにこと少女らしい微笑みを浮かべながら、
「別に何か特別な理由があるわけじゃないんだけどね」
かと思えば次の瞬間には不服そうにまた頬を膨らませて、少々口調をゆっくりにして答えた。
「ボクに何の相談もなく勝手に出ていこうとするクラウドがちょっと嫌だったから。だって考えてみてよ、朝急にいなくなってたら凄く心配になるでしょ?」
「······まあ」
「だからクラウドの後を追いかけてきたんだ! ボクを置いて行こうとするなんて百年早いよクラウド!」
「······」
ふっふーん! という感じで両手を腰に当てて小さな胸を大きく張るユウキ。
初めて会ったときからなんとなく感じてはいたのだが、もしかするとこの子はとんでもなくお節介な考えを持っているんじゃなかろうか。
思い違いかもしれない。けど、それでも意地でもついてきた彼女のその行動力の根本にはそういった思考回路があるからなのではないか、とクラウドは推測する。
ポジティブな言い換えをすれば人情が厚い、思いやりがあるとも言えるのだろうが。
そんなクラウドの感想などには気付かず、ユウキは変わらず笑みを浮かべながら、
「まあ、本当はクラウドがログアウトしたらボクもログアウトするつもりだったんだけどね。クラウドもう寝たかな~って思って覗きに行こうとしたら部屋を出ていくのが偶然見えたから·····」
「ここから先は俺の問題だ。何の関係もないあんたを、本当なら巻き込むわけにはいかない」
「大丈夫だよ! ボク強いから!!」
「いや······そういうことじゃなくて」
「それにクラウドのことが心配。あっちこっち迷いそう」
「ッ!!」
「道に迷っても格好つけちゃって、助けて~って言えなそう」
「俺の何がわかる······ッ!」
「だからついていくって決めたの! クラウドはまだこのゲームをやり始めたばっかりでしょ! それに、ここのことをちゃんと説明してあげるって約束したのに、クラウド勝手に一人で行っちゃって─────」
「······はぁ」
クラウドは両腕を組んで面倒そうに目を細めると、重たくため息をつく。
そのまま無言で先程までいた街の方角へと目を向けていると、
「ああ~!! ひょっとしてこの期に及んで追い払おうとしてるねクラウドッ!?」
「······いや」
「そうは行きませんからね~! 最後まで付き合わせてもらうから!!」
むすっと、口を尖らせながらも逆に開き直った。こうなったら、何を説明しても彼女は絶対納得せず、何がなんでも同行してくるだろう。
実際、クラウドが今一体どういう状況なのか、何を目的としているのか説明しても理解できないだろう。自分の正体について、誰かに説明する機会は滅多にない。
しかも『別世界の住人』という世間一般の常識から大きく外れている知識を教えるには、まず『異世界の仕組み』について知っててもらわないと説明にならない。
クラウドでさえまだ理解できていない部分もあるのに、それをユウキに説明しようだなんて無理な話だ。
何を言っても堪えないであろうユウキは、そろそろ自分が気になっていることを聞きたいようで、呑気にクラウドの後をついてきながら質問してくる。
「そもそも、世界樹までどうやっていくつもりだったの?」
「歩いて」
「······やっぱり」
そうクラウドが答えると、ユウキは急に彼の背後へと回り、どういうつもりなのか勝手に背中をペタペタと触りだした。
正確には肩甲骨の少し上。
「!? お、おい!?」
「思った通りだったよ」
「?」
「クラウドのアバター、ボク達とは全然違うからもしかしてとは思ってたけど······」
「何が?」
「クラウド······『翅』がないんだね」
「!」
「前にも説明したけど、ボクらのアバターはこの世界の雰囲気に合わせるために妖精族としてゲームをプレイするんだ。だからこうやって、妖精らしく翅を広げて空を飛ぶっていうのが主な移動手段なんだよね」
ユウキはそう言うと、自分の背中から輝きを宿した翅を広げた。コウモリ型の半透明翼を出現させると、その身をわずかに空中へと浮かばせる。
「落ちてきた時は思わず飛ぶ練習をしてたのかと思ったけど、どうやらそうじゃなかったみたいだね」
「······いや、これは」
「あ、無理に聞くつもりはないよ。皆話したくないことはあるだろうからね。なんでクラウドのアバターは人間体なのか、なんで翅がないのかとか、そういうのは自分が話したくなった時でいいから」
「······助かる」
「でも、この世界は広いよ。歩いてだとどれくらいかかるか。高いところが怖いから空を飛びたくないっていうプレイヤーは歩いて探索とかしてるけど、それでもここから世界樹を目指すとなればあまりにも遠すぎるよ」
「······問題ない」
「え?」
予想外の反応に、ユウキはキョトンとした顔になった。
対してクラウドの方は、
「確かに空を飛ぶことはできない······でも」
「?」
「
「ソルジャーって?」
疑問を抱くよりも先に、行動があった。
ゴバッ!! と。
地面を思いっきり蹴った衝撃で、クラウドは勢いよく空中へと跳んだ。
「!?」
一気に数十メートルまでの距離を突き進んでいくクラウドに驚愕するユウキ。空中へと跳び上がり、足裏で空気を叩いたクラウドはさらにその距離を伸ばす。
脚力と大気を操作して真っ直ぐに突き進む。これがクラウドにとっての行動手段だった。
ソルジャーとしての身体能力がなければできない芸当。ユウキ達のように翅を広げて空中を漂うのではなく、一直線に突き進むことで空での行動を可能にする。
機動力に関してはどうしてもユウキ達より劣ってしまう。だが、ソルジャーの身体能力があればどんな状況でも臨機応変に対応できる。
大気の流れを掌握すれば、方向転換だって可能だ。
ソルジャーの可能性は無限大。使い方次第であらゆる芸ができる。壁を走る、空気を蹴る、音速の壁を瞬間的に越えるといったことまでできてしまう。
物理学の分類には当てはまらない、ソルジャーによって生み出された新たな法則。既存の物理法則を無視し、自分だけのルールの中で行動できる。
と、空高くへと跳び上がったクラウドが長い時間をかけて地面へと戻ってくると、
「何にしても応用次第でなんとかなる。俺の身体能力は他のみんなとは違う。翅を動かして飛んでるわけじゃないから滞空時間や機動力という面ではどうしてもあんた達よりも劣ってしまうだろうけど、相手に引けを取られることはない」
ふっ、と鼻で笑ってそう言って見せた。
自信満々に、それとどこか誇らしげな表情で。
「······」
ポカーンと、開いた口が塞がらないユウキは思考を停止させていたが、やがて興味津々な眼差しを向けて、
「すっごぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいッッッ!!!!」
好奇心丸出しな表情のままに、一瞬でクラウドの元へ詰め寄ってくる。
そしてがしぃっ! とクラウドの両腕を掴むと、
「今のどうやったのクラウド!?」
「え、あ······」
「空気を蹴るなんて普通できないよ!? 一体どんなスキルを使ったの!?」
「······」
目を輝かせて早口なユウキの人間離れした恐るべき力でがっくんがっくんと体を前後に激しく揺さぶられるクラウドは、これだけで自分の体がバラバラになるんじゃないかという危機感に襲われた。
ユウキは興味深そうに聞いてくるが、クラウドはだんだん気持ち悪くなってきた。
ので、ちょっと強引にその手を止めさせる。ユウキの両肩を掴んで少し奥へと押して距離を取らせる。
「とにかく、いざというときはこうやって空を跳ぶことができる。でも、目立ちたくないから世界樹を目指す間は歩きで移動する。ついてくるつもりならあんたも歩いて来てもらうぞ」
「え~せっかく凄いスキルを持ってるのに使わないの?」
「無駄話をしている余裕はない。夜明けまでには次の街に行きたい」
「残念だな~。それじゃあボクの後について来て、次の街に行くにはこっちが近いから」
「ああ」
強引に話を変えて、本来の目的へと修正したクラウドはユウキの指示に従って行動する。
この世界に詳しいユウキがついてきてくれるのはとても心強いとは思う。しかし、何の関係もないユウキを本当に巻き込んでもよいのだろうか、とクラウドは悩む。
「面倒だな」
「心配はいらないと思います」
両腕を組んで深く悩んでいるクラウドに、横から少年の声がかかった。ほぼ無声に近いほどの口調で。肩に隠れるようにして話しかけてきたのは、わずか十五センチの少年、チャドリーだ。
「彼女の表情を読む限り、特に何かを企んでいるというわけではなさそうです。それに、彼女なりの善意を素直に受け止めてあげた方がむしろ得策だと思います」
「だとしても、な」
対して、クラウドは悩みの姿勢を崩さなかった。
何が起きるのかわからない。
その事実が不安を煽って、クラウドの心の隅をチクチク刺して余計不安にさせる。
「今は彼女のご厚意に甘えるべきです。僕もまだこの世界についてはわからない部分がたくさんあります。彼女の知識と僕の照合データを掛け合わせて攻略していけば、必ず良い方向へと進むはずです」
「······」
チャドリーはそれ以上訂正を促さなかった。
言わなくてもクラウドなら理解してくれると信じたから。
意味のある希望的観測をしようというチャドリーの提案には素直に同意する。都合の悪い現実から目を背けては、状況の悪化を促進させてさらに不安を強くさせるだけか、とクラウドは最終的にそう結論付けた。
そして彼は世界樹がある方へと体ごと向ける。
はるか前方に見える樹を視界に入れた直後、彼は背中に背負っているバスターソードへと手を伸ばして柄を掴む。
抜刀はせず、ただ掴んだ。
掴んだ手を放さず、闇夜の奥にある世界樹を見据えて、ポツリと呟く。
「······待っていろ」
<><><><><>
解析完了。
ネットワークに散らばった『博士』の断片の一部を発見。該当座標は『ALO』、ほぼ中央地点。
テスト準備完了。
これより『シン・リユニオン』のテストを開始します。
受肉適正アバター選定中。
候補発見。照合データの検索を開始。
シンクロ率、八十七パーセント。
アバターモデル、『オベイロン』をベースに追加システムを上書き。
クリア。
変貌を確認。
世界を統御するカーディナルシステムはコードを認証。
『博士』の思考、行動パターンを用いて強制操作することにより、システム管理者及び元の人格を抹消するためのハッキングを開始。
第一段階は完了。
変更を確認。
完全アップデートまで······残り、四十二時間。
<><><><><>
アバターの上書き及び、『人格の再構築』は途中段階だった。
しかし、それでも一つの感情を再現するのには十分だった。精神だけとなっていた『それ』は、受肉、または『乗っ取り』が完了するまではおとなしくしているつもりだ。
そもそも、思考もできない状態では何の行動も起こせない。だから時が来るまでは波風は立てない。
だが、まさか上手く行くとは思わなかった。
『あの女の理論』など単なる妄想だと思っていたんだが。
今回はまだテスト段階。現実でいずれ強靭な肉体を手に入れて『復活』するための。
『自分の作ったサイボーグ』が仮想空間に侵入したことにより、ネットワークにバラまいた自分の断片を見つけやすくなった。
あとは試しに、
データだけの『それ』は笑う。
汚ねぇ笑みをこぼしながら待つ。
狂気染みた笑みを浮かべて、