一月二十一日、早朝。
突き刺すような日差しにも拘わらず、その場は涼しげな空気に包まれていた。
いや、どちらかといえば冷酷な空気だった。
「その表情が一番美しいよ、“ティターニア”」
「······」
「泣き出す寸前のその顔がね。凍らせて飾っておきたいくらいだよ」
「なら、そうすればいいでしょう」
ティターニア、と呼んだその男の声にアスナはみしりと手の中の骨を軋ませる。
あまりにも聞きたくもない奴の声に、頭の血管が切れるかと思った。
アスナの目が鋭くなる。ざわざわとした感情の渦が、彼女を中心に周囲一帯へばら蒔かれて絶対零度な空気へと変えていく。
「あなたなら何でも思いのままでしょう。システム管理者なんだから。好きにしたらいいわ」
「またつれないこと言う。ぼくが今まで君に無理やり手を触れたことがあったかい?」
「こんな所に閉じ込めておいてよく言うわ。それにその変な名前で呼ぶのはやめて。私はアスナよ“オベイロン”······いえ、“須郷さん”」
須郷伸之。
そのアバター『妖精王オベイロン』。
この世界を管理するゲームマスターらしい。それはつまり、この世界の神である事をも意味している。
「興醒めだなぁ。この世界ではぼくは妖精王オベイロン、そして君は美しい女王のティターニア。プレイヤー共が羨望を込めて見上げるアルヴ・ヘイムの支配者······それでいいじゃないか。一体いつになったら君はぼくを伴侶として心を開いてくれるのかな」
アスナは取り合わない。
今自分の置かれている状況をクソッタレとしか思っていない。
そんなアスナに須郷は肩を軽くすくませ、
「やれやれ、気の強いことだ」
「······」
「でもねぇ、なんだか最近は······」
いつまでも無視をし続けるアスナの顎に無礼にもそのむかつく手をかけて、強引に自分の方へと向けさせる。
「そういう君を力ずくで奪うのも楽しいかなぁと、そんな気もするんだよね」
気色の悪い台詞を吐きながら、気持ちの悪い手触りでアスナの頬を撫でる。
指一本一本を別々に動かし、粘つくように。
悪寒が走るようなその手触りに、アスナは嫌悪感を激しく抱いて固く目をつぶってしまう。
それがいけなかったのかもしれない。それを見た須郷は別の解釈として受け取ったのか、指先を徐々に下へと動かしていく。頬から首筋へ、そしてついには深い襟ぐりの胸元付近へと向かっていく。
そこにあるリボンに指先が当たると、須郷は口を三日月のようにばっくりと笑って引こうとする。
「やめて」
しかし、アスナがその手を止めさせた。
強気な声ではあったが、その裏には恐怖心が隠れていた。
そんなか弱い女の子が見せる微力な抵抗に須郷は微かな笑みを溢してリボンから手を離した。からかうように自分の指を相変わらず汚く小刻みに動かしながら、愉快そうな顔をして言う。
「冗談さ。言ったろう? 君に無理やり手は掛けない、と。どうせすぐに君の方からぼくを求めるようになる。時間の問題さ」
「本気でそう思ってるの?」
「ふふ、そんな口を利けるのも今のうちだけさ。すぐに君の感情はぼくの意のままになるんだから」
その時、見開かれた須郷のアバターのエメラルド色の瞳がアスナを突き刺すように捉える。
その濁った視線にアスナは恐怖を感じた。
吐き気で胃袋の中が爆発しそうだった。
須郷のその気分を悪くする視線に胸焼けがしてきた。
「見えるかい? この広大な世界には、今も数万人のプレイヤーがダイブし、ゲームを我が物顔で楽しんでいる。娯楽施設としか思っていない奴らは何も考えずにただフルダイブが与える快楽に溺れている。しかしね、そんなんだから彼らは気付かないのさ。フルダイブの本当の技術をね!」
須郷が行っているのは、茅場が残した可能性を実現する実験だ。それは何度も聞かされた。
フルダイブ用インターフェースマシン、つまりナーヴギアやアミュスフィアは電子パルスのフォーカスを脳の感覚野に限定して照射して仮想の環境信号を与えている。別空間に用意されている幻想を見せている。
だがもし、その限定された部分を取り外したらどうなるか。
須郷は常軌を逸するように語り始めた。
「脳の感覚処理以外の機能······すなわち思考、感情、記憶までも操作、制御できる可能性があるってことだよ!!」
それはまさに洗脳、と言える類いのものだった。
ゲームハードを実質的に洗脳機械へと変えて、人の脳を直接書き換えるのだ。どんな技術かは知らないが、命令文を一文追加するのにはまともな神経で行えるはずもない。
人の脳は繊細だ。
須郷が述べたのはあくまでも可能性でしかない。
現段階でそんなことをすれば、電気的に入力するなんて、それこそ脳を焼き切るほどの電気信号を送らなければならない。人間の脳細胞の動きを一つ残らず監視しなければならないなんて、並大抵の事ではない。生体電気を逆流させるようなことをしてしまえば、人間の脳は簡単にぶっ飛ぶ。
何より人道に反している。
茅場が行ったこともそうだったが、彼はまだ道徳心を完全には失ってはいなかった。彼は覚悟を持ってそれを実行していた。だから彼は最後に潔く死を選んだ。
しかし須郷はどうだ?
人の功績に身を隠して、そこから新たなものを生み出そうとしている。非人道的な行動を起こした茅場の事件に隠れて実験を行っている。大量の人間を使って実験を行っている。
上手くいかなかったら全部人のせいにするとか、そんなことを思っているのだろう。
少なくとも、こいつは救いようのない糞野郎であった。
「イカれてるわ」
「どうとでも言えばいい。どうせぼくはもうすぐ結城家の人間になる。そこからやがて名実ともに『レクト』の後継者となって、いずれはレクトごとアメリカの某企業へと研究や技術を高値で売り付けてやる」
「ッ!?」
「そして君の配偶者となる! その日のためにもこの世界で予行演習しておくのも悪くはない」
怖気が走る。
そして虫酸まで走る。
須郷の企みがもはや人間の常識を越えていて、何もかもが全て不快に思えた。拒否反応が脳を刺激し、一刻も早くこいつをなんとかしなければとさえ思ってしまった。
しかし、今の自分には何もできない。
自分は今眠っている。フルダイブ機能によって意識はここに囚われている。それをまずどうにかしなければ何も変わらない。
楽しげな声。
新しく思い付いた手品の仕組みを語るような笑み。
そんな流れをさらに楽しむように話を続ける。
「ん~その表情、懐かしいよ~」
「······え?」
さっき似たような台詞を言っていた気がするが、その中の一単語がどうも引っ掛かった。
だが須郷は変わらずアスナを舐め回すように観察する。
「まるで、あの『古代種の娘』みたいな目をする」
「······古代、種?」
急にわけのわからないことを話し出す須郷は、どこか楽しそうだった。話すごとにテンションを上げて気分を高揚させていく。その様子に、アスナは疑問を抱くように目を細める。
須郷は先程と打って変わって、口調をガラリと変えているように見える。
アスナはその違和感に気付いたみたいだが、須郷は何ともないような顔をして話を続ける。
「そんなことよりも、さっさとあの計画を進めなければ······」
「計画······って? さっきからあなたは一体何を言ってるの!?」
「全く······こっちの事情を察してくれないかぁ~?」
「?」
須郷は乾いた息を吐いた。
教え子の無能ぶりを失望した教師のように。
「
「······!?」
一人言を呟くように喋る須郷に疑問をぶつけた途端、平然ながらも異様な雰囲気を醸し出した。
彼のその様子を眼前で目の当たりにしたアスナの瞳孔は大きく動く。予想外の行動に思わず血の気が引いた。
「······ッ!?」
「須郷さん······あなた」
「なんだ······
と、そこでようやく須郷は表情を変えた。
自分で言っておいて、さっき言ったことを忘れているかのようなことを言い出した。喉の調子を確かめるように、自分の首をさすりながら違和感に遅れて気付く。
自分でも理解できない状況に呆気に取られていたが、わずかに首を傾けて表情を元に戻した。
まるで、誰かが語りかけているから耳を貸しているかのように。
すると須郷はすぐに左手を振ってウィンドウを開くと、それに向かって言う。
「ああ今行く。指示を待て」
そう言うと、彼は何事もなかったかのようにアスナに気持ちの悪い笑みを浮かべながら猫撫で声で囁く。
「さて、これでわかってもらえたかな? 拒んでいても、いずれ君はぼくのことを盲目的に愛することになる。でも、ぼくはそんなことはしたくない。だから次に会う時はもう少し従順になることを祈るよティターニア」
それだけを言い残し、彼は鳥籠の外へと出るためのドアまで小物感満載な背中をアスナに向けて歩いていく。
去り際にアスナは髪を撫でられて、その悪寒と恐怖に耐えるように彼女は目を逸らす。
そしてやがてガシャンという金属製のドアの開閉音が鳴り響くと、嵐が去ったような静寂だけがその場を支配していた。
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とある宿屋。
爽快感溢れる早朝。
不安が膨らみすぎて、現実だったら目の下にどす黒いくまを作ってしまうレベルで眠れなかったクラウドは寝不足でふらふらになりながらもベッドの中へと再び潜り込む。
「······」
夜ってなんでこんなにも長いんだろうと感じてしまうほど眠れなかった。
クラウドは元々メンタルが弱い。不安事が多すぎると悩みすぎてしまって頭の中が混乱してしまう体質だ。
自分の事を元ソルジャーだと思い込んでいた時の方がどれほどマシだったか。何もかもをソルジャーとしての素質へと置き換えていた頃は、自分の弱さなど忘れてしまっていた。乗り物酔いもしないし、悩み事もそれほどなかった。
しかし、本来のクラウドを思い出してからというもの、その弱点は再び自分の難敵となった。
一生抱えて生きなければならないのはわかっているが、今でもこの性格に悩まされる。全てを受け入れて前を向いて進んでいこうとは決めてはいたが、やはりどうも気にしてしまう。
だが。
何もその自分の性格だけがクラウドの悩み事ではない。
「クラウドさん、もう朝ですよ。いつまでも寝ていては頭が退化してしまいます!」
突然襲来した、心底楽しそうなチャドリーはノックもせずにクラウドの部屋へと押し入って強引に目を覚まさせる。
元から覚めていたが、チャドリーは問答無用でクラウドを叩き起こす。
ちなみに睡眠時間は合計たったの十五分。
「······」
「寝不足を検知。おや、どうやら昨晩はよく眠れなかったみたいですね」
「······わかってるなら、少しは気を遣ってくれ」
「しかし、僕はこれでもクラウドさんを一刻も早く世界樹へと導いて脱出を手助けする救援者としてこの世界へやって来ています。僕のせいでクラウドさんをこの仮想空間に閉じ込めてしまったのですから、一秒でも早くクラウドさんを救い出すために心を鬼にしてでもサポートをさせていただきます。それに、クラウドさんの日常を管理するのは『ナビゲーション・ピクシー』としての務めでもあります。既にユウキさんもログインしてお待ちしておりますので、クラウドさんもお早めに支度していただかないと」
急なキャラ設定を気取り始めるチャドリー。
今の役割が気に入っているのか、それともちゃんと使命を全うしようとしているのか。なんとなく判断に困る。
と、そこに騒ぎを聞きつけたユウキが部屋へやって来て、
「チャドリー、クラウドもう起きた?」
「ちょうど今起こしてました。しかしどうやら昨晩よく眠れなかったようです」
「そっか~。でももう宿屋の人が御飯用意しちゃってるからそろそろ起きないと、クラウドも早く降りて来てね! 行こ、チャドリー!」
「はい!」
「······」
ちょっと待っていただきたい。
あなたたちいつの間にそんなに仲良くなられたんですか? そんな顔をするクラウドは瞬きを何回もして、部屋を出ていくユウキ達を見送った。
信じられない光景を目にしてどうリアクションすればいいのか迷っている。
おかしい。
どうもおかしい。
少なくともクラウドはまだチャドリーの事は話していないはずだ。存在も明かしていないのに、二人はまるで昔からの知り合いみたいな距離感で話していた。
まさかとは思うが、チャドリーの奴勝手に部屋を出てユウキに会いに行ったのだろうか?
それも気付かない間に。
チャドリーは事態把握のためならどんな場所にでも赴く覚悟でいる。自分の生みの親から離れるために、わざわざ敵である自分に会いに来たくらいだ。ミッドガルのネットワークをハッキングしてでもクラウドの行動を監視するくらいに行動力がある。
この世界のことをよく知るため、ユウキに会いに行ったということなんだろうか?
だとしても、一日で関係が進みすぎじゃないか? とクラウドは唖然としてしまっている。
それにユウキも状況の飲み込みが早すぎる。もっと何か疑問を抱くべきだろう。これは一体どういうことなのかとか、こいつは一体何なんだとか、そういう疑問を少しくらいクラウドにぶつけてもいいはずだ。なのにそれをせずにいつもの日常を送っているということは、もうすんなり受け入れたということだろう。
チャドリーの説明の仕方がよかったのか、事態は上手く収まったようだ。自分の知らない間に。
眠らずにずっと起きていたというのに、展開が進むその瞬間を見逃してしまった自分の愚かさにさらに絶望する。
注意力が不足してしまうほど油断していたということなのか。
不安や悩み事を抱えすぎて他の事を考えられなくなってしまった結果、周囲の変化に気付けなかったらしい。
「······はぁ」
クラウドは望まぬ場面転換に重たくため息をつく。
なんかもう、この先がさらに不安になってきた。事態は良い方向へと向かっているはずなのに。都合良く展開が進みすぎていて逆に怖くなる。
そんなこんなで『ALO脱出作戦』二日目もドタバタでスタート。
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一体なんでこんな展開になっているんだ? とクラウドは肩を落としていた。
ここは地下に広がる地底都市。
そこにある宿屋の食事場。オープンスペースとして、店の外にもいくつかのテーブルが並べられている。
そのテーブルの一つに、紫と黒が混ざったような装備を着た少女が食事を摂っていた。朝食らしい食事。パンにベーコンエッグ、そしてミルクが一杯だけ。
ちなみにクラウドは、パン一個のみ。彼にはそれだけで十分だった。
だが、チャドリーが凄かった。
彼は今、ハンバーグやスパゲッティやサラダといった大量の料理に埋もれていた。念のために言っておくが、これ全部チャドリーのものだ。ピクシー姿のままなのに、彼は吸い込むようにその食事にかぶりついている。
「濃厚でいてくどくない。後味も素晴らしい。また、使用した鉄板の温度も精密に再現されていて肉の硬さを程よく仕上げております。舌を刺激して脳に深い幸福感を与える······これが、『美味しい』という感覚でしょうか? とても興味深いです!!」
「······」
チャドリーはサイボーグであったが故に食事を必要としていなかった。もし食事なんてすれば腹の中に料理の残骸が溜まる一方で、消化器官がないから下手すれば故障する恐れがあった。
しかし、現在チャドリーはアバターの状態だ。
何を食べても故障なんてしないし修理も必要ない。料理は元から電子で構成された偽物なのだから、食べても現実には何の影響も与えない。よくて、食べたという感覚を脳に与えるだけだ。
よって、チャドリーは今まで体験したことがなかった『食事』という文化に触れて心底楽しそうであった。
仮想空間での体のため現実には何の問題もないのだろうが······しかしまぁ、これだけの料理をガツガツ消費していくこの少年の許容量は一体どうなっているのだろう?
ピクシー姿で食える量ではないと思うんだが。
傍目から見ると、とてつもなく目立つ食事風景だった。
そんな中クラウドは、目の前に広がる暴食の光景を眺めながら嘆息する。
すると、食事を終わらせたユウキがクラウドに聞いてくる。
「それにしても、クラウドってやっぱり凄いね」
「え?」
「その子、『プライベート・ピクシー』っていう奴でしょ?」
「?」
「たしかプレオープンの販促キャンペーンで抽選配布されたっていう。今日ログインしたらその子がボクの部屋の前でウロウロしてたから一瞬驚いたけど、クラウドのナビゲーション・ピクシーだって言ってきたからさ」
「······あ、ああ」
「でも、プレオープンから参加してたのにあまりこの世界のこと詳しくなかったよね」
「······それは」
「リアルが忙しくてアカウントだけ最初に作って暇ができたから最近始めた、って感じかな?」
「そうだな」
「······ふ~ん」
ユウキの質問にクラウドはただ頷くことしかできなかった。だがしかし、ユウキがそれを補助するように都合の良い解釈を自分でして話を進めてくれた。さすがに踏み込み過ぎたと感じたのか、ユウキはそれ以上は聞いてこなかった。
内心かなり焦ったが、クラウドはそれを表情には出さずに冷静に対処した。都合の良い解釈を勝手にしてくれて本当に助かった。
しかしチャドリーの奴、やっぱり勝手にクラウドの元から離れていたらしい。それに気付かなかった自分を改めて呪った。だが、一応元の世界のことは話してはいないみたいだった。そこはやはりちゃんとしているようだ。
それにしても一体何のためにチャドリーは自分の元を離れたのだろうと疑問に思っていると、チャドリーが口を開いた。
「ところでクラウドさん」
「?」
「世界樹に行くまでの道のりの話なんですが」
「ああ」
「ある程度聞き込みをして照合してみたところ、最短距離で行けるルートを僕なりに作ってみました」
世界樹に行くには、この鉱山都市を通らなければならなかった。
世界樹に行く先にある山脈は、どうやら飛行限界高度よりも高いせいで山越えができないらしい。山脈は世界中央を囲むように広がっていて、どう足掻いても洞窟の中を歩いて進まなければならなかった。一応洞窟の中を進まずに行けるルートもあるみたいだが、遠回りになる。故に、世界樹に向かうには地下に広がる都市を通って行かなければいけないらしい。
元から歩きで向かう予定ではあったが、どちらにしても好都合ではある。なんで飛ばないのかとか、そういう疑問を周りのプレイヤーが考えなくて済むからだ。
道中何事もなくやって来れたのは運がよかったから、とユウキが説明してくれた。この洞窟にはオークというモンスターが大量に棲んでいるらしいのだが、一回もエンカウントせずにやって来れるなんて奇跡らしい。
そんなことよりも、まずはこれからどう動けばいいのかの相談だ。
チャドリーは勝手に離れて手に入れた情報を整理して、最短で世界樹にたどり着くルートを説明する。
「洞窟を抜けると、世界樹までの距離は二十キロメートルにまで近づきます。そこを目指す途中には街や村はないみたいです。中立地帯になるため、その場で即ログアウトといったことができません。しかしこのアルン高原にはフィールド型のモンスターはいないみたいなので、特に戦闘も行わずにたどり着けそうです」
「そうか」
「ただし、プレイヤーに襲われなければ、の話ですが」
「!」
「世界樹に近づくにつれ、強敵なプレイヤー達と交戦する可能性が高まります。皆さん世界樹の上へ行く方法を必死になって探していますし、お金を奪い取って強い装備やアイテムなどを手に入れるための資金調達をしようと企む者達がこの先増えてくると推測します」
そういえばこのゲームはプレイヤー同士の争いがメインのゲームであった。
自分達の種族の勢力を発展させるために、違う種族を襲うのがこのゲームの醍醐味だ。そこから得た金やアイテムを執政部に上納して良い武器を揃え、そしてプレイヤー達を強化し、最終的には世界樹へと挑む。
そういうゲームであったことを忘れていた。
しかし、今さらそんなことを気にするわけがない。
襲われたら返り討ちにする。ただそうすればよいだけのことだ。
「わかった」
それだけを呟くとクラウドは足に力を込めて、椅子から立ち上がろうとする。
が、ここでユウキが意見を出してきた。
「その前にさ」
「「?」」
「まずはアイテムを揃えない? 距離が近いとはいえ、チャドリーが言ってたようにこの先色んなプレイヤー達と戦うかもしれないし、途中には街も村もないから、回復が得意なウンディーネの援護もなしに進むのは危険だと思うんだ。だからせめて回復アイテムでも買い揃えておこうよ」
「確かに、そうですね。その方が効率良く攻略ができそうです。万が一襲われてしまった時に保険として回復アイテムは買っておいた方がいいかもしれません。クラウドさんもそれでいいですよね?」
「······ああ、そうだな」
「なら、早速アイテム屋に行こっか! 値段が安い所知ってるからついてきて!!」
ユウキは行きつけのアイテム屋へ案内するために椅子から立ち上がって先に走っていく。チャドリーも、その後を追いかけるように小さな翅をパタパタと動かして飛んでいく。
「······」
そんな中、クラウドは何故か顔をひきつらせた。
原因はクラウド自身にあった。
ここに来てからというもの、クラウドはあまり役に立っていないように思える。ユウキの善意に甘えて、部屋を貸してもらったり、道を案内してもらったり、なんか人に頼りっきりな気がする。
チャドリーも、勝手に動いたのはどうかとは思うが、クラウドの代わりに情報を手に入れてくれていた。コミュ障の自分に代わって、道行く人々に聞き込みをしてくれた。それだけでも凄い役に立っている。
ユウキとチャドリーは現段階では自分よりも有能な働きを見せている。それがなんとなく、劣等感のようなものを感じてしまって、クラウドは落ち込んだように肩を落とす。
改めて説明しておくが、本来のクラウドは気が弱いのだ。メンタルが弱く、悩み事を抱えてしまうとネガティブになりやすい性格だ。
二人に甘えてばかりで本当に良いのだろうか、自分ももっと活躍しなければいけないのではないか、とか何とか考えながら彼は一度深呼吸した。
「クラウド~! 早く~!!」
「······ああ」
いずれにしても、この世界に詳しい二人に頼らないと何も変わらない。
今は目立った活躍が出来ていないだけでこれから挽回すればいい、とクラウドはやや前向きな気持ちになりながら二人の後を追うように歩調を速めた。