ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第3章

 

 

鉄と石で作られた城。

 

この城の名前などはどうでもいい、ここはただの作られた世界だ。面積などもどうでもいい、広いとでも言えば説明はつく。外周は高い壁で覆われており、このような茫漠とした広さのフロアが何階層のも積み重なっており、百層ほどあるという。人口と言っていいのかわからないが、ここには一万近くの人間たちがいたらしい。

 

住んでいたと表現しないのは、それは彼らがここの住人ではないからだ。

 

彼らは別の世界の住人だ。ここはコンピューターによって作られた電脳世界であり、ただの空想の世界だ。彼らはそこにVR機器を使って意識をここに転送し、作られた体でここに留まっている。

 

そのVR機器の名が、『ナーヴギア』。

 

この世界にやってくるための必須アイテム。形はVRバトルシミュレータよりも大きく、頭から顔まですっぽりと覆うヘッドギアに近い構造をしている。彼らにとってはそれはゲームハード。この世界、というよりかは彼らの本当の世界では最新機器らしい。前時代では平面のモニタ装置と、手で握るコントローラーという二つのマンマシン・インターフェースを必要とした旧ハードであったが、そのナーヴギアはインターフェース一つのみ。VRバトルシミュレータよりも大きい故に、その内側には無数の信号素子が埋め込まれ、それらが発生させる多重電界によってギアは人間たちの脳そのものと直接接続し、電脳世界に脳の視覚野や聴覚野などといった五感を感じることができる。首の部分から神経の電気信号を遮断し読み取って、機械側から電機子号を脳に与えることで人間たちはこの世界にやって来れる。

 

【SAO】と呼ばれるソフト同梱版で12万ほどする高値であるが、それでもなお発売当時多くのゲームファンが殺到するほどこの世界では人気であった。

 

だが同時に、この世界ではその機械が足枷になる。

 

延髄付近で肉体から脳への神経パルスをブロックするとともに、ナーヴギアが作り出した五感情報を電磁パルスによって脳へと送り込むことで仮想世界へのフルダイブを行う故に、定格以上の電磁パルスを流し込めば、人間の脳は焼かれてしまう。

 

本来はそんなことは起きないのだが、ここではそれが許されてしまう。この世界を設定した、“茅場晶彦”という設計者はこの世界をリリースした直後、どういうわけかこの世界にゲームプレイヤーを閉じ込め、クリアするまで永久に出られないようにした。

 

ログアウトしようにもログアウトするための機能は権限者によって機能しなくなり、ナーヴギアを第三者によって外してのログアウトも不可能になった。ナーヴギアのヘッドギアは顎下で固定アームでロックして装着されるため、外すにはロックを解除しなければならなくなる。

 

故にそのロックを解除した瞬間、不正に解除されたということでナーヴギア本来の出力を暴走させ、オーバーロードでナーヴギア自体も破壊されてしまい、暴走したナーヴギアは制御不能になり高出力の電磁パルスを発生させることで着用者の脳を破壊し殺害する設計にされていた。 電源の切断を想定して大容量のバッテリーが搭載されているために電磁波の発振の阻止はきわめて困難であるとのこと。

 

外部からナーヴギアを外す、回線または電源切断から一定時間経過、そしてゲーム内でアバターのHPが全損した場合、その条件は満たされてナーヴギア使用者の脳は破壊される。

 

つまり、ここは娯楽のために作られた世界から、死と隣り合わせのデスゲームと化してしまった。

 

内部にはいくつかの都市と多くの街や村に森や海などのフィールドが存在する。その全てのフィールドに、命を刈り取るための怪物どもがうろついている。一応安全地帯もあるようだが、その外に出れば即デスゲームは始まる。

 

そんなふざけたゲームを終わらせるには、このゲームの最終目標である『城の頂上を目指す』こと。それによってゲームはクリアされ、皆はここから解放される。何層もあるフィールドを突破して上へ上へと登ればいいだけという簡単なルールだが、このゲーム自体が簡単に作られていない。

 

突破するには迷宮区画に存在するフィールドのボスを倒さなければならないが、そのボスがハードに作られている。まず、攻略法がわからない上に、たった一人では倒せないレベルに作られている。一撃一撃が重く、何より体力がバカ高い。故に、多くのチームを結成して挑むように作られているとのこと。

 

一度突破して上層にたどり着けばそこと下層の格フロアを繋ぐ『転移門』が連結されるため誰もが自由に移動できるようになるが、あいにくまだここは一階層。まだ始まったばかりのようであった。

 

敵は慣れれば簡単に倒せるようになるが、死という恐怖によって皆挑むことを恐れてしまっている。ダメージは偽物だが、この世界では本物となる。ダメージを受け続け、自分のHPがゼロになれば確実に死がやってくる、まさに死にゲーである。

 

最前線が進むにつれて危険度は上がり、死も近くなる。それがこのゲームのシステム。

 

 

「理解できたカ?」

 

「·····················」

 

 

情報収集は基本ではあるが、その情報が許容範囲を越えれば誰でもオーバーヒートする。脳を焼かれてはいないが、感覚的には脳が黒焦げている気分だ。

 

 

「しっかし、流石のオネーサンもびっくりしたヨ。まだ一階層どころか誰も次の街に行っていないのに、始まりの街の真ん中にある転移門からいきなり人が現れるんだもんナ」

 

 

目の前にいる、なんというかネズミをイメージしたような女性がそう告げる。

 

そう、ここに来た時は大変であった。

 

あの時のことは思い出したくない·····················まるで、“救世主”がやってきたみたいに思われた時のことを。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

「!」

 

 

クラウドはそこで目を覚ました。

自分が一体どこにいるのか、前後の記憶を把握できない状態のままが続く。

 

青の輝きが身を包んでいたが次第に薄れ、風景が夕暮れの大きな広間に変わった。

 

広大な石畳に、周囲を囲む街路樹。瀟洒な街並みにどこか故郷のニブルヘイムを思い起こされる。ニブルヘイムを大きく発展させた感じだろうか、もう少し故郷の土地が広ければきっとこんな形になっていただろう。

 

見慣れたような風景ではあるものの、見覚えはない。ここは具体的にどこなのか分からないが、住宅街にある大通りなのだろうか。自分が立っているのはその中心にある石でできた舞台のような場所。周りを見渡すと、色とりどりの装備を着た男女·········といっても圧倒的に男性の比率が多く、皆酷い表情であり、困惑し立ち尽くしたり、膝を抱えてその場に蹲ったりしている。

 

 

「·········チャドリー?」

 

 

耳に指を当てて今回の事件のサポート役であるチャドリーに連絡を取ってみる。

 

が、返答なし。

 

何度も呼びかけるも、チャドリーの声は聞こえてこない。

 

何人もの人々が膝を崩して散らばる中、どうも異様な雰囲気は鼻につく。

頭上を見て絶望するもの、泣き崩れるもの、奇行に走っているもの、中々カオスな状況だった。

 

こんな混乱状態の中でただ一人放り出されたクラウドはマジで不安でいっぱいだった。

 

はっきりとしない。自信が持てない。

 

壊れたものたちがいる中にただ一人だけポツンといる、この状況だって現実味がない。さっきまでのあのローブの話と、今ここにいる自分。一体どっちが現実なのかと尋ねられたら何も答えられない。

 

 

(ここがチャドリーの言っていた空間なのか?)

 

 

どちらにせよ、単独行動を強いられてしまった以上、調査どころの話ではない。前後の記憶が曖昧で、これでは戦果を得ることなど期待できない。

 

 

と、その時だった。

 

 

「お、おい··················っ!!」

 

「あいつ、今あそこから出て来たよな?」

 

「まだ誰も他の転移門を見つけてないよな?」

 

「ということは、外部のやつか? ニュースで大事になってるのは明らかなのに、自らログインして来たってことか?」

 

「じ、じゃあ助けが来たってことなのか!?」

 

「そ、そうだ! きっとそうに違いない!! 救援者だ、救援者が送り込まれて来たんだ!!」

 

 

クラウドの顔に、嫌な汗が浮かぶ。

一人の男性がこちらを向いた瞬間、皆がこちらを見て来た。恐る恐るといった感じで誰なのか皆憶測を立てると、まともに考えられないのか一人がクラウドを外部から救援のために送り込まれて来たのだという憶測を立てると連鎖的に皆がクラウドのことを外部からの救援者だと勘違いして、全員が一斉にこちらに押し寄せて来た。

 

 

「なぁあんた! 救援に来たんだろ!? そうなんだろ!?」

 

「た、頼む!! 俺を帰してくれ!! ここから出してくれぇ!!」

 

「俺には家族が、家族がいるんだ!!」

 

「こんなところで死にたくない!! お願い! 家に帰して!!」

 

(!?)

 

 

理解が追いつかなかった。

まるで泣きついてくる子供のように、クラウドに迫って来た。状況が読み込めないクラウドはどういうことなのかわかっていない。なぜ皆自分を救援者だのと思ったのかさえも理解できなかった。

 

疑問なんて考える余地もない。

 

なのに。

 

このままでは安易な方向に流れてしまう事に、クラウドは猛烈な拒否感情を抱く。そうなることを恐れたクラウドがとった行動は単純だった。

 

救いの手を求めてくる手を振り払い、この混沌に満ちた包囲網を突破する事にした。

 

 

「おい待ってくれ!! どこに行くんだ!?」

 

「頼む家に帰してくれ!!」

 

「死にたくない!! 死にたくないのッ!!」

 

 

得体の知れない奴らから転げ回るように逃げ、人混みをかき分けて外へ飛び出す。どうやらここは大広間らしいのだが、正確な位置はやっぱり分からない。

 

ほうほうのていで包囲網を突破するものの、彼らはクラウドの後を追いかけてくる。もしくは包囲網に参加せずにクラウドの前に偶然いた人から救いを求められ、さらに逃げては救いを求められ、さらにさらに逃げては救いを··········と、いったことを繰り返すも、ソルジャーとしての身体能力は仮想空間でも健在のようで、簡単に抜けることができる。

 

彼らに事情を説明している暇はない。

 

こうしている今も、“あいつ”の手がかりが失われるかもしれないのだ。その手がかりすら何も掴めていない状況だ。なんのヒントもないクラウドに彼らを救うことなど不可能。

 

時には身を隠してやり過ごしたりなどをするが、表通りを走り回ってこちらを見つけようと必死になっている。クラウドは近くの路地に身を隠し、壁に背を押し付けて様子を窺っていた。

 

ついでに言うと、クラウドはこう見えてコミュ障だ。故に、こんなにも注目を浴びて今追いかけられるなんて経験はそんなにない。まだ、神羅兵に追われている方が何かと緊張が吹っ切れてマシな気がして来た。つまり何が言いたいのかと言うと、ちょっと泣きそうだった。

 

 

「なんで繋がらない··········っ!?」

 

 

クラウドは頭が痛くなるほど指を頭に押し付ける。

人差し指を何度も押し当てて声をかけるが、こんな悲惨すぎる状況の中に放り込んだチャドリーはいつまで経っても出てくれない。

 

 

「くっ!」

 

 

そもそも、クラウドはここのことなど何一つ知らない。

そこで何を調査すればいいのか、何をすればいいのか、と言うかそもそもとして一体ここがどういうとこなのか一切わかっていない。これで、調査をしろと言われても、ましてや助けを求められても限界がある。

 

捜索範囲もわからない。原因を突き止めるためのやり方もわからない。

 

諦めて帰ろうにも帰る事もできない。帰り方がわからない上に、今現在追いかけられている。人目を忍んで慎重に移動する必要はあるが、何故そんな配慮をしなくてはならないのか。

 

面倒事に巻き込まれた。正確には引き受けたのだが、こんな事になるなら断っておけばよかった。

 

“あいつ”を永遠に消すなんて馬鹿なことを考えなければよかった。

 

ともかく、とにかく捕まらないことが大前提。あとはとにかく手がかりになりそうなものを探して回る、というのが基本的な方針となりそうだ。

 

 

(何をするにしても、まずはここの地図か。ここがどこなのかわからない以上、指針も決められないな)

 

 

とはいえ下手に動けない。

物陰から出れば冷静さが欠如した奴らと鉢合わせして救いを求められる。

 

しかし、こんなところでいつまでも足を止められているわけにはいかない。

 

ので、クラウドは決断する。捕まるわけにはいかない以上、家の上を狙うしかない。そこなら彼らも追ってはこれまい。その上で、まずは階段に向かう。飛んで登れたら楽だろうが、そんな目立つ動きは避けたい。その上で、まずは登れそうな場所を探す。ならば早いとこここから動こう。いつまでも同じとこには留まれない。

 

そう思った。

その直後のことだった。

 

 

「オイ!!」

 

「ッ!?」

 

 

まるで行く手を遮るように、クラウドの目の前から声をかけられた。

具体的な年齢は知らないが、中学生··········か? 背は低く、肌の色はやや白く、金髪にネズミというか猫みたいな髭が頬から飛び出ている。なんだか昔話の絵本に出て来そうなやつが、目の前にいる。

 

しかし、まずい事になった。

 

見た目は華奢だが、見つかったという事実は覆らない。

 

ここで騒ぎが起きて足止めされれば、ほかのやつらが大量に押し寄せてくる。

 

 

「っ!!」

 

 

ゴクリと喉を鳴らす。

このまま強行突破するか、あるいは別のコースを探すか。

 

迷う。

 

だがそうこうしている間にそいつは近づいてくる。

 

クラウドは自然と身構えた。尊敬できる親友から受け継いだ『バスターソード』に手を伸ばす。声、あるいは騒音。そういった騒ぎを起こすトリガーが引かれる可能性を考慮して、相手を警戒する。

 

が、

 

 

「ヤメとけ。ここは安全圏だから武器を抜いても相手にダメージは負わせられないゾ」

 

「?」

 

 

その声に、クラウドは猛烈な違和感を覚えた。

声色とか声量から察するに、彼女からは敵意がなかった。まぁ、独特なイントネーションに妙な艶がある故に信用できるかは別問題だが。ボイスチェンジャーで無理に子供の声を作っているというか。

 

だがそいつは、そんな疑問に思っているクラウドに恐れる事なく近寄り、真剣ながらも面白いやつ見ーっけ! てな瞳を向けてこう告げた。

 

 

「状況がよくわかってないんだロ? 説明してやりたいがここじゃダメダ。人気のないところで詳しく説明してやるからオネーサンについてきナ!」

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

「······························てなわけで、ここがどういうとこなのかわかってくれたかナ?」

 

「······························ああ」

 

 

メール文で説明してくれた方が楽に理解できたのにな、というほど話が長くなってしまったが説明するとこうだ。

 

ついさっき、このゲームの新事実が、このゲームの作った本人直々に明かされた。

 

それが、クラウドがあの石舞台に立つほんの数秒前の事だった。このゲームの設計者の説明が終わった直後に現れたので、皆理性を失っていたのでまともに考えられず、クラウドのことが外部からの救援者にしか見えなかったらしい。

 

クラウドが立っていた場所は他の所にワープするための門だったらしい。転移するための道具はあるものの、最初の方では高価で誰も買う事が出来ないし、そのクラウドが立っていた『転移門』と云うワープポイントだって、このゲームはまだ始まったばかりで転移門がある街になど、たった数時間で辿り着ける筈はない。ならば転移できる者は外からの救援しかないと、ここにいる者たちはそんな僅かな可能性に縋る程心が弱っていたようだ。

 

彼らには悪いが、クラウドだって困っているのだ。

助けて欲しいのはこちらの方だ。右も左も分からないやつに助けを求める事自体がお門違いってもんよ。しかし、彼らがクラウドのことを救世主だのという目でいるのも無理はないと、目の前の鼠髭女は言う。

 

 

「お前のその装備じゃ当然だヨ。だって明らかに初期装備にしては変わりすぎてるしナ。あいつらの目の色が変わるのも無理もないゾ」

 

 

だとすると困った事になる。

どこへ行ったって彼はお尋ね者になる。別に悪いことをしたわけではないが、彼らからすればクラウドは二つの姿に捉えられる。

 

一つは救世主。

絶望の最中にやって来た事によって、外部からの応援として見られて彼らは救いを求めてやってくるだろう。

 

もう一つは、スパイ。

まだはっきりと明言できるわけではないが、おそらくあの中の何人かはクラウド見て不審に思うもの達が少なからずいるだろう。初期装備が他のみんなと違うというだけではない、彼のログインして来たタイミングもある。説明が終わった直後、クラウドが転移門から出て来た事で、応援と思うものもいれば、スパイだと思うものもいるだろう。

 

真偽は定かではないが、今頃はもう噂になっているはずだ。クラウドに救いを求めるもの、チーターもしくは内通者として見られて、二つのグループから狙われる可能性が高い。

 

 

「だからオネーサンが提示できる案は二つ。このままみんなが冷静さを取り戻し、噂が落ち着くまで身を潜めるカ。もしくは、堂々と出て行ってみんなと一緒にフィールド上のモンスターを狩って経験値稼ぎをするかだナ」

 

「······························」

 

「あ、隠れるってんならいい場所を紹介するけどどうダ? ちなみに、ただ身を潜めるのはあんまりオススメしないゾ?」

 

「? なんでだ?」

 

「ここではレベルがものを言うんダ。別に隠れるのは勝手だが、差を埋められた他のプレイヤー達がお前を狙ってくるかもしれないからナ。まぁ、プレイヤーがプレイヤーを攻撃すればもちろんデメリットは発生するが、そんなことを気にしないやつだっていル。何よりみんな今まともじゃない、何してくるかわからない以上、身を守るためにも隠れながら経験値を稼ぐって方がオススメかナ」

 

「······························」

 

「なんか知らないうちに案が一つ増えたナ。どうするかはお前次第だが、状況的に考えれば一番最後のをオススメするかナ。隠れる場所も提供するし、なんならいい経験稼ぎの場所も紹介するゾ」

 

「どういうつもりだ?」

 

「ン?」

 

「何で今日会って間もない奴にそこまでしてくれる?」

 

 

その問いに、鼠髭女は一度くるりと眼球を回してから改めてクラウドを見直して、

 

 

「簡単なことだヨ。お前のことが気に入ったからダ。いきなり現れた奴がこの先どう活躍するのか、オネーサンは楽しみで仕方なくてナ!」

 

「······························」

 

「オレっちはそういったものには目がなくてナ。価値のある情報は時には武器にもなる、だからお前と関われば何かいい情報が入ってくるかもしれないと思ったから誰よりも先に話しかけたんダ!」

 

 

嘘、といったものは感じなかった。

声からしても、純粋にクラウドのことが気になったように思える。まるで舌の上でキャンディを転がすようにいってくる奴に、クラウドはいよいよ怪訝そうな顔になる。

 

だが、選択肢は限られている気がする。

 

どの選択肢を取ってもあまりいい展開にはならないとは思うが、その中でもっとも最善な選択肢を選ぶのがベストだろう。

 

 

「わかった、頼む」

 

「オ! 信用してくれるのカ!?」

 

「選択肢が限られているから仕方なくだ。俺はここについて何もわかっていない。なら、いいサポートがいれば動きやすくなる」

 

「なら、オイラとしばらく組むか? 組むといっても常に一緒に行動するんじゃなくて、不定期に情報交換するくらいの仲って感じになると思うけどナ。オレっちも情報収集するために動かないといけないからナ」

 

「そうか。なんでもいいが、何かわかったら俺にも教えてくれ。情報が武器になるならいろんなことを知っておきたい」

 

「ああ〜、言い忘れてたけど情報だってタダじゃないんだよナァ〜? 情報が欲しんなら、それ相応の対価が必要となるんだけどナァ〜?」

 

「····················いくらだ?」

 

「ざっと百万コル··········なんてのは冗談ダ。流石にビギナーから金を取るような真似はあんましたくないしナ。まだ始まったばっかだし、それについてはツケで払ってくれればいいヨ。とりあえず、今日はもう遅いし宿屋まで案内するヨ。明日、ここでの戦い方を教えてやル」

 

 

なんかやけにすんなり話が進んでいる事に、逆に不気味さを感じるクラウドだったが、これもやはり、いちいち突っかかっている場合ではない。

とにかく早く元の世界に帰りたい。今日明日で帰れるなんてそんな甘っちょろい考えは持っていないが、一分一秒でも早く帰りたいという気持ちは変わらない。なんとしてでもこの馬鹿げた空間から抜け出す。そのついでに調査をする。そういう過程で進めていけばいいと思った。

 

なんとかいい指導者も雇えた。

 

しかし、こいつの正体がわからない。本当に信用してもいいものか、という疑いの目を向けているとその視線を感じ取ったのか、彼女はニヤっと口を歪めて。

 

 

「そういえば自己紹介がまだだったよナ。名前はもう見えているとは思うが、口で紹介するヨ」

 

 

そう言って自分の頭上に指をさす動作をする。そこには《Argo》と書かれており、被っていたフードを脱いで、元からその性格なのかそれとも作っているのかわからないが、ちょっとお姉さんポジションっぽく上から目線でクラウドの頭上に表示されているプレイヤー名を見た後、優しい調子の声でこう告げた。

 

 

「ジョブシステムとかないけど、『情報屋』っていう職業をこれからやる予定の“アルゴ”ダ! よろしくなクラウド!!」

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

少年は剣を振るう。

 

現実世界では一度も真剣なんてもったことはないが、仮想の世界では彼は誰よりも一足先に握っていた。

 

仮想空間で作られた偽物とはいえ、彼は先にこのゲームをプレイしていた。故に、誰よりも剣術には詳しかった。

 

 

「せいやっ!!」

 

 

己の足元にある地面を爆発的に蹴り上げ、目の前の敵へと突っ込んで行く。

現実世界では本来ありえなかった。ただ地面を蹴っただけで粉塵が舞い上がることなど、それこそ優秀なスポーツ選手しかできない芸当だろう。それを彼は莫大に舞い上げた。あっという間に距離を詰め、イノシシのようなモンスターを鈍色に光る剣尖が突き抜ける。

 

 

「はぁ···········はぁ···········」

 

 

無理やり息を吸い込んで、肩で息をしているのを見ると、彼は長い時間狩り続けて経験値を得ていたのだと見える。気息を整えようとするも、この世界では酸素というものはない。ただ単に現実世界の彼の体が意識だけの自分を応援するために呼吸を繰り返しているだけだ。

 

しかし、それだけでも意味がある。

 

攻撃に勢いをつけるための喝と言えばよいか。AIで作られた敵を斬殺するために、彼は掛け声と共に剣を斬り払う。

 

 

「はあっ!!」

 

 

ライトエフェクトを纏った剣はモンスターの腹を抉って血液の代わりに光芒が飛び散る。

 

 

「まだ···········まだだッ!!」

 

 

一体倒しても彼の剣は止まらない。

一体倒せばもう一体の方へ行き、何度も何度もHPを0にして行く。

 

だが、仮想とはいえ限界はある。

 

さっきも言ったが、本物の体だって呼吸はする。自分の偽物の体と本物の体では、本物の体が優先される。呼吸がさらに乱れれば、本物の体は休憩しろという信号を意識に送り込む。それにより、偽物の体には『疲れ』という感覚が生じる。それは電脳世界でプログラムされた薬なんかでは治せない。心拍数は限界に近い、ここらが潮時だ。

 

 

「はぁ···········はぁ···········くそっ!!」

 

 

初日でもっと稼ぐはずだったが、もうこれまでだ。

目標まで行かなかった事に腹を立て、思わず舌打ちする。

 

 

「···········諦めないぞ」

 

 

誰に向けた言葉だったのかはわからないが、少年は思わず呟く。

 

人としての動きの限界を超えることが可能なこの世界で、彼はさらなる力を求める。

 

覚悟するように呟き、彼はゆっくりと歩き始めた。

 

歯をくいしばる。

 

前を見る。

 

ここで死ぬわけにはいかない。だから、彼はどんな苦難が待ち構えていようと、諦めることはない。

 

 

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