過去を乗り越えるのは容易な事ではない。
そんなのは皆同じだ。
悲しい過去と向き合うのはどんな人間だろうと辛いものだ。いや、辛いという枠には収まらないだろう。それ以上の感情を抱くことになる。あんな嫌な気持ちはないだろう、胸を締め付けて心を苦しめるような気分は決していいものではない。忘れたくても忘れられない記憶、それは一生背負う罪なのかもしれない。
しかし、それでも人は乗り越えようとする。少しでも前に進むために。
やり方は人それぞれだ。どれも参考にはできない。
が。
一つ例を挙げるとするならば、『自分の恐怖と向き合う』というのが一番最善な克服方法かもしれない。
恐怖の対象となるものと真剣に向き合い、徐々に克服していく。
『ある男』も、いずれはそうするだろう。
さんざん恋い焦がれた者の無念を晴らすため、自身に埋め込まれた宿命を受け入れた。胸を張って『彼女』の想いを継ぐために、『男』はまたもう一度強く“銃”を握ることができた。
これは、まだ先のお話。
罪と罰に向き合うために、“一人の少女”と共に彼はまた引き金を引く。
<><><><><>
電話は持たない主義だ。
あんなもの、持っているだけ無駄だ。連絡などこっちからほとんどしないし、そもそも誰も連絡を寄越さないからだ。持ってるだけで邪魔になる。
「······」
しかし、一応は連絡手段として無線機だけは預けられている。持っているのではなく、預けられていると表現したのは、彼の意思関係なく持たされているからだ。どこにいても繋がる衛星電話のため、連絡以外の機能は一切ない。
“彼”は隠れ家として使っている宿屋の一室で、窓際のベッドに座り込んでいた。壁に背中を預けるようにしている理由は単純で、眠れないからだ。
もう、十分眠った。
そう言うかのように、彼はずっと起きていた。
窓から入り込むそよ風に、羽織っている赤マントが微かに揺れる。異様に伸びている髪は風には流されずに形を保っている。赤いバンダナで前髪を上げているがその髪質はかなり痛んでおり、所々が跳ねている。
彼はベッドに座りながら、だるそうにして首と肩で無線機を挟んでいた。手を使いたくないほど、彼は今無気力状態である。
そちらからは、渋い男の声が届いてくる。
『私、リーブです。最近どうですか? 元気にしていますか? 噂じゃあなた、犯罪組織を片っ端から片付けているそうですね? 最近聞いた話では、金にもならない戦闘に参加してテロリスト達を鎮圧し、誘拐されそうになっていた人達を無償で助けたとか』
「······」
『ハハ······相変わらず口数が少ないですね。そこら辺はやっぱり、どこかクラウドさんと似ていますね』
「······用件はなんだ?」
頭の中で何か的確な言葉を考えながら、同時に無線機で話をする男は少し不機嫌そうに目を細める。言葉を出そうとしても、それよりも先に電話相手が話してしまうから口下手に見えるだけなのだが。
通話相手の名前はリーブと呼ばれる、『神羅の元幹部』である。
『ああ、忘れてました。実はあなたにどうしても頼みたいことがありまして』
「?」
『つい先ほど、ミディール付近にある小規模施設でとある犯罪組織が立てこもり事件を起こしているという通報を受けまして、それをあなたに解決して貰いたいのです』
「断る」
『即答ですか!?』
「誰が何の目的でそんなことをしているのかは知らんが、面倒に巻き込まれるのはごめんだ」
『な!? そんな、一緒に世界を救った仲じゃないですか!?』
「第一、私は便利屋ではない。そういうことはクラウドに頼んでみたらどうだ?」
『私も最初はそうしようとしました。ですが彼は五ヶ月ほど前にとある大仕事を引き受けていたらしく、『休暇中につき、アンタ達のおもりをするつもりはない』と断られました。ですからあなたにしかお願いできず────』
「なら私も休暇中だ。他をあたってくれ」
彼は嫌そうな声で言ったが、電話相手のおじさんはそれを聞いた瞬間『そりゃないわーっ!』と叫ぶと、
『ゴホン! ······ではせめて、援護だけでもしていただけませんか? 我々だけでは人質となっている者を無事に救い出すのは難しいのです』
「そもそも、そいつらは何の目的でそんなことをしたんだ?」
『聞いた情報では、そこは元々とあるフリーの研究者が使っていた実験施設のようで、様々な研究資料が残されていたとの事です。使わなくなったとはいえ、一応そこは神羅が管理していた場所だったので、警備の者を一人配置して一般人は立ち入り禁止にしていたのですが、どこかから聞き付けたのか、彼らはその施設にある研究資料を狙って今回の事件を引き起こしました。人質となっているのは、そこを警備していた者ですね』
「······貴重な資料なのか?」
『と、言われるとそうではないみたいです。元々破棄されたプロジェクトの残りみたいなものですから。調べたところによると、見込みのある兵士達を訓練するべく仮想空間で戦わせるためのマップデータがあるのだとか。今では神羅が開発したバトルシミュレーターがありますから、別に珍しいものではないです。それの元となったデータ、原本という意味ではある意味貴重ですが』
「フリーの研究者とは? どこにも属していない研究者の施設を、神羅が強引に占拠したということなのか?」
『いえ、たまたま見つけたというのが妥当です。それに、少なからずその研究者と神羅は関わりがあったようです。業務提携、とでも言えば良いのでしょうか? 神羅が見つけた時には既に無人の施設で、破棄されたような場所だったので神羅が管理してたようです。事業拡大というやつです』
いつの間にか、彼はリーブの話を聞いていた。特に興味もないのに、今回の事件の詳細を細かく聞いていた。
おそらく、昔の癖が無意識に出てしまっているのだろう。彼は元々、
人には言えない、そんな仕事を。
『無人の施設だったので、神羅が有効活用したというわけですね。たしか、その施設を使っていた研究者の名前は·········“グリモア博士”』
「ッ!?」
それを聞いた途端、彼は目を見開いた。
血のように真っ赤に染まった瞳がゆらゆらと揺れる。
『そのグリモア博士が残した資料を求めてその施設へと侵入したみたいですが、何が目的なのかは現段階では不明です。いずれにしても、その人質になっている方を助けねばなりません。お願いします、あなたにしか頼めなくて───』
「······で、何をさせたいんだ?」
『!? 引き受けてくださるんですか!?』
散々自分で頼んでおいて、やる気を見せたらすぐこれだ。
彼は呆れたような口調で話す。
「私の気が変わる前に、早く言え」
『は、はい! と言ってもこちらがして欲しいのはその人質を救い出すことだけです! 既に施設の周りは包囲していますので、やり方は任せますから好きなだけぶちのめしたってください······あ、倒してください』
「······」
ぎゃあぎゃあとテンションを上げて説明していたらなんか変な話し方が混じってしまったことに気付いたのか、リーブは何事もなかったかのように訂正した。
『それじゃあ後で合流しましょう。あなたの事だから我々が着く前に終わらせてしまうでしょうけど』
「······さぁな」
無線機からの声に、彼は突き放すように言った。
そして通話を切ると、無線機をベッドの上に投げ捨てて立ち上がる。
後ろを振り返らず、彼は部屋を出るために出口へと向かう。
出る、と言っても。
扉からではなく、窓からだが。
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今時の泥棒は、何を盗むかわからない。
金目のものなら何でも盗むみたいだが、それにしても研究資料はないだろう。貴重でもない限り、それには何の価値もない。
だが、奴らには奴らなりの価値観があるのだろう。
当初の計画では暗闇に紛れて施設に近づいて、さっさと目的のものを盗んでとっとととんずらするだけだった。
神羅も見放した施設なんて簡単に掌握できるなんて甘い考えでいた。施設の見取り図も既に入手しており、どこをどうすれば全ての部屋を調べられるかも事前に調べていた。
最初の失敗は、まさかの警備がいたということ。
見捨てた施設だと聞いていたのに、警備をしていた者にばったり遭遇してしまった。警備の者も驚愕しただろう。いつものように施設内を巡回していたら、まさか盗人と出くわすなんて予想もしていなかったはずだ。人っ子一人いないような場所に配属されて退屈な仕事をこなす毎日にうんざりしていたから非日常を味わいたいと思ったこともあったろうが、こんな形でその願いが叶うことになるとは。
おかげで警備員は施設内を逃げ回り、警備室から救援を要請したせいで泥棒共は立ち去る事もできず、立てこもりという情けない状況に陥ってしまった。
ちなみに今、警備員はしっかりと縄で縛って拘束した上で気絶をさせて床へと寝かせている。
「くそ······なんでこんなことに!」
盗人の一人が苛立ちを見せた。
今回も絶対に上手く行くと思ったのに、楽勝な仕事だと思ったのに、とんでもないミスでこんなことになってしまった。まだ警備員がいたという情報は聞かなかった。
つまり、意図的に伏せられていた。
そんな事すら気付かず潜入してしまうなんて三流じゃないんだからよ、と思わず叫ぶ。凡ミスでは済まされないような失態をしてしまってさらに苛立つ一同は銃器を強く握りしめる。
この状況では、仮に施設から目的のものを手に入れたとしても逃げられるかどうかわからない。誰にも気付かれずに奪って見事に逃げきるというのが自分達の売りだというのに、と奥歯を強く噛み締める。
「おい! まだデータは見つかんねぇのか!?」
「今やってる! 少し黙ってろ!!」
野太い声で叫ぶが、仲間の男は容赦ない口調で応答すると目の前にあるモニターに集中する。
カタカタカタカタとキーボードを操作し、目的のものを探し出す。
それにしても長い。
長すぎる。
かれこれ三十分はかかっている。目的のもの一つ探し出すのにあまりにかかりすぎだ。リーダー各らしき男は苛立った顔のまま鼻をこすって溜まった鼻水を吸い込む。
緊張と焦りからくる汗が集中を乱すし、何より彼は短気であった。
「くそ、なんでこんな仕事引き受けちまったんだ!! 『ファーストソルジャー計画』のデータを探し出すなんて、なんで今更そんなの欲しがるんだよディープの奴らはよぉッ!!」
依頼人の名を告げながら悪態をついた、その時だった。
「! おい! 見つけたぞ!!」
「「「「!!」」」」
それを聞いた途端、部屋のあちこちで応援の奴らが来ないか見張っていた男達が一ヶ所に集まりだした。
モニターに表示されている文を見て、皆が歓喜の声を溢した。
どうやら当たりのようだ。
それを見たリーダー各の男はUSBドライブを取り出すと、データを取り出すために差し込み口に差す。
「よし、データを完全にコピーしたらさっさと逃げ出すぞ。焼夷弾を何発か打ち込んで目眩ましを起こしたらすぐバラバラに散らばって後で別のところで合流する。わかったな!?」
めちゃくちゃ手抜きな指示に思えたが、全員がその命令に頷く中、
バァンッ!!
という甲高い銃声が炸裂した。
その瞬間、男達の心臓は掛け値なしに止まったと思う。
いや、実際に止まっていた。
固まっていた男達の内の一人、モニターを操作していた男が、不自然な体勢で真横に吹き飛ばされていた。倒れ込む方向に、赤黒い血が尾を引き、そのまま力なく床へと転がる。
その男の頭を起点に、血がどんどん溢れてきて床へと流れ込む。
「な!?」
リーダーが驚きの声を上げるも息を詰まらせて上手く話せなかった。
動揺を隠せていないみたいだが、彼はすぐさま視界を横に向けて何があったのかを把握するために状況を確認する。
そんな中、あるものに目が行った。
そちらにあるのは、部屋の出入口。
そこに、一つの影があった。
「て、てめぇッ!!」
アサルトライフルを持った盗人が叫び声を上げた。そこでようやく、全員が金縛りに似た感覚を強引に解いた。
標的を見つけた瞬間に全員が手に持っている銃をそいつに向けると、容赦なく引き金を引く。
ドドドドドドドドドッ!! という銃声が部屋中に響き渡る。
空気を振動させて自然の音をかき消していく。
無数の弾幕が一点に集中する。
だが、どれも当たることはなかった。
「フッ!」
床を蹴ってその場から消えると、彼は天井にある電球を全て撃ち抜いた。
ガッシャァァ!! と、ガラスの悲鳴が炸裂したと同時に部屋全体が闇に染まる。モニターから漏れるわずかな光だけが、中心で固まっている男達の周りを照らしている。
すると彼は、全員が視界を奪われ硬直状態に陥ったのを見計らうと、真ん中に固まっていた男達を部屋の反対側の壁まで吹っ飛ばす。
どうやったのか、男達は考える暇もなかったはずだ。闇の中で何が起きたのか、情報が確保できない状態では知る術はない。
唯一わかったのは、闇の中で青白い火花が瞬いだと思ったら、唐突に現れた
全員がぶっ飛ばされた中で、一人はノーバウンドで分厚い壁に激突したせいで、体の内側からバキンという何かが粉砕された音が鳴り響いた。そいつはそのまま床に崩れ落ちる。
「ぐ······っ!!」
他の何人かは生き残っているようだが、関係ない。彼は一々全員の生死など確認しない。
真っ赤に染まった瞳で全てのターゲット達を正確に捉える。
「ハッ!」
息を少し吸って吐くと、手に持っている拳銃の銃口を向け、迷わず引き金を指にかけてそのまま引く。
彼の拳銃は特別だった。
三本の銃身を持つ、古式銃型の特注品だった。
そこから放たれる鉛弾は散弾のようにして正確に一人一人に撃ち込み、風穴を空けて血を撒き散らしながら床へと転がした。
口から熱い何かが溢れたと自覚した時には、既に意識はなかった。急所を撃ち抜かれた男達は血管を破壊され、傷口から溢れるように赤黒い液体が流れ出ている。
たったの数秒で銃撃を鎮圧させた。
これであとは、敢えて残しておいたリーダー各の男だけだ。
「ひっ!?」
ギロリと睨まれた男は、とっさに近くに偶然転がっていた物を掴み起こす。何か鈍器的な物で殴られたのか、意識を失っている人質の警備員だった。
人質を盾にすれば攻撃できない、そう思ったのだろう。
だが、考えが甘かった。
今目の前にいる奴は、『神羅の暗部を司る精鋭組織の元メンバー』。
そして、『星を救った一人』でもある。
よって、その足掻きが無駄に終わることをわかっていない。
彼はゆっくりと肘を曲げて銃口を上に向ける。
「へ、へへっ! これでてめぇも下手に動けねぇだろ! 撃とうとしてんならやめといた方がいいぜ? その銃は散弾式なんだろ、照準を一点に向けられない時点で俺だけじゃなくこいつまで巻き込むことになるぜ!?」
「······哀れだな」
「はぁ!?」
「自分達で罪を犯しておきながら最後までその悪を貫き通そうとはせず、我が身可愛さに追い詰められたら何の罪もない人を盾にするとは······」
「あ!? 何言ってんだてめぇ!?」
そう言いながら彼は、腕を降ろして拳銃を下へと向ける。あの言動からして、おそらくは手を引こうとしているのだろうと、リーダーの男は素直にそう捉えた。しかし、その考えは甘かったと後に知ることになる。
彼は哀れんだ眼差しを向けて、しかし同情することなく。
人の道を外れたクズを睨み付け、冷酷に小さな声でこう言い放った。
「
彼の目の色が変わった。ゆらり、と陽炎のように体が歪んだと思ったら唐突に、ヒュン!! という風を切る音が生じた。
空間を引き裂いて宙に浮いた彼の体は瞬間的に失い、赤いマントのみになって一瞬で男の真横まで距離を詰めていた。
彼の弾丸は人質には当たらなかった。
代わりに彼は、リーダーの男が何か次の動作を行うためのトリガーが引かれるよりも先に引き金を引いた。
パンッ!! と鼓膜を破裂させる音が至近距離で聞こえてきたと思ったら、男の体が大きく仰け反った。
「がッ、あああッ!?」
肩に赤黒い風穴が開く。
襲いくる激しい痛覚に男は何とか踏ん張ろうとしたがそれよりも先に筋肉が音を上げてしまって、本人の意思と関係なく床に倒れ込む。
人質の警備員は怪我は負わなかったが、男が吹き飛ばされた衝撃で転がっていった。
だが、これで人質の安全は確保された。あとやるべきことは目の前で倒れ込んでいるクズの掃除だけだ。
リーダーの男は床に倒れながらも眼球だけ動かして彼の顔を見る。
化け物を見るような目つきで。
「な、なんなんだお前······!? 一体なんなんだよ!? なんでお前みたいな化物を神羅は雇ってんだよ!?」
「······むしろ私が聞きたい」
驚愕に染まりながら疑問をぶつけてくる男だったが、彼はそれに対して疑問で返した。
「何故私が、手を切ったはずの神羅と再び手を組んでまでお前達を追い詰めたと思う?」
「は······?」
「······
男の喉が干上がる。
その一言を言い終わった瞬間、彼は改めて銃口を前に出すと、静かに囁いた。
「
最後の銃声が響き渡った。
リーダーの男はその瞬間までわずかな抵抗を見せたが、すぐに動かなくなった。
<><><><><>
「······これか」
彼はモニターの前でキーボードを操作していた。
先程まで銃撃戦が繰り広げられていた空間の中心にあるモニターにはいくつものデータが残されていた。
人質となっていた警備員は、目が覚めたと同時に目も当てられない現状に体を縮めて震えていたが、彼は気にすることもなくモニターを操作する。
彼がとにかく気にしているのは、盗人どもが欲しがったデータだけであった。
一体奴らは何を求めていたのか、それを確認する。
何故彼はそんなものに興味があるのか、理由は単純だった。
(······
自分の父親が使っていた研究施設が狙われていたと知ってしまっては、黙っていられなかった。
その昔彼は、神羅に属していた。
神羅の暗部と言える組織の名は、『タークス』と言う。社会の裏にいながら、表舞台を守るために活動している小組織だ。
三十年ほど前に、彼はそこにいた。まだ神羅カンパニーが神羅製作所という名で活動していた頃の話で、世界に名だたる企業になる前に彼はそこから抜け出した。
抜けた、と言ってもほぼ強制的であった。
『ある狂った研究者』によって人体改造された彼は、もはや人として生きられなくなり、表舞台から姿を消した。
望まない力を手に入れた代償として失ったのはかけがえのないものだった。
日常、時間、感情、愛する人。
その全てを失った彼は日が当たることを拒絶し、とある屋敷の地下深くでずっと眠っていた。
気が遠くなるほど暗闇の中で過ごしてきた彼であったが、ある日元ソルジャーだと名乗る青年達がやってきたことがきっかけで再び地上へ出ることになった。
そこから今に至るまで話すと長くなるのでいつかまたどこかで説明させてもらうが、とにかく彼は自分の知らないところで自分の父親が研究していたものがなんなのかを調べるために今ここにいる。
わざわざ回りくどいやり方でやって来たんだから、それなりの報酬があってもいいはずだ、と思った時。
ピッ、とモニターから電子音が鳴った。文字化けのようなデータが高速でスクロールされていき、その中の一つに『機密ファイル』と書かれたものがあった。
おそらくこれだろう、奴らが欲しがったのは。
彼はキーボードを操作して、そのファイルのロックを解除した。機密コードのパスワードを即座に解析して入力できたのは、彼がタークスにいたおかげだろう。あらゆる汚職を引き受けていた彼ならば、短時間でパスワードを特定するなど造作もない。
と、画面に表示されたデータに彼は注目した。
盗人どもがあれだけ欲しがったということは、単なるデータではないと受け取ったのだ。
自分の父親が研究していたデータ。
その正体は。
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そうして、彼は依頼主であるリーブと久々に再会した。彼の部下達が事後処理を行っている中での再会に、普通なら懐かしむところだが。
「あはは! やっぱり自分達が着く前に終わらせとりましたか~! 任せて正解でしたわ~!」
「······」
「えらいすんまへんなぁ。普通なら本人が来るべきなんでしょうけど、自分戦うの苦手なもんやさかい。それに加えて他にも仕事があって忙しゅうて現場に行けへんかったので、今日はいつもの『ぬいぐるみ』を着込んできたっちゅうワケですわ」
彼の目の前には、糸目をした二足歩行の猫がいた。王冠を被って長靴を履いて、小さくて赤いマントを首に巻いて訛りのある喋り方で彼に話しかける。
彼はそれを眺め、呆れたようにため息をついた。
すると猫型のぬいぐるみは急に真面目な声色で、しかし訛りを忘れてない口調で彼に声をかける。
「ところで、何かわかりましたか?」
「?」
「······調べたんでしょ? あいつらが求めてはった物」
「······」
そう言われると彼は、猫のぬいぐるみにUSBドライブを渡す。
「記録を漁ってみて、得られた情報はそれだけだ」
「これは? 何のデータが入ってるんです?」
「······“座標”だ」
「座標? 何の?」
「神羅が極秘計画のため、使っていた『仮想空間』だ。超人兵士、つまりはソルジャーとなるものを生み出すための訓練用プログラムとして使われていた場所へ行くための」
「まさか······『ソルジャー計画・プロジェクト0』でしょうか? でもなんで今更そんなもん奴らは欲しがりましたんやろ?」
「さぁな、私の知ったことではない。そもそもそれは使われる前に破棄されたデータだ。それを元にして、神羅は新しい仮想空間を自分達で作り出してしまったから用済みとなったんだろう。今でもその仮想空間は残っているみたいだが、どんなところなのかはまだ解析できていない」
「ま、それについてはこちらで解析しときます。しかし、やっぱりそういう類いのもんでしたかー。仮想空間そのもののデータやなく、行くためのデータというのが意味不明やけど。神羅のことやから銃とか剣とか、そういった武器を兵士に扱いなれさせるための訓練用フィールドプログラムとかでしょうね」
ぬいぐるみがそれを受け取るのを見ると、彼は何も言わずに静かに振り返った。
立ち去ろうとするその背中を見て、ぬいぐるみはニヤッと口角を上げて、
「せやけど、ほんまに“ヴィンセント”はんは優しいわぁ。何やかんや言うても、助けてくれはりますんやから」
「······」
猫は素直に褒めた。
彼は真剣に感心していた。
“ヴィンセント・ヴァレンタイン”はしばらくその場に立っていたが、特に何のリアクションも見せずに歩きだして離れていく。
戦いの果てに得たのは、よくわからない仮想空間への入り口。
今後、それが彼の人生を左右する重大な転機のカギとなるのだが、この時はまだ知る由もなかった。
<><><><><>
そのデータは別の世界へと繋がるカギだった。
その世界は荒廃しきっており、まさに世紀末とも言える場所であった。
「······」
翠玉色に染まった前髪サイドを肩に掛からない程度に伸ばしたショートカットの少女には、暗黙のルールが設定されていた。
今肩に背負っている対物狙撃銃を、『自らの恐怖』と向き合うために使用する。それに承諾すれば、いつかは自分の罪の意識を払拭できると信じていたからだ。
いつかこの世界を出し抜く。
荒廃しきったフィールドで行われるゲームに勝利する。
そして、『過去の自分』に再び自由を与えなければならない。それだけが彼女の目的であり、それ以外は何もなかった。
それまでは、自分を蝕む恐怖の思惑に乗って動いてやる。
その先に待つものが必ずしも結果に繋がるとは限らないが、もう止まってやるつもりもない。もしそうなったら、自分をそこまで追い込んだ貴様自身を恨むが良い、と。ネガティブながらも、周囲の状況に押されて体を前に進ませている。
日没寸前の薄暗くなってきた砂漠地帯の中で座りながら、そんなことを考える少女。
その時だった。
「来たぞ」
「!」
仲間からの合図に、彼女は顔を上げる。
周りにいた奴らもそれを聞いてそれぞれの得物を構えて戦闘に備える。
「よし、俺達は作戦通り正面のビルの陰まで進んで敵を待つ」
「······」
「────“シノン”、状況に変化があったら知らせろ。狙撃タイミングは指示する」
「了解」
カウボーイハットを被った男に言われて、少女は相棒の『PGM・ウルティマラティオ・ヘカートII』のスコープを覗く。遠く離れた場所にいる今回のターゲットは、スコープを通して見ると、圧倒的に大きく感じられる。
照準を合わせ、風の流れを読んで射撃のタイミングを見計らう。
と、準備をしていると耳につけているイヤホンから男の声が飛んでくる。
『位置についた、狙撃を開始しろシノン』
「ッ!!」
声を殺して発せられた声に従って、彼女はリラックスした様子で引き金を引いた。
ドン!! という銃声が周囲を震わせた。銃口から飛び出した弾丸はターゲットへと向かっていく。
いずれ、その銃口はまた別の誰かに向けられるだろう。
近い未来、その弾丸は『別世界の住人』にも放たれることになるのだが、それはまた別の話だ。