洞窟内は無風だった。
よって空気抵抗もなくスムーズに動ける。
「「ッ!!」」
足場がでこぼこで安定しない中でも、二人は弾丸のような速度で坑道内を走る。おそらく人が見れば驚いてしばらく瞬きをするような速度で。
身体能力が極めて高い自称ソルジャーと、この世界で磨かれた仮想の剣士。
二人はどこか似ていて、そしてどちらも得物を構えて突進していく。
直後。
ゴオッ!! と真っ正面から拳が飛んできた。
二人のプレイヤー。その存在を認知したゴーレムは真っ正面から踏み込み、重たい一撃を突き入れる。
「右へ回避しろ!」
「わかった!!」
その動作に気付いたと同時に、クラウドは盾になるように前へと出てユウキに回避するように指示する。
「来いッ!!」
言って、クラウドはバスターソードの先端を、思い切り地面に突き刺す。
ドッ!! という衝撃波が炸裂する大音響が坑道内に響き渡ってクラウドとユウキの鼓膜を叩く。待ち構えたクラウドとゴーレムの拳を中心に、破壊された岩から粉塵の嵐が巻き起こる。
最初の一撃を見て確信した。こいつの一つ一つの動作はゆっくりで、簡単に見極めることができる。
大降りでわかりきった攻撃など、待ち構えていればどうということもない。
「今だッ!!」
思わず大声を出すが、返事はない。
代わりに、
「ヤァァァアアアアアアアアッ!!」
裂帛とした気合いと共に放たれた剣がゴーレムへと迫っていく。
彼女の持つ剣は黒曜石製。
現実であれば窓ガラス並みの硬さとされているため、ナイフや鋭利な金属に当たるとわずかに傷つく程度の耐久力しかないが、ここはゲームの世界。ゲームの仕様上、鍛冶スキルを極めた者に強化を頼めば、その硬さはダイヤモンド並みにクラスアップされる。
ゲームシステムを利用して最大限に強化した剣は、ゴーレムの岩肌すら一刀両断する。
······はずが、
ガキン! と。
そのユウキの硬い剣を弾き返した。
「え!?」
硬い岩に弾かれて腕が痺れる。
その硬い岩すら両断することが可能な彼女の武器が弾き返されて腕に痺れを負わせられたことにより、ユウキの混乱する頭は真っ白に染まる。
彼女は強張る体を震わせながら、
「······ッ!!」
そこでゴーレムは、ギロリ! と目を回した。
視界に入れたユウキにタゲをつけたゴーレムが、クラウドを無視してその巨体を大きく振り回した。
グルグルと回転して鉄球の如く振り回される腕に、ユウキだけでなくクラウドまで吹き飛ばされる。
「ぐっ!?」
「うわ!?」
クラウドは元から防御体勢だったので無事だったが、ユウキは違った。彼女の剣は普通の剣より細い。その剣を盾にして受け止めたが、不安定で体重を預けられなかった事と、片手で防いだのが災いしたのか、その体が浮いた。
その瞬間に、未だに振り回されていた腕が彼女に直撃する。
「うわあァァァアアアアアアッ!!!??」
ユウキが脇腹を殴られると、彼女の体が坑道の壁に激突し、そこの岩を粉砕させた。
ゴロゴロと音を立てて崩れていくユウキに対して、クラウドは叫ぶ。
「大丈夫か!?」
「う、うん。平気······」
背中を強く打ち付けられて地面に倒れ込んでしまったが、彼女は心配をさせないようにVサインを送る。
その間に、ゴーレムは回避行動で致命傷を避けたユウキを見つけ、再び無造作にその物理攻撃を振るう。
しかし、地面に腹を密着させている今のユウキでは、これ以上の攻撃は致命的となる。だからクラウドは、ユウキとゴーレムの間に割り込むように飛び込んだ。
「はぁぁぁああああああああああッッッ!!!」
ユウキの体に振り下ろされかけた巨大な拳をギリギリの所で、全てを断ち切るバスターソードを使って攻撃を遮断する。
しかし、ガキン! という音が響くだけでダメージは与えられない。
「何で斬れない!?」
バスターソードの切れ味は、硬い金属でさえも両断する威力を持つ。それなのに、目の前のゴーレムにはその攻撃が効かなかった。
あり得ないと思った。
いつもならこの程度の敵、すぐに斬り崩してしまえるのに。
「クラウドさん!」
その時、チャドリーがポケットから顔を出した。
ズボンのポケットにいるので、チャドリーはクラウドの耳に届くように結構な音声で叫びまくる。
「あの敵は現実的には作られていません! この世界を創造したシステム管理者がより強化して普通の攻撃、つまり剣の刃を通さないようにプログラムされています!!」
クラウドは眉をひそめる。
つまり、ゲーム上の仕様ということか。
散々現実に近付けるためによりリアルな世界を創造したくせに、今になって嫌がらせにも思えたそのシステムにクラウドは舌打ちをする。ラストダンジョンならまだしも、ここは街を出て数距離にあるところなのに、こんな強敵をフィールドに配置するなんて馬鹿げてやがる。
一応攻略できるように設定はされているだろうが、剣が効かないのでは話にならない。
ではどうしろと言うのか。
剣が効かないなら何で倒せと言うのか。
素通りしようにも、完全にゴーレムはこちらを敵視している。プレイヤーの上にあるアイコンに反応し、設定された動作通りに動く。見逃すなんてバカな真似はしない。
岩の巨人は敵NPCとして、あくまでも自動的にプレイヤーを排除しようとする。
そう、尚も近くで倒れていたユウキに。
「避けろッ!!」
「ッ!!」
ゴッ!! と腕が振り下ろされた。
ゴーレムは一度捉えた相手は見失わない。完全に叩きのめすまで標的にする。
空気どころか洞窟内全てを押し潰そうとするその拳は、ユウキの顔を正確に狙うコースだった。
「しま······っ!?」
体がまだ麻痺していて避けれないと悟ったユウキは、その一撃を前に小さく息を呑むが。
「ハアッ!!」
一撃が横切った。
瞬間、ゴーレムが真っ直ぐ放ったはずの拳は蛇のように横に逸れた。クラウドが放った一撃はどれもこれもが重い。
粉砕するには至らなくても、横に逸らすことは出来る。
振り下ろされるはずだった拳が軌道を曲げられたせいで壁にめり込み、粉砕された岩から巻き上げられた砂煙が洞窟内に漂う。
霧のように漂う砂の粉末が、巨人を起点に取り囲む。
うっすらと視界が悪くなった中で、クラウドのズボンから何かが飛び出してきたのが見えた。
「クラウドさん!!」
「!?」
急に現れたチャドリーに目を見開くクラウドだが、今はそれどころではない。
「こんな時に何だ·······っ!?」
「いえそうではなく、チャンスです!!」
疑問を浮かべたクラウドは訝しげにチャドリーを見る。
すると彼は、小人となった手を巨人に向けると、
「現在ここは洞窟内、しかもちょうど良く無風状態です」
「だからなんだ?」
「よく聞きませんか? 鉱山なんかで爆発が起きる事故のほとんどの原因は、その鉱山の中で削られた岩の微細な粉末が空気中に充満していたせいなんです。ちょうど今みたいに」
クラウドはその時悟った。
チャドリーが一体何を言いたいのかを。
「そこにわずかな火花や静電気といった微量な熱が加わると、どうなると思います?」
「······ッ!!」
にやり、と笑った。
ある意味、純粋な子供のように。
火というのは、燃え続けるために酸素が必要となる。それで可燃性の粉塵が大気中に浮遊した状態で着火すると、燃えるための酸素の燃焼速度がものすごい勢いで速くなり、最終的に爆発を引き起こす。
粉末が漂っている中で火を点けたことにより発生した熱は、さらに他の粉塵粒子の分解を促進し、次々連鎖的に可燃性の気体を放出させ空気と混合して発火、火炎と爆圧を伝播させていく。
その為に、堆積粉塵の存在する箇所は全部粉塵の爆発の被害を受ける。粒子の表面温度を上昇させる手段としては熱伝導だけでなく、遠くからの光や熱のような輻射電熱によっても発火することがあり、遠距離からでも熱を投げ込めば爆発を引き起こせる。
ちょうど今、
「どいてろユウキ!」
「ッ!!」
気付いた時には、クラウドはユウキを退げさせるために叫んでいた。
その声を聞いたユウキは何か策を思い付いたようなクラウドの顔を見て察し、縦に一回頷いて起き上がると、バックステップで引き下がっていく。
充分な距離まで離れたと確信したその時、クラウドのバスターソードにはまっている翠玉色の水晶玉が光る。
二つの穴にセットされている内の一つが光ると、その光は剣を通してクラウドの右手へと伝っていき、体全体を包み込む。
彼は剣を下へと向けると、左手を開けて上へと向け、
「······
クラウドの左手の掌から炎が噴き出した。まるで彼の手の中から火山が噴火したかのように、それは一瞬で燃え上がった。
彼は使い慣れているようにその現象に何の疑問も思わなかった。
一切の躊躇もなく、ゴーレムの巨体へと炎の渦を裏拳気味に空気を振り払う手振りで解き放つ。炎は激突と同時に膨らみ、閃光手榴弾のように辺り一面へ眩い光と炎を撒き散らした。炎が酸素を吸い込み、勢いを留めることなくゴーレムの身体に巻き付く。
ゴバッ!! という轟音が炸裂した。
凶悪な音が響き渡り、摂氏三◯◯◯度もの地獄の火炎がゴーレムの周囲を渦巻いて燃やし尽くす。
まさに火山の奔流、もはや爆弾。
爆音による閃光と、熱波による黒煙が吹き荒れる。クラウドの放った炎は鉄の巨人を完膚なきまでにバラバラに粉砕する。
「······ッ!!」
今までかろうじて人の形を保っていた岩の巨人は、クラウドが放った炎を受けた場所を起点に、まるで爆発するように飛び散った。大量に切り分けられた岩石は坑道内の天井近くまで吹き上げられ、それから重量に従ってゆっくりと落ちていく。
音のない断末魔を上げたゴーレムは土へと還る。
『炎』が封じ込められた結晶、『マテリア』の業火が解き放たれ、微細な粉末に点火した炎が辺り一面の空間を爆発して炎と熱風を撒き散らす。
衝撃波がクラウドとユウキの頬を叩き、風圧でよろめくが、それでも爆炎に巻き込まれる事だけは避けられた。
もうもうと立ち込める粉塵の烈風は、数秒も経たぬ内に消えていく。
クラウドが放った魔法、『ファイガ』に押し出された空気の余波は、この世界を長くプレイしているユウキにとっては見たこともない魔法だった。
「す、凄い·······ッ!!」
ユウキは見たこともないその魔法の威力に圧倒されていた。
本来、この世界の魔法は複雑な呪文を唱えなければならない。最低でも四行ほどの長い詠唱を唱えなければ魔法は発動しないのに、それをクラウドはたった四文字しかない言葉を呟いただけで跡形もなく消し去るほどの業火を放った。
一体どういうトリックなのか、ユウキには理解できなかった。そもそもクラウドの種族もよくわかっていないのに、炎属性の魔法を使ったこと自体驚きだった。
これほどまでの威力を少し呟いただけで放てる炎の魔法は、この世界にはまだ実装されていない。数文字程度で高威力を放ったクラウドのその技術に疑問を抱くが、
「無事かユウキ?」
対して、クラウドは既に危機は去ったとばかりにユウキの元へ歩いてくる。
何も言えなかったユウキはただ淡々と頷くことしかできなかったが、心の底からクラウドに対して興味を示すような眼差しを向けていた。瞳を輝かせて、その力の正体は何なのか興味津々だった。
クラウドの放った魔法の正体はわからないものの、その力はまさに圧倒的だった。
危機は去った。
全てを燃やし尽くしたクラウドの炎は、今もなお坑道内を高温に満たしている。
<><><><><>
空の色は相変わらず青色に染まっている。
危機的状況を脱したクラウド達は、無事に洞窟内を抜けることができ、てくてくと森の中を歩いていく。
「ずっと洞窟にいたから外の空気が新鮮だね!」
「······データの空気なんて所詮作られた紛い物でしかない」
「もー! 夢がないなぁ!!」
「······」
しまった、とクラウドはちょっと罪悪感が湧く。こういう時に限ってコミュ障が発動する。人との会話が五秒も持たないクラウドの話し方にユウキはまた頬を膨らませる。
クラウド的には普通に会話をしようとしているつもりだが、彼の言葉のチョイスに少し問題がある。問題ないように話してはいるものの、他人からしたら空気が読めてない発言と取られる。
そんなクラウドにムスッとしたユウキは、
「ねえクラウド!!」
「?」
「はい!!」
すると、何を思ったのかユウキはクラウドの前に出ると両手を上に上げてにっこりと笑顔を見せる。手のひらを顔らへんの高さに合わせて固定し、何かを待っている様子だった。
これは······あれか。
「······」
クラウドは少し渋い顔をする。
なんとなく、ユウキが求めていることがわかった。しかしどうしてもそのスキンシップはクラウドには合わない。何か恥ずかしいというか、抵抗があるというか。
「ほら! 早く早く!!」
そもそも何故それを今やらねばならない?
悩んでいるクラウドにユウキは手のひらを誇示するように爪先で立って急かしてくるが、どういう展開があったらそんな行動に出るのか説明してほしい。
と、ここでクラウドは思い出す。
「······あー」
そういえばさっき共闘したね。
しばらく経ってからその事に気付き、ため息を吐くクラウド。
「腕、疲れてきたかも~」
わざとらしく言うユウキはそれでも笑っている。
もう何もかも諦めたクラウドは、渋々ユウキの提案に乗ってあげる。
パン!
と、二つの手のひらが重なりあった。
「うん! よし!!」
「······」
にこっと笑うユウキにクラウドはどこか肩を落とすが、案外悪いものではなかったのは確かだ。
と、そんな調子でクラウドとユウキはテンションが噛み合わないながらも森の中を歩いていく。
木々が揺れ、突風が吹き上げるとクラウドはそれに釣られるように視線を上げる。その先には、目標地点である世界樹があった。周りにある木とは違って、天を貫くほどの高さがある巨木。
それがもう手の届く距離まで近付いていた。
クラウドの意識が世界樹に向いたせいか、会話が途切れた。
ずっと真剣に見ているクラウドに、ユウキは何か察したんだろう。
隣に合わせるように歩いていたユウキは、
「あ、もうこんな時間だ」
唐突に彼女はそう言った。
その声にクラウドは隣へと視線を移すと、ユウキがウィンドウを表示して時間を確認していた。
ユウキはこちらをくるりと振り返ると、
「ごめんねクラウド。ボクこれから予定があって、一旦落ちないといけないんだ」
「そうか」
クラウドとしては、こういう小さな女の子が長くゲームをプレイしていることが心配だったので、ちょっと安心だ。
ゲームは適度にプレイするもの。この先は自分一人でも何とかなる。心配はいらないから安心してログアウトして欲しいとクラウドは思った。
クラウドはユウキに無言で頷いて、別れの言葉を言おうとすると、
「だからさ、ここで一回ローテアウトしよ!」
「······???」
わけのわからない呪文にクラウドは首を傾げる。
あれ? ここでお別れではないのか? という顔をするクラウドに、ユウキは説明する。
「ああえっと、ローテアウトっていうのは交代で休憩することだよ。ここはまだ中立地帯だからね、ログアウトしてもアバターだけ残されちゃうんだ。そんな状態のまま、他のプレイヤーなんかに襲撃されちゃうとアイテムも全て奪われちゃうから、残った仲間が抜けたアバターを守るんだ」
「そうなのか」
「うん! クラウドなら安心して任せられるし、いいかな?」
言っていることの半分も理解できていないだろうが、要は守ればいいんだろうとクラウドは頷いた。
「ありがとう! じゃあ早くて数分、遅くなっても一時間くらいしたら戻ってくるから、それまでよろしくね!」
長い、という感想を抱く前にユウキはウィンドウを表示させてログアウトボタンを押した。その瞬間、ユウキのアバターは目を閉じ、横倒しに崩れそうになった所でクラウドに寄り掛かってきた。
クラウドは慌ててユウキの体を支え、倒れるのを防ぐ。
ユウキはぴくりとも動かない。意識は完全にログアウトしたようだ。
クラウドはユウキの体を傷つけないように、そっと地面に降ろす。彼女の体を寝かせると、このまま一時間守らなければならないということを思い出して周囲を警戒するも、辺りに人の気配はない。
そんな時、クラウドのズボンからもぞもぞとチャドリーが姿を現して、彼の顔の前に飛んでくる。
「クラウドさん。ユウキさんが戻られるまで時間がありますし、クラウドさんも少しお休みになっては?」
「いや、そんな時間は───」
「彼女は先程アバターを守って欲しいと仰っていましたが、周囲の状況を確認するためにここら一帯をスキャニングしてみたところ、この周辺には他のプレイヤーどころか敵NPCの反応も検知されませんでした。多少休んでもバチは当たりませんよクラウドさん?」
「······」
クラウドは無言だった。
何も言わず、ただばたりと仰向けに地面に寝転がる。すると、チャドリーもうんうんと頷くとクラウドのズボンに戻っていく。
神経を使いすぎたか、と気が抜けたのか緩んだのか、クラウドは大きなため息をつくと、隣に寝ているユウキを見て独り言を呟き始める。
「······よくわからない奴だな」
「何がですか?」
「······なんでもない」
チャドリーが聞いてくるも、クラウドはわずかに口角を上げてそう呟いた。
クラウドは思わずといった調子で笑ってしまった。
何故か彼女といると、退屈しない。『いつもグイグイと引っ張ってくる彼女との接し方』がわからない感覚が、どこか懐かしかった。
クラウドは『彼女の事』を思い出す。
(······エアリス)
彼女もユウキのように、活発な女性だった。
別に全てが一緒ってわけじゃない。でも、どうしてか彼女とユウキを重ねてしまう。ソードアート・オンラインが崩壊する直前に、再会できたのは奇跡だった。ずっと言いたかったことをようやく言えた。それだけで心が救われた気がした。
彼女には感謝しかない。
自分のその後を強く決定づけるほどの影響を与えてくれた彼女とどこか似ているユウキと一緒にいるのは、意外と楽しい。
「······」
少し寂しそうな息を吐いたクラウドは、ユウキが戻ってくるまでの間、昼寝でもするかと目をゆっくりと閉じる。
まさに、その一瞬手前の出来事だった。
「······ん?」
視界の端に何か映った。
輝く太陽を切り裂くように、何か得体のしれない影が上空を横切る。
「······?」
小さな点にしか見えなかったが、その数は三つ。
三つの影は、一直線に突っ切っていった。
その勢いよく通りすぎていく何かを眺めていると、
(······あれは!?)
そのシルエットに見覚えがあった。
二人の影に抱えられている者のシルエット。その姿はこの世界では珍しく、翅が生えていない。空を飛ぶことが出来ないのだろう、よって二人に持ち上げられて連れてかれている。
二人の姿はよくわからなかったが、抱えられている者の姿は確実に捉えた。
それは、黒い髪を腰の辺りまで伸ばした女性だった。格好も独特でタンクトップにサスペンダー、それにミニスカートを履いている。赤いショートブーツが目印となり、そこからあのシルエットが誰なのか特定できた。
見間違えるはずもない。
本来、この世界にはいてはいけない存在。
「······ティファ······ッ!?」
その存在に気付いた時には反射的に起き上がっていた。
かなりのスピードで飛んでいってもう姿は見えなくなってしまったが、飛んでいった方向だけはわかる。
世界樹から少しずれた地点に向かっているようだ。
それがわかると、彼はティファであろう人物を追って駆け出す。
······前に。
「······ユウキ」
寝かせているユウキをこのままにしておけない。
頼まれた以上、最後まで守り続けなければならない。しかし、目が覚めた時にどういうわけか違う場所にいることに戸惑う彼女の姿が目に浮かぶ。
だが、だとしてもやっぱり置いていくわけにはいかない。
クラウドは迷わなかった。
寝ているユウキを起こすと、脇を閉めて両腕を差し出し、ユウキの上半身と下半身をそれぞれの腕で分担する形で支え、腰を支点にして自分の腹の位置まで抱え上げる。
端から見ればお姫様抱っこをしているようにしか見えないが、幸いこの周辺には人がいない。
クラウドはユウキのアバターを連れて走り出す。
さっきのが見間違いでないのなら、ソルジャーの身体能力を最大限に活かして森の中を駆け抜け、一気にティファ達が向かったであろう方向へと走る。