時は遡って、別の場所での出来事。
この世界の時間は、というか二つを繋ぐ仮想世界の現実の時間は曖昧で、いつが過去なのか未来なのか、そして現在なのかわからない。
しかし。
牢屋の中で囚われていたアスナは、強引に入れられた鳥籠の中で必死に脱出方法を考えていた。
人の手では決して破壊できない、見た目的には普通の黄金の格子だが、強固にプログラムされたデジタルコードの、所謂ゲーム仕様状破壊不可能なように設定にされているのだ。
たとえ、どんな強敵でも、一撃で倒せるといわれている伝説の剣の破壊力をもってしても、その対象に当たり判定の設定がされていなければ、何の効果も発揮しない。
「······」
だが、彼女はついに今日脱獄を決意する。
彼女には、明確な計画があった。
いつも自分を猫撫でしてシステムを使って脳をいじくり、強制的に服従させようとしてくる下劣な男、
自身の父である彰三の後継者の座について、最高責任者としての権利を持ってして世界を手に入れるという、どこか馬鹿げた幻想を持つ男。
どっかのおとぎ話の悪者が抱く野望を持つ男の名は、須郷伸之。
もしくは、初めから自分のアイディアで構成しようとはせず、既存の作品であったソードアート・オンラインを複製して新しいゲームを作り出した二流科学者、妖精王のオベイロン。
あの世界のデータを手に入れて最新作を作るだけでなく、多数のソードアート・オンラインプレイヤーの意識を拉致し、記憶や感情の操作技術を研究している、とてつもなく下賎な野郎だ。
故に、奴は気付かなかったのだ。
この牢屋には、捕らえておくためとはいえ、アスナという女性のために美しく華麗な部屋にしたかったらしく、ゴシック調のベッドを支える壁には、大きな鏡が据えられている。
そこに映る景色は自分だけでなく部屋全体を映し出す。
それが、抜け穴となってしまった。
あの男は、アスナが逃げ出さないようにいつも牢屋にやって来て出ていく場合は、その扉の前にあるタッチパネルに決められた番号を入力して出ていく。
当然、中から外に出るのだから、タッチパネルに触れるあの男の姿はアスナの目にも映る。
しかし、そういうわけにはいかなかった。
そこだけは、ちゃんとしていたのか。
奴は、ゲームマスター権限で、彼女のアバターの瞳にある制限をつけた。タッチパネルを操作する様子を見せないように、視界がぼやけるようにしたのだ。
特定の展開で起きる異常状態。
それによって、彼女は脱出するための番号を知らずに今日までベッドの枕を濡らすことしか出来なかったわけだが、あることに気が付いたのだ。
そう、鏡だ。
部屋全体を映し出す鏡から、
そこに気付かなかった、もしくは考えてなかった須郷はやはり二流どころか三流だ。
鏡であるため左右反対で読み取るのには苦労したが、これで出ることができる。
今、アイツの気配はない。
アスナは脱獄する機会を伺って、その日が今だと確信していた彼女は、ドア目掛けて早足で歩いていく。
タッチパネルまで来たが、あの男の設定通り視界がぼやけて良く見えない。輪郭がハッキリとしないのだ。
しかし、手探りでなんとかどこに何のボタンがあるのかわかっていたアスナは、自力で開錠番号を押そうとする。
と、
そんな時だった。
「······え?」
どこかから、気配を感じ取ったのだ。
これは······足音?
「!?」
アスナはタッチパネルを操作する動作を止め、ベッドに寝るフリをして耳をそばたてる。目線はドアの方。目を僅かに開けて、寝たような格好にする。
内心、心臓が破裂しそうなほど鼓動が早くなる。
頬に汗を垂らしながら、心臓が引き絞られる。
寝たフリをするように努力するものの、緊張のあまりアスナの呼吸は荒くなっていく。寝息だと錯覚させようもするのにも必死な状況に、動機が余計に激しくなって、無性に喉が干上がって渇いていく。
そして。
そして。
聞こえてきた足音がゆっくりと近づいてきて、アスナが囚われている部屋の前で、
気付かれないように、寝たフリを全力で演じ切る。私は今熟睡中ですので、見回りご苦労様ッ!! と心で思いながら瞼を少しだけ開ける。
誰なのか確認したかったのだ。
半目だから良くは見えない。
着ている服も、背中に背負っている武器も。
目も、
鼻も、
口も、
髪も、
よくわからなかった。
なのに。
なのに、だ。
うっすらと見えたその姿が、『あの少年』に似ていたのだ。
(キリト君!?)
半目だったし、良く見えなかったからただの見間違いかもしれない。
しかし、似ていた。
そこに映る姿は昔とは異なっているが、髪色などが似ていたせいで多分見間違えたのだ。
真っ黒な服に、真っ黒な髪。
しかし、背の高さも違うし、雰囲気も違う。
それだけはわかった。
希望が見せた幻想。
だったのかもしれないが、彼女には愛したあの少年の姿のように見えた。見えてしまったのだ。
しかし、彼ではないということもちゃんと理解していた。
『······』
『男』は須郷ではない。そして、キリトでもない。
それだけは間違いない。
あのソードアート・オンラインでのイレギュラーな存在だと言われた『クラウド』の雰囲気にも似ていたが、彼とは全く違う何かを感じ取る。
しかし、目の前にいる彼は敵ではないと直感でわかった。
コミュ障で陰キャな彼らとは違って、その男には『陽気さ』という前向きな希望に満ちた気配がしたのだ。
すると。
一体何をしたのか。
「······ッ!?」
驚きのあまり声を詰まらせたアスナ。
牢屋の錆び付いた蝶番を軋ませながら開かれた扉の前に立っている男性は、扉の前に当てていた掌を離すと、ゆらりとした足取りで、アスナに背を向けた。
半目だったからよく見えなかったが、背を向ける際に見えた横顔。
その左頬に、『バッテン印の傷跡』が見えたのだ。
彼はまるで、役目を終えたとでも言うかのように、僅かに微笑んだ横顔を見せて部屋の前から去っていく。
歩いて、ものすごく高い場所に位置する世界樹の枝に刻まれた通路を躊躇せず、臆することなく、彼は進んでいく。
世界樹の本体とも言える場所を目指して。
「待って!! ちょっと待って!!」
アスナは寝たフリをする気などもうなくなり、跳び跳ねるように起き上がって躊躇いもなく牢屋の外へと抜け出す。
脱獄、という感覚はもはやなかった。
外へと出られたというのに、その喜びを感じる暇さえなかった。
見ず知らずの人が一体何の目的で自分を閉じ込めていた牢屋のロックを開けて、そして何をしようとしているのか。
そして、『貴方は一体誰なのか?』
それだけを知りたくて、彼女は去っていった彼の後を追うように世界樹の中心部へと走っていく。
<><><><><>
「ティファさん大丈夫!? 辛くないっ!?」
「うん······っ! 意外と、平気みたい!」
半透明な翅を羽ばたかせながらリーファがそう尋ねてきた。なので、素直に笑顔で答えてみた。
「全く、意味わからないな。妖精がモチーフのこの世界でティファだけ人間体アバターで、そんで翅すらないなんて·····」
「えっと······ごめんね。私のせいで、二人に迷惑かけちゃって」
「あ、いやッ!? 別にそういうつもりで言ったんじゃ─────ッ!!」
「キリト君ッ!!」
「ハイ! すんませんッ!!」
「もう! 無駄話はいいからちゃんと支えててよ!! 私達が手を離したらティファさんは真下に落っこちちゃうんだからッ!! 女の子は丁重に扱うんだよ!!」
「お、おう!」
女性を二人掛かりで抱えているキリトとリーファは、ティファの両脇にそれぞれ腕を通して飛んでいる。
二人の両腕だけが、この恐怖のアトラクションの安全バー。
手を離したら彼女は真っ逆さま。地面と激突した瞬間彼女の肉体は周辺に飛び散ることになるだろう。そんなグロテスクな展開にならないように、ティファは羽交い締めのような状態で両足をぶらぶらとさせながらとある地点を目指す。
「そんなことよりも二人とも、領主会談の場所まであとどれくらい?」
「あっ、そうだね。えっと······今抜けてきた山脈は輪っかになってて世界中を囲んでるんだけど、三ヶ所に大きな切れ目があって、『蝶の谷』って呼ばれる所で行われるらしいから─────」
リーファは飛びながら周囲を見渡して方向確認をすると、北西の方角へと方向転換して飛ぶように指示する。
「あっちだね!!」
「了解ッ!!」
ティファを落とさないように二人で息を合わせながら空を飛ぶのって案外大変な作業だった。
何故彼女達は領主会談の場に行こうとしているのか、それには複雑な理由がある。
このゲームは他種族同士が競い合い、領地やアイテムなどを奪って楽しむというスタイルのゲームだ。ラスボスを倒せばゲームクリアとかではなく、寄り道を楽しむ系のもの。
種族間のパワーゲームが繰り広げられるALOにおいて、種族の頂点にいる存在を討ち取ることは、この世界の頂点へと近付くのに最も適したやり方だ。
それを、やろうとしている種族がいる。
サラマンダー族。
一部からは最強の種族と言われている。理由はたぶん、色が赤いからとか、強みは力だからとか、一般の人が好きそうな要素が多く含まれてて、所謂多数派が多いから強く見えるだけ。選ぼうとする種族のこだわりが皆共通過ぎて人員オーバーしてる感じなんだろう実態は。
そんな、この世界での最大勢力と呼ばれる種族の軍団が、シルフとケットシーの領主会談を襲撃して、更に有利な立場になろうとするためである。
シルフとケットシーは同盟を結ぼうとしている。もしくは、既に裏でしていたのかもしれない。
そんな二つの種族が同盟を結んだりでもしたら、パワーバランスが一気に崩れ、最大勢力であるサラマンダー側は不利な立場へと落とされてしまう。
それを阻止したいのだろう。
それを聞いたリーファは、キリト達に事情を説明し、やれることは限られてるだろうが、リーファの種族であるシルフの領主“サクヤ”を救うためにロケットの如く空へと飛び出したらしい。
正直、キリトとティファは事の重大さをよくは理解していないが、仲間であるリーファが困っているのならば見過ごすなんてことはできない。
助け合う。
そう誓って組んだパーティーなのだから、助けに入るための理由なんて一々必要ない。
「もしサラマンダーの人達が襲いに来るならあっちからこっちに移動してくるわけだから······」
両腕を捕まれてて口と首くらいしか動かせないティファは南東から北西へと目を動かして。
「俺たちより先行しているのかどうか微妙な距離だな」
キリトが続くようにそう呟いた。
「とにかく急ぐしかないな。ユイ! サーチ圏内に大人数の反応があったら教えてくれ」
「はい! パパ!!」
少年のポケットから顔を出した小妖精がそう頷くのを確認し、三人は目的地に向けて加速していく。
<><><><><>
「あの人······一体どこに行ったの!?」
小声で、アスナはそう言った。
いや、単に歩き疲れているせいで声を出す気力がないから自動的に声が抑えられているのかもしれない。
アスナはあの後、どうやっても自力では開かなかった扉を開けた男を追って世界樹の内部を息を潜めながら走り続けた。
須郷の部下が彷徨いていないか、人の気配をしないか、あの『謎の男』以外の気配だけを頼りに、素早く体を壁から壁へと身を潜ませる。
世界樹の内部を言い表すのならば、マジで世界観に合ってないデザインだった。
実験室的な白い廊下が続き、それでいて薄気味悪いほど薄暗く、僅かな証明が歩きやすくするように通路を照らしている。
全体的に、青い。
青い証明が、世界樹内部を包んでいた。
外見と内部の違いに呆気に取られるアスナであったが、そんなことは言ってられない。早く、自分を閉じ込めていた牢屋から救い出した男を探し出してどういうつもりなのか問い詰めなければならない。
出来れば、その『謎の男』の気配だけを感じ取れれば良いのだが、須郷の部下も、その須郷本人の気配すらも感じない。
人手不足なのか、それとも警備をするための金がないから配置してないのか、なんかアイツのケチ臭さを感じ取って寒気がする。
あんな奴と結婚したら、一生お金について考えないといけなくなりそうだ。
それを考えるだけで悪寒がする。
絶対にあんな奴と結婚したくない、と。改めて硬く誓ったアスナは無限に続くと思われるくらいの通路を突き進む。
通路の他に、扉が所々見えたが、直感でそこは重要ではないと告げていたので入る気にはならなかった。
というか、そもそも自分にはそんな扉すら開く権利すらないのか、あちこち触っても全然反応してくれないのだ。
「うぅ······」
なんだこの待遇は。
と、アスナは落ち込んだように肩を竦める。この世界の管理者のお気に入りならもっと都合のよいステータスをつけてくれたっていいじゃないか。
許嫁とは名ばかりの実態は見ての通り、ただの鳥籠にいる鳥だったというわけか。その冷遇さに、再び怒りを覚えるのは至極当然なこと。
目的の人も見当たらないし、どこに行けば良いのかわからないし、攻略本でもあったら即購入するくらい現在行き詰まってイライラしている。
すると、
「!!」
アスナの視界に、『誰かの姿』が入った。
一瞬だったからわからなかった。
が。
確信はした。
(あの人だッ!!)
『
彼はとある部屋の中に入ったようで、入った瞬間に扉は閉められたが、アスナはその扉の前に貼られているポスターを見て呟く。
「データ·····閲覧室?」
それが何を意味するのか、アスナは唐突に理解した。
あらゆる意味が含まれた、データという単語の閲覧室。
おそらく、この奥にあるのは、あの須郷が進めている研究のデータ閲覧室だろう。ソードアート・オンラインから拉致したプレイヤーの意識も、ここに保存されているかもしれない。
「······ッ!!」
彼女は勇気を振り絞って、足を前へと一歩踏み出す。
すると、どういうわけかこの部屋だけ、アスナというアバターに反応したのか扉は自動的に開かれた。
その展開に驚きつつも、アスナは部屋の内部を見てさらに目を見開く。
その部屋は、壁すら地平線の彼方にまで感じられるほど広かった。白く、白く、白く染まった広大な施設。
壁に天井、全てが真っ白だった。
そんな中に、三百もの柱が均等に並べられている。正確に記録しやすくするように配置されているんだろう。
その中にあるのは、どう見ても一生目にすることはないであろうものだった。
脳。
脳そのもの。
「う······ッ!!」
人の内部にある臓物を目にしてなんだか胸焼けというか、胃が気持ち悪くなってくるアスナは、それでも耐えて息を呑みながらその部屋の内部へと足を進める。
人間の本能的に気色の悪いものに拒否感を覚えながらも、ついその脳らしきものに目を向けてしまう。
柱に付けられているグラフの画面には、まるで脈を測る心電図みたいなものが映し出されている。時折、その脈が早くなったりすると、英語で『pain』など、苦しむという意味が含まれた単語が表示される。
それで、アスナは理解した。
須郷が、一体どんな実験を行っているのかを。
「ひどい······酷すぎるわッ!!」
吐きそうになりながらも言葉にした想い。
許せなかった。ここで行われている研究は、そしてそれをしている奴の部下の研究者はこれを見て、面白おかしく記録をしているんだ。
この一つ一つが、人の記憶を。
人の命を削ってここに閉じ込められてるんだという罪悪感にも気付かないで。
「許せない·····ッ!!」
それを口にした途端、また視界の端に何かが映った。
「?」
そこにあったのは、他のとは違った柱。
造形が異なり、柱の上には何やら『緑色の水晶』が乗っけられている。
『水晶玉を固定している柱』
その下に、何かの『カードキー』が刺さっているようにも見える。アスナはついそれを引き抜いてしまった。
ここで行われていることを絶対に許さないという想いを抱えつつも、その『緑色の水晶』に興味を示しつつ、近付いてついそこに刺さっていたカードキーを抜いてしまった。
重要な証拠になるかもしれないという軽くも重い気持ちで引き抜いたわけだが、
すると。
ザザッ!!
と、世界が揺れた。
「!?」
アスナは驚きの目で部屋中を見つめる。状況が追い付かないのだ。
なぜなら、
周囲に、
「な、なに!?」
カードキーを抜いた瞬間、柱の上に備え付けられていた『緑色の水晶』から全周囲に向けて緑色のレーザーポインターのようなものが拡散されていく。
急な出来事に目を閉じてその次に目を開けてみると、そこは『宇宙』だった。『宇宙』が広がっていた。
アスナはいつの間にか白い部屋から、『惑星や小さな星が無数に配置されている空間』へと投げ出されていた。
地面を踏んでいる感覚は、ある。
あるのに浮いている気分がするのは何故なのだろう?
アスナは鋭い目で周囲を見回していると、『地球』なようなものが目前まで迫ってきて、大気圏に突入して視界が真っ白に染まった時、
『人はいつか死ぬ······死んだらどうなると思う?』
どこかから、そんな声が聞こえてきた。
『かつてこの星には、【古代種】と呼ばれる種族が住んでいた。星の開拓をして、地中に眠るエネルギーの存在に気が付いて上手く操っていた。独自の技術で加工し、活用して。そんな彼らの歩みをなぞるように、“私は”意識だけになっても研究を続けた』
まるで用意されたナレーション台本を読み上げるように、感情も特に込められていない、解説の声が。
『身体は朽ち、星に帰る。【意識】、【心】、【精神】、【記憶】。それら全て、星に帰ることになる。人間だけでなく、宇宙にいきるもの全て等しく』
「······」
『星に帰った精神は混ざり合い、星を駆け巡る。星を駆け巡り、混ざり、分かれると言われているそれを“ライフストリーム”と呼ばれるうねりとなる。それはすなわち星をめぐる精神的なエネルギー、ある種の道だ』
機械的な、『誰か』の録音された人間の声は続く。
『“精神エネルギー”······その祝福を受けて、新しい命は宿るとされている』
「なに? 一体何のことを言ってるの?」
理解できない、本当にどっかのゲームみたいな設定の説明に、頭脳明晰なアスナでさえも理解できなかった。
なんか、興味のないゲームの話を聞かされている気分だ。
しかし、ナレーションはお構い無く続けられる。
『それが、この世界の仕組み······
「!?」
機械的で台本を読み上げるように話していた声に、唐突に感情が籠る。
まるで、知りたがる子供のように。
『もしこの仮説が正しければッ!! 我々の知らない未知なる世界がいくつもあるということだッ!! それを証明するためには何が必要か、私はもう既に準備していたッ!!』
「な、何を言ってるの?」
『私が作り出したサイボーグに、奴に作らせたVR神羅バトルシミュレーター。それと、ライフストリーム。これらを合わせることによってネットに繋げることで、異世界の扉が開かれるという仮説を立てたッ!!』
「???」
『問題は、そこにいくには【意識】だけの存在にならなければならないということだ。つまり、【死ぬ】ということだな』
「!?」
『だがそんなことはどうでもいいッ!! 私は喜んでその可能性に賭けてみようと思うッ!! 新たなる可能性が見つかるならば、私は今進めている研究も同時進行でやりつつ、そしていつか死を迎えた時に異世界に行けるように、あのサイボーグに私の“全ての記録”を埋め込んでおいたッ!!』
「え? なに? どういうこと!?」
『あとは、時期が来るのを待つだけだ。私の計算が正しければ······もちろん正しいに決まっているのだが、セフィロスが死んだらその意識はライフストリームに溶け、今もなお【魔晄】が使用されているネットへと繋がって、異世界への扉を開いてくれることだろうッ!! そこからネットは混乱を及ぼし、チャドリーは問題解決のために動くはずだ。あとは、仮想空間に侵入した際に奴に埋め込んだ私の【意識の記録】を適正のあるアバターにアップロードして───────』
わけのわからない説明に理解できないアスナは頭が痛くなる。
今の説明を聞いて、理解できたかと言われたら全く理解できていない。
しかし、唐突に理解した。
これは、非常に危険な実験であると。
善にも悪にも転がりかねない、まさに『無限の可能性』というものを知った彼女は恐れを抱く。
よくわからないが、その恐れに嫌な予感を感じた彼女はこのことを誰かに早く告げなければという使命感を得る。
が。
その前に、そんな彼女を足止めするような状況が襲いかかる。
「え!?」
ノイズが走り、部屋全体が歪む。
体がすっぽ抜けるようにアスナの体が再び虚空へと投げ出される。そして、ぐにゃりと景色が歪みまたホログラムのような······違う、これは。
「
仮想世界の中で映し出された映像はさらにリアルだった。
質感、空気、肌触り。
仮想世界とは思えないほどの現実さに、違和感を覚える。
そしてまた、何の脈絡もなく。
ある映像が流れ始める。
「ッ!!!??」
見えた光景に、息を呑んだ。
壊れた都市。
頭上に真っ赤な隕石が落ちてくるような赤い空が輝いてるのを察するに、今起きていることは異常事態だ。
それにしても、やけにリアルだ。
まるで、
と、あるものに目が行った。
見慣れぬ都市が広がる中、隕石のど真ん中に立っているように見せている一人の『フードを被った男』。
気怠く、だらしなく両手を下ろして俯いてフードの陰に顔を隠していた。
そんな人物を捉えた時、陽炎のように唐突にその姿が揺らぎ、『
ソードアート・オンライン時代、そのゲームマスターのアバターを乗っ取って世界そのものを書き換えた『銀髪の男』
「あれは!?」
見間違えるはずもない。
どのプレイヤーよりも強く、圧倒的で、それでいて恐ろしい怪物。
その名を口にしたことはなかったが、今まさにその名を彼女の口から出そうとしたとき、
ザザッ!! と。
またノイズが走る。
そして、また景色が変わる。
今度映し出されたのは、アスナが現在住んでいる東京を象徴する六三四メートルの地上デジタル放送用電波塔がよく見える場所。
その真上に、さっきと同じ真っ赤な隕石が落ちてきていた。
「······ッ!!」
ぞわぞわと、それを見た瞬間両手の全ての指の先端から身体の奥深くへと不気味な何かが走り抜けていく。
街の広い範囲が、まとめて停電していた。しかし停電していても、周囲は全く暗くない。
むしろ明るい。
眩しすぎるくらいだ。
オレンジ色の光が瞬いていたが、それは隕石によって発せられる熱から起こされた、人を焼き殺すために放たれた莫大な地獄の炎だった。
まるで、『この世界もこうなる運命だ』とでも言いたげな現実映像に、アスナの体が小刻みに震え始める。
『『『『『うわぁぁぁあああああッ!!』』』』』
擬似的に作られた人々が逃げ惑う映像が映される。
アスナなんて初めからそこに存在しないように、認識していないように落ちてくる隕石の炎から逃げている人々は、アスナにぶつかる前にホログラムと化して通過していく。
だから今起きてるのは、現実ではない。
それはわかってるんだ。
けど。
わけがわからない。
一体自分は何を見せられているのだ!?
「なん、なのッ!!!??」
現実的すぎる映像に、理解が追い付かない。
見知った街が、隕石によって焼かれている。それだけはわかる。
遠くに見える東京都庁も、数々の高層ビルも、熱を纏った竜巻によって真っ赤な天空へと崩壊して巻き上げられていく。
でも、何故そんな映像が流れてるのか理解できない。どこから何を考えたら良いのかもわからない。
今まさにどうにかしなくてはという思いだけが頭の中で響き渡る。被害や災害で失われていくものを連続的に見せられて、彼女の精神は不安定になっていく。
一歩一歩退がって、自分も逃げようと足が勝手に後退していく。
すると、
『······フッ』
「······ッ!!」
背中から悪寒がした。
あのスカイツリーが熱波に押し倒されて崩壊した瞬間、背後に猛烈な殺気を感じた。
背中に当たる直前だった。背中合わせになっているような構図で、二人の長い長髪が強烈な熱波によってなびく。
感じたことのある気配。
実際に味わった絶望。
その思い出を呼び起こすように、『銀髪の剣士』は嘲笑を注ぐように言う。
『······お前は、無力だ』
「ッ!?」
『······何故なら』
鼻を鳴らして、非力で何も出来ない少女を憐れに思いながら、更に深い闇の底に落とすような絶望的な一言を聞かせる。
『······ただの“人形”だからだ』
結果。
「やめ、て······やめてぇぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」
見たくない現実に、目を背けることになってしまった。
『最悪な未来』から目を逸らし、アスナは全ての真実を無理矢理に否定して心の安定を得ようとしてつい大声で叫んでしまった。
だから、こうなってしまったのは仕方なかったのかもしれない。
「おい、なんか女の悲鳴みたいなん聞こえなかった?」
「······っておい!? あれ須郷チャンが世界樹の上で囲って閉じ込めていた娘じゃ······ッ!?」
「······え? マジ?」
「ちょ···っ!! ボスに連絡してくるから、お前早く捕まえろッ!!」
「へいへい」
必死に目を逸らそうとした彼女の背後から、ヌメっとした声が届いた。
耳を塞いで目を硬く閉じて縮こまっているアスナはそれに気付くこともなく、彼女はそのまま気持ちの悪いナメクジの灰色の触手にびしりと巻かれて捕らえられてしまった。
捕らえられた、という表現はちょっと違うかもしれない。
まるで、精神異常を起こした患者を取り押さえるように、ナメクジの触手はアスナの身体に纏わりつく。
<><><><><>
「全く、須郷チャンのお気に入りの娘が逃げ出してたと知ったらどうなるか、想像するだけで怖いなぁ~」
ナメクジの一人は意識を別の空間へと移動させている最中、悪態をつくように小言を囁く。
だって、あの人は部下には一切容赦しないパワハラ上司だ。逃げ出してたと報告したら、どんな処分が待っているのか。
「つか、様子から見て完全におかしかったし。どう見てもあのプレイヤー達の脳が並べられている部屋を見たってことだよな? 実際そこいたわけだし、俺だってあんなの見たら気色悪くてゾッとするけど······あそこまでなるか? 女性だから生理的に受け付けないとか?」
なんにしても、それをあの上司に報告しなければならないなんて······考えているだけで更に寒気と悪寒がする。
重要な研究室を見られたのと、少女の脱獄。知ったら多分ぶちギレるんだろうなぁ~、と半分諦めかけた顔をして落ち込みながら空間のトンネルを抜けていく。
と、空間から空間を抜けていく最中。
「んあ?」
視界の端に、何かが通り過ぎた気がした。
普通空間を通り抜けるなら、自動的にロードが挟んで身体は勝手に動くはずなのに、通りすぎた“それ”は平然と歩くようにナメクジの隣を通り過ぎていった。
その先にはどこの空間に繋がってるのかはわからないが、ナメクジはその人物に見覚えはなかった。
「······え!? 侵入者!?」
またややこしくなりそうな事態が起きた。
これも報告すべきなのかどうか悩むが、一応話してみた方がいいかもしれない。
だって、社会人の基本でもある『ホウレンソウ』もできないようじゃ、更にあの上司は容赦しないだろう。ブラック企業の社長って、どうしてそんなにも人に当たるのが好きなのか、全く理解できない。
何にしても、まずは報告が優先だ。
世界樹の上に閉じ込めていた『女の子』が勝手に抜け出してたことと。
報告を告げるために向かう空間を通り抜けている最中に、『
しかし、一体誰だったのだろう?
こちらを見ることもなく、平然と廊下を歩くような様子で通り過ぎたあの『銀髪の大男』を雇っているなんて話、ボスから聞いたこともないし。
不確かな情報でも、やはり報告はすべきことは報告するべきだろう。
じゃないと、またどやされるんだから。
<><><><><>
その世界の料理は一体いつ作られた文化のものなんでしょうねー、と笑いながら切り刻んだ一口サイズの肉を食べる下衆男。
長身をダークグレーのスーツに身を包ませ、やや面長の顔にフレームレスの眼鏡が乗っている。薄いレンズの奥の両眼には、野心に満ちた笑みが宿ったように細かった。
須郷伸之。
現実の世界では奴の姿は本当にどこにでもいそうなサラリーマンみたいな格好だった。
第一印象だけ見れば、単なる一流サラリーマンが豪華なレストランで食事をしているだけに見えるが、この世界の肉の味を知ったこの男は、気色悪く口の両端を吊り上げて笑う。
「どの世界でも、やはり肉というのは共通の味のようだ。あんまり大したことなかったなぁ」
あまり好みの味ではなかったのだろうか?
満足そうでない表情の須郷は、それでも一応食事のマナーに従って残さず食べることを誓う。肉を咀嚼する回数が少ないことからかなり柔らかめに作られた高級肉だと思うのに、彼はそんなことに興味を示さない。
「······それにしても」
須郷は皿に乗っけられたステーキを一口サイズに細かく切り分けながら、
「
もはや呆れたような調子で辺りを見回す須郷は、他人視点から見たら異様な発言をしている。
何言ってんだコイツ? と変な目で見られないのは、高級レストラン故に客が少ないからだろう。
どうやら地理的にこの場は貿易話やら企業案件やら、仕事の交渉場所として一流企業の社会人が活用する店らしく、スーツに身を包んだ者達がそこらに見かけられる。
人に聞かれたくない話の場合は個室へと案内されるが、須郷は窓際の、大勢の客が入れる場所を自らの意思で選んだ。
彼の目的は料理や仕事のことではない。
『この世界のこと』を知りたかったのだ。
窓の外を眺めてみると、高層ビルがいくつも立ち並び、地平線の向こうまで家らしきものがゴミのように散乱している。
『荒廃した大地』は見当たらず、自然にも恵まれているような街を見ると、どういうわけか食欲が湧いてくる。
「ライフストリームといったものはなくぅ······精神エネルギーという概念さえもないのかぁ? ま、それはつまり『星の命』を借りずとも科学が進歩し続けているとも取れるなぁ」
と、割とポジティブな思考で世界の価値観を見直した時だった。
ポケットの中にはあった携帯電話が小刻みに振動していた。須郷はせっかくのプラス思考をマイナスにされたことにため息をつき、だるそうにしながらポケットに手を突っ込んで携帯電話を取り出す。
「全く、せっつかれる私の立場も察してくれないのか·····
などと他人事みたいな台詞を含ませてスマホの電源を入れた須郷は、小さな画面に表示されている受話器が描かれた着信ボタンを押して耳に当てる。
食事をする場で電話に出るのはルール違反になるのだろうが、客も少ないし文句を言う奴もほとんどいないだろう。
普段なら社会人スタイルできっちりとした形で対応するのだが、どういうわけかこの時の須郷は本当に気怠そうに首を傾けて電話に耳を押し当てている。
『あ、えっと······ボス?』
「···················」
間が長い。
須郷は部下の声に不快に思いながら一度電話を耳から遠ざけ、はぁ~とため息をつくと、極めてめんどくさそうな口調で応えた。
「······なんだね?」
『えっと、その······非常に申し上げにくいことなんですが』
「いいからさっさと話してくれぇ、私は君らと違って時間を無駄にするようなことだけは避けたいんだぁ」
『えっと······ボス、ですよね?
「ほら、用件を言いたまえ」
口調に違和感を感じた部下が間違った番号にかけちゃったかな? と一瞬疑って本人なのか聞いてみたところ、彼は何の問題もなさそうに平然とした態度で、そして相変わらずめんどくさそうなゆっくりとした話し方で電話相手の話を聞く。
『あ、あの······ボスが世界樹の上の鳥籠に閉じ込めていた娘なんですけどね、どうやったのか逃げ出してしまいまして······』
「······娘?」
『あ、もちろんちゃんと捕まえましたよッ!? 今同僚が逃がさないように取り押さえてますから』
「········」
少しの沈黙が続く。
その間に冷や汗を掻き出した部下は恐る恐るという感じでどうすべきか聞いてくる。
『ど、どういたしますか?』
「ほう~」
『え?』
「彼女、自力で脱出したのか。それは、それは、なるほど。ということは、つまり────」
ぶつぶつと呟き、その声は電話のマイクに拾われるも相手先には届かない。何の内容を話してるのかわからなくなってきた部下は、余計に不安になってつい強い口調になって問い詰めた。
『ボス? あの、本当にボスなんですよね? さっきから独り言が多いですけど、どうしたんですか!?』
「いやね?
『は、はあ?』
「まあ、いい。彼女もいずれ良い研究材料になり得るだろうし、一先ずすぐにラボの上の牢屋に戻して、ドアのパスを変えて二十四時間態勢で監視しておきたまえ」
『え? それだけですか?』
「他に、なにか問題でも?」
『い、いえ。なんかいつもと違って随分と落ち着いてるなぁって思って······あ、いえ! なんでもございませんっ!!』
一瞬、不吉な予感に囚われていた部下だったが、思ったよりも冷静な対応をする須郷に慌てて首を振って謝罪する。
し、失礼しますという一言で電話が切られそうになる瞬間、
「あ~そうそう」
『?』
「君達にはわからないだろうが、
『え? はい?』
「まあ要するにだ、余計なことだけはしないでくれよぉ?」
須郷が呆れたように言うと、彼はほとんどなげやりになった調子でそのまま電話を切った。
切って、須郷伸之は。
いや·····
この世の全ての物に興味を示すように。
ニチャア、と下品に嗤って。
窓の外の光景を楽しんでいた。
<><><><><>
───────彼は悔しかった。
ガシャン、と音を立てて鳥籠の格子戸が閉められて、ヌメヌメとした触手がドアロックのナンバーを変更して操作すると、うねうねと動かして手を振って別れを告げていた。
そんなナメクジに、彼女はそっけない態度で背を向ける。
───────せっかく、助け出したのに。
生前、愛していた『彼女』と同じような状況に陥っている少女を助けたくてこの世界に不安定ながらも肉体を得られたというのに。
───────今、彼の体を内側から激しく急かしているのは、タイムリミット。
ここにいられる時間はあまりない。
そもそも、ここにいること自体奇跡といっても良いくらいの存在なのだ、彼は。
クラウドやティファと同じように妖精の姿ではなく、『人間』としてこの地に降り立っている彼には、かつて『夢』があった。
──────『英雄になること』
その想いを受け継いだ人に、また託すしかない。
自分が出来るのは、今はもう、彼女を見守るくらいだ。
この世界にいられる時間は曖昧で、時々ノイズのように消えたり現れたりする。そんな幽霊みたいな存在に出来ることなんて······ない。
───────だから、こうした時に真っ先に浮かぶのは、やはり『アイツ』だ。
───────たとえソルジャーになれなくても、決して希望を捨てずに強敵に立ち向かった『アイツ』の立派な姿だ。
───────もちろん、彼にまた使命を押し付けたくはない。
───────しかし、もう頼れる人間は『アイツ』しかいない。
『想い』を背負って、かつて自分も憧れた英雄を討ち倒した『アイツ』になら、彼女を助けられる。
このような陽炎のような状態で、最速で頭をプラスの方向へ切り替えさせる台詞は何か。あやふやな存在で、どこにでも現れ、どこにでも消えることが出来る存在となっている彼が今出来ること。
───────彼は反対側の格子まで歩いて疲れ果てたように頭を押し付けている彼女に、囁くように、幻聴のように、彼は言う。
『夢を抱き締めろ』
「······え?」
『そしてどんな時でも·······アンタの誇りだけは、絶対に手放すな』
少女はその声を聞いて、周囲を見渡した。だが、その声の主らしき人はどこにもない。いつもと変わらず、無機質な鉄格子が彼女を逃がさないように囲んでいるだけだった。
「······」
しかし。
そのたった一声で、アスナは希望を持てた。
アスナは手に持っている『銀色のカードキー』に視線を移す。
脱獄した際に手に入れた、唯一の希望。
それを抱き締めながら、手放さないようにしっかりと握りながら誓う。
「私、負けないよ······キリト君!!」
<><><><><>
一方その頃。
街灯の明かりも、方位を表示する看板すらない森のけもの道を、一人の人間アバターは走っていた。
紫髪の妖精少女を抱えたまま走る、自称元ソルジャーのクラウド。知らず知らずのうちに、結構重たい使命を勝手に背負わされた青年。
彼の腕の中には安心したように目を閉じているユウキがいるが、意識はそこにはなく、ただ彼女のプレイヤーアバターを預けられている。
彼は彼女に預けられたアバターを落とさないように慎重に突っ走っているのだが。
「はぁ···はぁ·········どっちに行った?」
さっきから同じ風景ばかりが続いていて、今自分が何処にいるのかさえもわかっていない。
彼は、見覚えのある女性を追いかけて深い森の奥へと足を運んでしまった。方向はあってるはずなのに、目印となるものがなにもないからマジでここはどこ状態である。
「クラウドさん·······もしかして」
と、ポケットから顔を出した小妖精となったチャドリーが、少し罪悪感を抱えながら、それでもクラウドに問いかける。
「······方向音痴、なんですか?」
「ッ!!」
それを言われた途端、クラウドの胸に何か鋭いものが刺さった気がした。同時に、ぐはっ!? という腹を殴られたような痛みまでやって来た気がする。
クラウドはソルジャーを自称していたものの、本当はただの一般兵。
単独行動は許されず、団体で動くことで敵戦力を無力化するのが任務だったことが多いから、一人で動くとなると案外道に迷いやすいのだ。
だったらなんで現実世界で運び屋なんてやってるのかと聞かれたら、そりゃカーナビつけてるんだし何の問題もない。
しかし、ソルジャーを自称していただけあって、クラウドはチャドリーが言ったことをどうしても否定したいらしく、現場慣れしているという体で対応する。
「モンスターに出会さないように最適なルートを決めて進んでいるだけだ。ユウキを抱えて守りながら戦うのはできるだけ避けたい。それに、このまま行けば森の出口にいずれたどり着く」
「······」
何も言わないナビゲーションピクシー。
自分の直感を信じろ。地図はないけど、心の声に従えば必ず目的地にたどり着ける。
なんて情けない部分を見せないため、強気な態度で誤魔化すクラウドだったが、
ドゴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!
腹に響く、凄まじい轟音が炸裂した。
まるで隕石が落ちたような衝撃音。尋常ではない爆音に大気まで揺るがす。
音の震源地は、すぐ近く。
「あそこか!!」
クラウドはさっきのやり取りをなかったかのように走り出す。チャドリーもいつの間にか彼の肩に乗っかっており、先程の発言を無言で取り消した。
音がした方角へと目指すクラウドは、まるで軍馬の如きスピードで走り出した。