全面戦争が勃発しそうになった原因は、シグルドと呼ばれるシルフ族の一人が裏切ったからだ。
彼の事を一言で現すならば、強さを求めすぎたプレイヤーだ。単純なプレイヤーだけの力じゃない、権力という目に見えない力まで求める、独裁者主義の思考を持っているプレイヤーだ。
故に、シルフという弱くも強くもない勢力の種族で要職に置かれ続け、雑用に似たことばかりやらされて不満ばかりが溜まっていって、この世界で一番の勢力であるサラマンダーにすればよかったと悔いてしまった。
グランド・クエストを一番に達成するのはサラマンダー族だとも言われるほど、サラマンダー達は強く、そんな状態になることが許せなかった。無限に飛行できる翅を手に入れた奴らが自分達を見下して、自分達は悔やみながら空を見上げることになる。そんな光景になるくらいならということで、彼はサラマンダー側に寝返ったらしい。
「でも、だからってなんでサラマンダーのスパイなんかやったのかな? シルフである以上、サラマンダー達に混じってグランド・クエストをクリアしても無限飛行できるようになるのはサラマンダー族だけなのに」
目覚めたばかりのユウキがサクヤにそう訊ねる。
彼女が一時間ログアウトしている間に何が起きていたのか、一体どうしてクラウドはその領主会談襲撃の場で大暴れしたのか、状況を把握するために、シルフ領主であるサクヤとケットシー領主であるアリシャ・ルーに話を聞いていた。
ユウキの他にも、シルフ関係者のリーファも話に加わって聞いている。
「確かに、サラマンダーに寝返ったとしても、結局シグルドには何のメリットもないと思うけど」
「恐らくだが······」
「「?」」
「もうすぐ導入される『アップデート五・◯』の事を聞いているか?」
「「······」」
二人は顔を合わせると互いに首を振って否定する。
「聞いた話では、そのアップデートでようやく『転生システム』が実装されるという噂がある」
「「!!」」
「だから、奴がサラマンダーに寝返った理由はそれだろうな。転生するにしても、巨額なユルドが必要らしいが、領主の首を差し出せば転生させてやるという話に釣られてスパイとなった、といったところか」
何とも言えない空気が周囲を満たす。
誰もが夢見る、飛行限界時間という枷から外れて自由に飛び回りたいという欲。それに今一番手が届きそうなのがサラマンダーだ。
だから、近々転生システムが導入されたらサラマンダーへとアバターを切り替え、種族の頂点『アルフ』に生まれ変わるという野望を抱えていたようだ。
リーファだって、そのためにシルフ一の実力と言われていたそのシグルドという人のパーティーにも参加して熱心にクエストをこなして金を稼いだり、それら全てを彼が管理している執政部に上納してきている。
もしかしたら、そのお金を使って転生する予定だったのかもしれない。
一人の男が立てた転生計画。
そんなもののために、三つの種族間で戦争が起きようとしていた。
「プレイヤーの欲望を試すゲームなんだなぁ、ALOって」
ユウキのその冗談混じりの言葉に、隣にいたリーファとキリト達がつられて笑いながら言った。
「ホント、デザイナーは嫌な性格してるに違いないぜ」
「これ考えた人ちょっと最低だね、ゲーム性はいいけど」
その様子に、サクヤ苦笑しつつも応じる。
「さて、そうと決まったら······ルー」
「ハイ?」
「確か前、闇魔法のスキルを上げて『月光鏡』という魔法を得たと言っていたな?」
「うん、言ったネ」
「じゃあ、それをシグルドに向けて頼む」
「え? いいけど、まだ夜じゃないからあんまり長くはもたないヨ?」
「構わない、すぐ終わる」
サクヤはそう言い放ち、アリシャが一先ず両手を上げて詠唱を開始している最中、美貌の為政者は笑みを殺し、冷酷な声で独り言のようにこう呟く。
「部下の尻拭いをするのも、領主の務めだ」
<><><><><>
結局、そのシグルドさんとやらはどっかに放り出された。領主の権限によって領地から追い出され、今頃路頭に迷っていることだろう。
可哀想だが、自業自得だ。
そもそもそんな小物のことなど一々気にしてられない。この件はこれでもう良しとしよう。
「私の判断が間違っていたのかは次の領主投票でわかることになるだろう。とにかく、だ」
サクヤは左手を振って追放するための手順を終わらせるとシステムメニューを虚空へと消し去り、リーファに向けて笑みを浮かべた。
「礼を言わせてくれリーファ。執政部への参加を頑なに拒み続けた君が救援に来てくれたのはとても嬉しかった」
「あたしは何もしてないよ、お礼ならキリト君達にどうぞ」
「そうだ! 君は一体·······?」
領主二人が、今回の戦闘の主役であるキリトとクラウドの方を向くが、一先ずクラウドは置いといて改めて首を傾げながらキリトを見つめる。
アリシャがまずキリトにこう尋ねた。
「ねェキミ。スプリガンとウンディーネの大使って·······本当なの?」
その言葉に、キリトはニヤッと笑って左腕を腰に当てて、顔の前でワイパーのように右腕を振って答える。
「全然、大嘘。何もかもデタラメ」
一切悪びれずに放ったその一言に思わず絶句する領主二人。
「全く、無茶な男だな。あの場でそんな嘘を堂々と大声で叫ぶとは」
「でも、そんな嘘つき君にしては随分強かったよネェ。あのユージーン将軍にトドメを刺すなんて·······そんなユージーン将軍を一方的に叩きのめしてたあの人も凄いけど」
そう言って、アリシャだけでなくキリト達全員が後ろを振り向く。
そう、ユージーン将軍を打ち倒したのはキリトだけの力ではない。唐突に乱入してきた、あの金色のツンツン頭のクラウドの力もあって勝利できた。
そんな当のクラウド。
必死に揺さぶっているティファの前で、魂が口から半分抜け出ている状態だ。いくら揺すっても反応がなく、冗談抜きで心臓が止まりかけている。
「クラウドごめんッ!! やり過ぎちゃったッ!! お願いだから目を覚ましてッ!!!??」
ぐったりと力が抜けてずぶ濡れになっているクラウドの手足。顔は真っ青に染まっていた。瞳は開いているとも閉じているとも取れず、少なくとも白目向いてるのだけはわかる。
ソルジャーの身体能力を持ってしても防げない彼女の攻撃力。
それを味わったクラウドの意識は本当に今何処にあるのかわからない状態だ。
仮想か、現実か、二次元か、異次元か。
何にしても全然目を覚まさないクラウドにため息をつく音が聞こえた。
シルフの領主のサクヤだ。
「すまないが、少しどいてくれるか?」
「え?」
クラウドの元まで近付き、寄り添うようにして彼の体を必死に揺さぶっていたティファの手を止めると、少し移動してもらい、サクヤは両手を掲げて詠唱を開始した。
聞き慣れない単語を唱えるように言うと、ぐったりと動かないクラウドの体から、薄く淡い光の玉がふわりと舞った。回復の祝福を彩るように緑色に光る玉は蛍の群れのようにも見える。それらの光は傷ついた部位に潜り込んでいき、クラウドの傷を癒す。
サクヤが詠唱を終えて一息つくと、立ち上がって一歩下がる。
「これでもう、大丈夫なはずだ」
そう言った直後、
「······うッ!!」
クラウドの意識は少しだけ断絶していた。
滲むように戻った意識は、次第に軽くなっていき、ハッキリとした景色を映し出す。
もはや見慣れた景色だ。
草の匂いを感じ取ってまだ屋外にいることを認識させる。自分はぶん殴られて、空中へと投げ出された際に意識を失ったからその後何があったのかよくは思い出せない。
そんなクラウドの耳元に、
「クラウドッ!!」
そう言ったのは、仮想空間で二年間も過ごしてきたためずっと会ってなかったティファだった。彼女はクラウドが目を覚ましたのを確認すると、思わず目尻に涙が浮かんできた。
「······ティ、ファ·······」
起きたばかりだからか声は不安定で、横隔膜の制御ができず正確に彼女の名を呼べなかった。クラウドは起き上がろうとしたが、体が思うように動かなかった。
傷が深いとか、そんな理由じゃない。
なんというかこれは、安堵したことによる疲れの芯のようなものが完全に全身から抜けきったような感覚である。
クラウドが慣れない感覚に戸惑っていると、
「ようやくお目覚めか、クラウド」
まるで旧知の仲のように自分の名を呼ぶ声が前から聞こえてきた。その隣には、見たこともない金髪の少女と、一緒に同行してきた仲間のユウキがいた。
二人を置いてクラウドに近付いてくる少年の名を、クラウドは知っている。
「······キリト」
昔と全然違う姿でも、彼はすぐに誰なのかわかった。
全身漆黒の装備で、ボイスもそのままで、ほとんどあの時と変わっていない。良くて髪型と耳が尖ってるくらいだ。
彼のその容姿を見て『尊敬していた親友』を思い出して、どこか懐かしさを感じるクラウドに、キリトはニヤッとわざとらしく笑って、
からかうように、
試すように、
こう聞いてきた。
「
<><><><><>
その夜、
領主との話し合いを終わらせた後、クラウド達は近くの宿屋でキリト達と共に泊まり込み、話し合った。
一つの部屋に、五人。
ナビゲーション・ピクシーを入れたら七人。
クラウドは、これまでの自分に起きたことを仲間達に語って聞かせた。
クラウドの生まれから、世界、歴史、経験、価値観、ありとあらゆるものを全て打ち明けた。
そして、何故ソードアート・オンラインに迷い込んだのか、何故今度はアルヴ・ヘイムオンラインに迷い込んだのかの経験を。
淡々と。
要所、要所のみをかいつまんで話したが、
その憎悪と復讐。
死と別れ。
絶望と後悔。
人間と化物。
精神と記憶。
自分とセフィロス。
キリト達には到底理解できない常識は、聞く者達全員を、絶句させた。
「······これが、俺がソードアート・オンラインに参加した経緯だ」
「「「「·······」」」」
「そして今、俺はこの世界から抜け出すために世界樹へと向かっている」
自分達とは違う世界の住民だということは、既に茅場から聞いていたキリトであったが、クラウド本人から聞いて改めて驚愕する。
ティファにも聞いたが、何故クラウドがソードアート・オンラインに参加したのか、何故ALOにまでいるのかまではわからなかった。
しかし、彼のナビゲーション・ピクシーであるチャドリーが説明してくれた。
「このALOという世界は、『ソードアート・オンライン』のサーバーをコピーして作られた世界です。基幹プログラム群やグラフィック形式、その他諸々全て完全に同一で構成されており、ソードアート・オンラインのプログラムをそのまま持ってきたからクラウドさんまで連れてこられた、という仮説を立てました」
「それってつまりは、一種のバグということでしょうか?」
「恐らくそうだと思います。故にクラウドさんは現在、ソードアート・オンラインのプレイヤーデータを引き継いでここにいますから、SAO時代に組み込まれていたシステム、『ログアウト不可』が継続された状態なんです」
同じナビゲーション・ピクシーのユイの問いにそう答えるチャドリーは、その解決策を語り始める。
「そんなクラウドさんをこの世界から脱出させるためにまず必要なのは、世界樹にある『データ閲覧室』という所にたどり着くことです。そこにたどり着ければ、クラウドさんのプレイヤーデータを見つけて、正常なデータに戻すことができます。今クラウドさんが人間体として存在しているのが、バグの証です。普通ならこの世界にやって来たら世界観に合わせるためにコンピューターが自動でアバターをセッティングしてくれますが、クラウドさんはSAO時代の姿のまま、そしてティファさんまでも人間の姿のままです。これは、明らかにイレギュラーな事が起きている証拠です。一刻も早く世界樹に向かうことを推奨します」
解決策を述べたチャドリー。
しかし、その話についていけてないものも当然いるわけで。
「えっと······話の腰を折るようでなんだけど。クラウドさんとティファさんは別世界の人間で·······? クラウドさんは······『星の力』と『わけのわかんない細胞』を埋め込まれて·······? なんやかんやあって·······星を救った!?」
「いろいろ衝撃の事実が山盛りで処理しきれないよッ!! どういうことクラウドッ!?」
こうなるのは当然である。
リーファは頭に熱が籠るくらいに働かせてるが、目を渦巻き状に回転させているためほとんど理解できてないみたいだ。
ユウキも頭を抱えて重くなった頭脳を支えているが、状況を良く呑み込めていなかった。
だからあまり話したくなかったんだ、と改めて思うクラウド。
別世界の事を話すのは多分カオス理論的にまずいわけで、価値観の違いから予測不可能な事態が発生するかもしれないから出来ることなら話したくなかった。
しかし、どうやらティファがキリトに話してしまったらしい。
ある程度だから、クラウドが何故ソードアート・オンラインに参加したのかとか、どうやってその力を得たのかとか、これまで経験してきたことまでは聞いてなかったらしい。
良い機会だからこの際全て打ち明けようと思ったが、やはり現場は混乱しているご様子だった。全てを理解してほしいなんて思ってなかったが、まさかここまで混乱してしまうとは。
だが、
彼はどうしてもこれだけは言っておきたかった。
「まずは謝らせてほしい」
「「「「「「!?」」」」」」
「俺とティファ、チャドリーが異世界から来たことを隠していたことについて。何の確証もないから説明できずにいて、黙ってる形になっていたことに対して········本当にすまないと思っている」
頭を下げるクラウドに、皆動揺する。
しかし、すぐに顔を戻したクラウドは改めて決意を語る。
「でも、俺が持っている情報は、使えるか使えないかは別問題としても、なるべく共有しておいた方がいいと思ったから、今ようやく、話すことが出来たんだ」
「「「「「「······」」」」」」
「結局、何が正しくて何がおかしいのか理解するのは難しいかもしれない。俺達自身も良くわかってないことばかりだし、この世界のことだけじゃなく、キリト達の世界のことも」
「······確かに」
キリトが顎を擦りながら頷く。
「一つだけ確かなのは、価値観の違いからパワーバランスが崩壊しているのはもうわかった」
「!」
「クラウドやティファ達の戦い方を見て確信したよ。『こいつらは俺達とは違う』って」
「「!?」」
「誤解しないでほしいんだけど、だからと言って俺はクラウド達を差別とかそんなひどい扱いはしない。むしろ、仲間として迎え入れたい」
「「······」」
「その上で、忠告しておきたい。余計なお節介かもしれないけど、クラウド達の『その力』、そして『異世界からやって来た』という事は、今後はどちらもあまり他者に口外しない方が賢明かもしれない」
キリトのその言葉に、沈黙が降りる。
彼は続ける。
「俺個人の意見だけど、強大な力や異質な技ってのは、どうしたって人の欲望を掻き立てるし招き寄せる。お前が望むと望まざるとに拘わらず、争いの元になってしまう危険性がある。特に、『異世界』というのは俺達視点からすれば大好物な話題だ。周囲を危険に巻き込みたくないと思うなら、クラウドは自分をこれからも隠し続けるべきだと思う。今までのようにな!」
「「!!」」
「つまり、そのままのクラウドでいてくれってことだよ。これからもずっと、クラウドはクラウドらしくして、仲良くやっていこうぜ!!」
異世界からやって来た二人は呆然と、ただ呆然とキリトの言葉を聞いていた。突然降って湧いたこの展開に、どう反応して良いのかわからないのだろう。
クラウドは、もう受け入れてもらえないかもしれないという恐怖心で精神面がやられていたのだから。
そんなキリトの言葉に、クラウドは頭を掻いて、
「ありがとう、キリト」
「どういたしまして」
時間が止まってしまったクラウドに、キリトは獰猛なほどの笑みを浮かべて応えてあげる。
それに、とキリトは一拍置くと、
「俺も世界樹の上には用があるからな。このまま、一緒にパーティーを組んで世界樹を目指さないか?」
「!!」
「行き先は同じなんだから一緒に向かった方が早くつけそうだし、俺とクラウドがいれば辺境の地は恐いものなし!!」
一瞬。
絶句に塗り潰されていたクラウドの顔が、本当に何も考えていない、思考が停止したような表情になった。
有り体な言葉を使ってしまえば、キョトンという表現が似合っていた。
「·······ふっ」
鼻を鳴らして、その提案を受け入れるように、クラウドは緩やかに伸ばした。まるで、これから背中を預ける戦友に握手でも求めるように。
そんなクラウドの手を見て、キリトは迷わなかった。
パシッ!
小気味の良い音が部屋に響く。
差し伸べられた手を取って、二人は力強く掴みながら
「よろしく」
「ああ! こちらこそよろしく頼む!」
ようやく、異世界の剣士達は手を取り合った。
本当の意味で、繋いだ手が、かつて隣り合わせで戦ったもの同士が再び組むことを証明している。
そんな二人に、周囲にいる人は、
「ねぇ······ボク達のこと忘れてない?」
「「!?」」
ユウキがそう言うと、リーファもそれに続いて言う。
「そうだよ! キリト君もクラウドさんも、勝手に話を進めないでください!! あたし達ももちろんついていくから!!」
「ログアウト出来ないなんて聞いてないよクラウド!! そんな大事なことを黙ったまま一緒に行動してたなんて許せないけど、事情が事情だし、それに最後まで付き合うって決めてるんだから、ボクだけ置いてきぼりなんてさせないからね!! 絶対に最後まで一緒に行動させてもらうよクラウドッ!!」
ユウキとリーファが二方向から迫ってきて、自分もついていく意思を提示する。
「クラウド」
そんな彼女達につられるように、ティファも話し出す。
「前にも言ったでしょ。目の前のことから逃げないで、一人で抱え込まないで、一緒に戦おうって」
「ティファ······」
「みんなで助け合って、頑張ろうよ!!」
三人はキリトとクラウドの手に自分達の手を乗せる。ナビゲーション・ピクシーであるユイとチャドリーもその小さな体をそのまま乗っけるようにして、重なり合った手の上に二人は両手をつける。
円陣組んで手を重ね合わせて、これから気合いをいれるように、あとは誰が声を出すか、だ。
「「「「「「······」」」」」」
予想はしていたが、全員がクラウドの方を見つめてくる。ユウキなんか特にニヤニヤと笑みを浮かべている。
「·······」
わずかに視線を逸らし、クラウドは小さな声で呟いた。
「世界樹に向けて、作戦会議を始めよう」
「「「「「「おう(うん)(はい)ッ!!」」」」」」
重なり合った手の感触から、改めて世界樹攻略の覚悟を決める。
まだ終わりじゃない。
たった一本の天を貫く巨木を目指して、バラバラに動いていた彼らは一点へと集結する。