螺旋階段はやたら長かった。
神羅の潜入の時にエレベーターを使わず裏口の階段から六十階まで昇ったあの頃を思い出すくらい長かった。
皆が息を切らして、足を一段一段確実に昇らせて、足を付けてひたすら動かし、肩で呼吸する頃には時間も思考も全て真っ白にしたまま黙々と昇っていた。
そして。
そして。
昇りきった先に広がっていたのは、
積層都市の夜景。
古代文明の周囲に遺跡が残されており、そこを観光地にするかのように石造りの建物が立ち並んでいる。
夜の街には街灯がなく、『光を放つ水晶』が封じられたランプを建物の輪郭が良く見えるような場所に設置して、その明かりを頼りに街を行き交うプレイヤー達。
もう夜だからなのか、あまり人が少ない。
夜景を見るのに邪魔が入らないから喜ぶべきだろうが、クラウドの顔は変わらない。
『世界樹』
アルヴヘイムの妖精王オベイロンの居城と言われている神聖なる巨木。
与えられた翅では限界飛行距離によって天高く飛べることはできず、アップデートでそうはさせないように見えない壁を設置し、中心内部の守護騎士達が無限に現れるというグランド・クエストを突破しなければ中には絶対に入ることが出来ない世界最硬のシェルターに、
「······」
クラウドはバスターソードに手を伸ばして、抜くことなくそのまま見上げながら佇む。
彼は剣を背負いながら誓う。
必ず攻略して見せると。巻き込まれた世界から脱出すべく、上を見上げて濃紺の夜空を貫く枝葉を睨み付ける。
「·······世界樹······」
キリトがそんなクラウドの隣に来て、無意識の内に呟いた。また、反対側にティファも来て、二人に視線を合わせるように見上げて言う。
「こうして見ると、神聖な場所なのに絶望的な気持ちになるね」
複雑な想いが重なりあった一同はその神聖な巨木を見ても、何も響かなかった。むしろ、邪魔なオブジェクトにしか見えなかったろう。
あそこに、『探し求めていた人がいる』
あそこに、『脱出する手がかりがある』
そんな想いを抱えていたものからすれば、目の前の夜景を楽しむ余裕なんてなかった。
悪が封じ込められた摩天楼。
ティファからすれば、大切な人をこの世界に留めさせている枷。キリトからすれば、最愛の人が囚われている牢獄。
クラウドからすれば、この仮想空間から脱出するために、断ち切るべき鎖。
それを美しく見せてカモフラージュさせている。人々の目を眩ませ、神聖な場所だと錯覚させる。真の実態も知らずに、ここが一体どういうところなのか知らずに、皆夢求めてここに集まってくる。
キリトやクラウド達とは違い、希望を抱いて。
「絶望は力になる。時には、な」
キリトがらしくないことを言う。
彼もそれなりの理不尽を味わってきたんだろう。世界樹を目指している理由の中に、その絶望が混じっているのかもしれない。
その絶望を怒りとし、力へと変換して、今日ここまで頑張ってきた感じか。
そんなキリトにクラウドは言った。
「まだ温存しておけ」
「·······ああ」
頷いたキリトを見ると、クラウドのポケットから顔を出したチャドリーが皆に聞こえる声で言う。
「目標地点に到着を確認。ここが、世界樹を中心とする世界最大の都市、『アルン』だと断言致します」
「私、こんなにたくさんの人がいる場所、初めてです!!」
「僕自身も興奮を検知。合計で九種族が行き交う光景はここぐらいでしか見られないでしょう!!」
ナビゲーション・ピクシー達は純粋に楽しんでいた。観光地に来た子供のようにはしゃぎ、あちこちにあるものを見ては興味を示している。
リーファとユウキも同様。
「ホンット、凄いね。ボク、アルヴヘイムの中心に来たの初めてだよ。こんなにも綺麗な場所なんだね!!」
「あたしも自分の領地からあまり離れたことなかったし、鉱物燈の光がまるで星屑みたいッ!!」
黄金のように煌めく街並みに感動する四人に、クラウド達三人は一度抱え込んでいた感情を頭の隅に置き、高台のテラスの縁に座り込んで巨大都市の風景を楽しんでいるユウキ達の元へと近づいていく。
その時だった。
ゴーンッ!!
と、街全体に大音量で響かせる重厚な鐘のような音が、クラウド達の鼓膜どころか内蔵まで振動させる。
急な出来事に、皆興醒めたように周囲を見渡す。
すると、合成音声ソフトで元から用意された台本をナレーションするかのように、一つの声が響き渡った。
『本日、一月二十二日午前四時から、午後三時まで、定期メンテナンスのためサーバーがクローズされます。プレイヤーの皆様は、十分前までに、ログアウトをお願いします。繰り返します、本日、一月──────』
唐突な運営からのアナウンス。
両者の世界線の時間は曖昧なので、良くわからない状態だが、キリト達の世界的にはもうそんなに遅い時間になっているらしい。
「今日はここまでだね。一応みんなで宿屋を探してそこに泊まってログアウトしよ」
「「······ああ」」
テラスから立ち上がったリーファがそう告げると、キリトとクラウドの二人は元から練習でもしてたのかと疑うくらいタイミングが一緒で、冷たい息を吐くように応えた。
二人の目線はさっきから、上空にある世界樹の枝が四方八方に枝分かれしている光景を眺めている。
リーファはそんなキリトを見て思い出す。
彼の目的は、『世界樹の上にいる【誰か】に会う』こと。
それが誰なのかは教えられていないが、キリト的にはどうしても会わなければならない人らしい。それが誰なのかわからない以上、聞いても良いのかもわからない。
よくわからないまま今日までずっと着いてきたわけだが、それを考える前にキリトが背伸びをして声を上げた。
「さ、宿屋を探そうぜ。俺もう素寒貧だから、出来れば金の掛からない場所がいいな」
「·······カッコつけてサクヤ達に全財産渡したりするから、そんなことになるのよ。宿泊代くらい残しときなさいよね!」
そう言われて苦笑しながら頬を掻くキリトに、
「金ならいくらでもあるぞ」
と、隣のツンツン頭からのいきなりの告白。
その発言に皆が振り向くと、
「これくらいあれば足りるか?」
左手を振るって出現させたウィンドウを手早く操り、かなり大きな革袋をオブジェクト化させて、掌に乗せて見せる。
掌に乗せられるほどの大きさじゃない袋の中には、全員が豪華なホテルに泊まれるくらいの青白いコインが大量にあった。それを見た途端、リーファどころか全員が思わず声を洩らした。
そしてそのまま横隔膜が硬直し、上手く話せないまま、なんとか掠れた声でこの金どこで手に入れたのかをユウキが訊ねる。
「こ、こんな大量のお金·····どこで手に入れたのクラウドッ!?」
「前のソードアート・オンライン時代にプレイヤー達から依頼を受けて貯めてた貯金がバグらないまま引き継がれてたらしくって、まだまだあるぞ」
そう言って左手を振るって操作しようとするその手を、キリトは掴んで止めさせる。
「もういいもういいもういいッ!! それ以上出したら他の奴らからその金欲しさに標的にされるからッ!!」
「······そうか」
クラウドはそのまま金の入った袋をキリトに預けると、ウィンドウを閉じて宿屋探しへと向かう。
その道中、ユイが何か引っ掛かったのか、クラウドの方を見て疑問を呟く。
「う~ん······おかしいですね。普通SAOのキャラクターデータはフォーマットが同じなので二つのゲームに共通するスキルの熟練度が上書きされて引き継がれてもおかしくはありませんが、アイテムはこの世界では別形式のデータなので破損してしまうはずなのに。現にパパの場合はSAOからの所持アイテムは激しく文字化けしてましたし」
「クラウドさん自体がもうイレギュラーですからね。人間体のままでこの世界にログインしているのも未だ謎のまま。クラウドさんが起こす現象は人知を遥かに越えていて、例えどれだけの高性能なコンピューターで計算したとしても答えは出てきません。彼を語るに限っては現在の我々の持ち合わせる言葉で適切なのは、『奇跡』もしくは『異常現象』といったところでしょうか」
「······仮想という時空を越えてあらゆる法則を無視し、不思議な現象を起こらせられるのが『彼』という存在な訳ですね」
「彼が生み出す可能性は本当に無限大ですので、研究者としての僕の血が騒ぎます!!」
なんか難しいことを語っている子供がいるが、別にこちら的にはそんな大したことをしたつもりはないのだが。
SAO時代の金がまだ引き継がれてたから出してみたら何故か皆大騒ぎしだした。やはり、金というのはどの世界に置いても自らの欲望を叶える魔法の杖みたいなものなのだろう。
お金とは、心の安定剤。
あるだけで幸せを感じる。それが多ければ多いほど幸福感を与え、自信を幸せにできる物。それを狙ってくるものがいるかもしれないからということでキリトに掴まれた手を見る。
·····この手は誰かを幸せにしてあげてるのか、
ということを考えてしまうのは馬鹿げたことなのだろうか?
なんてことを勝手に思っていると、ユウキが唐突に声を荒げて、
「って、そうだよクラウドッ!?」
「?」
「クラウド、ログアウトできないのにこの定期メンテナンスの最中どうしたらいいの!?」
「「「「!?」」」」
ユウキが慌てたようにそう言うが、
「その辺は大丈夫だと思われます」
「「「「「!!」」」」」
チャドリーがフォローを割り込ませ、クラウド達の騒ぎが和らぐ。静かになったことを確認し、チャドリーは説明する。
「定期メンテナンスの間サーバーがクローズすると先程アナウンスされてましたが、心配いりません。クラウドさんのアバターはそのままその場所に残りますから。この世界に留まっていても何の影響もありません」
「定期メンテナンス中、本当に俺には何の影響もないのか?」
「あるとすれば、『一切動けなくなる』くらいでしょうか。メンテナンス開始直前にフィールドを歩いていたらその場で硬直してメンテナンスが終わるまで固まった状態になります。だからそうなる前に入力経路を遮断しているように見せるんです」
「???」
「つまり、『寝ればいい』だけの話ですよ。『寝る』という行為が、この世界でのログアウトプログラムらしいので、メンテナンス中クラウドさんはベッドで横になって寝ていればいいんです。そうすれば、クラウドさんの意識は睡眠状態に入り、何の影響もなく過ごせるはずですよ」
「······十分以内に寝れると思うか?」
「方法ならありますよ」
そう軽々と言ってチャドリーは懐から手慣れた手付きで小さな翠玉色の玉を取り出すと、クラウドの手の上に乗せる。
そして、その小さな翠玉色の玉は水晶玉サイズにまで大きくなった。それを見ていた者達で、ティファ以外は何が起きたのかよくわからず息を洩らして唖然としていた。
あの水晶玉は何なのかとかそういった疑問は、チャドリーが簡単に解説してくれる。
「『ふうじる』のマテリアで、レベルは星一なので『スリプル』という魔法が使えます。戦闘面を考えると、重要度が一番低いマテリアだったので渡さなくても良いと判断して取っておいたんですが、それで今日はお休みになさってください」
「······」
準備のいいチャドリーにクラウドは無言のまま、回復マテリアを取り外すとふうじるのマテリアを代わりにはめ込んだ。
あとは、宿屋を探すだけ。
難しい話をしていたようだが、何も心配ないということがわかって、ユウキは胸を撫で下ろす。
「ま、まあつまりはなにも心配ないってことだね?」
「ティファさんは平気なの? クラウドさんと同じく人間体のアバターだけど······」
そう言われてティファも左手を振るってウィンドウを開き、表示された項目を確認してみると、
「······うん、私の方にはログアウトボタンがあるみたい」
笑みを浮かべてそう言うティファ。
そのままメインメニューウィンドウを閉じると、クラウドから預けられたお金を手に、宿屋を早く探すように提案する。
「キリトは激安の宿屋の方がいい?」
「······いや、ここはクラウドに甘えて少し豪華なところに泊まらせて貰おうかな?」
「あ、ボクもボクも!!」
「もう、キリト君だけでなくユウキまで······」
「うふふ」
リーファが呆れているが、ユウキは賛成とでも言うかのように手を上げて跳び跳ねている。ユウキはクラウドと過ごす内に、仲間意識が更に強まったようで、遠慮というものがなくなった気がする。
やはり、彼女の性格はどこか『彼女』に似ていると感じるティファだった。あの陽気さに活発さ、きっと『彼女』が生きていたら良い友達になってくれただろうに。
······なんて思うティファは皆に微笑んで、
「それじゃあ宿屋を探しに行こっか。チャドリー、案内してくれる?」
「はい! 一番近い場所ですと、あちらを登った先に寝心地の良いベッドや豪華な部屋が用意されている宿屋があるみたいです。宿泊料は少し高いですが、クラウドさんが渡してくれたお金で十分足りるはずです」
「わかった、じゃあそこにしよう。クラウド、早く行こ!」
「······ああ」
クラウドもその後を追うようについていくが、何だか肩身が狭い調子な気分に見えた。
皆気にせず先を急ぐが、そんなクラウドは再度世界樹を見上げる。彼の青と緑が入り交じった瞳が細められ、世界樹を睨み付ける。
「······」
この巨木を見ていると、どうしてもあの『神羅の本拠地』を思い出して嫌になる。濃紺な夜空を貫くようにそこに生えている樹木は、クラウドを睥睨するかのように枝葉が揺れている。
この上に、脱出の糸口となるものがある。
すぐそこに、手が届く距離に。
なのに、
こんなにも落ち着かないのは何故だ?
その謎の胸騒ぎを胸に考えるのをやめたクラウドは体を前へと向き直し、皆の後を追うのだった。
<><><><><>
深夜。
正確な時間帯は不明。
暖かく、湿度の高い空気が冷えている。
早朝に霧が発生し始めているところを見ると、街はすっかり静まり返っている。どのプレイヤーもログアウトし、その依り代であるアバター達も宿屋や高額な値段を出して自分だけの家を購入し、そこにあるベッドの中で丸まっていることだろう。
クラウドもその一人。
キリト達と共に少しお高い宿屋というかホテルに寝泊まりすることになり、男子グループと女子グループに別れて部屋を借りた。
ナビゲーション・ピクシーであるユイは、どうしてもキリトと離れるのは嫌らしく、子供だからいっかということで男子側の部屋に泊まることとなった。
夜が更け、皆がログアウトし自分はこの世界から出られないから『寝る』というアクションをしてログアウトシステムのスキャンを誤魔化すため、チャドリーに渡された『ふうじる』のマテリアを使用して『スリプル』の魔法を自身にかける。
クラウドのアバターは睡眠状態になり、意識は闇の中へと沈んでいった。
キリト達は今頃、彼らの現実世界で目を覚まし、二度寝をしていると思われる。ナレーション曰く、キリト達の世界は現在午前四時らしいので、起きるには早すぎる時間帯だ。
仮想空間で酷使続けた頭脳を休ませるため、現実世界で何の影響も与えず脳を眠らせている。
故に。
この世界に意識を持ったプレイヤーは誰もいない。
ただ一人を除いて。
「······」
スゥスゥという、小さな吐息。
クラウドは横向きになりながら、ベッドで眠っている。
余談だが、いびき防止のための雑学をここで説明しておくと、寝る姿勢に気を付ければいびきをかかないと言われている。上向きの姿勢で寝ると、人にもよるが口が開いて舌が喉の奥へ落ち込んでしまうため、気道が圧迫されていびきが出てしまう。
しかし、クラウドみたいに横向きに寝ると、眠っている間は気道が押しつぶされず、呼吸した空気が気道をすんなりと通っていくため、いびきは発生しないとされる。
ごろんと横向きになって手足を開いたままの彼は、今までの疲れを癒すために、最大限に脱力している。
脳は一時的に休眠状態に入り、視覚も聴覚も機能を停止している。完全に眠っている、アルヴヘイム最高の治癒魔法が使える者がここにいたら彼に太鼓判を押してあげても良いくらいだ。
······だというのに。
不意に、
ギィ······
という、木製の扉か何かが軋むような音が聞こえた瞬間、クラウドの規則的な寝息が止まった。
「······!」
おかしい。
最初に浮かんだ言葉はそれだった。
自分は今、定期メンテナンスのためサーバーがクローズしている最中、自分は寝ていなければ動けない状態になるはずではなかったか。
だから眠っている状態であれば、長時間眠るという動作に固定されて定期メンテナンスが行われるはずだ。
しかし、
物音が聞こえただけで彼の瞼は開き、呼吸も意識的なものになる。
「······?」
瞼を開けた瞬間、目に入ってきた光景はよくある光景。
クラウド達がいる街はとにかく明るかった。リーファが言っていたが、街のあちこちにある鉱物燈がまるで星屑みたいに光を放ち、街を照らしていた。
夜になってもその灯りは消えることはなく、サーバーをクローズしてても継続していた。
よって、真正面の窓の外に光る鉱物燈があれば、クラウド達が泊まっている部屋の中まで問答無用で入ってくるのだ。
遮光カーテンによって締め切ってても、光は完全には消せない。
その僅かな光によって、眠っているキリト達の姿が薄く照らされている。薄暗闇の中、上向きに寝ているキリトの隣に、小妖精のユイが肩の上近くで寝転がっている。
チャドリーはというと、クラウドのベッドの枕元で座るように身を寄せて眠っている。サイボーグだからか、ロボット的な感じで眠らないとという使命感でもあるのだろうか?
しかし、それよりもこの状況についてまず把握しよう。
自分は何故か定期メンテナンス中でサーバーがクローズしているはずなのに、目を開けている。
そして、
クラウドは自分の体が動くことを確認すると、壁に立て掛けていたバスターソードへと手を伸ばし、背中に背負う。薄暗闇の中でわずかに警戒しながら、部屋の外へと出ると、目の前にある階段の下側から足音が聞こえてきた。
これは昇ってくる音ではない、次第に小さくなっていることから、降りている最中ということだ。
クラウドはその音を辿って下の階を見渡せる柵の方まで近付いて覗き見ると、誰かがホテルから出ていく姿が見えた。
その姿には、見覚えがあった。
だってその人は、
「ッ!?」
クラウドはその姿を確認した瞬間自分の目を疑ったが、その前にその後を追うように階段を駆け降りる。
定期メンテナンスとか、サーバークローズ中とか、そんなことすら凌駕する現象が起きていることだけは理解したクラウドは急いで『そいつ』の後を追う。
ホテルの出入口である、豪華なデザインをした両開きドアを乱暴な手付きで強く手を当てて押し開ける。
そこは霧の世界だった。
夜と朝、その境目の時間帯。
朝日が顔を覗かせる直前で、太陽の頭部分が地平線から現れ始めている。朝日がキラキラと光る鉱物燈を反射させて建物の輪郭をわずかに確かなものにさせる。
その中に、
「ッ!? ま、待てッ!!」
この世界の中心都市、アルン市街の尖塔群の間をいくつも駆け抜け、その人影を追う。
延々と続く建物をいくら駆け抜けても人は一人もいない。なのに、その人影だけはハッキリとクラウドの瞳に映っては消えを繰り返し、姿を眩ませている。
どこ行った!? と思った時には人影が物陰に隠れるように通り過ぎる姿が確認できる。それを確認したら即追う。それをどんどん繰り返していく内に、都市とはかけ離れた風景の場所にたどり着いた。
『世界樹』
その『根元』
世界樹のもの凄く太い幹を倒れないように地面から支えている根元付近までやって来たクラウドは、
「どうして······!?」
疑問を投げ掛けた。
根元というかもはや壁にしか見えない世界樹の一部分に、『そいつ』は立っていた。
クラウドの数十倍のでかさの妖精騎士の彫像が二体並べられて、その二体の像の間に、派手な装飾品を施された大きな『門』が聳え立っている。
そして、その前に『そいつ』はいる。
クラウドは再度問いかけるように、『そいつ』に言葉を投げつける。
「······“ザックス”······ッ!?」
<><><><><>
最初に感じたのは、むしろ驚きよりも戸惑いだった。
忘れるはずもない、尊敬していた親友の姿が目の前にある。横姿で、横顔しか見えなかったが、あの左頬にある『バッテン印の傷跡』は間違いなく本物のソルジャー・クラス1stの『ザックス』本人だ。
クラウドは一瞬、それを本人だと認識することが出来なかった。
一瞬前と一瞬後。
たったその間の時間だけでもあまりの現象に思考を混乱させた。
目の前に、死んだはずの、『親友』が、『英雄』が、いる。
彼は何も言わず、ただ硬直したように突っ立って、顔を上に上げたままでいる。クラウドがそこにいるにも拘わらず、彼は見向きもしない。
会いたかったとかそんな感動的な事を言おうとしたけど、言えない。
言えるはずもない。
だって·······彼は、
「········」
ある程度の時間が経った後、一つの事に気が付いた。
周りも時間が止まったかのように静まり返っている。
元々この時間帯は、定期メンテナンスのためサーバーがクローズしていて、自分は今眠っている状態で一切動けないはず。
なのに、動けている。
それは、
つまり、
「·······夢、か」
『さぁて、どうだろうな?』
霧にかかった大きな門の前に立っている彼の声が聞こえてきた。
その声に前を向いてみると、彼は変わらず上を見上げている。両手を腰に当てて、背筋を伸ばし、顎を上げてただ一直線に視線を固定させている。
クラウドもそれを追うように視線を上に上げるが、四方八方に向けて伸びている無数の世界樹の枝くらいしかない。
枝が短いものもあれば長いものもある。
葉が多く生えているものもあれば少ないものもある。
どこからどう見てもなんてことのない風景を見上げているザックスは、クラウドに言う。
『クラウド』
「?」
『頼みがあるんだ』
そう言う彼はそれでもクラウドの方を見ない。眉間に皺を寄せ、真剣な眼差しで世界樹を見上げながら彼は言う。
『あそこに、一人の【女の子】が閉じ込められてるんだ』
「!?」
『その子は、お前もよく知っている子······前の世界、剣の世界で一緒に戦った子だ』
何となく······だ。
根拠なんて何もないけど、それが一体誰なのかクラウドにもわかってきた。
そして、全ての辻褄も。
あの世界、ソードアート・オンラインで共に戦った女の子と言えば、『彼女』しかいない。一度だけでなく二度までも復活したあの怪物を一緒に倒した、可憐ながらも頼りがいがある強い少女。
ザックスが何故そんなことを言ってきたのかはわからない。
何故『彼女』の存在を知っているのかさえもわからない。
そもそも何故ここに存在しているのかすら、わからない。
だから、
だからこそ、
青年はようやくこちらに顔を向けて、指を上に指してこう呟いていた。
『あの子······当たり前の空の上で、今も泣いている』
「!」
『だからさ、クラウド』
彼はその為だけにここにやって来たに違いないと、確信を持てた。
暗い闇の中に覆われている少女を照らし出すような明るい声で、それでいて真剣な眼差しをしてクラウドに向けてこう言ったのだ。
『その子を救ってやってくれ。お前の仲間達と共に』
「······」
『俺の誇り、夢·····全てを託したお前にしか、頼めない』
「······」
『頼んだぞ、クラウド』
<><><><><>
バチンッ!! と。
目の前で火花のようなものが散ったかと思ったら、何もかも全て元通りになっていた。
ベッドの上に寝転がり、そこで目を覚ました。飛び起きるように起き上がると、即座に周囲を見渡す。
一見してみると、何も変わってないように見えたが、一つだけさっきと違う部分があった。
横のベッドで寝ていたはずの、キリトがいないのだ。
「「クラウドッ!!」」
朝っぱら······いや、おそらくもう昼か。
目が覚めた瞬間、寝泊まりしていたホテルの一室の扉が向こうから思い切り開かれる。
奥からやって来たのは、ティファとユウキだった。
二人ともどうも慌てたような様子だった。そのまま他の客のことなど気にせず二人は声を荒げてクラウドに言う。
「大変なの! キリトが······ッ!!」
「?」
ティファが声を詰まらせるが、ユウキが続けて言う。
「キリトがたった一人で、
「!?」
驚愕したクラウドは、先程の出来事を思い出した。
結局、夢だったのかどうかはわからないが、何にしてもキリトがたった一人でグランド・クエストに挑む理由は一つだけ。
それを聞いたクラウドは壁に立て掛けておいたバスターソードを背負い、ダッ!! と勢いよく二人の間を追い抜いて階段を駆け降りていく。
「っ!? クラウド!?」
「ちょっと待ってよクラウドッ!?」
バスターソードのグリップを掴みながら駆け降りる様子を見たティファとユウキはその後を追うようについてくる。
背中に背負うというより、もはや掴み持っているバスターソードは、いつでも戦う準備が出来ているという意志が表れている。
剣を持ちながら駆けていく方角には、グランド・クエストの開始地点である門がある。何をしに行くのかは明白だった。想像するなという方が難しかった。
前にユウキから聞いたからもう知っているが、グランド・クエストはクリア不可能とまで言われている難易度のダンジョンだ。そこにたった一人で挑むなんて無謀すぎる。
クラウドは、先程夢の中に出てきた親友の言葉を思い出しながら、目的地となるグランド・クエストの開始地点へひたすら駆ける。
同時に、手に持っているバスターソードを強く握りしめながら誓う。
(“俺がお前の生きた証”······約束は守るぞザックスッ!!)