ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第15章

 

 

二部屋取る余裕があった故に、寝心地のいいベッドもあってかよく寝れた気がする。

 

アバター、は。

 

だが、現実の方はどうかと言われれば、そうでもない。

 

愛した人が二重の鎖により囚われている。

 

一つはこの世界に、もう一つは現実世界に。

 

そう思うと、眠ろうにも眠れなかった。

 

この世界では恐らく今は世界樹の上で鳥籠の中に拘束されているが、現実では頭をすっぽりと固定している殺人マシーン、『ナーヴギア』が未だに彼女の頭を覆っているので現実世界にまだ帰還できていない。

 

アスナ。

 

本名、結城明日奈。

 

現実世界における彼女の父の部下にあたる“須郷伸之”という、見た目はどこにでもいそうなサラリーマンだが、中身はクソ野郎だった。

 

奴のせいで、彼女はまだ帰還出来ていない。

 

恐らく奴が、SAOがクリアされログアウト処理が始まった途端、アスナを含む三百名近くのプレイヤーの意識を現実世界ではなくALOに移動させたのだと思われる。目的の詳細は具体的には聞いていないが、SAOを開発した『アーガス』は解散したが、そのサーバーを維持するため委託されたのが『レクト』のフルダイブ技術研究部門、つまり奴の部署だ。

 

今回の事件の裏には必ずアイツが関わっているに違いない。

 

そして奴の手によって、アスナの命は今や手玉に取られている。

 

アスナの意識が現実世界にない今、意思確認は取れない故に法的な入籍手段はないが、書類上は奴は結城家の養子に入ることになる。

 

この状況を利用し、須郷はアスナを手に入れ、そして今もアスナと同じように昏睡状態のSAOプレイヤー達を使って何か良からぬことを企んでいるに違いない。

 

それを止めるために、ようやく世界樹のある街『アルン』までやって来たのだ。

 

スプリガンのキリトとして目覚めた彼は、隣にいるクラウドを見る。

 

 

「······」

 

 

小さな寝息を立てて今も眠っている。

定期メンテナンスが終わっても、彼は眠りにつくと意外と起きない体質なのかもしれない。そこはほんの少しだけ自分と似ている気がする。

 

その枕元には、ユイと同じナビゲーション・ピクシーが座り込むようにして寝ていた。

 

話によると、彼は現実世界ではサイボーグらしく、意識だけこの世界にやって来たらナビゲーション・ピクシーの姿になれたとのこと。

 

こんなにも人間みたいに話せるサイボーグが現実世界の街をうろついているなんて、想像しにくいけど、

 

 

「クラウドの世界って······どんな所なんだろうな」

 

 

異世界、というものを知った茅場も、こんな気持ちだったんだろう。だから夢見たSAOを作り出し、更にリアルにするためにプレイヤー達に命を与えた。

 

そう考えると、なんとなくだが今なら茅場が抱いた夢がわかる気がする。

 

クラウドの世界に行ってみたい。

 

なんてことを考えているのは、ちょっとおかしいだろうか?

 

しかし、聞いた限りでは面白そうな世界であることは確かだ。

 

見た目や形は似ていても、『星の命』という概念があり、SAOに出てくるようなモンスターまで生息している。そして、自分達よりも更に科学が進歩しており、生活が豊かになっている。

 

少し危険そうだが、近未来的なファンタジー世界であることは容易に想像できる。

 

そんな世界に行ってみたい。

 

って、思ったところでどうしようもないのだが。

 

それに、これ以上欲張ってはいけない。既にもう仮想空間という異世界を現代社会は開発したのだから、『本物の異世界』にまで手を出すわけにはいかない。

 

自分達には自分達の居場所がある。

 

クラウドはついうっかりそこに迷い込んでしまっただけ。

 

ならば、彼を元の世界に帰すまでの間、一緒にパーティーを組んで良い思い出を築いていけばそれで満足だ。

 

忘れられぬ思い出を作る。

 

それでクラウド達のことは忘れない。忘れることはない。

 

それでもう、充分だ。

 

 

「さて······!」

 

 

キリトがいつもの表情で顔を戻すと、一足先に世界樹付近を散歩してみるかということで部屋を出ると、

 

 

「······あ」

 

「?」

 

 

丁度隣の部屋から、一人の少女が出てきていた。

 

シルフ族の少女リーファ。

 

少し泣いていたのか、目が微かに赤くなっている。

 

 

「お、おはようリーファ」

 

「·······うん、おはよう」

 

「どうしたの······リーファ?」

 

 

元気がなさそうにしている彼女に、キリトは優しそうな微笑みを見せて柔らかな声で訊ねた。

 

それを見た途端、リーファはまた両目の目尻から涙が浮かび、頬を伝って地面へと滴っていった。そんなリーファにキリトはつい罪悪感が湧くが、リーファは微笑を浮かべながら言う。

 

 

「あのね、キリト君」

 

「うん?」

 

「あたし······あたし······ッ!!」

 

 

言葉を詰まらせて言うリーファは、何でこんなことを言おうとしているのか自分でもわからないという様子で、しかしどこか誰かにこの想いを聞いてほしいという気持ちが伝わってきた。

 

彼女はキリトの闇色に染まった瞳を見て、想いを告げる。

 

 

「失恋、しちゃった」

 

「······」

 

 

それを聞いたキリトはなんて答えを返せば良いのかわからなかった。

 

リーファ自身も、何故こんなことを打ち明けたのかわからず、それでもこれ以上は迷惑はかけられないという思いで、自分の素直な気持ちを、話したいという欲望を、ぐっと下唇を噛み締めて押し殺した。

 

 

「ご、ごめんね。会ったばかりの人に変なこと言っちゃって。ルール違反だよね、リアルの問題をこっちに持ち込むのは······」

 

 

キリトはわかっていた。

自分の素直な気持ちを押し殺していることを。

 

笑みを絶やさず早口でさっき言った言葉をなかったことにしようとしているが、キリトはそんな彼女を慰めるように、優しく頭に乗せた。

 

そのままゆっくりと撫でて、

 

 

「向こうでもこっちでも、辛い時は泣いていいさ。ゲームだから感情を出しちゃいけないなんて決まりはないよ」

 

「キリト君······」

 

「それに、俺達は仲間だろ? 俺なんかが慰められるかどうかはわからないけど、辛いことがあったり、悲しいことがあったら、俺で良ければ話ぐらいは聞いてやれるからさ」

 

「······」

 

 

そう言うと、リーファは目の前にいる少年の胸の中にそっと頭を埋めた。何故そうしてくるのかはわからないが、少しでも慰められているのなら良かった。

 

人を慰めるのに正解なんてない。

 

それでも、辛い気持ちを聞いてあげるだけでも、効果はあるとされている。相手の話に相槌を打つなどして共感すると、脳の前頭葉が活性化して心がリラックスする。

 

全てを受け入れることは難しいが、仲間が悩みを抱えているのならば、できる限りのことをしたい。

 

だからキリトは、慣れないながらもキリトなりのやり方でリーファを慰めた。

 

二人は立ったまま、しばらくその格好を続けていたが、やがて遠くの方で時間経過を知らせる鐘の音が響いたのを機に、リーファはキリトから離れ、普段通りの笑顔を見せて言った。

 

 

「·······もう大丈夫。ありがとう、キリト君。優しいね君は」

 

「その反対のことなら随分と言われ続けてきたんだけどな。今日はどうする? 何なら無理せずに付き合わなくても、俺とクラウド達だけで何とかなると思うし」

 

「ううん、ここまで来たんだから。それに言ったでしょ? 最後までついていくって」

 

「あはは、そうだったな」

 

 

キリトは口角を上げて柔らかな笑みを浮かべると、

 

 

「あ、そうだった」

 

「?」

 

「ユイ、いるか?」

 

 

呼び掛けに応じるように、タイミング良く二人の間に光が凝縮すると、人の形を成していき、小さな女の子ピクシーの姿が現れた。

 

目を擦って大あくびをして二人に挨拶する。

 

 

「ふわぁぁぁあ~。おはようございます。パパ、リーファさん」

 

「おはようユイちゃん。あのね、昨日から気になってたんだけど·······」

 

「はい?」

 

「その、ナビゲーションピクシーも夜って寝るの? クラウドさんについていたナビピクシーはなんかサイボーグだからログアウトしてたけど、ユイちゃんはどうなの?」

 

「まさか、そんなことはないですよ。チャドリーさんと違って私は現実世界で肉体を持ちませんし、完全なAIですから、疑似人格プログラムとしてここに存在してきます。でも、パパがいない間は入力経路を遮断して蓄積データの整理や検証をしてますから、人間の睡眠に近い行為をしていると言ってもいいかもしれません」

 

「じゃあ、今のあくびも?」

 

「はい。疑似人格プログラムが用意したアクションの一つで、というよりも人間観察を元に再現したアクションなので、いつも近くにいるパパが平均八秒くらい起きたあとにあくびをするので─────」

 

「余計なことは言わんでよろしい」

 

 

居眠りが趣味だということをバラされたくなかったキリトは人差し指で軽くこつんと頭を突付くと、女子グループの他のメンバーはどうしてるのか訊ねる。

 

 

「そういえば、ティファとユウキは?」

 

「まだ二人ともログインしてないよ。寝る前に聞いた話だと、二人とも現実世界の方で事情があるとかで、定期メンテナンスが終わっても、その一時間後くらいに入ってくるって」

 

「そっか」

 

 

それだけを聞くと、キリトはウィンドウを広げて操作し、背中に大剣を背負うと、

 

 

「さてそれじゃ、三人が起きるまで散歩でもしようぜ」

 

「うん!」

 

 

リーファはその提案に賛成し、腰に愛刀を吊るした。

 

二人はそのままホテルを出て、しばらくの間散歩を楽しむことにした。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

メディキュボイド

 

フルダイブ型VR技術を転用した医療用のマシン。その試作一号機に初めて接続した日のことは良く覚えている。

 

自分は今、不治の病と言われている病気に侵されていて、自由に外には出歩けない身だ。

 

多剤耐性HIV感染によるAIDS発祥から二年、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「······はぁ」

 

 

病院には入院患者のためのお風呂場がある。

 

その中でも、特に特別な風呂が用意された部屋がある。

 

バイオクリーンルーム。

 

室内は細菌やウイルスが外部より遥かに少ないため、AIDS患者が何より恐れねばならない日和見感染のリスクを大幅に低減できるということになる。

 

その部屋に入るにはとある条件を呑むことだったが、たった一つ。

 

メディキュボイド被験者となること。

 

一般病棟の個室に入院するよりも遥かに延命出来る時間が増えるため、ユウキはその条件に合意した。

 

彼女には姉がいたのだが、数ヶ月前に他界した。

 

そしてまだ、自分は生きている。

 

姉である藍子が、妹である自分を優先してクリーンルームを譲ってくれたため、自分は彼女よりも遥かに延命出来る結果となった。

 

結果、病状が悪化した姉は亡くなってしまった。

 

今もこうして、暖かいお湯に浸かることが出来るのは姉のおかげ。

 

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

無理をせずに治療に専念すれば、いつかは治ると主治医に言われた。

 

ただ、

 

その“いつか”がどれくらいになるのかがわからない。

 

推定でも、二十年。

 

それ以上は彼女はメディキュボイドに接続していないといけない。

 

 

「治る······か」

 

 

丸くて大きなお風呂の床は丸い縁に沿ったシンプルなデザインで、クリーンルーム故にお湯は温泉みたいに白く濁ったりもせず、底の底まですっけすけだった。

 

介護用のお風呂に浸かりながら呟くユウキは、一度シャワーを浴びると、淡い色のタオルで身体を拭いてもう一枚のタオルで体に巻き、殺菌消毒された患者衣に着替えて、抗ウイルスカーテンを開けると、そこには様々な機械が取り付けられたベッドがあった。

 

背の高いもの、低いもの、シンプルな四角形、複雑な形をしたものが混在している部屋の中央のジェルベッドに、ユウキは仰向けに寝転がる。

 

青いジェルに沈む感覚はもう慣れたものだ。やたらと消毒液の匂いが鼻につくのも、違和感を感じなくなるくらい慣れてしまっていた。

 

無菌室と言われても、目に見えないから本当にそんなものが存在するのかもわからない。

 

とにかくわかっているのは、自分はまだ生きているということだけだ。

 

姉から引き継いだ想い、『スリーピング・ナイツ』というパーティーのリーダーを引き受けて、“紺野木綿季”はユウキというアバターを持って今も仮想世界に降り立っている。

 

 

「······」

 

 

現在、彼女には家族と呼べるものは誰もいない。

 

天涯孤独。

 

故に寂しい想いをしていると思う人も多いかもしれない。

 

確かに、まだ病気が発生する前、小学校に通っていた頃は仲の良い友達がたくさんいた。教室で机をくっつけ合って、わいわい騒ぎながら食べる給食の時間が待ち遠しかった。

 

けれど、

 

ユウキがHIVキャリアであるという噂が広まった瞬間に、その賑やかな机は崩れ去った。

 

不治の病にかかった。

 

もう治らない。

 

生きている意味なんかない。

 

 

「昔は·······そんなことを思ったことがあったなぁ」

 

 

生きている、意味。

 

一年半ほど前までは父親と母親を悲しませたくないからという理由だけでいくらでも生きる勇気が湧いてきた。どんなに辛いことがあっても、両親と姉の前では元気でいられた。

 

しかし、そんな両親も姉も、もういない。

 

たった一人ぼっちになってしまって、この先に生き続ける価値はあるのか、機械に頼らないと生命を維持出来ない自分が生きていて良いことがあるのかと、思ったことはある。

 

何を残すこともなく、何かをやることもなく、生きている意味はあるのか、と。

 

だが、姉の残した『スリーピング・ナイツ』。

 

託された想いだけは無駄にはしたくなかった。

 

『スリーピング・ナイツ』は、『セリーン・ガーデン』というバーチャル・ホスピスで知り合った重病患者たちで結成したギルド。姉と共に立ち上げたギルドで、彼らと友情を深め合う内に、また生きる勇気が湧いてきた。

 

ALOでの冒険も凄く楽しいし、生きることを諦めてはいけないということも学んだ。

 

姉が他界して以降も、その想いだけは捨てずみんなで攻略し合った。

 

そんな時だった。

 

妖精達が翅を広げて羽ばたく空から、

 

()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「本当、あの時は驚いたなぁ」

 

 

いつもはパーティーで行動する中、たまたま一人でフィールドを出歩いていたところ、突然目の前に何かが落下してきた。

 

あと一歩進んでいたら、自分も巻き込まれていたというくらいの距離に『それ』は落ちてきた。

 

謎だ。

 

意味不明だ。

 

『それ』は見た目はどっからどう見ても人間で、それでいて頭がやたらとツンツンと尖っている。しかし、顔は凄くイケメンだった。目を閉じていてもわかるくらいに整っていた。

 

そして服装は、見たこともないデザインだった。少なくともALOでは見たこともない。

 

何にせよ、落ちてきて無事であるはずがない。そう思ったユウキは必死に大丈夫かどうかの確認の声をかけていたら。

 

ピクン、と男性の手にはめられている軍用手袋の指先が動き、とても綺麗な青色の瞳が長い長い睫毛が生えた瞼の隙間から、カーテンでも開くように現れた。男性のその白い肌に青と緑を少し含ませたようなオーロラ色の瞳が、ユウキにはとても綺麗に映って、何だかお人形めいた印象があった。

 

目を見開いた瞬間にユウキを視界にいれた男性は慌てたように起き上がり、かっこいいけれど少し怯えてるのか震えた唇で誰なのか聞いてきた。

 

その姿を見て、ユウキはとにかくほっとけなかった。

 

一緒にいたら楽しいことがあるかも、と思ったのもあるが、その戸惑う姿にほっとけなかった自分がいたのだ。

 

そしたらまさか、

 

 

「異世界からやって来たなんて·······今でも信じられないよ」

 

 

これだから生きることを諦められない。

 

こんなにもこの世は楽しいことで満ち溢れているんだから。

 

クラウドについていって良かったと思えた。

 

また生きる意味を与えてくれるかも、と思えたから。

 

 

「よし!」

 

 

そうしてユウキはメディキュボイドをガコンッ! と頭に装着し、今日も彼と新しい冒険を楽しむために、仮想世界に飛び立つ。

 

 

「リンク・スタート!!」

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

ティファは一度店に戻っていた。

 

『エッジ』という、大都市ミッドガルがメテオにより破壊された際の被害が甚大だったため、ミッドガルに寄り添う形で新しくできた街。

 

そこにまた新しく、『セブンスヘブン』というバーを建てて、彼女とクラウドの住居兼拠点としている。元々はミッドガルの七番街スラムに存在していた店だったが、エッジでの経営を決めた際に新たな店として再開した。

 

彼女は一度店に戻ってくると、『close』という看板をかけてあるから勿論客は誰一人としていない。店の扉にも、しばらくの間お休み致しますという貼り紙を貼って客達に納得してもらっている。

 

しかし、店のドアを開けると。

 

 

「あ、ティファ! お帰りなさい!」

 

 

この店には、もう二人ほど同居人がいる。

 

マリンとデンゼルだ。

 

マリンと呼ばれるバレットの娘。

 

昔は首もとまでしかなかった髪が、今では後ろでポニーテールを作れるくらいにまで伸ばしている。

 

彼女はセブンスヘブンのソファに座りながらテレビを見ていたらしく、ティファが帰ってきたとわかった途端にこっちに向かった来た。

 

 

「クラウド、見つかった?」

 

 

最初に聞かれたのはそれだった。

 

ティファはなんて答えたら良いのかわからず戸惑ってしまった。

 

見つけたけど意識不明で仮想空間に閉じ込められています、なんて馬鹿正直に教えるという考えはなかった。

 

心配させたくないティファは首を振って、罪悪感を感じながらも嘘をついた。

 

 

「ごめんね、まだ見つかってない」

 

「······そっかぁ」

 

 

するとマリンは顔を俯かせてしまった。

 

彼女も、クラウドのことを心配しているのだろう。彼女にとってティファとクラウドは、保護者みたいなものだ。

 

時々、その立場が入れ替わったりする場面もあるが、基本的にマリンの面倒を見ているのはティファとクラウドだ。

 

仲間であり、マリンの父親であるバレットは、石油掘りにいってるため、あまり一緒にはいられないので、マリンのことはティファに預けている。ライフストリームが使えなくなったため、不況ゆえに新たな資源を探し求める組織会社に加入し、日々地下に潜って働いているため仕方ない。

 

寂しい思いをさせてしまっている。

 

デンゼルという近い年代の友人がいても、幼い彼女には親が必要だ。

 

本当の親じゃなくても、寄り添ってくれるだけでいいのに、クラウド達は肝心な時にいなくなっている。

 

それに罪悪感を感じているティファは、悔しい気持ちを押し殺すように奥歯を噛み締めながら、苦笑いをして言う。

 

 

「ええと、ごめんねマリン。実は私、もう一回クラウドを探しに行ってくるから······」

 

「うんわかってる」

 

 

即答。

言い切る前に返事をしたマリンはつい背中を見せてバーの椅子に座り込んでしまう。

 

わかりきっていたことだった。ティファはそうやっていつもクラウドを探し回って、見つからなかったら帰ってきて一息つく。その後、また探しに行ってしまう。

 

店番をしようにも、マリンは子供だから店長がいなければ店を経営することは出来ない。

 

出来ることがあるとすれば、配達の仕事をしているクラウドの手伝いとして伝票の整理をすることに、店に出す料理の食材の調達のためにスーパーに行って買い物するかくらいだ。

 

店の出入り口に残されたこの店の店長であるティファは、その冷たい空気を前にして頬をかいた。

 

まるで、涙が伝った跡を爪で掻いて消すように。

 

 

「ごめんねマリン。代わりに今何か美味しいご飯準備するね」

 

 

言ってマリンの頭を撫でると、ティファは台所に足を向けた。

 

 

「ええとエピオルニス卵と、ヒナドリスの肉があるから·······」

 

 

ざっと冷蔵庫を見回して食材を確認すると、すぐにメニューを決めて必要な材料を取り出してからバーテーブルの方をちらりと見た。

 

 

「そういえば、デンゼルは?」

 

「まだ学校。わからない問題が解けるまで帰らないって」

 

「デンゼルらしいね」

 

 

二人はエッジに作られた小さな小学校に通っている。学費はバレットが払っている。だから彼は必死に地下で資源探しの仕事を頑張っている。

 

勿論、クラウドとティファも二人がちゃんと学校に行けるように僅かながらでも支援している。

 

送り迎えが出来そうな時は、ティファが車を使って送ってくれる。今回みたいに、どちらかが一人学校から帰るのが遅くなった場合、クラウドがフェンリルを使って迎えに行ったりする。

 

そんななんてことのない日々を送っていた彼女達だったが、ある日クラウドがあんな書き置きを残してから全部めちゃくちゃになった。

 

だから、ティファは何としてでも探し出して、クラウドに文句の一つや二つを言ってやろうと考えていた。

 

けれど、

 

事情を聞いて、納得してしまった彼女は、クラウドをこれ以上咎めることは出来なかった。

 

マリンやデンゼルにはまだもう少し寂しい想いをしてしまうかもしれないが、あと一歩の所まで来ているのだ。

 

だから、もうちょっとだけ待っていてほしい。

 

水で割っためんつゆを熱し、そこに切り終えた玉ねぎとヒナドリスの鶏肉を投入した後、火をよく通した溶き卵を流し入れてかき混ぜる。

 

そして。

 

ゼクサム米という、特産品のお米を使ったライスにかき混ぜた卵を乗せて、完成。

 

 

「出来たよマリン。セブンスヘブン特製『ふわとろ親子丼』!!」

 

 

言いながらティファは皿を持ってバーテーブルに置いた。スプーンとお水も用意し、召し上がれと言うと、マリンは小さくいただきますと手を合わせてスプーンを手に取り、そのふわとろ親子丼を一口、二口と、次々に運んでいく。

 

 

「······やっぱり美味しいね、ティファの手料理って」

 

「うん」

 

「······みんなで一緒に食べれたら、もっと美味しいだろうなぁ」

 

「!」

 

 

ティファは、美味しいけどスプーンを動かす手が段々と遅くなっていることに気付く。

 

震える手で、幼い少女は告げる。

 

 

「でも······仕方ないよね。二人とも······忙しいし。何より、クラウドは配達屋だから······一緒にいられる時間もないし·······こん、な········わがまま、言っ、ちゃ·······ダメだよね?」

 

 

もう、涙声だった。

鼻を啜るようにして食事の手を止めてしまったマリンに、ティファは奥歯を噛み締めていた。

 

マリンはスラム育ちとはいえ、まだまだ子供だ。

 

保護者が近くにいなくて、友人がいても頼れる大人が寄り添ってあげなければならない。そうしないと、寂しいという感情が現れ出す。

 

それを耐えて、耐えて、ずっと耐えるのは一体どんな困難なことか。

 

 

「······」

 

 

ティファはバーテーブルを迂回しマリンの隣に座ると、彼女の頭に優しく手を乗せてあげて、言う。

 

 

「そうだよね······会いたいよね」

 

「·······うん」

 

「なら、さっさと見つけて来なくっちゃね!!」

 

 

そう言ってティファは彼女の頭を撫でる。

 

撫でながらこう尋ねる。

 

 

「ねぇ? 会ったらどうしよっか?」

 

「みんなで一緒にご飯を食べる!!」

 

「その前に─────」

 

 

ティファは笑って、ウィンクして内緒話でもするかのような口調でマリンに提案する。

 

 

「帰ってきたらお説教だね!!」

 

「賛成ッ!! それに、溜まりに溜まった配達伝票の整理もしてもらわないとッ!!」

 

 

どんな選択をしてもクラウドに逃げ場はない状態を作り出して、お説教をする作戦を立てた二人は、互いに微笑み合って手を合わせていた。

 

ティファは皿を片付け、マリンも手伝うように台所に立って皿洗いをする。

 

二人はその間も微笑んでいた。

 

希望に満ち溢れたような風景に、どこか暖かさを感じる。

 

とりあえず、彼女と和解したティファは、皿洗いを終えて一通り店の掃除をして掻いた汗を流すためにシャワーを浴びると、乾いたモフモフのタオルで体を拭いて、いつもの黒服に着替えて支度を済ませると、

 

マリンがドアの前で待っていた。

 

彼女は何か言いたそうな目でティファの顔を見上げていた。

 

 

「ティファ、クラウドちゃんと帰ってくる?」

 

「······うん。絶対に連れて帰ってくるッ!!」

 

 

ティファの言葉に、マリンはとても素直な笑みを浮かべた。ティファもその笑顔を見れて嬉しかったのか、元気のある声でマリンに言う。

 

 

「それじゃあ、また行ってくるね」

 

「うん!! 行ってらっしゃいッ!!」

 

 

マリンは笑みを浮かべてティファを見送った。

 

少女の微笑みに誓って、ティファは覚悟を決めた。

 

大切な仲間を、必ず救い出す。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

二人が目覚めたのは、ほぼ同時だった。

 

 

「あ!」

 

「え?」

 

 

女性グループに別れて三人で泊まったホテルの一室で、そんな声が二つ重なりあった。豪華な装飾に彩られた室内で目覚めたユウキとティファは、柔らかいベッドの上で互いに見つめ合う。

 

見たところ、一緒に泊まってたリーファの姿が見えないようだが、どこかに出掛けているのだろうか。

 

なんにしても、あまり話して来なかった仲なので、彼女達の間に共通の話題はないし、高級ホテルの一室には、何か妙な沈黙が下りていた。

 

しかしやがて、一人の少女がポツリと言った。

 

 

「おはよう!」

 

「え······あ、おはよう」

 

 

それに倣うようにティファが頷くと、ユウキがそれを機に会話を始める。

 

 

「そういえば、ちゃんとした自己紹介がまだだったよね。ボクの名前はユウキ! お姉さんは確かティファって呼ばれてたよね?」

 

「うん、ティファが私の名前だから」

 

「じゃあさ、これからはティファって呼んでもいい?」

 

「うんいいよ。その代わり、私もあなたのことをユウキって呼んでも大丈夫?」

 

「うん! むしろ全然オッケー!! これからもよろしくねティファ!!」

 

「うん」

 

 

ティファがそこで流れを遮断してしまったため、またもや会話が止まってしまった。テンションが噛み合わなくてついていけないのだ。

 

が、

 

一度会話をし出すと遠慮しなくなるのがユウキという人間な訳で、

 

 

「ねぇねぇ! ティファって格闘家なの!?」

 

「え?」

 

「あの時クラウドをぶっ飛ばしたあれ、凄い威力だったなぁ~。どうやるのあれ!?」

 

「え、えっと·······とりあえず右手に力を込めて、呼吸を整えて全身に巡っている覇気を一点に全集中させて、生命エネルギーを物理エネルギーに変換して、それを右手の指の付け根から爪先まで込めることを意識して、低い姿勢になって破壊力のある型を取って」

 

「うんごめん、全くわかんないや」

 

 

話を聞いている最中、ユウキの目が死んだように白く染まっている。複雑な技術であることはわかったが、どうも想像できそうにない。

 

ティファの説明に顔が歪んだようにゆらゆらとしているユウキだったが、

 

バァンッ!! と。

 

唐突にホテルの一室の扉が勢いよく開けられる。

 

 

「ユウキ! ティファさん!! いるッ!?」

 

「「!?」」

 

 

入ってきたのはリーファだった。

 

口振りからしてどうも焦っている様子だが、一体どうしたのだろうか。

 

リーファは口調を荒げて、

 

 

「大変なのッ!! キリト君が······キリト君が·····ッ!!」

 

「落ち着いてリーファ! 何があったの?」

 

 

ティファが立ち上がってリーファの肩に両手を乗せると、落ち着かせるように言う。肩で呼吸してるのを見ると、相当急いで戻ってきたらしい。

 

少し息を整えたリーファは再度二人を見つめて、一度溜まった唾液を飲み下してから言う。

 

 

「キリト君が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「!?」」

 

 

その声に二人は驚愕したように目を見開き、頬に汗をひとすじ垂らした。

 

あの超難関のグランド・クエストに一人で挑みにいった。

 

何故? 何しに?

 

という疑問を考える暇もなく、異常事態が起きたことだけはわかったが、あまりに信じられなくて、何か頭の後ろが痺れたようになって、上手く目の前の状況を処理できてない。

 

しかし、

 

ティファとユウキはすぐに切り替え、互いに顔を合わせると同時に頷く。

 

そしてそのまま部屋の外に出ていき、異常事態が発生したということを知らせるためにクラウドが眠る隣の部屋へ駆け込んで行く。

 

 

「リーファはキリトの後を追ってッ!! 私達もすぐに行くからッ!!」

 

「えッ!?」

 

「キリト一人であそこをクリアするなんて無理だよッ!! ボク達は今からクラウドを起こしに行くから、先に行っててッ!!」

 

 

それだけを言い残し、二人は急いで隣の部屋へ駆け込むと、リーファよりも更に強力に部屋のドアをノックもせずに開けて、

 

 

「「クラウドッ!!」」

 

 

キリトが何故単体で挑みに行ったのかはわからないが、仲間が危険な状態になっていることだけは確かだ。

 

このままだと、キリトはグランド・クエストに現れるガーディアン達に串刺しにされる。

 

それだけはさせる訳にはいかない。

 

二人は何としてでも救うため、パーティーメンバーの中で一番頼れるクラウドに異常事態発生を知らせて。

 

仲間の救出に向かう。

 

 

 

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