ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第4章

 

 

武器というのはこの世界では重要になってくる。

一応武器は支給されたり購入できたりもするが、どれもこれも初期装備よりはそんなに高くはない。10上がった程度だ。

 

だが最近の噂によれば、このフロアで一番使える武器が手に入るクエストがあるんだとか。最初にそれを入手したのがこのゲームの先行体験者であるβテストの者達。彼らは正式リリース前にこのゲームを遊んでいるため、正式版から始めたプレイヤーよりも詳しい。だから、経験値稼ぎ場所も知ってるし、素材集めの場も知っている。

 

そんな奴らをよく思わない奴もいるとのこと。

 

強い武器を誰よりも先に入手し、経験値場所を独占し、素材も独り占めしていると思われたからだ。そのあと正式版プレイヤーたちが後からそれを手にいれるという。確かにそれだけを聞くと皆納得がいかないだろう。強い武器を手に入れて、それで狩場を独占してしまえば誰よりも先に強くなる。そんなの納得がいかない。生きて帰るためにも、みんなで協力したほうがいいというのに。β版プレイヤーが先に突っ走っている。

 

ただ、こうも思う。

 

βテスターのプレイヤー達は、正式版の者たちを引っ張っている。先に攻略し、どうすればいい武器が手に入るのかや、いい狩場を先に見つけて教えている。初心者が簡単に死なないように、先行プレイヤーが先に毒味をしている感じだろうか。

 

だから、今はもうその強い武器の入手方法も公表されているし、狩場も共有されている。

 

今は強い武器を入手するためにみんなそのクエストをやっているのだが、

 

 

「相変わらずその装備のまんまなんだナ。もっといい装備が欲しいとか思わないのカ?」

 

「興味ないね」

 

 

見た目は大きく変わらない。でも中身はかなり変わっている。レベルは先行プレイヤーに負けず劣らずの強さまで上り詰め、今では最前線でもついていけるぐらいまで強くなっていた。

 

ただクラウドは多少居心地の悪さを感じているようだった。理由は、常に隠れていることだろう。彼はいまだにゲーム内で噂になっている。今では大分治まってきたみたいだが、『外部からの救援』というものもあれば、『ゲーム開発者が送り込んできた刺客』などと噂されている。

 

ただ、その姿のことについては疎らだ。

時には、大柄な男。時には、弱々しそうな少年。時には、女性。などというように、容姿についてはあまりわかっていないみたいである。詳しく見られなかったから性別まで不明というのは少々強引な気もするが。

 

これでもし、金髪のツンツン頭で大剣背負ってるという具体的な噂が流れていたら即特定されていた。それに比べたらマシだろう。

 

アルゴは木に背を押し付けているクラウドに言う。

 

 

「にしても、お前が今回の攻略について興味を持つなんて驚いたヨ。いきなりフロアボスの特徴と居場所を教えろって言うんだもんナ。でも、だったらなんで攻略会議の場に出席しなイ? 個別で情報手に入れようとするなんて、ほかのみんなが聞いたら絶対ブチギレるゾ。もうそんなにお前のことは噂されてないみたいだし、参加しても誰も気にしないと思うガ? なんか参加したくない理由でもあんのカ?」

 

「別に、ただあまりあいつらと一緒に居たくない。それだけだ」

 

「良い歳してなに子供みたいなこと言ってんだヨ。真面目に攻略する気あるのカ?」

 

「前にも言ったが、俺はこれからもソロで行く。仲間なんて作るだけで足枷になる。頼れるにしろ助け合うにしろ、仲間を気遣って失うなんてことはあってはならないからな」

 

「オイオイ」

 

 

アルゴは呆れたように告げる。

 

 

「現実世界でも一応仲間はいたんだロ? なのになんでここでは作ろうとしないんダ? まるで、失うのが怖いみたいな口ぶりだガ···········」

 

「·································」

 

「まぁ、ここで現実のことを詮索するのはNGダ。そこは聞かないことにするヨ。でも、お前はそれで良いのカ? このままじゃ一生誰とも仲良くできないと思うけど、ここではソロでやるのも限度があル。ここのフロアボスだって一人で倒せるように設定されていなイ。登れば登るほど敵も強くなって、最終階層なんて全プレイヤーが挑んでも勝てるかわからないほどなんだゾ?」

 

「ああ、わかってる」

 

「ま、とりあえず金はもらったんダ。情報は渡すヨ」

 

 

すると、アルゴは手帳をパラパラとめくり、

 

 

「今日の昼にトールバーナで攻略会議が開催されたばっかだからまだ一般にはそこまで公表されていないけど、場所は──────」

 

 

それを聞きながらクラウドは調子が狂ったように空を眺めていた。

 

こんな綺麗な夜空でも、所詮偽物。自分はもう偽物なんかでは満足しない。本当の自分で本当の世界を生きる。そう決めたのだ。口下手な自分、精神面が弱い自分、それらすべてを受け入れて生きようと思った矢先に偽物の世界に閉じ込められるなんてふざけてやがる。

 

そう言うのはもううんざりだ。

 

調査だとか、依頼だとかそういうのはもう今は後回しだ。このクソみたいなゲームを攻略していけばそのうち元凶も現れ、そしてお目当のやつもきっとあっちから姿を現す。追いかけるんじゃない、ただ待っているのだ。姿を現すその時を。

 

その思いを胸に抱き、アルゴの情報を聞いていた。

 

 

「───で、ここまでが現段階でわかっていることダ」

 

「そうか」

 

「一応言っておくが、一人で挑もうなんて馬鹿げたこと考えるなヨ? このボスはβ版と同じボスだが、正式版で何か変更されている可能性があル。β版と同じであるとは限らない以上、この情報だってあてにならないんだからナ?」

 

「わかってる」

 

 

クラウドは即答する。

 

しかしそこには何の説得力もなかった。真面目くさった顔で答えているクラウドの顔を見て、アルゴは思わず笑ってしまった。

 

 

「···········そっか、わかってくれているならオネーサンは安心だナ」

 

 

アルゴは笑みを崩さずに言う。

 

 

「本音としちゃ、帰りたいっていうよりみんなの安否が気になるって感じカ? 素直なところ、お前は顔も本当の名前も知らないヤツのために戦える人間なんだナ」

 

「何の話だ?」

 

「いやいや別に何でもないヨ。ただ心温まるボランティア精神たっぷりのシーンをぶち壊すようで悪いんだが、もう一度言っておくゾ。一人で挑もうなんて馬鹿な真似するなヨ? そして、絶対に死に急ぐような真似だけはするナ」

 

 

先程とは打って変わって真剣な表情になる。

割と冗談抜きでの声色にクラウドも数秒黙るが、顔色一つ変えずにいつもと変わらないように、ただ「ああ」と簡単な返事だけをし、その場を去って行った。

 

もうすぐ夜明けだ。宿屋に戻って次の狩に備えなければならない時間。

 

だが彼の行き先は別の場所。

 

史上最強と言われた英雄を打ち破った彼に怖いものなんかなかった。設定をも凌駕する異物は異物のアバターを借りて、今度も顔も知らないヤツのためにもう一度立ち上がる。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

もう何回ここで昼を経験したんだろうか。時を遡ったとしても、この違和感は拭えない。

 

早いものでもう一ヶ月。

 

だが、この一ヶ月で二千人ものプレイヤーが死んだ。

 

この世界から本当に出られないとようやく理解したプレイヤーたちは絶望し、奇行に走るものたちが最初に死んだ。彼らは理解してしまったが故に、自我を失ってしまった。

 

嘘だ、ただの夢だなどのほざく者は身を投げ出して自害したりした。死ねば現実でも死ぬなんて信用していないものも身を投げてログアウトしようと試みた。彼らからすれば、これはただの悪い夢。ゲームオーバーになればログアウトされて家族と感動の対面ができるなんて思ったんだろう。漫画や映画みたいに、実はゲームオーバーになっても死ぬことはありませんでしたなんて展開を想像していたんだろう。

 

死んだものがどうなったかは、ここにいる住民たちには知る由もない。死ねばわかるが、わざわざ自ら身を滅ぼすなんて真似誰がしたがる? それなら普通に攻略した方がいい。それが、現段階で一番最善な考えだと言えるだろう。

 

それに、結局外部からの問題解決はなかった···········いや、それらしいものはあった。少年はその場にいたわけではないので知らないが、少年がそこから去った後広場ではある変化があった。

 

 

GMの説明後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

姿はもちろん知らないし、何で閉じ込められると既にニュースで報道されているにも関わらずログインしてきたのかも知らない。目的がわからない以上、彼はそいつのことを救援者とは受け取らなかった。スパイである可能性の方に一票。

 

そもそも、もう警察や政府などといったお偉いさん方がログインしないように呼びかけている中で、ログインしてくるなんておかしいとしか思えない。救援者だとしても、初心者がどうやって救うというんだ?

 

チートを使って攻略する? そんなのこのゲームの開発者である“あいつ”が許すはずもない。となれば、別の目的があると考えるのが妥当だろう。それが何なのかわからない以上、そしてどんなヤツなのかわからない以上、軽々とは信用できない。

 

ともあれ、今は目の前の攻略に集中だ。

 

今いるのは四十四人。それが今回の攻略に集ったプレイヤーの総数だった。

 

少々少ない、というのが素直な感想。しかし、これでも多い方なのかもしれない。デスゲームに参加させられて前向きに攻略しようなんて考える輩はおそらく全体の三割程度。全滅する可能性だってあるのに、勇敢に挑む奴は少ないだろう。しかも、ほとんどが男性だ。見たところでは女性プレイヤーは、広場の反対側にいる『鼠のアルゴ』だけだった。しかし彼女は参加はしないだろう。情報屋としてのネタ探し、そんなところか。

 

しかし、ここにいるのだろうか? 姿は知らないが、その命知らずのログインプレイヤーはここに参加しているのだろうか。皆騒いでいないことから恐らくは参加していないのだと思われるが、もし本当に救援に来たのなら参加するはずだが、やはりそいつは開発者側の人間か?

 

と考えていたが、パン、パンと手を叩く音と共に、よく通る叫び声が広場に響き渡る。

 

 

「はーい!! それじゃあそろそろ始めさせてもらいまーす!!」

 

 

ここ一帯を集中させるような掛け声。長身の各所には強化を怠っていない装備を身につけ、片手剣使いの男性だった。現実世界ではあり得ないが、鮮やかな青に染められた髪が特徴的だった。おそらく髪染めアイテムを使ったんだろうが、まだここではそれは購入することはできない。となれば、ドロップアイテムで染めたと考えられる。つまり、それだけモンスターとは戦って来ていると見える。

 

手練れのように見せるための演出か、それとも単なるファッションかはわからないが、少なくとも簡単に死ぬようなやつではなさそうだ。

 

そんな男性が爽やかな笑顔を浮かべると、360度全方向に聞こえるように全反射する声で言った。

 

 

「今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう! じゃあまずは簡単な自己紹介から。俺の名は“ディアベル”、職業は気持ち的にナイトやってます!」

 

 

彼のその言葉に、広場にいる一団がどっと吹き出し、

 

 

「ははははっ! ジョブシステムなんてねーだろー!」

 

「本当は勇者って言いてーんだろ!」

 

「いいぞいいぞー!!」

 

 

などという明るい声が交錯した。

ディアベルの放った冗談は煮詰まった空気をすぐに変え、口笛や拍手で彼を称えている。

 

職なんてものはないので、どんな職名を名乗ろうとそれは個人の自由だ。だが、彼のその堂々たる姿はまさにナイトと言っていいだろう。

 

 

(確かに、彼ならこの場を引っ張るにはふさわしいな)

 

 

少年は脳内で彼のことを思い出していた。

接点は一切ないが、少年は一方的に彼のことを知っている。彼は街中でも呼びかけたり、他のプレイヤーに支援物資を配ったりなどしていたはずだ。そんな彼が今回の指揮をとる。その役割にぴったりであり、少年も異論はなかった。

 

将来、彼がこのゲームのクリアに導いた者として称えられるのかもしれないなどと少年は考えた。

 

 

「さて、こうして最前線で活躍しているトッププレイヤー諸君には集まってくれたことに感謝する。そして、もう言わずもがなわかっているとは思うが、今日集まってもらったのは他でもない───」

 

 

彼の演説は先ほどとは打って変わって真剣になる。

本日のメインイベント、これを言うために俺は今日ここに来たんだと言うように勢いよく右手を上げ、このフロアの彼方にある巨塔。

 

第一層迷宮区と思われる場所に指差して告げる。

 

 

「····················昨日、俺たちのパーティーがあの塔の最上階で、()()()()()()()()()()!」

 

「「「「「!!」」」」」

 

「つまり、明日か、遅くとも明後日にはついに挑むことになるわけだ。この第一層のボスに!! そして、ゲームクリアの第一歩に!!」

 

 

彼の演説は唐突だった。

もちろん、みんな予想はしていたはずだ。しかしそれでもついにボス部屋を見つけたという報告となると、誰もがざわめいた。実際、この場に自らの意思でやって来た少年も驚いていた。

 

迷宮区は二十階まであり、まだ誰も最深部まで潜っていない。ほとんどのプレイヤーがそこまで行き着いていることすら知らなかった。

 

彼のパーティが誰よりも先に最前線で戦ってくれたことにより、ボスの部屋までたどり着いた。その功績は大きい。危険を顧みずに挑んで行く彼の度胸は本当に素晴らしいと思う。

 

 

「一ヶ月だ」

 

「「「「「!」」」」」

 

「一ヶ月、それだけの期間があれば何ができただろう。現実世界ではどんな変化が起きたんだろう。一日経つたびに俺は思い出す。本来の俺たちは現実世界で何が出来ただろうかってな。一ヶ月もかかったんだ、クリアまでの一歩を見つけ出すために。長かった、気が遠くなる感覚までやって来たよ」

 

 

彼の言葉は震えていた。

悔しさか、感動か、あるいは両方か。

 

 

「そしてついに! 俺たちはクリアまでの第一歩を踏み出す時がやって来たんだ!! このデスゲームを終わらせるために、いつか大切な人と出会うために、俺たちは戦って来たんだ。はじまりの街でまだ絶望してしまっている人たちに、俺たちは希望を与えなければならない。生きて帰る、絶対にクリアする、その希望のメッセージを伝えなければならない!! このフロアボスを倒すことでそれが証明される。今この場に集まってくれたトッププレイヤー諸君には、その協力を頼みたい!! 俺に力を貸してくれ! 生きるために、生き残るために、全員で力を合わせて挑もう!! 全員で帰るんだ、元の世界へ!!」

 

 

その言葉を聞いて、皆は再び喝采した。

この場にいる全員が彼の演説に感動し、周りにいる全員の拍手が彼を包んでいた。非の打ち所もない··········いや、非なんてものすらない。街で怯えているみんなを救うための義務の押し付けなんて誰も思わない。むしろ、その役割を与えてくれたことに感謝している。最前線にいる自分たちへの激励は、皆をまとめるのに十分だった。

 

 

「OK! それじゃあ早速だけど、攻略会議を始めさせてもらおうと思う! まずは6人の『パーティー』を組んでみてくれ!」

 

(··········え!?)

 

 

その言葉だけは少年にとって聞きたくなかった。

彼は今までソロとしてやって来た。ついでに言えば今まで誰とも話してなかった故に、人との接し方すら忘れかけていた。

 

皆がチームパーティーを組んでいる中、彼だけは誰とも組めていない。なんだろう、ぼっち特有の苦しみをここでこのタイミングで味わうことになろうとは。覚悟はしていたがそれでもやっぱ辛ぇわ。

 

と、そんなバカなことを考えている暇はない。流石にここではチームに入らなければ除け者にされる。皆がもう6人パーティーを結成している中、まだ空きがある場所を探して目を全方向へと飛ばす。

 

 

「あ」

 

 

と、ある人物が目に入って来た。

 

痩せ型、やや小柄か。頭から腰近くまで覆うフード付きケープを羽織っているためか、顔は見えない。そのせいか、誰も彼女を誘おうとはしなかった。不気味なやつ、近づきづらいというイメージがあるためであろう。

 

しかし、他の面子はもうパーティーを組んでしまっている。残りはあいつしかいない。ならばと思い、少年はそいつの元へと近づいて行く。

 

 

「な、なぁ?」

 

「!?」

 

 

声をかけた瞬間、そいつの肩が小さく動いた。

声をかけられるとは思わなかったんだろう、かけられる準備すらしてなかったので驚いてしまっていた。

 

 

「··········何?」

 

「あ、えっと·····まだ誰とも組んでないなら俺と組まないか?」

 

「私が? あなたと?」

 

「アブレてるの俺たちだけみたいだし、あんたが良ければ俺と組まないか?」

 

「アブレてなんかない。周りがみんなお仲間同士だったから遠慮しただけ」

 

「でも実際残りはもう俺たちだけみたいだし、レイドは八パーティーだけだからそうしないと入れなくなる」

 

「····················」

 

 

沈黙。

それだけが二人の間を包む。一応、少年の方はこれでも勇気を出して声をかけたのだ。それがこの結果になってしまって少々困惑している。

 

だが、数秒後には顔は向けずにそいつは頭をわずかに縦に揺らして、

 

 

「···············いいわ」

 

「ほんとか!?」

 

「ええ、一時的にだけど。そっちから申請してくれるなら受けてあげなくもないわ」

 

「そっか、ありがとう」

 

 

内心嬉しかった少年。

初めての自分からのコミュニケーションでペアを組めたことが少々嬉しかった。

 

わかったとだけ言い、視界に表示されているカラーカーソルに触れてパーティー申請を出した。声と口調が女の子っぽかったことからわかってはいたが、彼女は慣れてない上に素っ気ない仕草でOKを押した。

 

すると視界には、やや小さい二つ目のHPゲージが表示される。その下の名前にあたる欄。短いアルファベットの羅列をじっと見つめる。

 

 

《Asuna》

 

 

不思議な名前であった。

 

 

「よぉーし! そろそろ組み終わったかなー?」

 

 

ちょうどいいタイミングだった。

ディアベルが全体の雰囲気を見計らい、パーティーが組めたかどうかを周囲に確認する

 

 

「じゃあ! これから··············」

 

「ちょっと待ってんかー!」

 

「?」

 

 

そんな時、酷く鋭いような男の声が滑り込んで来た。

そんな関西弁の男の叫びに歓声はピタリと止まり、その声の発せられた方向へ全員が振り向いた。

 

 

「ほっ、ふっ、よっ、てっ、せやっ、でぇい! よっと! ふぅ·············」

 

 

会議場の階段を一段一段声を出しながら飛び降り、茶髪のトゲトゲとしたサボテン頭の男がディアベルの少し斜め前に降り立った。

 

するとそいつは、ディアベルとは異なって美声とは程遠い濁声で唸って、

 

 

「ワイは“キバオウ”ってモンや。ボスと戦う前に、一つ言わせてもらいたいことがある。こん中に! 今まで死んでいった二千人に詫び入れなアカンやつらがおるはずや!!」

 

 

唐突な乱入をした上に、急に訳のわからないことを言い出す男。

 

そんなやつに全員が怪訝そうな顔になる。

 

盛大に鼻を鳴らし、鋭く光る目で広場にいる全員を睥睨している。攻略会議の場は一瞬で混乱の空気に包まれ、誰もがそいつを異物感のあるような奴として認識していた。

 

 

「キバオウさん、君の言う『ヤツら』とはつまり、元『βテスター』達の人のこと······かな?」

 

 

キバオウの言葉に対し腕組みをしたディアベルが発言し、その疑問の解を問う。

 

 

「そや! 決まってるやないか! β上がりのヤツらは、このゲームが始まったその日にビギナーを見捨てて消えよったやないか! ヤツらは美味い狩場やら、ボロいクエストを1人占めして、自分らだけポンポン強なって、その後もずーっと知らんぷりや!!」

 

 

途端、低く騒めいていた広場の声が止んだ。キバオウの言いたいことに全員が理解し、誰も何も言おうとはしなかった。

 

言えばあいつを変に刺激するだけ。しかも、何か言えば即そいつは奴の言う『βテスター』の疑いを持たれてしまう。そう思ったのだろう。

 

 

「しかもや!! あの“茅場晶彦”の演説が終わった途端に現れた『救援プレイヤー』も、救援者と噂されとったくせに広場から逃げてみんなを見捨ておった!! それだけやなく、それ以降全然姿を現さんらしいやないか!! そんなんただの臆病者と変わらへん!! どんなやつかは知らんがこん中におるはずやで! β上がりのヤツらと、その変な期待だけさせといて結局は何もしてへん臆病者プレイヤーが! そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテムを吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし預かれん!」

 

 

好き放題言いやがって、と何人が思っただろうか。

少なくとも『βテスター』である奴は思っただろう。本当に『βテスター』が独占したと思っているのだろうか。『βテスター』だって死んだものはいる。確かめたわけではないが、少なくとも少年はそう思っていた。

 

何より、自分が今この場に立てていることに疑問を思わないんだろうか。本当に、自分の力だけで今まで生き残ってこれたとでも?

 

否。断じて否である。

 

自分達だけの力で生き残れたと思っているのなら、そいつは自惚れた愚か者だ。このゲームの難易度はそこらのゲームよりも高い。何より、デスゲームと化してしまった事でそのレベルはさらに引き上げられた。

 

だから、このゲームの先行プレイヤーたちが先駆けしてどこが安全か、どう攻略すればいいかを誰よりも先に確認したのだ。彼らが誰よりも先に動いてくれたから、今多くの人たちが生き残っている。死んでしまったものもいるが、彼らの知識と経験が多くの人を救ったのだ。正しく言うなら、死者数を抑えたって言えばいいのか?

 

だが少なくとも、何人かは救っていたんだ。

 

それをあいつは自分達の力だけで生き残ったと思っている。

 

実際、攻略法を教えただけでは抑えることはできない。あくまで、攻略法を教えただけだ。その先は個人の力次第だ。だからキバオウのような奴が出てくるのも当然っちゃ当然だ。攻略法があったとしても、受け方によっては全然役に立たない代物にもなる。単にそいつの実力不足とも言えるが、そこは個人の問題だ。どうにもならない。

 

 

「発言いいか?」

 

 

その時だった。

この異様な空気の中で動くものがいた。

 

大きい男。両手用の斧が軽そうに見えるほど屈強な大男。褐色肌のスキンヘッドな男はキバオウの前まで行き、キバオウは少々たじろいでいた。

 

 

「俺の名前は“エギル”だ。さっきから話を聞いている限りだと、あんたはこう言いたいんだな。元『βテスター』が面倒を見なかったから新規プレイヤーがたくさん死んでしまった。その責任を取って謝罪と賠償しろと、そういうことが言いたいんだな?」

 

「そ········そうや! あいつらが見捨てへんかったら死なずに済んだ奴が今もここにおったんや!! ちゃんと情報やらアイテムやらを分け合うてくれたら、今頃みんなここに········いや、もっと早く攻略できてたにちがいないんや!!」

 

 

暴論だ。

その中にはお前の言う元『βテスター』たちも含まれているというのに、それを知らないからそんなことを言ってしまうのだろう。哀れな奴だ。

 

少年はもちろん叫びたかった。だが抑えた。吊るし上げられるのが怖いから? だと思う。

 

が、それ以上にここで何か言ったら余計に場が悪くなるだけだと思ったからだ。あいつは刺激されればされるほど突っかかってくるようなタイプの人間だ。ここで何か言えば魔女狩りとかが起きてしまう。あいつは俺たちを見捨てた元『βテスター』、だから倒してしまおうなんて考える奴が出てくる可能性がある。

 

しかし。

 

しかし、だ。

 

 

「キバオウさん。あんたの言うことも少しはわかる。わかるが··········」

 

「な、なんや?」

 

「金やアイテムはともかく、情報はあったと思うぞ」

 

 

彼の発言が場の流れを大きく変えた。もちろんいい方へと。

 

すると、エギルと名乗った大男はレザーアーマーの腰につけた大型ポーチから羊皮紙を閉じた簡易的な本を取り出した。

 

それを取り出すと、広場の上から見ているアルゴが僅かに口角をあげた。

 

 

「このガイドブック、あんただって貰ってるだろう?」

 

「も、もちろんや···············」

 

「これは、俺が新しい村や町に着くと必ず道具屋に置いてあった。しかも無料でだ。あんたこう思わなかったか? 情報が早い上に、なんで無料でこんなものがどの道具屋にも置かれているのかってな」

 

「せやからそれがなんや!? 早かったら何やっちゅうんや!?」

 

 

まだわからないのか、そう言うようにエギルはキバオウの目を見つめて、

 

 

「こいつに載っているモンスターやマップのデータを情報に提供したのは、あんたの言う『βテスター』たちしかいないということだ」

 

「!?」

 

 

その言葉に、キバオウだけでなく全員がざわめいた。

 

 

「いいか、情報はあったんだ。なのにたくさんのプレイヤーが命を落とした。その理由は、おそらく彼らがベテランのMMOプレイヤーだったからだと考えている。このゲームを今までやってきたゲームと同じようなものだと思ってしまったことが原因で、彼らは甘く挑んでしまった。すぐにレベルアップしてクリアできるなんて考えを抱いてしまったんだろう。だからこそ、そうならないように情報が早く出回ったんだ。一々死んだのは誰のせいなのかとか追求している場合ではないだろう。考えるべきことは、これからどうするか、どう攻略すべきか、未来のことを考えて進むべきだと俺は思うんだがな」

 

「························」

 

「それに、あんたの言うその『救援プレイヤー』だって生きることに必死のはずだ。他人に構う余裕すらないのかもしれない。何より、救援者だって言うのも俺たちの勝手な決めつけだ。そいつだって色々事情があるだろう。ログインするのに時間がかかった、ログアウトできなくなるというニュースを見ずにログインしてしまったとかな。納得できないかもしれないが、考えられる可能性はいくらだってある。そんなやつに俺たちの勝手な希望を押し付けるなんて失礼だと思わないか?」

 

「····························」

 

 

彼は一切揺らがなかった。

終始堂々として、キバオウに意見を述べていた。噛み付く隙すらも与えず、反論する隙も与えず、誰かがエギルを元『βテスター』だと疑うことすら許さず、彼はずっと堂々としていた。

 

 

「キバオウさん」

 

「!?」

 

 

と、背後にいたディアベルが声をかける。

 

 

「君の言うことも理解できる。俺だって何度も死にかけた。でも、彼の言うとおり今は前を見て進むべきだ。ここで啀み合っててもクリアは目指せない。それどころか、全滅だってあり得る。攻略が失敗したんじゃなんの意味もない。みんなで協力して帰るのが、俺たちの目標だろ?」

 

「ッ!!」

 

 

何も反論しなかった。

 

彼は責めたわけではない。ただキバオウにも協力して欲しかっただけだった。乱れていた空気は自然と調和して行き、全員がその場の雰囲気が収まって行くのを感じて安堵の表情を浮かべている。

 

 

「みんなも思うところはあるだろうけど、今だけは第一層突破のために協力して欲しい。どうしても元『βテスター』が嫌だという人は抜けてくれたって構わない、残念ではあるけどね。このゲームはチームワークが何より重要だと思っている。だからこそ、俺はみんなと一緒に戦いたい。みんなで一緒に帰るために!!」

 

 

全ての人に聞こえるような声で言った。

その言葉に、異論はなかった。キバオウも鼻を鳴らしただけでそれ以上は何も言わずに、大人しく席へと引っ込んで行った。

 

 

「よし!じゃあ再開していいかな?」

 

 

ディアベルが問いかけると会場の皆が頷くなどして各々が了解のリアクションを示す。

 

 

「街の道具屋で配布されていた最新版のガイドブックによると、第一層のボスの名前は『イルファング・ザ・コボルド・ロード』というモンスターだ。それと、『ルイン・コボルド・センチネル』という取り巻きモンスターがいることも事前に判明している」

 

 

つまり、だ。

 

彼らは大胆なことにボスのいる部屋に足を踏み入れたということだ。その次の日にプレイヤーを招集し報告するとは、行動力が過ぎる。

 

 

「ボスの武器は斧とバックラー、四段あるHPゲージの最後の1段のゲージが赤くなると、曲刀カテゴリの『タルワール』という武器に持ち替え、攻撃のパターンが変わる。ということだ!」

 

 

そこまでの情報はβ版と同様。

 

しかも、だ。

 

その情報はまんまアルゴが書いた攻略本そのままの情報だった。今無料で販売されているということから、まだ持っていないものもこの後露天商に行って購入し、明日に備えて熟読することだろう。判明したばかりのボスが本に載っている以上、全員がそれを読み込めば犠牲者なしでクリアできる可能性もあるということだ。

 

 

「··············どうだろうナ」

 

 

しかし、本人はそう思わなかったらしい。

 

正式版でのリリースで変更されている可能性が捨てきれないのだろう。影でその話だけを聞いて憶測を立てるが、誰にもそれを言うことはない。確かでない以上、余計な情報は不要。審議もわからない情報を増やせば混乱するだけだ。一応あとでこの攻略のリーダーには油断だけはするなと伝えておくが、できれば考えすぎであってほしい。

 

 

「みんな、今はこの情報に感謝しよう!! これで犠牲者なしの攻略も夢じゃない!!」

 

 

融和性を表すセリフを皆に投げかけるディアベルは、なおもチームの戦力と士気を高めてしまっている。よっ! ナイト様!! ていう声まで飛び交っている。ならばもう、あとは彼らに託すしかない。

 

健闘を祈ろう。

 

それだけだ。

 

 

「攻略会議は以上だ! 最後にアイテム分配についてだが、金は全員で自動的に均等に割る。経験値はモンスターを倒したパーティーの物。アイテムはゲットした人の物とする。異論はないかな?」

 

 

全員が頷く。

暗黙のルール設定が適用されることに、誰も文句は言わない。

 

それよりも、全員が一つの思いを胸に秘めていた。

 

いつかこの世界を出し抜く。

 

絶対に勝てないはずのゲームにだって勝利する。

 

そして、仲間たちに再び自由を与えなければならない。

 

それだけが、彼らの最終目標であり、それ以外はそこまで重要視はしていない。攻略のための必需アイテムとして見れば誰もが欲しがるものだが、それはあくまでついでのような感覚。最重要を頭に置けばゲームクリアが最優先。

 

全員がそれを目指し、明日に備えるのだった。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

第一歩を踏み出す日がやってきた。

とりあえず、ボス部屋まで誰も死者が出なかった。それだけでも上出来だ。大群で挑むボスレイドであれば、雑魚など恐るるに足らない。たとえここまで来るのが初めてなやつであろうと協力すれば怖くはない。

 

だが、少年はいまだに緊張している。

 

これが普通のゲームだったらクリアできるかな? ぐらいの心配で終わってただろう。だが、今は本物の命をかけたデスゲームの真っ最中。これから挑む最初のボスは、どのゲームのボスよりも殺傷力を秘めた強敵だ。それをこれから相手するともなると緊張する。

 

 

「··········ねぇ、ちょっといい?」

 

「うん?」

 

 

すると、隣にいた少年のペアであるプレイヤー、“アスナ”が身を寄せると声を低めて囁いた。

 

こんな時に何事だ? とも思ったが、彼女の口から出てのは拍子抜けするものだった。

 

 

「あなた、名前は?」

 

「·························へ?」

 

「名前はって聞いてるの。聞くの忘れてたから、聞くなら今しかないと思って」

 

「····································」

 

 

唖然としてしまっていた。

こんな時に名前? とも思って驚いてしまったのもあるが、今更かとも思った。

 

なにせ、名前なんていつでも表示されているだろう。プレイヤーの上に常にあるというのに、今まで知らなかったのかと。それを聞いただけで緊張は吹き飛び、思わず吹いてしまっていた。

 

そして、大扉を前にして、少年はペアになった女性プレイヤーアスナに自分の名前を告げる。

 

 

「俺は、“キリト”だ。改めてよろしくな、アスナ」

 

「··················キリト」

 

 

少年の名前だけを呟いて、アスナは頷いた。

そして、大扉に向き直るアスナの横顔を、彼は見つめていた。

 

なんでだろうな、こんな時に名乗るなんて、まるで死亡フラグが立ってしまったんではないかと不安にもなるが、もう引き返せない。

 

相手がいる部屋の前で引き返すなんてしたくない。

 

一つの決意を胸に秘め、キリトも覚悟を決めて大扉に向き直る。

 

かくして一行は塔のダンジョンの1番上にあるボスの部屋にたどり着き、全員を先導して来たディアベルが後ろに振り向きみんなに向けて言った。

 

 

「みんな、聞いてくれ。ここまで来たら俺から言えることは一つだ!」

 

「「「「「····················」」」」」

 

「勝とうぜ!」

 

 

ナイトの長剣は高く掲げられ、それに続くようにみんなもそれぞれの武器を掲げて叫んだ。

その全員からの応えにディアベルは微笑み、青いロングヘアをなびかせて大扉に振り向いて、その中央に手を当てる。

 

 

「行くぞ················」

 

 

その言葉に全員が頷き、各々の装備した武器を構える。

 

ディアベルが重く厚いボス部屋の扉を開け放つ、そしてゆっくりと前進し全員が部屋の中に入る。

 

 

と、その瞬間、

 

 

 

 

 

グルルルルルルルルルルルルァアアアアアッッッ!!???

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

直後、咆哮がパーティー全員の鼓膜を震わせた。

 

おそらく、このフロアのボスの咆哮だろうと思い、全員が武器を構える。

 

が、

 

その直後に、パリィン!! とアバターを超える巨体のモンスターの体が青いガラスの欠片へと変えて四散させた。

 

 

「な!?」

 

「なんやと!?」

 

「「「!?」」」

 

 

意味がわからなかった。

 

わからなかったが、これまでモンスターを倒してきたから、それが何を意味するのかについてはすぐにわかった。

 

 

[Congraturations!]

 

 

という勝利を讃えるテキストが現れた。

 

そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

全員が今の状況に何が起きたのか分析できない。起こったことはわかっているのに、それができなかった。

 

 

よくよく思い返してみれば、先ほどのは咆哮とは違った気がする。

 

悲鳴、そっちの方が正しいか。HPを全て残さず削り切り、まるで断末魔のような叫びを上げたのだ。

 

でも一体なぜ、こっちはまだ何もしていないというのに。

 

と、皆が疑問に思った時だった。

 

 

「あ」

 

 

と、キリトの隣にいるアスナが声を溢した。

皆がアスナを見るも、アスナはその視線に気づかない。ただ一点に視線を固定してしまっている。

 

その視線を追いかけるように、全員が目線をそちらに向けた。

 

 

()()()()()()()()

 

 

右手に持っていた大剣を、ブンブンと回して背中におさめた。

おさめた瞬間、そいつの肩は力が抜けたように手を下げ、腰に手を当てていた。

 

 

異様だった。

 

 

単純なプレイヤーだとは皆認識しなかった。

ツンツンとした金髪に、大きな剣を背に担いでいる男に、皆が唖然としている。

 

言葉で説明しようとしても、できない。できなかった。真っ白に染まった思考ではなにも考えられない。全員の脳がこんなことがあったとしか表現できない。目で見ているものを理解できないことに、強い違和感を覚える。

 

するとそいつは、一度だけこちらを見た。体は動かさず、首だけを動かして。

 

横顔しか見えなかった。が、そこからでもわかる異様さに、皆が言葉を詰まらせている。

 

 

そしてそいつは、何も言わずに歩き出した。次の階層に繋がっている大扉へと。

 

 

「ちょ、ちょお待てやお前!!」

 

 

キバオウが叫んだ。

しかし彼の足は止まらない。

 

それどころか、バン!! という爆音が響く。

そう思った時には彼の姿はいつの間にか大扉まで距離を詰め、そのままその中心に手をかけてその中へと消えてしまっていた。

 

あまりの速度に、電脳世界で作られた肉眼では追いかけることもできず、処理が追いつかなかった。

 

全員が呆然と誰もいなくなった前方を眺めていた。

 

生き残った。

 

0と1で構成された床とコンクリートも砕け、爆撃直後のような惨状の中で全員がそう思うも、嬉しさはなかった。明確に決着できたかどうかも曖昧な結末に、誰も納得しなかった。

 

どう判断すればいいのかもわからないまま、キリトはただそいつの姿を頭の中で思い返す。

 

 

(················救援プレイヤー?)

 

 

男が先程までここで何をやっていたのかは想像できるが、何をどうしたらたった一人でここまでできるのか。それすらも処理速度のせいかと疑うほど思考が回らず、ただ男が消えていった扉を眺めるだけで終わってしまった。

 

 

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