ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第17章

 

 

「クラウド······」

 

 

クラウドの先程の妙に平坦な声に、ユウキは何か気にかかった。

 

特にクラウドは特別な何かを言ったわけではない。ただ空を見て、遠くを見つめるその瞳が無垢な幼子のように澄み渡っていた。

 

だが、その言葉。

 

そこに込められた、得体の知れない感情の渦が、ユウキの心の芯を貫いた。

 

クラウドは彼女達を見た。

 

そこにはもう、ごく普通のクールなクラウドの顔しかなく、

 

 

「すまない······少し、その辺りを散歩してくる」

 

「え!? ちょっ! クラウド!?」

 

 

唐突にそう言われて戸惑うユウキだが、そんな彼女達を置き去りにして、クラウドはバスターソードを背負いながら広い通りへと消えていく。

 

 

「クラ·······いや、気をつけてね。クラウド」

 

 

思わず引き止めようとしたティファだったが、やっぱりやめた。

 

なんとなく察したのだろう。

 

キリトとリーファの複雑な関係性を知って、『家族』という、()()()()()()()()()()()()()()()、複雑な感情を抱いたんだろう。

 

今の二人には幸せを感じる余裕はないとは思うが、『家族』がいると知って、クラウドは羨ましそうな雰囲気を出していた。

 

そして、そんな家族の問題に他人が干渉していいはずがない。

 

二人の関係性を修復してくれることを祈って、彼は暇潰しのために観光都市へと去っていく。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

残された二人はベンチに腰掛け、長い沈黙が続いていた。問題なんて何もなかったが、気まずい雰囲気だけが漂っている。

 

ユウキはベンチから見える世界樹を呆然と眺めていたが、突然彼女はティファにこう話しかけた。

 

 

「ねぇ、ティファ」

 

「? なに?」

 

 

ティファは長い沈黙の中ようやく話しかけてきてくれたユウキに首を傾げるが、彼女は神妙な面持ちで、しかしどこか罪悪感を感じながらもこう質問する。

 

 

「現実のことを聞いちゃうのはダメなことだけどさ、クラウドってどういう人なの?」

 

 

本当に聞いてはいけないことだった。

 

仮想世界では本来の自分とは違ったアバターの姿を借りて動いている。その理由は、特定されないためだ。ネットが普及したこの情報社会、顔を晒すのはどれほどのリスクがあるか。そこに、個人情報のことを誰かに盗み聞きなんかでもされたりしたら、自分の家を特定されてしまう恐れがある。

 

だから皆、現実の自分とは程遠い自分を作り出す。

 

聞いた瞬間、空白染みた静寂が辺りを包む。

 

しかし、どうしても気になってしまった。あのクラウドが抱いていた複雑な感情の渦に引き込まれたユウキは、それが気になって仕方がなかった。

 

それに、クラウドとティファは別世界の住人。

 

クラウド自身もキリト達の世界の住人が自分達の世界には干渉できないと判断して、自分の世界のことを自ら打ち明けた。

 

彼は別に、そういったことには特に気にしない性格なのだろう。

 

しかし、

 

ユウキはそれでも罪悪感はもちろんあった。

 

仲間が抱えている悩み。

 

それを少しでも払拭してあげたいという想いからつい違反行為をしてしまった自分に、正直腹が立っていた。

 

だが、

 

意外にもティファはそんなユウキに微笑んで、世界樹がある方向を見ながら語り出す。

 

 

「······クラウドは昔は、全部自分で抱えちゃう所があったから、ほっとけなかったの」

 

 

ティファはユウキにクラウドの幼少時代、何でも屋時代のことを話した。

 

クラウドの世界のことは要所のみしか聞いてないが大体は理解した。『星の命』のこと、『英雄と呼ばれた怪物』のこと、それらのことは全てクラウドが自ら全て打ち明けた。

 

だが、クラウド本人のことはあまり良くわかっていなかった。

 

歩んできた人生については聞いても、クラウド本人についてはまだわかっていない部分もある。

 

だから、ティファはユウキにクラウドのことについて語って聞かせる。本人の了承もなく語るなど、本当はいけないことだが、クラウドの一番の理解者である彼女は彼なら許してくれると思って話す。

 

 

「クラウドって、案外正直なんだよね。人見知りな所もあるけど、本当は仲間想いで、結構皆を心配しているところもあるんだよ」

 

 

一緒にブラック企業の卑劣な労働に革命を起こそうと思ってテロリスト的なことをしていた時、彼はとにかく金のことしか考えていなかった。

 

何でも屋、という個人事業を営む立場から、私情は挟まず、星の命だとか誰かを犠牲にするかとか、そんなことは一切気にしなかった。

 

言い方は悪いが、その時の彼はまさに言われたことを聞くだけのロボットのようにも見えた。ただ、それは何でも屋という立場からのやる気の見せ方だと思う。

 

金をもらった以上、依頼主の頼みは全て引き受ける。それ以上のことは何も聞かないし干渉致しません、というプロ意識で事業を営んでいた。

 

しかし、

 

 

「その時のクラウドは本当のクラウドじゃなくてね、人体実験によって埋め込まれた『細胞』の効果によって、自分にとって都合の良い人格を作り出したクラウドだったんだ」

 

 

クラウドは、元々ただの一般兵だった。

 

本当はソルジャーになりたかったのに、『メンタルが弱い』のと『ネガティブ思考』という欠点によってソルジャー適正がなく、ただの兵士として神羅に所属していた。

 

そんな自分が恥ずかしくて、誰にも言えず、いつもマスクを被って姿を隠していた。自分のみっともない姿を見せたくなかったんだろう、あれだけソルジャーになる、世間が褒め称える英雄になることを夢見て都会に行ったのに、ただの兵士にしかなれず、良い仕事も貰えなくて精神面もどんどん疲弊していった。

 

そんなある日、彼はある任務で故郷に帰ることになった。

 

無論、その時は彼は内心めちゃくちゃ嫌だった。

 

だって、あれだけソルジャーになるってティファに宣言したのに、なれなかったなんて言えるはずもなかった。

 

所謂、皆に俳優などといった芸能人に絶対になってやるということを宣言して、そんな夢を目指して上京し、しかし夢破れて実家に帰ってきてしまった感覚だろう。

 

それから、尊敬していた人に故郷を燃やされて、全てが崩れ去ったような感覚に至ったクラウドは、復讐心に燃え、尊敬していた人物に敵わないとわかっていても故郷と自分の親を殺されて激昂した彼は、致命傷を負いながらもセフィロスを撃退した。

 

しかし、その後ブラック企業である神羅に捕らえられて、五年間人体実験に使われて精神が崩壊したクラウドは、『魔晄中毒』となってしまい、ソルジャー適正のないものに敢えて『特殊な細胞』を植え付けるという非人道的な実験に使われてしまった。

 

奇跡的に回復はしたが、記憶が混雑し、辻褄が合わない状態になり、そんな彼をティファはほっとけなく、側で見守ろうと思った。

 

 

「そんな時にね、まだ自分が尊敬していた人が、自分の大切なものを奪った人が生きてるってわかった時、決着をつけるために旅に出ることにしたんだ」

 

 

でも、とティファは一拍置くと、

 

 

「追いかけているつもりが、本当はその特殊細胞によって『呼ばれていた』だけだったって知った時、クラウドは自分に絶望して何もかも諦めた感じになっちゃったんだ」

 

 

旅してきた時、彼はとにかくセフィロスにまた復讐してやるとしか考えてなかった。

 

だが、

 

『リユニオン』という、特殊細胞『ジェノバ細胞』が再結合する立証実験として、サンプルであるセフィロス・コピーにされたクラウドは、ただジェノバ本体を持っているセフィロスの元に呼ばれていたと知った時、何もかも諦めたかのような表情になっていた。

 

それに加えて、

 

セフィロスは嘘の情報をクラウドに教えて、精神的に弱っていた彼はそれをつい信じ込んでしまった。精神的に追い詰めて、世界を滅亡させるための嘘だったが、メンタルが豆腐並みに弱かった彼は本当のことだと思い込んでしまった。

 

その時の彼は疲れ果て、死の足音に耳を澄ませる老人のように瞳を濁らせていた。

 

抱え込んできたものが重くなりすぎて、押し潰されてしまったんだろう。

 

セフィロスに世界を滅亡させるための鍵となる『黒マテリア』を渡してしまい、星の命ともいえるライフストリーム、魔晄へと落下してしばらくの間行方不明となっていた。

 

奇跡的に彼を見つけたものの、重度の魔晄エネルギーを浴びすぎて、元々メンタルが弱かったせいで耐えられず、魔晄中毒になってしまった。

 

絶望を味わった彼は、まるで壊れたおもちゃのような動きしかできなくなった。

 

つまりは植物状態に近い。

 

 

「あの時のクラウドは、自分が誰なのか、自分が何処にいるのかすらわからない状態になって、私の声も届いてなかったんだ」

 

「······え?」

 

「車椅子に乗って、手どころか口も目もまともに動かせない重症状態になって、私達との旅の思い出すら忘れちゃってたんだ。必死に呼び掛けても応えてくれなくて······それでもいつかは私の声が届くと信じて、一緒に旅してきた仲間達と一旦離れてクラウドに付き添ってあげてたの」

 

「それって······」

 

 

ユウキが何かを言おうとしたが、その前にティファが続けていた。

 

けど、と震えた声でティファ言うと、

 

 

「それでも、全然ダメだった。何も変わらず、クラウドの意識は何処かに行ったまま戻ってこなかったの」

 

「······」

 

 

ユウキは言葉が出なかった。

 

クラウドの歩んできた人生は苦難すぎて、言葉を失ってしまっていた。

 

ティファは希望を捨てず、徐々に体が弱っていくことがわかっていながらもクラウドを見捨てず、少しずつ不安と恐怖の闇に呑み込まれた彼に、光を与えることができるかもしれない。

 

そう思っていた時、彼女は真実を知った。

 

クラウド、本人のことを。

 

 

「ある日ね、私とクラウドは『星の血』と言われている『ライフストリーム』に一緒に落っこちて、そこでクラウドの精神世界に迷い込んだの。そこで、苦しんでいるクラウドを救うために、少しずつでも良いから本当のクラウドを見つけるために精神世界を彷徨ったんだ」

 

 

今でも覚えている。

 

夢か幻か、幻想かはわからないが、確実にクラウドの精神に入り込んだティファは一緒に『本当のクラウド』と『事件の真実』を探し出した。

 

クラウド自身は怖かったかもしれない。本当の自分の向き合うのは、受け入れるのは誰だって怖い。本当の自分は弱かった、そんな事実を知ったらと思うと、目の前の現実から目を背けたくなる。

 

けれど、

 

それでは前に進めないと理解したから、それをなんとかしたいとティファは願った。

 

結果、現実を受け止めた彼は本当の自分を取り戻し、『クラウド・ストライフ』という人格を取り戻した。

 

それで彼は、最終決戦の場へと向かった。

 

本当の自分を受け入れて、全てに決着をつけるために。

 

『希望』という強い気持ちを抱いて、星を救ったのだ。

 

 

「昔、星にいる皆を救うための最後の戦いの時には、確かにあった強い気持ち。たった少ししか経ってないのに、いつの間にか忘れてしまっていた『前に進む』という『希望』·····それをクラウドは、この仮想世界に来てまた取り戻したんだと思う。別世界の住人であるキリト達と出会えたこと、それにユウキと関わっているうちに、その気持ちを思い出して······だから多分クラウドはキリトとリーファがログアウトした後、“あんなこと”を言ったんだと思う」

 

 

ティファは先程のクラウドの発言について考察する。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

その言葉の意味を、ティファは理解していた。

 

家族との問題は、必ず解決できる。

 

確かに、わからないことがあるのなら、何度でも良い。わかり合えるまで話し合った方が良いと思う。いつ何処で何が起きるのかわからないのだ。話せるうちに、話した方がいい。

 

家族の言葉なら、希望があるうちは、本当に届かないなんてことはないはずだから。

 

失う前に、話し合えるなんて実に素晴らしいこと。

 

既に両親を亡くしたクラウドとティファは、例えどんなに複雑なご家庭であっても、話し合える機会があるだけ羨ましいと思った。

 

故に、先程のクラウドが感じた想いを代弁するかのように、ティファはこう告げた。

 

 

「クラウドはね、大切にして欲しいんだよ。家族と······ううん、それだけじゃなくて、仲間達一緒にいられる幸せを。一人じゃないってことを、知って欲しんだと思う」

 

「········」

 

「だからちょっと不器用な所もあってわかりにくいけど、本当は優しいんだよ、クラウドって」

 

「······そうなんだ」

 

 

ユウキは、僅かに微笑んでいた。

クラウドの性格を知れて満足したユウキは嬉しかった。

 

クラウドという、一人の人間。

 

彼はどんな時でも一方的に動くのではなく、仲間を大切にできる人間だった。

 

昔はそうだったのかもしれない、だが今は一人じゃないと気付いて、仲間と一緒にいる大切さを学び、精神的にも成長した。

 

キリトを殴ったのは、仲間を失いたくないからだ。

 

自分がいる限り、パーティーメンバーは死なせはしない、それだけは絶対嫌だった。だから相応の罰を与えた。

 

命の大切さを思い知らせるために、仲間という存在を思い出させるために。

 

既にクラウド共に一緒に世界樹まで旅してきたユウキは、クラウドのその不器用な性格に笑いながら言う。

 

 

「まあ、クラウドらしいっちゃクラウドらしいね·········それで結局、クラウドの『本当の強さの秘密』ってなんなのかな?」

 

 

何気ない疑問だった。

 

わかりきっているはずなのに、答え合わせをしたいかのようにティファの意見を聞く。『ソルジャー』とか、そんな科学による改造強化ではなく、クラウド自身がどうやってあらゆる苦難を乗り越えたのか、その強さをどうやって手に入れたのかユウキは気になっていた。

 

そんな簡単すぎる疑問に、ティファはユウキの言葉を確かめて、微笑んでこう答えた。

 

 

「もちろん······『仲間を守りたいっていう想い』だよ、きっと」

 

 

過去を背負いつつも、クラウドは未来に向かって歩いていく。

 

その先に、絶望が待っていようが構わない。

 

大切な仲間が、幸せな未来を歩めればそれで良いのだから。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

兄妹喧嘩した、のかもしれない。

 

キリトこと、桐ヶ谷和人は妹である桐ヶ谷直葉の部屋の扉の前で佇んでいた。

 

彼女に言われた言葉が、頭の中を反芻する。

 

 

『あたし、自分の心を裏切った。お兄ちゃんの好きな気持ちを裏切った』

 

 

素直に言えば、衝撃の一言だった。

直葉は和人の目を真っ直ぐに見て、『好き』という想いを素直に伝えた。

 

だが、

 

その言葉に困惑した和人はそんなこと言われても、直葉とは妹だしと言おうとしたら、

 

 

『知ってるの』

 

『え?』

 

『あたし、もう知ってるんだよ!? あたしとお兄ちゃんは、ほんとの兄妹じゃないッ!! あたしはもう、そのことを二年も前から知ってるのッ!!』

 

 

そのことを告げるのはこのタイミングではなかったはずだ。母に頼んでその事実を知らされたことを和人に告げるのは、こんな感じで八つ当たり気味に言うはずではなかった。

 

 

『お兄ちゃんが剣道やめて、あたしを避けるようになったのはずっとそのことを知ってたからなんでしょ!? あたしが本当の妹じゃないから遠ざけてたんでしょ!?』

 

『ち、違ッ!!』

 

『違わないよッ!! ならなんで今更優しくするのよッ!?』

 

 

止まらない。

 

胸に抱えていた想いが、吐き出す度に勝手に吐き出される。妹からの言葉に、和人はどんどん言葉を失って、もはや何も言えなくなってしまった。

 

口を固く閉じてしまった和人に、言葉を詰まらせながらも直葉は語る。

 

 

『あたし、お兄ちゃんが無事に帰ってきてくれた時、すごく嬉しかったんだよ。子供の頃みたいに仲良くできて、ようやくあたしを見てくれた気がして、とても幸せだった』

 

『······』

 

『こんなことなら······冷たくされてたままの方が良かった。それなら、お兄ちゃんを好きだって気付くことも······アスナさんのこと知って悲しくなることも······お兄ちゃんの代わりとしてキリト君という人を好きになることもなかったのにッ!!』

 

 

言葉が見つからない。

 

何て言っていいのかわからない。言われて、何を言い返すべきなのかはわかってるのに、彼女を傷つけないようにするための言葉がわからない。

 

奥歯を噛み締め、自分自身の身勝手な都合で振り回したことを悔やんだ和人は、やがて固く閉ざされていた口を開いて、目を背けながらただ一言だけ告げた。

 

 

『·······ごめん、な』

 

 

それだけだった。

 

出てきた言葉はたったそれだけで、それしかないのかと言うように俯かせる直葉は、小さく『もう放っといて』と言って部屋の中へと消えていった。

 

彼の顔を一切見ずに、目を背けて自室の扉を乱暴に閉めた。

 

直葉の指摘は大体は的を射ている。

 

実は和人の本当の両親は物心つく前に事故死してしまったので、直葉の母、和人的には叔母となる桐ヶ谷家の夫婦に引き取られ、養子となった。

 

生まれて間もなく実の両親は死んでしまったので、両親に関する記憶はもうなく、故に悲しいという感情はなかったが、人との距離がわからなくなってしまった。

 

両親として接してくれても、叔母と叔父だという事実には変わりない。

 

桐ヶ谷家には実子である直葉と変わらない愛情を注いで育てて貰ったが、まだ十歳になったばかりの頃に自身の生い立ちを知ってしまってからというもの、幼い和人に大きなショックを与えた。

 

その影響で、彼は疑心暗鬼に陥ってしまった。

 

今目の前にいる人は誰なのか、親切な人なのか、それとも酷い人なのか、そんな考えを持つようになり、所謂コミュ障という状態になってしまった。

 

だから、直葉を意図的に避けていたわけではない。

 

これは単に、自分自身のハートの問題だった。人を簡単には信じられない性格は、昔のクラウドに似ているかもしれない。

 

だが今は、そんなことを気にしている場合ではない。

 

自分は、知らなかったとはいえ直葉を傷つけていた。彼女の抱いている想いに気付けず、何度もアスナへの恋心の気持ちを露にし、そして無意識に心を深く傷つけてしまっていた。

 

その罪悪感を感じながらも、和人はキリトとして、ある決心をする。

 

罪滅ぼし、ではない。

 

気持ち的には、恩返し、が正しいかもしれない。

 

世界樹の根本まで、アスナを助ける一歩手前までやって来れたのは、直葉、リーファのおかげだ。今聞く耳を持っていないであろう彼女には、何を言っても響かないだろう。

 

だから、彼はこの二年間で学んだことを、直葉に教えてあげる。

 

ソードアート・オンライン時代から学んだ、言葉で伝わらない時は、剣で語り合う。

 

否定してくれても構わない。

 

それでも、ぶつかりあってこちらの想いも伝えたい。

 

とにかく彼は、直葉に話を聞いてもらうために、力強くノックして、ドアの向こうにいる彼女に、短くこう告げた。

 

 

「スグ········アルンの北側のテラスで待っている」

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

兄は強かった。

 

あんなにも、怒鳴ったのに、女に涙を流せてまでとんでもなく酷い言葉を浴びせたのに、彼は落ち着いた穏やかな声で、待っていると伝えてくれた。

 

ドアから離れていく足音がして、隣の部屋の扉が閉じられる音も聞こえてきた。

 

もう、待つ準備はできていると、それだけでわかった。

 

 

(あんなにも酷いこと言ったのに······強いなぁ~、お兄ちゃんは)

 

 

目尻に浮かんだ涙を拭う。

 

心の中でそう呟きながら、ベッドで丸まっていた姿勢を正して、天井を見上げるように仰向けになりながら、アミュスフィアを装着する。

 

彼の覚悟。

 

それを理解した直葉は、彼のその覚悟を確かめるために、また仮想世界へと意識を転送する。

 

 

「リンク···スタート」

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

ログインした場所は、ログアウトした場所。つまり、世界樹のグランド・クエスト入り口前だ。

 

そこにキリトの姿は何処にもなかった。

 

キリトは先程現実世界で、北側にあるテラスで待っていると言っていた。

 

 

「·······よし」

 

 

覚悟は決まった。

 

リーファは翅を広げ、テラスに行こうとした。

 

そんな時、

 

 

「リーファちゃん!!」

 

「うわ!?」

 

 

いつ現れたんだとばかりに、目の前から頼りなさそうな、それでも元気のある声が飛んでくる。

 

リーファと同じシルフ族で、顔見知りの少年だった。

 

 

「レ、レコン!?」

 

 

本当にいつ現れたんだ、というか、待ち伏せしてたのではないかというくらいに早く知り合いに出会って戸惑うリーファ。

 

ログインして目の前に知り合いがいたらそりゃびっくりする。

 

なんでここにいるのか訊ねようとした時、まだ聞いてもいないのに言い訳っぽく彼は勝手に話し出す。

 

 

「いやー、地下水路からシグルドがいなくなったから隙を見てサラマンダー達を毒殺して脱出してきたんだ!」

 

「毒殺って······アンタ」

 

 

おっかないことを平然というレコンという少年。頼りなさそうに見えても、案外思考回路は冷酷らしい。

 

彼は呆れたように見つめてくるリーファを気にせず、それよりもとあることに疑問を抱いたようであった。

 

リーファの隣だけでなく、全方向に首を動かしながら、

 

 

「そういや、あのスプリガンの人はどうしたの? それとあの······テ、ティファさん、も·····」

 

 

実は彼はティファと一度会っている。

 

シルフ領から出る際、展望台の中央から飛び立とうとする時に、レコンが転がるようにやって来た。

 

その時に、ティファと会ったことがある。

 

ティファは人間体のため、その時から二人の手によって移動の際は羽交い締め形式で運ばされていた。だがその前にやって来たレコンは、ティファの姿を見て絶句していた。ティファの息を呑むほどのその美しさに目を奪われたレコンは、顔から火が出るくらい赤く染めていた。

 

目当ては彼女なのか、それともリーファなのか。

 

何にしても、ログインした瞬間から目の前にいる時点でちょっと怪しい。

 

そんなレコンの質問に、リーファは答える。

 

 

「ティファさん達は·······多分その辺りを散歩してるんじゃないかな」

 

「······そう、なんだ」

 

「それで私、これから行かなきゃいけないところがあるから、またねレコン」

 

「え!? ちょ、待ってよリーファちゃんッ!!」

 

 

手を取ろうとしたレコンをすり抜けて、彼女は待ち合わせている『彼』がいる場所へと急ぐ。

 

なんか下から『ティファさんどこにいるのぉ!?』みたいな声が聞こえてきた気がしたがきっと気のせいだ。ただの空耳だ、絶対そうだ。

 

翅を羽ばたかせて世界樹を迂回するように飛んでいくと、ちょっとした小さめの劇場でも開けるくらいのテラスが見えてきた。

 

その中心に、『黒い影』が武器を背負って立っていた。

 

リーファは緊張を打ち消すように深く息を吸って、八秒くらいかけて息を吐き出すと、すっと足を地面につけて彼の前へと降り立った。

 

 

「·······来たか」

 

 

キリトは僅かに微笑を浮かべてそう言った。

 

 

「お待たせ、キリト君」

 

 

リーファも、真剣な顔をしながらも口角を上げてそう返事した。

 

 

「スグ·······俺は」

 

「待って」

 

 

この世界で本名を呼ぶのはマナー違反だが、幸いにもこの辺りに人は誰もいない。それなのに、キリトが自分の妹の名前を呼ぶ前に、彼女はそれを手を上げて遮り、腰につけている剣に手を伸ばしてこう言った。

 

 

「勝負しよ、お兄ちゃん」

 

 

それだけを言うと、彼女は長刀を抜き、構える。

 

キリトは何かを言おうとしたみたいだが、その妹の目を見て首を縦に振って、

 

 

「いいぜ。ただし、手加減はしないからな」

 

 

笑って、キリトも背中に背負う大剣を抜き、両手で真っ直ぐに持つようにして構える。

 

その姿を見て、リーファはクラウドを思い出す。

 

彼と同じ構え。

 

それを見て、キリトの心情を察したリーファは、微笑みから真剣な目になって、

 

 

「こっちも全力で行くよ!!」

 

 

それと同時に、二人は地を蹴って距離を詰めるべく迫っていく。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

クラウドはティファ達と別れた後、予定が狂ってしまったので観光都市に足を運んでいた。建物を覗くと、今日は回復アイテムが安いらしいので七つほど買い込んでおく。

 

 

(······何をしているんだろうな、俺は)

 

 

自分の行動に疑問を抱き、首を捻りつつ散歩を続ける。

 

 

「·······」

 

 

だが、すぐにその足を止めた。

 

ついさっき夢見た、親友からの頼み。

 

世界樹の上にいる女の子は一体誰なのか、そしてキリトが会いたいという人は誰なのか。

 

そう考えた時に、一人だけ心当たりがある人がいた。

 

それが、アスナだ。

 

彼はそれを確認したくキリトに質問してみたら、リーファの様子がおかしくなり、彼らには何か複雑な家庭環境にあるということを察した。クラウドは無意識にも、言ってはならないことを口にしてしまったような気がした。

 

皆で一緒に世界樹をこれから攻略するっていう時に、混乱を生み出してしまったのだ。

 

クラウドは勿論、悪気があってあんな質問をしたわけではない。

 

しかし、どうしても罪悪感は感じる。

 

パーティー全体をめちゃくちゃにしてしまった責任は重い。

 

 

(どうする······)

 

 

クラウドは上空を流れる雲を眺めながら、歯を食い縛った。

 

 

(俺のせいで、皆に迷惑をかけた。わかってはいるが·····でもどう動けばいいんだ)

 

 

仲直りさせる方法が思い付かない。

二人がログインした後、仲介人として仲直りさせるのもありかもしれない。

 

しかし、ここまで問題が肥大化するなんて思ってもみなかったクラウドには、そんな役回りが出来るわけがない。

 

あんな心配はないみたいなことを言っておきながら、内心は心を痛めているクラウド。どうにかして、二人の仲を修復したい。

 

 

(とにかく、二人が入ってきたら謝ろう)

 

 

そう言って、また上空を見上げる。

 

空に浮かぶ島や雲を眺めて、解決策を急いで探し出す。

 

と、

 

 

「······ん?」

 

 

そこで、二つの影が重なりあってるのを発見してしまった。

 

二人は互いの背に手を回しながら何かを話し合っていた。二人とも剣は持っておらず、しばらく見上げていると、クラウドの目の前に二つの剣が交差するような形で地面に突き刺さった。

 

一つは大剣、一つは長刀。

 

どちらも見覚えがあった。

 

これは、キリトとリーファの愛刀だ。

 

一体何が起きているのか、クラウドは落ちてきた武器から視線を外し、やや遠くの方にいる二人を見た。

 

青空に重なる二人は何かを話しているようで、ソルジャーとして五感まで強化されているクラウドは、無意識に二人の会話に耳を傾けていた。

 

 

『ごめんな、スグ』

 

『え?』

 

『俺······スグに謝ろうと思って。でも······言葉が出なくて·······せめて剣だけでも受けようと思って』

 

 

そう言って彼は、リーファの背に回している両腕に力を入れて、

 

 

『本当に、ごめんな······スグ。せっかく帰ってきたのに······俺、お前をちゃんと見てなかった。自分のことばかり考えて、お前の言葉を聞こうとしなかった。ごめんな······』

 

『あたし······あたしの方こそ·····ッ!!』

 

 

そう言いながら、二人はゆっくりと翅を仕舞ってふわりと地面に降り立った。クラウドがいる場所の一◯◯メートルほど先の地点に。

 

 

『俺····本当の意味では、まだあの世界から帰ってきてないんだ·······終わってないんだよ、まだ。アスナが目を醒まさないと、俺は何も始められない。だから────』

 

『うん』

 

 

キリトが最後まで言い切る前に、リーファは頷いていた。

 

もう話さなくていい、代わりに言ってあげるからとでも言うかのように呟く。

 

 

『待ってる。お兄ちゃんが、ちゃんとあたし達の家に帰ってくるその時を······あたしも手伝うから。だから説明して、あの人のことを·······なんで、この世界に来たのか』

 

『ああ、わかってるさ』

 

「······」

 

 

クラウドは黙って聞いていた。

 

まるで透明人間になったかのように存在感を消し、二人のやり取りを見守っていた。

 

何があったのかは知らないが、どうやら自分の出番はなさそうだ。二人は互いに理解しあい、幸いにも和解できたようだった。

 

ならば、もう自分は必要ない。

 

その様子を見たクラウドは微笑み、そのまま無言で一八◯度回転すると、二人の邪魔をしないようにその場を離れることにした。

 

······のだが。

 

 

「もちろん、そこにいるクラウドにもちゃんと説明してやらなきゃな」

 

「·······え?」

 

 

リーファはそう言われてキリトが声をかけた方向を見る。

 

さりげなく放ったキリトの一言にビクッ!? と肩を震わせて立ち止まってしまったクラウドは、恐る恐る、もう一度振り返ると、

 

そこには、いたずら小僧のように笑う笑顔一杯のキリトと、目を点にしてキョトンとした顔のリーファがこちらを見つめていた。

 

どうやら、最初からバレていたようだ。

 

しかしクラウドは、別に何も見てないというフリをして真顔を貫いていた。

 

が。

 

やがて、リーファはゆらゆらとした足取りで目の前に落とした自分の長刀を引き抜き、先程のやり取りを見られて恥ずかしかったのか、顔を赤くさせると共に。

 

のしのしと恐竜が闊歩してるんではないかというくらいの重たい足音を立てて、得物を構えて急接近してきた。

 

 

 

 

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