「はっ·····はっ······!?」
「うぅ······ぐぅ·····!!」
「が······はっ·······!!」
クラウド、キリト、ユウキは、歪んだ空間の真っ黒な地面に仰向けに転がっていた。右目がチカチカと瞬く。両腕に力が入らない。鈍痛な感覚が三人の神経を駆け巡る電流を痺れさせる。
三人の手には、なんとか剣は握られている。
しかし、それ以上の行動には移せない。
なぜなら········。
『「ふむ。ペイン・アブソーバ、レベル5ほどでようやく現実の人体に影響が出始めるのか」』
何もかもが一瞬だった。
オベイロン、宝条は迫り来るクラウド達を迎え撃つために、
管理者権限によって、『ペイン・アブソーバ』という人の痛覚を遮断しているシステムのレベルを引き下げ、脳に実際の痛覚を体験させるという手段でこちらを無力化してきた。
<><><><><>
「はあ!!」
クラウドは猛然と突進して、強烈な斬撃の連続攻撃を何度も繰り返すが、宝条、『ジェノバBeat』の腕はことごとく生え変わる。
それだけじゃない。
本体以外からの場所、すなわち地面に自らの触手を這い巡らせ、あちこちに地雷のごとく埋め込んでその場に足を付けた瞬間に飛び出してくるという攻撃まで仕掛けてきた。
「うわ!?」
「ッ!?」
ユウキとキリトが思わず声を漏らす。
クラウドと同じように本体へと向かう最中、宝条の企み通り本体の足元から地面へと埋め込んだ触手がユウキとキリトの攻撃を遮断する。
「こんなもの!!」
「斬ればいいだけだ!!」
気合の声と共に、円を描くように剣を振り回すと、触手は切断された。血肉の代わりに、赤色に輝く電粒子類が飛び出してくる。
「こっちは任せて!!」
「クラウドは本体に集中しろ!!」
素早く二人は背中合わせをし、死角のない陣営を作り出し、剣を一閃させた。蛇のように長く伸びてくる『ジェノバBeat』の腕が寸断され、そうはさせまいと片方の持つ剣に巻き付いてくるも、キリトとユウキは互いをカバーし合うように地面に叩き落とす。
少しキリがないように思えるが、捌けない量ではない。一つ一つが大したことないし、何より二人とも優れた剣士だ。
この程度、何の驚異にもならない。
「いけるな!」
「うん!! まだ会ったばかりで日が浅いのに、いいコンビネーションだよねボクたち!!」
ユウキが頷き、キリトはわずかに笑った。
「······フ」
そのやり取りを見ていたクラウドも、思わず笑みを浮かべた。クラウドの一匹狼的な行動に合わせるように二人が雑草のように生えてくる触手を捌いてくれているおかげで、こちらは集中して本体へと近付ける。
ともあれ。
一刻も早く、このマッドサイエンティストを倒さなければならない。今のところはまだ奴の目的はよくはわからないが、今こうしている間にも時間の経過に従ってドンドン計画が進められてしまう。
奴はあらゆるプロジェクトを同時進行で進められるほど脳の働きが早い。戦っている最中でも、次の一手どころか、三十一手先でこちらの動きを詰ませる可能性だってある。
後衛に控えているティファとアスナの生存率も、それだけ減る。
それだけの奴が今回の相手だ。
油断してはならない状況だと改めて確認したクラウドは、バスターソードを握り締め、真正面から向かって叫ぶ。
「終わりだ!!」
言いながら、バスターソードを真上に向けてながら『ジェノバBeat』の脳天へ振り下ろす。
その時だった。
『「そうだなぁ。この段階でまだこの程度の攻撃を仕掛けている時点で、もう終わりだな」』
わずか数秒。
即興で攻撃手段を思い付いたのだろう。
直後、触手が真下から飛び出した。ゴッ!! という空気を引き裂く轟音と共に、クラウドの胸元に突き刺さる攻撃。
しかし、
「はぁッ!!」
冷静だったクラウドはバスターソードで跳ね返して事なきを得た。だが声は止まらなかった。
『「まだまだ序の口だ」』
宝条の言葉だけが続く。
うねうねと触手を動かし、三人を翻弄している中で、
『「システムコマンド。ペイン・アブソーバ、レベルを7に変更」』
直後だった。
ゴガッ!! と。
クラウドの脳が大きく揺さぶられた。
「があっ!?」
一瞬で視界がぐらつく。何か重たいもので顔を殴られたらしい。いつの間にか地面の上に倒れていたクラウドはそこでようやく自分自身の頭に衝撃を与えたものの正体を知る。
特に変わりはない、さっきと同じ『ジェノバBeat』の触手だった。
下から生えてきた触手の軌道を曲げるために一度視線と共に体勢を下へと向けたことで、上部分の視野が狭くなっていた。
そこに。
長さだけで三から四◯キロはある図太い巨大な触手が、死角から上から下へと振り下ろされただけだった。ということに、衝撃を実際に受けたクラウドには理解ができなかった。
何しろ。
今まで以上に鋭い痛みが頭に疾った。まるで瓦礫の塊を一六五km/hで投げ込まれたような感覚だった。頭から脳ミソの一部が漏れ出てもおかしくないくらいの威力だった。
いや、単純にダメージの計算ができない。
自分の中に残されている力すら全く把握できない。
今までこんなことなかったのに、今まで以上のダメージを与えられたクラウドは地面に倒れ伏す。
「っ······ぐっ······!?」
呻き声を漏らすと、宝条は愉快そうに含み笑いを響かせる。
『「どうしたぁ、失敗作? まだ始まったばかりだろう?」』
「ッ!!」
『「ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」』
愉快に高らかに笑う気軽な声。
戦慄するクラウドの前で、もう一度無造作に、岩を真っ二つにするほどの威力を叩き出した触手が持ち上げられていく。
ほぼ垂直、そこから一気にクラウドに向けて腕が振り下ろされる。
そして。
「「クラウド!!」」
名を叫ぶ声が二つ。
気付けばクラウドの前に、キリトとユウキが真上に剣をクロスさせる形で立っていた。交差させ、威力を殺しているのだ。
あの威力の攻撃を受け止めれば、二人は無事では済まないはず。
だが。
少年少女の何の変哲もない防御は、頭蓋骨を割る程の一撃を真正面から受け止めて寸断した。
(切り、落とした······?)
あれほどの威力があったのに、あっさりと防いで見せたキリト達。刃に当たった腕は自らの威力によって鋭い切れ味を作り出し、勝手に切断された。
威力は変わらない?
一体どういうことなのか自信すらないままのクラウドに、
『「本来なら今の一撃で死んでいてもおかしくないと思うが······なるほど、この程度の威力では物足りないようだなぁ。もう少し下げてみてもよさそうだ」』
ニヤリと笑いながら宝条は腕を振るう。
クラウドの後ろの地面から。
その動きに合わせ、赤黒い触手は鞭のようにしなり、その激しい衝撃がクラウドの全身へと一直線に襲いかかる。
「·······ッ!!」
クラウドはどうにか痛みを堪えて立ち上がって弾き飛ばす。
重い一撃ではなかった。
だが痛みは残留しておりどうしても防御の体勢に集中してしまい足が鈍ってしまう。膝を付き、切り落とすことへ繋げられなかったクラウドだったが、そんな彼を守るように、剣を携えたユウキがやや身を屈めた状態で本体へと走り抜けていく。
「ヤアッ!!」
『「ふん」』
宝条、『ジェノバBeat』の腕がユウキへと向けられる。しかし彼女は素早い動きで一直線に放たれた赤黒い腕を上半身を振るようにして避けた。
それでいて、彼女の足は止まらなかった。
二度、三度も放たれようと、的確に回避しながらマクアフィテルを構え直し、トンデモ物体の懐へ飛び込んでいく。
そして。
キラッ、と。
宝条の前で、刃に光が宿る。ユウキがソードスキルを放とうとしている証拠だ。そう思った時にはすでに二人の視線は交差し、空気を裂きながら凄まじい速度で攻撃が襲いかかる。
合計五連撃のソードスキル。
上半身から下半身まで均等に切断しようとするそのスキルを、宝条にどうにかできる余裕はなかった。腕で防げばその腕は寸断され、どのみち本体へと攻撃が当たる。拳銃の弾丸よりも素早い動きでソードスキルを放ったユウキの刃は本体へと狙いを定める。
しかし、
『「システムコマンド。オブジェクトID《マクアフィテル》の重さのレベルを変更」』
それだけで、ユウキの動きがガクンと落ちた。持っていた得物に体が持っていかれるように、右手から地面へと引きずり落ちる。
「え!?」
宝条の全身に向かって放たれたはずの剣の穂先が、重力の鎖に絡め取られるように止まってしまった。
なんとか持ち上げようとしても、マクアフィテルはピクリとも動かない。よって、カウンターのように無造作に放たれた触手がユウキに襲いかかる。
ある言葉と共に。
『「システムコマンド。ペイン・アブソーバ、レベルを5に変更」』
「しま───ッ!!」
地面に剣を密着させている今のユウキではこれを避ける事はできない。
だから、
「ユウキ!!」
キリトがユウキと宝条の間に割り込むように飛び込んだ。剣で防ぎ、なんとか凌ごうと考えた。だが、宝条の方が早い。その巨大な腕はキリトの右手をすり抜けて胴体を引き裂くようにして迫る。
ゴバッ!! と。
思考は途中で切断された。
まるでギロチンのような刃が皮膚を切り裂くことなく押して体に食い込むような嫌な感触が伝わる。
激痛が爆発する。
触手はそのままキリトの体をくの字に折り曲げ、横合いの壁へと思い切り叩き付けた。丁度、ティファとアスナが避難しているところだ。
鈍い音が走る。
「ご、は······ッ!!」
「「キリト(君)!!」」
駆け寄ってくる二人だが、キリトはあまりの事態に言語機能が機能しない。
腹と背中。その両方に圧迫が襲いかかり、肺から空気が絞り出された。両断されてないのがせめてもの救いかもしれない。
「キリト!?」
『「余所見はいかんなぁ」』
「!?」
『「それでも武器が使用できないのでは攻撃も防ぎようもないがな」』
宝条の言う通り、システムの力で自分の武器の重さを変更されたユウキには何かをする手段はない。
そこへ。
宝条の一撃が容赦なく襲いかかる。
ユウキの腹から轟音が炸裂した。横薙ぎに飛んだ腕は丸腰のユウキの胴体へと直撃し、彼女の体がくの字に折れ曲がり、鈍い音を立てて衝撃を抑えきれずにその小さな体が後方へと跳ぶ。
「っ·······はっ!!」
二回、三回と床の上をバウンドし、数メートルもその体が転がっていくと、ようやく勢いを失って動きを止めた。
ぐったりとして、ユウキは起き上がらない。
手足を投げ出したまま、剣を手放し、彼女のその胸がゆっくりと上下している事からまだ死んではいないようだが、虫の息状態であった。
「うぅ······ぐぅ·····!!」
「ユウキ!!」
ティファはキリトをアスナに預けておいて、ユウキの方へと駆け出す。地面に触れたままの唇を動かしてティファに無事だという意思を伝える。
「だ、大丈夫······だよ、ティファ·······」
「大丈夫じゃないよ! 今は喋らないでじっとしててユウキ!!」
弱々しく、ティファの腕に抱かれるユウキ。
クラウドはその光景を見て、奥歯を噛み締めて、
「宝条·······ッ!!」
『「ま、ざっとこんな所か。ただのプレイヤーが高位のIDを持つ私に太刀打ちできると思っていることが、すでに間違っている」』
宝条がうそぶいている間に、クラウドの体はゆっくりと、ぐらぐらとした足取りで何とか立ち上がっていく。クラウドは右手に、ゆっくりと、ゆっくりと力を加えていく。
バスターソードを握る手に、力が戻る。
しかし、そんな彼の姿を見ても、宝条の余裕は崩れない。
『「なんだ、まだいたのか失敗作。存在が薄すぎてすっかり忘れていたよ」』
「ッ!!」
『「しかし、こちらとしてもがっかりだ。かつてセフィロスを打ち破ったというからには多少は苦戦すると思っていたが、まさかここまで弱体化しているとはな。ジェノバ細胞の性能が上手く機能していれば、少なくともセフィロス・コピーとして身体能力があいつ以上になっていたはずなのに」』
「黙れ!!」
思わず自分の手足に力を込めて猛進してしまうクラウドを見て、宝条はうっすらとした笑みを浮かべた。
『「システムコマンド。魔法発動、【ストップ】」』
「!?」
『「じかんのマテリアをレベル3まで強化しなければ使えない魔法をこうも簡単に発動できるとは、仮想空間の可能性は無限大だなぁ」』
「······ッ!!」
宝条の言葉と共に、クラウドの身体が一瞬空中で停止されてしまう。その隙に、あらゆる方向から無数の触手達が地面から生え、クラウドに群がっていた。
「「「「クラウド!!」」」」
キリト達は声を上げる。
だが、どうしようもなかった。
キリトとユウキはクラウドを本体へと向かわせるために展開し、剣を振るっていたが───権限に差がありすぎた。
オベイロン、須郷の高位のID権限を手にしている奴はこの世界の支配者。望めば望むほど好き勝手に世界を変えられる。よって、ダメージの拘束具が解き放たれた瞬間に、もうクラウド達に為す術はなかった。
時間にして、三分も満たない出来事だった。
あの唯一完全に戦闘能力がこの中で一番高く、奴に対抗できるであろうクラウドが、権限によって無力化された瞬間、勝敗は決したようなものだ。
「クラウド!!」
「キリト君! 動いちゃダメ!!」
「けど、このままだとクラウドが───ッ!!」
ダメージに両腕を取られ、地面に倒れ伏しながら、キリトはなんとか言葉を発せられた。
「ク、クラウド······!!」
「ユウキ! 無理しないで!!」
近くには、自分達と同じように地面に倒れ伏している剣士がいる。身体の至る所に激痛が走り、苦しげに呼吸を漏らしていた。
キリトの位置からだと、クラウドの姿だけが確認できない。夥しい数の触手に絡まれて、球体状に巻き付かれ握り潰されようとしていたため、視界が遮られていたのだ。
『「クックッ·······ハハハハハハハハハハハハッ!!」』
そんな中、悠然と微笑みながらクラウドにトドメを刺そうとしていた宝条が告げる。
『「無様だなぁ、失敗作」』
「······ッ!!」
『「はっ! 腐れ縁だ。貴様はそのまま現実でもショック症状が発生するくらいのダメージを味わわせてから、ログアウトさせてやろう」』
「っ·······ッ!!」
『「どうした? ずっとこの世界から出たかったんだろう? なら、望み通りに私の権限でログアウトさせてやる。ただし、目が覚めた時には死ぬほどの激痛が貴様を襲うがな。ハハハハハハハハッ!!」』
クラウドは何とか固定されてしまった身体を動かそうとして抗うが、その間にドンドン彼の胴体に触手が巻き付いて、絞り取るように細くなっていく。
『「さて、終わらせよう」』
宝条が笑い、腕に力を込める。すると先程のように、奴は権限を使用してシステムの変更を行った。
『「システムコマンド。ペイン・アブソーバ、レベルを0に変更」』
「「「「!?」」」」
『「ふふ、ひひひ!! さあ! もう二度と私の邪魔ができぬよう、絶望を刻み込んでやろう!!」』
ついに現実でも支障が出るほどのレベルまで引き下げられ、クラウドは段階的に巻き付く強さを高められた腕によって、トドメを刺される。
「や、めろ───!!」
まともに言葉を発音できない。だがキリトは喉を震わさずにはいられなかった。宝条はそんなキリトの懇願を無視し、そしてついに笑みと共に腕に最大限の力を込める。
「やめろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」
『「クックッ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!」』
キリトの絶叫に被さって、狂ったように笑う宝条の声が地震のように空気が震えた。
<><><><><>
実のところ、キリトは目の前の光景を半分くらいしか認識していなかった。よって、キリトの意識は急にスローモーションになったかのように遅くなった。
「はあ、はあ」
地面に這いつくばって、必死に手を伸ばす。
よろめいて、倒れる。
歪んだ空間の上を滑った大剣を、震える指先で掴み取る。
いつから時間がゆっくりになったのか、覚えてない。
自分がやったのか、誰がやったのかさえ。
しかし、クラウドと同じくらいの大剣を握り締めると何故か体の芯から力が湧き出るようだった。
剣一本さえあれば、何でも出来ると思っていたからだろうか。何故なら自分は、クラウドと共に本物の化物を打ち破った英雄だから。背中を合わせ、共に世界を救った英雄だから。
「······ッ!!」
もう一度。
キリトは大剣を握り締め、それでもまた立ち上がる。
目で見て耳で聞いたところで、頭に入ってこない。全ての景色が停止されてしまっている中、全身はくまなく激痛の塊で、まるで全身が燃え盛っているような錯覚に苛まれる。
『······なあ』
だからこそ、か。
彼は時間が停止した世界の中、彼は彼自身の意識の内側に集中していた。
『
ぽつりと。
でも確実な呼び掛けがある。
『
ここには少年しかいない。停止された世界の中では、少年以外誰も返事をしない。だけど、誰も聞いていない訳じゃない。
わかっている。
キリトはそこに、『語り手』がいることを確実にわかっている。
「······」
応じるのはきっと、空気を震わせる肉声ではなかった。
神経か、あるいは想像させるための脳細胞か。とにかく、一つの意思があった。
キリトとは全く別個の信念を持ち、諦めない意思を持った誰かの声。
『
「······」
『······
「······」
『
『そいつ』は、確かにキリトの体の内側から彼の心を本格的にしていった。するとすぐに、キリトの本音が溢れ落ちる。
「······俺は」
苦悩、諦観、挫折。
そんなものを滲ませる、キリトの言葉。
「アスナを助けたい······でも、その前に」
『·······』
「俺が生きている間、パーティーメンバーだけは失いたくない。それだけは絶対に嫌だ!!」
生きた人間の声。
キリトはしっかりと、目に見えない何かに対して自分の思いを告げた。
ならば『それ』は、迷わず見据える。
少年の本質を奮い立たせる一言を、切り込む。
『
名前を呼んで、そばにいる誰かはキリトを起き上がらせる。
敵か味方か。
そんなもの今はどうでもいい。
ギチギチギチ!! という鈍い音が体内から響いてきた。
血管、神経、筋肉、骨格。そのどれかが壊れている音なのかわからない。
しかし。
それでも躊躇なく、『それ』は言った。
『
「·······」
『
「仲間を助けたい!!
<><><><><>
「う······お······」
喉の奥から嗄れた声が洩れた。
「お······おおぉ······」
歯を食い縛り、瀕死の獣にも似た声で唸りながら、彼は立ち上がり、
そして、
「うおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおッ!!」
ズドッ!! という凄まじい音が空間に鳴り響く。
赤い血が舞った。
寸断された『ジェノバBeat』の腕の蛇口から、ぬめった液体がボタボタと垂れた。全触手をクラウドに集結させていたため、腕で防ぐこともできず、体は地面に固定されて避けることもできず、一直線に一撃を喰らった宝条の体から、静かに力が抜けていく。
『「な·······!?」』
息を呑む音。
あの、だ。
あの余裕そうにしていた宝条の眉が怪訝そうに動き、わずかではあったが奴が予想していた展開の領域の外へと状況が動いたことで、勝利の前提を覆せた。
『「何?」』
頭上でトドメを刺そうとしていた腕が分散され、クラウドの身体が投げ出され、そして強固な触手は電子となって消えていく。
『「何だ? 何が起こった? 私の計算に狂いはない!! 大体今の動きができる奴は────ッ!!」』
と、そこで宝条の表情はようやく変わった。
ギョッと顔を強張らせ、信じられないといったような声を洩らす。
『「
宝条は自分が打ちのめしたはずのキリトの方を見る。
そこにはあの囚われていたアスナしかおらず、彼女もまた、驚愕の眼差しで何かを見ていた。ユウキとティファも同様、アスナと同じように宝条の後ろにいる何かを見つめている。
宝条もつられるようにそちらへ視線を持っていく。
そこにいたのは、黒の装備に身を包んだ少年だった。
今にも折れそうな足で懸命に立ち上がり、全身に走る激痛に泣き言一つも言わないで、無言で宝条を睨み付けるような、そんな少年がそこにいた。
そして、
そして、
投げ出されたクラウドを無事に掴まえ、自分の隣に降ろしたキリトは改めて巨剣を構える。
『「何だ、今のふざけた身体能力は······そのアバターでは最低限の動きしかできないはず。何をしたモルモットごときが!? まさか、その身にジェノバ細胞を埋め込ん───」』
『「
キリトは得物を強く握り締め、気軽そうな態度で答える。
『「仮想空間の中でとはいえ、いきなりジェノバ細胞を移植するなんて、そんな複雑で難しいこと俺に出来るわけないだろ。今のはそんなのとは関係ない。
キリトの口に合わせて、『別の声』が響いてくる。
その声には、聞き覚えがあった。それを聞いた途端、宝条の喉が砂漠のように干上がった。
常識的に考えれば、あの少年はもう戦えない。あそこまで深刻なダメージを負ったアバターなら、動くことすら出来ないはず。
にも拘わらず。
奴は恐るべき身体能力を発揮して自分の腕を切断して見せた。
まるでその動きは、あの『ソルジャー・クラス1st』のようだ。少なくとも1stレベルでないと出せない動き。
宝条はその存在の正体に気が付き叫ぼうとするが、その前にキリトが動いた。驚愕に彩られた宝条の本体へ、まっすぐ狙いを定め、キリトの口からこのような声が飛んできた。
彼の心意を具現化させるように、瞳に『青緑色』を宿らせ、
『「ソルジャー・クラス1st! “ザックス”参上!!」』