ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第22章

 

 

明確な二重攻撃だった。

 

それはかつて誇りを託して旅立った、夢の跡。

 

人々の夢と誇りを守る力。

 

一人の少年が大剣で全てを覆し、瞳に宿る『魔晄の目』から飛ばされる鋭い眼光によって化物の腕を消し飛ばした瞬間だった。

 

 

『「とっておきのお見舞いしてやる!!」』

 

 

キリトの大剣が、空気を引き裂いていく。

 

掛け声と共に爆音が耳打ち、破壊の嵐が巻き起こる。大剣は重たい岩を割るように振り下ろされる。刃に赤い灯火が灯ると、その光を放つ。地面が陥没し、いくつもの触手の腕が飛んでいく。

 

 

メテオショット

 

 

いくつもの赤い弾丸が空を切って爆発を引き起こし、地面ごと破壊するソルジャーにしかできない技。

 

 

『「グッ!?」』

 

 

一時的にだが、宝条の動きが鈍った。爆発によって巻き起こった爆煙によって前が見えなくなったのか、必死に腕を振り回して吹き飛ばそうとしている。

 

そしてクラウドは倒れながらもようやくその技を放ったキリトの顔を見る。

 

そこに立っていたのは、確かにあのキリトだ。

 

だが、それとは別の人影が彼の内側にいることに気付いていたクラウドは少年の名を呼ばず、小さく笑った。

 

 

「······来たのか」

 

 

そう言ったクラウドの言葉に、キリトは小さく頷いて答えた。視線をクラウドに向け、手を差し出してくる。

 

クラウドは震える手でキリトの手を強く取った。

 

彼の手を掴んで起き上がるクラウドに、キリトは言う。

 

 

『「良いタイミングだったろ?」』

 

「もう少し、早く来てくれてもよかったんだけど······」

 

『「ハハッ! それくらい我慢してくれよ。こっちだっていろいろ準備が必要だったんだ」』

 

 

同じ口から、二重の声が溢れ出る。

 

ユウキとアスナとティファが、キリトの瞳が変化しているのを確認する。その声は外にも聞こえる声で、キリトから発せられた言葉ではないことに気が付いた。

 

 

「······ザックス?」

 

 

一度顔を会わせたことがあるティファは信じられないものを見たような目をする。

 

あの時、あれ以降姿を目にすることがなかった、本物のソルジャー・クラス1st。クラウドの親友で、クラウドを裏から支えてくれていた、彼にとってかけがえのない大切な存在。

 

しかし、そいつはもう、()()()()()()()()

 

それなのに、キリトの口を借りてそいつは自分のかつての称号と名を名乗った。

 

名を聞いた瞬間、ティファに湧いてきた感情は困惑だった。何故、あの時のソルジャーの名前がキリトの口から出てきたのだ?

 

わけもわからない展開に、ティファはユウキを抱えながらも手を口に当てて驚愕に満ちた表情を隠せずにいた。

 

 

「······」

 

 

ユウキは、ゆっくりと首を傾けるようにしながら、ティファの腕に抱かれて視界を確保した。

 

その時。

 

揺れる視界の中で、ある少年の姿が青年へと変化していた。キリトと同じように黒髪でツンツンとしていて、前髪を少し垂らして他の髪は全てオールバックにし、左頬にバッテン印の傷跡を残した剣士の残像が見えた気がした。

 

消耗しきった体力の中で見た幻影だったのかもしれないが、無意識にあれは敵ではなく味方だと判断できた。

 

ユウキはそのまま口角を上げながら目を閉じ、応援に来た青年に後を託しながら一時的に眠りにつく。

 

 

「キリト、君?」

 

 

アスナの声が聞こえてきたキリトはそちらを向き、首を横に振って否定する。

 

 

『「悪いな、今は違う。俺、ザックス。ちょっと今は訳あってこいつの体を借りてるけど、昔ソルジャーをやってたんだ」』

 

 

その声に猛烈な違和感を抱くアスナだったが、敵ではないということはすぐにわかった。

 

理由は、まさにその声。

 

聞き覚えのある声に過去の記憶が呼び起こされ、キリトの中にいる奴の正体を知ったアスナは驚愕の表情を浮かべる。

 

 

「もしかして、あの時檻から出してくれた······!?」

 

『「そ! でも結局助けられなくて、あの時は悪かったな。俺に実体があれば完璧に救ってやれたんだけど······」』

 

 

少し後悔しているザックスは、キリトの鼻に人差し指を当てて擦ると切り替えるようにニヤッと笑い、

 

 

『「けどもう違う、今なら助けられる。みんなを救える。その願いに応えて、俺はこいつの体を借りて今立っていられる。だから───ッ!!」』

 

 

ザックスは無言で大剣を握り締めた。

 

しかしそれだけではない。

 

彼はそのまま剣を構え直すと、隣にいるクラウドに向けて叫ぶ。

 

 

『「やれるよな! クラウド!!」』

 

「ああ!!」

 

 

彼の戦意に応じるように、クラウドもまた誇りを受け継いだバスターソードを構える。

 

爆煙から逃れた宝条はこの展開を見て、笑って見せる。

 

 

『「クックッ、素晴らしい。やはりソルジャーというのは人智を越えた存在だ。さすがに予想外だったよ、あの時人体実験として屋敷の地下に閉じ込めた二人がよもやこのような形で集まるとは思いもよらなんだな。しかし······」』

 

 

全ての元凶が笑っている。ただ一直線に研究に没頭し、今までにあった犠牲を全て無視して、自儘に事を進めてきたマッドサイエンティストが。

 

 

『「せっかく面白くなってきたんだ。期待を裏切らんでくれよ」』

 

 

二人に応じるように、再び腕を再生させる。グジュグジュと音を立てて骸骨のような顔面から黒い液体が垂れると同時に、天井からも融解させる真っ黒な雨が降りだす。

 

二人は一度下がって避けて、境目の外へと避難すると、宝条は笑って告げる。

 

 

『「ジェノバの可能性をもっと見せてくれよぉ、モルモット!!」』

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

クラウド、ザックス、宝条。

 

最初に激突したのは、他人のアバターを借りて仮想世界に降り立った二人だった。

 

つまり、ザックスが音速以上の速度で激突する。

 

ゴッッッ!! と。

 

距離など関係なかった。立った一歩踏み出しただけで目と鼻の先をゼロにし、彼の独特な口調がキリトの口を借りて叫ぶ。

 

 

『「いらっしゃいませぇぇぇぇぇえええええッ!!」』

 

 

大剣が振り下ろされる瞬間、轟音が目で見える現象より遅れて炸裂した。真っ黒に染まっている異空間を一時的に白く染め上げるほどの衝撃。その余波が後ろに控えているティファ達にまで到達し、思わず腕で目を覆う。

 

キリトの体を借りたザックスは、彼の願いを受けてここに立っている。よって容赦はしない。私情は多少あるが、少女を泣かせたクソ野郎に対して怯むことなく切り込んでいく。

 

しかし、

 

 

『「まだまだ足りんぞソルジャー!!」』

 

 

そのふざけた口が囁いた途端、右腕で衝撃を受け止めた宝条が空いていた左腕を伸ばして叩きのめす。

 

が、

 

 

「ハアッ!!」

 

 

テニスのラケットを返すような、気軽な弾き飛ばし。

 

たったそれだけの力でジェノバの腕は容赦なく切断される。たとえ切断されても、HPが残っている限りすぐに再生されるが、ならばそうなるまで斬り続ければいい。

 

二人で力を合わせれば、そんなのすぐに叶えられる。

 

下から抉り取るように、クラウドのバスターソードがその骸骨の顎を狙う。

 

 

「ハアアアッ!!」

 

 

あの時ユージーン将軍にも使った大技、クライムハザード。合計八連撃の赤い閃光が宝条の体から火花を散らせる。

 

 

『「ッ!! チッ!!」』

 

 

宝条の舌打ちが聞こえた。

いかに人智を越えた宇宙生物の細胞を取り込んだとしても、ダメージの蓄積をなかったことにはできない。

 

突然乱入してきたクラウドを警戒し、わずかに、ほんのわずかに敵意を変更した宝条に、ザックスが喰らいつく。

 

 

『「見逃すなよ!!」』

 

 

その巨大な刃に光を灯し、クラウドの方へと大きく突き刺すような格好で宝条の体を捉える。クラウドは背後も見ずに気配だけで仲間の攻撃が来るとこを察知し、左に体を反らしてザックスの刃を通過させる。

 

 

『「とりゃあッ!!」』

 

『「ごはッ!?」』

 

 

突き刺された刃はもはや自動車に突っ込まれたような衝撃だった。一瞬で肺の中の酸素を口からではなく腹から排出される感覚は異常な感触。

 

宝条はこの時になってやっと気付く。

 

正直、舐めていた。

 

たかが失敗作一人だけならどうにかなったかもしれない。しかし突然の乱入者に何もかもを崩されたせいでまた一から計算しなおさなければならなくなるという、面倒な手順が一つ追加されただけで隙を見せることになってしまった。

 

青緑色に光る眼球で、突き刺さしながら静止したザックスは宝条を見据える。

 

 

『「散々コケにして楽しむアンタに、これだけは言いたい」』

 

 

目を閉じ、瞑想するように静かになったかと思えば、その目蓋をゆっくりと開けて漆黒の瞳を見せつけ、

 

 

「俺達をあまり甘く見るなよ」

 

 

大きく一歩踏み込み、引き抜いた剣を正面から撃ち下ろす。反射的に掲げた宝条の左腕を一撃で断ち切り、睥睨していた奴の目を驚愕に染めさせる。

 

今のは明らかに一人だけの声だ。

 

つまり、今のはザックスではない。

 

キリトがやったのだ。

 

見えないバトンを渡すように、途端に瞳の色が置き換わると体の主導権を変えれるらしい。フィジカルな動きに対しては、ザックスが対処するしかないと思われていたが、それをずっと続ければキリトの出番はなくなる。

 

それをわかっていたザックスは、こう思っていた。

 

奴を倒すのは自分じゃない。

 

キリトとクラウドだ。

 

自分は、ただの意識。そんな存在が元凶を倒すには相応しくない。ならば、自分は最大限にキリトをカバーし、おいしい所を持っていかせるのが最終的な目標だ。

 

それに、

 

 

(あまり時間はないぞ、キリト)

 

「ああ、わかってる」

 

 

仮想とはいえ、死人が現世に留まっていられることさえ奇跡に近い状態なのだ。キリトの体を依り代としても、内側にある熱い想いは薄れつつある。

 

 

(俺の身体能力でお前の体を操るには限界がある。少し時間を稼いで息を整えてやるつもりだったが······どうやらあちらさんはこっちの事情なんてどうでもいいみたいだな)

 

 

ヒュン!! と。

 

宝条の背後からいくつもの触手が襲いかかる。死角からの数の暴力。キリトの身体能力では捌き切れるかわからぬ数。

 

であれば、

 

 

「スイッチ!!」

 

(了~解~!!)

 

 

再びキリトの目に魔晄を浴びた者に宿る神秘的な光が戻る。上下左右から襲いかかる触手を連続で切り崩す。

 

ザックスは目にも止まらぬ速さで腕を捌いているが、これは防御であって攻撃ではない。ダメージを与えている実感がないため、これでは埒が明かない。

 

よって、ザックスは背中に向けて叫ぶ。

 

 

『「頼むぜクラウド!!」』

 

「任せろ!!」

 

 

意図を組み取ったクラウドは、即座に本体へと突撃する。

 

宙に残る捌かれた触手を掻き分けて現れたクラウドに、宝条は慌てて再生させた触手で顔を守るが、そこへザックスが隙を見せた奴の下腹部を狙った一撃が見舞う。

 

 

『「ぐぼあッ!?」』

 

 

鈍い音が炸裂し、二つの攻撃がほぼ同時に衝突すると、地面に固定されていた宝条の巨体が一気に吹き飛ばされる。

 

いくつもの柱を巻き込み、追加ダメージを与えると、宝条の巨体は見えない壁に激突して崩れてきた瓦礫の下敷きになる。

 

散々腕を振り回していた『ジェノバBeat』はぐしゃぐしゃにひしゃげた瓦礫に半ばまで体を埋めるような格好で動きを止めていた。天井を突き破って襲いかかってきた瓦礫のシャワーが、巨体となった宝条の真上から降り注いだ。

 

怒涛の爆風を受けた宝条は瓦礫の下敷きになるが。

 

ググっと、瓦礫の中から起き上がった宝条は、元の姿のオベイロンへと戻っていた。

 

 

『「ッ!! これほどまでとは······」』

 

 

しかし、その顔から余裕が消えることはない。奴はまだこの状況になっても諦めていない様子だ。

 

 

『「所詮は偽物の体、痛みなど元から感じんよ」』

 

 

埃を払うように肩を叩いて、

 

 

『「全ての権限を持っている私からすれば、お前達など敵ではない!!」』

 

 

両腕を伸ばし、オベイロンの口から音声コマンドが放たれる。

 

 

『「システムコマンド。魔法発動! 【フレア】!!」』

 

 

炎系統の魔法でも高位なものをいくつも放つ宝条。闇雲に放つ魔法は空間そのものを破壊し、まるで道連れにでもしようとするかのように乱暴に解き放っている。

 

 

『「誰にも邪魔はさせん。私の研究は誰にも止められない!!」』

 

 

高位のIDによって発動される魔法は無限で、魔力なんて概念は存在しない。自棄にもなったかのような攻撃をする宝条は最大級の悪あがきをする。

 

しかし、

 

 

「······この時点でその程度の悪あがきしかできないんじゃ、もう勝負はついたんじゃないか?」

 

『「······なにぃ?」』

 

「だって」

 

 

漆黒に染まった瞳から青緑色に戻し、

 

 

『「せっかくの高位のIDを持ってるのに世界をぶっ壊すほどの魔法を発動させないなんて、勿体なくないか?」』

 

『「!?」』

 

 

その助言に宝条は慌てたように音声コマンドを言い放つが、もう遅い。

 

 

『「システムコマンド!! オブジェクトID【エクスキャリバー】をジェネ────ッ!!」』

 

『「遅ぇッ!!」』

 

 

微細な数字の羅列が猛烈な勢いで流れてオベイロンの手に一本の剣が生成される前に、ザックスが駆け出した。

 

どんな形であれ、その動きよりも速く動いてしまえば全てが終わる。

 

剣が振るわれる前に懐に入ってしまえば、途中どんなトラップがあろうとソルジャーの身体能力を借りているキリトの体を止めるには至らない。

 

そして。

 

エクスキャリバーという伝説の剣の威力を最大限に活かせる距離になってしまえば、もうキリトの大剣も届く。振るわれる黄金剣に合わせる形で刃を振り下ろし、その腕ごと断ち切ることができる。

 

つまり。

 

ザックスの足が、宝条の懐へと強く踏み込む。

 

全身の体重移動によって強く握り締めた大剣へ絶大な力が加わり、振り抜かれた刃は硬く強く。最大の重みを乗せて振り下ろされる。

 

 

『「オラァァァアアアアッ!!」』

 

 

ザシュ!! と。

 

全ての元凶を逃がさぬように、翻弄され続けた二人の意志が宝条の右半身を捉えた。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

『「はぁ······はぁ······ッ!!」』

 

 

肩の所から剣を持つ腕が切断された。

攻撃の前兆を、ソルジャーとしての身体能力の発動を、全く関知できない一撃だった。真正面から放たれた攻撃が、容赦なく彼の五体を切り離す。

 

世界を滅ぼす、または塗り替えるほどの影響力を持つ伝説の剣を握った右腕が宙を舞い、闇の中へと沈んでいった。

 

利き手を失った宝条は、真っ黒な地面に赤い血を撒き散らしながら絶叫した。

 

 

『「·······ググッ!!」』

 

 

もう片方の手で傷口を押さえつけ、目の前にいるモルモットどもを睨み付ける。息を肩でしながら、擬似的な電気信号の痛みに耐え、それでも彼の表情から余裕は消えない。むしろ、限界以上の動きを見せたキリトの体を借りて疲弊しているザックスを蔑みの目で見下ろしている。

 

 

『「はぁ······はぁ······ッ!!」』

 

 

歯を食い縛り、筋肉痛にも似た感覚を強引にこらえて、ザックスは支えとしているキリトの大剣へ力を込める。その腕の力を使い、彼は目眩に教われながらもふらふらと体を起こしていく。

 

が、

 

ガクン、と。

 

 

『「ッ!!」』

 

「ザックスッ!!」

 

 

彼はキリトの膝を地面に付かせ、ごほごほと短く咳き込んだ。

 

頭が痛いだけでなく、眼球が飛び出しそうだった。駆け寄ってきたクラウドが肩を貸し、ふらふらした動きで支えられて立ち上がるがそれ以上の動きは現時点では出来ない。

 

その目の前の光景に、宝条は嘲笑を注ぐ。

 

 

『「······時間切れとは無様な末路だなぁ、ソルジャー・クラス1st?」』

 

『「ッ!!」』

 

『「望み通り今は消えてやる。しかし、私はまたいずれここへ戻ってくる!! 私の意識はネットワークにいくつも散らばっている! それを再集合させれば、また私という存在が仮想と現世、どちらにも蘇る事が出来る!!」』

 

 

宝条は構えも取らなかった。残った左手を動かしてウィンドウを開くと、オベイロンの権限でまた消えたはずのエクスキャリバーを掴み取る。パントマイムのような仕草の中に、キリトとザックスはおかしなものを知覚した。

 

エクスキャリバーが変質していくのだ。

 

ガキゴキと噛み合わない音が連続し、強引にその剣は別の形状へと変化させられる。本来、その剣はここに現れるはすがないのだ。にも拘らず奴は記憶とデータといった不確かな未分類情報で、それを形にして具現化させる。

 

アルテマウェポン

 

究極の星の守護者と称されたあのアルテマウェポンから手に入る、一本の大剣。

 

それを手にした宝条は、血反吐を吐きながら呟いた。

 

 

『「その前に、お前達には今ここで消えてもらおう。私の偉大な研究の邪魔にならんようになぁ!! クックッ、ハッハッハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」』

 

 

その直後の出来事だった。

 

バギンッ!! という無茶苦茶な音が鳴った。

 

高笑いをしていたこの世界の征服者、オベイロンの体内からだった。

 

 

『「······あん?」』

 

 

その動きが止まる。

 

切断されなくなった右腕から漏れ出ている血が、ドバッと現実的に吹き散らされる。襲いかかる激痛に、宝条の体から大量の汗が噴き出す。

 

 

『「な、なんだこれは!? 仮想空間でこのような現象が起こるはずがない!! 第一私のペイン・アブソーバのレベルはゼロではなく最大値の·······は、ず」』

 

 

言葉が途切れる。

 

ボゴン!! とその腹が過充電を続けたバッテリーのように致命的に膨らんでいくと、違う声がオベイロンから響いてくる。

 

もっと。

 

もっともっともっと、禍々しい何かに振り回されるように、オベイロンは絶叫しながら己の腕をもう片方の手で押さえ込もうとしていた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()!! ()()!? ()()()()()()()()()()()()()()!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!??」

 

『なにぃ!?』

 

 

二つの言葉が同時に重なった。

 

“あの二人”の声が響き渡る最中も、オベイロンのアバターはボコボコと膨らんでいく。胸が、顔が、手足が、膨張していく部分が、徐々に人の姿を失わせていく。均整の取れた長身が歪み、言うことを聞かないアバターに宝条は叫ぶ。

 

 

『まさか、こんな時に拒絶反応か!? ええい黙れ二流科学者!! お前ごときが私の偉大なる研究の邪魔をするなど──────』

 

「ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!??」

 

『黙れと言っているだろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』

 

 

オベイロンのガギガキガキガキボコボコボコボコボコボコッ!! と断面から次々と現れる赤黒い泡が噴き出したと思ったら崩れた体から、再びジェノバの触手が伸びてきた。その触手はもはや敵味方判別せず、闇雲に暴れまわっている。

 

自分の頬や胴体を叩き、地面を何度もへこませ、その身体は歪になっていく。

 

深い深い、赤。

 

言葉で表現できない、肉の塊。

 

醜い妖精の姿となったオベイロン。

 

筋肉が内側から現れ、血管と共に血が噴き出し、その中からいくつもの眼球が作り出される。

 

ギョロギョロと目を動かす無数の眼球はそれぞれ別の方向を向き、その光景を見て哀れに思った二人の剣士が一歩、また一歩と己の敵に向けて真っ直ぐ近付いていくと、隣にいる少年の姿をした親友が静かに声をかけてくる。

 

 

『「······もう、終わらせるぞ。クラウド」』

 

「······ああ」

 

 

今まで支えられて休憩していたザックスは、静かにクラウドから離れる。

 

そして。

 

クラウドは今まで以上に硬く強く、剣を握り締めた。そのまま現在進行形で変わり果てている宝条に向けて、穂先を向けて睨み付ける。

 

宝条は歪になった眼球で、近付いてくるクラウドとザックスをギョロリと見据えると、苦しみながらも笑顔を絶やさず笑いかける。

 

 

『ひ、ひひッ!! ふざけるな······失敗作であるお前達にまた倒されるだと!? ははっ、笑わせるな!! ありえない。そんな計算外のこと、あって良いはずがない!!』

 

「宝条·······」

 

『あ?』

 

「アンタのごたくは、もうたくさんだ」

 

『なにぃ······!?』

 

「腐りきった縁······これで終わりにして見せる!!」

 

 

遮るように、クラウドは言葉を重ねる。

 

青緑色に光る瞳に標的を映して、二人は目の前の敵を睨み付ける。

 

二つの得物が重なり合い、共に穂先を宝条に向けて背中同士をくっつけると、

 

 

『「合わせろ!」』

 

「ああ!!」

 

 

ゴッ!! と空気が震えた。

降り続ける瓦礫を蹴散らし、各々が駆ける。

 

宝条は強引にも歪になったオベイロンのアバターを動かし二人を叩き潰そうとするが、その前にボゴン!! と。再びの爆発音と共に、歪になった腕が巨大な顎のように開いたのだ。まるで捕食しているようだった。目の前の敵ではなく、オベイロンのアバターを取り込むために。

 

その隙を二人は逃がさない。

 

クラウドやザックスは壁や天井を蹴っているのか、あるいは移動時の衝撃波が叩いているのか。あちらこちらから迫り来る打撃音にも似た硬い音が連続して響き渡る。

 

空間を切り裂いて近付いてきた二人は、息を合わせるようにして叫ぶ。

 

 

『「行くぞ!」』

 

「不運を恨めッ!!」

 

 

目で追うのも困難な速度で動く二人の言葉は、それを形にするように斬り込んでいく。

 

 

『「オラオラオラァッ!!」』

 

 

ザックスは剣に青いライトエフェクトを宿すと、目にも止まらぬ速さでまずクロス字に剣を振るい、縦横に一閃引くと、最後に縦一直線の最大の大技を決める。

 

クラウドもそれに合わせるように、縦に一閃、上から真横へと一閃、最後に真ん中にバツの字を残すような三連撃の技を放ち、ザックスと共に剣が導く運命を描き出す。

 

 

連続斬と凶斬り。

 

 

二人して凶の字を描くように斬りつけ、対象の運命を決定付ける。

 

規格外の一撃が放たれ、オベイロンの体を乗っ取った宝条の五体を綺麗に分裂させ、その法則を切り崩し、マッドサイエンティストが頭の中で思い描いていた理想図を一ミリでも狂わせる。

 

 

『「ギニャァァァァァアアアアアアアアアアアアッ!?」』

 

 

四肢を切断されて上半身のみとなった宝条は重い音を立てて床に転がり、直後に残っていた歪な形の右腕と左腕、そして両足が白い炎に包まれて燃え崩れた。

 

二人の意識が重なり合う。

 

双方の全身に、得体のしれない力が満たされる。

 

床に転がっている元凶を見て、クラウドはつまらなそうな口調で隣にいる彼に言う。

 

 

「······終わらせろ、キリト」

 

「······ああ」

 

 

吐き捨てるように。

瞳を戻したキリトは語る。

 

 

「お前は真の意味での偽物の王だ。盗まれた世界を上から更に盗み取り、そこの住人を、世界を、その全てを奪おうとした泥棒の王だ」

 

『ひ、ヒヒッ!! どの口で貴様、偉大な科学者である私に向かって·······ッ!!』

 

 

宝条はまるで須郷の想いを代弁するかのように叫び出す。

 

 

『全ては何もせず、現実の世界にあるものだけに甘んじて、ただ他人が作ったゲームに勝手に入り込んで楽しんでいただけの凡人のお前が、偉大なる私の研究の邪魔をするというのか!?』

 

「邪魔なのはお前だ。科学者なら、なぜ人を苦しめて笑う? 知性は特権じゃなくて授かり物だ。それを他人のために使わずに自分を満たすためだけに使っている。ゲスな願いや身勝手な欲望のために、多くの人達の命を犠牲にして、誇りを傷つけ所有物のように扱うような奴が偉大な科学者だと? ふざけるな。お前は結局自分の野心と支配欲を満足させたいだけの、二流科学者だ!!」

 

『ッ!?』

 

 

キリトは無言で、まだ唯一形を保っていたオベイロンの長い金髪を掴んで持ち上げると、眼前まで持ってきてそのどろりとした涙を流す醜い顔をした宝条に向けてこう叫ぶ。

 

 

「それが本当のお前だ。大きくも高くもない。偽りの体で偽りの仮面を被り、偽りの世界を支配していたと思い込んでいた、須郷と同じく虚勢を張っているだけの、ちっぽけな臆病者だッ!!」

 

『「!?」』

 

 

そう言った直後、キリトは左手を真上にぶんと振って空高く垂直に放り投げる。大剣を両手で握り、天を貫くような格好で剣を空高く掲げ、落ちてくるゴミを待つ。

 

 

『や、やめろ!! そんなことしたら───ッ!!』

 

 

耳障りな絶叫を周囲に撒き散らす宝条だったが、そこで声が一つに戻り、

 

 

「そんなことをしたら、ぼくの身体が────ッ!!」

 

「うおおおおおおおおあああああああッ!!」

 

「よせぇぇぇえええええええええええッ!!」

 

 

問答無用でキリトは最大の一撃をオベイロンのアバターに撃ち込む。

 

肉を引き裂く音を立てて、刃がオベイロンの瞳を貫いて後頭部まで抜けると、信じられないほど純粋な痛みが、意識が戻った須郷を襲う。

 

 

『「ギィャァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!???」』

 

 

空間全体に響き渡る程の絶叫。

 

痛みを逃しきれない須郷は暴れるようにキリトの剣に突き刺さったまま踠くが、徐々にその身体から粘りのある白い炎が噴き出し、全身を包み込むように燃え広がった。

 

それ以上はもう何も起こらなかった。

 

燃えカスになった宝条の意識は須郷の身体と共に燃え尽き、ずっ······と灰となったアバターが虚空へと消えていった。

 

 

 

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