全て終わった。
しかし根本的なことを忘れてはならない。
『「はぁ~あ。なんか疲れた~!!」』
「······ザックス」
『「······久しぶりだな、クラウド。って、この姿で言ったら違和感ありまくりか!!」』
「······」
『「わかってるよ、聞きたいこととか沢山あるんだろ?」』
ツンツン頭がツンツン頭の少年を見て困惑するのも無理はない。何しろ自分をこんな身体にした奴が違う姿になって別世界に現れたと思ったら、今度はどういうわけか前の世界から一緒に戦ってきた少年の身体に死んだはずの親友の意識が憑依しているのだから。
ザックスの意識を具現化させるために少年の瞳が『魔晄』を浴びた者の目である青緑色ではあるが、基本的に姿はキリトのままである。
しかも途中で意識を交代させるという芸当までしているため、今どっちなのか判断がしづらい。
一応目を見れば判別可能だが、遠目からだとわかりにくい。
ザックス、だということはひとまず確定。
今、誰もが思っている謎。
何故ここにいるのか、どうしてキリトの身体に憑依しているのか、それがどうしても知りたかったクラウドはキリトの身体の中にいるザックスに話しかける。
「あのさ、ザックス」
『「悪いクラウド」』
「?」
「······
瞳の色が変わったのと、声が一つに戻った。
キリトはボロボロになってしまった初期装備の大剣を手放すように落とすと、そのまま膝をついて先程までの闘いを見ていたアスナの方へと歩き出す。
彼女と目線を合わせるようにして、キリトも床に膝を付く。
「キリト君······だね」
「······うん」
「······ッ!!」
静かに、少年は頷いた。
彼女は溢れ出てくる涙を止められず、感情のままにそのまま手が届く距離にまで近付いてきてくれたキリトの首に両腕を回して抱きつく。
涙を流して腕の中に飛び込んできたアスナに、言葉では説明できないほどの喜びが涙へと形を変えて少年の頬を伝う。
彼はもう二度と離さないと誓うように、彼女のその細い体を優しく抱きしめ、目一杯泣いた。
ただ一言も発することなく、彼らは泣き続けていた。
クラウドとティファはその様子を、温かく見守っていた。
「·······信じてた」
ようやく、少女は震える唇を動かして囁いた。
「ううん、信じてる······これまでも、これからも。君は私のヒーロー······いつでもどこでも、助けに来てくれるって」
「······」
アスナの手が少年の頬を撫でる。
彼はその手を優しく握る。
が。
それと同時に静かに息を呑んだ。
(違う。俺は······俺には、本当は何の力もなくて·····ッ!!)
(そんなことないぞキリト!!)
(!?)
唐突に、頭に声が響いた。
彼のその考えを否定するように、少年の中に宿る『英雄』が語り出す。
(さっきも言っただろ? 夢を持て、そしてどんな時も誇りを手放すなって)
(······ああ)
(お前にはそれがある。たとえ世界中の誰もがお前を謗り、疑っても、その夢と誇りは手放さなかった。信じて貫き通せる強さを、お前は持っている)
(······)
(ま! 初対面の相手にこんなこと言われても戸惑うだけかもしれないけどさ、これだけは確かだ。現にお前は、大切な人を守るためにまた剣を握って立ち上がった。お前は強いよ、キリト)
彼の言葉に、キリトは最後まで耳を傾け続けた。
それが礼節だと思ったから。
その言葉を聞いて、キリトはわずかに口角を上げて目を閉じ、内側にいる彼に自分の意思を伝えると、最愛の人に優しく告げる。
「そうなるように頑張るよ······さぁ、帰ろう」
キリトはまるで初めからわかっているかのように手慣れた作業で左手を振る。すると、通常のプレイヤーの前に現れるウィンドウとは違って、複雑な文字が並べられた特殊なシステムウィンドウが姿を現す。
その時、彼の瞳は青緑色だった。
彼は迷うことなく指をスライドさせてスクロールを移動させ、転送関連メニューバーがある場所を見つけて押そうとすると、不意に指が止まった。
視線を感じたのだ。
何かと思って手を止めたキリトは、自分の顔を見てくるアスナに思わずギョッとした。
『「な、何?」』
「······綺麗」
『「ん? 顔? こいつの顔なら見慣れてるだろ?」』
「ううん·······あなたの、瞳。クラウドさんと同じ」
『「お! 気に入った!? だったらもっと見てよ!!」』
(おい!?)
いつの間にか入れ替わっていたらしい。
そのことに気付いていたアスナは彼の瞳を見て魅力を感じ、つい言葉が出てしまった。瞳を褒められて嬉しくなったザックスは口説こうとするかのように顔を近付けてもっと褒めるように言うが、意識となったキリトに止められてしまった。
『「空みたいな色だろ? 【魔晄】を浴びた者の瞳、ソルジャーの証だ。クラウドもな!」』
そう言ってクラウドの方を向くが、彼は困ったように難しい顔をして頭を掻いていた。
自分はただの元一般兵。
ソルジャーとしての措置を強引にさせられて奇跡的に正気を取り戻しただけの存在。理屈で言えば彼はソルジャーと同等の力を得ているが、階級的に言えば彼は一般兵である。
だから自分は違うと思っていると、
『「クラウド!!」』
「!」
『「ハートの問題だ! ハートの!!」』
胸を叩き、ただそう言うザックス。
前にも幻想の中で聞いた彼の励ましを思い出し、クラウドはただ笑って頷く。
ザックスは前へと向き直すと、アスナが話しかける。
「ありがとうございます」
『「うん?」』
「私だけじゃなくて、キリト君を、みんなを助けてくれて」
『「気にすんなって! それが、ソルジャーとしての務めだからな!!」』
「······ふふっ」
『「ん? なんかおかしいこと言ったか? 俺?」』
「ううん。なんか、変な感じがして。あのキリト君がものすごく明るく話してくるから、ちょっと面白くて······ッ!!」
(な······ッ!?)
彼女はクスッと笑っていた。
そりゃあもう純粋に、面白そうに。
『「あはは! こいつそんなに普段からテンション低いのか!?」』
(おい! 笑うなよ!?)
『「ハハハッ!! 悪い悪い!!」』
ひとしきりキリトの体で笑ったザックスは瞳を閉じる。すると、その瞳の色は少年の漆黒色へと戻っていた。
指先には、ログアウトボタンがある。
あとはお前のタイミングで押せ、という意味だろう。
ザックスの意図を悟ったキリトは、こちらを見つめてくるアスナに目線を合わせ、
「現実世界は、たぶんもう夜だ。でも、すぐに君に会いに行くよ」
「うん、待ってる。最初に会うのは、キリト君がいいもの」
そうして、キリトはログアウトボタン指を触れ、青い発光が指先に灯る。彼はその指先で、泣いている彼女の頬に伝う雫を拭う。
すると、ログアウトのターゲットが選ばれたことで彼女の身体は鮮やかなブルーの光に身を包まれ、クリスタルのように透き通っていく。
「とうとう······終わるんだね。帰れるんだね、あの世界に」
「そうだよ······色々変わっててきっと驚くと思うよ」
「楽しみだなぁ。いっぱいいろんな所に行って、いろんなことしようね」
「ああ······きっと」
「······待ってるね、キリト君!」
そうして、彼女の言葉が終わった直後、アスナというアバターは光となって消えた。
光の粒が宙を舞い、空へと登っていくのを最後まで見送ったキリトは静かに立ち上がると、今度はティファの方へと歩いていく。
彼女の腕の中で眠っている、ユウキをログアウトさせるためだ。
バトンタッチするように、彼の瞳は変わる。
『「この子も、凄く頑張ってくれたからな。少し休ませてやらないと」』
ザックスは先程と同じ手順で、ユウキをログアウトさせるための作業を開始する。その間、ティファが話しかけてくる。
「ザックス······なんだよね?」
『「ティファ、だったよな。会うのは······“あの時”以来か」』
『あの時』。
全ての始まりであり、全てが崩壊した日。
今から七年ほど前、魔晄炉の調査のためニブルヘイムを訪れた際に起こった災害。
ニブルヘイム事件。
クラウドとティファの故郷、ニブルヘイムにある魔晄炉の異常動作。そして、凶暴なモンスターが発生している原因の調査及び解決を目的とし、ザックスとセフィロス、当時一般兵だったクラウドと他二人が参加した。
その魔晄炉までのガイドをしてくれたのが、ティファだった。
道中、危険な目に遭ったが、ソルジャー・クラス1stであるザックスとセフィロスがボディーガード役として動いてくれたおかげで無事に魔晄炉に辿り着けたが、その後、全てが変わった。
魔晄炉の中にあった、大量の培養カプセル。
その中には高密度の魔晄を浴びせられ続ける異形な存在が眠っており、凶暴なモンスターが暴れまわっていたのはこれが原因だった。
つまり、ザックス達が所属していた『神羅』がモンスターを生み出していたのだ。
ということをセフィロスから聞かされ、ソルジャーも魔晄を浴びて生み出されるが、『それでも普通の人間』である、というワードに引っ掛かったザックスの何気ない“ある一言”によって、全てが始まった。
“普通のソルジャーって、アンタは違うのか?”
それが、英雄セフィロスを狂わせる呪いの呪文になるとは思っても見なかった。セフィロスはその一言で自分自身に疑念を抱き、暴走してしまった。
彼は、死んでもそのことを悔やんでいた。
自分のその一言さえなければ、あの事件は起きなかったかも知れない。クラウド達に、重荷を背負わせることもなかったかもしれない。
そのことを未練に感じていたザックスは、死んでも精神となってライフストリームを彷徨い続け、そして今回、奇跡的に仮想空間で実態を得ることに成功した。
どうやって入ってきたのか、それを説明するためにまずはユウキをログアウトさせる。
『「ゆっくり、休めよ」』
ログアウトボタンを押し、対象を決めるための青い発光が指先に灯ったのを確認すると、彼女の頭に触れる。
ユウキの身体が鮮やかなブルーに包まれて、光の粒子となって空へと登っていく。
それを確認したザックスは立ち上がって、二人が登っていった暗闇の天井を見上げながら、残ったクラウドとティファに話しかける。
『「なんか、変な感じだよな。死んだはずの人間がこういう形で現れるなんて」』
その言葉に反応したのはクラウドだった。
彼は首を横に振り、
「いや······会いたかったよザックス」
『「······」』
すると、何故かザックスはそっぽを向いて視線を逸らすと頬を掻いた。
クラウドとティファの二人はどうしたんだろうと互いの顔を見て首を傾げるが、ザックスは気付かずに背中を向けたまま頬を赤くしている。
しばらくすると一回、二回とスクワットをし、体をほぐしきったことを確認するとグッと両腕を上げ、腕を組んでこちらに向き直した。
『「おっし! いちいち悩んでても仕方なし! そんなに深く考えることでもないし、さっさと説明するか!!」』
ふわっ、と。
キリトの身体から抜けるようにして、透き通った姿をした青年が姿を現した。
それに伴い、キリトの身体は糸が切れたようにして前に倒れてくる。だがその前に意識を取り戻したキリトはよろけて転ぶ前に態勢を立て直す。
クラウド達の方へと飛ばされたキリトはクラウドの隣に立ち、半透明となった青年を見る。
黒髪のオールバックに、左頬にバッテン印がついた高身長で、目鼻立ちがはっきりとしている。クラウドと違って両肩に肩当てを着けて、宙に浮きながらこちらを見ている。
それがキリトの身体を依り代にしていた者の正体。
確かにどことなくキリトに似ているが、彼とは真反対のオーラが感じ取れた。
ザックスは半透明ながらも本来の姿で皆の前に姿を現し、ニヤリと笑っていると、
『相変わらず、私の想像を遥かに越えるね君たちは』
唐突だった。
男の声、のようなものを耳にして思わずそちらに目をやってみれば、白衣を着た男性がザックスの隣に立っていた。
一瞬、新手の敵か何かかと思って表情を強張らせるクラウドとティファだったが、
『私を忘れたか。仮想世界を創造した製作者において何者なのかすぐにわかると思ったのだがね』
「······茅場?」
キリトはそう呟く。
少年と並行して立っているクラウド達はまだ怪訝な顔のままだ。
ザックスと同じくその半透明な身体を操って、電子の声で言葉を紡ぐ。
『状況は大体把握している。私はもはや実態を持たない存在だからね。データとなった私には仮想空間の至るところに存在している。彼、ザックス君と同じようにネットワークに溶け込んだ意識は様々な空間を行き来し、この世界を見守っていた』
「世界を、見守る?」
ごくりと喉を鳴らしてキリトは訊ねる。
『異界の人物にこれ以上好き勝手に暴れられては困るのでね。我々の世界を汚すのだけはどうしても我慢ならない。だからこそ、私は“彼”に頼った。クラウド君の力の源になっている存在をこの世界に呼び出し、解決させるためにキリト君のアバターに憑依させ、須郷よりも高位のIDを付与させた』
『ま、そういうわけで俺は今ここにいるってわけだ。難しいことは実は俺もよくわかってないんだけど、つまりはこのおっさんの権限のおかげで、最適なアバターを見つけ出したことで実体を手に入れて、それであいつよりも高位なIDを貰ったことであの子達をログアウトさせることが出来たってわけだ!』
「「「······」」」
その言葉を聞いて。
永遠の疑問のループに閉じ込められた気がして、ふわりと三人の全身から力が抜けた。
つまり、アスナとユウキをログアウトさせることが出来たのは茅場がザックスに高位のIDを託したからなのか。それでキリトというアバターを依り代にしたことによってシステムウィンドウを開くことが出来たのか。
アスナが先程言っていた鳥籠の檻から出してくれたというのも、その権限があったからなのだろうか。
正直無茶苦茶な理由な気がする。
しかし、ようやっと安堵の息を吐く。
ほんのわずかな、それでいて確実な休息。
直後の出来事だった。
茅場はふっと笑うと、三人に向けてこう語った。
『とはいえ、君達と私は無償の善意など通用する仲ではないだろう。もちろん、手助けをした代償は必要だよ、常にね』
その言葉に、三人は顔を合わせる。
茅場が一体何を望んでいるのか、大体予想できたからだ。
キリトが前に出て何を望んでいるのか訊ねる。
「······何をさせたいんだ?」
『贖罪だ』
そう言うと、茅場の手元に銀色に輝く結晶が瞬いた。とても幻想的で水晶のようにも見える物体。
茅場はその光の結晶をキリトへと手渡した。
「これは?」
『世界の種子だ』
「種子?」
『芽吹けばいずれどういうものなのかわかる。その後の判断は君に任せよう。消去し、忘れるもよし···だが、もし君があの世界に憎しみ以外に別の感情があるとしたら······』
そう言って茅場はクラウドとティファを見る。微笑んで、嬉しそうに。
そして意味深なことを述べた。
『
それだけを言い残し、茅場は背を向けてキリト達に語りかける。
『もし異世界に行くとなるのなら、【それ】はきっと役に立つはずだ。捨てるのも良いが、私的には大切に保管することをおすすめするよ。
その瞬間、茅場は一瞬だけクラウドの方を見た。しかしすぐに視線を戻し、キリトの顔を見ると無言のまま背を向けた。
『では、私はもう行くよ。いずれまた会うことになるだろう。キリト君、クラウド君。次に会えるのを楽しみにしているよ』
その言葉を最後に、茅場という人物は虚空へと消え去った。
<><><><><>
『ま、そういうわけで、俺はあの茅場っていうやつのおかげで一時的にキリトのアバターを依り代にしてたってわけだ』
「······理屈がよくわからないんだが」
『ま、そうなるのも無理はないよな。でもさ、俺たちの世界ではライフストリームっていう死んだら精神はそこに還るって言われてるじゃん? 俺もセフィロスと同じように魔晄が使われているネットワークに迷い込んで、そこでたまたま会ったあの茅場って人の力によってこの世界に降り立つことが出来たわけ』
「······」
『まあ、とにかく俺っていう記憶を構築するネットワークは今も存在し続けていて、死んでいる俺の情報がライフストリームに蓄えられている状態なんだ。つまり死んでいるけど記憶と精神だけは生きているって感じだな』
「······」
『なぁ、聞いてるクラウド? いや確かに難しい話だけどさ、それでも無言でいられるとさすがに傷つくぞ俺だって~!』
クラウドはとにかくザックスのわかりにくい説明と話し方に頭を悩ませている。そもそも、半透明の幽霊らしき姿をした親友に話しかけている時点でおかしい。
暗闇の中で行われる話し合いに、キリトとティファは首を傾げているが、聞き手であるクラウドでさえも理解できていない。
今ある状況は、きっとクラウドにとっても予想外の事態に間違いない。
それでもザックスは続ける。
『ま、なんにしてもこうやってまた会えたんだ! 俺は嬉しいぜ!!』
「·····ああ、俺も嬉しいよザックス」
久々の再会。
思ってもみなかった、二度と会えないと思っていた奴が目の前にいる。それだけで、クラウドの瞳を麗せるのには十分だった。
彼は涙を見せないように必死に堪えているが、ザックスにはお見通しだった。
『全く······相変わらずだな~クラウド』
「······すまない」
『でも、ちょっと安心した』
「?」
『結局俺は英雄にはならなかったけど、その夢と誇りをちゃんと受け継いでくれている。それだけで、俺は救われた気がするよ』
クラウドは。
しばらくの間、立ったまま動けなかった。
きっと、彼にとってザックスの想いを引き継ぐのは本音を言えば重すぎたのかもしれない。ソルジャーではなくただの一般兵が背負えるものではないことだけはわかっている。
だからクラウドは不安だった。
彼から譲り受けたバスターソード、あんなに重いもの自分の手におえるわけないと感じていた。
だが。
やがて青年は呟いた。
誇りを譲ったザックスはそれを聞いていた。
「なあ、ザックス······」
『ん?』
「·····俺は、アンタの生きた証になれたかな?」
『ああ、なれてるよ』
笑顔で、彼は即答した。
『さっきも言ったけど、お前は俺の夢を引き継いでくれている。それだけでも俺は嬉しい。二人で頑張ってきた努力を無駄にせず、確実にお前は前を向いて歩いている。だからクラウド────』
区切るようにして、彼はニッコリと笑ってこう言った。
『ありがとな、生きててくれて!!』
そう言った直後だった。
彼の身体はバラバラバラバラと、借り物の肉体から剥がされるように、白い花弁のようなものが真っ暗な部屋へ散らばっていく。
『どうやら、時間みたいだな』
間もなく、ソルジャー・クラス1stは塗り潰される。ある意味において、それは単純に死んでしまう事よりもはるかにおぞましく感じられた。
冗談抜きに、いくつもの修羅場を潜り抜けてきたザックスだからこそ、消える前に言いたいことをキリトに告げる。
『キリト!!』
「!!」
『どうか、クラウドを頼んだぜ! お前になら、クラウドを任せられる!!』
ニッ! と笑って親指を立てるザックスにキリトは驚愕しながらもすぐに笑顔になって『ああ』と呟いた。
そしてザックスはティファに顔を向けると、
『ティファ!』
「!」
『違う世界っつっても、久しぶりに会えて嬉しかったぜ!』
純粋な笑顔を向けてそう言ったザックスは、いよいよ姿が見えなくなるところにまで身体が薄くなっていっていた。
一時だが、この世界に別れを告げよう。
最後の言葉はどうするべきなのか、答えは決まっている。
『クラウド』
「!」
ザックスはクラウドの顔を見て、ニッコリと満面の笑顔を向けてこう言った。
『さようなら、なんて言わないぜ』
笑って。
安心させるように。
『またな!! クラウド!!』
<><><><><>
全てを見届けた英雄は、空へと消えていった。三人は最後までその光景を目に焼き付け、一生忘れることのない思い出として残り続けるだろう。
「·······クラウド」
すると、すぐ隣から声が聞こえてきた。
終わったのに、もう全てが終焉を迎えたというのに。
「もしかしたら、もう会えないかもしれないからさ」
キリトは俯きながらも、喉に力を入れて、言いたかったことを全て吐き出す。
「あの時は、悪かったな」
「?」
「その、SAO時代にお前を、スパイかなんかだと疑ったりして敵意を向けて、許されることじゃないのはわかってる。けど、どうしても謝りたかったんだ」
彼のその言葉に、クラウドは表情を変えなかった。
今更そんなことか、と。
まるで気にしていないかのように、彼はザックスがよく使っていた言葉を借りてキリトを慰める。
「別に気にしてない。それに、もう二度と会えないと決まったわけじゃないだろう」
「え?」
「“友達”······だろう?」
それだけだった。
たったそれだけで、キリトは救われた気がした。
クラウドは笑って、彼を許した。
それと同時に、彼はキリトのことを仲間として認めた。仲間である以上、想いは繋がっている。心に染み付いてしまっているものは簡単には切れない。
仲間が自分達のことを覚えている限り、もう二度と会えないなんてことはない。
その一言に救われたキリトは、ありがとうとだけ告げて、茅場から受け取った輝く結晶をしまうと、顔を上げて少女の名を呼ぶ。
「ユイ、いるか? 大丈夫か!?」
そう叫んだ途端、暗闇の世界が一直線に割れた。暗闇空間そのものが光を放ち漆黒の闇を払って景色を映し出す。
世界樹の枝の上。
地平線の彼方では夕日が沈み始めている。
それと同時に、三人の眼前の空間に光が二つ凝縮し、ぽんと音を立てて黒髪の少女と、金髪の少年が姿を現した。
黒髪の少女はキリトを見るなりパパと呼んで駆け寄り、少年はクラウド達の元に駆け寄っていく。
「クラウドさん! こ無事で何よりです!!」
「無事だったか、よかった」
「はい。突然のバグによりデータが破損しそうになったので一時的にクラウドさんのVRバトルシミュレーターに避難させていただきました。全て見ていました······まさか、あの宝条が蘇るなんて」
「もう終わったことだ、別に良いだろう」
「いえ、そうとも限りません」
チャドリーは首を横に振って否定すると、
「彼はいくつものプロジェクトを同時進行するほど用意周到な男です。保険のために他にも彼のデータが仮想空間に散らばっている可能性があります。それがある限り、彼は何度でも蘇るでしょう」
「······」
その発言を聞いてもクラウドの表情は変わらなかった。むしろ、楽しそうな目をしてこう語る。
「問題ない·····俺が全てを終わらせる」
それを聞いたチャドリーは、ふふっと笑っていた。クラウドらしい解答が面白おかしかったのだろう。
そんなやり取りを続けていると、後ろにいたキリトがクラウド達に声をかけてくる。
「クラウド、ティファ!」
「「!」」
「俺たちは先に行くよ、アスナを迎えに行かなきゃいけないからな」
「そうか······またな、キリト」
「ああ、また会おうぜ! クラウド!!」
キリトはそう言うと、左手の指を振ってメインメニューウィンドウを開いてログアウトボタンを押し、放射状の光が包み込み、この世界から完全に消え去った。
<><><><><>
三人だけ残されたクラウド達は、当初の目的であるログアウトできるようにするためにデータ閲覧室へと向かう。
チャドリーが先導し、閲覧室へと向かう最中、ティファが急にクラウドの名を呼んだ。
「ねぇ······クラウド」
「? なんだ?」
「·····」
その次の瞬間だった。
そこでティファの方から首の後ろに左手を回されて、そのまま鳩尾に鋭い一撃をお見舞いした。
たった数秒の出来事が、クラウドの思考を粉々に破壊した。
「ッ!? いきなりなにを!?」
「心配したんだからね!!」
「·····ッ!?」
「だからこれは······勝手に出ていった罰」
クラウドの言葉を遮るように、ティファは叫んだ。意地になった子供みたいな叫び声に、クラウドは思わず息を呑んだ。
「いつもいつも、一人で抱え込んで······」
もう一度、ティファは重ねて言った。
「残される人達の気持ちも考えてよ。クラウドは一人じゃないんだよ? 仲間に頼ることも大切だってわかってるでしょ?」
「······」
クラウドは少しだけ考えた。
確かに、立場が逆だったらどう思っていただろう。クラウドの知らないところでティファが一人無茶して大怪我でもしたりしたら、相談もされず一人のうのうと平和の中にいた自分をどれだけ責めるだろうかと。
ティファの想いを感じたクラウドは、ただ一言、
「······ごめん」
とだけ言った。
「······ようやく言ってくれたね」
そうしてティファは良いんだよと言い、彼女はクラウドの首の後ろに両手を回して優しく抱き締めながら笑って許した。
クラウドとティファの違い。
彼女はここで一方的に怒るのではなく、家族を心配できる人間だった。
「結局、クラウドは今回も一人で問題を抱えたんだね。今回は特別に許すけど、今度からは少しは相談してくれないといい加減本気で説教しなくちゃならなくなるからね!」
「ああ」
「まずは帰ったらまりに溜まった配達伝票の整理にお店の手伝い!! わかった!?」
「······ああ」
「うん! よろしい!!」
ティファはそんな苦笑しているクラウドの胸へ飛び込み、クラウドは恐る恐る彼女の背中に手を回して、彼女の体を抱き締めた。
「クラウドさん! ティファさん! 早くしないと置いていってしまいますよ!!」
「ああ、今行く」
それから数秒後、二人は手を繋ぎながらチャドリーの後を追いかけ、互いに笑い合う。
その時、彼は夕日が沈む空へと視線を向けた。親友から受け継いだバスターソードを背負ったツンツン頭の青年がこちらを見ている気がした。
彼は微笑み、そのまま天へと昇るように消えていった。そしていつの間にか、彼の手にはバスターソードがなかった。
背中にも、右手にも、受け継いだ剣の姿はどこにもなかった。あったのは、左手に掴んでいるティファの右手だけ。
それで気が付いた。
(この世界での俺の役目は······もう終わったんだな)
ようやく、一つの戦いが終わった。
彼の手の中には、大切な仲間がいる。
<><><><><>
調査結果を説明させていただきます。
かねてより捜索中だった調査に向かった者の意識を発見しました。
別紙に添付した調査報告書の通り、責任者と彼の協力者の活躍により、無事にクラウド・ストライフのログアウトに成功致しました。
そして、ここで新たな問題が発覚。
クラウド氏の証言によると、ミッドガルネットワークに突如として発生した未知の空間は複数あり、その世界のどこかにあの『セフィロス』の精神が生き続けているということが判明しました。
『SAO』ですでに肉体を破壊した事は明らかになっています。にも拘わらずセフィロスは未だに精神だけとなって生き続け、別世界の住人達の多くの命を巻き込む懸念が出てきました。
迅速かつ確実にセフィロスの精神を破壊するため、引き続き別世界の調査を行います。
まずはリーブ氏が入手した仮想空間への座標の解析から始めようと思います。
解析結果が出次第、新たに調査を行う予定です。
なお、本作戦の最優先事項はセフィロスの討伐です。全力を尽くすのは当然ですが、その結果として死傷者を出すことだけは避けてください。