ソルジャーアート・オンライン   作:織姫ミグル

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第2章

 

 

現場には一瞬で到着した。

 

ヴィンセントはボヤけた視界を明確にすると、初めての感覚に違和感を覚えた。

 

だが、さすがは元汚れ仕事を専門にしてきたプロフェッショナル。数秒後には事態を把握し、中央都市にある初期キャラクター出現位置に設定してあるドーム状の建物から前へ一歩踏み出す。

 

 

「······」

 

 

頭上を見ると、空が一面赤味を帯びて若干黄色が混じっているのが見える。黄昏時の輝きの中で無機質なビルとビルの間に立つヴィンセントは、この景色を見るとどうしてもミッドガルを思い出してしまう。

 

無理もない。

 

この世界は世紀末な世界観を元にした仮想空間。スラムが多くあったミッドガルとどこか似ている。行き交う人々は迷彩のミリタリージャケットやボディアーマーを纏い、肩や腰に無骨な銃器を背負い、そしてほとんどの奴らの目つきが剣呑としている。

 

街全体が負を中心とした、誰も寄せ付けない圧迫感に包まれている。

 

 

「······懐かしい空気だな」

 

 

それでも、ヴィンセントはその空気に思わず口元を緩めた。

 

目の前に広がる暗い空気は、ミッドガルのスラムのように見放された無法地帯。つまり何が起きても不思議ではない、誰の目にも留まらない。

 

戦い。

 

殺し。

 

奪う。

 

それらが先鋭化された世界だ。

 

 

「······さて」

 

 

目的を果たそう、と思ってまた一歩歩き出そうとしたところで通信端末が鳴った。

 

鬱陶しそうな顔でポケットから端末を取り出すと、表示されているのは『リーブ』という名前。

 

 

「······なんだ?」

 

『そろそろ仮想空間に降り立った頃だと思いましてね。セフィロスの残留思念があるかどうかの調査のサポートをするために連絡しました』

 

「······」

 

『それで、調査のために行ってほしい所があるのですがよろしいですか?』

 

 

ヴィンセントはため息を一つ吐きながら聞く。

 

 

「どこに行けばいい?」

 

『総督府という場所でバトルロイヤルイベントというのがあるので、そこを中心に調査してください』

 

 

リーブは平然と言い切った。

 

ヴィンセントは首を傾げながら訊ねる。

 

 

「何故そこなんだ?」

 

『バトルロイヤルイベントには、あらゆるプレイヤーが集結するはずです。一筋縄では行かないような雰囲気を持った多くの強者達が参加するでしょう。無闇矢鱈に探し回るより、ほとんどのプレイヤー達が集まる場所であれば見つかる可能性が高いと判断致しました』

 

「······私にそのイベントに参加しろということか?」

 

『そこまでは望んでいませんが、それもありかもしれません。イベントに参加して目立てば、他のプレイヤー達から称賛されて多くの情報が手に入りやすくなる可能性もありますから』

 

「······」

 

 

ヴィンセントはほんのわずかに黙る。

 

個人的にはそういったことはしない主義だ。タークスに所属していた以上、任務遂行のために隠密に行動することを強いられていたからだ。

 

しかし、ヴィンセントはもうタークスではない。

 

目的達成のために、一度その考えは全て封じた。

 

 

「用件はそれで終わりか?」

 

『はい。それだけです。“彼”もそっちでそろそろ動き始めた頃でしょうし、こっちも早いところ調査を始めましょう』

 

 

『彼』という言葉を聞いて眉をひそめたヴィンセントは無言で通話を切った。

 

通信端末をポケットにしまうと、腰にある銃をチェックする。

 

クイックシルバー。

 

扱いやすさを優先したオートマチックの拳銃。外観のモデルはアメリカ軍のかつての正式銃であった名銃『コルトM1911A1』。

 

初期装備という概念を知らないヴィンセントは、何故自分の腰に既に武器があるのかわからなかった。しかし、これで武器の確保の心配はなくなったので特に気にしないことにした。

 

ヴィンセントは銃をしまうと、総督府という所に向かうために進行方向をわずかに変えた。仮想空間の雑多な光景を作る街灯に惹かれるように総督府に向かおうとした所で、気付いた。

 

 

(······総督府とはどこにあるんだ?)

 

 

右も左もわからない場所にいて、総督府に向かえとだけ言われたためそれがどこにあるのかわからなかった。

 

どうしたものか、と途方に暮れたように腕を組んで上を見上げていると。

 

 

「“総督府”? 何しに行くの?」

 

「あの······もうすぐあるっていう、バトルロイヤルイベントのエントリーに────」

 

 

ふと、横合いから聞き覚えのある単語が聞こえた。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

「え?」

 

 

あまりにも唐突な質問だったせいか、ペールブルーのショートヘアーの少女はそんな声を出した。

 

質問したのは、長い睫毛に頭頂部から肩甲骨まで伸びている鮮やかな黒髪に白い肌の女性的な印象を持つ少年だ。

 

彼はどういうつもりなのか知らないが、自分の声を変声させるために喉を締めて話している。

 

よって、額の両側で結わえた細い房がアクセントになっている少女は少年が男だと気付かずに聞き直す。

 

 

「え、えっと······あなた、このゲーム初めて?」

 

「あ、はい。初めてです。だからまずどこか安い武器屋さんにも行きたいんですけど」

 

「ええと······その、別に初心者がイベントに出ちゃいけないなんてことは全然ないけど、ちょっと参加するにはステータスが足りないと思うよ。参加する人達は皆このゲームのベテランばかりだし」

 

「あ、初期キャラってわけじゃないんです。コンバートして他のゲームから引き継いでますから」

 

「あぁ、そうなんだ。だったら大丈夫か」

 

 

それを聞いて一安心したかのように胸を撫で下ろした少女は笑みを浮かべて楽しそうに話しかける。

 

 

「一つ聞いてもいい? 何でこんな埃っぽくてオイル臭いゲームに来ようと思ったの?」

 

「え? えっと、それは·······」

 

 

少年は一瞬言葉を詰まらせるが、なんとか素早く頭を回転させて良い言い訳を述べる。

 

 

「い、今までずっとファンタジーなゲームばかりやっていたんですけど、たまにはサイバーっぽいのも遊んでみたいなぁ、って思って。あと、銃の戦闘とかも興味あったし」

 

「そっかー。それでいきなりBoBに出ようだなんて、根性あるね」

 

 

なんとか通じたようだ。

 

実際少年は嘘をついてはいない。本来の目的は別にあるが、ずっと剣での近接戦闘ばかりしていた彼が銃の世界ではどこまで通用するのか試してみたいというのもある。

 

少年の言葉に少女は笑みを浮かべて、

 

 

「わかった、いいよ。私もちょうど総督府に行くところだったんだ。その前にガンショップで武器を買い揃えるんだったね。色々揃ってる大きいマーケットに案内してあげるからついてきて─────」

 

 

と、そこまで言った少女の背後から、カツンという足音が聞こえた。

 

少年少女の二人が何か思う前に、彼女の肩が何者かに叩かれた。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

少女の肩を叩いたのは、ボサボサの黒髪で赤いマントに身を包んだ男だった。

 

身長は二人よりも高く、深紅のバンダナで髪を束ねており、左腕に身に付けた金属質のガントレットが少女の肩に置かれている。

 

急に叩かれた少女は目を見開いて驚いているが、その前に男性が話し出す。

 

 

「すまない、総督府にはどうやって行けばいい?」

 

「え?」

 

「総督府にはどうやって行けばいい?」

 

 

ボソボソした声で言われて、男性が少年と同じく総督府に向かいたいからどうやって行けばいいのか尋ねてきていることにようやく気付く。

 

その事に少女は困ったように首を傾げると、

 

 

「えっと······その前に、あなた一体誰?」

 

「ヴィンセント・ヴァレンタインだ。総督府までの行き方を知りたい」

 

 

もはや彼は自分のことしか考えていないようだった。こちらの事情などお構いなしに話に介入し、少年よりも強引に道案内を頼んできている。

 

ポカーンと二人は突然の急展開に唖然としていたが、三秒後には正気に戻って聞き返す。

 

 

「えっと、もしかしてあなたもBoBに出ようとしているの? この子と同じく?」

 

「まあそんなところだ、お前達が総督府に向かうという話が聞こえてきたからな。私もそこに行きたい」

 

「一応聞くけど、あなたこのゲームは初めて?」

 

「ああ」

 

「あの、この子にも言ったけど、初心者だとしたら大会に参加するにはステータスが足りないかも······」

 

「心配はいらない。戦いには慣れている」

 

 

そういうことじゃないんだけどな、と少女は眉を寄せて困った顔になる。

 

今日一日で二人もニュービーに出会い、それでしかも大会に参加するときた。ここで押しが強くツッコミに慣れている人間だったなら、『やめとけ』の一言で済ませられただろう。が、どうにも少女は心許ない視線をさまよわせて、

 

 

「えっと······じゃあ、あなたも、来る?」

 

 

返答に困って、なんとも曖昧な言葉を返してしまった。あれこれ考えた結果、少女は諦めて彼もつれていこうという気になったらしい。

 

それにヴィンセントは無表情のまま感謝を告げる。

 

 

「助かる」

 

「ちなみに、ニュービーだとしたらまだ武器も持ってないよね。あなた武器はどうするの?」

 

「いや、持っている。武器の調達の心配はない」

 

「そう。でもこの子は持ってないようだから、ついてくるようならまずガンショップについてきてもらうわよ。いい?」

 

 

ヴィンセントは無言で頷く。

 

表情筋が死んでいるのか、それとも喜怒哀楽の感情を知らないのか、なんにしても初めてその人のことを見たときに抱いた印象は胡散臭いだった。

 

しかし、ボサボサヘアの下から見える綺麗な赤い瞳に更に透き通る肌、筋の通った鼻、マントで見えにくいが小さくて形のいい唇。整っている顔つきをしている彼に対して目が釘付けになるのは当然の事だった。

 

無表情だからこそカッコよく見える。

 

そんな彼の様子を黙って見ていた少年は、心の中で静かに思う。

 

 

(なんかこの人······どこか“クラウド”に似てるな)

 

 

見た目はどう見ても“彼”より歳上だが、妙にあの金髪のツンツンヘアーの事が頭にちらつく。

 

少年の知り合い、クラウド・ストライフ。

 

最近リアルの方が忙しいらしくて一ヶ月くらい会えていないが、彼は元気なのだろうか。彼がいるのは自分達の世界とは違って別の世界のため、連絡する手段がないから待ち合わせも出来ない。

 

久々に会いたいなと思っていると、ヴィンセントが催促するように二人の前を歩き出す。

 

 

「武器屋に行くのなら早くしよう、大会のエントリーに間に合わなくなる」

 

 

と、二人の前を歩き出すも、武器屋とは反対側の方向へと進んでしまうヴィンセント。間違った方向に向かっていることに気付いた少女はすぐにその足を止めるために彼の肩を叩く。

 

元タークスで現在は改造人間であっても一人の人間であり、欠点的なものの一つはあるようだった。

 

 

 

<><><><><>

 

 

 

「クレハ、って言ったか? 聞きたいことがあるんだがいいか?」

 

「うん、どうかしたの?」

 

 

クラウドはクレハという少女と共に総督府に向かっている最中、どうしても何とかしておきたいことがあるため一つ質問をする。

 

 

「·····見た目を何とかしたい。アバターを変更する手段はないか?」

 

「え?」

 

 

そう質問されて目を丸くするクレハ。

 

折角綺麗なアバターを手に入れたのに変更したいと言われて何故と思っているのだ。クレハはどうして変更したいのか訊ねる。

 

 

「え? どうして? 折角レアなアバターを手に入れたのよ? そのアバター、おそらくめったに出ないって言われているM九◯◯◯番系だよ? 噂じゃその手のレアアバターはコンバート前のアカウントを使い込んでるほど出やすいらしいんだよね。それなのに変えるつもりなの?」

 

「······女である自分が望んでもないのに屈強な男になって、その姿を知り合いに見られてしまった時のことを想像してみろ」

 

「······ちょっと、無理だね」

 

「そうだろう」

 

 

クレハは自分が男の姿になってしまったことを考えると悪寒がした。女性として生まれてきた彼女は男性の姿になることに対し、少し抵抗があるみたいだった。

 

クラウドの立場になって理解したクレハは、仕方なく見た目の変更方法を教える。

 

 

「といっても、変えられるのは髪型くらいだよ? 顔や体つきを変更するにはこのゲームの設定上リアルマネーがかかるから」

 

「······それでいい。知り合いとかに俺だと悟られなければそれで構わない」

 

「ネームカードが表示された時にわかっちゃうと思うけど·······まあいいや、じゃあメニューウィンドウを開いて? それで髪型を変更する項目があるはずだから、それを押して好きな髪型に設定し直して」

 

 

クレハに言われた通り、メニューウィンドウを開いたクラウドは髪型変更のボタンがあったため、髪型を変更するためにヘアカタログの中から現在の自分とはかなりかけ離れたものを選ぶ。

 

『ロングウルフヘアー』という髪型に決めたクラウドは、その髪型に変更する。

 

普段のツンツン頭より綺麗な髪型だが、女性的な印象はまだ拭えない。もともと中性的なアバターだからという理由もあるのだろう。しかし、これで自分がクラウド・ストライフだということはわかりずらくなったはずだ。

 

金髪という部分は変わらないが、髪上部は丸みをつけたマッシュルームカット、前髪部分にメッシュが入り、襟足の部分を長く伸ばして下部にレイヤーを入れて軽く仕上げている。首筋に沿った毛流れが美しく、長く残した毛先の表情や動きによって色々アレンジが楽しめるのが魅力的な髪型だ。

 

しかし、もともとクラウドが比較的に女顔だったのも手伝ってか、より一層もはや元が男などとは言われなければわからなくなった見た目になった。否、人によっては言われても冗談と笑う者もいるかもしれない。

 

少なくとも、ツンツン頭ではなくなったおかげで一目でクラウドと見抜ける者はそういないだろう。

 

 

「わぁ、すっごーい。やっぱりクラウドって女装がすっごく似合うね!!」

 

 

クレハが目を丸くしながら言ってくる。クラウドはその事に対して恨みがましい視線を返した。

 

 

「モウ見タ目二関シテハ何モ言ウナ。ソレト、オレノ名前ヲ言ウノモ禁止ダ。身バレシタクナイ」

 

「もう、せっかく女の子の姿なんだから、そんな言葉遣いをしちゃ駄目だよ······あ、そうだ! このアイテムつけてみてよ!!」

 

「?」

 

 

クラウドは眉をひそめながら、クレハからチョーカーのようなものを受け取った。

 

 

「それを喉に巻いてみて」

 

「???」

 

 

クラウドは言われるがままにチョーカーを首に巻きつける。

 

すると、

 

 

「これが一体なんだ·······って、なんだこの声は!?」

 

 

チョーカーを喉元に巻いた瞬間、声を発しようとしたら自動的に女の声に変声されたのだ。線の細い、しかしどこか低い声。女軍曹のような声質になったことに戸惑っていると、クレハが説明する。

 

 

「最近のアップデートで追加されたアイテムの高性能変声機、モデル『ライトニングボイス』よ。これであなたが誰もクラウドだってわかりづらくなったわね。あ、名前言っちゃいけないんだったね。じゃあ音声モデルから取って“ライトニング”でいいかな?」

 

「女声にまでなりたいとは言っていない! 外させてもら────ッ!!」

 

「自分がクラウドだってバレてもいいのかしら?」

 

「ッ!?」

 

「まあ、なんにしても上出来よ! これなら少なくともクラ······ライトニングを男だと思う人はそういないでしょう」

 

 

クレハがフフンと鼻を鳴らす。確かに敬語は必要ないと言ったが、ここまで遠慮がなくなってきてしまうと逆にクラウドはむしろ歳上には敬意を払ってほしいとさえ思えてきてしまった。

 

しかも、本当の名前を捨てて勝手に偽名までつけてきてしまう始末。ライトニングってなんだ、と疑問を持つことさえ馬鹿馬鹿しくなってきた。

 

しかし、敬語は必要ないと言ったのは自分。

 

今さら取り消せない。

 

故に、名前についての文句も言えない。

 

クレハはバッと身を翻すと、クラウドに手をかざした。

 

 

「それじゃあ改めて、バレット・オブ・バレッツのエントリーに向かうわよ! 目指すは優勝!! レアアイテムを手に入れるのはあたしなんだから!!」

 

 

そして高らかに宣言する。

 

クラウド改め、ライトニングという名前になってしまった彼はため息を吐いてから了解とボソッと呟くように返事した。

 

 

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