少女は未だに名を名のらず、二人のプレイヤーをガンショップへと引きずっていた。
荒廃した世界というのがコンセプトというのもあってか、綺麗な店もあれば壊れて使い物にならなくなっている店舗まである。恐らくあれはただのオブジェクトで実際の店ではなさそうだが、そこまで精密に作られていることにヴィンセントは素直に驚いていた。
たかが仮想空間。
偽物の世界。
それなのにここまで世界観に合わせて街が作られている。
例えば喫茶店のような店。喫茶店のウィンドウなどはバキバキに割られており、中は複数の土足の足跡だらけで、まるで強盗にでもあったかのような外観だった。
壁紙も床板も引き剥がされ、天井にぶら下げられているライトまで床に落ち、バチバチと火花を散らしている。
客席のソファもひっくり返され、中の綿が飛び出している。
銃の世界であるからか、バックグラウンドストーリー的なものがあちこちに存在しているようだ。
まさに、テーマパークに来たみたいでテンションが上がる。
ヴィンセントは周囲を見渡して、
「始めて入ったが、中々に作り込まれているな」
「あら、あなたVRMMOはここが始めてなの?」
「ああ、やる機会がなかったからな」
「ふ~ん」
少女はてくてくと前を歩きながら、
「あったあった。こっちよ」
彼女は細い指で店舗の一つを指差す。
ここの舞台は人類が宇宙に進出し、その後大規模な宇宙戦争が勃発、文明が衰退し残った人々は大戦で滅びた地球に宇宙移民船団で戻り過去の技術遺産に頼って過ごしているという未来の世界らしい。
故に、ここの街はその宇宙移民船の残骸を使って再利用し、一つの街に作り変えた。
宇宙から出戻った人類は移民船で使われていた光学銃や発掘、復元した過去の実銃を手に、遺跡と化した過去の巨大都市で暴走した機械兵器や遺伝子操作で生み出された生体兵器、そして同じ人間同士で戦いを繰り広げるというのがこのゲームのコンセプトだ。
よって、その店に置かれている武器は銃しかない。
だからだろうか、ヴィンセントの隣にいる黒髪ロングストレートの少年は息を呑んでいた。
それを見たヴィンセントが声をかける。
「どうした?」
「いや、今までやってきたゲームと世界観が違ってまだ頭が追い付いてなくてさ。ちょっと緊張してる」
「······そうか」
「何やってるの、早く行くわよ」
そう言って先頭に立っていた少女がすいすいと人波を縫って店へと向かった。
二人も店内に入っていく。
『ただいま【M14・EBR】入荷中!!』
『中距離タイプの打撃力UPに最適! 予備弾倉も多数ご用意!!』
『スコープ&バイポッドセット購入でさらにお得です!!』
NPC店員らしき美女らが露出の大きいコスチュームを身に纏ってプレイヤー達に売り出しをしている。
ショーケースの中に多種多様な銃が展示されており、その他にも手榴弾や弾丸パックに防具などが取り揃えられている。
すると、ここで二人の前を歩いていた少女がある事に気づいた。少女は少年の方を振り返って訊ねる。
「そう言えば、コンバートしたって言ってたけどお金はあるの?」
「え?」
そう言えばといった表情を作った少年がメニューウィンドウを開いて所持金を確認する。
コンバートする際、他のゲームの所持品は引き継ぐ事が出来ず、ALOの装備や所持金は全て彼の人生のパートナーのストレージに保管されている。もちろん、このGGOでの所持金も他の初心者と同じく一◯◯◯クレジットしかない。ガンショップに来てお金が足りない事態に陥ってしまった少年に少女が気まずそうに提案を持ちかけた。
「お金が足りないなら········少し出してあげようか?」
「!? い、いえッ!! だ、大丈夫ですッ!!」
ただでさえ少女には自分の事を騙している手前、罪悪感と良心がそれを許さなかった。
とは言え、お金がなければ装備を買う事も出来ず、BoBには裸も同然で出なくてはならない。
そんな途方に暮れていると、
「あれは何だ?」
ヴィンセントの声に振り返る二人。
ヴィンセントの視線の奥から賑やかな笑い声が聞こえ、そこへ視線を向けてみると数人のプレイヤーがミニゲームに夢中になっていた。
幅三メートル、長さは二十メートルはありそうな距離にある西部劇のガンマンめいた格好のNPCが、雄叫びを上げて数歩ダッシュしている寒冷迷彩服を着込んだ男に向かって銃口を向けているのが見えた。
そして。
ホルスターから抜かれたリボルバーが火を噴いた。
一発、二発、三発と、放たれるごとに男はまるで不思議な踊りをするかのように上体を右に傾けたり、左手、左足を上げたりと、少し間抜けなポーズを取る。
が、それでよかった。
そのポーズをとっていたおかげで男の頭の十センチのところと左脇の下と左膝の下を弾丸が通過していった。
まるで、どこに弾が飛んでくるかわかっているかのような動きだった。
「さっきのは?」
ヴィンセントが少女に訊ねる。
少女は解説する。
「今のは【弾道予測線】による攻撃回避。このゲームは撃たれそうになった際に赤い線のようなものが見えるの。例えば眉間に撃ち込まれそうになったら、そこにレーザーサイトを当てられてるような感じ」
つまり、予め撃たれる場所の判断がつくということか。お優しい設定だとヴィンセントは感じた。
弾を避けたプレイヤーは再び前に足を踏み出し、撃つ体勢にNPCがなったらまたすぐに変なポーズを取って停止する。
「視認したプレイヤーの弾道がシステム的に見えるようになってるの。それさえ体に触れなければ被弾する心配はない······けど」
少女が説明する傍らで男は少女が警告した七メートル地点を通過した。あと三メートルで今までのプレイヤーが落としていった金全部が手に入る。
瞬間、ガンマンが先程とは比べ物にならない程の早撃ちで男に牙を向いた。
「ッ!?」
男も回避するだけで精一杯のようで徐々に態勢を崩し、ガンマンもその隙をついて早撃ちで一気に勝負をかけた。あれだけの弾道が見えてしまってはバランスを崩して被弾するのが末だろう。
案の定男は二発被弾してしまい、ガンマンは口汚い台詞を吐き捨てて、男が投資した五百クレジットが軽やかな金属音と共に額が上昇していく。
結局クリアできなかったプレイヤーは肩を落とし、ふらふらになりながらミニゲームのゲートから外に出た。
「なるほどな」
ヴィンセントは真顔でミニゲームのルールを理解した。要は放たれる弾丸に当たらずにあのガンマンに近付きタッチすれば良いのか。
なんて簡単なルールなんだろう。
と、思っていたところで少女が横から言う。
「言っておくけど、あれは普通のプレイヤーにはクリア出来ないわよ?」
「······何故だ?」
「さっきの見たでしょ? あのガンマン、八メートルラインから急にインチキな早撃ちになるから弾道予測線が見えた頃には蜂の巣になってるって訳。どんなプレイヤーも、まずあのガンマンには近付けないわ」
「······」
「左右に動けるならともかく、ほとんど一直線に突っ込まなきゃならないんだから、どうしたってあの辺が限界なのよ」
「·······予測線が見えたときには遅い······か」
ヴィンセントが呟くと、彼は二人より前に出てゲートに向かって歩き出した。
「え? ちょっと、あなた!?」
「要は、当たらなければいいのだろう?」
唐突な行動に驚愕する少女だったが、ヴィンセントは躊躇いなくキャッシャーに右手を押し当てて金を投入する。
初期金額全額失ったヴィンセントは、賑やかなファンファーレが響き渡ると同時にゲート前に立つ。
また誰か挑戦するのか、とあちこちからギャラリーが集まってきて、ガンマンは英語で『I'm gonna kick your ass from here to the moon』とかなんとか喚いていた。
「ハハッ! おっさん! 頑張れよー!」
「体細ぇからイイトコまで行けるんじゃねぇかぁっ?」
などと皮肉めいた台詞が飛んできたがヴィンセントは無視した。ゲートが開いたら走る、という準備だけをし、あとはリラックスしているのか無表情のままでいる。
銃を収めたホルスターに右手を添えたガンマンを合図に、ヴィンセントの前にホログラムが表示される。
『3』の数字が表示され、2、1と減っていって、
ゼロになったと同時にゲートのバーが開かれた。
瞬間、
ドンッ!! と。
彼の軸足が思い切り地面を踏みつけた。固い地盤が下から突き上げられたように震動する。
ダゴン!! という爆音。砕けたアスファルトをさらに踏み潰し、ヴィンセントの体がロケットのように空間を突き抜けた。
「「「「「「!?」」」」」」
周囲の人々からすれば、人がその場から消えたように見えただろう。
改造人間である彼は、人間の常識には留まらない。遥かに強化され、ソルジャーとも互角に戦える身体能力を持つ。脚力に力を入れたヴィンセントは赤いマントを羽ばたかせ、ガンマンへと急接近する。
『ッ!?』
ガンマンは予想外な表情を見せている。
ガンマンのNPCの目には、それは奇しくも、狼に見えた。獲物を睨み、どこまでも腹を空かせた強欲な狼が、その喉笛を噛み千切ろうとするような。
ヴィンセントは途中にある音速の壁を食い破り、バゴォという壮絶な音と共に空間を弾き飛ばし、空気抵抗ももろともせずに突破する。ヴィンセントは距離を一気にゼロにするために真っ直ぐにガンマンの元へと砲弾の如き速度で跳躍した。
ホルスターから一度も銃を抜く暇もなく、ガンマンはヴィンセントのガントレットによって右肩を叩かれる。
『オーマイ、ガァァァァァアッ!!!!!』
負け犬の遠吠えのごとく膝を崩したガンマンは大袈裟に両手で頭を抱えている。
ガンマンの絶叫と共にジャンクポットの中に貯められていたクレジットが雨のようにヴィンセントの頭上に降ってくる。
まるで黄金の滝。
ネオン看板の下ではキャリーオーバー額の数字が目まぐるしく減少し、それらが全てなくなると黄金の滝は途絶えた。
出てきたお金は全てヴィンセントのストレージに収まり、それと同時にガンマンは元気を取り戻したかのように立ち上がって、『Hey chicken! Come on』とプログラムされた台詞を繰り返していた。
ヴィンセントはウィンドウを開いて自らのストレージに金が入ったことを確認し、少女達の元へ戻る。
すると、少年も少女もギャラリーも、ヴィンセントを見て開いた口を閉じようとはしなかった。
「?」
黙ったまま自分を見ている少年と少女とプレイヤー達を前に、ヴィンセントは首を傾げている。
そんな中、少女が開いたままだった口を一旦閉じ、口内を唾液で湿らめせて再度口を開いた。
「あ、あなた······今の一体何?」
「???」
「一体、どんな身体能力してんのよ!? 弾を撃たせる暇もなく接近するなんて、チートとしか思えないわッ!!」
「······」
周囲の奴らも、そんな少女の言葉に賛同したのか、そうだそうだ、一体どんなインチキを使ったんだなどと喚いている。
罵声が飛び交う中でも、ヴィンセントの表情は変わらない。
ただ、これ以上ここにいたら他の奴らに迷惑だと考えたヴィンセントは少年の方に向かって歩いて行き、ウィンドウを開いてお金を具現化させて手渡す。
「これで武器を買え」
「え?」
「どうやら今のはルール違反だったらしい。私的には弾に当たらなければいいとしか考えてなかったからな。普段通りの動きで接近しただけだったんだが、どうやらそれは反則として扱われるようだ。よって、この金は私が持ってていいような物じゃない。皆に配るなり、アイテムを買うなり、好きに使ってくれ。私は別の人に総督府への行き方を聞く。お前たちとはここでお別れだ、すまない」
そう言ってお金を少年に預けると、ヴィンセントはそのまま店の出入り口へと歩いていく。
「お、おいッ!! ちょ······ッ!!」
「ちょっと、待ちなさいよッ!!」
という黒髪の少年と碧色の少女に呼び止められるも、ヴィンセントの足は止まらない。
何の感情も抱いていないヴィンセントは、静かに目を細めて。
「私は······何をやっても許されないのかもしれないな」
一体何故今そんなことを言うのか、本人にもわからなかった。
誰ともなしに言った台詞は風に流され、彼はまた道行く人に総督府への行き方を尋ねてこの街の中心へと向かっていった。
<><><><><>
総督府、通称ブリッジ。
初心者達が降り立つ開始地点のちょうど反対側に位置する場所にあるタワー。イベントのエントリーとか、ゲームに関する手続きは全てここで行われる。
そんな総督府の一階のエントランスを通り抜けたヴィンセント。
道案内をされ、途中迷ったがなんとかたどり着いた。
近未来的なデザインの建物の中に、イベントを告知するための大画面のパネルモニタがいくつも設置されている。
そんな中で一番目立つのは、『第三回バレット・オブ・バレッツ』のプロモーション映像。
ヴィンセントはそれらを無視し、大会にエントリーするために右奥の一角に設置されている縦長の機械へと歩いていく。
数十台が並んでいる中で、彼はエントリーをするための操作を開始する。
画面をタッチし、指先をスライドさせてメニューを辿っていくと、『第三回バレット・オブ・バレッツ予選エントリー』の項目へとたどり着いた。
彼は何の迷いもなくそのボタンを押す。
そしたら画面は名前や職業など各種データの入力フォームへと移行するのだが、ここで気になる但し書きが目に入る。
『以下のフォームには、現実世界におけるプレイヤー本人の氏名や住所などを入力してください。空欄や虚偽データでもイベントへの参加は可能ですが、上位入賞プライズを受け取ることはできません』
と書かれていた。
「······」
賞品とかどうでもいい。
目的は、新しい仮想空間の調査。
“アイツ”の痕跡を探すのが本来の目的であるため、全フォームをすっ飛ばしたヴィンセントは一番下のSUBMITボタンを押そうとしたが、
「······ッ!?」
真後ろから、
「ッ!!」
バッ!! とヴィンセントはズボンのベルトに挟んであった初期装備である『クイックシルバー』を引き抜きつつ振り返ったが、そこには誰もいない。
「······?」
辺りを見渡しても、自分を見ていたようなプレイヤーは誰一人として見つからなかった。行き交うプレイヤー達は、次どこのフィールドに行こうかとか、大会楽しみだよなというような平然とした会話をしている。
······気のせいか。
と、自分の中で勝手に解決させたヴィンセントは再び画面に戻り、エントリー完了ボタンを今度こそ押す。
ボタンを押すと画面が切り替わって、エントリー完了を受け付けた旨の文章と、予選トーナメント一回戦の時間が表示されている。
日付は今日で、時間は一時間後だ。
「·······」
ガシャン、と。オートマチックのスライド部分を手でおさえて引く。
直後。
己の役目を再確認した彼の瞳が、“獣”のように鋭くなった。