暇だった。
ヴィンセントは壁に寄りかかりながら大会が始まるのを待っていた。大会に参加するであろうプレイヤー達が広場に集う中、一人だけでいるのは暇すぎてかなり退屈だ。
話し相手の一人でもいれば良いのだが、生憎と現在はそういう存在はいない。
特にやることもないので壁際に寄りかかって腕を組んで眠るように目を閉じるヴィンセントは先程あった出来事を振り返る。
「何が悪かったんだろうな」
と呟いた。
脳裏にあるのは、もちろんあのガンマンから弾を避けるミニゲームについてだ。
(一瞬で近付いて触るのはルール違反だなんて言われなかったからついそうしてしまったが、あいつらは納得いっていないようだった。弾の一発でも撃たせるべきだったか?)
基本的にこの男の身体能力はもはや陣地を越えていて、改造されているが故に人間時でも驚異的な回復力と身体能力を持つ。『変身能力』を使用すれば怪物らしく命令は聞かず、相手が戦闘不能になるまで攻撃し続けるほどの化物となる。
そんなヴィンセントだからこそ、常日頃から戦い続けている彼の身体能力は半端ではないのだ。
そんな風に、普通の人間視点から見ればすぐに気づくことに気付かないまま『弾を何発か撃たせるべきだったか』などと延々と考え事をしながら冷たい壁際に背をつける。
広いドームに満ちる敵手達から外れて、一人ポツンと隅で大人しくしているヴィンセントだったが、
「いたいた!! こんなところにいたのねッ!!」
この世界に知り合いは誰もいないはずなのだが、という思考を持ちつついきなり飛び掛かってきた台詞にヴィンセントは瞳をゆっくりと開ける。
ヴィンセントがそちらを見ると、デザートカラーのミリタリージャケットに同系色の耐弾アーマー、コンバットブーツという姿に変わっているあの碧色の髪の少女が、ズシンズシンと重い音を鳴らして接近してくるところだった。
あの時総督府まで案内を頼んだ少女だ。
肩まである碧い髪に、ヴィンセントよりも三十センチほど低い背丈の少女。あの時別れた時の服装と違い、今は戦闘用に特化した服装に変わっていた。
唯一変わってないのはマフラーくらいだ。
その隣にはあの少年がいるが、何やら動揺しているのか額から汗が噴き出している。見た感じ少女に恐怖感を抱いているようにも見えた。前後に何があったのか知らないが、おそらく喧嘩でもしたのだろう。
よって少女は怒りの感情を抱いたままこちらへとやってきていた。
八つ当たりされないことを祈るばかりだ。
「······さっきぶりだな」
「馴れ馴れしく挨拶してんじゃないわよ!!」
ぎゃああ! と騒ぐ少女。
やはり前後で彼女が怒りを抱くほどの何かがあったようだ。何気ない言葉を発してみても、彼女には不快極まりないノイズにしかならないようである。
ヴィンセントは冷静な態度で、両手を組んだまま再び目を閉じると、
「私に何か用か? もう私達が集まる理由はないと思うが」
「ただでさえムカつく対応により一層の拍車がかかっててさらにイラつかせるわね········」
少女はわずかに首を横に傾けて、こめかみに青筋を浮かべつつ、
「アンタに言いたいことがあるのよ」
「ん?」
平べったい少女の言葉に何やら闘気らしきものを感じ取ったヴィンセントは、目を開けて彼女を見る。
見ると彼女の全身から赤いオーラのようなものが見えた気がしたが、彼女は指を一本ヴィンセントに向けて銃を撃つような動作をし一言、
「アンタは必ず私が倒す。強い奴らを全員殺してやるのが、私の使命だから」
ヴィンセントの眉がピクリと動く。
何故そんなことをいきなり言われなきゃいけないのか全くわからないが、その台詞はほとんど実際のボリュームを伴わず発せられ、微少な震動として隣にいる少年の鼓膜にも響いていた。
見ると、少女の唇は邪悪に歪みつつ、獰猛な笑みを浮かべている。
並の人間なら背筋を凍らせるほどの戦慄を感じさせただろうが、ヴィンセントは無表情のまま少女と向き合っている。
視線を交差させ、確固たる決意を目の当たりにしたヴィンセントは表情を崩さないままこう告げる。
「そうか······楽しみだな」
それだけを言ってまた目を閉じるヴィンセント。
ビキッ! と少女のこめかみから変な音が聞こえる。俯き気味のヴィンセントのその軽い返事に、少女はより一層怒りゲージを上昇させていく。
それでもなんとか冷静を保とうと荒い息を吐きつつ、少女はこう言った。
「こうして会えるのは今日が最後だろうから、ここで名乗っておくわ······“シノン”······それが、いつかあなたを倒すものの名前」
「······」
「······負けたら承知しないから」
ヴィンセントに名を告げた少女、シノンはそれだけを言うと満足し、そのまま振り返ってどこかへ歩いていってしまう。
それを追いかけるように後をついていく黒髪ロン毛の少年。
それを目を閉じたまま見送ったヴィンセントは、わずかに口角を上げていた。
<><><><><>
少女達がいなくなった後、ヴィンセントは大会が始まる時間を確認するためにモニタが見えるドーム天頂へと視線を上げる。
残り五分。
それまでの間またもうしばらくリラックスするために眠りにつこうとするヴィンセントの耳に、
「あの人スタイル良すぎないか?」
「背ぇ高っ、モデルみてぇ」
「でもなんか妙に腕とかガッチリしてないか?」
「骨太のおなごってやつだろ。そんなことどうでもいいくらい美人すぎるッ!!」
何やらドーム中心が騒がしい。
ヴィンセントが何事かと瞼を開けると、人混みの動きがピタリと止まっていた。彼らは誰かに注目しながらヒソヒソと言葉を交わす。
一体何なんだ、と皆が注目しているものを目で追った時、ヴィンセントは気付いた。
「······あいつは」
ノースリーブのハイネックシャツと紫紺の服を身に纏った金髪のロングウルフヘアーの女性。
その前にピンクを基調とした少女が歩いているが、皆その後ろにいる女性に注目している。ヴィンセントもつられるようにその女性に目を向ける。
そして、
「······何をやっているんだ?」
見覚えがあったのか、今まで壁に寄りかかっていたヴィンセントは壁から離れ、その女性の元まで歩き出す。
人混みをかき分け、女性の近くまで来ると、ヴィンセントは声をかけようとする。
前に。
女性の方が先にヴィンセントの方に気付き、彼の姿を目にした瞬間、目を丸くする。
そんな彼女を置いといて、確信を持っているヴィンセントは女性の名前を口にする。
「何をしているク─────」
「ッ!!」
女性は慌ててヴィンセントの口を勢い良く塞ぐと、周囲の人達、そして目の前にいるピンク色の少女に聞こえないような小さな声でヴィンセントの耳元に話しかけた。
展開をすっ飛ばして、
「悪いヴィンセントちょっと訳ありで初対面のふりをしてくれないか?」
「? 何故─────」
「頼む」
「························わかった」
鋭い眼光に素早い早口にヴィンセントは小さくうなずくと、女性は変声された声で自己紹介をする。
「は、はじめましてだな······お前も、大会参加者なの、か?」
「······ああ」
「そ、そうか。お互いに、健闘を祈ろう。な、名前、名乗って、なかったな······ラ、ライトニング、だ。よろしく頼む」
「······」
何やら吃音気味でイントネーションや挙動がおかしかった気がしたが、ライトニングと名乗った女装男子は握手を求めるかのように頬に汗を垂らしながら右手を差し出してくる。
空気を読んだヴィンセントはその手を掴み握手を交わす。
ピンク色の少女は少しだけ訝しげな顔をしたものの、まあ初対面の人なんだろうということで納得したのか、ライトニングという偽名を名乗った彼に声をかける。
「ほら行くよライトニング。大会が始まっちゃう」
「あ、ああ。それじゃあ、な」
「······ああ」
どうも気まずいやり取りが繰り広げられた。周囲の人々もわけがわからず目を白黒とさせていると、一人のプレイヤーが肩を叩いて何故かこう言ってきた。
「てめぇ抜け駆けしやがって!」
「?」
「俺達だって”あの子”に声をかけようとしてたんだよ。それなのに、それなのに······ッ!!」
「······」
なるほど。
だからあいつはあんなにも自身の名を口にさせなかったのか。ヴィンセントの姿を見た瞬間に彼の顔から血が引いていくのがわかったが、こういうことか。
男性だとバレた時、おそらく彼はこいつらに蜂の巣にされる。
よってヴィンセントは空気を読むことにし、彼女とは初対面で何の関わりもないという設定を自分の中で作った。
と、謎の誓いを立てた時のことだった。
突然ドーム内に流れていたBGMが小さくなっていき、それに代わって荒々しいエレキギターによる盛り上がりのBGMが轟いた。
それに続くように、ドリームボイスに寄せて作られた合成音声の声が大量のプレイヤー達に聞こえるように響き渡った。
『大変長らくお待たせいたしました。ただ今より、第三回バレット・オブ・バレッツ予選トーナメントを開始いたします。エントリーされたプレイヤーの皆様は、カウントダウン終了後に、予選第一回戦のフィールドマップに自動転送されます。幸運をお祈りします』
そのアナウンスが終わると、ドーム内に拍手喝采が沸き起こる。テンションを上げている野郎共はコントロールが効かず「うぉぉぉおおおお」と雄叫びを上げている。
喧騒の中、ヴィンセントはモニタに表示されているカウントダウンを見る。
残り二十秒。
カウントダウンがゼロになる前にヴィンセントはクイックシルバーを取り出して転送されるのに備えようとする。
すると、
「
「········ッ!?」
突然、男の声が響いた。
聞き覚えのない、低く乾いた声色。それでいて金属質な響きのある声が直接聴覚にぶち込まれたようだった。
音源は後ろだ。
ヴィンセントは慌てて振り返り、拳銃を引き抜いた。
だが、そこには誰もいなかった。
「
謎の言葉だけが続く。
ヴィンセントは辺りを見渡すが、声を発しているらしき人物はどこにも見当たらない。
「
そんなヴィンセントを無視して、謎の声はこう告げた。
「
その直後だった。
言葉を聞き終えたヴィンセントの体を青い光の柱が包み込み、強制的に予選一回戦のバトルフィールドへと転送させられた。